霙 作:散髪どっこいしょ野郎
目覚まし時計が鳴り、僕は目を覚ます。
……?
僕は目を覚ました?
「は……?」
最後の記憶は病院のベッドで永遠の眠りについた時のこと。その筈が、僕は目を開き実家にいる。
思わず起き上がるが、体に不調は無い。吐き気も死臭も無い、完全に健康な肉体に戻っている。
今はとにかく情報を集めないと。枝木さんにも会いたい。
そうして起床した僕はリビングに入りテレビを点ける。目撃したのは──初めて枝木さんと出逢った日、つまりあの事故が発生した日の日付だった。
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夢を見ているのではないかと何回も頬を抓った。
その都度やってくる痛み。僕の生きている証拠。
どうにも信じがたいが、僕は逆行しているらしい。懐かしい制服に着替えリュックを背負う頃には、その非現実も半ば無理やりに飲み込みさせられていた。
……この道を行けば、枝木さんに会える。
だけどそれは本当にいいのか?死を以て傷つけてしまった相手に、会う資格が僕にあるのか?
決心もつかないまま歩き続ける。
ふと、湧いて出た疑問。
僕の右腕は受け取ってもらえただろうか。拒絶反応は……あっただろうな。他人の腕なんだから。
逆行しておいてこんなことを考えるのは無意味かもしれない。だとしても、僕が死んだ後の彼女がどうなったか気にせずにはいられなかった。
そんな思考に浸っていると……着いた。運命の分かれ道に。
信号が青く点る。しかし僕は立ちすくんだまま。すると数秒も経たずに信号無視したトラックが速い速度で目の前を通り抜けていった。
「わ、危ないな~」
背後から声が聞こえる。かつて僕が愛していた、そしてこれからもその気持ちは変わらない、初恋の人の声。
振り返る。そこにいたのは他でもない──
「──枝木さん……」
「……え?ご、ごめんね、どっかで会ったことあったっけ?」
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関わらない方がいいのかもしれない。
未来で僕は膵臓ガンになる。愛別離苦を再び背負わせるのは、あまりにも酷だ。
もちろん死なないためにできる限りの策は打つ。検査も頻繁に行くつもりだ。
だけど、この世界で枝木さんの両腕は健在だ。もう僕との接点はほぼ無い。
──だが、やはり辛いものは辛い。
枝木さんを想うのであれば関わりを絶つ方がいいのかもしれない。分かってはいても、たった一人の恋人を諦めるのは……。
とまあこのように入学したての頃は四苦八苦していた。
しかし時間が経つにつれて改めて離れた方がいいという現実を(不承不承ながら)受け入れかけていた頃に、それは起こった。
「これから隣よろしくね!藤沢くん!」
「……よろしくお願いします」
こういうのを運命のいたずら、と呼ぶのだろうか。
初めての席替えは、僕と枝木さんが隣り合う結果に。ご丁寧なことに教室の隅だ。
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しばらく平穏な日々を過ごして確信する。やっぱり僕は彼女が好きだ。離れたくない。
たとえそれが身勝手なエゴだとしても、僕はまた、枝木さんと未来を歩みたい。
「えだ──佐藤さん」
「うん?なにー?」
「貴方のことが好きです。付き合ってください」
「……え、えぇぇぇっ!?」
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「にしても思い切ったことすんなぁ、遥」
「そうかな」
友人と食事をしながらそんな言葉を交わす。確かに人目をはばからずに告白をするのは我ながら思い切った行動だと思うが、好きな人に好きだと伝えることは当然だと僕は言いたい。
そう言うと友人は半ば呆れ顔で空を仰いだ。
……迷惑、だっただろうか。白昼堂々あんなことを言ってしまった。
後悔先に立たず。覆水は盆に返らない。
……それでもやっぱり彼女が好きだ。僕は彼女と添い遂げることも、生きることも諦めたくない。
「むぐむぐ……にしてもお前料理上手いなあ」
「そう?だったらよかった」
長年に渡り染みついた癖は死んでも治らないのか、僕はいつも二人分の弁当を作ってしまう。その片方は友人に食べてもらっている。
枝木さんとは先ずは友達から、ということになった。当然だ。いきなり大して親しくもない相手に恋情を抱かれてハイ分かりましたと答えるほうが異常とも言える。むしろ友達から、という逃げ道を用意してくれたことに感謝するばかりだ。
枝木さんはバスケ部に入った。前回の人生では帰宅部だった故に話しながら同じ帰り道を歩いていったが、今回はそうもいかない。
思わず唸ってしまう。どうやって接点を増やせばいいか、どうすればまた彼女に好きになってもらえるのか。
帰り際にタイミングを合わせる?ダメだ。流石にそんな気持ち悪いことはできない。まあいきなり告白しといて何を言っているんだという話だが。
僕は前と変わらず料理部に入った。せっかくなのだからスポーツの楽しみを味わってみてはどうだろうかとも考えたが、僕にそんな熱意はない。
「まーたなんか考え事してんな。どうせ佐藤さんのことだろ?」
「……どうして分かった?」
「お前結構顔に出やすいから」
自分で自分を気持ち悪い人間だと感じているが、そんな僕と付き合ってくれている──ここでは恋愛的な意味ではない──友人にも感謝は尽きない。
……僕は、恵まれているんだな。
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「あー!ど、どうしよう。お弁当忘れちゃった……!」
いつも通り昼休みになり、弁当を開けていると枝木さんの声が聞こえた。
「どうしよー……学食の分のお金もないし……」
「アタシが奢ってあげようか?」
「いや~悪いよ。はぁ……今日はお昼無しかぁ」
彼女には、彼女の友人がいる。僕がでしゃばる問題じゃない。
──それでも僕は、枝木さんへの愛を誓った。
「よければ僕の弁当を食べませんか?ちょうど二人分ありますし」
「え?い、いいの?」
僕の友人は『今日は焼きそばパンの気分』と言って購買に向かった。無理やり二人分胃に収めるよりは、誰かに食べてもらった方がいい。
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と、いうわけで僕と僕の友人。そして枝木さんと枝木さんの友人の四人で共に食事をすることになった。
「それじゃあ……いただきます」
「どうぞ」
いつもの癖で彼女好みの味にしてある。多少冷めても美味しさは確保されているという自負があった。
「……おいしい。おいしいよ藤沢くん!毎日でも食べたいくらい──って、何言ってんの私!」
「貴方が望むのであれば毎日でも作ってきますが」
「~~~っ!!!で、でも……」
「いーんじゃねーか?コイツいつも二人分作ってきてるし」
ナイスフォロー友人。とはいえ流石に僕に弁当を作らせるのは気が重いようで、枝木さんは渋っていた。というか同年代の男、しかも突然告白してきた相手から貰った弁当を不気味に感じるのも無理はないだろう。
……。
今のところ僕は気持ち悪い歩み寄り方しかできていない。僕ってこんなに不器用だったのか、と知らされる第二の人生だった。
「でも枝木ってバスケ部なんでしょ?わざわざ疲れた体引きずって自分の弁当作るよりかは藤沢に任せた方がよくない?」
ナイスフォロー枝木さんの友人。しかしその言葉にはどこか裏を感じられる。
「……本音は?」
「そっちの方が面白そうって思ったから」
……どうやら中々食えない人のようだ。
「……じゃ、じゃあお願いします……」
そうこうしている間に弁当条約は締結。僕は彼女の昼食を担当することに。
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「えだ──佐藤さん。よろしければ、一緒に帰りませんか?」
「お、大胆だねぇ」
彼女の友人に茶化されるが、僕は本気だ。
「え、帰り遅くなっちゃうよ?それでもいいの?」
「ちょうどいいじゃん。帰り道一人きりなのは不安ってこの前言ってたし」
「本音は?」
「そっちの方が面白そうって思ったから」
部活が終わるまでは自習室で勉強でもしていよう。そうすれば時間も無駄にはならない。
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「お待たせ。さ、帰ろ」
「はい」
辺りはすっかり日も落ちて、街灯のおぼろげな光が僕らの行く道を照らしている。
運動部とはいえど夕食前には帰られるようだ。枝木さん待ち用に携帯食を持参する必要もないだろう。
前世の記憶プラス枝木さん待ちの時間を勉強にあてたことで僕の学力は学年トップクラスだ。前世とは違い勉強会を開いていないので、枝木さんは平均値をやや上回る程度の成績。
……待てよ。もしかしたら大学は別々になるかもしれない。それは非常に困る。彼女が前回と別の所を選んでしまったら、この関係に終止符を打たれるかもしれない。
嫌だ。かといってわざわざ彼女の進路に合わせるのも何か違う気がする。
「藤沢くん、どうしたの?」
「──ああすみません、何でもないです」
焦りが募る。以前のように勉強会を開くにしても今回の枝木さんは運動部所属。きっと疲れて集中力も前のようにはいかないだろう。
「……やっぱりどうしたの?すごい悩んでる感じだけど……。私でよかったら話聞くよ?」
「……佐藤さん」
目を合わせる。引かれないだろうか。いやこの期に及んでそんなことを考えるな。
「貴方の勉強を手伝わせてもらえませんか」
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櫨乃美高校に入って一年。友達もできたし、順風満帆の学生生活を送っている……のだけれど。
隣の席の藤沢くんがものすごい色々してくれる。いきなり告白された時はびっくりしたけど、付き合ってもいないのにお弁当を作ってきてくれたり帰り道を送ってくれたり勉強を手伝ってくれたりすることにはもっとびっくりした。
藤沢くんは人に物を教えるのが上手い。勉強会の時間はそこまで取られないけど短く分かりやすく教えてくれる。
そんな藤沢くんだけど、笑っている所を見たことがあんまりない。
いつも何か悩んでいる様子だし、私を見ながら泣きそうな顔をすることもある。……入学式の時もそうだけど、どっかで合ったことあったっけ?
だからいつものお礼……ってわけじゃないけど、ちょっとでも藤沢くんの笑顔を見られるようにしたい。それが高校二年目の目標かな。
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学年が上がり、接触する機会は減るどころか増える一方だった。席替えをする度何故か毎回隣になる。
それは喜ばしいことだ。少なくとも僕にとっては。
関係の構築は……上手くいってるか僕には分からない。仮にいい間柄を築けたとしてもまた悲しませてしまうのではという不安も連なる。毎日が薄氷を踏んでいるようだ。
「遥、佐藤さん、メシにしようぜ」
「アタシもいるんだけど」
「悪い悪い」
「美味しそ~……食べていい?」
「どうぞ」
だけど、なんやかんやで今のところは幸せだ。この四人で食事をできるだけでも甘露のような多幸感が舞い込んでくるのを感じる。
──だから、そうだな。仮に死んでも悔いは無い。
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いつも通り二人で夜の道を歩いていると、枝木さんは一つ提案を持ちかけた。
「ねえねえ藤沢くん」
「はい、なんでしょう」
「今度バスケの試合があるんだけど……見に来てくれる?」
「行きます」
前世では見ることが叶わなかったスポーツマンとしての枝木さんの姿。見逃すわけにはいかない。
「それとさ」
「はい?」
「よかったら……よかったらだよ?藤沢くん、私の孤児院に来てくれる?都合が合えばいつでもいいから」
「……いいんですか?」
「うん。孤児院の子たちとか、職員さんとかに藤沢くんのこと教えてあげたくて」
せっかくの機会だ。彼女を取り巻く環境について理解を深めるのもいいかもしれない。
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試合の日はすぐにやってきた。
幸いにも会場は近場だったため自転車を漕いで向かうことができた。
「あ」
「お、藤沢じゃん」
すると偶然にも彼女の友人と鉢合わせた。
「貴方も応援ですか?」
「まあそんなとこ」
会話もそこそこに、僕たちは席に座る。ちょうどよく全体が見渡せる位置だ。
「藤沢はさ、枝木のどんなところが好きなの?」
試合が始まるまでの待機時間、唐突にそう聞かれた。
「全部ですかね」
「うっわベタ惚れじゃん」
そう言うとニヤニヤと笑い出す。はて、そこまで変な回答だっただろうか。
そんな会話を繰り広げていると試合が始まった。
会場を覆う熱気。彼女の姿はすぐに分かった。ユニフォームに身を包みボールを追い求めている。
「……すごいですね」
「でしょ?アタシは前から知ってたけど、藤沢が知ったら喜びそうだと思ったんよね」
素人目から見ても鮮やかな身のこなしだった。そんな彼女を、柄にもなく声を張り上げて応援した。
そんなこんなでゲームは終了。枝木さんチームの勝ちだ。
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「二人ともありがとねー。来てくれて」
「んー」
返事をしたのは枝木さんの友人。僕には声を出せない理由があった。
「よく聞こえたよ。藤沢くんの声援」
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛、煩゛か゛っ゛た゛で゛す゛か゛?」
「ううん、そんなことないよ。すごい力になった」
「そ゛う゛で゛す゛か゛」
「あはは、声ガラガラだね」
「マジでガラガラじゃん。ウケる」
枝木さんはカラカラと笑う。その笑顔を見られただけで今日は十分すぎた。
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『来週末孤児院に行ってもいいですか?』
藤沢くんからメールが届いた。
どどどどうしよういざ来るってなると緊張する。……いやいや何を緊張してるの私は。
誘ったのは私だ。なら、どんと構えていた方がいい……って藤沢くんの友達は言うだろうな。
多分、みんな藤沢くんを好きになってくれると思う。藤沢くん優しいし。
それにしても、なんで私は孤児院に来てほしいなんて言った?そこが不思議でしょうがない。
──いい人だと思う。だから同じ孤児の子とか、職員の人たちとかにも彼のことを知ってほしいって思った。
……本当に、それだけ?
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「今日はありがとうございました」
「そんな、お礼を言うのはこっちの方だよ」
私の目論見は見事嵌まった。みんな藤沢くんといて楽しそうだったし、また会いたいとも言ってくれた。
成功だったんだけど……私は少しモヤモヤしている。
藤沢くんの心からの笑顔を、まだ見られていない。
決めた。こうなったら意地でも藤沢くんを笑わせてみせる!……卒業までに!
「どうかしましたか?」
顔を見つめながら決意を固めていると、彼は訝しげにこちらを向く。
「あ~……や、なんでもないよ。それより家ここなんだね。いつも孤児院まで送ってくれてるから気づかなかったよ」
一緒に帰るようになってなんでもない話をすることも増えた。接触の機会は増えているのにも関わらず、私は藤沢くんのことをあまりよく知らなかった。
「それじゃ、またね」
「はい。また」
両親はどんな人なんだろう。いつも何をしているんだろう。
今まで考えてもこなかったことが、今はとても気になる。
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高校三年生になり、僕たちは本格的に将来を見据えるように。
勉強会の頻度も増えた。ありがたいことに枝木さんは僕と同じ大学を受ける心づもりでいるようだ。この際情け容赦は込められない。心を鬼にして学力を向上してもらう。
部活も引退し、進学先に向けてひたすら勉強をする日々。まあ僕の部活はほとんど帰宅部と変わりなかったのだが。
そんな日常も愛おしく思える。いずれ難病に罹る身からすれば、毎日が新鮮で喜びに溢れていた。
それはそうとして、修学旅行に行く時期となった。
僕たちの班は僕を含めたいつもの四人と、顔馴染み二人を追加した六人班だ。
何処を観光するかは決めてあるが、一つアクシデントが起こることを前世の記憶持ちの僕は知っている。
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「わひゃ~!!」
「よかったら、これ使ってください」
予報では晴れだったのに、突然のゲリラ豪雨。せっかくの修学旅行なのに雨になるなんて。
そう、本当に突然のことだったのに、藤沢くんは
あらかじめ買っておいたタオルを雨宿りに来た私に手渡し、班員にしばらく離脱することを連絡。流れるような手捌きだ。
降り出してまだそこまで経っていなかったからあまり濡れてはいない。いつの間にか藤沢くんを除いたみんなは別の場所にいたから、私と藤沢くん二人きりで雨宿りをしている状態。
「…………」
「…………」
気づけば藤沢くんの横顔を眺めていた。
「…………」
凜とした横顔。手持ち無沙汰に宙を眺める姿に、目を引かれる。
「……なにか?」
「あ~……いや、藤沢くんってかっこいいなって」
バカバカバカバカ何言ってんの私!ていうか今まで散々見てきた顔なのに……なのに……なんでこんなに綺麗に見えるの?
「……ありがとうございます」
はにかむ藤沢くん。そんなところも見ていたいと何故か考えている私がいる。
「……ねえ、藤沢くん」
「はい?」
「藤沢くんのこと、下の名前で呼んでいいかな」
「是非」
……それにしても藤沢くんはなんで私を好きって言ってくれたんだろう。
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「あー……!すっごくドキドキするね!」
「そうですね」
今日は大学合格発表の日。今日まで嫌になる程勉強を頑張ってきた。枝木さんも同等に。
いくら前世の記憶があるからといって過信してはならない。難関校の試験となれば尚更だ。
加えて、僕だけが受かってはダメだ。枝木さんと同じ未来を歩むためにも、大学は共に通いたい。
張り出された合格発表のボードを見る。お互いの数字は────あった。
「やった!やったよ、遥くん!」
「そうですね。……よかった」
「──え、あれ、遥くん……」
「?どうかしましたか?」
「…………笑ってくれた」
我ながら感情の起伏が乏しい自覚はある。だが、それを踏まえてもこの合格は嬉しかった。
だからまあ、頬が緩むのも仕方ない。
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卒業を間近に控え、高校に通う日も残り僅かとなった。
ある放課後、僕は枝木さんに誰もいない空教室に呼び出された。
「何か御用ですか?」
「あー……うん。そんな感じ」
枝木さんは頬を赤らめている。改めてそんな彼女を愛おしく思う。
「今日まで、さ、楽しかったんだ」
「……」
思い返す。忘れ難く、大切な彼女たちとの軌跡。間違いなく人生最高の三年間だった。
「遥くんに言われてからずっと引っかかってたんだよね。私、君をどう思っていたのかって」
今となってはあの突然な告白を恥ずかしく感じる。アレはちょっとした黒歴史だ。だが彼女にとってはそうでないようで。
「私、遥くんのことが好き。だから、付き合ってほしいな~って……」
「はい、喜んで」
するとそこかしこに隠れていたクラスメイトが一斉に歓声を上げた。中には口笛を吹いている者もいる。
「え、え?なんで、みんな」
「やっと付き合いだしたかー」
「チクショー卒業してから告る方に賭けてたのによー」
どうやら彼女と僕の気持ちは周りに筒抜けだったらしい。賭けなんてやるくらいなのだから、よっぽどだったのだろう。僕は今日に至るまで気づけなかったが。
僕たちの友人はニヤニヤとこちらを見つめている。まったく、意地の悪いことだ。嫌ではないが。
とまあこのようにして、僕らは再び恋仲になった。
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「最初に言っておきます。僕は死ぬかもしれません」
「──え?」
二人で大学に通うようになって数ヶ月経った頃、私は突然の告白を受けた。
遥くんはウソとか冗談とか言うタイプじゃない。だから、これはきっと本当のこと。
だとしても受け入れられない。受け入れられるわけがない。いきなりそんな現実を叩きつけられて。
遥くんは淡々と告げる、膵臓ガンが発覚したこと。早期に発見できたことで手術による治療は受けられるけど、生存率は高くないということ。
お母さんとお父さんを喪った時、私はまだ幼かった。この火傷痕も仕方ないと思う。
だけど初めて神様に祈った。どうか、どうか遥くんを連れて行かないで。私はどうなってもいいから。
その祈りが通じるか分からない。でも、私は遥くんの未来を諦めたくない。
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「──というわけだからしばらく入院することになるんだ」
僕は今、実家にいる。父さんと母さん二人に膵臓ガンのことを打ち明けた。
「……それは、完治するの?」
母さんの不安げな問いに事実を以て答える。
「それは分からない。だけど手術は受けたいんだ。だから──お願いします。お金を貸してください」
諦めたくない。今の僕には枝木さんがいる。可能性がある限り、僕はもがき続ける。
「……金のことは気にしなくていい。そのかわり約束してくれ。お前は俺たちより先に死ぬな」
次に言葉を発したのは父さんだった。よかった。金銭面は僕一人ではどうしようもないことだったからだ。
……後は可能性に賭ける。諦めない。諦めてたまるか。僕は生きる。
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「枝木さん」
「…………」
手術前日の日。見舞いに来てくれた枝木さんに誓う。
「──必ず。必ず、生きてみせますから」
「……うん。待ってる」
それだけで十分すぎる程の力を貰えた。
お前も足掻けよ僕の体。お前を枝木さんが待ってるんだ。
十年後
桜並木にて、花弁が吹き荒れる。
「枝木さん」
「なに?」
「愛しています」
「────っ、私もだよ」
その中で、想いを伝え合う男と女。
彼らは未来を掴み取った。
まず大前提に、膵臓ガンは発見と治療が非常に困難な病である。
たとえ早期発見できたとしても五年生存率は半分を下回る。しかし、それでも彼は生を掴み取った。
再発の危険性はもちろんある。しかし、それでも今回の勝者は藤沢遥だ。
彼らは出逢うべきではなかったのかもしれない。今も藤沢遥の中ではそんな思考が回る時がある。
ただ後悔はしていない。その証に二度目の生を享受し、大きな障害を乗り越えてみせた。
その選択が正しいのかは誰にも分からない。ただ、彼らは並んで歩いている。いずれ等しく混ざり合う霙のように。そして、いつまでも積もっていく雪のように。