暗い。
森の中に入って真っ先に思ったことがそれだった。
そもそも、森の中っていうのは日が出ている日中でさえ薄暗く感じるのに、日がほとんど落ちている今の時間帯だと真夜中と何ら変わらない。思った以上にやべーな。さっさとソニアちゃんを見つけないと……
「ユウリ、怖いか?」
「あうぇっ!? こ、怖くないよ……だって、そ、ソニアちゃんの方がもっと怖い思いをしてるんだもん……」
ユウリは誰の目から見てもわかるくらいびくびくと身体を震わせながら歩いている。意気込んで「ついていく」と言った手前、素直に怖いと言えないらしい。でもまあ、本気でソニアちゃんを心配して怖いにもかかわらず勇気を振り絞りながらついて来ているあたり、ユウリは本当にいい子だよな。
「心配すんな。じいちゃんがいるんだ。その辺の野生のポケモンなんか簡単に蹴散らせる」
「うん……」
俺がそう言ってユウリの手を握ってやると、ユウリはそっと握り返して俺にぴったりとくっついて歩き出す。正直歩きにくいけどここでそんなことを言えるほど冷たい男じゃねえぞ俺は。というか、ユウリの反応が普通なんだよ。ダンデくんやホップみたいに平気なツラしてズンズン歩いてる方がおかしいんだ。
俺はそんなことを考えながら隣のユウリお嬢様をしっかり支えながらついていく。
幸いにも、歩き始めてから野生のポケモンが草むらから飛び出して襲い掛かってくるような事態にはなっていない。ホーホーの鳴き声が聞こえたりホシガリスが警戒しながらこちらの様子をうかがっているくらいだ。
それもそうだよな。こっちには元ジムリーダーのエースポケモンカイリキーと元ジムチャレンジャーのエースポケモンキテルグマがいるんだから。そんな連中に喧嘩を売るほど野生のポケモンは馬鹿じゃない。にしても、この二匹ってゲーム的にはどのくらいのレベルなんだろうな。多分、60以上はあると思うんだけど。
「わたぱち、止まれ。みんなも一旦ストップじゃ」
じいちゃんがそう言うと捜索隊一行はピタリと足を止める。じいちゃん、なんか見つけたのか? 尋ねようとする前に、気付く。周囲が霧に包まれ始めていることに。
「ここから先はポケモンの強さが跳ね上がる。これまでより一層注意するんじゃ。霧も出てきたから何か出てきても絶対に慌てないこと。前の人の背中がしっかり見える距離を保つこと。ええの?」
改めてじいちゃんが俺達に注意する。どうやらここから先が本番らしい。ダンデくんもホップも静かに頷き、ユウリは俺の腕にぎゅっとしがみついてきたので安心させる意味も込めて頭を撫でてやる。いつでもキテルグマに指示を出せるように警戒しておかないとな。
そして俺達は霧に包まれながら今まで以上に慎重な足取りで森の奥へと進んでいった。
「なあマサル。ソニアに呼び掛けなくていいのか? 暗い上に霧まで出てきたんだ。これじゃあソニアとすれ違うかもしれないぞ」
「下手に大声を出すと野生のポケモンを呼び寄せかねない。今はわたぱちの鼻を信じるしかないよ」
「もどかしいな……早くソニアを見つけてやりたいぞ」
「焦るなよホップ。気持ちはみんな一緒なんだ。ヒトカゲ、お前はまだ弱いから無理して戦おうとしなくていい。周りで何かの気配を感じたらすぐに教えてくれ」
「カゲーっ!」
ダンデくんも冷静にホップやヒトカゲに指示を出している。十歳なのにすげえ判断力だな。俺が十歳の頃なんてグラウンドで泥まみれになりながら野球のボールを追っかけたり野山を駆け回ってた野生児だぞ。……今とそんなに変わんねえな。人間、生まれ変わっても本質は一緒ってことか。
そんなことを考えていると、風切り音が耳を打った。
「キテルグマ!! 左だ!!」
俺の声と同時、キテルグマが俺達を庇うように飛び出す。そして俺は反射的に隣を歩いていたユウリを守るように抱き寄せていた。
木々の間から現れたのは、夜の闇と同化している大型の鳥ポケモン。鋭いくちばしに赤い目、羽毛と呼ぶにはあまりにも硬質な体毛。
「アーマーガア……」
「ま、マサル……」
「心配すんな。俺とキテルグマに任せておけ」
俺の腕の中で不安そうにユウリが見上げてきたので安心させるために笑顔でユウリを見返しつつ、高速で思考を巡らせる。
アーマーガアは「飛行」「鋼」という珍しい複合タイプでパワーはあるがそれほど素早いポケモンじゃなかったはずだ……炎技があれば良かったんだけど格闘技でも十分に押し切れる。悩んでる暇はねえな。
「キテルグマ!! インファイト!!」
言葉と同時にキテルグマはアーマーガアの懐に潜り込み、高速で拳を何度も叩きつける。アーマーガアは拳を受けるだけで反撃には出られない。よし、そのまま押し切れ!!
「カイリキー!! ばくれつパンチ!!」
さらに前の方にいたじいちゃんが指示を出してカイリキーがアーマーガアに強烈な一撃をお見舞いする。ポケモンバトルは一対一が基本? 馬鹿野郎、トレーナー戦ならともかく野生が相手かつ緊急事態にそんなこと言ってられるか。
「が、ガァ……」
二匹のポケモンから立て続けに強烈な拳を叩きこまれたアーマーガアが弱弱しい声を上げながらその場から飛び去っていく。うん、深追いする必要はないな。目的はあくまでソニアちゃんを見つけることだし。
「上出来じゃ、マサル。良い反応じゃった」
「……すごいのは俺じゃない。咄嗟の指示をちゃんと聞いてくれたキテルグマだよ。さんきゅーな」
「クー」
キテルグマはとぼけた顔で頷いている。見た目だけは可愛らしい癖に残虐ファイトが得意だからなこいつは。しっかし、さっきのアーマーガア硬過ぎだろ。キテルグマのインファイトとカイリキーのばくれつパンチを受けても逃げる余裕があったとは……やっぱこの森やべえわ。立ち入り禁止にする理由がよくわかった。
「ユウリ、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫だよ……ありがと、マサル」
ユウリを離してやると、何やら顔を赤くしている様子。おいおい、抱き締めたくらいで何赤くなってんだよ。お前しょっちゅう俺の膝に座ったり抱き着てきたりしてるだろ。今さらなんで恥ずかしがってんだ。
「照れてんのか?」
「はーっ!? て、照れてないんですけどっ! マサル相手に照れるとかありえないんですけどっ! そーゆーのはねっ! うぬぼれって言うんだよ!」
ユウリは俺から顔を逸らして腕を組んでプンプンしながらそう言った。
照れてんじゃねえか。ふっ、どうやら俺のトレーナーとしての立ち居振る舞いに惚れちまったらしいな。
ま、そんなことは別にいいか。どうせ明日になればいつも通り俺の家に突撃してくる野生児ワイルドユウリちゃんに戻ってるだろうし。
「さすがだぞマサル! 俺、生で初めてポケモンバトルを観たけど……あんなに迫力があるんだな!」
「あの状況判断の早さは俺も見習いたいな」
「……実はちょー緊張した。見てこれ、手汗やべえ」
ゲームだと野生のポケモンなんてただの経験値でしかなかったけど、リアルに向き合うと普通にこえーよ。アーマーガアでかすぎだし。食われるかと思ったわ。改めて思ったけど、十歳の子供に一人でこんな世界を旅させるってとんでもねえな。歴代主人公達のこと、心の底から尊敬するわ。
「さて、それじゃあ先へ進もうかの。さっきの戦闘を見てここいらのポケモンもワシらに喧嘩を売ろうなんて思わなくなったじゃろうしな」
まあ、あんな残虐ファイトをやらかしたらこんなヤバい集団に近づこうなんて思わんよな。
無事に戦闘を終えた俺達はさらに森の奥へと歩みを進めるのだった。
それから十分ほど歩いていると、霧が薄くなってさっきよりも周囲の状況が見えるようになった。木々の間や草むらには野生のポケモンの気配があるけど、じいちゃんが言ったように俺達を警戒しているらしく飛び出してくる様子はない。そのままソニアちゃんを見つけるまでおとなしくしてろよ。
「イヌヌワン!!」
「どうしたんじゃ、わたぱ───」
「ソニアっ!!」
わたぱちが立ち止まり、吠える。何があったのか尋ねる前にダンデくんが叫んでいた。わたぱちの視線の先、二十メートルくらいのところにしゃがみ込んでいる小さな女の子。日が落ちた夜の森でもわかる特徴的なオレンジ色の髪。
ソニアちゃんだ!
だが、安心したのも束の間。
視線の先にいたのは、ソニアちゃんだけじゃない。そこにいたのは、一体の野生のポケモン。
薄緑色のひげと頭の煙突から煙を出している特徴的なシルエットのポケモン……
「マタドガスかっ!」
ガラル地方特有のマタドガス。「毒」と「フェアリー」の複合タイプだ。
「待つんじゃ!! ダンデくん!!」
じいちゃんや俺がポケモンに指示を出す前にダンデくんとヒトカゲが飛び出していた。ソニアちゃんは自分のポケモンであるワンパチを腕に抱いてしゃがみ込んでいる。今、マタドガスに襲われたらひとたまりもない。ダンデくんが焦るのもわかる……きっと考えるより体が先に反応したんだろう。
「ヒトカゲ!! ひのこだ!!」
「だ、ダンデくんっ!?」
ソニアちゃんが驚いた声をあげた。
ダンデくんは彼女とマタドガスの間に割って入り、ヒトカゲがひのこを繰り出すもマタドガスはひのこを全く意に介さない。ポケモンの強さが違い過ぎるんだ……
だけどそんなこと考えてる場合じゃない。今のヒトカゲじゃマタドガスに全く歯が立たない……おそらく一撃でやられるだろう。ダンデくん達と距離があるこの状況で最も求められるもの。
それは───スピード。
「わたぱち!! ワイルドボルト!!」
俺はこの中で最も素早いポケモン、わたぱちに指示を出す。と同時、わたぱちは電気を纏い超高速でマタドガスに体当たりをぶちかました。
マタドガスの体勢が崩れる。これで数秒は時間を稼げた。
あとは───
「よくやったマサル。カイリキー───10まんばりき」
数秒もあれば、じいちゃんとカイリキーが片をつけてくれる。
そして、カイリキーの強力な地面タイプの技を受けたマタドガスは戦闘不能となり、その場に倒れた。
それを確認して俺は大きく息を吐く。
ぶはーっ!! ま、間に合った……なんとか間に合った!! まじで危なかったよ!! わたぱちがあんなに素早く動けなかったら……下手したらヒトカゲごとダンデくんやソニアちゃんが吹っ飛ばされてたかもしんない。
「ソニア、怪我はないか?」
ダンデくんは優しく微笑んでソニアちゃんと目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ダンデくん……みんな……わたっ、わたしっ……」
ダンデくんの姿を見て、俺達の姿を見て安心したのか……ソニアちゃんはその瞳から大粒の涙を流し始める。そして、ダンデくんはそんな彼女をゆっくりと、壊れ物を扱うようにそっと抱き締めた。
「俺達がどれだけ心配したと思ってるんだ」
「ごめっ……ごめんなさっ……ごめんなさい……」
「本当に、無事でよかった」
ソニアちゃんは泣きじゃくり、ダンデくんを強く抱き締め返す。とりあえず、大きな怪我はなさそうでよかった。けどなあ、これは大説教もんだよソニアちゃん。マグノリア博士にきつーくお灸を据えてもらわねば……
と思ったけど、二割くらいは俺の責任でもあるからな。メンタルケアの際に煽り過ぎたせいでもあるし。しゃーねえ、多少は庇ってあげるよソニアちゃん。
それよりも俺が気になってんのは……
「泣きすぎだろユウリ、鼻水垂れてんぞ?」
「垂れてないもん! ばかぁ!」
ソニアちゃんが見つかって安心したのか、ユウリもソニアちゃんと同じくらい……下手したらそれ以上に号泣している。こうやって感情を素直に出せるところがユウリの良いところでもあるよな。俺はそう考えながらティッシュを取り出してユウリの鼻をちーんとしてやる。まったく、世話が焼けるお姫様だこと。
「ウ~……イヌヌワッ……!」
「どうしたわたぱち? 今日の一番の功労者はお前だぞ? 何をそんなに警戒して……」
ユウリをホップに任せ、俺が愛犬の元へやってくるとわたぱちは唸りながら霧がより濃くなっている森の奥を威嚇している。なんだよ、まだ何かやばいポケモンでもいるのか?
俺はそう思ってわたぱちが威嚇している方向へ視線を向けて目を凝らす。
真っ白な霧と夜の闇でほとんど何も見えない。けど、わたぱちは優秀なポケモンだ。絶対あの奥には何かがいる……もしかすると、もっと強いポケモンが俺達の様子をうかがっているのかもしれない。
俺もわたぱちと同じように森の奥を警戒していると、真っ白な霧がゆらりと蠢くのがわかった。
何か───いる。
霧の中に、影が浮かび上がった。高さ三メートルほどの大きな四足歩行の動物の影が。
それも、
ブワッ、と。俺は全身の体温が急激に下がったような感覚に陥り、背中を冷たい汗が伝うのを自覚する。
あいつらは───
アーマーガアやマタドガスなんて比じゃない。何か、何かとんでもないポケモンがいる。
俺はそう、確信した。
来るか? こっちの戦力はわたぱちとカイリキーとキテルグマ……数は有利だが相手になるとは思えない。最悪、他のみんなが逃げるだけの時間を稼いで……いやいや待て待て。もしも俺達を襲う気ならとっくに襲っているはず。でも、襲うどころか姿を見せないってことは……敵意はない、のか?
「大丈夫じゃ、マサル。落ち着け」
いつの間にかじいちゃんが俺の隣に立っており、肩をポンと叩いた。
「お騒がせして申し訳ございません。すぐに出ていきますのでゆっくりお休みくださいませ」
じいちゃんはそう言って霧の奥にいる二つの影に頭を下げた。事情はよくわからなかったけど、俺もじいちゃんに倣って頭を下げておくことにする。
そして、次に顔を上げた時には霧が晴れており、二つの影もいなくなっていた。何だったんだ……今の?
「じいちゃん……あそこにいたのって……」
「マサルが一人前になったら教えちゃるけえの」
どうやらじいちゃんは
気にはなる。ものすっごく気にはなるけど……こういうことに好奇心で首を突っ込むとろくなことにならないって俺は知ってるんだ。マグマ団やアクア団の悲劇を繰り返してはならない!!
とりあえず、今はソニアちゃんを無事に見つけられたことを喜ぼう。
そう結論付けてソニアちゃんに声をかけようと思ったんだけど……
ソニアちゃんとユウリが抱き合って鼻水を垂れ流しながら号泣している姿を見て、俺は思わず笑ってしまうのだった。
最後に出てきたのは何アンと何ゼンタなんだ?
何気にマサルの初バトルだったりします。このマサルの立ち居振る舞いを見てユウリ、ホップ、ダンデ……特にダンデは何かしら思うところがあるかもしれませんね。
次回はちょっと時間が飛びます。早いとこ幼少期を終わらせねば……可愛い可愛いマリィちゃんはいつになったら出てくるんだよ。
ではでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!