「ヒトモシ、レアコイル、イーブイ、ヨーギラス。今から大事なことを伝える。聞いてくれ」
エンジンスタジアムの控え室。誰もいない控え室で俺はポケモン達を呼びだし、告げる。
「今日のバトル。お前達を───」
「よう、ダンデ。もう来てたのか」
エンジンスタジアムのVIP用観覧席へやってくると、俺様の永遠のライバルであるダンデがいた。相変わらずスポンサーのロゴが入ったマントを羽織ってやがるな。俺様がダンデを倒してチャンピオンになったらまずはこのマントを廃止することから始めよう。
「気持ちが昂ぶっていたからな。居ても立っても居られなかったんだ」
「昨日、あんなバトルを見せられちまったらな。あのでんT野郎……マサルも災難だよ。俺様達が使うのは
おそらく、今日のカブさんは
「災難? 逆だよ、キバナ」
だけど、ダンデは笑っていた。子供の様に笑っていた。こいつがこんな風に笑うなんて珍しいな。
「これはチャンスだ。あいつが───マサルが殻を破るチャンスだ」
「……そんなにあいつのことを期待してんのかよ?」
「ああ。このジムチャレンジで、俺が
おいおいマジか。確かに、ヤローやルリナとのバトルを観た感じ、こいつも良いセンスしてるとは思ったが……どう考えても勝ち上がってくるのはユウリだろうよ。あいつがこのまま順当に成長すればチャンピオンカップでも手が付けられなくなるぜ?
「っつーか、お前の弟はどうなんだよ?」
「ホップか。あいつは───
「固執すんなって……そりゃあ無理な話だろ。お前みたいな兄貴がいたら、誰だって憧れるさ」
「憧れるなとも尊敬するなとも意識するなとも言わない。ただ、俺に囚われたままではあいつはこの先を勝ち抜けないだろう。あいつは決して、
「そこまでわかってんなら、兄として何か言ってやったらどうだ?」
「……俺が言っても意味がない。どころか、心が折れる可能性がある。だから、あいつ自身が自分で気付くか、俺以外の誰かが気付かせてやるしかないんだ」
「苦労してんなぁ、お前も」
「本当に辛いのはホップだよ。できればあいつには、そんな思いをしてほしくはないんだがな……」
弟のために推薦状やポケモンを用意してやったり、忙しい中で会いに行ってやったり、ダンデなりに弟を愛しているのはわかる。だけど、ホップは否が応でもお前と比較されちまうだろうよ。
「ダンデはあんなに強かったのに」ってな。
言っちゃ悪いが、弟にお前ほどの才能や怖さは感じねえ。
「お~、お二人ともずいぶん早いんだな~」
「何偉そうに一番前を陣取ってんのよ。レディに譲りなさい」
扉が開き、ヤローとルリナがやってくる。ヤローは身体がでかいから遠慮して後ろの方の席に座っていたが、ルリナはずけずけと俺達と同じく最前列にやって来た。
「ルリナ、君はマサルとカブさんとのバトル……どのような展開になると思う?」
「そんなの、ジメレオンで全部押し流してやればいいのよ! 水タイプ最高! がんばれマサルー!」
「戦術もクソもねえ脳筋戦法だな」
「それの何が悪いのよキバナ。カブさん相手に読み合い合戦したところでドツボにハマるだけでしょ? だったらシンプルにゴリ押しよ!」
「ルリナさんはマサル選手推しなんだな~」
「エースポケモンが水タイプのトレーナーだからね! ジムチャレンジが終わったらマサルの実家に押しかけて水タイプ縛りバトルをやる約束もしたわ!」
「楽しそうだな! 俺も参加していいか?」
「ダンデ、あんたは水タイプを捕まえてから出直しなさい」
「……バリコオルは氷タイプだから半分水タイプみたいなものだろう?」
「だめよ」
実家に押しかけてやるのはやめてやれ。週刊誌に変な記事を書かれちまうぞ? って思ったけど、ルリナはそんなことを気にするような女じゃねえからな。それに、あっちにはソニアがいるから……面倒事は全部あいつに押し付ければいいか。
「おや、みなさん早いですね。
「マクワはともかく……ネズ! お前も来たのかよ!?」
「俺が来ちゃ悪いんですか?」
「わりぃ、そういう意味じゃねえんだ。お前が来るのが意外だったからな」
「俺だって本当は来たくはなかったですよ。でも、見極める必要があったんです」
へえ、あの出不精で引きこもりでメディア嫌いのネズを引っ張り出すとは……マサルはそこまでの男かい。あいつに対する評価を改める必要があるかもしれね───
「あのでんT野郎が!! 俺のマリィにふさわしい男なのかどうかをね!!」
いや何言ってんだお前?
「いや何言ってんのよあんた?」
ルリナが俺の気持ちを代弁してくれた。
「でんT野郎は!! 開会式でマリィと馴れ馴れしく話していやがったんです!! その後もちょくちょく行動を一緒にしているとかなんとか……!! 大事な妹に近づく男の影!! そんなの!! 兄として放っておけないでしょうが!!」
「はっはっは。ネズはシスコンなんだな」
「弟を推薦したりポケモンをあげてるあんたには言われたくねえですよ!!」
「でも大丈夫? そんなに干渉してマリィに『兄貴、うざい』とか言われないの?」
「そんなことを言われたら!! 俺は!! ジムリーダーを辞めて旅に出る!!」
「あ、ヤローさん、隣いいですか?」
「どうぞどうぞ~」
ネズがぎゃーぎゃー騒いでいる一方でマクワとヤローはしれっと我関せずを決め込んでやがる。
あと来てないジムリーダーはサイトウとポプラのばあさんだけか。ばあさんは性格的に来ねえだろう。サイトウは「くぅぅ……VIP席から高みの見物で見下ろすラスボスムーブが格好いいから行きたい!! 行きたいですけどっ!! 他のチャレンジャーがやってくるのを放置できないので行けません!! すっごく行きたいですけどっ!!」って言ってたな。あいつほんとにおもしれー女だよ。
っつーか、ジムチャレンジ中にこうやってジムリーダーが集まること自体が異例だ。ローズ委員長も来てるみたいだし……よっぽど昨日のユウリとカブさんのバトルが衝撃的だったんだな。
マサルはサイトウの推薦。昨日あれだけのバトルを繰り広げたユウリの幼馴染。ダンデと同じハロンタウンの出身。ジムミッションのレギュレーションを改定した男。でんせつTシャツマン。いや最後のはあんまり関係ねえな。
とにかくマサルも
こんな状況下でちゃんと実力を発揮できるのか……発揮できずに負けるのなら、あいつはそこまでのトレーナーだったってことだ。
だけどダンデは期待している。弟よりもこの男に期待をしている。
ははっ、おもしれー状況だな。本当に。
さあ、ダンデが見込んだ通りの男かどうか……お手並み拝見といこうじゃねえか。
バトルフィールドへと繋がる薄暗い通路に響くのは一人分の足音。
少年は、一つのモンスターボールを握りしめ、真っ直ぐ前を見据えて歩みを進める。その表情に、迷いはない。やれるだけのことはやった。全ての努力を尽くしてきた。あと、彼にできることは……結果を出すだけ。
一歩、また一歩と足音を響かせて通路を進む。
と、そこで一人分の足音が増えたことに気が付いた。
だが、気が付いただけで少年は───マサルは決して振り返らない。その足音が誰のものか、振り返らずともわかっているから。
そして、通路を抜けてフィールドへ足を踏み入れたところで、マサルは歩みを止める。
スタジアム内に沸き起こる大歓声にも少年の心は揺らがない。
立ち止まっていたマサルの横を中老の男性が小走りで通り過ぎていく。その男性───カブはマサルが敬愛する人物であるが、その人物がすぐ横を通り過ぎても、マサルの心には一片の動揺もない。ただ前を、先を行くカブの背中を見つめている。
なぜ、自分がこんなにも彼に尊敬の念を抱いているのか。マサルには、その理由をしっかりと自覚できていた。
最初はただの、シンパシーだったのかもしれない。
カブはかつて、マサルと同じく大きな挫折により闘志を失いながらも、
自分には、できなかった生き方。ただ、現実を受け入れることしかできなかった自分とは異なる生き方。
いつしか、勝手に抱いていた彼へのシンパシーは尊敬へと変わっていた。
だが、何の因果か。今マサルは彼と同じフィールドに立ち、互いの全てを賭け、刃を交えようとしている。
その事実を改めて理解し───マサルは笑った。
そして、先を行く彼の背中を追いかけるように、一歩一歩、確かな足取りでフィールドの中心へと進む。
尊敬し、越えなければならない強大な壁として立ちはだかる彼の、カブの待つ場所へと。
「良い表情を、している」
フィールドの中心で向かい合い、カブはマサルにそう言った。
「だが、まだ
マサルに自覚はあった。だけど、それと同時にマサルはこうも感じている。今自分は、二度目の生を受けて以来、これ以上ないくらい心が燃えている、と。
たとえ、かつての
「───たくさん、考えました」
カブの目を真っ直ぐ見つめ、マサルが口を開く。撮影用ロトムがマサルの周囲を漂い、彼の顔がスタジアムの巨大なモニターに映し出されていた。
「どうすれば、あなたに勝てるのか。過去の映像を見直し、他のチャレンジャー達とのバトルを見直し、戦術を見直し、考えて考えて考えて、考え
カブは、マサルの言葉を静かに聞いていた。そして、決して図ったわけではないのだろうが、先ほどまでの喧騒が嘘と思えるほど、スタジアムは静まり返り、観衆が彼の言葉に静かに耳を傾けている。
十四歳の少年とは思えないほど、酷く重みのある言葉に。
「そして、気付いたんです」
マサルはそこで一度、深く呼吸した。
「
静まり返っていたスタジアムがざわめいた。
「俺は……経験も、技術も、思考力も、判断力も、トレーナーとしての全ての能力があなたには遠く及ばない」
マサルは決して、自棄になっている訳でも卑屈になっている訳でもない。ただただ、当たり前の現実を口にしている。
ただ、それだけのこと。
だが、スタジアムの観衆達は、この中継を見ている者達のほとんどは理解できていなかった。
なぜマサルが、今このタイミングでこんなことを言い始めたのか。
彼のことを知らない人間達はきっとこう思っただろう。
マサルは試合を、カブに勝つことを諦めたのだ、と。
それは───
そして、この瞬間に、残りの半分を理解できていた人間はこの場で
「だから俺は───諦めることにしました」
スタジアムのざわめきが大きくなる。試合放棄と思われても仕方がない発言に、スタジアム全体が動揺していた。
「何を、だい?」
対して、マサルと向かい合うカブは、動揺を一切見せることなく尋ね返した。
カブは、ジムチャレンジ序盤の登竜門という立場上、誰よりも多くのチャレンジャーを
マサルが、試合を諦めた訳ではない、ということを。
では一体、彼は何を諦めたのか。
それは───
「
少年は、その手に握っているモンスターボールを静かに見つめる。
カブは、気付いた。
「今の俺では、
少年が、この試合のために用意したモンスターボールが───
「だけど」
その手に握られている
「
少年の、ダイマックスバンドが輝く。
「
少年が投げた巨大なモンスターボールから現れたポケモンは、インテレオン。メッソンの───最終進化。
「俺は!! 俺一人じゃあ絶対にあなたに勝てない!! でも!!
これが、答え。
「俺達は、今日ここで───あなたを越えて、先へ行く」
彼が考え抜いた先に辿り着いた、答え。
強大な壁を打ち砕くための、勝利への道筋。
そして、少年の言葉を、答えを、覚悟を目の当たりにして───
カブは笑った。
「今日のバトル。お前達を───出すことはできない」
時は少し遡り、スタジアムの控室でマサルはヒトモシ、レアコイル、イーブイ、ヨーギラスにそう告げた。この戦いで、マサルの隣に立つことが許されたのはインテレオンただ一体。
「本当に、申し訳ないと思っている。俺の力不足で、お前達の活躍の機会を、成長の機会を奪ってしまうことになった」
マサルはゆっくりと、ポケモン達に向かって頭を下げた。そんな彼の姿を見て、彼を責める者は誰もいない。彼らにはわかっているからだ。マサルが本当に自分達を大事にしてくれていることを。自分達を愛しているということを。
それ故に、時に厳しい判断をしなければならないということを。
だからこそ、悔しいと思っている。マサルと同じように、ポケモン達も悔しいと思っているのだ。今の自分達では、マサルの力になれないということを、心の底から悔しいと思っている。
だからこそ、この程度で彼らのマサルに対する信頼は揺らがない。
「もし~」
ヒトモシが、頭を下げているマサルの足に寄り添い、彼を笑顔で見上げている。
「ヒトモシ、インテレオンを除けばお前が一番早く俺の仲間になってくれたんだ。先輩なんだから、俺がいない間、みんなのことを頼むぞ」
「もし~!」
マサルはしゃがみ込んでヒトモシと目線を合わせてそう言った。ヒトモシは小さな手を握り、気合いの入った表情をしている。
イーブイとレアコイルもマサルに寄り添い、優しい笑顔を浮かべていた。
「ヨーギラス」
マサルは、仲間になって日の浅いヨーギラスの頭をゆっくりと撫でる。
「お前は、最高に格好良くて強いポケモンになれる力を秘めている。だから必ず……必ずお前をあの舞台に立たせてやるからな」
「ヨギィ……」
ヨーギラスは自分を撫でているマサルの手の温かさに気持ち良さそうに目を細めていた。
「刮目しろ。お前達の
マサルは立ち上がり、インテレオンと視線を合わせる。
「勝つぞ相棒」
「うぉれおん!」
二人は拳をぶつけ合った後、マサルがインテレオンをボールに戻す。そして、彼がフィールドへ向かう通路に足を踏み入れようとした時だった。
「うおおおおーっ!! ユウリちゃんギリギリセーフ!!」
「さすがだぞ! ホテルのビュッフェであんなに食べたのにこんなに全力ダッシュできるんだな!」
「ほんとはデザートをあと三周したかったけどマサルの試合のために我慢したんだよ! ユウリちゃん偉い!」
「あ、あたし……横腹痛いかも……」
控え室にユウリ、ホップ、マリィの三人が駆け込んでくる。完全に予想外だったマサルは呆気にとられた表情で三人を見ていた。
「何やってんだお前ら? ここは関係者以外立ち入り禁止だろうが」
「ふふんっ! ユウリちゃんの可愛さにかかればリーグスタッフさんを説得するなんてよゆーよゆー!」
「ローズ委員長がたまたま通りかかって特別に許可をくれたんだぞ」
「ごめん……あたしちょっと座って休んでていい?」
ホップの言う通り、この試合を観に来たローズの計らいでこの三人が控え室で観戦できるようになったのだ。マサルは自分達だけ特別扱いされていいものかと思いながらも、期待の表れなのだろうと結論付け、思考を切り替える。
「だったら、俺のポケモン達と一緒に応援しててくれ」
「あれ? この子達は連れて行かんと?」
「事情があってな」
「……そっか」
マリィはそれ以上尋ねなかった。マサルが何の考えもなしにこのような行動をする人間ではないことを知っているから。
そして、マサルは自分がやろうとしていることを、ユウリやホップにすら話していない。だけど、二人はマサルが話してくれていなくとも信じている。
マサルの勝利を、信じている。
「じゃあ、行ってくる」
『な、なんと……マサル選手、い、いきなりダイマックスを……し、しかもインテレオン!? 昨日のジムミッションではジメレオンだったはず……!?』
『……鍛え直したのでしょうね。ワイルドエリアで』
『し、しかし……たった一日で!?』
『マサル選手は他のチャレンジャー達と比較して、ワイルドエリアや道中でポケモン達の育成に時間をかけていたトレーナーです。エンジンシティに到着していた時点で、ジメレオンが最終進化直前まで育っていたということでしょう』
スタジアムだけでなく、実況者も今の状況に動揺を隠しきれない。解説のダイゴは冷静にマサルの行動を分析しており、なおかつ彼の言ったことは全て的中していた。
『おそらくマサル選手はこう考えたのでしょうね。「ダイマックスが切れる前にインテレオンでカブさんのポケモンを全て倒すしかない」と』
『ほ、他の手持ちを一切連れてきていない理由についてはどうお考えですか?』
『さきほど、マサル選手が言っていましたね「トレーナーとしてカブさんに勝つことを諦めた」と。つまり、戦術や駆け引き、読み合いといったマサル選手の強みを捨てるということ。それはすなわち、カブさんの強みをも同時に封じるということになります。
『マサル選手のポケモンはインテレオンのみ……た、確かに一体のみ、しかもダイマックスしている状況ではトレーナーが干渉できることは少ない。あえて戦術をシンプルにすることで……純粋なポケモン同士の真っ向勝負に引きずり込んだ……?』
『ええ、その通りです。彼は信じたのですよ。自分の力ではなく、
ダイゴはそう言いながら、マサルには彼女
ダイゴは理解した。彼は、マサルは彼女達とは違う異質な才能の持ち主である、と。
そして、彼の才能が、存在が、彼女達を───チャンピオンダンデを脅かしかねない可能性を秘めている、と。
「は、ははははははっ!! そうか!! 君は、僕を相手に!! このカブを相手に!! あえて真っ向勝負を挑もうと言うんだね!!」
カブは、笑っていた。
今の状況が楽しくたまらないとでも言うように。
そんなカブの様子に、スタジアムは再び異様なざわめきに包まれる。それもそうだろう。カブはこれまでのバトルで、燃え盛る煉獄の如き闘志を纏い続けていたのだから。
そんな彼がバトル中に笑顔を見せるなんてことはありえない事態だ。彼のバトルに対するストイックさを少しでも知る者ならばなおさら。
だが、カブは笑う。初めて自らの手でポケモンを捕まえた子供の様に。
「自らの弱さを認め、自らの強みを、プライドを全て投げ捨ててまで、君は自分のポケモンを信じる決断をしたんだね」
「俺は言いましたよね、カブさん。『考えうる全ての可能性を模索し、全ての努力を尽くす』と。たとえ『みっともない』と『情けない』と罵られようとも、誰に何を言われようとも……俺は、勝利を掴み取るためなら、いくらでも地べたを這いつくばって、最後の最後の最後まで、泥臭くあがいてやる!!」
火が、灯る。
マサルの目に、心に、先ほどカブに見せた時よりも
そしてそれを、カブも明確に感じ取っていた。
「いいだろう」
カブは目を瞑り、天を仰ぐようにマサルの言葉を噛み締めていた。先程までの異様なざわめきが収まり、スタジアムは不気味に静まり返っている。
「君の決断に、インテレオンに敬意を表し───正真正銘、
そしてカブは、ハイパーボールを構えた。
「マルヤクデ!! キョダイマックス!!」
ダイマックスバンドが輝き、カブが巨大化したハイパーボールを後方へ投げ飛ばす。
現れたのは、キョダイマックス化したマルヤクデ。
マサルは、気付いた。
マルヤクデが現れた途端、自分が、インテレオンが、周囲が押し潰されるような威圧感に襲われていることを。
このマルヤクデが、
昨日のユウリとの戦いでも感じなかった威圧感。その理由を理解し───
マサルの頬を、一筋の汗が伝う。
「気付いたかい? このマルヤクデは、ジムチャレンジ用のポケモンではない───正真正銘、
カブの言葉にスタジアムが再びどよめく。だが、マサルはそれを気にも留めない。気にかける
「君達に敬意を表し、僕がこのバトルで使うのは相棒のマルヤクデのみ。君の相棒と僕の相棒のどちらが上か……二体のポケモンに勝敗を、全てを委ねようじゃないか!!」
「おいおいおいおい!! マジかよ!! カブさん……マジで本気のマルヤクデを出してんじゃねえか!! こんなの、ジムチャレンジで前代未聞だぞ!!」
VIP用観覧席でキバナが興奮気味に叫ぶ。いくら経験豊富なジムリーダー達とはいえ、誰もこの事態を予測できていなかったらしく、ただ一人を除いて全員が動揺していた。
そう、チャンピオンダンデを除いて。
「一見、マサルの無謀な賭けにも思えるが……結果としてマサルは、シンプルな真っ向勝負という、
「やけくそになっただけじゃねえのかよ?」
「そうじゃない。マサルは全ての可能性を考慮して……最も勝率の高い
ダンデの言う通り、マサルは自分の強みとカブさんの強みの
「ほら、私の言った通りじゃない! いっけーインテレオン! カブさんのマルヤクデなんてぶっ飛ばせーっ!」
「お前は全力で楽しんでんなおい……っつーか、こんなバトルが認められるのかよ。いくら一体だけとはいえ、ジムチャレンジでチャンピオンカップ用のマジポケモンを使うとか下手したら懲罰もんだぜ?」
「それを決めるのは俺達じゃない。そして、認めるだろうさ。ローズ委員長ならな」
「……だよなぁ。
「ほら! ヤローくん、ネズさん、マクワくん! そんな後ろにいないであんた達もマサルを全力で応援しなさいよ!」
「なんで俺がマリィをたぶらかしてる男の応援をしなきゃいけねえんですか!? カブさんがんばれー!!」
「……ほんとに楽しそうだなおい」
キバナはルリナに向かって呆れたように言うが、気付かなかった。
ルリナ以上に───ダンデがこの状況を楽しんでいるということに。
『盛り上がっているところ失礼しますよ』
スタジアムの巨大なモニターに、日に焼けた中年男性の姿が映し出される。
ガラルポケモンリーグ委員長、マクロコスモスグループのトップであるローズの姿が。
『カブくん、ジムチャレンジでジムリーダーがチャンピオンカップ用のポケモンを使うなんて前代未聞です。これは明確なレギュレーション違反になりますよ? その意味、君ならばわかりますね?』
「はい。このバトルを認めていただけるのであれば、どんな処罰でも受け入れましょう」
『……なるほど、君の答えは変わりませんか。では次に、マサルくん』
ローズは柔和な笑顔ながら、その目は射貫くように、何かを試しているようだった。
『本来であれば、君はカブくんの三体のポケモンを倒してジムバッジを勝ち取らなければいけません。たとえチャンピオンカップ用のポケモンとはいえ、一体倒すだけでそれを認めてしまえば……そのような特例を安易に認めてしまえば、ジムチャレンジのレギュレーションそのものが今後軽視されてしまうかもしれません。そうなれば、最悪の場合、ジムチャレンジそのものが破綻するということにつながりかねないでしょう』
「十分、理解しています」
ローズの言うことはもっともだ。これまでマサルはジムミッションで他のチャレンジャーとは異なる方法で攻略してきたが、あくまでレギュレーションに則った攻略だった。
そして、一度特例を認めてしまえば「あいつはよかったのにどうして自分はダメなんだ?」と主張するチャレンジャーが出てくることが容易に予想できる。それが繰り返されてしまえば、ローズの言う通りジムチャレンジそのものがなくなってしまうかもしれない。
では、それを防ぐためにはどうすればよいのか。
方法は大きく二つある。
一つは、特例を一切認めない。これが一番簡単な方法だろう。
だが、ジムチャレンジは興行という側面があり、現在のこの様子もガラル全土に生中継されている。だからこそローズは、この状況すらも興行に利用しようと考えていた。
そして、もう一つの方法。それは───
『特例として認める代わりに、条件があります』
特例が繰り返されないほど
『まず、カブくん。君はこのバトルに敗北したら……来期は
スタジアムの動揺が大きくなる。カブは一度、エンジンスタジアムという「名門ジム」のジムリーダーの座を明け渡し、数年前にメジャー復帰したばかりで、文字通り泥水を啜りながら這い上がってきた男だ。
マイナーに落ちる絶望を、屈辱を味わい、辛酸を舐めてきたカブが、果たしてそのような条件を受け入れるのか。
「覚悟の上です」
答えは「肯定」だ。そのリスクを受け入れるだけの価値が、このバトルにはあるのだとカブは主張する。
『マサルくん。本来、ジムチャレンジャーは期限内であれば何度でもジムリーダーに挑んでもよいルールです。ですが、このバトルに敗北したら───君のジムチャレンジは終わりだ』
つまり、脱落するということ。
つまり、ユウリ達と旅を続けられなくなるということ。
つまり、サイトウとの約束を果たせなくなるということ。
負けてしまえば、これまで積み上げてきたものが全て崩れ落ちてしまう。
そんな厳しい条件にもかかわらず───
「
マサルは、迷わなかった。
その言葉を聞き、ローズの口角が吊り上がる。
『いいでしょう!! 二人の心意気に応え……このバトルを───特例として認めます!!』
スタジアムが、沸く。かつてないほどの盛り上がりが、歓声が、怒号にも似た叫びが飛び交った。
勝敗の行方は、二人の進退は互いの相棒であるエースポケモンに託される。
そして───
「インテレオン!! ダイストリーム!!」
「マルヤクデ!! キョダイヒャッカ!!」
戦術も、読み合いも、駆け引きも必要ない。
ただただ純粋な、真っ向からの、力と力のぶつかり合い。
壮絶なダイマックス技同士の打ち合い。
海をも思わせる広大な水と地獄をも彷彿とさせる強大な炎が衝突し、スタジアムが凄まじい衝撃波に襲われ、それにより巻き起こった莫大な水蒸気や砂ぼこりによって観衆達の視界が奪われる。
『ど、どっちだ!! インテレオンか!! マルヤクデか!!』
実況が興奮気味に叫ぶも、モニターには何も映らない。スタジアムの中心は未だ、砂ぼこりに覆われている。
誰もが固唾を飲んで……結果を、両者の勝敗の行方を見守る中、二人の少年少女だけは───
ぽつり、ぽつり、と。
スタジアムに
その中から現れたのは、
少年と、中老の男性。
そして。
膝をつき、息も絶え絶えになりながらも───真っ直ぐに前を見据える、
「───見事だ」
中老の男性が、呟いた。
相対する少年は、身体を震わせ、拳を握る。
少年の雄叫びが、スタジアムに響き渡った。
最終回です。
嘘です。でもそんな感じの勢いとテンションでした。
めちゃくちゃ疲れました。めちゃくちゃ無理矢理な展開です。めちゃくちゃご都合主義です。批判は覚悟の上です。だからといって内容を変えるつもりは微塵もありません。でもボロカスに非難されると泣いちゃうからほどほどにしてね。
マサルのやったことはいたってシンプルです。レベルを上げて殴るという古来から存在する由緒正しき攻略法です。
このお話を執筆しながら、私は初代赤のカスミ戦を思い出しました。スターミーの「バブルこうせん」に虐殺され続け、リザードをレベル33まで育て上げて「きりさく」で突破したハナダジムを。当時小学一年生だった私は他のポケモンを捕まえるという考えに至らなかったのです。懐かしい。
話は変わりますが、来週から社員旅行で沖縄に行くので一週間ほど更新が止まります。エタるわけじゃないので勘違いしないでね。でも、二週間音沙汰がなければ沖縄でサメに食われたと思ってください。ニュースに出たらそれが私です。
では、今回もここまでお読みいただきありがとうございました!
できれば、今回のお話を読んでどう感じたか……感想や評価をいただけると嬉しいです。
もし少しでも共感、納得していただけるればこれほど喜ばしいことはありません。
よろしくお願いいたします。
今回のお話に少しでも共感、納得していただけた方、こちらから評価をいただけるとすごく嬉しいです!