【完結】すごいよ!! マサルくん   作:わへい

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No.0010 らいばる!! キバナくん

「───強い」

 

 熱狂と歓喜に包まれたシュートスタジアムの中で、俺は周囲の喧騒とは裏腹に自分の心の中が酷く冷静であることを自覚し、背筋を汗が伝っていた。その汗は決して、周囲の熱気にあてられたものじゃない。視界の先にいる少年───ダンデくんの強さに対する冷や汗のようなものだった。

 

「わーっ! ダンデくんまた倒したよ! すごーい! ねえねえマサル! ダンデくんすっごく強いね!」

「そうだな」

 

 隣で無邪気に笑うユウリに対し、俺は作り笑いを浮かべる。

 

 ダンデくんの初戦の相手は……年齢的には同世代のキバナくん。キバナくんはどうやら天候操作とドラゴンタイプを主としたトレーナーで、年齢に似合わない玄人志向な戦法を駆使するトレーナーだった。

 

 ドラゴンタイプは成長が遅く、育てるのが非常に難しい。さらに天候操作に関しても、その場その場で効果的な天候を選択できなければ、上手く扱えなければ攻撃機会を無駄にしてみすみす相手に隙を与えてしまうだけ。

 

 だけど、キバナくんは熟練トレーナーを彷彿とさせる見事としか言いようがない天候操作技術を披露してダンデくんを翻弄する。

 

 天候操作、か。自分で使うには面倒だからあんまりやったことはないけど、相手にするとめちゃくちゃ厄介なんだよな。

 

「バクガメス!!」

「ドラパルト!!」

 

 明確なコンセプトがあるキバナくんとは違い、ダンデくんは比較的色々なタイプのポケモンを使う類のトレーナーだ。さらに、ダンデくんは相手のトレーナーが次に出してくるポケモンをなんとなく読めるという反則じみた能力を持ち合わせているので、大抵のトレーナーはダンデくんを相手に後手に回ってしまう。

 

「ちっ!! バクガメス、ドラゴンクロー!!」

「ドラパルト、りゅうせいぐん」

 

 ドラゴンタイプにはドラゴンタイプをぶつける。定石の戦法であるが、両者の選んだポケモンには同じドラゴンタイプであっても相性の差があり過ぎた。

 

 キバナくんのバクガメスは物理防御は非常に高いが、動きが遅いポケモン。対してダンデくんのドラパルトは素早さが非常に高く、特殊攻撃もそこそこ高いポケモン。当然、技の発動は素早さの高いドラパルトに軍配が上がる。

 

 ドラパルトは、バクガメスが接近してその拳を叩きつけるよりも圧倒的に速く空へと舞い上がり、隕石の如き技を容赦なくバクガメスへと叩きこんだ。

 

「……よくやったバクガメス。戻れ」

 

 キバナくんとダンデくん、両者の手持ちは共に五体。だけどキバナくんの残りが一体に対してダンデくんは───三体。

 

 圧倒的……圧倒的だ。

 

 キバナくんは決して弱いトレーナーというわけじゃない。むしろ、例年のジムチャレンジならば余裕でファイナルトーナメントに進出し、その牙はチャンピオンにすら届きうる程の実力者だ。

 

 だけど、だけど……

 

 ダンデくんが───強すぎるんだ。

 

 ダンデくんはこれまでのジムチャレンジでジムリーダー全員を圧倒する実力を見せつけた。たとえ、ジムリーダーが()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()使()()()()()()ことを差し引いても、だ。じいちゃんや父さんが一度も勝てなかったポプラさんすら圧倒し、八個のジムバッジをあっという間に手中に収めた。

 

 これが、チャンピオンに至る器。

 

 俺には確信があった。ダンデくんはこのまま次の決勝も、ファイナルトーナメントも、現チャンピオンとのバトル全てを勝ち抜き……新たなチャンピオンとして君臨するだろう、と。

 

「は、はははっ!! やるじゃねえかダンデ!! この俺様を……この俺をここまで追い詰めたトレーナーはお前が初めてだ!!」

「ありがとう。だが、何を言われようとも───俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、一瞬たりとも油断しない」

「そうこなくっちゃなぁ!! ここまで来たらもう駆け引きもクソもねえ!! 俺の最高の相棒で真正面から粉砕してやる!!」

 

 絶対的に追い詰められている状況にもかかわらず、キバナくんは()()()()()

 

 負け惜しみや強がり、破れかぶれの特攻、自暴自棄になったわけではない。

 

 この絶望的な状況でさえ、彼は信じているんだ。

 

 己の、勝利を───

 

「格好良いな……」

 

 無意識の内に、ぽつりと呟いていた。俺も将来、あんなトレーナーに───

 

「ああ、そうだぞ!! 兄貴は世界で一番格好良いんだ!! 二番目はマサルに譲ってあげてもいいぞ!!」

「え~? マサルが二番目はないよー。マサルはせいぜい……十億番目くらい?」

 

 お前ら……人が久しぶりにセンチメンタルな気分に浸っていたところに……

 

「ユウリ、俺が十億番目ってどういうことだ? それはあれか? 本当は俺のことが格好良くてしょうがないけど他の女に取られるのが嫌だからわざと俺の評価を下げようとする可愛い独占欲か?」

「え? マサル今、私のこと可愛いって言った?」

「都合の良いことしか聞こえんのかこの耳は!?」

「きゃーっ♪」

 

 ユウリを捕まえて頭をぐしゃぐしゃしてやると嬉しそうな悲鳴を上げる。ユウリもだいぶテンションが上がってるな。まあ確かに、テレビで観るのとは全く違ってスタジアムで間近で見るポケモンバトルの迫力は半端じゃない。最前列だと時々技の余波が飛んでくるけど、観客の誰も全く気にはしていなかった。鍛え上げられたガラルの民よ。

 

 キバナくんは残り一体……おそらく、彼が最も信頼を寄せるエースポケモンだろう。そんな彼のポケモンに対して、ダンデくんは何を繰り出すのか。

 

 決まってるよな。

 

「ジュラルドン!! ()()()()()()()()!!」

「リザードン!! ()()()()()()()()!!」

 

 二人のトレーナーが同時に叫ぶ。

 

 手首に付けたダイマックスバンドが輝き、モンスターボールもそれに呼応するように光を放ち、巨大化した。

 

 二人が投げた巨大なモンスターボール。その中から現れたのは、通常のダイマックスではなく()()()()()()()()()()()()()()()許されるダイマックスの特殊形態。通常のダイマックスとは違い、ポケモンの容貌すらも変化させる。

 

 それが、キョダイマックス。

 

 くしくも、二人のトレーナーのエースポケモンは、その稀有な切り札を有していたんだ。

 

 スタジアムの盛り上がりは最高潮。なのに俺の心はやっぱり酷く冷静で、スタジアムの中心で向かい合う二人のトレーナーと二体のポケモンから目が離せない。

 

 ただ、確信があった。

 

 次の衝突で───決まる、と。

 

「キョダイゲンスイ!!」

「キョダイゴクエン!!」

 

 キョダイマックスした二体の強力な技がぶつかり合う。その熱波が、衝撃波がここまで届き、腹の底に重たい圧としてのしかかる。隣にいたユウリはその衝撃に驚いたのか、ぎゅうっと俺に抱き着いてきた。

 

 スタジアム内を砂塵と白煙が舞い、ダンデくん達の姿が見えなくなる。ロトムを通したモニターにも何も映っていない。

 

「どっちだ!! ダンデか!? キバナか!?」

「火力ならリザードンだろ!!」

「いいや、ジュラルドンなら耐えるとみたね!!」

 

 周りの観客達は白煙の向こうに広がる光景に想像を膨らませ、口々に叫び始める。

 

「ま、マサルはどっちだと思う?」

 

 少し怯えた様子で俺にしがみついているユウリが尋ねてきた。

 

 どっちが勝ったか、だって?

 

「そんなの決まってんだろ。なあ、ホップ?」

「おう、勝ったのは───兄貴だ」

 

 ホップの言葉と同時に、スタジアムの白煙が晴れた。その中心に立っていたのは、二人のトレーナーと()()()ポケモン。キョダイマックスが解け、通常のサイズに戻った───炎を纏う、紅蓮の竜。

 

「り、リザードンだーーーっ!! リザードンが立ってるぞーーーっ!!」

「まじかよ!? 負けたのか!? キバナが!!」

「ダンデーーーっ!! リザードン!! お前ら最高だーーーっ!!」

 

 スタジアムのボルテージが最高潮に達する。実況の声が届かないほどの熱気に包まれたこのスタジアムは、まるで一種の生き物のようだった。

 

『勝者はダンデ!! ダンデ選手です!! 二人とも本当に……本当に素晴らしい戦いを見せてくれました!! ガラルの未来を担う若者達の健闘に盛大な拍手をお送りください!!』

 

 歓声と拍手が唸りを上げてスタジアムの中心に立つ二人へと降り注ぐ。だけど、二人はそんな喧騒なんてまるで耳に入っていないようで、ただただ互いにじっと見つめ合っていた。

 

「ありがとうキバナ。君と戦えてよかった。君は、この旅で出会った中で───()()()()()()()()()だったよ」

「はっ! 上から目線だな……って、実際に俺様に勝ったんだから上だもんよ。だけどな、このキバナ様に一度勝ったくらいでいい気になるんじゃねえぞ……!! 次は、次は絶対に負けねえ……!!」

「ああ、わかってる。君の思いを、君のポケモン達の思いを全て背負って───俺は先へ進む」

「……チャンピオンになれよ、ダンデ」

「もちろんだ」

 

 そして二人はスタジアムの中心で固い握手を交わす。その光景を見て俺は、目の奥がツンと痛み、熱くなるのを自覚した。

 

 そうだよ。これこそが……これこそがポケモントレーナーの在るべき姿なんだ。

 

「すごいね! 二人とも格好良いね!」

「……そうだな」

 

 俺に抱き着いているユウリの頭をほとんど無意識の内に撫でていた。そこでふと、ユウリの顔を見ると何やらわざとらしい不機嫌な表情になっていてほっぺたをぷくーっと膨らませている。なんぞ? 撫でられるのが嫌だったんか?

 

「もーっ! マサルの反応つまんないっ!」

「えぇー……」

 

 いやいや、このバトルは本当に感動したし二人ともマジで格好良かったからな。心の底からそう思ってるよ。

 

「私が他の男の子を格好良いって言ってるのにっ!」

 

 そう言ってユウリはぷんすかし始める。なんぞなんぞ? もしかして俺を嫉妬させたかったんか? 十年早いわ小娘が。そう言ってやりたかったけど、もっと機嫌を損ねると面倒なことになるので黙っておくか。

 

 そう結論付けて、俺がポケットから蜂蜜キャンディを取り出してユウリに差し出すと、ユウリはひったくるように奪って口の中に放り込んむ。途端に幸せそうな顔になりやがった。ほんとに表情がコロコロよく変わる。

 

 さてさて、次はソニアちゃんとルリナちゃんの試合かー。

 

 

 

 

 

 

 二人の試合はかなりの接戦だった。ソニアちゃんはダンデくんと同じくバランス型のパーティ編成でルリナちゃんは水タイプ中心のパーティ編成。タイプが偏った編成って、刺さる相手にはものすごく刺さる反面、メタを張られればに平気で全タテを食らうこともある。

 

 だけど、ルリナちゃんはここまで水タイプ一本で勝ち進んできたトレーナーだ。当然、弱点タイプへの対処法も用意している。安易に電気タイプや草タイプでゴリ押ししようとすれば痛い目をみるだろう。

 

 ソニアちゃんもそれがよくわかっているからこそ、彼女の相棒であるワンパチの使いどころを見極めていた。

 

「またマサルがいやらしい目でルリナちゃんを見てるー!」

「見とらんわ。失礼なヤツめ」

 

 ソニアちゃんとルリナちゃんが登場し、俺は温かく見守っていただけなのにユウリはどうも何やら勘違いしている様子。まあ、確かにルリナちゃんはめっちゃ小顔で足が長くてモデルさんみたいだなって思ってたけどさ。

 

「ユウリ、もういいだろ。降りろ」

「降りないっ!」

 

 ユウリは俺の膝の上から頑なに降りようとしない。なんともまあお可愛い嫉妬心だこと。七歳児とはいえユウリもちゃんとした女の子なんだなと、感慨深い気持ちになってしまう。

 

 それに、ユウリのわがままなんて慣れっこだからな。しょうがないからこの試合の間くらいはおとなしく言うことを聞いてやろう。そう考えて膝の上に座っているユウリをぎゅっと抱き締めると、ユウリは嬉しそうにソニアちゃんを応援し始めるのだった。

 

 最終的なバトルの結果は……ソニアちゃんの辛勝。

 

 互いに手持ちが残り一体となってからのダイマックス。ソニアちゃんのワンパチとルリナちゃんのカジリガメ……タイプ相性の差とワンパチの攻撃がカジリガメの急所に直撃したこともあってソニアちゃんが押し切る形となった。正直、どっちが勝ってもおかしくはない……それほど拮抗した勝負だった。

 

「これで決勝は兄貴とソニアか! 二人ともここまで勝ち残るなんてすごく誇らしいぞ!」

「うん! 二人とも応援してあげなくちゃね!」

「ソニアには悪いけど、勝つのは兄貴だ」

「まだわかんないよ~? ソニアちゃんもすっごく強くなったもん!」

「確かにソニアの戦い方も上手いと思う。でも、兄貴とリザードンは最強だ!」

「むぅ~……マサルはどう思う?」

「正直、ダンデくんだな」

 

 今のソニアちゃんのバトルを見て、思う。セミファイナルトーナメントに残った四人の中で、ダンデくんに次ぐ実力者はキバナくんだった、と。今のソニアちゃんじゃ、ダンデくんどころかキバナくんにも届かない……つまり、さっきのダンデくんの試合が事実上の決勝戦───そして、それを今一番痛感しているのは他でもないソニアちゃんだ。

 

「ユウリ、悪い。決勝が始まるまでにトイレ行きたいから降りてくれ」

「え~?」

「俺がここで漏らしてもええんか?」

「ばっちぃから早く行ってきて!」

 

 ユウリは俺の膝の上からぴょんと降りる。ふっ、計画通り。……別にトイレになんて行きたくなかったけど、ユウリやホップには内緒でやりたいことがあったからな。

 

 そして俺は観客席の階段を登り、ホップやユウリに気付かれないようにポケットからスマホを取り出した。

 

『……何?』

「すごく不機嫌そうだな、ソニアちゃん」

『このタイミングで電話をかけてくるなんて、あんた常識ないの?』

 

 観客席を出て屋内通路の一角でソニアちゃんに電話をかけると、露骨にピリピリした声が聞こえてきた。当然だろうな、ダンデくんのあんなバトルを見せられて……今から自分がそのダンデくんと戦うんだから。

 

「そろそろ俺の声が聞きたくなってきたんじゃないかと思って」

『あんたは……もう、怒るだけ無駄ね。それで、何の用?』

 

 ソニアちゃんの声から少しだけ緊張が和らいだのがわかった。

 

「何の用って……普通の激励だよ。まあ、これまですごくがんばってきたソニアちゃんに、安易に『がんばれ』なんてことは言わないけどさ」

 

 俺はソニアちゃんの背中を押して彼女をジムチャレンジに参加させた要因の一つだからな。この状況で何もしないなんて、そんな無責任な人間じゃないつもりだ。

 

『ねえ、マサル……』

「うん?」

『私……ダンデくんに勝てると思う?』

「それを俺に聞いてくる時点で、ソニアちゃんはダンデくんに勝てないよ」

『はぁ……はっきり言うんだね』

「俺、何の根拠もない無責任な励ましって嫌いなんだよ。そんなの、言った本人のためにも言われた人のためにもならない」

『……マサルって普段はおバカな野生児なのに時々びっくりするくらい大人みたいなこと言うよね』

 

 それは中の人のせいでもある。それに、こういうことを言う相手は選んでるつもりだ。ソニアちゃんは年齢の割にしっかりしている上、気休めや根拠のない慰めが逆効果になる人間だということを俺は知っている。だからあえて、現実を突きつけるようなことを言っているんだ。変に優しい言葉をかけたら彼女は余計に抱え込むからな。

 

「ぶっちゃけ、今のままだとソニアちゃんの勝率は0.1%ってところかな」

『千回に一回!? もうちょっとあると思ったんだけど!?』

「ダンデくんの実力は、俺なんかよりも……ずっと一緒に旅をしてきたソニアちゃんが()()()()()()()だろ?」

 

 俺が知ってるダンデくんは、あくまでジムリーダーやキバナくんと戦った時のダンデくんだけだ。それ以外にもダンデくんは色々な場所でたくさんバトルをしてきただろう。そして、その全てを一番近くで誰よりも見続けてきたのは……他ならぬ、ソニアちゃんだ。

 

「ダンデくんとソニアちゃんはお互いのポケモンも、技も、戦術も、全てを知り尽くしている。そんな相手とのバトルで勝敗を分けるのは───トレーナーとしての実力だ」

『そして私は……()()()()で言えば、ダンデくんに劣っている。これは卑下なんかじゃない、紛れもない事実』

「そう。でも、ソニアちゃんはそんなダンデくんに……」

『───勝ちたい』

 

 俺の言葉を遮って、ソニアちゃんは言う。

 

『今のダンデくんと()鹿()()()()真っ向からぶつかったところで勝ち目が薄いのはわかってる……ダンデくんの才能と実力を───私は世界で一番よくわかってる。彼はきっと、このままチャンピオンになるような男の子。それも全部全部わかってる……私には、ダンデくんのような才能も、キバナくんのような天候操作技術も、ルリナのような水タイプのポケモンに対する深い理解もない。でも、そんなことはわかった上で……全部わかった上で私はダンデくんに勝ちたいんだ』  

 

 ソニアちゃんは力強くそう言った。

 

 どうやら彼女はこのジムチャレンジを通して俺が想像していた以上に遥かに成長していたらしい。ダンデくんに対する劣等感がジムチャレンジに参加する一つの要因だったのに、電話口の彼女の声からはそんな負の感情が全く感じられなかった。

 

 だから俺も、そんな彼女の思いに全力で応えようと思う。

 

「ソニアちゃん、聞いて」

『うん』

「俺は今から、ある提案をする。それを受け入れるかどうかはソニアちゃん次第。まずはそれを頭に入れておいてほしい」

『……マサルがそこまで前置きするって嫌な予感しかしないんだけど』

「まあ、今から言うことは必勝法でも何でもないからな。勝率を0.1%から0.5%に上げる程度のものだと思ってくれていいよ」

『0じゃなければ十分よ。聞かせてちょうだい』

 

 ダンデくんのパーティは特にこれといったコンセプトがあるわけではなく、あらゆる状況に対応できるようバランスの取れたタイプのポケモン達で構成されている。当然、各ポケモン達の弱点タイプを補うような技もしっかり覚えさせていた。そして、ソニアちゃんのパーティ構成もこれに近い。

 

 バランスの良いパーティ、聞こえはいいけど明確なコンセプトがない分、求められる一瞬の状況判断能力と並列思考能力はコンセプトパーティの比ではない。もちろん、だからといってコンセプトパーティがバランスパーティに比べて劣っているわけではないということも併せて理解しておいてほしい。

 

 少し話はそれたけど、ダンデくんの本当の強みは稀有な状況判断能力と並列思考能力に加え……「相手のトレーナーが次に出してくるポケモンをなんとなく察することができる」という点だ。

 

『それは、うん。旅の中で痛感したわ。ダンデくんに「なんでわかるの?」って聞いても「ビビッとくるんだ」としか答えが返ってこなかったのよね……』

「ただ、ダンデくんにわかるのはあくまで、()()()()()()()()()()()っていうところだ。これは本人にも確認したんだけど……バトルの一番最初に相手が出してくるポケモンはわからないらしい」

『だからこそ、そこに付け入る隙がある』

「隙ってほどでもないけどな。でも、それを読み切って最初の一体目を一撃で落とす。ここまでやって、()()()()スタートラインだ」

 

 もしも読み違えてしまったら? はっきり言おう。一体目の敗北がそのままバトルの結果に直結する、と。

 

『その一体目……ダンデくんは何を出してくると思う?』

「ギルガルド」

『……即答ね』

「ダンデくんはああ見えてポケモンバトルは堅実、真っ当かつ王道だ。どっしり構えてあらゆる状況に対応する一番やりにくいトレーナー。逆に言えば、奇策のような戦法はほぼ100%取らないと言っていい。で、ダンデくんとソニアちゃんのパーティ構成を踏まえた上でダンデくんの思考をトレースすると……一体目は耐性に優れた「鋼」タイプの可能性が一番高い」

『なら私は「マルヤクデ」を出せばいいわけね』

「うん。ダンデくんが水や地面、岩タイプのポケモンを持っていたら厄介だったけど、ダンデくんの手持ちはギルガルド、ドラパルト、オノノクス、バリコオル、リザードンの五体。この中だとリザードンの「げんしのちから」がマルヤクデに有効だけど、ダンデくんが一体目にリザードンを出す可能性は低い」

 

 ここでダンデくんがこっちの思考を読み切ってリザードンを出してきたら……それはもうお手上げだ。その時は純粋にダンデくんを称えるしかない。俺の考えが甘かったってだけだ。

 

『ありがとう。すごく参考になるわ。……マサルっていつもそんなことまで考えてるんだね。ちょっと見直した』

「前世の経験が生きたんだよ」

『よく前世って言うけど、あんたの前世って何?』

「カントーとジョウトとホウエンとイッシュのチャンピオン」

『欲張りセットにもほどがあるよ!!』

 

 事実やぞ。ゲームの中では(ストーリー上)最強のトレーナーだったからな。対人戦? 廃人の話はするな!

 

「で、ここからが本番だ。ダンデくんの一体目をこちらの消耗なしで倒す……これが最低条件」

『あらためて、とんでもない幼馴染を持ったね』

「ダンデくんのこと? それとも俺?」

『どっちもよ』

 

 電話口でソニアちゃんがクスリと笑う。良い感じに緊張が解けてるみたいだけど、ここから先はおそらく……いや確実にソニアちゃんを不快にさせてしまう話をすることになっちゃうんだよな。

 

「話を戻すよ。二体目以降でダンデくんに読み勝つことは()()不可能。だったらもう、()()()()()()()()()()でポケモンを戦わせるしかない」

『読み負けること、前提……?』

「うん。ソニアちゃんもさ、それぞれのポケモンに弱点タイプに対する有効な技を一つくらいは覚えさせてるだろ?」

『ええ、そうね……』

「ダンデくんは的確にソニアちゃんのポケモンに対して有利なポケモンを出してくる。つまりソニアちゃんも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんだよ」

『あ……そういうこと。で、でもっ……! たとえわかったところでタイプ相性が不利だったら……』

「不利だとしても、その不利な相手に対して有効な技をソニアちゃんは覚えさせてるんだろ?」

『いくら有効な技を使わせたって……削り合いになったら絶対に押し負ける!』

()()だよ、ソニアちゃん」

 

 俺は一度深呼吸する。

 

()()()()()()()()()()()まで、不利な相手の体力を削り続ける。それを繰り返してダンデくんの手持ちを減らすしか道はない」

『そん、な……』

 

 つまり、ゲームで言うところの「死に出し」に近い戦法だ。ゲームでもタイプ相性が悪いポケモンとぶち当たった時、即座に入れ替えるのではなく次のターンに無傷で有利なポケモンを出すために、あえて入れ替えないでそのまま戦わせるという戦法を取ったことがある人は多いはずだ。

 

「ひんし」にするとなつき度は下がっちゃうけど……まあ、ここでその話はいいだろう。

 

 ただ、これはゲームではなく現実だ。不利だとわかっている相手と、自分が押し負けるとわかっている相手と無理矢理戦わせる。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、だ。一緒に苦楽を共にしてきたポケモン達にそんな辛い戦いをさせる……優しいソニアちゃんにできる戦法とは思えない。

 

 でも、そこまでしなければ───ダンデくんに対して勝ちの目を見出すことすらできないんだ。

 

 そう、()()()()()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というレベルなんだ。つまり、ダンデくんとソニアちゃんの「トレーナーとしての実力」にはそこまでの差があるということ。

 

『……だから、だからダンデくんの一体目を、無傷かつ一撃で倒す必要があるのね』

「うん。最初に数的優位を得られなければこの戦法に意味はないから」

 

 一体目の敗北がそのままバトルの結果に直結する、というのはそういう意味だ。元々不利な消耗戦を挑もうとしているのに、一体目を倒せず数的優位すら奪えないのであれば勝ち目はゼロ。

 

「ダンデくんは高確率で最後にリザードンを出してくる。でも当然、ソニアちゃんには対リザードン用のポケモンがいるよね?」

『うん、ギャラドスがいるよ』

 

 ソニアちゃんの手持ちはワンパチ、マルヤクデ、ギャラドス、マホイップ、ドリュウズの五体だ。対リザードン用にギャラドスを温存しておくとして、マルヤクデでまずギルガルドを消耗なしで落とす。そして、リザードンまでの三体……オノノクス、ドラパルト、バリコオルの三体をギャラドス以外の四体で()()()()()()の消耗戦に引きずり込み、リザードンにギャラドスをぶつける。

 

 これが俺の考えた策だ。

 

「そして、この戦法には最大の長所がある」

『最大の、長所……?』

「うん。ソニアちゃんの戦い方を知り尽くしているダンデくんだからこそ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、っていうこと」

『なる、ほど……つまり、ダンデくんの思考の隙をつけるわけね』

 

 ソニアちゃんがどれだけポケモンを愛していて大事にしているかは俺もよくわかっている。そんな彼女が、ポケモンの犠牲を前提とした戦法を取るなんてダンデくんは予想できないだろう。

 

 もしかしたら、ほんの少しでも動揺してダンデくんの戦い方に(ほころ)びが生じるかもしれない。その綻びを見逃さず一気に畳みかければ……細い細い勝利の糸を手繰り寄せることができる、かもしれない。

 

 我ながら、あまりにも分が悪い賭けだと思っている。だけど、そこまでやらなければならないほどのトレーナーなんだ。

 

「ダンデ」という男は。

 

『……マサル』

「うん」

 

 俺は伝えた。全て伝えたよ。ソニアちゃんが勝てる可能性のある作戦を。もっとポケモンバトルに精通している人なら、ソニアちゃんに別の選択肢を与えられたかもしれない。だけど、今の俺にはこれが精一杯なんだ。

 

 あとはもう、ソニアちゃんが決断するだけ。

 

『本当にありがとう。私のためにここまで真剣に考えてくれて』

 

 電話口のソニアちゃんの声はとても優しかった。

 

『だけど、ごめんね───私には、できない』

 

 その言葉に俺は、落胆も動揺もしなかった。

 

 だって……

 

「うん。わかってた」

 

 ソニアちゃんがそんな戦法を取るはずないと、()()()()思っていたんだから。

 

『ダンデくんが一体目にギルガルドを出してくる……それは参考にさせてもらうよ。でも、ごめんね……本当にごめんね。私が勝てるように、マサルが一生懸命考えてくれたのに、私は……』

「謝らなくていいよ。さっき言ったじゃん。『わかってた』って。俺もさ、戦い方を話しながら思ってたんだ。こんなの、ソニアちゃんには似合わない、って」

『マサル……』

 

 彼女は決断した。なら、あと俺にできるのは、彼女の背中を押してあげることだけ。

 

「全部ぶつけてこい、ソニアちゃん」

『うん……うん……私、このジムチャレンジでたくさんのトレーナーと出会って、たくさんの凄い人達と出会って、たくさんのことをポケモン達から教えてもらった。だから……それを全部全部全部───このバトルにぶつけてくる』

 

 それ()正解だ。ソニアちゃんの言葉を聞いて、俺は心の底から安堵する。

 

 ああ……本当によかった。ソニアちゃんがジムチャレンジに参加してよかった。きっと彼女は、このバトルが()()()()()()()()()()()前に進むことができるだろう。そう思わせてくれるくらい、彼女の声は力強かった。

 

 だから最後に、もう一つだけ言わせてほしい。

 

()()()()ソニアちゃん。たとえ相手が───ダンデくんでもだ」

『───ありがとう』

 

 その言葉を最後に、通話を終える。

 

 見届けよう、この目で。彼女の、この旅の集大成を。

 

 そして、通話を終えたスマホの画面をしばらく見つめていた俺が、観客席に戻ろうとしたところだった。

 

 

 

 

 

 

「───ハロンタウンのマサルくんだね?」

 

 

 

 

 

 

 不意に名前を呼ばれ、振り返る。そこに立っていたのは、高そうなスーツに身を包んだ日に焼けた中年男性。せっかくの高級スーツがぽっこりお腹のせいで台無しだ。

 

 この黒幕オーラと威厳が半端ないメタボ腹のおっさん……

 

「ローズ委員長!?」

 

 なんであんたみたいな大物がこんな人気のない通路にいるんだよ!?




 ソニアのパーティは完全に妄想です。実際、ゲームではワンパチ以外連れていないし他の手持ちはどこにいるんでしょうね。

 あと、対ダンデ戦のマサルの策「死に出し戦法」はゲームではなく実際にやろうとしたら精神的に相当キツイと思います。

 だって、現実で例えるなら手塩にかけて育てて可愛がってるペットを、負けるとわかってるめちゃくそ強い敵に「倒れるまで戦え!」って命令するんですからね。

 人の心とかないんか?

 ではでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!

 よろしければ評価や感想等いただけるとすごく嬉しいです!

 あと、次回で幼少期編は終わる予定です!

 
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