【完結】すごいよ!! マサルくん   作:わへい

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 マサルVSユウリです。



アカシア/チャンピオンの器

「さあ、ガラルポケモンリーグ・チャンピオンカップ『セミファイナルトーナメント』もいよいよ大詰め!! 決勝に残ったのは()()()()()()()()()()()!! このバトルの勝者がジムリーダー達の待ち受ける『ファイナルトーナメント』へと駒を進めることができます!!」

 

 シュートシティスタジアムは凄まじい歓喜と熱気に包まれていた。ジムチャレンジを勝ち抜き、強力なライバル達を退け、この場に立つことができるのはわずか二人。ここに立っている時点で、彼らはポケモントレーナーとしては上澄み中の上澄みと言えるだろう。

 

 そして、そんな彼らを凌駕する化け物トレーナー達が蔓延るファイナルトーナメントへの挑戦権を得られるのはたった一人。

 

 ガラル地方において、歴代最強と名高いチャンピオン「ダンデ」への挑戦権を得られるのは化け物達の巣窟を生き抜いたたった一人。

 

 それらの挑戦権を賭けて、スタジアムの中心で喝采を浴びているのは───齢十四の子供達。

 

 十四の子供と侮ることなかれ。

 

 今日、この日。

 

 彼らのバトルを目にしたものは皆、後にこう語る。

 

「間違いなく───ガラルの歴史に残る名勝負だった」と。

 

 

 

 

 

 

「チャンピオンになる」というマサルの言葉を聞いて、彼の顔を見て、ユウリは恋慕にも似た胸の高鳴りを抑えられなかった。

 

 信じられないほどに鼓動が早く、顔が熱い。少女がその感情の意味を理解するのはもう少し後のことではあるが、確かにユウリはこの瞬間、マサルという一人の少年に対する認識が大きく変化したことを自覚した。

 

「勝つのは、私だよ」

 

 だが、感情とは裏腹に少女の思考は透き通るほどに明瞭だ。マサルとよく似た鳶色の瞳に強い光が宿り、全身に猛り狂う炎のような闘志を纏い、十四の少女とは思えない威圧感を放つ。

 

 まさに、王者の風格。

 

 誰もが、少女の姿に()()を見た。

 

 チャンピオンを、見た。

 

 少女から離れた観客席、遠く離れた画面越しでさえ、少女の姿を見た者はその迫力に圧倒される。

 

 だが、動じない。

 

 少年は、動じない。

 

 少女の最も近くで、その存在に威圧されているにもかかわらず。

 

 少年は、不敵に笑い、少女に負けず劣らずの……否、少女とは異なる異質な闘志をその身に纏う。

 

 十四年以上の歳月を費やして辿り着いた、()()()重み。それこそが、異質である最大の理由であり、少年が纏う闘志の、本質。

 

 異才であり、異彩を放つポケモントレーナー。

 

 それが、マサル。

 

 ついに、互いに全く異なる才能を持つ者同士が、雌雄を決する時が来た。

 

 それ以上、二人は言葉を交わすことなく背を向ける。

 

「さあ」 

 

 少年は背後に落下していた飛来物「ねがいぼし」を拾い上げ、改めて仲間を一瞥し、宣言した。

 

 

 

 

 

 

(いただき)の景色を───透明よりも綺麗な輝きを確かめに行こうか」

 

 

 

 

 

 

 仲間達を、ボールへ戻し振り返る。

 

 視線の先には、一人の少女。

 

 少年がボールを構え、ほんの数秒目を閉じ。

 

 次に目を開いた瞬間。

 

 周囲の()と、()が消えた。

 

 そして。

 

 目と目が合ったら───

 

 

 

 

 

 

「ジバコイル!!」

()()()()()()!!」

 

 両者の、一体目。

 

 マサルの選択は、あらゆるタイプに耐性を持ち、物理防御力だけならば。

 

 バンギラスをも凌駕する、マサルのパーティーにおける最優の盾。

 

 対してユウリの選択は。

 

 自軍のエースにして。

 

 相棒の───エースバーン。

 

 これは、マサルにとっての想定内。

 

 ()()()───想定内。

 

 そして、最悪の想定内であるが故に。ユウリはマサルのほんのわずかな動揺を見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

「でんじ───」

「かえんボール!!」

 

 エースバーンが、躍動する。

 

 ジバコイルを容易に包み込むほどの巨大な火球を作り出し、一蹴。

 

 あっという間に業火に飲み込まれたジバコイルが───沈む。

 

 一撃。

 

 たった、一撃で、マサルが誇る最優の盾が打ち砕かれ。

 

 地に、落ちる。

 

 

 

 

 

 

『エースバーンの「かえんボール」がクリーンヒットォォォ!! ジバコイル撃墜!! タイプ相性があったとはいえ、ジバコイルは全ポケモン中、上位クラスの物理防御力を有しています!! しかし……しかし!! そんなジバコイルという強靭な盾をエースバーンという矛が貫いた!!』

『……びっくり』

『まさかいきなりユウリが相棒のエースバーンを出してくるなんてな。完全に()()()だったぜ。しっかしユウリのヤツも思い切った選択をしたもんだ。二人の所持するポケモンを見る限り……エースバーンがマサルのパーティ内で()()()()()()()()()()のはジバコイル()()だ。それを一手目でぶち当てるとは……ユウリめ、どんな心臓してやがる』

『た、確かに……ジバコイル以外が相手だったならば、不利だったのはエースバーン。マサル選手の思考を完全に読み切っていたということでしょうか?』

『ユウリにとっては一種の賭けでもあっただろうぜ。っつーか、これはマサルを責められねえよ。マサルは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ジバコイルで倒し切れる策を講じてたはずだからな』

『そこをピンポイントで……ユウリ選手はエースバーンを選出した。この展開は、マサル選手にとっては()()()だったでしょうね』

『……そうとも言えない』

『だな。見てみな、エースバーンの様子を』

 

 グリーンの言葉通り、撃墜されたジバコイルの一方で、エースバーンにも異変が生じていた。

 

 エースバーンは膝をつき、体を震わせながら苦悶の表情を浮かべている。

 

『……「まひ」』

『レッドの言う通り、これは「でんじは」だ。マサルはエースバーンが出てきたことで、一瞬だけ動揺してたが……ちゃんと()()()()()()()()()()()も用意してやがったんだ。マサルにとっては最悪だったとはいえ、想定していなけりゃ「でんじは」は通せねえ。ユウリの思い切った選択ができる胆力、相手のごくわずかな隙を見逃さない観察力は高く評価すべき点だが、それと同じくらい、マサルの「想定する力」も評価できる』

『た、確かに。エースバーンは「まひ」で自慢の機動力を失い……攻撃力も半減した。ジバコイルは戦闘不能になったものの、ユウリ選手の戦力を大きく削るという結果になりましたね』

『……ジバコイル、がんばった』

『一瞬の攻防だったものの、その一瞬には幾重もの思考の積み重ね、読み合いがある。バトルってのは結果論で語られがちだが、この一瞬の積み重ねこそがポケモンバトルの醍醐味(だいごみ)だ』

 

 

 

 

 

 

「今、僕の名前を呼んでたかな?」

「良いところなんで黙っててくださいダイゴさん」

「……鋼タイプが倒されて悲しいんだよトウコちゃん」

 

 

 

 

 

 

(やってくれたなユウリのヤツ。想定しちゃいたが……いきなり俺に()()()()を使わせやがった。……さすがだよ。今までの俺だったら反応できなかった。なす術なく倒されてた。でも大丈夫……ちゃんと()()()())

 

 一度の攻防でジバコイルが倒されたことに対し、マサルはほとんど動揺していなかった。マサルがマリィにも言っていたように、ユウリとのバトルは基本的にアドバンテージを常に彼女に握られた状態での戦いだ。ユウリは()()()()()の相手の選出するポケモンがわかるという常人離れした超感覚で、常に優位を取る。

 

 だからこそ、一体目の攻防が鍵ではあった。しかし、一体目はそのような超感覚に頼ることなく、純粋に彼女に読みを通された。

 

(いや、読みっつーにはあまりにも賭けの要素が大きい。つまりユウリは───)

 

『マサルのことをそこまで警戒していた。そうせざるを得ないほどの相手だと、ユウリは認識している』

『マサル選手はジムミッションこそ奇行……おほん。奇抜な攻略方法を見せていたものの、ジムリーダーとのバトル自体は、()()()()()を除けば王道的な戦い方ばかりでしたからね』

『むしろユウリが奇襲を仕掛けた形だな。確率だけならエースバーンが不利になる方が高かった……が、ユウリは賭けに勝った。これはでかいぜ。鋼タイプってのは、味方にすると頼もしいが、敵に回すと倒すのがめちゃくちゃ面倒だからな』

 

 マサルの思考をグリーンが代弁する。その言葉通り、この展開はマサルにとって大きな痛手であり、()()()()でマサルは鋼タイプの脅威を、嫌というほど思い知ることになる。

 

(ただ、エースバーンがいくら素早いポケモンだっつっても、あの反応は()()()()。まさかこいつ……この賭けの成功率を少しでも上げるために───)

 

 そこでマサルは一つの疑問に対する答えを口にした。

 

「お前、俺が()()()()()()()……『かえんボール』を()()()()してやがったな」

「……正解。私の課題は()()()()()()、エースバーンとは事前に打ち合わせしてたんだ。最初の相手が誰であっても、()()『かえんボール』を使うって」

 

 それが、あれだけの速度でエースバーンが技を放つことができた理由。まさに、ジバコイルを確実に葬るためだけの、策。

 

「こうでもしないと、マサルから優位を奪えないと思ったからね。でも……『でんじは』を使われたのは想定外だったかな」

「俺だって最悪の事態に備えてたんだよ。他の技だったら、()()()()()()()()()と思ったからな」

 

 

 電撃より早く動ける生物はいない。だからこそ、特定条件下以外では命中率の低い「かみなり」や、物理接触技である「ボルテッカー」「ワイルドボルト」などの一部例外を除けば電気技は()()()()()()()()回避不可能だ。だが、「10まんボルト」のような高威力技は、そもそも発動に時間がかかるというデメリットがある。

 

 故に「でんじは」

 

『不利な対面だったが、あの状況での「でんじは」は100点の回答だぜ。もしもあとほんの少しでも反応が遅れたり、別の技を使おうとしていたら……マサルはもっと追い込まれていただろうな』

『いや……あの……マサル選手とユウリ選手……二人ともどういう思考速度をしているんですかね?』

『いるところにはいるもんだよ。()()()()()は』

 

 しかし、グリーンは感心すれども驚きはしなかった。なぜなら、このレベルの思考速度を持つトレーナーは何人も見てきた上、それ以上の能力を持つトレーナーがすぐ隣にいるからだ。もっとも、当の本人はそんなグリーンの思いなど全く気付かず、無表情ながらも期待に満ちた様子でフィールドを見つめてる。

 

『一体目から素晴らしい攻防を見せてくれた両トレーナー……二体目の選出に注目です!』

 

 

 

 

 

 

「戻っておいで、エースバーン」

 

「まひ」状態のエースバーンをボールに戻し、ユウリは二つ目のボールを構えた。それに対し、マサルも同じように戦闘不能のジバコイルをボールに戻し、二つ目のボールを構える。

 

(どうせお前は、俺が次に出すポケモンがわかってんだろ? だから()()()()()()()()には付き合わねえ。お前の「相手のポケモンに対する最善手を出す」っていう思考を()()()()()()()()だけだ)

 

 ユウリは、二体目以降で相手が選出するポケモンがわかる。

 

 わかるが故の最善手。

 

 だが、最善手だからこそ。

 

 ここから先は、一体目のような奇襲を()()()()()()()とマサルにはわかっているからこそ。

 

(俺にはわかる。お前の出してくるポケモンが!)

 

 マサルは、ユウリに()()()()()は、選出におけるアドバンテージを譲らない。

 

 

 

 

 

 

「ルカリオ!!」

「バンギラス!!」

 

 互いの二体目。

 

 それは、()()()()()()()想定通り。ユウリの選出は、バンギラスの天敵である格闘タイプ。だが、ユウリの思考を利用するマサルには、ここで彼女がルカリオを出してくるとわかっていた。 

 

 もっとも、わかっているからといって。

 

 タイプ相性が覆るわけでは、ない。

 

 そして、このバトルを見ている一部を除く誰もがこう思う。「ユウリがまたもや優位を取った」と。

 

 だが。

 

『う、動かない!? ユウリ選手もマサル選手も動きません!! スピードにも定評があるルカリオ!! ここで先手を取ればバンギラスにとっては致命的な一撃となる可能性があるにもかかわらず!!』

『動かないんじゃない。()()()()んだ。よっぽどさっきの「でんじは」が()()()らしい』

『……迂闊に突っ込めば、二の舞』

『───に、なるかもしれないとユウリは考えたわけだ』

『な、なるほど。マサル選手のバンギラスには、そういった搦め手があると?』

『さあな。だが、本当にあるかどうかは、この場面では関係ねえ。本当に重要なのは、ユウリに「あるかもしれない」と思わせることだ』

『マサル選手のことをよく知るが故に……ユウリ選手には効果的だということですね』

 

 両者、向かい合ったままの、膠着。

 

 だがしかし、両者の心情は正反対。

 

 マサルが意図的にこの膠着を狙っていたのに対し、ユウリはマサルの術中にはまり、即座にルカリオに指示を出せなかった。

 

(マサルに時間を与えても私が有利になるわけじゃない……それはわかってる。わかってる……はずなのに……)

 

 動けない。相手がマサルだからこそ。自分が()()()()()()()()も、エースバーンが想定以上の深手を負ったからこそ。

 

 生じる、躊躇い。

 

「なんだよ?」

 

 だが、ことポケモンバトルにおいて。

 

 その躊躇いは。

 

 致命的と言わざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

「来ねえんなら、こっちから行くぞ?」

 

 

 

 

 

 

 それは、悪寒。

 

 ユウリが初めて体感する、ポケモンバトルでの、悪寒。

 

 これまで、数々の強敵を相手にしてきたにもかかわらず、トップジムリーダーキバナに対してすら抱かなかった、この悪寒。

 

 その()()に。

 

「ルカリオ!!」

 

 気付いた時には、遅かった。

 

「インファイト!!」

 

 ユウリの指示を受け、ルカリオが動く。否、正確には───()()()()()、だ。

 

 ユウリはその事実を即座に理解するも、ルカリオを止めることはできなかった。鍛え上げられた健脚が地を蹴り、ルカリオの拳がバンギラスに届くまでの時間は、一秒にも満たない。

 

 思考に、身体が追い付かない。

 

 そして、黄金の鎧を纏うバンギラスを打ち砕かんと、ルカリオの拳が炸裂する。

 

 ルカリオのそれは、ただの拳ではない。大岩をも破壊する強力な波動を纏うその拳、その威力は他の格闘ポケモンとは一線を、画す。

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

 

「お前今───()()()()ろ?」

 

 

 

 

 

 

 それは、恐怖。悪寒の正体は、恐怖。

 

 ユウリが()()()、ポケモントレーナーに対して抱いた、恐怖。

 

「───バンギラス」

 

 少年の、言葉と共に。

 

「インファイト」を耐えきったバンギラスが。

 

 ルカリオの腕を、掴む。

 

 

 

 

 

 

「リベンジ」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、バンギラスの強烈な一撃がルカリオの腹部に叩き込まれた。

 

 苦悶の表情を浮かべ、ユウリの遥か後方に吹き飛ばされたルカリオは。

 

 受け身など取れず、二度、三度とフィールドに叩きつけられ。

 

 立ち上がることは、なかった。

 

『ル、ルカリオ……戦闘不能!! 戦闘不能です!! 「インファイト」で勝負あったかに思えましたが……バンギラスが耐え切り、返す一撃でルカリオを沈めたぁぁぁぁ!!! そして……そして……!! 屈強なジムリーダー達を相手に、マリィ選手を相手に……一度も己のポケモンを戦闘不能にさせることなく勝ち進んできたユウリ選手!! その偉業に待ったをかけたのがこの男!! トリックスターマサル!!』 

 

 スタジアムが、沸く。

 

 これまでユウリは、圧倒的な強さで……七年前のダンデにすら成しえなかった偉業を引っ提げてここまでやってきた。誰もが彼女を「今世代最強のトレーナー」と認め、彼女の戦いぶりに()()()()人間も決して少なくはなかった。

 

 チャンピオンダンデの無敗伝説に終止符を打つのは、彼女ではないか、と。

 

 だが、だが。

 

 そこに、割って入らんとする男が、もう一人。

 

「よくやったバンギラス。()()()()()()。このまま行くぞ」

 

 マサルの言葉に応えるように、バンギラスの大地を揺るがす咆哮がスタジアム中に響き渡った。

 

『とんでもねえなあのバンギラス。普通だったら、ルカリオの「インファイト」を真正面から受けて耐えられるわけがねえ。ただ、この結果になった要因はマサルのバンギラスの耐久力が凄まじかったこと以上に───』

『……ユウリの、()()

 

 

 

 

 

 

「お、おおう……遂にユウリのポケモンが倒された。というか、あれ本当()マサルなの? 別人じゃない?」

「何言ってるんだソニア。あれが本当()マサルだぞ」

「ユウリに躊躇させるなんて……あたしには、ううん。今まで誰にもできんかった。あれが、本気のマサル……」

「マリィ、マサルはバンギラスを交代させずにそのまま戦わせる気だぞ。これって……」

「うん。兄貴の時と、(おんな)じ戦法。マサルは何かを、()()()()

「って思わせること自体がマサルの作戦なんじゃないの? 今のあいつならそのくらいやるでしょ」

 

 傍からバトルを観戦しているソニア達……観客達でさえこう思っているのだ。つまり、実際にマサルと対峙しているユウリの心にあるのは、それ以上の猜疑心。

 

(彼女のルカリオが敗れた理由は……彼女とルカリオの間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。マサルは、その信頼関係すら戦術に組み込んでいた。もちろん、マサルとバンギラスとの間にも同じかそれ以上の信頼関係が築かれていることが前提の戦術ではあるけどね。……それにしても、僕と出会った時には怯えてすぐに隠れてしまっていたヨーギラスがこんなにも立派に成長するなんて……彼は、マサルと出会えて本当に幸運だったよ)

 

 ソニア達三人がバトル談義をしている傍らで、緑髪の青年は優しい表情を浮かべ、その視線はバンギラスに注がれていた。

 

 

 

 

 

 

『ポケモンバトルってのは、読み合いとタイプ相性、ポケモンの強さが全てじゃねえ。トレーナーとポケモンの信頼関係……トレーナーの心理状態ってのが、モロに影響しちまうんだ。この攻防はそれが顕著だったな』

『なるほど。ルカリオとバンギラスが衝突する前の膠着状態……おそらくマサル選手は素早さで劣るバンギラスだからこそ、あえて「待ち」に徹していたのでしょうが、それ以上にユウリ選手の動揺と猜疑心があの空白の時間を生み出したということですね』

『ああ。そんで、ユウリはマサルに()()()()()。その原因は、マサルに対する恐怖。おそらく、ユウリがバトルで恐怖を抱いたのは初めてだったんだろうよ。だから、その恐怖を振り払うために、()()()()ルカリオに指示を出した。だがこれは、恐怖を受け止め、乗り越えるための指示じゃない。だからこそ、ユウリの動揺や恐怖がダイレクトにルカリオに伝わっちまった。ユウリとルカリオの間に確かな絆が築かれていたからこそ、余計に感情がシンクロしたんだ』

『……そのような要因が重なり合った結果として「インファイト」の威力が減少し、バンギラスの反撃を受けてしまった、と』

『ユウリは強え。ユウリのポケモン達も文句なしに強え。はっきり言って、才能だけならユウリの方が上だぜ? だが、バトルの本質、というより……()()()()()をより深く理解しているのはマサルの方だ』

 

 それは間違いなく、マサルがユウリに(まさ)っている部分。ユウリにはない、遥か昔の経験で身に着けた、マサルだけの、武器。

 

 そして、グリーンの言葉通り、ユウリはかつてないほどに動揺していた。バトルにおける高揚感とは異なる、焦り、緊張、不安、恐怖……様々な感情が混ざり合い、心拍数が急上昇する。

 

(ルカリオが倒されたのは……私の落ち度。私がマサルを怖がっちゃって、焦って指示を出したから。それに、これはポケモンバトル……。どれだけ最善を尽くしても、自分のポケモンが倒されるなんて当たり前だ。だけど……)

 

『ポケモンが倒されたこと、それ自体はさほど問題じゃねえ。本当に問題なのは、その()()()()だ。さっきのエースバーンもそうだったが……明らかに()()()()()()()()()()倒され方だった』

『ユウリ選手が次に出すポケモンがなかなか決まらないのも……そのせいでしょうね』

 

 ユウリは迷っていた。マサルがバンギラスを交代させないと宣言しているにもかかわらず、次に誰を出すのかを決めかねていた。これも、彼女にとっては初めての経験。今までのバトルでは、ポケモンの選出にも技の選択にも迷うことなど一度もなかったはずであるのに。

 

(()()()()()()()、シャワーズ……。ルカリオの「インファイト」を真正面から受けたから、バンギラスの残り体力は少ない。水技の一撃で十分に落ちるはず。でも、マサルだってそんなことは想定してるよね……? もしかして、あえてシャワーズを誘ってる? メタグロスっていう手もあるけど「鋼」は「悪」を半減できない。いくらメタグロスの防御が固いとはいえ、バンギラスの攻撃力を考えたら……)

 

 わからない。

 

 いくら思考を巡らせても、正解がわからない。これまでは、相手が出してきそうなポケモンや、次にどんなことをしてくるのかということが漠然とわかっていたはずなのに。

 

(まずい……集中しろ、私。ジバコイルは戦闘不能でバンギラスだってギリギリなんだ。有利なのは、私なんだ……!)

 

 ほんのわずかに狂い始めた歯車。誰もが認める天才である彼女が初めて見せた、小さな小さな綻び。

 

 だが、その綻びは、この場においては致命的。

 

 勝敗を左右しかねないほどに、致命的だった。

 

 グリーンを始め、()()()がその綻びに気付いてはいたものの、決してそれを口に出すことはない。あまりにも、()()()()()()()から。

 

 彼らは立場上、どちらか一方に大きく肩入れすることができないから。

 

 そして当然。

 

 当然、ユウリと対峙するマサルもそれに気付いていた。誰よりも早く、彼女の綻びに気付いていた。

 

 そこに付け込めば、己が勝利する確率がぐっと高くなる。マサルはそれをわかっていた。

 

 だが。

 

 それをわかっていながらも。

 

 誰よりも、それをわかっていながらも。

 

 マサルはそれを───()()()()()()()()

 

「ユウリ」

 

 少女の名を、呼ぶ。

 

「俺はお前に言ったよな? 『お前は深く考えずに、自分の直感を信じろ。そうしているお前が───一番強い』って」

 

 覚えている。

 

 彼女は、その言葉を覚えている。

 

 バウタウンの、レストラン。自分とマサルのバトルに対するスタンスが違い過ぎていることに対し、一抹の不安を覚えてしまったあの日を。

 

 マサルの言葉で、自分のバトルの在り方を決定付けることができた、あの日を。

 

 ユウリは鮮明に、覚えている。

 

「迷ってんじゃねえ。悩んでんじゃねえ。ビビってんじゃねえ。()()()()、ユウリ」

 

 揺らいでいた少女の瞳が、少年の姿を捉えた。

 

「今、お前の前に立っているのは、誰だ?」

 

 少年は、問う。

 

 

 

 

 

 

「お前の目の前に立っているのは───お前が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうが」

 

 

 

 

 

 

 それは、鼓舞。

 

「俺はな、ユウリ。お前に勝ちたいんだよ。俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に勝ちたいんだよ!!」

 

 失った闘志を取り戻した少年が。長い長い年月を費やして理想の自分へと辿り着いた少年が、たった一人の少女へ送る鼓舞であり、最大限の敬意。

 

 その言葉に、少年の思いに。

 

 少女の胸に、熱い感情がこみ上げてくる。

 

「来い!! ユウリ!!」

 

 少女の瞳に。

 

 少女の心に。

 

 火が灯る。

 

 ユウリはもう───迷わない。

 

「シャワーズ!!」

 

 ユウリの選択は、シャワーズ。

 

 少女は信じた。己の直感を。少年の言葉を。そして何より、自分こそが最強最高のポケモントレーナーになることを。

 

 少女の闘志は、その思いは、瞬く間にポケモン達へと伝染する。

 

「ハイドロポンプ!!」

 

 水タイプ最上級技。情けも容赦も一切ない。まともに受ければ、まず間違いなくバンギラスが戦闘不能になるであろう一撃。

 

 ()()()()()()()()

 

「───ふいうち」

 

 シャワーズが技を発動するまでの一瞬の隙。「ハイドロポンプ」が最上級技であるが故の、水を貯め込むほんのわずかな時間。

 

 それこそを、マサルは待っていた。

 

 バンギラスは強く地面を蹴り、その巨体では信じられぬ程の目にも止まらぬ速度で距離を詰め、その拳をシャワーズに叩きつけた。

 

「シャワーズ!!」

 

 ユウリが、叫ぶ。

 

「ハイドロポンプ」の発動が間に合わず、バンギラスの拳がまともに直撃したシャワーズは、そのまま後方に大きく吹き飛ばされた。

 

 しかし。

 

 しかしマサルはその瞬間、言い知れない不気味な違和感に襲われる。

 

(シャワーズのヤツ……綺麗に吹き飛ばされ()()()()())

 

 マサルは見逃さなかった。

 

 空中で体勢を()()()()()()()()()()シャワーズと、ほんのわずかに()()()()()()()()ユウリの表情を。

 

(こいつ……!! 俺の「ふいうち」を、読んでやがったな!?)

 

 マサルが、そしてバンギラスが実戦で「ふいうち」を見せたのはこのバトルが()()()だ。にもかかわらず、ユウリはそれを読み切っていた。

 

 つまりユウリは。

 

 マサルがネズとのバトルでバンギラスに「ふいうち」を習得させたことを。

 

 あのバトルの意図を完全に理解していたのだ。

 

 「シャワーズ」

 

 空中で完全に体勢を立て直したシャワーズの純白の瞳が、ユウリの鳶色の瞳がバンギラスを捉える。

 

 技の発動に十分な水はすでに、貯め込んでいた。

 

 だが。

 

「バンギラス」

 

 ここまでの流れ()、マサルにとっては()()()

 

「ハイドロポンプ!!」

「ストーンエッジ!!」

 

 シャワーズから放たれる莫大な高圧水流を、()()()()()()鋭利な巨岩群。マサルはこの技を、攻撃のためではなく守りのために行使した。吹き飛ばされたシャワーズとバンギラスの間には大きな距離があり、その距離を最大限生かすための、バンギラスが最も得意とする岩タイプ技を行使させるための選択。

 

 そしてその選択は。

 

 マサルにとって、()()()()()となる。

 

 バンギラスとシャワーズの間にできた山脈を思わせる巨岩群は見事にシャワーズのハイドロポンプを防ぎ切った。だが、この()()()()()()()()巨岩群を、ユウリに利用される形になる。

 

(シャワーズの姿が……消えた!?)

 

 粉々に砕け散った巨岩群と、高圧水流による大波が引くと同時、マサルとバンギラスは視界からシャワーズが消えていることに気付いた。

 

(「とける」「かげぶんしん」「みがわり」……いや違う!!)

 

 高速で思考を巡らせていたマサルは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じ取り───

 

「下だバンギラス!!」

「遅い!! ()()()()()!!」

 

 マサルの言葉でバンギラスが反射的に上体を反らすと同時、地面からシャワーズが飛び出した。

 

 シャワーズは「ハイドロポンプ」を放ち、フィールドに着地すると同時に地中に潜り、バンギラスに気付かれぬまま距離を詰め、奇襲を仕掛けたのだ。

 

 しかし、すんでのところでマサルが気付き、シャワーズの強烈な頭突きはバンギラスの顎を掠めるに留める。

 

 その瞬間。

 

 マサルとユウリの思考と速度が()()()()

 

「かみなりパンチ!!」

「みずのはどう!!」

 

 ゼロ距離における、両者の攻防。この距離は完全にバンギラスの間合いであるが、ユウリは「あなをほる」が回避されること前提で、この距離での攻防になることを想定した上で、()()()()()、発動速度に特化した技を選択した。もっとも、ユウリが威力を捨てたのは発動速度のためだけではない。

 

 手負いのバンギラスを倒すのに、これ以上の高威力技は必要ないと判断したからだ。

 

 そしてマサルが命じたのは、電撃を纏う高速の拳。ユウリと同じく発動速度に特化し、尚且つシャワーズの弱点を付ける技……手負いのシャワーズの確実に葬るための、技。

 

 つまりこれは。

 

 両者にとって───必殺の一撃。

 

 雷撃と激流が衝突した瞬間、爆発のような轟音と共に目を覆いたくなるような閃光が炸裂した。

 

 その結果───

 

『両者……ノックアウト!! ダブルノックアウトです!! バンギラス、シャワーズ共に凄まじい激闘の末……最後は互いにフィールドに沈んだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 実況が、叫んだ。彼と同じようにスタジアムの観客達はハイレベルな攻防を目の当たりにしたことでさらにボルテージを上げ、スタジアム全体が巨大な生き物のような、異様な熱気を帯び、蠢く。

 

 だが、スタジアムの熱量とは対照的に、極少数の人間達は彼らの攻防に全く異なる視線を向けていた。近い将来、相対するであろう好敵手としての視線を。

 

 

 

 

 

 

「……十秒にも満たない攻防の中に、どれだけの読み合いと駆け引きが繰り広げられていたのか。それにどれだけの人間が気付けたのか」

 

 チャンピオンダンデは腕を組み、冷静に、だがどこか嬉しそうに呟いた。

 

 その呟きには誰も答えず、その場にいたガラルジムリーダー達、イッシュの英雄、ホウエン元チャンピオンはただ黙って各々の考えを巡らせる。自分なら、彼らとどう戦うのか、と。

 

 そして、とにもかくにもこれでマサルとユウリの残りの手持ちは互いに三体。数の上では、互角。互角ではあるのだが。

 

「エースバーンの戦闘力が半減しているとはいえ、マサルはここでバンギラスを失いたくはなかっただろうぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()が他にいたんだからな」

 

 キバナの言葉を、その場の誰もが理解していた。そう、ユウリにはまだ、()()が控えているのだ。

 

 そしてその()()を、マサルは誰より理解している。だが、理解している上で尚、彼は自分の勝利を疑わない。それは、根拠のない自信ではなく、明確な根拠に基づいた、勝利への道筋。

 

(あの異質な現実主義者(リアリスト)が本物の闘志を得て()()()()辿り着いた。……マサル、君はそれに気付いているのか?)

 

 ダンデの胸中を、マサル自身の()()()()()()を、マサル本人よりも先に、別の人物が気付いた。

 

 

 

 

 

 

「ユウリ。お前が一手目で『みずのはどう』を使わせなかったのは、『ふいうち』を()()()()()()で受けさせて、空中で『ハイドロポンプ』を使わせるため。『みずのはどう』の発動準備じゃあ『ハイドロポンプ』に必要な水量を確保できねえからな」

「大正解だよ、マサル。マサルがネズさんとのバトルでバンギラスに『ふいうち』を覚えさせてたことには気付いてたの。でも、「ふいうち」は避けようがないからね。受けること前提で、攻撃に合わせて後方に跳ぶようシャワーズに仕込んでおいたんだ」

「最初の『ハイドロポンプ』を命じた後にシャワーズの名前を呼んでたな。あれが()()か」

 

 戦闘不能になったバンギラスとシャワーズをボールに戻し、二人は互いの思考を確認し合う。

 

 言葉を紡ぎながらマサルは、自分が経験したことがないような感覚……否、正確には、()()()()()()()()()()()()()経験したことがなかった、遠い昔の懐かしい感覚に包まれていた。

 

 かつて、少年が生きていた世界では、とあるプロ野球選手がこんな言葉を残していた。

 

「ボールが止まって見えた」と。

 

 最初は、何の冗談かと思っていた。そんなことを言えるのは、漫画の世界の話だけだと、少年は()()()()()

 

 だが、十八歳の夏。少年は文字通り、その言葉を()()()()

 

 灼熱の甲子園、マウンドの上で、バッターボックスの中で、少年はそれをたった一度だけ体感し、たった一度で理解した。

 

 いわゆる「時間感覚の延長」

 

 一流のスポーツ選手等が、極限の集中状態下で、()()踏み入ることができる領域。

 

 だが、今のマサルが立っているのは、()()()()()領域。

 

 あの日、ユウリはマサルにこう言った。

 

「スタジアムの歓声も、何もかも聞こえなくなって……カブさんの動きが、ポケモンの動きが全部止まって見えたんだ」 

 

 極限の集中状態を越えた、さらにその先の世界。

 

 ()()が住まう、その世界へ───

 

『く……はははっ!! ははははははははははっ!!!』

『え? えぇっ!? ぐ、グリーンさん!? ど、どうされました突然!?』

『いやぁ……悪かった。悪かったよマサル。俺はどうやら……お前のことを、あまりにも()()()()()()()()らしい』

 

 カントートップジムリーダーグリーンの豹変に、実況は戸惑いを隠せない。だがグリーンは、その高揚を、感情の高ぶりを抑えられなかった。抑えるつもりなど、なかった。

 

 彼の隣に座る、カントーチャンピオンレッドは無表情……だが、ほんのわずかに、グリーンやもう一人の幼馴染の少女以外の誰も気付かないほどほんのわずかに口元を綻ばせている。

 

『チャレンジャーマサル……いや、()()()()()()()()()()()()。間違いねえ、この男は───』

 

 その言葉に、ガラルが震撼する。

 

 

 

 

 

 

『この男は───チャンピオンの器を持っていやがる!!』

 

 

 

 

 

 

 彼はついに、マサルはついに、その世界への扉をこじ開けた。

 

 怪物達が、時代を変える天才達が蔓延る領域へ、足を踏み入れた。

 

 努力だけでも。

 

 才能だけでも。

 

 決して───辿り着けない領域へ。




 次回 マサルVSユウリ 決着

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