【完結】すごいよ!! マサルくん   作:わへい

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薄明の挑戦者達

 ホップとマリィが無事にナックルスタジアムを突破し、四人が全部のジムバッジを手に入れたお祝い……祝勝会みたいなもんを盛大にやった翌日、俺達はナックルシティの駅から列車に乗ってシュートシティを目指していた。

 

「ん~……にゅ~……」

「ユウリはまだおねむさんやね」

「昨日はしゃぎ過ぎたんだよ。こいつはいっつもこうだからな」

 

 テーブル付きの四人掛け席に座るなり、隣にいるユウリが思いっきり俺の肩にもたれかかってうにゃうにゃ言いながら目を閉じている。旅行とかイベントの前の日の夜に興奮し過ぎて熱を出すこともあったからな。その割にベッドに入るとコロッと寝て……幼稚園児かこいつは。

 

「にしてもシュートシティか……何年振りだろうな」

「四年振りだぞ。あの時はチャンピオンカップを一緒に観に行ったからな」

「あたしは毎年兄貴の応援に行ってるけん、そこまで久しぶりやなかね」

 

 ハロンタウンからシュートシティってクッソ遠いんだよな。気軽に行ける距離じゃねえ。買い物とか遊ぶんだったらエンジンシティで事足りるから、わざわざシュートシティまで行く用事なんてほとんどなかったんだよな。

 

「マサルに初めて会ったんもシュートシティやったね」

「懐かしい。まさかあの時会った女の子がネズさんの妹で……しかも一緒にジムチャレンジに参加することになるなんてな」

「スタジアムで出会ったんだったか? 確かあの時は、マサルがたまたまカブさんのグッズをスタジアムに忘れたから取りに戻ったんだよな」

「そうそう。そしたら途方に暮れてる小さい小さいマリィちゃんが泣きべそかいてて……」

「泣いてなか!! それにマサルも小さかったけんね!!」

「ちょっとくらい思い出を美化してもいいだろ?」

「どの辺が美化しとーと!?」

 

 向かいに座っているマリィが身を乗り出そうとしているのをホップが宥める。ぷんすかしているマリィを見ながら、あの時の女の子とこんな関係になるなんて当時の俺は夢にも思わなかっただろうなと感慨深い気持ちになった。

 

「んぅ~……私のおっぱいはちっちゃくないもん……これから成長するんだもん……」

 

 どうやらユウリは「小さい」というワードに反応したらしい。寝言でなんつーことを言ってんだこいつは。

 

「そういえば、こうやって列車で移動するのはハロンタウンを出発して以来だぞ」

「あの時は大変だったよな。ウールーの群れが線路を塞いでワイルドエリア駅で降ろされて……」

「あったあった! おかげでワイルドエリアからエンジンシティまで歩いていく羽目になったんだぞ」

「ふーん。そんなことがあったんやね。じゃあ今回も途中でトラブルがあって降ろされるかもね」

「やなこと言うなよ。言っておくけど、俺は絶対に途中下車なんてしねーからな。このくそ寒い中を歩かされてたまるか! 外見ろ外! なんと美しい銀世界なのでしょう……」

「……ユウリを起こすのも可哀想やしね」

 

 雪中行軍でどれだけの死人が出たかを歴史が証明している! キルクスタウンに向かった時とは訳が違う。あの時は一日で一気に突破できる距離だったし、ここほど寒くなかったからな。

 

「無理に起こすと面倒っちゃ面倒だけど、起こさずにこの綺麗な景色をスルーしたらしたらでぶーぶー言うんだよなぁ……」

「その時はマサルが宥めてあげればよか」

「名物のバイバニラアイスを食べさせれば機嫌が直ると思うぞ」

 

 俺はマリィとホップの言葉に苦笑しつつ、呑気な寝顔を浮かべているユウリの頭を撫でてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

「んぅ~!! シュートシティ!! とうちゃーく!! さあ行くよ三人とも!! 世界がユウリちゃんを待っている!!」

「ユウリ、世界に名を轟かせるのは俺だぞ!」

 

 駅に到着するなり、元気全開になったユウリとホップが駆け出していく。あいつほんとにずっと寝てやがったな。俺の肩を枕にしてたからほっぺたに変な痕ついてるし。おもしれーから黙っておこう。

 

「……まさか本当に途中下車させられそうなるとは思わんかった」

「ツンベアーの団体様が線路を塞いでるなんてな」

「日頃の行いのせいかもね」

「反省するなんて偉いなマリィは」

「あんたよ!!」

 

 列車が止まって車内放送でツンベアーの団体様のことを知った瞬間、俺はシャンデラとユウリのエースバーンを引き連れて外に飛び出し、ツンベアー達を撃退した。バトルした時間は数分だったのに顔面が凍り付くかと思うくらい寒かったから歩いてシュートシティを目指してたらほんとにヤバかったな。

 

「マサルー! マリィー! 早く行こうよー!」

 

 ユウリが満面の笑みを浮かべながら駅の出口で俺達に大きく手を振っている。ったく、人の苦労も知らねーで。

 

「本能のままに生きてるよなぁあいつ。時々、ポケモンの方がまだ理性的なんじゃないかと思うわ」

「それがユウリのええところやね。愛らしか」

「……末期だな」

「ブーメラン刺さっとーよ?」

 

 マリィも出会った頃と比べたら本当に遠慮がなくなったよなとしみじみしていると、マリィに不審者に向けるような目で見られてしまう。ホップには絶対そんな目を向けないのに。

 

 そんなことを思いつつユウリ達の方へ向かい、そのままシュートスタジアムでチャンピオンカップのエントリーをと考えていたんだけど……。

 

「観覧車観覧車かーんらーんしゃー! 乗りたい乗りたーい!」

「五歳児かお前は。先にエントリー済ませた方が気にせず遊べるだろ?」

「いーまっ! 今乗りたいのっ! ……だめ?」

「……しゃーねえなぁ。それでいいか、二人とも?」

「ああ、いいぞ。スタジアムは逃げないからな」

「なんやかんや言っても、マサルが一番ユウリに甘かね」

「マサルは昔からこうなんだぞ」

 

 うるせえよ。……自覚あるけど。

 

「わーい! ねえねえ、早く行こっ!」

「そんな引っ張んなって」

 

 俺の手をぐいぐい引っ張ってくるユウリに呆れつつも、俺は自然と頬が緩んでいることを自覚した。こいつがこんなに楽しそうにしてるからな。仕方ない。

 

 んで、四人で観覧車に乗ることになって。

 

「ええ眺めやね。景色がすっごい綺麗」

「マリィの方が綺麗だよ……フヒッ」

「その気持ち悪い笑い方どうにかなんねーの?」

「年頃の女の子を気持ち悪いとは何事か!?」

「お、ローズタワーだぞ。噂だと最上階ではダイマックスバトルができるらしいな」

「誰があんな高層ビルでダイマックスするんだよ。ぶっ壊れるだろ」

「スタジアムもはっきり見えとーね。さすが、他のスタジアムよりも一回り以上大きか」

「燃えてきたな! 俺が伝説になる場所だぞ!」

「ふふーん♪ ガラルの伝説になるのは私だもんね~!」

 

 なんだかんだ、乗ってみると案外テンションが上がるもので終始四人でぎゃーぎゃー騒ぎながら観覧車を楽しむのだった。

 

 その後、ユウリも満足したようなのでスタジアムへ向かっていると、「マホイップアイス専門店」なるものがあり、狂気の63種類というサーティーワンも腰を抜かすアイス店を発見したので立ち寄ることにした。

 

「マサルマサルっ! スタンプカードもらっちゃった~♪ 一種類食べるとスタンプを押してもらえて、全部集めたらマホイップを進化させるアイテムが貰えるんだって!」

「……毎日一種類ずつ食べても二か月かかるのかよ」

 

 アイス自体はものすごく美味しくてクオリティが高かった。ただ、全部の進化先はやりすぎだろ。いくらマホイップが好きでも限度があるって限度が。ポケモン界には定期的にこういう狂人が現れるよな。

 

 

 

 

 

 

 そしてとうとう……とうとう俺達はシュートスタジアムへやってきた。

 

 ここが俺達の、旅の終着点。

 

 今まで何度もスタジアムでバトルをしてきたけれど、いざ、このシュートスタジアムを目の前にすると心の奥底からこみ上げてくるものがある。

 

「……マサルもそんな顔するんやね」

 

 マリィがそう言ってクスリと笑う。柄にもなくセンチメンタルな気分になってしまったという自覚はあった。

 

「これまでの道のりを考えたらちょっとくらいおセンチになるのも仕方なかろうて」

「うん。気持ちはわかるよ。今までのあたしは、ただ兄貴の試合を観るだけで……でも、いざ自分が戦う立場になると、ね?」

「二人の言う通りだぞ。兄貴がずっとこの場所で試合をしていたから、俺にとって一番の憧れの場所で……でも、憧れるだけじゃダメだってことをこの旅で学んだんだ」

 

 ただバトルが上手くなった、強くなっただけじゃない。この旅を通して、俺も少しは人間的に成長できたのかな……なんて、らしくねえな本当に。

 

 思わず俺は自嘲気味に笑ってしまった。

 

「マサルっ! あれ見てあれ! 屋台がたくさん並んでる! 美味しそうなものがいっぱい!」

 

 ユウリが小さな子供のように目を輝かせながら俺の腕を引っ張っている。こいつは本当にブレねえなぁ。ちっとは感慨深い気持ちになったりしねえのか。ま、それもこいつらしい。

 

「お前は大物になるよ」

「ふふーんだ。当然だよ! ユウリちゃんのおっぱいはいずれ大物に……」

「それはないから安心しろ」

「なんでだーっ!? なんでだこのやろーっ!!」

 

 ユウリがおぎゃおぎゃ言ってるけど、後で屋台で何か食わせてやれば機嫌が直るからこのままでいいな。とりあえず今はエントリーすることが最優先。そう考えてぷんすかしているユウリの手を引いてスタジアムへ向かおうとすると、小さな影が小走りで俺達に近づいてきていることに気が付いた。

 

「あ、あのっ……ま、マサルさん……!」

 

 声をかけてきたのは意外や意外、ジムリーダーのオニオンくんだった。彼の後ろでは相棒のゲンガーが悪戯っ子のような笑みを浮かべて俺達を見ている。

 

「久しぶり、オニオンくん。ラテラルタウン以来だね」

「お、おひっ……お久しぶりです。そ、それから……チャンピオンカップ出場、お、おめでとうございます!」

「わざわざありがとな」

「い、いえっ……」

 

 オニオンくんは仮面越しながらも相変わらずのショタコンキラーで恥ずかしそうにしているのが伝わってくる。いやー、でも嬉しいよな。わざわざこうやって声をかけてくれるんだから。

 

「あれ~? オニオンくん、マサルの応援だけ~?」

「あぇ……!? い、いえ……そ、その……も、もちろんみなさんのことも応援して……ます……」

「ユウリ、困らしたらいかんよ」

 

 ユウリが意地悪そうに尋ねると途端にオニオンくんがあわあわし始めた。そんなオニオンくんを見て、ゲンガーは庇うどころかケタケタと笑っている。さすがゴーストポケモン。

 

「あ、あと……こ、これはまだ……公式に発表されていないのですが……僕、来シーズン……その、エンジンスタジアムを任されることになりまして……」

「エンジンスタジアム……え? ってことはメジャー残留?」

「は、はい……」

「すげーな! おめでとう!」

「あっあっあっ……」

 

 思わずオニオンくんの両手を握ってぶんぶん上下に振ると、オニオンくんが謎の呻き声をあげながら痙攣し始めた。大丈夫? いきなり爆発したりしないよな?

 

「め、メジャー残留といっても……繰り上げみたいな、もの、ですから……カブさんが……その、マイナーに降格するからって……それで……本当だったら、僕……なんかよりも、メロンさんの方が、適任のはずなのに……」

「んー……オニオンくんを推薦したのはカブさん?」

「は、はい。ローズ委員長は……僕とメロンさんにバトルさせて、勝った方に任せようと……してたみたいなんです……」

 

 確かに、ジムリーダーとしての経験ならメロンさんの方がオニオンくんよりも遥かに上だ。だけど、カブさんがあえてオニオンくんを推薦したってことは、伝統あるエンジンスタジアムでオニオンくんに足りない経験を積ませたかったからだろう。

 

 メロンさんの性格からして、そういう理由ならばオニオンくんに譲るのも納得だ。それに、メロンさんはキルクススタジアムに強い執着がありそうだからな。

 

 で、オニオンくんもそういった大人達の意図を理解している。だからこそ、こんな風に不安げな反応になってしまったんだろう。

 

「オニオンくん」

「は、はい……」

 

 俺はしゃがみ込んでオニオンくんと目線を合わせる。

 

「どういう意図があるにせよ、()()()オニオンくんの実力がきちんと評価された結果だ。カブさんも、メロンさんも、委員長も、経験を積ませたいという理由だけでオニオンくんにエンジンスタジアムを任せたわけじゃないよ、絶対に。あの人達は、できないことを他人に強要したりしない。オニオンくんなら任せられると思ったから、エンジンスタジアムを託されたんだ」

 

 オニオンくんはガラルの最年少ジムリーダーとはいえ、曲がりなりにも他のジムリーダー達と渡り合い、メジャー昇格したシーズンもある。本人に自信がないことと、コミュ力に難があるだけで、その実力は文句なし。しかも凶悪な性質を持つゴーストポケモンを手懐けていることから将来性は測り知れない。

 

「不安なことはたくさんあると思う。だけど、オニオンくんはこれまでだって、たった一人でジムの運営をやってきたわけじゃないだろ? ジムトレーナーさんや、たくさんの人達と協力してきたはずだ。だから今回も、一人で抱え込んだりしないで色んな人に頼ればいい。俺もさ、こうやって話を聞くくらいはできるから。……俺達、友達だろ?」

「友、達……。は、はいっ……! お、お友達……です……!」

「誰にもエンジンスタジアムは渡さないくらいの気持ちでやっちゃいなよ」

「うんっ……!」

 

 仮面をつけているから表情は見えないけれど、それでも少しは前向きになってくれたらしい。まあでも実際プレッシャーは大きいよな。なんせカブさんの後任だし。それに、来シーズンのカブさんはマイナー落ちするとはいえ、実力が衰えたわけじゃなくて特例中の特例降格だからな。

 

 半分は俺のせいだけど。

 

「あ、そ、それと……マサルさん。えっと、実はもう一つ用事があって……」

「用事?」

「はい。あの……ぼ、僕のお友達に、マサルさんの……ファンがいて……それで……」

 

 なるほど、つまりそのお友達と俺を会わせたいってことか。俺にファンがいることも嬉しいけど、それ以上にオニオンくんに新しい友達ができたことの方がもっと嬉しい。

 

「近くに来てるの?」

「は、はい。あっちで、待ってます。……よ、呼んでもいいですか?」

「もちろん!」

「じゃ、じゃあ……少し、待っててください……」

 

 そしてオニオンくんはとてとてと小走りで俺達から離れ、出店を見ている二人の少年に声をかけていた。オニオンくんと同年齢くらいであろう茶髪の少年と金髪の少年。ただ俺は、その金髪の少年には見覚えがあった。

 

 どこで見たんだったか? えっと……確か、確か……。

 

 考え込んでいる内に、オニオンくんが金髪の少年を連れて戻ってくる。その少年の顔を見て、俺は完全に思い出した。

 

「君は確か……エキシビションマッチでダンデくんと一緒にフィールドに立っていた……」

「は、はいっ! ぼ、僕……ジョンって言います!」

 

 

 

 

 

 

 僕が最初にこの人に抱いた印象は「不思議な表情で戦う人」だった。

 

 大好きなポケモンバトル、大好きなジムチャレンジ。いつものように、病室のテレビを眺めている時にその人は現れた。

 

 他のジムチャレンジャーの人達のように緊張したり、闘志を前面に押し出したり……ということがない、だけど冷めているというわけでもない不思議な空気を纏ったチャレンジャー。

 

 ただ、この人は強かった。

 

 すごくすごく、強かった。

 

 ジムミッションこそ、無茶苦茶なやり方で攻略しようとしていていつも笑わせてもらっていたけれど、バトルの強さは本物だった。

 

 それが顕著になって、ガラルのみんながこの人に注目するきっかけになったのが、カブとのバトル。

 

 この日の彼は───マサルの表情は明らかにこれまでと違っていた。

 

 具体的に何がどう違うのかっていうことは、うまく説明できないけれど……マサルがカブに勝って、拳を握り締めて叫んでいる姿を見て、少しだけ、この人のことがわかった気がした。

 

 マサルは、何かを手に入れようとしているんだ。

 

 それが何なのか……正直わからない。ただ、「チャンピオンになる」という夢を掴もうとしている()()()()()()のはわかった。

 

 この人はもっと、別の何かを見ている。()()()()()()何かを追い求めている。

 

 それが過去なのか未来なのか……きっとそれは、マサルにしかわからないこと。

 

 少しだけ、トミーにこのことを話したけれど、トミーは全然わかってくれなかった。うん、それは仕方ないよ。僕が勝手に思っているだけなんだから。

 

 ただ僕は、知らず知らずの内にマサルのバトルを何度も見返すようになっていた。他にもたくさんのチャレンジャーがいるのに。マサルよりも強いチャレンジャーがいるのに。

 

 僕はこの人から、目を離せなくなっていた。

 

 なんで僕が、こんなにもマサルに惹かれてしまったのか。その理由がはっきりとわかったのはもう少し後、彼の───チャンピオンカップでの()()()()

 

 その試合に臨むマサルの表情を見て、わかったんだ。

 

 僕とマサルは、似ているってことが。

 

 僕は生まれつき重い病気を抱えていて、家にいる時間よりも入院している時間の方がずっとずっと長くて……でも、「それが現実なんだ」とあるがままを受け入れていた。

 

 ()()()()()()()、なかった。

 

 そんな状況だったから、将来の夢とか希望とか、考える余裕もなかったし、そもそも考えようともしなかった。

 

 でも、僕の中にあるそんな現実が、常識が根底から覆される……そんな出来事があった。

 

 僕は、出会ったんだ。出会ってしまったんだ。

 

 チャンピオン───ダンデに。

 

「観るだけで夢は叶ったのか?」

 

 ナックルスタジアムのど真ん中、チャンピオンの証であるマントを靡かせて、ダンデは言った。

 

「君もポケモントレーナーを目指しているんだろう?」

 

 人生が変わる───瞬間。

 

 ただただ、現実を受け入れることしかできなかった僕が、本気で夢を叶えようと誓った瞬間。

 

 心の底から、魂が震えるような感動。

 

 僕はあの日のあの出来事を、あの瞬間を、生涯忘れることはないだろう。

 

 そして、チャンピオンカップ……マサルの()()試合。

 

 僕は()()()()()()()を、目撃した。

 

 その時になって、僕はようやく気付いたんだ。

 

 マサルも僕と同じように「現実を受け入れることしかできなかった人」なんだって。

 

 マサルも僕と同じように、そんな自分と決別して新たな一歩を踏み出した人なんだって。

 

 僕がマサルに惹かれた理由。

 

 それはとても───単純。

 

 強い強い、シンパシー。

 

「君は確か……エキシビションマッチでダンデくんと一緒にフィールドに立っていた……」

 

 そんな彼と、ダンデの()()惹かれた彼と初めて……初めて言葉を交わした。

 

 マサルは、僕のことを知ってくれていた。ただ、それだけのことが、無性に嬉しくて。

 

「ぼ、僕……マサルの……! マサル選手のファンで……!」

「マサルでいいよ」

 

 マサルは優しくて、温かい笑顔を浮かべていた。心臓の鼓動が、早い。顔が熱くなっているのが、わかる。

 

「あ、あの……あの……! これっ!」

 

 胸に抱えていた色紙とペンを、震える手で差し出すと、マサルは笑顔のまま僕と目線を合わせるようにしゃがみ込んで受け取ってくれた。

 

「マサル、サインなんか書けると?」

「五秒で書ける。そのための鍛錬を積み……幾千もの時間を費やしてきた!!」

「そんな力説するようなことやなか」

「俺もたくさん練習したぞ。俺のサインの格好良さは兄貴にだって負けないんだ」

「ふふーん。私なんて三秒で書けるもんね~♪ 可愛いユウリちゃんのサインを求める長蛇の列ができてもこれで安心!」

「え? あたしがおかしいん? あたしがおかしいん!?」

 

 いつの間にか、マサルだけじゃなくて今年のジムチャレンジで注目を浴びている三人も同じ色紙にサインを書いてくれた。

 

「マサルだけスペース取りすぎじゃない? 私の可愛いサインが隅っこに追いやられてるじゃん!」

「この子、俺のファン。お前、所詮俺のおまけ」

「うぎゃおーんっ!!」

「あ、あたしだけ普通に名前書いただけやん……ちょっと恥ずかしか」

「それなら、俺達でマリィの可愛いサインを考えるぞ!」

 

 そんな四人のやりとりに、僕は思わず笑ってしまった。サインを見れば、四人の性格がはっきり表れているみたいで……もっと笑ってしまった。

 

「ジョンくん」

「は、はいっ」

 

 マサルが僕の名前を呼んだ。

 

「君()、ポケモントレーナーになるんだろ?」

 

 その問いに、今ならはっきりと───今の僕ならはっきりと答えられる。

 

「はい。僕もいつか、この場所で……」

 

 簡単な道のりではないだろう。楽しいことばかりでなく、辛いことや苦しいことの方が多いかもしれない。だけど、それがどうした。辛く苦しい、そんな現実を受け入れるだけの僕はもう、どこにもいない。

 

「ポケモンを捕まえたことはある?」

「いえ、まだです。でも、もうすぐ退院できるから……そうしたら、友達と一緒に旅に出ようと思ってて……」

 

 僕の言葉を聞いて、マサルはさっきよりも穏やかで、優しくて、温かい笑顔を浮かべてリュックの中から何かを取り出し、もう一度僕と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「だったら君に、これをあげよう」

 

 そう言ってマサルが差し出したのは───モンスターボール。

 

「ポケモンを、自分だけの大切なパートナーを仲間にするための、ポケモントレーナーにとって最も大切な道具だ」

 

 僕はそれを、受け取った。

 

 僕の手に収まるくらいの小さなボールなのに、とても……とても重く感じてしまう。

 

 大切な、パートナー。僕だけの、パートナー。

 

「その重みが、わかるんだね」

 

 瞬間、マサルの姿が誰かと重なった。

 

「その重みがわかるのは、良いトレーナーになれる証拠だよ」

『ポケモンに好かれるのは、良いトレーナーになれる証拠だよ』

 

 病院の、屋上。あの人に、大事な大事な手紙を届けた日の、夕暮れ。

 

 そしてマサルは、僕の手を握りこう言った。

 

 瞬間、マサルの姿が、()()()()と重なった。

 

 

 

 

 

 

「次会う時はバトルしよう。俺は誰が相手でも容赦しないぜ」

『次会う時はバトルしよう。俺は誰が相手でも容赦しないぜ』

 

 

 

 

 

 

 それは、僕とあの人以外、誰も知るはずのない、約束。

 

 僕達二人が交わした、遠い遠い未来の約束。

 

 マサルの顔を見て───

 

 あの日を、あの瞬間を、魂の震えを、思い出す。

 

 心の奥底から、熱いものがこみ上げてくるのがわかった。

 

 それと同時に、僕はこう思ったんだ。

 

 あの人の───ダンデの本当の笑顔を引き出せるのはマサルなんだって。

 

 

 

 

 

 

 思いがけない出会いだった。ジョンと名乗った少年、まさかあの時、なぜかダンデくんと一緒にアーマーガアにのってエキシビジョンマッチに現れた少年が俺のファンだったなんてな。

 

 そういや、なんであんなことになったのかを聞くのを忘れてたけど……どうせダンデくんのことだ。どこかで迷ってアーマーガアタクシーに乗ってたジョンくんにたまたま発見されて、アーマーガアに直接乗っていく方が早いからあんなことになったってとこだろう。

 

 そう考えたらジョンくんはダンデくんの恩人だな。

 

「良い子だったねジョンくん。オニオンくんにも新しいお友達ができたみたいでよかった~」

 

 ユウリの言葉に同意する。どんなきっかけがあって仲良くなったのかはわからないけど、オニオンくんに友達ができたっていう事実だけで心が温かくなるな。

 

「スタジアム前はお祭り騒ぎだぞ。はぐれないように気を付けるんだぞ」

「だってさユウリ」

「だってさマサル」

「もう二人で手を繋いどきんしゃい」

「首輪とリードの方がお似合いだもんなぁ」

「マサルって犬っぽいもんね」

「ホネブーメラン刺さってますよ」

 

 そんな冗談はさておき、まじで人が多いから気を付けないとな。マリィも抱っこしていたモルペコをボールに戻してるし、小さいポケモンはそうしておくのが安心だろう。

 

 というわけで、再びスタジアムへとつげきー! しようとした時だった。

 

「ぴかぴ~か!」

 

 何やらものすごく愛くるしくて聞き覚えのある……俺にとってはとてもとても馴染み深い鳴き声が聞こえ、視線を落とした。

 

 そこにいたのは、おそらく(元の)世界で一番有名なポケモン───ピカチュウ。

 

 世界で一番有名なのに、かつて人気投票で一度だけコイルさんに敗北したピカチュウ。

 

 そんなピカ様が、それはそれは可愛らしく人懐っこい笑顔で俺を見つめている。

 

「ピカチュウだ~! 可愛いね~♪」

「どこの子やろ?」

「迷子かもしれないぞ」

 

 これだけ人が多いし、飼い主とはぐれたペットなのかと思ったが、そんな考えは一瞬で消え失せてしまった。

 

 このピカチュウ───相当()()()

 

 そんじょそこらのピカチュウじゃねえ。確かにとても可愛いが、明らかに歴戦の風格が漂ってやがる。どこぞの凄腕トレーナーのポケモンなんだろうけど……ガラルの電気タイプジムリーダーの手持ちにはピカチュウはいなかったはずだ。

 

 ……まあいっか。こんなにすごいピカチュウだったらトレーナーとはぐれたところでどうにでもなるだろうし、せっかくこうして俺の前に現れたんだから貴様も餌付けしてやろうではないか。

 

 そう考えて俺はリュックからモーモーミルクを取り出し、しゃがんでピカチュウへと差し出した。

 

「ほれ、モーモーミルク飲むか?」

「ぴか~!」

「おーおー、良い飲みっぷりだな」

「ぴかぴ~♪」

 

 俺から瓶を受け取って嬉しそうな笑顔でモーモーミルクを飲むピカチュウの頭を撫でてやると、さっきボールに戻ったはずのモルペコが俺の頭によじ登ってきた。おいおい、そんなことしてたらまーたマリィに怒られるだろ?

 

 だが、マリィがモルペコを怒る前に、俺達が微塵も想像していなかった事態を迎えることになってしまった。

 

「あー! こんなところにいやがったな! おい、お前がちゃんと見てねえからピカチュウが人様に迷惑かけてるじゃねえか」

「……ごめん」

「謝るのは()()にじゃねえだろ?」

 

 聞こえてきたのは、二人の人物の、声。

 

 一つは、生意気で自信に満ち溢れた活発そうな青年の声。

 

 もう一つは、静かで抑揚のないさざ波のような少年の声。

 

 顔を上げ、件の二人の人物を見た瞬間、俺の心臓が爆ぜたかと思うほど激しく跳ねた。

 

「ボンジュール、少年少女達。悪いな。そのピカチュウ、こっちの根暗小僧のポケモンなんだ」

 

 一人は、気の強そうな面持ちで、刺々した茶髪が特徴の───

 

「……僕は根暗小僧じゃないよ、()()()()

 

 ───グリーンと呼ばれた、青年。

 

 そしてもう一人は、前を開いた赤いベスト、赤いキャップ、黒い髪、幼さの残る顔立ちをした少年に見える、青年。

 

 知っている。

 

 俺はこの二人を、()()()()()()()()()()、知っている。

 

「……ありがとう、保護してくれて」

 

 俺が知る限り、世界最強最高の、ポケモントレーナー。

 

「……おいで、ピカチュウ」

 

 マサラタウンの───レッド。




 ようやく旅の最終地点であるシュートシティに到着しました。ここまで来ると感慨深いものがありますね。

 ジョンくんはゲームには登場しないキャラクターです。知らない人はYouTubeで「薄明の翼」と検索しましょう。非の打ち所がない文句なしの名作です。可愛い脳筋サイトウちゃんや研究者時代のオリーヴ様、後方嫁面ソニアちゃんが見られます。

 そしてここにきて真のレジェンド達と遭遇。次回はレッドとグリーンに会えたマサルが鼻水を垂らしながら咽び泣きます。

 ではでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

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