色々修正しました。
コーヒー豆を手動のミルで挽いている時の独特の香りが好きだった。
粉末の物やパック式の物も悪くはないけど、コーヒーを楽しむのなら豆から挽くのが一番いい。
俺はなだらかな丘状になっている牧場の中で、一番高くなっている道路に面した場所にテントを張り、キャンプ用のテーブルや椅子を設置して午後のブレイクタイムを楽しんでいた。ここは牧場内を一望できるから俺の一番のお気に入りの場所だ。近くにじいちゃんが作ってくれた小型の焼き窯もあるし。
豆が挽けたので水の入ったフラスコとロート、アルコールランプを準備する。コーヒーはサイフォン式派とドリップ式派が年中仁義なき戦いを繰り広げているけど、俺は断然サイフォン式派だった。手間はかかるけどその分味が濃くなるから俺はこっちの方が好き。
ろ過機に布フィルターをかぶせ、ロートにセットして挽いた豆を入れる。アルコールランプの火をつけてタイマーを一分に設定。フラスコからロートへお湯が上昇してきたら竹べらで挽いた豆をお湯に沈める様に上下に動かしてかき混ぜる。と同時にタイマーをスタート。
お茶請けの手作りバタークッキーをお皿に用意してあとは一分間待つだけ。時間の経過とともにどんどん強くなるコーヒーの香りに思わず頬が緩んでしまう。
このコーヒーセット一式はじいちゃんが俺の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。俺の家では俺とじいちゃんだけがコーヒー派で父さんも母さんもばあちゃん紅茶派だから、じいちゃんはことあるごとに俺に良い豆を買ってくれる。俺が生まれるまでコーヒー派はじいちゃん一人で寂しかったらしい。
というか、ガラルは全体的に紅茶文化がかなり盛んなんだよな。なんかイギリスっぽい。前世でも行ったことないけど。
そんなことを考えているとタイマーが鳴ったので、アルコールランプの火を止めてもう一度ロート内をかき混ぜる。
しばらくするとロート内のコーヒーが全てフラスコ内に落ちていった。これで完成。
カップに注ぎ、一口。実に芳醇、点数にすると九十点くらいだな。俺もコーヒーを淹れるのが随分うまくなったもんだ。
さてさて、このまま放課後ティータイムならぬ放牧後コーヒーブレイクに勤しむと───
「マーサールっ! 何飲んでるのー?」
俺の優雅なブレイクタイムをぶち壊すような幼い少女の声が響き渡った。視線を向けると、柵の向こうの道路から見た目は可愛らしい少女───ユウリが俺をじーっと見つめている。
「コーヒー」
「私も飲むーっ!」
「ユウリみたいなおこちゃまにはまだ早い」
「そんなことないもん。私、もう立派なレディだから!」
ユウリはそう言って、スカートなのも気にせず柵をよじ登って牧場内に入ってくる。ワイルドユウリちゃんですね。彼女がハロンタウンに引っ越してきてから約二年、ほとんど毎日一緒に遊んでいたからウチの牧場はユウリにとっても自分の庭みたいなものになっていた。
「マサル、コーヒーちょーだい」
「おとなしく蜂蜜入りのホットミルクにしておきなさい」
「私もう大人のレディになったからコーヒーなんて余裕だもんっ」
ユウリはそう言ってマグカップを俺に突きつけておねだりしてくる。この前もそう言って一口で諦めて俺が残り全部飲んだろ。しかも今日は前のより濃い目に作ったから絶対「うえーっ」って顔するに決まってる。
とはいえ、拒否したところで我儘ユウリちゃんはあざとい幼女おねだりをしてくるということをこの二年間で嫌というほど味わったので、俺はマグカップに
するとユウリは満足そうな表情になって、コーヒーにふーふーと可愛らしく息を吹きかけてから一口。
途端に眉をひそめて俺が予想した通り「うえーっ」って顔になってしまった。だから言ったろ、おこちゃまユウリちゃんにはまだ早いって。ただ、ユウリのいやいや顔が面白かったのでスマホロトムでパシャリ。このネタでしばらく弄れるな。
「吐き出すなよ。口に入れた分はちゃんと飲み込みなさい」
「うぉぅん」
ユウリは表情を歪ませながらどうにかこうにか口の中の液体をごくんと飲み込んだ。まんま嫌いなものを食べる子供の姿やな。俺がけらけら笑っているとユウリは顔を赤くしながら俺をぺしぺし叩いてくる。
「はー……美味しかった!!」
「嘘つけ。ぷるぷる震えてただろうが」
「ふ、震えてないもんっ。あ、美味しかったから残りはマサルにあげるね」
「……ユウリは優しいなぁ」
「でしょー?」
そしてユウリは俺から目を逸らしてカップをスッと俺の方に寄せてくる。そして、口直しと言わんばかりにお茶請けのクッキーをサクサクと齧っていた。
そんなユウリを見ながら俺はモーモーミルクを小鍋に入れて火にかける。沸々としてきたところで火を止めて、ユウリが寄こしてきたコーヒーが半分ほど入ったマグカップにホットミルクをたっぷり注いだ。角砂糖は……二個、いや三個でいいな。
「ほれ、ユウリ」
「さっきのコーヒーが茶色くなった!」
「飲んでみ?」
「え、ええ~……私はもういいかな~って……」
「いいから。一口飲んでみな」
「あうぅ……」
ユウリの方へマグカップを寄せると、ユウリは警戒しながら俺とカップを交互に見る。さっきのコーヒーがよっぽど苦かったんだな。笑えてくる。そんなユウリを尻目に俺は自分のコーヒーを一口。うまうま。
「う、うー……」
そしてユウリはさっきのようにふーふーと冷ましながら両手でカップを持って、意を決した表情で一口。
「……美味しい」
目を真ん丸に開いてカップの中身を見つめながらそう言った。ウチの自家製モーモーミルクがたっぷり入ったカフェオレやぞ。美味いに決まってんだろ。
「甘ーい! 美味しい! 何これ! マサル、すっごい美味しい! コーヒーのくせに甘くて美味しい!」
「『くせに』とか言うな『くせに』とか」
「これで私も立派なガラルしゅくじょ!」
「淑女の意味知っとんのか?」
「し、知ってるもん。えー? もしかしてマサル知らないのー? 遅れてるーっ」
「じゃあ、教えてくれる? 可愛い可愛いユウリちゃん」
「あえっ!? え、えーっとねー……あっ! このクッキーすごく美味しいね。マサルの手作り?」
「誤魔化すな」
「あぅ~……」
ユウリが露骨に話題を逸らそうとするのでほっぺたを引っ張ってやる。ほんとに表情がコロコロ変わって見ている分には面白いなこの幼女。正直、俺やホップ達と一緒に牧場を駆けずり回ってる時点で淑女とは程遠い野生児だからな。
「よっ。マサル、ユウリ。何やってんだ?」
「あ! ホップ!」
俺がユウリのほっぺたをむにむにと弄んでいると、柵の向こうからホップが声をかけてきた。ユウリは「救世主がきた!」と言わんばかりにキラキラと目を輝かせてホップを見る。
「ユウリが嘘ついたからお仕置きしてたところだ」
「……ユウリ、嘘はついちゃダメなんだぞ」
「……ふぁい」
ホップが
そしてホップも柵をよじ登って牧場内に入ってきたからホップには蜂蜜たっぷりのホットミルクを入れてあげることにする。
「あ、そうだホップ! 私ね、私ね! コーヒーが飲めるようになったんだよ! ほらっ!」
しゅんとしていたかと思えば、ユウリはいきなり嬉しそうな表情になって誇らしげに自分のカップをホップへと見せつける。コーヒーじゃなくてめっちゃ甘くしたカフェオレだからな。
「……さすがだぞ。ユウリは大人への階段を一歩踏み出したんだな」
「えへへ~」
俺が苦笑していると、ホップは全てを察したらしくユウリを優しく褒めた。さすがガラル紳士。キテルグマとどつき合いをして年中泥まみれの擦り傷まみれな俺とは違うな。
「このクッキーもすごく美味しいんだよ! 食べて食べて!」
「ああ、いただくぞ」
作ったの俺だけどな。
そして俺達三人はそのまま午後の時間をゆったりと過ごす───予定だったんだけどダンデくんが迷子になったのでその捜索に駆り出されるのであった。
鍋に自家製バターを入れてみじん切りにした玉ねぎを炒める時の独特の甘い香りが好きだった。
今日も俺は牧場内にあるマイキャンプエリアで一人のんびり過ごしている。今日は自分で昼飯を作って田舎の穏やかな風を感じながら愛犬わたぱちと昼寝する予定だ。
本日の昼食はチキンバターカレー。玉ねぎが良い感じにしなしなしてきたので、あらかじめ自家製ヨーグルトとしょうが、にんにく、カレー粉で味付けした鶏肉とトマト缶を鍋の中にぶち込む。弱火にして十五分ほどしたら鍋の蓋を取って二十分ほど水分を飛ばし、モーモーミルクを加えて混ぜる。
「もうちょいだから待ってろわたぱち」
「イヌヌワ!」
わたぱちが嬉しそうに尻尾をフリフリしながら俺の足に擦り寄ってきた。二年経っても一向に進化しないなこいつ。まあ、寝る時の抱き枕に丁度いいからこのままのサイズでも問題ないか
そんなことを考えながら鍋をかき混ぜていると、どんどんカレーの良い匂いが周囲に漂っていく。時間もちょうどお昼時だし完全に飯テロだな。腹を空かせた野性のポケモンとかが寄ってこなかったらいいけど。
「マーサールっ! カレー作ってるの?」
あ! やせいの
ユウリが とびだしてきた!
カレーの匂いにつられた可愛い可愛いワイルドユウリちゃんが現れた。柵の向こうから目をキラッキラさせながら俺の方をじーっと見てくる。サファリゾーンで絶対逃げ出さない状態だ。
サファリゾーン……ケンタロス、ラッキー、ミニリュウ、カイロス、ストライク……てめーら絶対許さねーからな! ボールは当たらねーし逃げまくるし出現率めっちゃ低いし!!
「……食う?」
「食うーっ!」
「待て待てよじ登ろうとするな。先にお母さんにお昼ご飯いらないって言ってきなさい」
「わかったー! マサル、ちゃんと待っててよ? 私より先に食べちゃダメだからねっ!」
柵を超えかけたところでそう言うと、ユウリはぴょんと飛び降りて自宅へと走って行く。ユウリってあんなにカレー好きだったか? いや、そもそもカレー嫌いな子供なんて滅多にいないか。
「すまんなわたぱち。ユウリが帰ってくるまで待ってくれ」
「イヌヌワ~……」
わたぱちのしっぽがたらんと垂れる。こんな良い匂いさせて目の前でお預け食らうのはキツイよな。俺もキツイ。早く帰ってきてユウリちゃ~ん。
俺達がお腹を空かせて願っていると五分ほどでユウリが戻ってくる。何やら紙袋を引っ提げて。
「マサルーっ! これ、お母さんが作ってくれたモモンの実のパイだよ。後で一緒に食べようね」
柵をよじ登って豪快にジャンプしてきたユウリが嬉しそうな笑顔で俺に紙袋を差し出した。ユウリママの作るお菓子、めっちゃ美味しいんだよな。俺も今度作り方教えてもらおう。
「あれ? マサル、ご飯は?」
「今日はご飯はなし。代わりに良いものを食わせてやろう」
「良いもの?」
「おう。ナンだ」
「なん?」
ユウリが俺の言葉を復唱して首をかしげる。さすがにナンの存在は知らなかったか。ナンの美味さを知ったらもう後には戻れんぞユウリ。俺は窯の中から焼き立てのナンを取り出して皿にのせてユウリの目の前に置いた。
「……でっかいおせんべい?」
「ナンだっつってんだろ」
ユウリがしばらくじーっとナンを観察していたかと思うと、思いきりナンにかぶりついた。手で千切らずにかぶりつくとかワイルドユウリちゃんだね。ちょっとお行儀が悪いから、これは追々ご飯の食べ方も教育した方がいいかもしれんな。
「もちもち! パンだ!」
「ナンだっつってんだろ」
いやでも厳密に言えばナンもパンになるのか。定義はよくわからんからその辺はもうインド人に任せよう。ガラルにインド人なんていないだろうけど。
そして俺がユウリにナンの正しい食べ方をレクチャーすると、ユウリは嬉しそうにナンをカレーにつけて頬張っていた。本当に美味しそうに食べてくれるよな。実に作りがいがある。ただ、これだけで満足してもらっては困るな。この後にまだ秘密兵器が控えてるんだから。
俺は窯からもう一枚のナンを取り出して皿に乗せ、ピザカッターで四等分にカットする。そしてその上から自家製の蜂蜜をたっぷりかけた。
「それもナン?」
「チーズナン。熱いから気をつけてな」
「うん……あちゅいっ!」
「気をつけろって言ったよなぁ!?」
トロトロ熱々のチーズを直で触ってユウリは手の指にふーふー息を吹きかけている。しょうがねえなあもう……
「ほらユウリ。口開けろ」
「あーん」
俺はチーズナンをもう少し小さくカットしてある程度冷ましてからユウリの口に放り込んでやった。
「甘いっ! 美味しい!」
「だろ?」
正直、カレーをつけなくてもチーズナンはこれだけで完成されている気がする。蜂蜜をたっぷりかけているからスイーツと言っても過言じゃないな。ただ、カロリーはえぐいことになってるけど。
「マサル。手がべたべたになった」
「口の周りも蜂蜜まみれやぞ?」
「拭いて~」
「自分で拭け」
俺はウェットティッシュをテーブルに置いて、わたぱち用のたまねぎ抜きカレーを器に盛って与えていると、ユウリは蜂蜜でベタベタになった両手を俺に見せつけながら「拭いてー拭いてー」とおねだりしてくる。このままだと俺の服で拭きかねないから、俺はため息を吐いてユウリの手と口の周りの蜂蜜を拭いてやることにした。ったく、我儘なお嬢様やなほんとに。
そんなこんなで日向ぼっこをしながらユウリと一緒にカレーを食べるのだった。デザートに食べたユウリママのモモンの実のパイはめちゃくちゃ美味しかったです。
あと、ユウリのカレーキチがここから始まってしまうということを今の俺は知る由もなかった。
「いーやーっ! 私がわたぱちをだっこして寝ーるーのーっ!」
「は? 毎日一緒に寝てる俺からわたぱちを奪おうとかギルティ過ぎるんだが?」
「毎日一緒に寝てるんだからいいじゃん! たまには私に譲って!」
「ユウリ、よく聞け。ユウリの愛は独りよがりなんだ。俺と一緒に寝ることこそがわたぱちにとっての一番の幸せなんだ。わたぱちのことを本当に思うのなら身を引きなさい」
「意味わかんないっ!」
美味しいカレーを食べてお腹いっぱいになった後、テントで昼寝をしようということになったんだけど、俺とユウリはいつの間にやらわたぱちを巡って熱いレスバを繰り広げていた。言っておくけど、俺は中身が二十五を過ぎたおっさんとはいえ……相手が七歳の幼女とはいえレスバとなれば全力を出す男だ。
「ホップなら譲ってくれるのに~っ!」
「俺はホップじゃありませ~んマサルですぅ~」
「ムカつくムカつく~! その言い方と顔すっごくムカつく~っ!」
「え? 顔がムカつくはショック……もうだめ、立ち直れない……」
「あ、え……? 嘘! 嘘だからね! マサルはムカつく顔してないよ! 優しい顔してるよ! だ、だから落ち込まないで……」
「別に落ち込んでないけど?」
「もうっ! もうっ! こいつーっ! こいつーっ! そうやってね、意地悪すると女の子に嫌われるんだよ!」
「リコちゃんは俺のこと好きって言ってた」
「うーっ! うーっ!」
ユウリが顔を赤くして俺をポコポコ叩いてきた。なんぞなんぞ? 嫉妬か? 俺が可愛い可愛いリコちゃんに好かれてるって言ったから一丁前に嫉妬したんか? ……なんかレスバって言うより小学生同士のじゃれ合いだな。俺の精神がだいぶ肉体に引っ張られてる気がする。
「わかったわかった。今日はユウリに譲ってやるから」
「ふんっ。最初っからね、そう言えばいいの! わたぱちおいで~一緒に寝……」
ユウリがしゃがみ込んでテントにいるわたぱちを呼び寄せようとして、なぜかユウリはものすごーく悲しそうな表情で俺の方に振り返った。
「マサル~」
「どしたね」
俺も同じようにしゃがみ込んでテントの中を見ると、隅っこで丸まって寝ているわたぱちがいた。どうやら俺とユウリが熱いレスバを繰り広げている間に寝てしまったらしい。さすがのユウリも寝ているわたぱちを起こしてまで抱き枕にするつもりはないものの、露骨にしょんぼりしていたので俺は思わずユウリの頭を撫でてしまう。
「……しょーがないからマサルで我慢する」
「その妥協した目はやめろ」
結局、俺とユウリはお互いを抱き枕にしながら昼寝するのだった。
自分の部屋のテレビでのんびりとジムリーダー達のバトルを観る時間が好きだった。
ガラル地方は他の地方と違い、ポケモンバトルを興行として成立させている。ジムリーダー達のバトルはガラル全土に放送され、専用のバトルスタジアムが主要な街に建設されており、ジムリーダーにはそれぞれメジャークラスとマイナークラスがあって、シーズンの勝敗によって昇格、降格が決定される。野球のメジャーリーグっていうよりもJリーグの方がイメージに近いな。
また、ガラル文化で一番の特徴的なものは年に一度行われる「ジムチャレンジ」だ。
ジムチャレンジとは、推薦を受けた特別なトレーナー達が一定期間内にガラル地方のポケモンジムを巡り、ジムリーダー達とバトルを行うガラル最大のイベントだ。さらに、八つのバッジを手に入れたトレーナー達のみでセミファイナルトーナメントを行い、セミファイナルトーナメントの勝利者がジムリーダー達の待ち受けるファイナルトーナメントへと進むことができる。
そして、ファイナルトーナメントの勝利者が現チャンピオンへの挑戦権を手に入れられるんだ。
もちろん、全てのバトルはガラル全土に放送され、毎年かなりの盛り上がりを見せている。他の地方にはないガラル特有の文化だけど、俺はこのジムチャレンジが大好きだった。
これまでのゲームだと主人公が淡々とジムを回っているだけなんだけど、ガラル地方は違う。それこそガラル中がこのジムチャレンジに注目、熱狂し、ポケモンバトルの虜になっていて、ガラル人の一体感は他の地方の比ではない。前世で言うところのワールドカップやWBC、オリンピック開催時の雰囲気に近いな。
このジムチャレンジの影響もあってか、ガラル地方は他の地方と比較してポケモンが人間社会に、人間の生活に深く溶け込んでいる印象がある。実際に他の地方を歩いてみて回ったことがないから俺の勝手な印象ではあるけど。
「お、やっぱりお前も観てたか」
「マーサールっ! 遊びに来てあげたよ~!」
テレビの向こう側で俺の敬愛するカブさんとじいちゃんが目の敵にしているフェアリー
ホップとユウリはよく俺の家、というよりも俺の部屋に入り浸っているので二人にとっては半分自室みたいなものだった。ホップはソファに座っている俺の隣に座り、ユウリは俺の膝の上に座ってくる。
「ユウリ。暑い、観にくい、邪魔」
「邪魔じゃないっ。ここは私の特等席」
「ユウリはマサルの上に座るのが好きだよな」
「ふふん。だってマサルは私の椅子だもんっ」
ユウリがあまりにも調子に乗っているので、俺はユウリを持ち上げて腕を伸ばし、プロペラの様にユウリをくるくると思い切り回す。するとユウリはきゃーきゃー悲鳴を上げながら嬉しそうにしていた。罰にならねえなこれ。
「マサル、もう一回やって!」
「やらんわ。おとなしく座っとけ」
ユウリを降ろすとまたもや俺の膝の上に座ってきた。子供って体温が高いからくっついてるとこっちの身体が暑くなるんだよ。とはいえ、ユウリの我儘は今に始まったことじゃないしどうせ言っても聞かないので、俺は諦めてそのまま後ろからユウリを抱き締めるようにしてテレビを見ることにする。そうだよ、今から炎の男カブさんの熱いバトルが始まるんだ! ユウリなんぞにかまってる場合じゃねえ!
「カブさんが先にダイマックスを切ったぞ。ポプラさんの手持ちがまだ三体も残ってるのに」
「このままやってもジリ貧だからな。強引に流れを変えたかったんだろ。ここで負けたらカブさんのマイナー落ちもありえるし」
ダイマックスとはガラル地方でだけ見られる特殊な現象だ。ポケモンの体内から放たれた特殊なパワーが周りの空間を歪ませ、実際の大きさよりもポケモンを巨大に見せる現象……あくまで巨大に見せるだけであって本当に巨大になっている訳じゃないらしい。
まあ、質量保存の法則とかあるしな。いやでもそれを言ったらモンスターボールやパソコンでポケモンを生きたまま保存できる技術って……うん、深く考えるのはよそう。こういう時は魔法の言葉で全て片付ければいいんだ。
かがくのちからってすげー!
これに尽きる。これくらいざっくりでいいんだよ。小難しい原理や理屈の解明は頭の良い専門家の仕事だ! 俺のようなスーパーガラル農民には関係ない! ちなみにマグノリア博士はダイマックスの研究における第一人者らしい。ガラルのめっちゃ大物なのにいつも気軽に遊びに行ってすみません。
あと、ダイマックスって名称……絶対ネット上でネタにされてるよな。可愛いトレーナーが中継されたら「【朗報】可愛いチャレンジャーのせいで俺の股間がダイマックス」ってスレが立つに違いない。
ユウリには絶対ネット掲示板を見せないようにしよう。
「カブさんの残りの手持ちはウインディだけか。ポプラさんは三体のままだから相当厳しいぞ……マサル、ポプラさんは次に何を出すと思う?」
「ポプラさんって長年トレーナーやってるだけあって、手持ちがめちゃくちゃ豊富だから次のポケモンが読めないんだよな」
フェアリー婆ことポプラさんはそれこそ六十年以上ジムリーダーをやり続けている歴戦の猛者だ。じいちゃんでさえ引退したのにあのばーさんはスーパーガラル人3を超えるスーパーガラル人ピンクに違いない。
「トゲキッスだよ」
ふと、俺の腕の中にいるユウリがぽつりと呟いた直後だった。
ユウリが言った通り、TVの中でポプラさんがトゲキッスを繰り出した。普段の俺ならユウリの適当な勘が当たったんだなって軽く聞き流すところなんだけど……俺はなぜかこう思ってしまったんだ。
さっきのユウリの発言は、ただの勘によるものではない、と。
「……ユウリ、なんでわかった?」
だから、尋ねる。多分、この時の俺は自分でもびっくりするぐらい真剣な声色だったと思う。だからこそ、ユウリも俺の様子が普通じゃないと思って俺の方へ振り返ったんだ。
そしてユウリは心底不思議そうな表情を浮かべたままこう言った。
「むしろ、
後になって、思う。
ユウリが天才だと最初に気付いたのは───俺だった、と。
ポケモンバトルにおいてプレイヤーが一番チートなところは「次に相手が出してくるポケモンがわかるところ」だと思います。
ちなみに私は小学一年生で初めて赤をプレイしていた頃、バトル設定の「いれかえ」と「かちぬき」の意味がわからず、なんとなく響きが格好いいからずっと「かちぬき」にしていました。