ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星   作:白煙モクスケ

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40:閑話:浮世はまことままならぬ。

 ララーリング半島シン・スワトー市内某所にある撮影スタジオ。

 ステージの上で水着姿の美女がカメラマンの指示に合わせ、ポーズを取っている。

 

 照明とカメラのフラッシュを浴びる美女はひたすらに麗しく艶やかだ。

 身長170センチ前後の細くしなやかなアスリート体形。引き締まった長い手足。元スカベンジャーらしく傷痕が目立つけれど、きめ細かな美肌。リンゴサイズのおっぱいにきゅっとしたお尻。肩口まで伸びるふわふわの銀髪。くりっとした紅色の瞳。ふっくらした唇。繊細な造作の顔立ち。

 それに長いウサギの耳。

 

 レーラ・ペンドロスは強制的ケモライズによりウサギ獣人染みた容姿を持つ美女だ。

 が、この日、レーラはずっとビミョーな半笑い顔を浮かべている。

 

「ンもうっ! もっと自然に笑ってレーラちゃんっ! 笑顔よ笑顔! スーマイール~っ!」

 身長2メートル半に達する筋骨隆々の身体強化チューンド男が超高性能カメラを構えながら、オクターブの甲高い裏声で指示を飛ばす。

 怖い。

 

「が、頑張ります」

 レーラは溜息を堪えながら思う。

 辛い。

 

 さて、この状況について説明しましょう。

 レーラは文明喪失圏(ヴォイドエリア)の蛮地から紆余曲折を経て、惑星再生機構(ニューオーダー)の前線都市の準市民になった。その市民生活は人権活動団体ヒューマン・オブ・ライト(HOL)の助けを大いに受けており、現在の住まいから仕事までHOLの世話になっている。

 

 そのため、レーラはHOLから口を利かれると弱い。特に準市民資格を取得する過程で大いに助けられたHOL所属弁護士“女闘士(ケンプファー)”ハマーノルド女史と、シェアハウスの管理人――肝っ玉母さん染みたミセス・エスパルサが、断ることが難しい。

 それがたとえ、水着やらなんやらを着たモデル仕事だとしても。

 

『その美貌は立派な武器よ! 活かしなさい!』とミセス・エスパルサ。

『信用できる相手だから大丈夫よ。とりあえず経験してみなさい』とハマーノルド女史。

 頭の上がらぬ2人にこう言われては、レーラとしても引き受けるしかなく。

 

 で、なんとか写真撮影をこなして迎える休憩時間。

 メイク担当の土星東南アジア系女性がレーラを化粧直しを始める。

 

 おおよそ20年の人生で化粧したことは、どれほど憎んでも飽き足りない売春組織に飼われていた頃以来だった。

 スカベンジャーになってからは、化粧など一度もしてない。そもそも蛮地で化粧なんかしても無駄だし、化粧品の匂いは優れた嗅覚を持つ兵士やミュータント、臭気センサーを持つ無人機に察知されかねないから。

 今も敬愛してやまない亡き姐ノーヴェンダーも、“仕事”以外で決して化粧することは無かった。

 

 メイク担当がファンデーションでレーラの身体のあちこちにある痕を覆っていく。

「皮膚の再生治療を受ける気ない? ピッカピカになるよ」

 

 善意からの提案だとは分かっている。が、レーラは内心でイラッとくる。レーラにとって身体の傷は隠すべきものでもない。あの無法の地獄で“家族”と共に戦い、生き抜いてきた記録だ。誇るべき証。

 

「考えとく」

 レーラは安全なシン・スワトーの中でも、普通の人々を相手にしても、警戒心を解かない。だって、敬愛する姐は土着コミュニティの街に赴く際、いつも言っていたから。

 

 ――注意しな、レーラ。街中の“敵”はレイダーやミュータントみたいに分かり易くない。一見してソイツが敵か分からない。特にあんたは綺麗で可愛いからね。常に注意深く用心深く、だ。

 亡き姐ノーヴェンダーの教えを忠実に遵守し、レーラは隙を見せないよう努める。

 

 もっとも、歴戦の女弁護士ハマーノルド女史や肝っ玉母さんなミセス・エスパルサは『懐かないウサギちゃん』としか見てなかったりするし、気難し屋の相手になれたゴリラカメラマンやメイク担当も『人見知りウサちゃん』として扱っていたりする。知らぬが華よな。

 

「さあ、休憩時間は終わりよ! レーラちゃん、スマイルよ!」

 下手な軍用サイボーグより強そうな筋肉ゴリラが甲高い裏声で発破をかけてくる。フルマッスルな巨躯を捩らせ、”しな”まで作っていた。

 怖い。

 

「が、頑張ります」

 レーラは口角を引きつらせながら、撮影ステージに赴く。

 蛮地でレイダーとドンパチする方がずっと楽だと思いながら。

 

    ○

 

 人権団体HOLが所有する支援者用シェアハウスの自室。レーラは帰宅し、そのままベッドへ狙撃されたかのように倒れ込む。

「しんどい……」

 

 枕に顔を埋めながら呻く白ウサ娘。

 蛮地でドンパチ稼業をしている方が絶対に楽だった。法と秩序に満ちたシン・スワトー市の生活は何もかもが慣れず、しんどい。あの灰色髪の男と眼帯女に仇討するどころじゃない。街と生活に慣れるだけで精いっぱいだ。

 辛い。

 

 にゃーん。

 三毛猫がいつの間にか部屋に忍び込んできて笑った。

 

 前の入居者が遺した猫ミスター・ローマンだ。

 かつて腐れDV夫から逃れようとした女性がいた。然して彼女は出勤先の職場でそのクソ亭主に襲撃され、命を落とした。遺されたのはわずかな私物とミスター・ローマンだけ。

 以来、ミスター・ローマンはこのシェアハウスで過ごしている。

 

 ミスター・ローマンはベッドの上に飛び乗り、起きろと言いたげにウサ娘の頭をぺしぺしと叩く。近頃のミスター・ローマン自身は新たな”僕”のウサ娘をお気に召している。

 

 レーラは渋々身を起こし、抱っこを所望するミスター・ローマンに仕方なく従う。癪なことに、猫の温もりはレーラの疲れた心に利いた。

 抱きかかえられた三毛猫が満足そうに喉を鳴らす。

「感謝しろって? くそぅ。言い返せない」

 

 レーラはミスター・ローマンを抱えたまま、入室時に放りだしたバッグを拾い上げ、中からスマートホン型情報端末を取り出してポチポチと弄る。

 使い方を覚えたメッセージアプリを立ち上げ、灰色髪の仇へメッセージを送った。

『あんたのせいで苦労ばっかり! 恨んでるからな!』

 

 数分後、返信が届いた。

『ハマーノルド先生から話は聞いてる。水着グラビアが発売されたら買うよ』

 

 レーラは即座に切り返す。

『買うな! 見るな! 絶対に見るなよ!!』

『(*^^*)』

 

「舐め腐りやがって、あの野郎」

 低い声で毒づくレーラは、自分が自然に笑っていることに気付かない。

 ミスター・ローマンはレーラの腕の中で顔を洗い、ひと鳴き。

 にゃーん。

 

     ○

 

 レーラ・ペンドロスが不本意ながら『平和』を味わっている頃。

 惑星再生機構の首都カルニオン。大手民間軍事会社ブルーグリフォンの本社フロアには表札の掛かってないオフィスがいくつかある。

 

 そのうちの一つを我が物とする初老の白人女性、コニー・ハリソンは老眼鏡を外して報告書から顔を上げ、執務机の向かいに座るアングロ・インド系の美女へ碧眼を向けた。

「なるほど。大厄災がテロによって起こされた可能性がある、と」

 

 トリシャは冷淡に告げる。

「驚かないんですね」

 

「テロは大昔から言われていた可能性の一つだからね」

 眉一つ動かさず、コニー・ハリソンは教師染みた容貌に相応しい口調で語る。

「天蓋膜は完全に確立された技術で安定性も安全性も極めて高い。だからこそテラフォーミングは基本的に天蓋膜の構築から始まるのよ」

 

 地球のように水と大気が星を覆い、自然に人類の生存環境を作り出す惑星は極めて少ない。

 七星連合の主星群――地球、月、火星、水星、木星、金星、土星、地球を除くいずれもテラフォーミング化や地表面入植を行っている。マギ・テクとナノテクノロジーによって確立された天蓋膜が無ければ、人類は宇宙に版図を広げることが難しかっただろう。

 

 当然ながら、人類は天蓋膜の信頼性と安全性の確立に心血を注いだ。なんせ天蓋膜に不備があれば、入植した全生命が瞬く間に死に絶え、地表面の全てが破壊される。実際、最初期の天蓋膜破損事故で入植した全生命が根絶された入植惑星がいくつかある。

 

 それでも天蓋膜方式が破棄されなかった理由は、どれほど技術が進んでも根本的に宇宙移民活動そのものが死と隣り合わせという現実があったからだ。

 

 それに、天蓋膜方式以前に主流だった地表面入植方式――地表にドーム型閉鎖都市を築く方式にしても、事故その他で都市ごと全滅に至るケースはいくらでもあった。たとえば、人類の宇宙進出最初期、月面都市アルキメデスを隕石が直撃し、入植者400万人が一瞬で消滅した。

 

 しかし、人類の宇宙進出は止まらなかった。

 資源の減少と環境汚染、終わりなき諸々の紛争で疲弊し、閉塞しきった地球から宇宙世界へ踏み出す以外、もはや希望が見つからなかったから。

 

 ある種の冷酷非情さを抱いて屍の山を踏み越えながら、人類は宇宙世界を進み続けた。今や人類の版図は太陽系外縁に到達し、入植惑星は400を大きく超えている。

 天蓋膜技術がなくては成し得なかったこと、と断言できる。

 

 ゆえに、入植惑星第427号:ノヴォ・アスターテで天蓋膜のグレイグー化が発生した際、偶発的な事故より、恣意的な発生――テロの可能性が疑われたことは、妥当な流れだろう。

 

「これまでテロ原因論が最有力候補になっていない理由もまた、天蓋膜の高い信頼性と安全性によるものなのよ」

 コニー・ハリソンはカップを口に運び、唇を湿らせてから言葉を紡ぐ。

「天蓋膜のセキュリティは十重二十重に組まれている。完全な独立閉鎖型システムでチープな映画のようにハッカーが外部からハッキングすることは絶対に不可能。

 かといって天蓋膜制御機構に直接乗り込むことも不可能よ。あそこは人的要因による事故を防ぐためにほぼ完全な無人自律制御だった。仮にテロリストが侵入しても、出来ることなんてほぼ何もない。破壊ならともかく、天蓋膜をグレイグー化させる? あり得ないわ」

 

「ですが」トリシャは眼帯越しに手元のカップを見つめながら「実際にはグレイグー化が起きて、この星を宇宙世界から断絶させています」

 

「そうね。その通りよ」

 コニー・ハリソンはトリシャの指摘を素直に受け止め、

「大厄災当時、ノヴォ・アスターテは政治的混乱にあった。統一連合政府首班に七星連合から落下傘議員団を迎えたことで脱退独立派が猛反発していたわ。これでは独立惑星ではなく隷従惑星だと。テロが起きる厚い下地があった」

 皺の刻まれた指先を揉むように弄りながら続けた。

「そして、その下地は今、女神教と称して大きな組織と広範な教圏を築いている。ここケイナン大陸でもウガリタ大陸でもアースティル諸島でも、有力な宗教組織として存在感を発揮しているわ」

 

「ジェーン・ドゥズが女神教会の手先と考えてらっしゃる?」

「そこまでは言ってないわ。ジェーン・ドゥズが仮に女神教会の人間だったとしても、女神教という組織がノヴォ・アスターテの現状を生んだ、というのは主語が大きすぎる」

 トリシャの疑問へ丁寧に説明し、コニー・ハリソンは『もっとも』と言葉を編み続ける。

 

「女神教という組織の潔白も意味しないけれど。彼らの教義とジェーン・ドゥズの言い分は偶然と見做すにはあまりに一致しているもの。もしかしたら、女神教自体が隠れ蓑として創設されたかもしれない。三冠王国が出張ってきたのも、その辺りが理由ね。国王夫妻を殺された以上、報復の刃は必ず振るわねばならない。けれど、斬るべき相手が大きな宗教組織なら慎重にもなる」

 アングロサクソン系初老女性の声に宿る冷酷さに、インド・アングロ系美女は眉根を寄せた。

「真の敵は女神教だと?」

 

「先も言ったとおり、女神教の全てが敵とは思わない。ただし、少なくともノヴォ・アスターテが宇宙世界へ復帰する過程において、大厄祭の真相究明とジェーン・ドゥズを始めとする実働組織の撃滅は避けては通れない。私はそう見ているわ」

 コニー・ハリソンの推測に、トリシャはたおやかな身体を背もたれへ預け、鼻息をつく。

「この星が宇宙世界へ帰る道のりは、血と屍で舗装することになりそうね」

 

「当然よ」

 教師染みた初老婦人はアングロサクソン的皮肉な微笑を湛えた。

「人類という種は暴力無しには何も解決できないのだから」

 

      ○

 

 初老婦人が人類を皮肉っている頃、くたびれ顔の少年少女達がスイートルームの豪勢なソファに溶けていた。

 

「――疲れた……」サムライボーイが一人掛けソファでぐでっと溶けている。

「疲れたわね……」ハーフエルフガールがソファに寝転がって溶けている。

 

 外交団のお偉いさん達と今後の活動内容と予定を巡ってあれやこれやと話し合い、ジェーン・ドゥズを協働追跡する特殊案件作業グループの仮装本部――表向きは資源調査系会社の事務所で社長の皮を被った管理官ルッソと面談。それから担当指揮官であるアンリエットの打ち合わせ。

 疲れた。

 

 ハルトは騎士に任じられた若き英雄と持ち上げられていても、実体は世間知らずな小僧。海千山千のお偉方の相手や心根定かでない他国諜報機関との折衝はきつかった。

 リリアは貴族育ちで将校とはいえ、いろいろと教育が省かれた戦時任官。王女近侍という立場にしても実力や能力より、その複雑な血筋ゆえのこと。つまり経験と見識が絶対的に足りない。

 戦場では英雄と称すべき実力者2人も、銃後のポリティカルゲームでは完全にニュービーだった。

 

「だから言っただろう。この任務は重装人型機動兵器(ウォーメック)を乗り回せば良い戦場とは違う、苦労すると」

 前半を女性ボイスで後半を男性ボイスで語る完全サイボーグのテイラー。

 

「黙って突っ立ってるだけだったくせに……っ! テイラーは最年長者なんだぞ、もっと前に出て私達を助けるべきじゃないか!」

 リリアが拗ねた目で噛みつくも、日系ロボアニメの機動兵器みたいなツラのテイラーに表情なんてもんはない。完全サイボーグは男女混合ボイスで切り返す。

「賢い年長者は不必要に出しゃばらず、若者の働きを見守るものだ。それに、良い経験になっただろう」

 

「よく言うよ。俺達に面倒を押しつけただけだろ」

 ハルトの指摘にテイラーはそっぽを向いた。図星だったらしい。ずっこい最年長者へ舌打ちしつつ、リビング内に見えない仲間について尋ねる。

「ヒナは?」

 

「寝室」とテイラーは指先を寝室へ向けた。

 気疲れした金星娘ヒナコは浮世から夢の世界へ逃避中らしい。

 

「こんな調子で捜査が務まるのかしら……」リリアが結い上げた薄紫色の長髪を解き、わしわしと掻きながらぼやく。

「お前達が期待しているような展開があるかは分からんな」

 テイラーはぼやくリリアへ言った。どういうこと? と素朴な眼差しを返すリリアとハルトへ、完全サイボーグは大袈裟に頭を振る。

「あのクレオール系地火混血娘が言っていただろう。この捜査はブラックオプスが含まれると。その際、他国人の我々が同行させてもらえると思うか? 本国は惑星再生機構と同盟はおろか安全保障条約を結んでいないのに」

 

「それは……でも、協力し合うべきだろ。お互いに手詰まりなんだから助け合った方が良い」

「理屈ではな。だが、実際には無理だ」

渋面を湛えたハルトの指摘へ、テイラーはアイバイザーを光らせた。

「我々は彼らにとって敵ではないだけだ。味方でもない。仲間になれるかも怪しい」

 

「……私達は無駄足を踏んだだけと言いたいの?」リリアが険しい顔で睨みつける。

「違う。我々だけでは身動きが取れぬ事態になる、と言っている」

 テイラーは困惑顔の少年少女へ説く。

「こういう時は、もっと上を使うのだ」

 

「上って……外交団長に頼むってこと?」

「違う」怪訝顔のハルトにペケを出し、テイラーは続け「彼でも足りない。もっと上。そして、我々の働きに関心が強い人間だ」

 リリアはハッとして「まさか」

 

 テイラーは頷いて告げる。

「我々を送り込んだ総責任者。NACCP議長殿だ。あの御仁に横車を押してもらうのだ」

 重々しく告げるその声は、幼女ボイスだった。




Tips
犬にとって人類は友人、家族である。
猫にとって人類は下僕である。
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