【完結】すごいよ!! マサルくん   作:わへい

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 あと2話で終わるといったな? あれは嘘だ。



彼らの旅路に幸多からんことを

「忘れ物ないか?」

「……大丈夫」

 

 荷造りを終え、ホテルの客室内に忘れ物がないか最後の確認をする。なんだかんだ、シュートシティに二週間近く滞在してたな。この豪華なホテルもこれで終わりか……。名残惜しさを感じつつユウリを見ると、ユウリにいつもの元気さはなく、落ち込んだように俯いている。

 

「そんな顔すんな。悲しい気持ちを無理に抑えろなんて言わねえけど、できれば笑ってお別れしたいだろ?」

「うん……ねえマサル。ちょっとだけぎゅってしていい?」

「ほら、おいで」

 

 両腕を広げてやると、ユウリが俺にぎゅっと抱き着いてきた。今からこんな状態だったらいざマリィ達と顔を合わせたらどうなることやら。別に今生の別れってわけじゃない。会おうと思えばいつでも会える。

 

 そんなことはユウリだってわかっている。だけど、わかっていても寂しいもんは寂しいもんな。俺だって同じ気持ちだよ。

 

「さあ、そろそろ行こう」

「……うん」

 

 名残惜しそうに離れたユウリの頭を撫でてやり、そっと手を握り部屋を出た。

 

 さーて、どうなることやら。とりあえずティッシュとハンカチの準備は万全だ!

 

 

 

 

 

 

 ホテルを出てホップを合流し、駅へと向かう。マリィ達はどうやら先に駅で待っているらしい。

 

「シュートシティもしばらく見納めだぞ。次はいつ来れるんだろうな」

「なんかダンデくんがシュートシティで新しい大会を開きたいとか言ってたな。それに出られりゃ来れるんじゃね?」

「そうなのか? あ、そういえば兄貴も俺達と一緒にハロンタウンに帰るらしいぞ!」

「……ダンデくんに今すぐ電話だ。絶対駅まで辿り着けねえ!」

「ソニアも一緒だから大丈夫だぞ」

 

 なら安心だな。

 

 ダンデくんはチャンピオンじゃなくなったからといって、ダイゴさんのように好き勝手放浪するわけじゃない。今後はリーグ運営の仕事に携わるらしく、新しいバトル施設についても考案中とかなんとか。いきなりダンデくんというクソ強トレーナーが野に放たれて「やせいの 元チャンピオンが とびだしてきた!」みたいな事態にはならないようだ。

 

 そんな風に、駅に着くまでの間、俺とホップは普通に会話していたんだけど、ユウリは涙をこらえるのに必死で俺達の会話に混ざる余裕もなかったようだ。

 

 うーん……これはちょっと本気でまずいかもな。マリィ達とお別れする前になんか良い感じにワンクッション挟みたいんだけど、そんな都合の良い展開にはならねえわな。

 

 

 

 

 

 

「今頃ご到着ですか。さすがはチャンピオン様ですね。敗者の僕達を待たせるのに何ら躊躇いがないようで」

「出たな都合の良い男!」

「開口一番なんなんですかあなた!?」

 

 駅のロータリーへ到着すると、真っ先に声をかけてきたのはビート少年だった。意外だな。てっきりもうポプラさんに拉致されてアラベスクタウンでますますピンクに染まっている頃だと思ってたのに。

 

 いやでもファインプレーだビート少年。君で良い感じにワンクッション挟んで軽い空気に持っていければユウリの気持ちも多少は落ち着くはず!

 

「見送りに来てくれたのか? ビートも案外殊勝なところもあるんだな」

「見送り? ふん、何をバカなことを。色々と()()()()()()君達の顔を拝みに来ただけです。僕が戦う理由を忘れないためにね」

「世話って……喧嘩を売られた記憶しかないぞ」

「俺も初対面で因縁つけられたな」

「遺跡壊してたよね?」

「トーナメントにも乱入してきてたな。ろくな思い出がないんだぞ」

「うるさいですよ!」

「心配すんな。ビート少年の黒歴史はビート少年の結婚式で暴露して、子供達にも孫達にも葬式でも墓前でも未来永劫語り継いでいくからな!」

「僕の人生にそこまで干渉しないでください!!」

「俺が死んだ後はポプラさんに託そう」

「あの婆さん、どれだけ長生きするつもりなんだ!! くっ……だけどポプラさんは僕達よりも長生きしそうで否定できない」

 

 実際、ビート少年と出会ってからの思い出ってこんな感じなんだよな。絵に描いたような嫌味キャラで初対面の時に感動した記憶があるわ。ポプラさんに拉致されて多少丸くなったみたいだけど……ビート少年とポプラさん、あれは運命の出会いだったな! ただ、カブさんに拾われたルートも見てみたかった気がする。

 

「まったく、あなた達は最初から最後まで……まあいいでしょう。ホップくんはともかく、お二人にはまだ僕の真の力をお見せできていませんからね。次は必ず僕が勝ちます!」

「ビートくんのパーティーだとメタグロスを突破できないよ」

「ムゲンダイナで完封できるな」

「鋼と毒対策を死ぬほどやっておきますからね!!」

 

 対策したところでその上から火力でゴリ押ししてやるけど。タイプ統一パーティーはこういう時辛い。ただ、炎とフェアリーの複合ポケモンでも発見されたら色々変わってきそうだな。

 

「ふん。とにかく、仮にもこの僕に勝ったのですからどこの馬の骨とも知れないトレーナーに負けるのは許しませんよ! ユウリさん、あなたに勝って僕こそがチャンピオンに相応しいと証明してみましょう!」

「悪いビート少年、ユウリは俺が叩きのめすことになってんだ」

「違うぞ。俺がお前達全員に勝ってチャンピオンになるんだぞ!」

「三人の男の子が私を巡って争っている……? もしかして、これが噂の逆ハーレム? 田舎育ちの純情超絶美少女が実は最強トレーナーだった!? ポケモンバトルに勝ちまくりで男の子からもモテまくり!! 私の人生一体全体どうなっちゃうの~!?」

「頭悪いラノベのタイトルみたいだな」

「ユウリのダメなところがこれ以上ないくらい凝縮されているぞ」

「僕なんかよりもよっぽど頭フェアリーじゃないですか」

 

 さっきまでの泣きそうなユウリはどっかいったが、これはこれで調子に乗っててアホ丸出しだな。感情の振れ幅デカすぎだろ。

 

「……マサルくん。あなたの女性を見る目には尊敬の念すら抱きますね」

「でしょでしょー! ビートくんったらわかってる~! 私は超絶可愛いユウリちゃんだからね! 仕方ないね!」

「皮肉で言ったんですよ!!」

「おっ、ユウリが元気になったぞ」

「満点だ、ビート少年。お礼に良いことを教えてやろう」

「……ろくでもないことなのは明白なのでこれで失礼します」

「俺、ローズさんからポケモンを託されたんだけどどんなお気持ちですか?」

「人を煽る能力は天才的ですね!! お似合いカップルで羨ましいですよ!!」

「大丈夫。ビートくんにもそのうち良い人が見つかるよ。……多分!」

「多分を強調しないでください!」

「ビートは口が悪くて性格がひねくれているだけだからな。野球は九回ツーアウトからなんだぞ!」

「試合終了寸前じゃないですか!!」

「マリィはやらんぞ。絶対に……絶対にだ!」

「あなたはマリィさんの何なんだ!!」

 

 そんな風にギャーギャー騒ぎながら、別れの寂しさや悲しさなんて微塵も感じさせないまま、ビート少年はアーマーガアタクシーに乗ってアラベスクタウンへと帰っていった。最後に「また会いましょう」と言っていたあたり、ポプラさんの教育が実を結びつつあるのだろう。

 

 また会おうな、ビート少年。おもしれー男だったよお前は。

 

「あ、よかった! みなさんまだ出発されていなかったんですね!」

 

 アーマーガアタクシーを見送っていると、サイトウちゃんが息を切らせて俺達の方に駆け寄ってきた。

 

「サイトウちゃん。二日酔いは大丈夫? もう酔拳しなくていい?」

「ほああああああっ!? い、いつまでそのネタで弄るんですかぁ!?」

「あと十年はこのネタで戦える」

「ぐぬぬ……よりによって大勢の人が集まっている中であんな醜態をさらしてしまうとは……! 一生の不覚です。こうなったらマサルにも同じ目に遭ってもらいますよ。旅の恥は掻き捨てと言いますからね!」

「……意味違くない?」

「アラベスクスタジアムでの奇行を思い出すんだぞ」

「あれは俺のせいじゃねえだろ!!」

 

 もうポプラさんも引退したし、二度とあんな訳の分からん状態にならんわ! と、この時の俺はそう思っていたのだが……「カンムリ雪原」で豊穣神に操られ、数年後には「キタカミの里」で変な餅を食ったせいでおかしな踊りを披露する羽目になるなんてことを、今の俺は知る由もなかった。

 

「マサル、前にも言いましたが私はこのオフの間、ヨロイ島で心身ともに鍛え直します! マスタードさんの道場で修業をつけてもらえることにもなったんですよ!」

「マジかー。いいなー!」

 

 ガラルレジェンドの道場、めっちゃ気になってたんだよな。ダンデくんも小さい頃にヨロイ島で修業してたし……マスタードさんに連絡して俺も鍛えてもらおうかな。

 

「来シーズンは生まれ変わった私をお見せしましょう! 乞うご期待、ですっ!」

「楽しみにしてる。そういやサイトウちゃん。タクシーの運転手さんに聞いたんだけど、ワイルドエリアでサイドンと殴り合ったってマジ?」

「そんなこともありましたね。実はその後洞窟の崩落に巻き込まれてしまって……遭難しかけたんですよ」

 

 うーんこの蛮族。サイトウちゃんって割と脳筋だよな。格闘タイプのエキスパートだし仕方ねえ。俺のじいちゃんも父さんも大概悩筋だし。

 

「ユウリさん。チャンピオンカップでは不覚を取りましたが、次は負けませんからね!」

「あ、わひゃいっ!」

 

 サイトウちゃんに声をかけられたユウリは変な声を上げて俺の背中に隠れる。なんかこいつ、サイトウちゃんに対してだけは人見知り発動するよな。なんでかはわかんねえけど。

 

「マサルと末永くお幸せに!」

「幸せ……ふひへへへ。はいっ」

「マサル。ユウリさんを泣かせたらダメですからね」

「ガキの頃から数え切れないくらい泣き顔を見てきたんだよなぁ……」

 

 つい最近も泣いてたし。

 

「ユウリさんを悲しませたら……めっ! ですよっ! めっ!」

 

 サイトウちゃんは腰に両手を当てて小さい子供を叱るようにそう言った。うーんあざとい。マリィとはまた違ったタイプの天然たらし。……しまった。今の動画に撮っておけばよかったな。サイトウちゃんを弄れるネタを増やすチャンスだったのに。

 

「ではみなさん! またお会いしましょう! お元気で!」

 

 アーマーガアタクシーに乗り込んだサイトウちゃんは爽やかな笑顔でそう言って、姿が見えなくなるまで元気よく手を振ってくれた。大変気持ちの良いお別れでした。またラテラルタウンに遊びに行くか。ビート少年を連れて遺跡巡りしなくちゃなぁ!

 

「ボンジュール! 少年少女達!」

「……ぼんじゅーる」

 

 サイトウちゃんが乗ったタクシーを見送った後、ふいに後ろから声をかけられた。こ、この声はもしや……!?

 

「れ、レッドさんとグリーンさん!? ど、どどどどうしたんですか!?」

「なんでそんな驚いてんだよマサル……。今からガラルを発つからな。別れのあいさつに来たんだよ」

「お、おそっ……恐れ多いでしゅっ!」

「またマサルの持病が発症した」

「レッドさん達の前だとコミュ障厄介オタクになるんだぞ」

 

 自分でも気持ち悪くなってるってことくらいわかっとるわい! でもしゃーねえだろ。俺にとってこの二人は特別すぎるんだ。この感情ばっかりは……俺と同じ境遇の人間でもいない限り誰にも理解できねえだろうな。

 

「短い間だったが楽しかったぜ。ダイマックスポケモンともやり合えたし、心が熱くなるようなバトルを見せてくれて感謝だ。いつかお前達と全力で戦える日を楽しみにしてる」

「……リーフも連れてきてあげたかった」

「だな。帰ったら絶対ぶーぶー文句言われるぜ」

「……大丈夫。お土産ちゃんと買ったから。でんせつTシャツ……これはとても良いもの」

「マジで買いやがったよこいつ。こんなTシャツが30000円もするって嘘だろ」

 

 レッドさんはでんTが入った袋を満足そうな表情で抱えている。このTシャツをそこまで気に入った人って他にいなかった気がするな。常時着てる俺が言えたことじゃねえけど。これが違和感なく受け入れられるのはアローラくらいだろ。

 

「……リーフ、気に入ってくれるかな?」

「お前からのお土産だったらなんでも喜ぶはず……なんだけどなぁ」

「大丈夫ですよレッドさん! なんたって俺が愛用してるんですから!」

「だから安心できねえんじゃねえか」

「絶対リーフさんに着せてあげてくださいね!」

「……うん。そうする」

「どうなっても俺様知ーらない。ま、最終的にマサルがリーフにボコられることになるだろうけどな」

「なんでですか!?」

 

 会ったことはないけど、きっとリーフさんとやらは可愛い女の子なのでしょう。

 

 ちなみにレッドさんが帰った数日後、「【悲報】カントーの筆頭四天王、クソダサTシャツでチャレンジャーを待ち受ける」とネット上で話題になり、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらでんTを着ているリーフさんの画像が出回るのだった。

 

 可愛い女の子が着てもダサいもんはダサいんだな!

 

 そして数年後、カントーでリーフさんと出会った時に「君のせいで大恥かいたんだからね!」となぜか俺が怒られてバトルを吹っ掛けられることになるのだった。まあ、最終的にリーフさんとも仲良くなれたんだけど。

 

「……本当はもっと長居したいくらい。でも、仕事が残ってるからそろそろ帰らないと」

「俺もジムを空けっ放しにしてきちまったからな」

「……楽しかった。君達に会えてよかった。カントーに遊びに来てくれたら歓迎する」

 

 歓迎(バトル)ってことっすね。わかります。

 

「……僕達は、一人では決して強くなれない。競い合うライバルがいてこそ、成長できる。君達はこの先、もっともっと強くなれる。だから、自分を信じることを、ポケモン達を信じることをやめないでほしい」

 

 重い。

 

 レッドさんだからこそ。()()を誰よりも体現しているレッドさんだからこそ。

 

 その言葉は、とてつもなく重かった。

 

「……がんばれ。ポケモントレーナー」

 

 そう言ってレッドさんは、ユウリ、ホップ、俺の順に握手をしてくれた。

 

「……マサル」

「はい」

「……この街で初めて君を見た時、君とは()()()()()()()()()()()()()

 

 レッドさんは俺の手を握り、わずかに俺を見上げながらそう言った。

 

「……どうしてそう感じたのかはわからない。でも、出会った時から君を他人とは思えなかった。誰かにこんな気持ちを抱いたのは君が初めてだった。多分、僕と君との間には理屈では説明できない特別な何かがあるのだと思う」

 

 その通りですよレッドさん。本当に、理屈では説明できないくらい、言葉では足りないくらい。俺達の関係は、誰にも理解できないくらいに特別なんだ。

 

「俺も()()()、そう思っていました」

 

 俺の言葉に、レッドさんが柔らかく微笑んでくれた。

 

「……君がムゲンダイナと向かい合う姿を見て、僕はそこにポケモントレーナーの真の姿を見た。僕が初めてヒトカゲと出会った時の気持ちを、旅の始まりを、原点を思い出させてくれた。どうか、あの時の思いをこれから先も、ずっとずっと忘れないでいてほしい」

「はい。もちろんです」

 

 あの日、あの時、あの場所で。俺がムゲンダイナと向かい合うことができたのは、俺がムゲンダイナと共に生きる決意ができたのは、俺一人だけの力じゃない。絶対に。

 

 たくさんのことを経験し。

 

 たくさんのことを学び。

 

 たくさんの人と、たくさんのポケモン達と出会ってきたから。

 

「……マサル」

「はい」

「……いつかカントーに、マサラタウンに来てほしい」

「はい」

「……また僕に、会いに来てほしい」

「はい」

「……絶対」

「はい」

「……必ず」

「はい」

「……約束」

「約束です」

 

 俺達は固く、そして熱い握手を交わし、レッドさんとグリーンさんはアーマーガアタクシーに乗って空港へと向かっていった。ガラルからカントーまでってどれくらい時間がかかるんだろうな。想像もつかねえや。

 

 レッドさんと握手を交わした右手を感慨深い気持ちになりながらしばらく眺めた後、振り返るとユウリが訝しむような目で俺を見ていた。なんやねんその目は。

 

「ホップ、レッドさんって男の子だよね?」

「そのはずだぞ。すごいヒロイン力だったな!」

「ふ、ふーん。仮にレッドさんが女の子だったとしてもマサルが私のことを大好きなのは変わんないもんね~」

 

 何言ってんだこいつら。ユウリはホテルにいた時の涙が完全に引っ込んでるみたいだし。ただ、あれだからな? お前が泣くとしたらこれからお別れする人達だからな?

 

 駅構内に入るとたくさんの人が行き交っていたが、お目当ての人物はすぐに発見できた。緑色の長髪でキャップを深くかぶった背の高い青年と、ゆらゆらと揺れるポニーテールが特徴的な活発そうな少女。

 

 その少女の姿を見た瞬間、ユウリはほっぺたを膨らませて何かに耐えるようにぷるぷると震えている。何しとんねん。

 

「あ、いたいた! おーい、こっちよ三人とも……って、ユウリ。あなたなんでそんな顔してるの?」

「な、泣くのを……必死に、我慢してるんでしゅ……」

「もう、バカねえ。別に一生会えなくなるわけじゃないでしょ? 会おうと思えばいつでも会えるんだから。ユウリのためなら、いつだってどこだって飛んでいくわ」

「うえーーーん! トウコざぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 ユウリの涙腺ダム、あっけなく決壊。まあわかってた。ここまでよくがんばった方だよ。ユウリに思いきり抱き着かれたトウコさんは困ったように笑いながらも優しくユウリの頭を撫でている。うーん、なんという母性溢れる表情。ソニアちゃんも少しはトウコさんを見習ってほしい。

 

「行がないでぇぇぇ! わたじど一緒にガラルで暮らじまじょうよぉぉぉぉ!」

「そんなに悲しんでくれて嬉しいわ。でもごめんね。あたしももう少しガラルに居たかったのだけど、どうしても帰らなくちゃいけない事情ができちゃったのよ」

「事情?」

「……ゲーチスがまた何か企んでいるようなんだ」

 

 俺が疑問を口にするとNが答えてくれた。マジかよ。あのおっさん、トウコさんにボコられてもまーだ懲りてなかったのか? でも、プラズマ団は崩壊してレシラムはNが、ゼクロムはトウコさんが持ってるし……どうやってことを起こすつもりなんだ?

 

 トウヤさんやアデクさんだっているだろうし……そもそもアデクさんが負けたのはNであってゲーチスには問題なく勝てるはずだろ。

 

「どうも、伝説のポケモンであるキュレムの力を利用しようとしているらしいんだ」

 

 知らない伝説のポケモンだな。っつーか、性懲りもなくまた伝説のポケモンを……どうせ制御できなくてキュレムが暴走して「イッシュが危険で危ない!」って状況になるんだろ? 俺は詳しいんだ。

 

「そういうこと。だから早くイッシュに戻ってあのクソ親父をボッコボコにしないといけないってわけ」

「トウヤがいるからよっぽどの事態にはならないと思うけどね」

 

 だよなぁ。トウコさんが「イッシュで自分の次に強い」って言ってたトウヤさんがいるんだもんな。ゲーチスはどんな勝算があってそんな無謀なことを……。もしかしてあれか? トウヤさんの幼馴染のベルちゃんを人質にしてトウヤさんの力を封じてる、とか?

 

 いや、人質なんざ意味ねえわ。「かなしばり」で人間の動きを止めたり「テレポート」で人質を一切傷つけずに救出することもできるし。漫画やドラマみたいに「人質を傷つけられたくなかったら言うこと聞けよぐへへ」がまかり通る世界じゃねえ。人間に向かって技を使うのは違法だけど、事件性が高い場合や緊急事態なんかには例外が認められてるしな。

 

「あれでもゲーチスは僕の育ての親だ。親を止めるのは子の役目……それが終われば、僕は一生を懸けてきちんと罪を償っていくよ。……マサル、君に会えてよかった。君達に、このガラルに、僕は人とポケモンの真実と理想を見た。君達のようなトレーナーがいれば、世界はきっと大丈夫」

 

 そう言ってNが差し出してきた手を俺は力強く握り返した。

 

「僕はこの二年間、広い世界を旅してたくさんのものを見てきた。世界の真実と理想を見てきた。だからこれからは、自分の中にある真実と向き合い、自分自身が思い描く理想の自分を見つけるよ」

「俺が言ったこと、覚えてたんですね」

「忘れるわけがないさ。君と出会ったあの夜のことを、君が僕にくれた言葉を、君が理想の自分自身を見つけたあの日のことを。僕は決して、忘れない」

 

 俺だって忘れるわけがない。Nと出会ったあの夜のことを。初めて会ったはずなのに、互いに抱いてしまったシンパシーを。俺は今でもはっきりと覚えている。

 

「あの夜、君は僕にこう言ってくれた。『名前には願いや祈りが込められている』と。『僕自身がこうありたいと願うものを見つけられたとき、僕は「自分が何者なのか」という問いの答えを得ることができる』と。そして、『もしも僕が一人で見つけられないのなら君が一緒に探してくれる』と。そう言ってくれて、すごく……すごく嬉しかったんだ。……僕はただの名もなきNで、誰も、僕自身もそのことに何の疑問も抱くことなく生きてきたから。あの夜に君と出会うまで、ね」

 

 我ながら、あの時はずいぶんと生意気なことを言ったもんだ。だけど俺は、そう言わずにはいられないほど彼に強いシンパシーを抱いていて、そしてNは、俺のそんな言葉を子供の戯言だと一蹴しないで今までずっと覚えていてくれた。

 

「僕自身がこうありたいと願うもの……僕はね、マサル。君のようになりたいと思ったんだ」

「……え?」

「現実を受け入れ、一度は全てを諦めながらも立ち上がり、自分自身の真実と向き合い、理想の自分を手に入れた君を見て……僕も、君のように生きてみたいと思ったんだ」

「俺のように?」

「もちろん、君だけじゃない。ガラルで出会った、イッシュでの旅で出会った、今までの旅路で出会った素晴らしいポケモントレーナー達。彼らのように、君達のように僕はなりたい」

 

 Nの口からそんな言葉を聞くことができるだなんて思わなかった。俺と出会って……いや、俺と出会わなくともNは遅かれ早かれそういう思いを抱いていたはずだ。だって、Nはもう、二年も前に真実であり理想のポケモントレーナー達と出会っていたのだから。

 

 ただ、そうだとしても。

 

 俺の言葉で誰かが一歩前に進めたというのなら。

 

 これほど喜ばしいことはない。

 

「いつか必ず、名もなきNではなく僕の本当の名前を見つけるよ。だから、その時が来たら───」

「会いに行くよ。だって俺達は───友達だから」

 

 俺がそう言うと、Nは柔和に笑った後に唇をぎゅっと一文字に結び、肩を震わせて帽子を深くかぶり直した。

 

 彼はもう、これから先、何があっても大丈夫だろう。

 

「マサル」

 

 そこで、今まで泣き散らかしていたユウリをあやしていたトウコさんが俺の名を呼び、歩み寄ってきた。

 

「最初はNがガラルにいるって噂を聞きつけてこいつをとっ捕まえるためだけにガラルにやってきたけれど、あなた達に会えて本当に楽しかったわ。……ねえマサル、覚えてる? あたしが初めてあなたに会った時に交わした約束を」

「覚えてますよ。忘れるわけがありません」

 

 トウコさんと初めて会ったのはナックルシティだ。Nを探していたこの人に声をかけられて、落ち着いた場所で話すためにカフェに入って……あの日、俺はトウコさんと一つの約束をした。

 

 ユウリを決して独りにしない、と。

 

「しっかり約束を守ってくれてるみたいでお姉さん安心したわ。これからもちゃんとユウリを幸せに……二人で一緒に幸せになるのよ」

「もちろんです」

「結婚式には呼んでね」

「何年先になるかわかんないですけどね」

「……恥ずかしげもなく言うのね」

「だって別に恥ずかしいことじゃないですし」

「ふふっ。ユウリは本当に幸せ者ね」

 

 ユウリとこの先ずっと一緒にいるっていうのは俺の中でも、ユウリの中でも決定事項だ。だからまあ、あとは俺達の関係性がいつ変わるか……ただ、それだけのこと。

 

「それからね、マサル」

「はい」

 

 そこでふと、柔らかい感触と甘い香りに包まれる。

 

 呆気にとられ、トウコさんに抱き締められているのだと理解するのに数秒の時間がかかってしまった。

 

「本当に……よかった。あなたが理想の自分を築くことができて……あなたの不断の努力が報われて……」

「俺一人の力じゃ、絶対に辿り着くことができませんでした。たくさんの人が、俺に力を貸してくれたから。そしてあの日の夜に……トウコさんが大事なことを気付かせてくれたから」

 

 セミファイナルトーナメントを目前に控えたある日の夜、ゼクロムの背に乗り、トウコさんと二人で夜空を飛んだあの日。彼女の言葉を、俺は本当の意味で理解することができて、ユウリと向き合うことができたんだ。

 

「あの夜がなければ、あの時の言葉がなければ、今の俺はここにいない。ありがとうトウコさん。あなたに会えてよかった」

 

 そして、トウコさんをゆっくりと抱き締め返す。あなたは紛れもなく、俺にとっての恩人で、俺にとっての英雄だ。

 

「何かあったら連絡しなさい」

「はい」

「……()()()()()()連絡しなさい」

「わかりました」

「絶対よ?」

「もちろんです」

「あたし、嘘つく人嫌いだからね」

「じゃあ大丈夫だ」

「……ナックルシティのカフェでユウリに変な嘘教えてた癖に」

「何のことだか?」

「あ、今嘘ついたわね?」

 

 俺達は体を放し、互いに笑い合う。俺にとってこの人はかけがえのない恩人で、英雄。だけど、それだけじゃない。この旅で出会ったポケモントレーナーとして。そして、この人にとっての対等な友人として在り続けたいと思う。

 

「む~……トウコさんっ!」

 

 そこで、ユウリがほっぺたを膨らませながらジト目でトウコさんを見ている。おいおいユウリ。もしかしてお前、俺とトウコさんが抱き合ってたから嫉妬して───

 

「マサルばっかりずるいです! 私ももっと甘やかして!」

 

 んなわけねえよな。ユウリだもんな。

 

「……しょうがないわねえ」

 

 トウコさんは呆れたように、でも嬉しそうにもう一度ユウリを抱き締めて優しく頭を撫でていた。

 

「あたしに妹がいたらきっとこんな感じなのでしょうね」

「……私もトウコさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったです」

「ユウリ、マサルに甘えてばっかりじゃダメよ? たまにはマサルのことも甘やかしてあげなさいね」

「だいじょーぶです。だって私、マサルよりも誕生日が早いおねーさんなので!」

 

 お前に甘やかされるとか……期待せずに待ってるよ。

 

「ホップも大変ね。この二人が幼馴染なんて」

「マサルとユウリは小さい頃からずっとこうだったからな。慣れっこだぞ」

「ホップ、あなたはダンデさんという偉大な兄を持ちながら、周囲と比較されながらもあなたはあなた自身の強さを証明した。これからも、ずっとその気持ちを忘れないで前に進んでいきなさい」

「当然だぞ! 兄貴にもマサルにもユウリにも勝って、俺がチャンピオンになるんだからな!」

 

 残念だがホップ、ガラルの頂点に立つのは俺だ。来年は俺がユウリからチャンピオンの座を奪うんだからな。

 

「あなた達がいればガラルの未来は安泰ね」

 

 1000年先のことなんて、ガラルに限らず世界中がどうなってるか誰にもわからない。でも、だからといって問題を先送りにもできねえ。俺達の世代でやれることは全部やっておかなくちゃな。

 

「さて、本当に名残惜しいけれどそろそろ行かなくちゃ。ガラルで過ごした日々を、あなた達との出会いを、私は決して忘れないわ」

「また会おう、ガラルの英雄達」

 

 そして、トウコさんとNはアーマーガアタクシーに乗り、飛び去って行った。

 

 わかっていたとはいえ、こうも立て続けに別れがやってくると心に来るものがある。

 

 出会いの数だけ別れがあるなんて陳腐な言い回ししかできないが、まったくもってその通りだ。

 

 そこでふと、二人分の足音が俺達に近づいてきていることに気付く。

 

 いいや、近づいてきているのは、足音だけじゃない。

 

 それを俺は、俺達は理解していた。

 

 足音と共に近づいてきているもの。

 

 それは、旅路をずっと共にしてきた。

 

 大切な仲間であり。

 

 大切な友人である。

 

 「───マリィ」 

 

 彼女との、別れ。




 お別れが1話で終わりませんでした!(半ギレ)

 次回、マリィと涙のお別れをしてダイゴさんとハロンタウンに帰ります。

 それにしても、レッドといいNといいなんでこんなヒロイン力の高い野郎が多いんだ? ユウリのひろいんぢからが全部男に吸われてる気がする。

 ちなみにカントーに帰ってからのレッドは……。

レッド「……マサルが〇〇で。マサルが××で。マサルが□□で」
リーフ「マサルって誰よその男!」

 こんな感じでリーフちゃんがマサルに嫉妬しちゃうのでした。可愛いね。
  
 ではでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!

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