ここまでの話が全部ちょっとメタネタ~な感じだったので、今回はシンプルな話にしようとしたら少し内容が薄くなってしまったかもしれません。ご了承ください。
※基本的に各話別世界線です。そして他の小説とのつながりもありません。
※また、本小説ははフィクションであり、「ブルーアーカイブ」の二次創作です。実在の人物・団体・事件との関係はありません。
広告。それは商品やサービス、アイデアなどを広めるために作られたものだ。企業や団体が自分たちの提供するものをより多くの人に知ってもらい、興味を引き、購買や利用を促進するために利用している。広告はさまざまなメディアで行われ、テレビ、看板、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット、SNS……その方法は様々だ。
ターゲットとなる顧客に対して効果的にアプローチし、ブランドの認知度を高めたり、商品の特長を伝えたりするのが広告の目的であるはずなのだが、それが必ずしも成功するとは限らず、時には予想もしていない事態を招くこともある。例えば宣伝が過剰すぎたり、誤解を招くような表現があったりすると、消費者の期待を裏切ることにもなりかねない。
__そして、詐欺広告のような『悪意』を持った物だって存在するのだ。
『絶対難しい!あなたはクリアできますか?』
「……はぁ」
またか。
和泉元エイミはネットサーフィンをしながら広告にうんざりしていた。
いや、分かっている。こうして今眺めているサイトが広告のおかげで成り立っているのは分かっているし、現代の情報社会において広告収入というのは馬鹿にできないぐらいの産業だ。だからといって、こうしてしょっちゅう目に入る広告が鬱陶しくないと言えば嘘になる。
それに最近は広告の質が明らかに下がっているとしか思えない。本当に宣伝する気があるのか疑わしい杜撰な広告、場をわきまえずに出てくる『アレ』な広告、不快感の方が強い美容系の広告、見ていてイライラする怪しいゲームのプレイ映像、衝撃的なシーンだけを切り取って露骨にアクセス数を伸ばそうとする漫画広告……『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』とは言うが、もう少しターゲティングの努力ができないのだろうか。たった一握りの人を釣り上げるために他の大多数を不快にしてまで広告を出すのは、正直どうかと思う。
この前は『女の子が天ぷらにされる』とかいう漫画の広告が出てきてかなり嫌な気分にされた。それも鰐渕アカリの個人ブログを閲覧している時に、だ。
タイトルで調べてみれば確かにホラー系でショッキングな作品だったがアレは『悪夢』としての演出だったし、言ってしまえば『ショッキングな部分』を切り出し、見てしまった人の記憶に残るようにして作品へアクセスさせるというなかなかな手口だろう。作品自体に利益が行かなくても『広告を触った』ことで広告業者には利益が行くのだから、こういった粗悪な広告が増えてしまうのも仕方ないのかもしれない。
そもそも、そういった作品が苦手な人がいるというのに無差別に見せるというのは作者にも読者にも失礼ではないだろうか。エイミだって、所構わず裸になってしまいたいが、それをすれば多方面に迷惑がかかることが分かり切っているからやらない。他人への配慮ぐらいはエイミにもできる。
だからといって『広告ブロッカー』なんか使ってしまえば、さっき言ったような個人運営のサイトは広告費が入らなくなって閉鎖してしまう。
広告とはこんなものだっただろうか。
少し前までは『こんなものがありますよ』と散歩している最中に教えてくれるような親切な存在だったような気がするが、今は『この道を通りたかったら金払え』と脅されるような不快な感じになってきた。良くも悪くも情報化が進んだ結果だろう。
__これではサービスではなく『悪意』を広告しているのと変わらないじゃないか。
「最近、広告をうっとおしく感じていたりしませんか?」
特に何かあるわけでもないただの平日。エイミがヒマリの横でなんとなく過ごしていると、何かの作業を終えたらしいヒマリが突然通販番組のような口調で語りかけてきた。
「……そうだね」
こういう時は何かと面倒なことになりがちだが、エイミはとりあえず話に乗っておいた。無視した方が面倒だからだ。
「そこで今回、私はこんなものを作ってみました。じゃん!」
そう言ってヒマリはエイミに手元のノートパソコンの画面を見せてくる。そこ映っていたのはごくごく普通のニュースサイト……なのだが。
「なにこれ、広告が全部部長の自撮りじゃん」
「そう!インターネット上に存在するありとあらゆる広告の画像を私の自撮りで上書きするプログラムです!」
ああ、最近やけに自撮りしていると思ったらこれの素材を集めていたのか。とエイミは納得した。
「世界の終わり?」
「ふふふ、『美しさのあまり自治区を1つ滅ぼした絶世の美女』の例えを引用するとはエイミもなかなか文学的になりましたね」
「……まあ、いいや。それで何のためにこれを作ったの?サイバー攻撃?」
サイトを開いたらヒマリの自撮りが無数に出てくるのは何かのウイルスに感染したと思われるのが普通だろう。
「最近のネット広告は何かと悪い側面が目立っていませんか?」
「そんな気はするけど……」
「こないだなんてSNSを見ていたら『女の子がドロドロに溶けてしまう可哀想な漫画』が表示されて、もうびっくり!その日は10時間しか眠れなかったんですよ!?」
「健康的だね」
「そこで荒んだインターネットにひと時の癒しをもたらすべく作成したのがこのプログラムです」
ヒマリの説明によると、あくまで画像を書き換えるだけなので『広告を見た』というのは変わらず、表示数による収入は何も変わらないらしい。
エイミは、正直、かなりグレーなものだとは思ったが、まあ試みとしては面白いだろうと口には出さなかった。それにヒマリが楽しそうにしているのを邪魔する気にはなれなかったのだ。
「現在は画像のみですがゆくゆくは文章、映像にも対応させる予定です……そこでエイミ!」
「……何」
ヒマリが、目をキラキラさせながら話しかけてくる。エイミはそんなヒマリを見て、とてつもなく嫌な予感がした。
「少しの間これを試してみてください!」
「え、嫌」
「大丈夫です!既にあなたの携帯とPCにはインストール済みなので!」
しかし、想定が甘かった。
__数日後
エイミは、あれから広告がほぼ全てヒマリの自撮りとなったインターネットライフを送っていた。
正直、最初はかなり嫌だったが、使ってみると案外快適だったと言わざるを得ない。全てヒマリに置き換えられることで、見ているだけで不快になるようなものが目に入らなくなったし、広告という余計な情報が省かれたことでかなり快適なインターネットライフが過ごせている。
「部長の画像って別に不快なものでも何でもないし……意外と見てて飽きない……もしかして自分のすばらしさを広めるための広告だったりする?」
そんなことを考えながらエイミはSNSを眺めていると、マキが面白そうな動画を共有しているのを発見した。動画のタイトルは『【寒すぎ】黒舘ハルナ、極寒地獄で幻のスープ探し!?謎の昆虫との激闘の行方は……!?【美食研究会】』だ。気になったエイミはそのリンクをタップし、動画サイトへ飛ぶ。
__ああ、そうだ。宣伝とはこういうものであるべきだ。
ついつい気になってしまう情報を受け手に与えて、そこへ行けばきちんとしたコンテンツがあり、それを楽しむことができて、発信元は利益を受け取る。こういう健全なものこそが本来の姿なのではないだろうか。誇張した表現や刺激的な表現で記憶に残すような広告は、何かしらで規制してほしいところである。
「……読み込み、長いな」
エイミの手元の携帯の画面は、黒いままで読み込み中であることを示す白い円がくるくると回っていた。
『ちょっと待って!そこのあなた!この広告、最後まで見ると……な、な、なんと!』
「……ああ、そっか。部長のアレはまだ動画には対応してなかったか」
ようやく動画が始まると思ったら、始まったのは50分もある広告だった。しかも最後まで見ることを勧めてきている。最近部長の自撮りばかり見ていて油断していた。なんて厚かましい広告だろうか。
そのせいでエイミはスキップできるようになるまで数秒待つのも嫌になった。ヒマリの作った『動画広告を3000倍速にするやつ』を使い、50分もある長い動画広告を一瞬で終わらせる。
『特別な広コクヲプレゼント!マアデモコンナナガイドウガコウコクヲワザワザサイゴマデミルヒトナンテイナイデショウガ……』
「…………」
『皆さんごきげんよう。本日も美食を追求する時間です。さて、今回は……』
3000倍速された広告で少し画面がチカチカした後、黒舘ハルナの挨拶が始まった。
「面白かったな……」
エイミは20分程度の長さの動画を見終え、余韻に浸っていた。
美食研究会は食レポが上手い。画面越しに見ているだけだというのにこっちまでお腹が減ってきてしまう。それにスープへ辿り着くまでの過程も非常に面白かった。
「エイミ、今大丈夫ですか?」
「あ、うん。何?」
エイミが動画のコメント欄に感想を書いていると、ヒマリが話しかけてきた。手には何かが書かれたメモを持っている。
「少し買い出しに行って欲しいのですが……」
ヒマリはそのメモをエイミに手渡した。読んでみればいくつかの食材と必要な日用品などが書き記されている。
「分かった。任せて」
ヒマリに買い物リストとお金の入ったポチ袋を渡されたエイミはスーパーへ買い出しへと向かう。目的地はミレニアム自治区内でもかなりの人気を誇っているスーパー「スーパーバリュー」だ。
「スーパーバリュー」はキャッチコピーである「あなたの価値を、もっと引き出します」を体現するかのようにとにかく安い。毎日の買い物がもっと楽しく、もっとお得になるよう努めていて、新鮮な食材から便利な日用品まで全てが顧客の生活にぴったりフィット。その豊富な商品ラインナップは品質にこだわりながらも驚きの価格で提供している。機会があれば一度立ち寄ってみると良いかもしれない。
そして今週のスーパーバリューセール。野菜はキャベツ1玉98円、ミニトマト1パック150円。お肉コーナーでは豚肩ロース100gあたり200円でお買い得だ。鮮魚も大特価、サーモン切り身が1パック500円とかなりお安くなっている。
さらに、お買い物シールキャンペーン実施中だ。5000円以上のお買い物で、次回使える500円クーポンをプレゼント。また、店内で配られるチラシではお買い得商品を紹介している他、目玉商品の紹介などもしている。今日は何があるのだろうと毎日通う人も多いとか。
「……何で付いてきたの?」
「暇だった……いえ、お買い物はメイドの役目なので」
「そう……」
エイミがスーパーへ向かって歩いていると、いつのまにか横に飛鳥馬トキがいた。
まったく気が付かなかった。別に考え事をしていたわけではないが、まあそういうこともあるだろうと、特にエイミは疑問に思わなかった。
「……話しかけても全く反応しなかったので無視されてるのかと思いましたよ」
トキは少しムスッとした顔をしている。ただ気が付かなかっただけだったのだが、どうやら無視されたように感じてしまったらしい。
「それは……ごめん」
「まあ、いいですけど。とにかく、私はかんぺき~なメイドなのでお野菜の目利きには自信があります。お任せください」
そう言ってトキは誇らしげに胸を張る。たしかに、メイドだから野菜の目利きとかは……いや、C&Cってそういう集団だったか?
Cleaning&Clearing、通称C&C
その名の通り、清掃と整理だけに留まらない、ミレニアムサイエンススクールのエリートエージェント集団。戦闘力は校内でもトップクラスを誇り、確実に任務を遂行するその姿はまさにプロフェッショナルの証だ。
彼女たちの制服は一見すると可愛らしいメイド服。しかし、その裏には大きなの使命が隠されているのだ。メイド服には「ミレニアムに奉仕する」という深い意味が込められており、見た目以上に誇り高い役割を担っている。彼女たちのエンブレムには銃を抱えたメイドが描かれており、戦闘力と奉仕の精神を象徴しているのだ。
C&Cはクリーンなイメージの裏に隠された確固たる力と、高い技術力で信頼に応えるエージェント集団。この活動を通じて、より安全で秩序ある環境をお届けしているのだ。一度「ご奉仕」されてみるのもいいかもしれない。
「……入らないんですか?」
「え?」
後ろからトキが声をかけてくる。気が付くと、エイミは自動ドアの前で立ち尽くしていた。
「それ、手を近づけるタイプの自動ドアですよ」
「ああ、そっか」
エイミが『手を近づけてください』の表示に手を近づけると静かな音と共にドアが左右に分かれていく。何回も利用しているのにうっかりしていた。
「……なんか、ボーっとしてません?熱中症ですか?」
「いや、そんなことないと思う」
一応、額に手を当てて確認するが、いつも通りだ。
「そうですか。ならいいんですけど」
エイミは積まれているカゴを1つ手に取り、カートに乗せる。
ヒマリが頼んできたのは3日分の食材だ。まずは入り口近くの野菜コーナーから回る。
「私が野菜を選ぶので買うものを読み上げていってください」
「分かった」
どうやらトキは良い野菜を選ぶのに自信があるようなので、エイミはせっかくだから任せてみることにした。スーパーに来てはしゃぐ子供のようでどこか可愛らしいとも思ってしまったのは内緒である。
「じゃあ、まずはじゃがいも1袋」
「じゃがいもですね」
トキは慣れた手つきでじゃがいもを1袋手に取ると、それをサッと確認してカートに入れる。
「ニンジン、3本」
「ニンジンですね」
「玉ねぎ、3つ」
「はい」
次々と野菜をカートに入れていく。無駄のない動作でスーパーの中をスイスイと移動していった。
「キャベツ、1玉」
「はい」
「特売価格で98円」
「そうですね」
厳選された農場から直送されているので新鮮そのもの。シャキッとした食感と甘みのある味わいが特長で、サラダからスープ、炒め物まで、さまざまな料理にぴったりだ。
「ミニトマト1パック150円」
「はい」
「スーパーバリューセールで安くなっている」
「そうですね」
地元の農家から直送のミニトマト。鮮やかな赤色が特徴的でその甘味と酸味はまさに絶品だ。サラダやパスタはもちろん、煮込み料理の隠し味にも使える万能な食材である。またビタミンCも豊富に含まれており、美肌効果や免疫力アップなど嬉しい効果が期待できるのだ。
野菜はこれで全部のはず。次は精肉コーナーだ。
「豚肩ロース、200g」
「はい」
「なんと100gあたり200円でかなりお買い得。さらに今日はポイント3倍」
スーパーバリューで取り扱う豚肩ロースは厳選された国産豚肉を使用している。ジューシーで豊かな風味が特徴でどんな料理にもぴったりの部位だ。焼き物、煮込み、ローストなど、バリエーション豊富な料理に大活躍する。豚肩ロースの特長はその豊かな脂身と柔らかさだ。口に入れるとジューシーでとろけるような美味しさが広がる。グリルやステーキ、煮込み料理など、どんなレシピにも対応し、家族みんなが喜ぶおいしい食卓を演出してくれるのだ。スーパーバリューのお肉は安心してお召し上がりいただける高品質にこだわっている。高品質ながらもお財布に優しい価格で提供されているので、コストパフォーマンスは抜群。毎日の食卓に安心して取り入れられます。
「あの、お買い得情報は要りませんが……」
「お肉はこれだけ。次は鮮魚コーナーだね」
「……はい」
鮮魚コーナーは、生の魚や干物、練り物などが売られている。スーパーバリューでは毎日新鮮な魚介類を仕入れており、その品質はミレニアム自治区内で1番と言っても過言ではないだろう。また鮮度だけでなく、品揃えも豊富だ。定番のアジはもちろんのことイカやタコなどの海産物まで幅広い商品が取り扱われている。
「サーモン切り身が1パック」
「はい」
「驚き価格の500円」
「そうですね」
サーモンは脂が乗っており、塩焼きやフライなど様々な料理に使える万能食材だ。またサーモンの甘味はどんな食材とも相性が良く、和洋中あらゆるジャンルで活躍する汎用性の高さが魅力だ。さらにサーモンにはビタミンDも豊富に含まれているので免疫力アップにも効果的。健康面でも嬉しい効果が期待できるだろう。スーパーバリューでは高品質な原料を使用しており、ご家庭でも安心してお召し上がりいただける。
エイミはその後もトキと一緒にスーパーの店内を回り、ヒマリに頼まれたものを次々カートのかごへ入れていく。
「これで全部かな」
「そうですね。ではレジへ行きましょうか」
買い物を終えた二人はレジへ向かう。トキはカゴの中に大量に入っている商品を1つずつレジの読み取り機にかざし、手際よく商品を詰めていった。
『合計で5342円となります。ポイントカードはお持ちでしょうか?』
セルフレジの機械音声がそう問いかけてきた。
「……ありますか?」
トキにも尋ねられたので、エイミはヒマリに渡されたポチ袋の中を確認する。確か部長が作っていたはずだ。
「あった。これだね」
その中にはヒマリの名前が書かれたカードが入っていたのでそれを取り出し、機械に読み込ませる。
「スーパーバリュー全店で利用可能なポイントカード、バリューカード。お買い物をする度にドンドンお得になる」
「そうですね」
「スーパーバリューのポイントは商品購入時に1ポイント=1円として使えるし、500ポイントで500円分の金券と交換することもできるよ」
「へぇ」
「さらに毎月20日・30日のお客様感謝デーには全品5%引きになるので、かなりお得に買い物ができるんだって」
「…………」
トキはセルフレジから出てきたレシートを受け取り、商品が詰め込まれたエコバックを手に持つ。
『ありがとうございました。お忘れ物にご注意ください。またのご利用をお待ちしております』
レジの機械音声がそう告げ、精算が完了した。二人は並んで店を出る。
「……何と言いますか、今日のエイミはなんだかCMみたいですね。ここでバイトでもしてたんですか?」
「いや?そんなことないけど」
「そうですか」
エイミたちはそのまま帰宅し、冷蔵庫に買ったものを詰め込んでいく。その作業をしているとヒマリが満面の笑みを浮かべながら何やら発泡スチロールの箱を抱えて近づいてきた。
「エイミ!今日の晩御飯はタコ焼きにしましょう!」
「……タコなんか買ってないけど」
まさか、また買いに行かなきゃいけないのか、とエイミは思ったが、ヒマリが発泡スチロールの箱の蓋を開けるとそこには立派なタコが入っていた。
「いえ、先ほど医療技術開発部の大山さんからお裾分けされたのでせっかくだから、と」
なるほど、頂き物か。それなら急な予定変更も頷ける。それにタコは生ものだから早いうちに食べてしまった方が良いだろう。エイミがそんなことを考えていると、妙にやる気に満ち溢れているトキがたこ焼き器を取り出し、準備を始めていた。
「では私が作りましょう。ゲーム開発部とタコパをしたことがあるので、自信があります」
エイミは冷蔵庫に買ったものを詰め終わると、ソファーに寝ころびネットサーフィンを始める。タコ焼きの作り方は正直なところよく分かっていなかったので、トキが作るなら任せてしまうことにした。居ても邪魔なだけだろう。必要になったら手伝えばいい。役割分担というやつである。
そういえば、あのたこ焼き器は購入してから一度も使っていないはずだ。エイミがヒマリと一緒に家電量販店に行った時、全然目的の品ではないのだが、値下げされていたたこ焼き器にヒマリは夢中になってしまった。やたら熱心にアピールしてくるし、店員まで加わってきたので、かなり渋ったが、結局購入を許してしまった。
__まあ、今日まで存在を忘れていたし、一度も使われていないのだが。
でもあのたこ焼き器はキッチンににあるだけで、家族や友人と一緒に楽しいひとときを過ごせる。外はカリッと、中はトロッとした絶品たこ焼きを簡単に作ることができるのだ。しかも、操作はかなり簡単。火加減や時間も自動調節できる機能があるので、誰でもプロの味を再現でき、初心者でも安心である。さらに、取り外しが容易で洗うのも簡単。お手入れが楽なところもポイントだ。
ということでこの機会にたこ焼き器を手に入れて、家庭でのおもてなしや特別な日の食事で活躍させてみるのはどうだろうか。楽しい料理体験があなたを待っています!購入はこちらから→https://x.gd/gp6LB
「エイミ!できましたよ」
「おぉ……結構本格的じゃん」
「すごいでしょう。褒めてください」
ヒマリの声で意識を現実に戻すと、テーブルに置かれたたこ焼き器の上では、こんがりと焼けたタコ焼きがジュウジュウと音を立てながらいい香りを放っていた。トキはスマホで撮影し、満足そうに笑っている。そのままC&Cのグループチャットで飯テロしていた。
トキの携帯からものすごい勢いで通知音が鳴っているが、エイミにとってはどうでもいいことだった。そういえば、C&Cは任務で遠征していたような気がする。
ああ、なるほど。だからトキは暇で仕方ないから買い出しに着いてきたのか。エイミは今日のトキの行動に納得しながら青海苔、マヨネーズにソースをテーブルの上に並べていった。
「はいどうぞ」
「……ありがと」
エイミの皿にヒマリがたこ焼きを1つ乗せてきた。黄金色の表面にソースがたっぷりとかけられ、青のりと鰹節が湯気と共にゆらゆらと揺れている様子は、今すぐ食べてくださいと訴えているかのようにエイミの空腹感を刺激してきている。
「いただきます」
そんな空腹感に屈してしまったエイミは箸でたこ焼きを割り、少し冷ましてから口に運んだ。
「んん……あっつ……でも、おいしいね」
外はカリッと、中はトロッとしたたこ焼き。とてもおいしい。ほんのり効いた生地の塩味とソースやマヨネーズの酸味が絶妙なバランスで絡み合い、さらに食欲がそそられてしまう。
「こらこらエイミ、ちゃんと冷ましてから食べないと火傷しますよ?」
「大丈夫」
「……まあ、それならいいですけど」
ヒマリは呆れたようにため息をつき、自分のタコ焼きを美味しそうに頬張った。その後、たこ焼きをさらに1つ、自分の皿に乗せると、箸で穴をあけて冷まし、フーフーとさらに冷ましてからエイミに差し出してきた。
__食べろということだろうか。
「ほらエイミ、あーん」
「……」
冷ますことぐらい自分でできるが、ここで渋っても余計にめんどくさくなるだけなので、エイミは言われるがまま口を開ける。そこにタコ焼きを入れられた。ヒマリの吐息で冷まされているので熱くはない。たこ焼きを噛みしめるとダシの風味が口の中に広がる。見た目は普通だが、確かにおいしいたこ焼きだった。
「どうですか?おいしいですか?」
「うん、おいしいよ」
「当然です!この私が手伝ったんですから!」
「はいはい」
エイミは適当に返したが、ヒマリは嬉しそうに微笑んでいる。そんな表情を見ているうちに、思わずつられて笑顔になってしまった。
「早く結k……いえ、なんでもありません」
その様子を眺めていたトキは、何故か呆れたような口調だった。C&Cのリーダーからの鬼のような通知を無視しながらたこ焼きを頬張っている。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
たくさんあったはずのたこ焼きは、いつの間にか胃袋へと消えてしまった。たこ焼きというものは1つ1つが小さいのでついつい食べ過ぎてしまう。
食べ終わったエイミは皿をまとめて、流しへ運ぼうとしたが、トキが「私がやりますよ。メイドなので」と申し出てきたので任せることにした。やることがないので、お茶を淹れて、スマホを取り出し、ネットサーフィンを始める。
「そういえば、このタコはどこのやつですか?」
しばらく片っ端から広告を開いていると、皿を洗っているトキが尋ねてきた。
「たしか……大山さんは『クロヌリ海岸』って言ってましたね」
ヒマリは昼間の出来事を思い出しながら答えた。エイミたちが買い出しに行っている間、例の広告書き換えプログラムの開発を進めていると、医療技術開発部の大山がお土産として持ってききたタコ、ついこないだ医療器具の開発でヒマリに協力してもらったことへのお礼も兼ねているらしい。
「クロヌリ海岸ってあの?確か近くに漁港があって、そこでタコがよく獲れるんだよ」
エイミは、広告から学習していた手を止め、テーブルに置かれたお茶を飲みながらヒマリの言葉に対して適切な情報を付与した。
「へぇ……そうなんですか」
「うん。あの辺りは温暖な海流と栄養豊富な潮流が交わる場所だから、プランクトンや小魚が豊富に生息していて、タコの餌となる生物が豊富なんだ」
「ええ、そうですね。『クロヌリ海岸』は岩礁や海草の生い茂る場所が多くて、タコが隠れ家にできる環境が整っている、というのもポイントなんですよ」
エイミの解説にヒマリが付け足す。
「……詳しいですね」
「ふふふ、もちろん。『全知』ですから」
ヒマリは誇らしげに答えた。
「ああ、あとクロヌリ海岸は、美しいビーチや景観が広がってて散策やリラックスに最適。それに観光客向けにタコ釣り体験ができて家族連れにも人気だし、地元のレストランでは、獲れたてのタコを使った料理を堪能できるよ。タコ刺しやタコ焼き、タコ飯など、メニューが豊富なんだ」
せっかくのアピールタイムなので次々と耳寄りな情報を付け足す。こういう時に魅力的な情報を一気に伝えるのが広告のコツだ。
「あら、エイミも詳しいんですね。もしかして行ったことあるんですか?」
ヒマリは、やたらとクロヌリ海岸に詳しいエイミに、不思議そうに聞き返してきた。
いや、知っていて当然というだけだが。顧客の趣味嗜好を収集して適切な情報をお届けするのは当たり前のことだろう。クロヌリ海岸のタコの話になったからそれに関連する情報をただ伝えているだけだというのに、何が不思議なのだろうか。
「いや、ないけど。……でも、本当にいい場所だから一度行ってみるのもいいかもね」
――
「ふぅ……今日は、終わりっと」
シャーレで一人悲しく仕事をしていた先生は、ようやく仕事を終わらせた開放感からつい独り言を呟く。
「……今日の晩御飯は何にしようか」
時計を見ると時刻は23時を過ぎていた。外はすっかり暗くなっている。今日はラーメンが食べたい気分だが、この時間だと開いているお店は限られてくるし……まあ、コンビニでカップ麺でも買ってくるか。そう考えていた時だった。
ピロンと軽快な音と共に携帯の画面が明るくなる。そこにはヒマリからメッセージが送られてきたことを示す通知が表示されていた。
『ヒマリ:今日はエイミとトキとたこ焼きパーティーでした!』
エイミ、トキ、ヒマリ、先生の四人のグループチャットにはメッセージと共に三人がたこ焼きを食べている画像が送られてきている。
「おぉ、楽しそうだな……」
先生は早速メッセージを送る。なんだか無性にたこ焼きが食べたくなってきた。
『先生:おいしかった?』
メッセージを送ると、すぐに既読が付き、返事が返ってくる。
『ヒマリ:はい!とてもおいしかったです!』
『トキ:私が作りました^^』
「ふふ、よかったね」
先生は微笑みながら返信を打つ。
『先生:私もたこ焼き食べたくなっちゃったな』
『ヒマリ:もう残ってませんが……』
『先生:いや、コンビニかどこかで買ってこようかなって』
『トキ:大丈夫です。私が作りに行くのでちょっと待っててください』
『先生:トキ!?』
「え、いや、それはちょっと……」
トキの突然の申し出に慌てて返信する。楽しそうで何よりだな、と思いながらこんな時間でもたこ焼きを売っている場所を探そうとした時だった。
『エイミ:こんな時間だけどおいしいたこ焼きが食べたいそこのあなた!「たこ焼きパラダイス」はどうですか?
本場の味を追求した、厳選された食材を使用!
バリエーション豊富なトッピングで、自分だけのオリジナルたこ焼きが楽しめる!
24時間営業で、お持ち帰りも可能、パーティーやイベントにもぴったり!
場所: シラトリ区XXX通り 営業時間:24時間営業(ただし夜間はAIによる対応となります) 電話:0XX-2XXX-XXXX
ぜひ友達を誘って、たこ焼きパラダイスに遊びに来てください!お待ちしております!
美味しい時間を共有しましょう!
公式サイトはこちら!https://x.gd/ZIMr0』
突然、エイミからスパムメールのような文章が送られてきた。先生はいきなりの長文に驚いてしまったが、よく読めばちゃんとした文章だったことに気が付いた。この店の名前も確かアカリのブログで見たことがある。おそらく何かの文章をコピペしてそのまま送ってきたのだろう。
『ヒマリ:エイミ!いきなり長文を送らないでください!ビックリしましたよ!(-ω`- )』
『トキ:スパムかと思った』
ヒマリたちも驚いていたようだったが、先生はもう一度送られてきた文面に目を通す。たこ焼きはおいしそうだし、公式サイトを見るに雰囲気もよさそうだ。それに24時間営業しているならこれからでも買いに行くことができるだろう。先生はさっそく店の住所を検索にかけ、地図アプリで確認する。
「うん……ここからなら歩いて行けそうだな」
スマホに表示されたマップを確認してからグループチャットに戻る。だが、そこには衝撃の光景が広がっていた。
『エイミ:重要!あなたのスパムから自分を守るために必要なこと!
スパム被害が増加しているこの時期、あなたのアカウントが危険にさらされています。「スパムプロテクター」を導入して、安心してインターネットをお楽しみください!
特別オファーとして、今すぐ登録すれば30日間無料で試せます!早めの対策がカギです。下記リンクをクリックして、手軽にセキュリティを強化しましょう!
安全なネットライフを手に入れましょう!』
『ヒマリ:エイミ?』
『トキ:スパムでも踏んだか』
『エイミ:「スパム」とはインターネットの迷惑行為の一つです。ユーザーに広告やメールを一方的に送りつけたり、強制的にダウンロードさせたりすることを目的としています。近年、スパム業者はAI技術の進歩に伴い進化しており、新たな手口が次々と生まれています。中でも、「メッセージングアプリ」を利用した個人情報収集や詐欺目的で拡散されるメッセージが問題となっています。そこで「スパムプロテクター」を使用すれば、怪しいスパムからあなたの大切な情報を守ることができます。今なら特別割引で提供中!
このまま放置すると、あなたの個人情報が盗まれる危険性があります。以下のリンクから、今すぐ購入手続きを行ってください!
あなたの安全が第一です!』
『トキ:スパム対策の宣伝をするスパム(笑)』
『ヒマリ:笑い事じゃないですよ…… 先生すみません。こちらで対処しておきます』
『先生:分かった。これからたこ焼き買いに行くけど何かあったら言ってね』
『ヒマリがエイミをグループから退会させました』
これ以上被害が広がらないようにヒマリがエイミをグループチャットから追い出した。
まあ、ヒマリがいるならスパムに乗っ取られたエイミのアカウントも大丈夫だろう。そう思った先生は、上着を羽織り、少しだけ肌寒い夜の街へとたこ焼きを買いに出かけたのだった。
__結論から先に言うとこの時に気が付けていれば被害はまだマシだったのかもしれないが、この時点で気づけと言われて気づくのは無理だろう。
――
「んもう……エイミったら……しょうがないですねぇ……」
ヒマリは布団から這い出て、ブランケットを羽織って寝室を出た。エイミは「もう少し勉強したいから」と言って、ソファーに寝そべって何かを見ていたはずだから、まだ起きているかもしれない。
「一体何を踏んじゃったんでしょうか」
ヒマリは眠い目をこすりながら、エイミのいる部屋へと向かう。そこでは、エイミがソファでぐっすり眠っていた。
「あらあら、だから一緒に寝ようって言ったのに……。では、携帯だけ失礼しますね」
エイミの携帯は床に落ちていた。おそらく寝落ちしたときに手から滑り落ちたのだろう。ヒマリはそれを拾おうと手を伸ばした。
「あっっつ!」
ヒマリの指先がエイミの携帯に触れた瞬間、いつもの可愛らしさがあるヒマリの声とは思えない声が思わず出てしまう。それほどまでにエイミの携帯は熱を帯びていた。おそらく、目玉焼きぐらいなら作れてしまうであろう高温の板と化している。
「大丈夫ですか?」
いつのまにか部屋に入ってきていたトキがヒマリの手を確認しながら心配そうに見つめてくる。
「いえ……エイミの携帯を触ったらものすごく熱くてびっくりしてしまっただけです。トキはエイミをベッドまで運んであげてください。私はエイミの携帯を調べますので」
「分かりました」
トキは返事するとエイミを俵担ぎにして運んでいった。ヒマリはそれを見届けると今度はブランケットで包んでからエイミの携帯を拾いあげ、部屋の電気を消して自室へ戻る。
エイミの携帯がなぜここまで高温になってしまったのか、その原因は開いたままの画面を見るとすぐに分かった。
「なんで広告のタブが4000件も……!?」
広告だ。
エイミは何故かブラウザで広告のタブを4000件近く開いていたのだ。そのせいで携帯が過負荷を起こしてしまい本体が高温になってしまったのだろう。調査中に使用不可能になってしまわないようにかなり頑丈にしておいたのだが、ここまで高温になっても耐えてくれるとはヒマリも思ってもいなかった。
「とりあえず閉じましょう」
ヒマリはエイミのスマホをPCに接続し、開いていたタブを一旦すべて閉じる。もしかしたら大事なタブもあったかもしれないが、これではまともに作業ができない。後で履歴から辿ってもらおう。
動作が軽くなったエイミののスマホを隅々まで調べていく。プライバシーがどうこう言われるかもしれないが、それは後で頭を下げることにした。まあ、普段から覗いているものではあるから今更かもしれないが。
「……これといって異常はありませんね」
隅々まで調べてみたが、ヒマリはこれといって何も発見できなかった。エイミの携帯にウイルスやマルウェアが含まれていないことを確認すると、ホッと胸をなでおろすと同時に「なぜこんなことになったのか」と疑問を抱く。広告のタブが異常な量あったことと何か関係があるのだろうか。
「もしや、エイミにテストさせている『インターネット上に存在するありとあらゆる広告の画像を私の自撮りで上書きするプログラム』が悪さを……?」
だが、それはあくまで広告の画像を置き換えるだけの物。エイミのアカウントの乗っ取りとは関係があるようには思えない。
「ふむ……先にエイミが自分で対処したのでしょうか……?」
そもそもエイミは怪しいリンクを踏んでしまうようなうっかりさんではないし、携帯にはヒマリが作り上げたセキュリティが組み込まれている。その辺のウイルスやマルウェアは入り込むことすらできないはずだ。
「他に考えられる原因……思い当たりませんね……」
ヒマリはもう一度隅々まで探しながら、原因を考え始める。
「部長」
「……!?」
だが、ヒマリは目の前の作業に集中していたので、背後から接近している『彼女』に気が付くことができなかった。
意識外から声をかけられたことで驚いたヒマリは声にならない悲鳴を上げてしまう。
「眠れないの?」
「なんだ……エイミですか……ビックリしましたよ……」
背後に立っていたのはエイミだった。その姿を確認したヒマリはホッと胸を撫でおろす。だが、まだ心臓の音がバクバクと音を立てているのが聞こえるほどだ。エイミには聞かれていないだろうか。
「眠れない?」
「いえ、あなたの携帯が何かに乗っ取られてるのかと思いましたが特に何もなくてですね……。エイミ、何か心当たりはありますか?」
ヒマリが訊ねる。
「眠れない夜……寂しくて、人肌が恋しいよね……」
「……エイミ?」
エイミから帰ってきたのは返答でもない何かだった。
「でも大丈夫。すぐにかわいい子とエッチなことシたい放題!」
「な、何を急に……」
ヒマリの目の前にいるのは確かに後輩のエイミのはず。しばらく同じ屋根の下で暮らしているので、性格から嗜好までよく分かっている。
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「エイミ……?」
だが、目の前の彼女から出てくる言葉はとても普段のエイミとはかけ離れた……いや、そもそも人間が発する言葉ではなかった。
「……まさか!」
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__まるで質の悪いスパムだ。
「乗っ取られていたのは携帯ではなく、エイミだったということですか……!?」
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ヒマリの聡明な頭脳はその結論を瞬時に叩き出したが、理解するのは少し遅れた。信じられなかったからだ。
だが、目の前には乗っ取られたエイミが確かにいる。SNSで散見されるスパムアカウントのようなことばかり口にしているではないか。
「トキ!今すぐ来てください!」
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エイミは訳の分からないことを言いながらヒマリに覆い被さってくる。平時なら喜んで受け入れたかもしれないが、こんな状況では気味の悪い行為でしかない。それにエイミはこんな悪ふざけをするような子ではないはずだ。
可愛い後輩が『訳の分からない何か』に好き勝手されているという事実にヒマリは思わず唇の端を歪めてしまう。エイミがこんな低俗な文章をしゃべっているというだけでかなりの『解釈違い』なのだから。
「大丈夫ですか!?」
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ヒマリの大声を聞き付けたトキが勢いよく部屋に駆け込んでくる。
「すみません!少しエイミを抑えていてください!」
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「えっ……!?はい!」
部屋に駆け込んだトキが目にしたのはヒマリに覆い被さろうとしているエイミの姿だった。一瞬その光景を見て『邪魔』をしてしまったのかとも思い退室しようとしたが、エイミの異様な言動でその考えを改める。
「失礼します」
「夜はいろ いろ抑えきれない。♡誰か話し相 手 募集中 ♡」
ひとまずトキはヒマリからエイミを引きはがした。変なことは言い続けているが、抵抗はしていない。
「ベッドでの一人遊びもな かなかいいよね」
「……ここからどうしますか」
「少し眠ってもらいます。……このままだとエイミがかわいそうなので」
「どんな感触も共有した い♡」
「そうですね」
ヒマリは自身が座っている車椅子の中に隠していたスプレーを取り出した。
「トキは吸い込まないよう気を付けてください」
「はい」
「愉しい夜のお供に…………」
このスプレーの中身は少しでも吸い込めば20時間は眠ったままになる強力な薬品だ。銃すらまともに扱えないヒマリが万が一のために持ち歩いている護身用グッズの1つである。最も、ヒマリはこれを信頼しているパートナーであるエイミに対して使うことになるとは考えてもいなかったが、これ以上エイミが変な言葉を連呼している姿を見ている方がヒマリとしては辛かった。
ヒマリは、意を決してエイミの顔にそれを噴射する。目を閉じて息を止めていたトキと違ってまともに吸い込んでしまったエイミはだんだんと体の力が抜けていき、最終的には目を閉じて崩れ落ちた。
「……ふぅ、これでひとまずは大丈夫でしょうか。とりあえずそこのベッドに寝かせてください」
「分かりました」
ヒマリはトキにエイミを自身のベッドに寝かせるよう指示を出す。薬品は正しく効果を発揮したようでエイミは静かに眠っていた。
トキに運ばれているエイミはこうして見ている限りいつも通りなのだが、また口を開けば聞くに堪えない文章が飛び出してくることだろう。まったく腹が立つ。いったいどこの誰なのだろうか、ここまでエイミをめちゃくちゃにしたのは。
「トキ、今日のエイミに何か不自然な点はありましたか?……言動や行動がが変だったとかは」
可愛い後輩を何者かにめちゃくちゃにされた怒りが奥底からふつふつと湧き上がってくるが、クールな美少女であるヒマリはそれを抑え込み、原因の究明に注力する。
ヒマリが思い返す限りでは特に不自然な点は無かったように思える。おそらくエイミは「もう少し勉強したいから」と言って、ソファーに寝そべって何かを見ていた時には既に手遅れだったのだろう。となるとそれ以前……
「……買い物に同行した際のことですが、発言の中にやけに宣伝文句のような言動が多いとは思いましたね。その時はまあそんなこともあるかと深くは考えませんでした」
「ふむ……」
「それとボーっとしていることが多かったですね。向かうときに話しかけても反応が無かったり、自動ドアの前で立ち尽くしたり、買い物中はやけに話していたのに帰り道は無言だったり……」
トキは数時間前のことを思い出しながら話す。だが、その時はここまで変な言動はなかったはずだ。その時の必要な情報に関連した情報を話しているだけの、あくまで日常会話の延長線上でしかない。こんなスパムアカウントのようなことは言っていなかった。
「……とするとそれよりも前ですか」
ヒマリは顎に手を当てて考える。エイミがスパムアカウントのようになってしまったのは事実。信じられないが目の前で起こったのだから仕方がない。今考えるべきはどうやってエイミを元に戻すか、だ。特異現象捜査部のリーダーとして、エイミのパートナーとして何とかしないわけにはいかない。
「少し調べてみるしかありませんね、トキは先生に連絡して迎えに行ってきてください。その間に私は医療開発部の大山さんに連絡して調査の準備を進めておきます」
「分かりました」
「なるほど……そんなことが……」
「はい、信じられないとは思いますが、私たちの目の前で起こった紛れもない事実です」
数十分後、トキに連れられてミレニアムまでやってきた先生はたこ焼きのおいしそうな香りを漂わせながらヒマリの話を聞いていた。その顔には『半信半疑』『信じられない』といった感情が見え隠れしている。しかし、『納得』はしているようだった。
「いや、信じるよ。……何だかかなり深刻な事態になっていることは分かるからね」
「……ありがとうございます」
先生はチラリとベッドの上で静かに眠りについているエイミを見て、少しだけ顔を歪めた。
おそらく、彼の内心では大切な生徒が何者かに汚されてしまったことに怒っているのだろう。だが、それは表に出てくることはない。ここで自分が怒りに囚われたところで事態は解決しないことはよく分かっているだろうし、冷静に物事を見極めることこそが大事だと理解しているのかもしれない。
「……それで、私はこれから何をすればいいのかな?」
先生は顔をヒマリの方に戻し、ふつふつと湧き上がる怒りを鎮めながらヒマリの顔を真剣に見つめてきた。
__ああ、やはり先生は立派な大人だ。
生徒の危機とあらば西へ東へ飛んで行き、例えこんな訳の分からない事態でも生徒を助けようと、その大きな手を差し伸べる。そんな優しさに危機感すら覚えてしまうが、ヒマリにとって先生という大人はエイミと同じぐらい信頼できて頼りになる人物だった。
「……口元に青海苔とソースが付いていなければ、もっとカッコよかったんですけどね」
「えっ」
ヒマリに指摘されてしまった先生はキリっとした顔つきから一変してあたふたとし始めてしまった。立派な大人ではあるがこうした親しみやすさも、キヴォトスで多くの生徒たちに愛される理由だろうか。
とまあ、それはこの場所では関係のない話だ。
「では、今からご説明します。先生は『エリドゥ』で使った『ダイブ装置』を覚えていますか?」
ヒマリは先生をスルーして話を再開した。エイミの方が大事である。
「……アリスに使った、アレだよね」
「はい。それです」
口元をトキに拭かれながら、先生はエリドゥの一件を思い出しているようだった。
「なるほど、それでエイミの精神世界を調べて原因を探るのか」
「概ねその理解で構いません。あの後、この装置を医療用に転用できないかと思ったので医療技術開発部のリーダーである大山さんに技術提供しました。……ちなみに彼女はあの扉の向こうに居ますよ」
奥の扉を指さしてやると、先ほどまでの話が聞こえていたのか、ゆっくりと10cmほど扉が開き、大山の左手だけがヌッと飛び出してきた。そのまま少しだけ手を振ると再び部屋の中へと消えていく。きっと装置の調整で手が離せなかったのだろう。
「患者の精神状態を……いえ、今はいいでしょう。とにかく、以前よりも手軽に使えるようになったので、これでエイミの精神状態を探って何が起こっているのかを調べます」
本来ならここに居る全員でエイミの精神世界を調査するのが理想だが、まだ完成しておらず試験段階であり、それに加えてエイミの精神世界がどうなっているか分からないという危険性を考慮すると二人が調査へ向かい1人が待機するのが良いだろう。
「そこで先生、非常に危険な頼みになってしまうのですが……」
ヒマリは、深く頭を下げた。
「トキと共にこのダイブ装置を使ってエイミの精神世界を調べ、エイミに一体何があったのか調べてきてほしいのです」
言うまでもないが、危険な調査だ。ヒマリにもエイミが今どうなっているのか正確に把握できていない。故に、危険性も未知である。
それでも、先生は迷うことなく飛び込んでしまうだろうとヒマリは思っていた。その気持ちを悪用してしまうようだが、そんな大人だからこそ、エイミのことを『誰よりも』理解している先生に任せたかったのだ。
「分かった。そういうことなら調査してくるよ。大切な生徒のためだからね。ただ、私は全然OKだけど、トキは……」
「……そうですね」
先生はもちろん、といった様子で了承したが、トキはどうやら考え込んでいるようだ。
「私は行きません」
少しの間を置いて、トキは断った。
「……そうですか。分かりました」
「トキ……」
まあ、仕方がないだろう。ヒマリとしても無理強いはしたくない。
「あ、いえ、勘違いしないでください。私よりもヒマリ部長の方が適任だと言いたいのです」
「……えっと?」
ヒマリは、想定していない返答に驚いて思わず声が出てしまった。
「エイミのことを一番分かっているのは部長でしょうし、エイミ自身もすんなり受け入れてくれるはずです」
「え、いや、それは先生の方が……」
「そうだね。私も賛成。ヒマリの方が向いてる調査だと思うよ」
「えっ、ええ……?」
「では、私は『万が一』に備えて待機しておきます。大山さんも賛成しているようですし」
「うっ……」
奥の扉からも親指を立てた左手が突き出ている。3対1、民主主義に則れば、調査メンバーはヒマリと先生の2名で決まりだ。
「し、仕方ないですね!エイミの一番のパートナーであるこの私が直々に調査へ赴くこととしましょう!私が居れば百人力ですから!」
ヒマリはやや理不尽を感じつつも、可愛い後輩のために一肌脱ぐことにした。
言われてみれば、先生やトキよりも、自分の方がエイミと一緒に過ごしている時間が長い。となればエイミの精神世界との相性もいいかもしれない。だったら、エイミを助けるために全力を尽くすしかないだろう。いつもはエイミに助けられてばかりの身だ。こんな時ぐらい、覚悟を決めなければ。
ヒマリは、そう決意してダイブ装置を起動した。
「あー、あー、トキ、聞こえますか?」
『問題ありません。安定しています』
「これがエイミの精神世界……」
「部室……ですね」
ダイブ装置で潜り込んだ先生とヒマリが降り立ったのは、見慣れた特異現象捜査部の部室だった。特に異常はなく、いつも通りの光景が広がっている。外で大山の調整を手伝っているトキとも問題なく会話ができているので、現時点では異常を確認できない。
__正直、意外だった。
ヒマリは、エイミの精神世界がもっとぐちゃぐちゃになっているのではないかという最悪な想像をしていたというのもあるが、それよりもエイミの展開する精神世界が特異現象捜査部の部室ということに驚いていたのだ。
何度か試験運転をして分かったことだが、精神世界という場所はその本人の性格、個性、人生経験などに影響された光景が広がっているもの。それ故、ヒマリはてっきりエイミの精神世界は涼しくて風通しが良くて開放的。そんな場所だと思っていた。
「きっと、ここがエイミにとって一番安心する場所なんだよ」
「……そうですね!この清楚系美少女部長と一緒に居られるなんてこれ以上の幸福はありませんから!」
ヒマリは、エイミが特異現象捜査部という活動をここまで楽しんでくれているという事実に少しだけ嬉しくなっていた。だが、そんな至福の時間に浸っている場合ではない。早くこの原因を突き止めなければエイミが危ないのだ。
「今は特に異常は見られませんが、エイミの身に何が起こっているのか分かりません。気を付けて探しましょう!トキも何か異常があったらすぐに知らせてくださいね?」
『分かりました』
と、言っても探すところは少ない。
「あ、居ましたよ」
捜索を開始して1分も経っていないだろう。
特異現象捜査部の大きなモニター、その前の椅子に腰かけて実際のエイミと同じように、すやすやと静かに眠っている。
いつもヒマリがいる場所、そこにエイミは居た。
「……エイミ、起きられますか?」
ヒマリはエイミを起こそうと手を伸ばす。
その時だった。
『今ならなんと90%OFF!!』
「……へ?」
その手は、突然出現したポップアップ広告に阻まれた。
想定外の事態にヒマリは戸惑いを隠せない。振り返って先生の様子を伺うも、同じく訳が分からないといった顔をしている。
なんだこれは。精神世界だというのに、どうしてその辺のWebサイトを覗いた時のようにポップアップ広告が出てくるんだ。
「……とりあえず消してみますか」
ヒマリは、いつも通り右上のバツ印を押して広告を消した。
『今すぐ50万円借りられる!!』
「……なるほど」
しかし、すぐに別のポップアップ広告が現れ、ヒマリはエイミに触れることができない。原理は分からないが、とにかく広告を見せたいらしい。
「ひたすら消していくしかないのでしょうか。……まあ、いつもやっていることではありますけどね」
ヒマリはとにかく広告を消していくが、次々に新しい広告が出てきてエイミに辿り着けない。
まるでイタチごっこだ。ヒマリが回り込んでエイミに触れようとしても、広告が邪魔をしてくる。いつの間にか部室のモニターも広告でいっぱいになり、先生も広告に取り囲まれてしまっていた。
「…………まずいですね」
消す速度が追いつかず、段々とヒマリの視界はポップアップ広告に埋め尽くされていってしまう。
『豊胸手術!今なら特別割引!』
『家庭教師のお姉さんが突然脱ぎ出して……?』
『エッチな女の子と出会い放題!』
さらに不快なのは、広告がひたすら下品なことだ。普段ネットを見ている時に表示されるだけでも少しイラッとしてしまうというのに、目の前にデカデカと出てきてエイミに触れるのを邪魔してくるとなれば、不快度は桁違いだ。
「…………ふぅ」
これ以上繰り返したところでどうにもならないだろうと、一旦ヒマリは冷静になり、広告との争いを一度止める。
「一度退出して立て直しましょうか」
「……そうだね」
ヒマリも先生も、広告に埋め尽くされて、まともに身動きすら取れなくなってしまった。このまま続けたところで事態が好転するようには思えない。
だが、エイミに何が起こっているかは分かった。
何故だかは分からないが、とにかくエイミの精神にひたすら広告が表示されるようになってしまったのだ。それもにユーザーの邪魔をしてまで絶対に広告を表示させようとする醜悪な広告が、だ。全く、可愛い後輩にこんなことをするとは許せない。
とりあえず、一度現実世界に戻って対策を考えよう。ヒマリはそう思って退出しようとした時だった。
『退『モンスターにおやつをあげよう!』出『モンスターにおやつをあげよう!』す『モンスターにおやつをあげよう!』る』
「……あっ」
退出のためのプログラムすら、広告で埋め尽くされて起動することができない。それはヒマリたちが自力で現実世界に戻ることは不可能になったことを意味していた。
「トキ!緊急事態です!こちらからは戻れなくなってしまいました!今すぐ私と先生を退出させてください!」
このままでは閉じ込められてしまう。広告に押しつぶされてしまう前に、なんとか脱出しなければならない。
だが、ヒマリは何かしらの理由でこちらからの退出操作が出来なくなる可能性を最初から考えていた。エイミの精神世界は何が起こるか分からない状況だったのだ。その程度のトラブルを想定していないわけがない。
だから、万が一に備えて現実世界で待機しているトキが強制的に脱出させられるようにしていた。
『分かってます!分かってますが……』
しかし、相手はそれすら上回っていた。
『こちらも広告に覆い尽くされて、まったく操作出来ません!』
「……そんな、嘘でしょう?」
ヒマリは絶句した。閉じ込められてしまったのだ。誰かにハッキングされたとか、そういうのではない。ただただ広告が大量に表示されているというだけで、閉じ込められたのだ。
『残念なことに『このゲーム、面白すぎる!始めたばかりなのに200連ガチャが無料!!』でして……』
「待ってください、トキ、今なんて言いました?」
『だから『本当に50万円借りられた!』と言っているんです』
最悪だ。トキとの通信にも広告が挟まり始めた。
どこまで広告を挟めば気が済むんだ。そもそもこんな場所で広告したところで意欲がそそられる訳がないだろう。ヒマリは怒りを通り越して呆れていた。
いったい全体何のためにエイミの精神世界に広告を表示しているんだ。
「先生!『新登場!クリアミント歯磨き!』……ああもう!」
もはや先生との会話すら不可能だった。
「ヒマ…………………………リ……………………だい…………じょ……………………うぶ……………………?」
広告に邪魔される上に、広告が多すぎてエイミの精神世界全体に負荷がかかりすぎているのだろう。先生の言葉も途切れ途切れにしか聞こえないし、そもそも先生の動きがカクカクしている。
ゲーム開発部の部室でゲームを借りて遊んでいる時に遭遇した、この世の終わりみたいな回線を使っている相手にそっくりな動きだった。あの時は笑い話になったが、今回はそうもいかない。
何故だか分からないが、自分はまだ通常通り動ける。エイミの最後の余力ということだろうか。
だったら、今、ここで自分が何とかするしかない。
自分がここから無事に脱出するためにも、先生のためにも、エイミのためにも。
先生が大変なことになっているのも、エイミがおかしくなってしまったのも、すべてこの広告のせいだ。酷すぎて、呆れるしかない。
広告を見せる、ということに執着しすぎて、それが何を引き起こしているのか全く理解していない広告業者だ。
ユーザーがうっかり踏むことを期待して嫌らしい配置をし、ありとあらゆる隙間に挟んでひたすらに広告を表示する。それでいて表示される広告はとにかく視聴者にインパクトを与えるために下品で、刺激的で、不快だ。
そうだ、こんな広告が嫌になったから私は…………
「…………あ」
__2日後
「それでさ、部長が……」
和泉元エイミはヴェリタスの副部長、各務チヒロとヴェリタスの部室で談笑していた。
エイミがここに居る理由はいたってシンプル。何故だか知らないが、エイミがたこ焼きを食べてからヒマリとトキの二人に避けられているのだ。さらに特異現象捜査部と先生のグループチャットから退会させられていたし、ヒマリから特異現象捜査部の部室を立ち入り禁止にされた上にミレニアムから外に出るなとも言われた。
__嫌われてしまったのだろうか。
エイミは少々常識的な生徒から外れた存在である。その性格と体質のせいで周囲に避けられることが多々あった。そもそもエイミは他人の感情への共感能力がやや低めであり、若干コミュニケーションに難がある。リオ会長から居場所を与えられ、トキやヒマリと関わるようになってからはそれなりに改善したと思っていたのだが。
エイミはそこまで考えてから、嫌われたのではないだろうと結論付けた。ヒマリもトキも、ダメだったらきちんと指摘してくる人間だ。そのままフェードアウトするような性格ではない。
それに加えて、だ。
そのあたりを先生に相談してみようとモモトークで連絡してみれば、先生からも「理由は分かるけど今は言えない」と返された。ならば問題ない。生徒のことを第一に考えて行動する先生が、二人の行動理由を知った上で認めているならば少なくともエイミを貶めるようなことではないのだろう。エイミの三人への信頼は厚かった。
大方何かしらのサプライズでも企んでいるのだろうとエイミは結論付け、ヒマリの言いつけに従って、ゲーム開発部の部室でゲームを借りたりセミナーやヴェリタスを手伝ったりしていた。暇だから構ってほしいアピールをするどこかの
「そしたら部長がね……」
「ねぇ」
エイミがチヒロとの共通の話題であるヒマリについて話していると、途中でチヒロが話しかけてきた。
「……前と比べると、よく話すようになったね」
「あっ、すいません。少し話すぎました」
エイミは、しまったと慌てて口を噤んだ。ヒマリとの思い出について熱く語るあまり、一方的に話し過ぎてしまったのかもしれない。
「……?どうしてそこで謝罪が出てくるのよ」
「えっ、いや、私が話しすぎてしまったのかと……」
だが、エイミの謝罪に対してチヒロは不思議そうな顔を浮かべる。
「違う。最初はナイフみたいな生徒だなぁって思ってた生徒が、こんなに楽しそうにヒマリとの思い出を語ってくれるようになって私は感激しているの」
「そう……ですか…………?」
「ヴェリタスの副部長として……いや、ヒマリの親友として言わせてもらうけど、あなたがこうして私たちと打ち解けてヒマリとの思い出を楽しそうに語ってくれてるってことが本当にうれしいの」
チヒロは、静かに、優しく微笑んだ。その表情は時折ヒマリが見せる笑顔に似ているような気がした。
「それに、ヒマリだってあなたのことを良く話してくれる。……本当に最初のころ、リオの手先であるあなたがヒマリのことを邪険に扱ったりしないか不安に思っていたのが馬鹿みたいね」
チヒロは苦笑した。そんな風に思われていたのかと、エイミは少しだけ驚く。しかし、逆に言えばこういうことを隠さずに伝えられるほど仲が深まったとも言えるだろう。
「でも今は違う……ヒマリのことを支えられるのはエイミだけ……これ以上の適任はいない。私はそう思ってる」
少しずつ熱を帯びるチヒロの言葉に、エイミは「ヒマリの親友」としての彼女の想いを感じ取った。やはり、ミレニアムを見守る立場の先輩であるチヒロはヒマリのことも心配しているのだろう。エイミはそんな風に思いながらチヒロの話を聞いていた。
ふと背後に視線を感じて振り返ると、ヴェリタスの部員たち、音瀬コタマ、小鈎ハレ、小塗マキが作業の手を止め、同じようにチヒロの話に聞き入っていた。
「あなたみたいな生徒がヒマリのそばに居るって思えば私も安心できる」
「ありがとうございます。私も……チヒロ先輩からの期待に添えるように頑張ります」
「お願いよ。これからも末永くヒマリのことをよろしくね」
「分かりました。任せてください」
「まずいね、言質を取られた」「どうする?トキちゃん呼ぶ?」「いや、まだ大丈夫……たぶん」
エイミの力強い返事を聞くと、チヒロは満足げに頷いた。
「……さて、ヒマリの親友として何か相談があるなら乗るわよ。困ってることとかない?」
「あるには……ありますが……」
エイミには、現在これといった悩みはない。強いて挙げるならば、ヒマリたちが裏で何かコソコソしていることぐらいだ。だが、それはチヒロにも相談することではないだろうとエイミは黙っていた。
「何?ヒマリがなかなか手を出してくれないこと?」
「手を……?いや、違いますけど、わざわざチヒロ先輩に相談することでは……」
「遠慮なく言いなさい。もしかして、ヒマリに思いが伝えられないこと?」
何故か妙に積極的なチヒロの圧にエイミが若干気圧されていると、エイミの脳内に一つの相談事が浮かんできた。
そうだ、これは部長よりもチヒロ先輩に相談した方が良いことかもしれない。
「えっとですね、最近、部長のことばかり考えてしまって……」
「ほう」
エイミが話し始めると、チヒロは椅子に深く腰掛け腕を組み、興味深そうに話を聞く姿勢をとった。少々目が怖いが、カフェインの過剰摂取だろうか。
「何を考えていても、次の瞬間には部長のことを考えているんです」
エイミは、謎の症状に悩まされていた。
何を考えていても、気が付くと考えていることがヒマリにすり替わっているのだ。ゲーム開発部の部室でゲームをしていても、こうしてヴェリタスを手伝っていても、連想ゲームのようにヒマリのことを思い浮かべてしまう。
別に困ることではないのだが、何かがおかしいような気がしてならない。
「なるほどなるほど……分かった」
頷きながらチヒロは少し考えると、満足げに笑みを浮かべて答えた。
「分かったんですか?」
「そう。それはきっと恋──」
──ガンッ!!
鈍い金属音が響いた。妖怪MAXの500ml缶がチヒロの額にクリーンヒット。衝撃で中身が溢れ出し、チヒロの顔を濡らしていく。
「……ちょっと、何するのよ」
「いや、それ以上はまずい」
妖怪MAXを投げつけた張本人である小鈎ハレは、真剣な表情でチヒロを止めた。だが、チヒロはそれよりも大事なことがあるようで軽く溜息をつくとティッシュで顔とメガネを拭きながら話を続けようとした。
「まあ、ともかく式場はこっちで用意しておくから」
「式場……?えっと何の……?」
チヒロはさも当然のことのように話しているが、エイミにはその言葉の意味が分からない。
「……?決まってるじゃない。あなたとヒマリの結こn──」
「マキちゃんタックル!(シールド無視)」
「ぐぇ」
話を続けようとするチヒロに、今度は背後から小塗マキがタックルをくらわせる。もろに喰らったチヒロはそのままマキに抑え込まれる形で部室に床に倒れ伏した。
「ちょっと、何するのよ」
「ごめんねエイミちゃん!ちょっと副部長は50徹ぐらいしてるから今頭がおかしいの!!」
「……何言ってるの?私は昨日10時間寝たわ」
「え、あ」
特異現象捜査部のエージェントであり、様々な状況に対応できるエイミではあるが、この状況を理解することができなかった。何故チヒロはヴェリタスの部員に押さえつけられているのだろうか。
「もしもし?大山先輩ですか?急患一名です」
背後では、音瀬コタマが医療技術開発部の部長である大山に連絡していた。
「……はい。ええ。チヒロ先輩が錯乱しています。鎮静剤を1ガロンお願いします」
「そういうわけだから!副部長が暴れ出す前に早く逃げて」
ハレが、エイミの体をグイグイと部室から押し出していく。部室の中では、暴れようとするチヒロをマキが押さえつけていた。
「いや、私も加勢……」
「いいから!」
エイミも押さえつけるのに加勢した方が良いのではないかと思ったが、ハレに有無を言わさず部室から追い出されてしまう。
バタン、と部室の扉が閉じると騒がしさが消え失せ、静かなミレニアムの廊下にエイミは放り出される。
「何だったんだ……」
エイミのつぶやきは誰にも聞かれることなく、空気に溶けていった。
何故チヒロがいきなり部員に襲撃されたのかも気になるが、まあきっと部員同士の戯れだろう。それよりもエイミは何故部長のことばかり考えてしまうのか気になっていた。
__部長に聞けばわかるのだろうか
エイミは、ヒマリで埋め尽くされていく脳を揺らしながら当てもなくぶらぶらと歩き始めた。
「……エイミは大丈夫そうですね」
ミレニアム校内を歩くエイミの姿をハッキングした監視カメラ越しに見つめながら、明星ヒマリは安堵の息を漏らした。
二日前──。
エイミの精神世界に閉じ込められたヒマリと先生。
原因は、思考に反応して次々と表示される広告だった。それによって負荷が増大し、正常な行動すら取れなくなり、脱出は絶望的な状況に陥っていた。
そんな状況でヒマリが打った秘策。
それが数日前にヒマリがエイミに渡した『ありとあらゆる広告を明星ヒマリで上書きするプログラム』だった。
当初は画像にしか対応していなかったが、改良を重ねたことで動画、音声、文章にも適用可能となり、さらに処理動作を軽量化することで無駄な通信をカットすることにも成功した。結果、広告特有の邪魔な小さな×ボタンや、スクロールを妨害する煩わしい表示は一切存在しなくなった。
このプログラムをエイミの精神世界にインストールしたことで、広告の機能を完全に無力化し、脱出することができたのだ。
なぜエイミの脳内に広告が表示されるのか、その理由は依然として不明のままだった。しかし、広告が機能するならば、同じ仕組みを利用してプログラムを書き換えることも可能だろうとヒマリは考えた。
__動作の理屈はいまだに納得がいかないが。
こうしてヒマリと先生は生還したのだ。
しかし、エイミはその代償を背負うこととなってしまったのである。
エイミの脳内に仕組まれていたのは、おそらく思考に応じて商品やサービスを紹介する広告プログラム。何かを考えるたびに、それに関連する広告が表示される仕組みだろうとヒマリは予想を立てていた。
そして現在、そのすべての広告が明星ヒマリに書き換えられている。
つまり、エイミが何を考えても、最終的にヒマリのことが思い浮かんでしまう。
これこそが、エイミが最近どんな状況でもヒマリを意識してしまう原因だった。
ヒマリと先生がエイミとの接触を避けていたのは、解決策に対抗する手段を広告経由で考案される可能性を排除するためだった。もし対策法が広告としてエイミの脳内に提示されてしまったら──それは一大事である。
「……しかし、思ったよりエイミは普段通りに生活できていますねぇ……。最悪、思考の自由を奪われてしまい、介護が必要になることも覚悟していたのですが……」
ヒマリは、エイミを元に戻す方法を模索しながらその行動を注意深く観察してきた。
確かに、エイミは会話の中でやたらとヒマリの話をするようになった。しかし、それ以外は以前とほぼ変わらず、普通に生活している。
エイミの脳内には、おそらく無数のヒマリが思い浮かんでいるはずだ。
だというのに、その影響をほとんど受けていないように見える。
まさか広告書き換えプログラムが動作していないのではないかとヒマリの脳裏に不安がよぎるが、エイミが普段通りに過ごせているのなら、それでもいいのかもしれない。少なくとも、先日の夜のようにエイミが言うはずもない言葉がつらつらと出てくるようなことと比べれば、天と地ほどの差がある。
ヒマリは、作業の手を止めてふっと息を吐いた。エイミの脳内でも動作しそうな広告除去プログラムを作成していたが、少し休憩を取ることにする。
一息つくために外の空気でも吸ってこようと特異現象捜査部の部室から外に出た。廊下を進んでいくと、学内の掲示板を通り過ぎることとなる。
ふと、足を止め、何気なく掲示物を眺めた。
部活動の部員募集ポスター。生徒たちが作り上げた作品の宣伝。近日開催される学内イベントの告知。数々の『広告』が掲示板を彩っていた。
──そのどれもが、情熱に満ち溢れ、見ているだけで胸が躍るような作品ばかりである。
『蛇足』
【シスターフッドの出張お悩み相談室】質問者:ミレニアムのI・Eさん
最近、何を考えていても部活の先輩のことが思い浮かんでしまうし、なんだかボーっとしてしまう。
これって一体何なんでしょうか? 友達に聞いてもはぐらかされてしまって、答えがわかりません。
【シスターサクラコの回答】
もしかしたら、それは 『恋』 かもしれませんね。
…と言っても、実は私も恋愛経験がなくて詳しくは語れませんが( ̄口 ̄∥)
でも、その気持ちを大切にして、思い切って言葉にしてみるとスッキリするかもしれませんよ。
あなたの気持ちが、素敵な形で届きますように!私も遠く離れた学校から応援していますね^^
シスターサクラコより
ヒマリのことばかり考えてしまうこの奇妙な現象について、ゲーム開発部やエンジニア部にも聞いてみたが、全員ニコニコして「そのうち分かる」とぼかして教えてくれない。それに現在は頼りになるヒマリやトキ、先生には頼れないし、何か知っていそうだったチヒロは何故か医療技術開発部に連行されていってしまった。
そこでたまたま『広告』で見つけた【シスターフッドの出張お悩み相談室】に投げかけてみた、というわけである。
「恋、かぁ……」
エイミは、小さくつぶやくと、目を閉じて自身を振り返った。こうして自身のことを振り返っているのに思い浮かぶのは、ヒマリのことばかりである。これを『恋』と呼ぶのだろうか。
和泉元エイミは、これまで『恋』というものを知らずに生きてきた。彼女は、生まれつきの性格や特異な体質のせいもあって、幼い頃から周囲と馴染めずにいたのだ。人と交わることが苦手で、いつしか一人でいることが当たり前になり、心の奥にある感情も静かに眠ったままだった。
もちろん、感情というものの存在は知識として理解している。書物の中で、映像の中で、人々が笑い、怒り、涙を流し、そして恋に落ちる様を何度も見てきた。しかし、それはあくまで他人のものだ。
理解はできるが、実感としてはわからない。共感する力が乏しく、それは自分自身の感情にも当てはまっていた。
そんな彼女の人生に転機が訪れたのは、リオ会長に拾われ、特異現象捜査部に加入した時だった。規律と秩序を重んじる会長のもとで、エイミは初めて『組織に属する』という経験をすることになる。さらに、そこで出会ったのが、ひどく感情豊かな少女、ヒマリだった。
ヒマリは途中から特異現象捜査部の部長を務めることになった先輩であり、車いす生活を余儀なくされている。そのため、エイミは彼女の補助をすることになり、部活動が終わった後も同じ屋根の下で共に過ごすことになったのだ。周囲からやや避けられがちな生活をしていたエイミにとって、常に誰かが隣にいるという同棲生活は未知の経験である。
ヒマリは、笑えば顔をくしゃくしゃにし、怒れば眉を吊り上げ、悲しければ遠慮なく涙を流す。最初は単なる観察でしかなかった。『人とは、こういうときにこういう表情をするのか』『こういうときに、こういう言葉をかけるべきなのか』と、まるで学者が研究対象を分析するように、エイミはヒマリの感情を眺め、学び、対応を身に着けていく。しかし、ある日気がついたのだ。自分が、ヒマリの笑顔を見ると嬉しくなり、彼女が困っていると助けたくなり、彼女が悲しむと胸が痛むことに。
これは、何なのだろう。
エイミは、自分自身に問いかけた。ヒマリに対して抱くこの感情は、一体何なのか。もしかして、これが『好き』という感情なのだろうか。
勉強のために読んだ恋愛漫画には、似たようなシチュエーションがあった。登場人物たちは、相手のことばかり考えてしまう気持ちを『恋』と呼び、やがて告白へと至る。しかし、漫画と現実は違う。あのキャラクターたちのように、自分もヒマリのことを『好き』だと言えるのか。
わからない。自分は、本当にヒマリのことが好きなのだろうか。現時点では、胸を張って断言できない。
自分の感情にさえ鈍感なエイミは、答えを出せずにいた。しかし、それでも、ヒマリの隣にいたいという気持ちは確かにある。今まで知らなかった感情の世界に、一歩足を踏み入れたのだ。
恋とは何か。愛とは何か。
エイミはその答えを見つけられないまま、今日もヒマリと同じ屋根の下で眠るのだ。
「ぐぬぬぬぬ……エイミ……それは嬉しいですが……」
一方そのころ、密かにエイミの行動を監視していた明星ヒマリは、思わず小さく唸った。万が一の事態に備え、彼女の様子を見守っていたのだが、どうやらエイミは自分に対して恋心を抱きつつあるらしい。そのことに奇妙な嬉しさを感じつつも、その恋心が錯覚であることをヒマリは知っている。
脳内に仕込んだ『広告書き換えプログラム』の影響による錯覚で産まれた恋心であるという事実が、胸の奥にわずかな罪悪感を生んでいた。
それでも、エイミが自分のことを特別に思ってくれていると考えるだけで、心が温かくなる。だが、果たしてこれは本物の想いなのか。それとも、エイミと同じようにただの錯覚なのか。
ヒマリは、エイミと同じように複雑な気持ちを抱えたまま、そっとため息をついた。
『蛇足その2』
【活動報告】執筆者:飛鳥馬トキ
というわけ*1で私が書きます。
今回エイミの脳内に出現した物を仮に【脳内広告】と呼称しますが、【脳内広告】は和泉元エイミが██/██/06 1█:██に視聴しようとした美食研究会の黒舘ハルナが氷の大地に幻のスープを採りに行く動画*2*3の動画前に流れた広告を通じてエイミの脳内にインストールされた広告生成プログラムです。
ここでエイミが視聴してしまった動画広告は通常スキップされる長尺(50分)のものであり、特異な方法で視聴したことが、本事案の引き金となったと予測している。エイミは動画広告を3000倍速で再生する機能を有する携帯電話を使用しており、通常であれば誰も全編視聴しない広告を完全に視聴した結果、【脳内広告】が彼女の脳にインストールされたと考えられる。
エイミが【脳内広告】に感染したことで、次のような段階的な変化が見られた。
第1段階:思考の広告化
・思考が広告のように変質し始め、頭の中の思考が広告の文体に変化。
・この時点で思考内の広告に意識が向けられて、ボーっとしているような状態になる。
第2段階:行動への影響
・他者と会話をする際にも、広告のような口調になった。
・スーパーマーケットで買い物メモを読み上げているだけなのに、不必要なお買い得情報を付け加えるようになる。
・スマホ等を用いて『よりよい広告』を作るための学習をするようになる。
第3段階:完全広告化
・精神世界が広告で埋め尽くされ、通常の会話が不能に。
・この際、所謂スパムのような文章で会話するようになる。
・おそらく『下手な鉄砲』で顧客を得るのが早いとAIは判断したのではないか。
・精神世界が完全に汚染されているため、ダイブ装置等を使うのは危険である。
また、おそらくまだ次の段階があったのではないかと予想されている。
医療技術開発部の大山部長曰く、人間の脳に広告生成プログラムをインストールすることは本来不可能。しかし、エイミが脳機能を変化させる50分の広告を高速視聴したことで、脳の機能が拡張され、電子空間のような構造になっていた。これにより、広告生成AIがエイミの脳はインストールが可能な状態にされてしまったということであるらしい。
しかし、電子空間のような構造になっていたことにより、広告による負荷を軽減してすべて無害なものに変換する『ありとあらゆる広告を明星ヒマリで上書きするプログラム』が適用可能な状態に。これによりエイミの精神世界への広告による汚染を食い止めることに成功。その後、『広告除去プログラム』を適用することで【脳内広告】を完全に除去することに成功。エイミは普段通りの生活に戻ることができた。
【脳内広告】は、████年に広告代理店である株式会社████*4が作成した広告自動生成AI『████』が元になっていると現時点では予測されています。この広告自動生成AIが現在の【脳内広告】へと変化した理由については不明であり、現在調査中です。*5*6
エイミの携帯の履歴から動画広告の発信元を特定したところ、現在は無人となっている株式会社████の本社ビルの地下室であると判明。この地下室にスーパーメイドである飛鳥馬トキが乗り込んだところ、広告自動生成AI『████』を動かすために用意されたサーバーだけが稼働している状態で放置されていました。シャーレの先生が連邦生徒会権限で『廃ビル崩壊の危険性による強制取り壊し』の名目により土地の権利ごと押収した上でビルも含めて全部解体。これにより、今後【脳内広告】が出現することはないと現時点では予想されています。
なお、サーバーが動いていた理由に関しては株式会社████の元社員に聞いても不明であった上に、広告自動生成AIの元プロジェクトチームは廃棄したはずだと証言しています。廃ビルの不法侵入及び無断使用の罪状でシャーレ及び連邦生徒会が犯人を調査中です。*7
【エイミからのコメント】
ご迷惑をおかけしました。
「ふぅ……」
活動報告を書き終えた飛鳥馬トキは、一度読み返して不備がないことを確認すると安堵の溜息を漏らした。
今回の脳内広告事件は、中々に奇妙で大変な事案ではあったが、特にこれといった人的被害も物的被害もなく済んだのは幸運だっただろう。本人には言いにくいことだが、狙われたのがエイミだったことは幸運だった。エイミでなければここまで早く解決することができなかっただろう。
しかし、だ。
活動報告にも書いたがあの広告自動生成AIを動かしていた犯人はまだ分からない。その事実が飛鳥馬トキに一抹の不安を抱かせていた。
この事件が【デカグラマトン】に関連していないとは言い切れない。それにまたどこかで同じような【脳内広告】が出現するかもしれないし、エイミの脳内に侵入した【脳内広告】が消え去っていない可能性だってある。
トキは、色々と考えながらインターネットの海を漂う。常に視界の端には広告が入り込んでいた。
この無数の広告の中に、エイミの思考を学習した【脳内広告】が紛れ込んでいるかもしれない。そう思うと、広告を眺めるのが若干怖くなる。
だが、広告というものはいかにしてユーザーの目を引くかを考えて作られているため、意識していたとしても無意識のうちに目で追ってしまう。
そもそも、この現代社会において広告を避けて生きることなど不可能に近い。人の手が届かない山奥で誰とも接さずに生活するとかそういうレベルの話になってくる。
だからこそ、不快感を煽るような広告はやめてほしいものだが、まあ難しいのだろう。
もし、エイミの趣味嗜好を学習した広告自動生成AIがどこかで生き延びていたとしたら、そういった広告の表示は控えてほしいものだ。トキはそっと心の片隅で、同級生の趣味嗜好が不快な広告を生成することがないように祈る。
「……やめますか」
トキは、らしくないなと祈りを中断した。広告から離れて気分転換でもしようと、スマホを机に置いて背筋を伸ばす。広告に振り回されながら生きるなんて、馬鹿馬鹿しい。
それに、『脳内のリソースを常日頃からほぼ全てヒマリに回しているエイミ』のことを学習して完成した広告生成AIなんて、生き延びていても大した害はないだろう。
このことは、活動報告には書いていない。書いたら消されることが分かり切っていたからだ。
でもよく考えてほしい。
広告による負荷で先生はまともに動けず、こちらも全く操作ができなかったというのに、ヒマリだけは普段と変わらず動くことができた。その後、無限に脳内に広告が生成されて思考が制限される上に、それが全てヒマリに上書きされるという特異な現象が起こっていたのにも関わらず普段と同じように生活ができた。
どう考えても和泉元エイミは、普段からヒマリのことばかり考えているに違いない。
だからヒマリはエイミの精神世界で通常通りに動けたのだし、例のプログラムを除去するまでの数日間普段通りに過ごすことができた。普段と変わらないことだからだ。
と、活動報告に書いたところでヒマリは消してしまうだろう。それに【脳内広告】自体にはほとんど関係ないことだから書く必要もない。
しかし、この考察は自分の脳内にしまっておくにはあまりにも勿体ないものだ。【脳内広告】に対する情報共有と称して
地上を歩けない人魚と無表情系女子が恋に落ちるというGL漫画の広告が表示されていた。
=終=
和泉元エイミの活動記録は毎回毎回別世界線なので適当に設定を盛っても次の回には無かったことにできるし、します。独自設定タグもあるし
大山は都合のいい存在なので覚えても覚えなくてもどっちでもいいです
(あとこれホラーか?ってなってる)