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セミファイナルトーナメントの組み合わせが発表された翌日、俺達四人は再びシュートスタジアムへと向かっていた。結局、ジムチャレンジを突破できたのは俺達四人だけ。そして、その俺達四人の内、明日のファイナルトーナメントに出場できるのは一人だけだ。
泣いても笑っても、今日で
緊張してるというわけじゃないが、それでも思うところはあるわけ。
なのに……なのに……。
「ふえぇ~……朝ご飯食べ過ぎちゃったぁ~。お腹……苦しい……ましゃる~、胃薬ちょうだい……」
「バカだバカだとは思ってたけど、お前ほんとにバカだろ」
「カレーを三杯もおかわりするからだぞ」
「……ユウリは本当に大物やね。あたしなんて緊張してサラダとスープしかお腹に入らんかったのに」
エースバーンに背負われているユウリは苦しそうな表情で顔を青くしている。試合開始までまだ結構時間があるし、この程度でバトルに影響が出るなんてことはありえないだろうけど、まじで底なしのバカだなこいつ。ホテルを出てから結構な数の人達に声をかけられたのにハロンタウンの恥を曝しただけじゃねえか。
「だから二杯までにしとけって言っただろうが」
「い、いけると思った……」
うんうんと呻いているユウリに胃薬を飲ませてやる。エースバーンもこんなのが主人だなんて大変だな。そんな感じの視線をエースバーンに向けると、悟ったように笑っていた。
「あ、でんTマンだ~!」
「ほんとだ! お~い! でんTま~ん!」
スタジアム前の広場までやってくると、幼い少年と少女の俺を呼ぶ声が聞こえてきた。そちらを向くと、イーブイとピカチュウの着ぐるみを着た二人の子供が俺に向かって駆け寄ってきている。
「ヒマリちゃん、ハルトくん。久しぶり!」
「でんTマン久しぶり~! 元気だった~?」
「だった~?」
随分と懐かしい再会だった。ターフタウン前の四番道路で一緒にカレーを食べたちびっ子達……まさか俺の応援のためにわざわざシュートシティまで……?
おじさん嬉しいっ!
「ダンデの応援に来たー! でんTマンはついでー!」
「ファイナルトーナメントのチケット当たったのー!」
世界はいつも残酷だ。子供はいつも残酷だ。悪気は一切ないのだろう。飾り気のない素直な言葉は時として、どんな暴言よりも心を抉る凶器になるんだ。
「どんまいだぞマサル。いくらお前でも兄貴の人気には勝てないからな」
「ふふっ、子供は正直やね。おかげでちょっぴり緊張がほぐれたかも」
ホップとマリィがそんなことを言いながら俺の肩をポンと叩いてきて悔しかったので、ヒマリちゃんとハルトくんの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると二人は嬉しそうな悲鳴を上げていた。
「あ、ヒマリちゃん! ダンデのグッズが売り切れちゃうから早く行かないと!」
「うん! じゃあねでんTマン! ダンデには勝てないと思うけど応援してあげるからね~!」
「……がおーっ!!」
「「きゃーっ♪」」
口を大きく開けて齧り付くような仕草をすると、二人は笑顔で俺達に手を振って走り去っていく。……まあいいや。久しぶりに元気なちびっ子達と再会できたからよしとしよう。
そこでふと、スマホロトムがポケットから飛び出してメールの着信を伝えてくる。メールの差出人は……マグノリア博士か。内容を確認すると、数日前に依頼した調査結果の
メールの内容を
「イヌヌワン!」
「あ、いたいた。ユウリ、あんた電話くらい出なさい……って、どうしたのよ? 体調悪いの?」
今度はソニアちゃんとワンパチが現れた。俺の足元に擦り寄ってキュートなお尻をふりふりしているワンパチを撫でてやると、お腹を見せるようにひっくり返ったのでさらにわしゃわしゃしてやることにする。
ってか、ソニアちゃんがユウリに電話って……このタイミングで何の用事だ?
「ソニアちゃん……朝ご飯……食べ過ぎた……だけ……」
「はぁ……あんたねえ。まあいいわ。ちょっと話があるからこっちに来てくれる?」
「エースバーン……お願い……」
「ふぁーっ!」
「三人とも、ちょっとユウリを借りていくね。すぐ戻ってくるから待っててくれる?」
そう言うなり、ソニアちゃんはユウリとエースバーンを連れて俺達から離れていった。何の話かは知らんが、何か考えがあってのことだろう。
「ソニア、一体何の用事だろうな。二人とも何か聞いてるか?」
「うんにゃ、なーんにも」
「あたしも聞いとらんよ。わざわざあたしらから離れたってことは、聞かれたくないことなんかもね」
ブラックナイト関連ってわけじゃなさそうだな。そうだとしたら俺達にも情報を共有してくれるはず……というかソニアちゃんの性格なら真っ先に俺に相談してくるだろうし。ま、深く詮索はしないでおくか。何の話かそのうちわかるだろ。
ユウリが戻ってくるまで手持無沙汰になってしまった俺達はひたすらワンパチを撫で回すのだった。
「おせーよ。ダンデ」
「すまない。特別ゲストの二人とつい話し込んでしまったんだ」
チャンピオンカップ一日目、私達ジムリーダー達はVIP用の観覧席でセミファイナルトーナメントを観戦するのが毎年の慣習になっていました。慣習と言っても強制ではなく、今年集まっているのはメジャージムリーダーの八人とオニオンくんとメロンさんの合計十名。他のジムリーダーの方達はおそらく、今日も己とポケモン達を鍛えるために厳しい鍛錬をしていることでしょう。私も見習わなければ!
「……へえ。さすがにガラルのジムリーダーが一堂に介している光景は壮観ね」
「目がギラついてるねトウコちゃん」
ダンデさんが連れてきたのは私と同い年くらいの勝ち気そうな女の子と、聡明な雰囲気を持つイケメンさんだった。女の子の方はともかく、このイケメンさんは知っています! 確か、確かホウエン地方の元チャンピオンさん!
「若者はそうでなくちゃねえ。最近の子達にはそういうものが不足しているよ」
「あ! ジムチャレンジでマサルをめちゃくちゃにしたおばーちゃん!」
「ポプラだよ。よろしくねイッシュの英雄さん」
「よろしくお願いします! あたしのこと知ってるんですか?」
「知らない方がおかしいさね」
い、イッシュの英雄って……あの二年前の事件を収束させてプラズマ団を壊滅させた人!? ま、まさかこんなにも可愛い女の子だったなんて……。私と同い年くらいなのに、世の中にはすごい人がいるんですね。
「ポプラさんも来てくれたんですね。てっきり、
「あの捻くれ坊やは良い具合にピンクに染まっているよ。ま、
「……何を企んでやがんだこのばーさん」
ポプラさんが怪しく笑っているのをキバナさんがジト目で見てる……な、何か嫌な予感がします。
「なーに。年寄りの道楽にちょいと付き合ってもらうだけさ」
「あんたがそういう笑顔を浮かべる時は大抵ろくなことが起こらねえんですよ」
「ネズ、そう警戒しなさんな。それよりも妹の心配をしたらどうだい? 初っ端から
マリィさんの相手はユウリさん。タイプ相性の関係でマリィさんは私に苦戦していましたが、その才能はネズさんが「自分を越えている」と豪語するほど。事実、私だけでなく、フェアリータイプを使役するポプラさんをも撃破しました。トレーナーとしての実力はすでにガラルでも上位……いえ、悪タイプに限ればガラルナンバーワンの使い手かもしれません。
「お隣いいかしら?」
「あ、はい。どうぞ!」
「あたし、トウコ。同い年くらいよね? よろしく!」
「サイトウです。ラテラルタウン……格闘タイプのジムリーダーです。どうぞお見知りおきを」
イッシュの英雄さん……トウコさんが気さくに笑いかけて私の隣へ座った。くっ……圧倒的強者のオーラ。それだけじゃありません。ふわふわしたポニテ! 可愛い! すごく良い匂いする! お、女として負けた気分です……。
「あなた、マサルを推薦したジムリーダーよね?」
「はい。えっと……マサルのこと、ご存知なんです?」
「ええ。ちょっと色々縁があってね。仲良くさせてもらっているわ」
い、色々縁があってという部分が気になるところですが……何をどうしたらイッシュの英雄さんと知り合いになるのですか? はっ!? もしやこれはマサルを巡るユウリさんとトウコさん……三角関係なのでは!? れ、恋愛漫画でよくあるやつ!!
むむむっ! これはいけません! マサルに限って優柔不断で不義理なことはしないでしょうが……私が読んだ漫画では大抵幼馴染が負けヒロインとなっていました。ユウリさん! 油断してはいけませんよ! 決して! 幼馴染と言う立場に胡坐をかいてはいけませんよ!
「……言っておくけど、あなたが考えているような関係じゃないからね?」
「も、もしかして声に出てました!?」
「顔に思いっきり出てたわ」
「はうっ!?」
は、恥ずかしい!! バトル中なら……バトル中なら相手に考えを読ませないポーカーフェイスを貫けるのに! くぅ~っ! これだから私は「私生活ポンコツ女」なんて言われちゃうんです! ルリナさんを……ルリナさんを見習わなければ……! あんな風に格好良いクールで大人な女性にならなければ!
「いや、ルリナも大概激情型だぜ」
「ダンデうっさい。その口縫い付けるわよ」
「君はバトルだけじゃなく裁縫も得意なんだな!」
「そういう意味じゃないわよこのバカ!」
ま、また何も言っていないのに考えを読まれてしまいました! これは修行が足りない証拠! オフにヨロイ島に行ってマスタードさんに心身を鍛えてもらうことにしましょう! うん、それがいい!
「親睦を深めるのも大いに結構だが、少しは建設的な話をしようぜ。ジムチャレンジを突破したこの四人……誰が勝ち残ると思う? まあ、
キバナさんがそんなことを言い出した。実質一択……つまり。
「マサルですね!」
「そりゃお前はそう言うだろうよ」
私が即答するとキバナさんは笑った。むむむっ! 何ですかその反応は? いや、わかってる……わかっているんですよ。なぜキバナさんが「実質一択」と言ったのか。それくらい、私にだってわかっているんです。
「マサルは確かに良いトレーナーだ。俺様が思っていたよりもずっとずっと成長したよ。いや、マサルだけじゃねえ。ホップもマリィも
「例年だったら」ですか。そう、その通り。キバナさんにそう言わしめるほど、トップジムリーダーである彼がそう言わずにはいられないほどの
「ユウリ……あいつだけは別格だ。もちろん他の三人にだってまだまだ成長の余地はあるが、あいつは……あいつは本当に
マサルは強かった。ホップさんも、マリィさんも強かった。だけど、彼女は……彼女だけは「強い」という言葉では足りない、表現できない未知の力を持っていました。対峙した時の、あの威圧感。あれは紛れもなく、チャンピオンダンデをも彷彿とさせるものでした。
「確かに、キバナくんの言う通り、このセミファイナルトーナメントを勝ち上がるのは
ホウエン元チャンピオンのダイゴさんが言う。彼女のような、ユウリさんのようなトレーナーをよく知っている……ホウエン地方にもそんな人がいるのですね。いえ、ホウエン地方だけじゃなく、私の隣にいる彼女、トウコさんもきっと同じなんだ。
「そんな天才を打ち破ることができるのは、同じ特別な力を持つ者か、あるいは全く異質の力を持つ者か……僕はマサルくんを後者だと思っているよ」
「なるほど、ダイゴくんはマサルくんの
「カブさん、僕はね……彼女のような天才を間近で見続けてきた結果、旅の半ばで諦めてしまった少年を知っている。もちろん、これに関しては少年にも少女にも落ち度なんてなかった。微塵も、です。だから、そんな彼と同じ境遇にあるマサルくんが、心が折れることなく、いいや……
ホウエン元チャンピオンにここまで言わせるなんて……マサルの持つ異質なメンタルには私もなんとなく気付いていましたが、ダイゴさんのように上手く言語化できませんでした。ただ、彼の話を聞いて納得すると同時に少しだけ、ほんの少しだけマサルのことが怖くなってしまう。
何があったら、そのような異質なメンタルを手に入れられる……いえ、
「トウコちゃんはどう思うかな?」
「ん~……
ダイゴさんの問いにトウコさんはあっさりと答え、誰もそれに異議を唱えない。あの
みんなわかっているからだ。実際に対峙し、四人の実力を体感した私達だからこそ、わかってしまうから。
だけど。
それでも。
私はマサルと約束しました。
ファイナルトーナメントでもう一度戦うと。
約束、したんだ。
ジムチャレンジでマサルと再会する。ジムバッジを賭けて戦う。マサルはその約束を、遠く遠く幼い日の約束を守ってくれました。だから、今度も必ず───
「ただ……」
「ただ?」
その時、トウコさんの透き通るような声が耳を打った。
「些細なことがきっかけで、その才能を開花させる。一瞬で、爆発的な成長を見せる。それは、バトルの中で
私の心を代弁するかのように、トウコさんは年相応の少女の笑みを浮かべてそう言った。
この人には一体何が見えているのだろう。もしかしたら、私の知らないマサルの「何か」を知っているのかもしれない。ううん、マサルだけじゃない。ホップさんやマリィさんも持っているその「何か」に期待しているのでしょう。
「ダンデ、お前はどうなんだ? マサルに
むむむっ! 一番は私ですよ! そこは間違えないでくださいキバナさん!
「俺も皆と変わらないさ。セミファイナルトーナメントを勝ち抜く可能性が最も高いのはユウリ。それが、紛れもない
……やっぱり、ダンデさんでもそう思ってしまうんですね。弟であるホップさんがいるにもかかわらず。
「だが、そんな現実を───あの異質な
それは、期待。みんなが理解しているという現実を、理解した上での期待。
きっとダンデさんも、私の知らないマサルをたくさん知っているからこそ、そう言えるのでしょうね。
……なんだかちょっと、悔しいな。
「そういや、まだ聞いてなかったな。ダンデ、お前がそこまでマサルに期待する理由はなんだ?」
キバナさんの問いに、ダンデさんは今まで私達が見たことないような……子供のような笑顔を浮かべてこう言った。
「俺が唯一───
シュートスタジアムの選手控え室。俺はマリィと並んでベンチに座っていた。組み合わせと入場ゲートの関係でユウリとホップは反対側の控室にいるから、今は俺とマリィの二人きりだった。
「ねえ、マサル」
しばらく俺達の間に会話はなかったが、そんな沈黙をマリィが破った。
「あたし、ユウリに勝てると思う?」
マリィの声色に、不安はない。ただ事務的に、何かを確認するかのように俺の方を見て尋ねてくる。そんなマリィの表情を見て、俺は今、マリィがどんな言葉を欲しているのか理解し、答えた。
「正直、
マリィは強い。贔屓目なしに一流のポケモントレーナーだ。悪タイプの扱いに限って言えば、ガラルで彼女の右に出る者はいないだろう。だが、純粋なトレーナーとしての力量ならば……誰がどう見ても、四人の中でユウリが飛び抜けている。
それが、紛れもない現実。
「普通、女の子にこういうこと聞かれたら背中を押してあげるような温かい言葉を言うべきやない?」
「ホップならそうしただろうな。心の底から純粋に、マリィのことを応援して、マリィの勝利を信じるようなことを。でも、そういう言葉が欲しいんなら、マリィはそもそも俺に尋ねたりしない。俺に尋ねたってことは、俺らしい現実的な意見を聞きたかったんだろ?」
「……あたしのこと、よくわかっとーね」
「なんやかんや、それなりに長い時間一緒に過ごしてきたからなぁ……」
「あたし、マサルのそーやって変に気を遣わずはっきり本音を言ってくれるところ、好き」
「照れるぜ」
「逆にここで変にあたしを励ますようなホップみたいなこと言ってたら気持ち悪かった」
「俺、マリィのそーやって変に気を遣わずにはっきり本音を言ってくれるところ、好き」
「照れるね」
俺とマリィは笑い合い、二人の間に流れる空気がフッと弛緩するのがわかった。緊張と高揚感がちょうどいいバランスで混ざり合っている。
「もう少し、現実的な話をしようか。ユウリに勝つために、一番……一番大事なことを」
「一番大事なこと?」
「ユウリと───読み合うな」
首をかしげて尋ねるマリィの目を真っ直ぐに見て、俺は端的に告げた。
「バトルにおいて、読み合いは勝敗を決める重要なファクターだが……ことユウリのようなトレーナーを相手にした場合、そこに固執すると確実に負ける。これはもう、理屈じゃない。あいつの強さは理屈じゃないんだ。だから絶対に、読み勝とうとせず
「……あたしやマサルみたいな理詰めを得意とするトレーナーの天敵やね」
どれだけ俺達が考えても、ユウリはその考えを全て見抜いた上で、常に優位を取れるポケモンを出してくる。そんな相手に読み勝つなんて、端から不可能な話だ。だから、それ以外の部分で勝つしかない。
「ユウリは強い。トレーナーとしての能力もそうだし、あいつのポケモン達も文句のつけようがないほど、強い。けど、ポケモン達の強さに限って言えば、マリィは負けてない。絶対に」
「うん。だからこそ、そこでユウリの想定を上回らんとどうにもならんね」
「ユウリとのバトルは、常にアドバンテージを握られたままでの戦いだ。……はっきり言う。マリィのポケモンとユウリのポケモン。互いが出したポケモンが相打ちを続けて
「……メタグロス、やね」
そう。マリィが最後に出すであろうオーロンゲ。そのオーロンゲにユウリはメタグロスをぶつけてくるはずだ。だが、ユウリのメタグロスはダイゴさんから譲り受けたダンバルから育てたポケモン。あのダイゴさんが、生半可な個体値のダンバルを譲るはずがない。ゲームで言えば、あれは6V個体のメタグロスだ。
そんなメタグロスとオーロンゲの一騎打ち。どう考えても勝ち目はない。オーロンゲは悪技でメタグロスに有利を取れる物理アタッカーだが、メタグロスの物理耐久は全ポケモン中トップクラス。オーロンゲ一体で崩し切れる守りじゃない上に、フェアリーに有利な鋼技を繰り出してくる。
「だから、
一対一の相打ちでは足りない。どこかのタイミングでマリィのポケモン一体で、ユウリのポケモン二体を相手取ること。
それが勝利への、
「マリィ選手、準備が整いました。入場してください」
控え室に入って来たリーグスタッフの言葉を聞いて、マリィは立ち上がり、俺に背を向けてバトルコートへ続く入口へと向かう。
「マリィ」
そんなマリィの背中に、俺は声をかけずにはいられなかった。
「勝ってこい、マリィ。俺はまだ、マリィに
ダンデくんにポケモンを貰ったばかりの時のホップとのバトルを除けば、俺に唯一、土を付けたポケモントレーナー。それが、マリィ。
俺のポケモンの育成が不十分だったとはいえ、負けは負け。あの時の借りを、俺はまだ返してない。
「決勝で、待っとるよ」
マリィは振り返り、自然な笑顔を俺に向けてこう言った。
「マサルのエールは、効き目バッチリやけんね」
『さあ! いよいよガラルポケモンリーグ・チャンピオンカップ・セミファイナルトーナメントが始まります! 今年も百を超えるトレーナー達がジムチャレンジに挑戦しましたが、このセミファイナルトーナメントまで勝ち残ったのはわずか四名! ですが、この四名というのは例年と比較して異例の人数! 七年前、チャンピオンダンデがジムチャレンジに参加した時も四名が勝ち残り、それ以降は毎年一人ないし二人、ゼロという年もありました! まさに今年は七年前以来の
『……よろしく』
『よろしくお願いします。いや~、それにしてもすげー盛り上がりだな。カントーじゃお目にかかれない光景だ』
『……カントーにもおっきいスタジアムほしい』
試合が始まる前からスタジアムは異常な熱気と歓喜に包まれている。これまでのジムチャレンジの比ではない数の観客達がそれを生み出していた。しかし、スタジアムの中心で相対する少女達には緊張の色も、不安の色も見られない。微塵も、だ。
「ここまで来たね、ユウリ」
「ここまで来ちゃったね、マリィ」
「緊張しとる?」
「ううん。ぜーんぜん! むしろすっごくわくわくしてるよ。こうやって本気中の本気のマリィと戦える……練習試合じゃない、後がないこの大舞台でマリィと戦えるのを楽しみにしてた」
「ふふっ、ユウリはどんな時でも変わらんね。あたしは
マリィはモンスターボールを突き付けるように構え、ユウリを真っ直ぐにみる。対してユウリは、儚げに笑ったかと思うと、同じようにボールを取り出し、腕を真っ直ぐに伸ばした。
「うん、わかってる。わかってるよ。
ユウリはそう言って目を閉じ、数秒の間沈黙する。そして、再び目を開いた瞬間、マリィは言いしれない威圧感と背筋が凍るような寒気に襲われた。
己の頬を伝う一筋の汗は、スタジアムの熱気によるもの
これが、ユウリ。ハロンタウンの、ユウリ。
マリィは対峙しながら、無意識のうちに喉をごくりと鳴らしていた。
それと同時に理解する。
この少女が、現時点で───もっともチャンピオンに近いトレーナーだと。
「勝つのは私だよ、マリィ」
戦いの幕が、上がる。
「ズルズキン!!」
「パルスワン!!」
互いの一体目はズルズキンとパルスワン。マリィが一体目にズルズキンを選んだのは、ルカリオ対策。格闘を天敵とする己のパーティの弱点をつけるルカリオ。それ読みでのズルズキンであったが、予想を外された。
(先発が、パルスワン……? ユウリはいったい何を───)
だが、そんな逡巡をユウリが許すはずがない。
「パルスワン、こうそくいどう」
高機動物理アタッカーのパルスワンの機動力がさらに上昇。フィールドを縦横無尽に駆け回るパルスワンにズルズキンが追いつく術はない。
「ズルズキン、てっぺき」
だが、パルスワンはあくまで物理アタッカーだ。ならば、いくら機動力があろうとも攻撃の際には必ず接近してくる。故にマリィは追いつくという選択肢を端から放棄し、迎撃の構えをとった。
(どんな攻撃やろうと、ズルズキンの防御力なら耐えられる)
それに対する、ユウリの選択は。
「パルスワン、
その技に、マリィは表情にこそ出さなかったものの驚きを隠し切れなかった。パルスワンが「じゃれつく」を、ズルズキンにとって最悪の相性であるフェアリータイプの技を使うところを一度も見たことがなかったからだ。
だが、マリィとてここまで勝ち進んできたチャレンジャー。驚きこそすれ、それで思考が止まることは、ない。
「すなかけ!!」
猛スピードで突進してくるパルスワンの顔めがけて、掘り起こしたフィールドの砂を投げつける。それにより、反射的に目を閉じてしまったパルスワンがわずかに減速。だが、マリィの本当の狙いはそこではない。
目測を誤ったパルスワンの攻撃をクリーンヒットさせないこと。それこそが「すなかけ」の目的。
そして、マリィの想定通り、弱点タイプの技である「じゃれつく」をズルズキンが耐える。
「ドレインパンチ!!」
さらにマリィが好機とばかりに攻勢に出た。相手にダメージを与えつつ、己の体力を回復させる技をズルズキンに命じる、が。
「───まもる」
見えないシールドに阻まれ、ズルズキンの拳はパルスワンまで届かない。そして「すなかけ」により視力を多少奪われていようとも……。
「10まんボルト」
この距離ならば、外さない。
パルスワンの強力な雷撃を受け、ズルズキン───戦闘不能。
マリィは思わず歯噛みする。事前にマサルと話していたプランはこの時点で崩壊した。だが、だからといって諦める理由にはならない。思考を止めれば、このままなす術なく蹂躙されるだけ。
(そんなの絶対許さんよ!!)
マリィは二つ目のモンスターボールを構えた。
「レパルダス!!」
「ルカリオ!!」
相手は悪タイプの天敵、ルカリオ。マリィは「ユウリとの読み合いは負けることが前提」と言っていた、マサルの言葉を思い出す。本来であれば、このレパルダスをメタグロスにぶつけて少しでも消耗させたかったが、そう簡単にはいかないらしい。
そして、レパルダスはスピードこそルカリオを上回っているものの、鋼タイプに有利である格闘タイプの攻撃技も、地面タイプも使えない。
だが、ユウリは知らない。
レパルダスが
「レパルダス!! しっとのほのお!!」
ルカリオが紅蓮の炎に包まれた瞬間、わずかにユウリが目を見開いたのをマリィは見逃さなかった。
(一度も見せたことない技があるんは、あんただけやなか!!)
ここでマリィは初めて、ユウリの
(ここを足掛かりに反撃を───)
が、ユウリの
「ルカリオ、インファイト!!」
炎の中からルカリオが飛び出してきた。いくら鋼タイプの弱点を突いたとはいえ、レパルダスは悪タイプ。ルカリオを一撃で仕留めるには、威力が足りなかった。
距離を詰められ、回避が間に合わなかったレパルダスは、ルカリオの容赦ない拳打の嵐に飲み込まれた。
レパルダス、戦闘不能。
だが、レパルダスの「しっとのほのお」により、ルカリオに決して小さくないダメージを与えることには成功した、ルカリオの戦闘能力が半減する。故にユウリはルカリオを下げざるをえなかった。
「モルペコ!!」
「エースバーン!!」
三体目、奇しくも互いの相棒同士。一見、互いに有効な技がない組み合わせに見えるが、モルペコは炎タイプに有利な地面技を、エースバーンは悪タイプに有利な格闘技を使える。
(マサルが言っとった。ユウリのエースバーンはサブウエポンをメインウエポン並みの威力で使える……他タイプの技を、そのタイプのポケモンと
本来、ポケモンは自分と違うタイプ以外の技を使えば、その威力は本職のタイプのポケモンに劣る。だが、ユウリのエースバーンにはそれがない。そんな特異なポケモンなんて聞いたことがなかったが、おそらく、未だ研究が進んでいない未知の「特性」なのだろうとマサルが語っていたことを思い出した。
(でも、そんなの関係なか。エースバーンもモルペコも、耐久力の低い高機動物理アタッカー。一撃で落とせる可能性も、落とされる可能性も十分にある)
だからこそ、守りを意識しすぎてはいけない。どの道自分はすでに二体のポケモンが攻撃不能になっている。マリィには「攻める」以外の選択肢がなかった。
「オーラぐるま!!」
「かえんボール!!」
モルペコは電撃をまとい、電気で作り出した回し車に乗り込んでエースバーンへ突撃する。対してエースバーンは小石を器用にリフティングし、その小石を核として巨大な火球を生み出した。そして、その火球をモルペコめがけて蹴り飛ばす。
モルペコは迫りくる火球に対し、回し車の方向を強引に転換させて間一髪のところで回避した。体勢を立て直したモルペコが再びエースバーンに迫る。
しかし、スピードを殺されたことにより「オーラぐるま」の威力が半減。さらに「かえんボール」を回避し、体勢を立て直したことで生じた一秒にも満たない僅かな空白。
そのコンマ数秒は、エースバーンが迎撃態勢を取るのに十分だった。
「カウンター!!」
モルペコの「オーラぐるま」の衝突と同時にエースバーンの強烈な蹴りが炸裂する。結果、両者は正反対の方向へ吹き飛ばされることになった。その光景は観客達の目には相打ちのように映った、かもしれない。
だが。
『た、立ち上がった!! エースバーンが立ち上がりました!! 相対するモルペコは……立ち上がれない!! モルペコ、戦闘不能です!!』
『……エースバーン、ふらついてる』
『「カウンター」が綺麗に決まったとはいえ、真正面から技を受けたからな。もしも「オーラぐるま」の威力が万全だったなら、倒れていたのはエースバーンの方だったろうぜ』
紙一重、のように思えるかもしれないが「オーラぐるま」の威力が減少したのは「かえんボール」を回避せざるを得なかったからだ。それがわかっていたからこそ、ユウリは最初から「カウンター」を命じず、「かえんボール」で牽制したのだ。
「戻っておいで、エースバーン」
ユウリはエースバーンを下げる。先程のルカリオと同様、戦闘不能とまではいかないが、その戦闘能力を大いに削られる結果となったからだ。
(あと、二体……)
ここまで、マリィに落ち度らしい落ち度はなかった。むしろ、不利な対面から一方的に蹂躙されることなく、確実にユウリの戦力を削ぐことに成功している。
だが、足りない。戦力を削ぐだけでは、勝てない。
「まだまだ……この程度で諦めるほどあたしは
「───
この局面でユウリが選んだポケモンは、メタグロス。マサルが言っていたように「こちらが最後に一体になる前にメタグロスを引きずり出して消耗させる」ことが、マリィが勝つための最低条件だった。
(ここでメタグロス……でもこれは、引きずり出したわけやなか。ユウリは、あたしに
ここまで優位に立っていながらも、対峙するユウリの目には油断なんて微塵もなかった。普段の天真爛漫な少女の面影は、どこにもない。
(かっこよか。本当に……あんたのその姿に、どれだけ憧れたことか。でも、憧れるだけじゃあんたに勝てん! 絶対に!)
たとえ毒を無効化されようとも、問題ない。ドクロッグにはメタグロスへの対抗策を覚えさせている。
「ドクロッグ、あなをほる!!」
メタグロスが行動するよりも早く、ドクロッグは地中へと潜った。メタグロスの唯一にして最大の欠点。それはスピード。全ポケモンでトップクラスの耐久力と物理攻撃力と引き換えに、スピードだけは並以下。
この優位性にこそ、勝機はあるとマリィは考えた。
地中に潜り、いつどのタイミングで攻撃を仕掛けてくるかわからないドクロッグ。そんなドクロッグに対し、メタグロスはただ相手の出方を伺うばかり、ではない。
地中に潜ったポケモンに対しての攻撃手段は───
それは。
「メタグロス、じしん!!」
大地を揺るがす地面タイプ最上級技。飛行タイプにこそ無効化されてしまうものの、地中にいるポケモンに対する威力は、地上にいるポケモンの比ではない。
しかし。
(わかっとったよ!! あんたがその技を覚えさせてるってことくらい!!)
それはマリィの
(この瞬間を、待っとった!!)
マリィが真っ直ぐに腕を伸ばし、メタグロスへ指を差す。
「今よ、ドクロッグ」
メタグロスが四本脚を踏み抜いて大地を揺るがすその瞬間、地中から飛び出したドクロッグの強烈な拳がメタグロスへ襲い掛かった。メタグロスが技を発動させる瞬間、これ以上ない極上のタイミングの奇襲。間違いなく、間違いなくメタグロスへダメージを与える一撃となった。
が、揺らがない。
この程度では、鋼の要塞は、揺らがない。
「サイコカッター」
そして、無慈悲な一撃。奇襲を受け切ったメタグロスからの、
毒タイプと格闘タイプの複合であるドクロッグに耐える術は、ない。
「メタグロス、ダイマックス」
倒れるドクロッグを視界に捉えつつ、ユウリはメタグロスをダイマックスさせた。ここで確実に、勝負を決めるため。マリィの最後の一体を、確実に倒すため。
マリィは強大な不沈艦を目の前にし、最後のモンスターボールを握りしめる。
「すごか……本当にすごかね、ユウリ。全部全部、あたしの戦術の上をいっとる。ポケモン達もそれに100%応えて……でもね、あたしのポケモン達も負けてないよ。絶対に。ここまであたしが追い詰められたのは、あたしの実力が足りなかったから。だけど、そんなことは最初から……最初からわかっとった。だからあたしは、この程度では絶対に挫けん! 最後の最後の最後まで! ポケモントレーナーマリィとして! 戦う!」
マリィのダイマックスバンドが輝いた。
「正真正銘、あたしの切り札!! 誰も知らない、あたしの切り札!! オーロンゲ!!
通常のダイマックスではなく、姿形をも変化させるキョダイマックス。マサルも、ユウリも、ホップも、兄であるネズでさえも知らない、マリィに残されたたった一つの切り札。
その切り札は、間違いなく。
間違いなく、ユウリの
だが、それが結果を左右するとは限らない。
努力は必ず報われる。
そんなことは、ありえない。
諦めなければ、勝負は最後までわからない。
それが成り立つのは。
実力が
「ダイアーク!!」
「ダイスチル!!」
一撃で、全てが終わった。
地に倒れ伏す、悪魔と妖精の王。
荘厳に佇む、鋼の不沈艦。
勝敗は───決した。
ガラルポケモンリーグ・チャンピオンカップ
セミファイナルトーナメント一回戦。
第一試合勝者 ユウリ(ハロンタウン)
更新が遅くなってごめんなさい。マリィのバトルまで終わらせたかったのとモンハンのせいです。
メインは後半のバトルですが、色々大事なことが明かされていたりします。ダンデがマサルを高く評価している理由とかね。これについてはまた後でもうちょっと詳しくやろうと思います。
ユウリVSマリィの結果は大体皆さん予想通りだったでしょう。
おそらくみなさんもよくわかっていると思いますが、マリィは決して弱くありません。結果だけ見れば5-0の完封負けですが、ルカリオとエースバーンは倒れなかっただけで実質戦闘不能に近いですし、パルスワンともギリギリの攻防、メタグロスにも結構なダメージを与えました。
ただ、それだけじゃ勝てない。勝てないんですよ。肉薄するだけじゃ、それより先に進めないんです。
次回はユウリVSマリィの後処理をやってマサルVSホップまでやろうと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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