思えばここまで、強くなりたい、強く在りたいと思った事は、これまでなかったような気がする。真那を支える為、真那の負担を減らす為、そして真那の期待に応える為に、今より強くなりたいと思う事ならこれまでにもあった…が、それも今思えば漠然とした、どこか遠い目標へ対する思いだったように感じる。エレンとの稽古においても、侑理はそうであった。エレンに報いる為とは思いつつも、やはり目標はぼやけていて、はっきりとした『どうなりたい』という形が見えていなかった。考えてすらいなかった。
されど、今は違う。今の侑理には、はっきりとした目標が、自らの歩む先を指し示すものがある。己が強さを証明してみせろという、エレンの言葉。そこに込められた、侑理を…自分すらも分かっていなかった『強さ』を信じてくれる気持ち。それに答え、示す為の戦いと、準精霊。何をすれば良いのか、どうしたら良いのか…自分は何をしたいのか。それを真っ直ぐに見据えた侑理は、自らを信じる思いと共に…飛翔する。
「そこだッ!」
左のレイザーカノンで、準精霊を追い立てる。出来る範囲の連射で回避を促し、その場から動かし…先読みした回避先へと、もう一丁で偏差射撃。それも敢えて、少しだけ正確な位置からずらす事で、ギリギリ準精霊に反応させる。咄嗟に動きを止めたところで、再び左手のカノンを、本命の射撃を叩き込む。
その本命の射撃も、準精霊には防がれる。防ぎ、弾き、どうだとばかりに侑理を見やり…しかしもう、侑理はその準精霊を見ていなかった。見る必要などなかった。…既にもう、彼女はエレンの間合いに入っていたのだから。
「この私の存在を失念するとは…その対価は、重いですよ」
難なくエレンはその準精霊を斬り伏せる。すぐさまエレンも次の準精霊へと向かっていく。そこまでの侑理の射撃が、別の準精霊を相手取っていたエレンの方へ、丁度エレンが片付けるタイミングに合うよう誘導する為のものであった事は、言うまでもない。
「……っ…何よ、何なのよこれは…!」
「何が起こっているの…!?なんでこんな、急に…!」
二人の
(見える…これまでよりもずっと、動きが、全体が…!)
マイクロミサイルを放射状に放ち、準精霊達の目を引く。無誘導のミサイルによる陽動は先程も行った手だが、そこから続く攻撃は、先程より早い。より素早く狙い、ミサイル発射から準精霊達の目がそちらへ向かうまでの絶妙な間を読み切って、左右のレイザーカノンでそれぞれ別の相手を撃つ。
放った二条の射撃の内、片方は防がれ、片方は躱され、どちらもダメージには繋がらない。しかしそれは、予想済み。防御される事も、回避の動きも、予想通り。どちらも狙い通りに動いてくれる。…否。どちらの準精霊にも、侑理が狙った通りの動きをさせる。そして、躱した準精霊に待っていたのは、エレンの刃。斬り裂いたエレンが見据えているのは、防御で動きの止まったもう一方の準精霊。
「くッ…とにかくまずはあっちを落とすわよ!そうすれば余計な事を気にせず囲めるんだから!」
「余計な事、ですか。呆れる程に甘い見立てですね」
リーダー格の準精霊が指示を飛ばす。だが、エレンの横を抜けようとした準精霊は悉くがエレンの
侑理は仕切り直し以降、前衛後衛とはっきり分かれるのではなく、可能な限りエレンに追従し、追いながら支援するというスタイルに変えていた。当然負担はそれまでの比ではないが、そうして追従するスタイルを取った事で、数で大いに不利なこの状況でも分断される事なく、エレンへの支援攻撃が出来ていた。更に距離が近い…即ち侑理を狙ってくる準精霊は自然とエレンにも近付く形となる為に、侑理は囮としても機能していた。
「……っ、まだだ!こいつの対応能力がどの程度なのかは、もう割れて……」
「遅いッ!」
それでもまだ、数は準精霊達の方が遥かに上。彼女等は他方向から同時に仕掛けており、大きく迂回した二体の準精霊が、左右から侑理を狙ってくる。
先程は、
これも、
「ちっ…調子に、乗るなッ!」
とはいえ一度に狙える、対応出来る相手の数には限界がある。両側面から仕掛けてくる準精霊を迎撃している内に、後ろから迫るもう一体は侑理へ距離を詰めていた。当然、侑理にその存在は見えていない…が、
既に背後の準精霊はかなりの距離にまだ来ている。だからこそ侑理は振り向くと共に、左のレイザーカノンを放る。立て続けに腰へと手を伸ばし、レイザーブレイドを振り出す。
「なんだ、剣もあるのかよ…けど、銃器使いが斬り合いであたしに勝てると思って……」
「──エレンさん!」
居合いが如く放った魔力の刃と、準精霊の幅広の剣が衝突する。ここまで射撃とミサイルのみで戦っていた侑理の抜剣に準精霊は驚いた様子を見せるが、むしろ都合が良いとばかりに笑みを浮かべて押し込みにくる。
腕に掛かる圧力、重み。恐らくそれは、侑理が準精霊に与えているものよりも強く…斬り結んだ瞬間から、近接戦では向こうに分があると分かっていた。そしてそもそも、侑理は目の前の準精霊と違い、斬り『合い』をするつもりなど毛頭なかった。
刃同時がぶつかっていたのは、たった数秒。押し込まれ始めた次の瞬間には、侑理は上体を逸らし、スラスターを吹かして一気に後退。準精霊の押す力も利用して、すぐさま離れていく。対する準精霊は、逃すかとばかりに前傾姿勢を取る…が、その瞬間侑理は上昇。今よりも身体一つ分上昇し……直後、一瞬前まで侑理がいた位置に姿を現したのは、宙に刃を煌めかせるエレン。
「なッ、ぁ……!」
まるで入れ替わるように…実際侑理が自分の身で隠していた事により、一切悟らせる事なくエレンは接近。そのままエレンは一直線に駆け抜け…すれ違いざまに、防御の隙すら与える事なく腹部を斬り裂く。やられた彼女は準精霊の中でもかなり手練れの方だったのか、彼女が瞬殺された事で複数の準精霊が顔を引き攣らせ…そこに落下してきた侑理のレイザーカノンを、エレンは左手を掲げて掴む。
「少し借りますよ、侑理」
言うが早いか、エレンは飛び回りながらレイザーカノンを放ち始める。トリガーの弾かれた銃口からは、エレンの精製した魔力が放たれ…だかしかし、その光芒はこれまでの、侑理の射撃とは訳が違う。
一言で言えば、別格だった。一発に込められた魔力の量も、発射のスパンも、それによる破壊力と制圧力も…最早別の武器かと思う程に、段違いだった。エレンの乱射で立て直そうとしていた準精霊達は瞬く間に散らされる。続く侑理のミサイルが動きを封じ、再びレイザーブレイドを構えたエレンが矢継ぎ早に各個撃破を重ねていく。
「うっわ…うちとは何もかも違い過ぎる……」
「何を惚けているのですか?」
「あ、す、すみませ…って何この痛み具合!?ちょっ、エレンさん!?軽く
「やはり普及型の装備では、到底私には付いてこられないようですね。日本には、弘法筆を選ばず…という言葉があるらしいですが、やはり一流の使い手を満足させられるのは、一流の道具だという事です」
「流石に借りといてその言い方はないと思うんですけどぉ!?うぅ、ここからは細心の注意を払わないと撃てなくなる……」
戻ってきたカノンの痛み具合から始まった、凡そ戦場には似つかわしくないやり取り。だがその間も侑理は徹底的に射撃で準精霊を誘導し、エレンは悉くを斬り伏せていた。
そうして気付けば、何十といた準精霊達は既に半分どころか三分の一も残ったいなかった。…というのは、侑理の視点では正しくない。準精霊側からすればそうかもしれないが…侑理はその数も、次々と減っていく様子も、余さず把握していたのだから。
「どうしてこんな、こんな事に…ッ!……く、ぅぅ…撤退、撤退よ…!」
「撤退…!?これだけの人数で掛かって、敵わなかった挙句撤退なんて、そんなの一生の恥……」
「だったらここでただ斬り伏せられる!?それが嫌なら、今は一旦……」
侑理の射撃は誘導する。エレンの前へ、エレンの刃へと、準精霊を誘導していく。エレンを無視して侑理を狙おうとする者は背後から斬り裂かれ、数で押そうにも侑理に先手を撃たれ、最早囲う事もままならない。そのような状況では、エレンにただただ狩られるだけ。侑理が作り出す砲火の檻と、その先に待つ最強の執行者。敗北への列に並ばされ、そこからもう抜ける事は出来ないと準精霊達が気付いた時には、もう何もかもが完全に手遅れ。
それでも苦渋に顔を歪めながら、リーダー格の準精霊が発する撤退の指示。異を唱える声を一蹴し、彼女は退こうとする…が、侑理はその正面へと躍り出る。正対した状態、視線が交錯した状態から、更に侑理は接近を仕掛け…ただそれだけで、リーダー格の準精霊は目を見開く。
だがそれも、無理のない事。侑理はこれまで、相手を有効射程に捉える以外で準精霊に対して自ら接近する事など一度もなかったのだから、驚くのも当然の事。それが分かっていたからこそ、逆手に取るべく侑理は接近し、準精霊に射撃で牽制。そして準精霊が気を取られた隙に近距離まで踏み込み、前面からの踵落としを叩き込む。
「あぐ…ッ!…ぁ、が……ッ!?」
落下し、地面に背を打ち付け、息を詰まらせる準精霊。衝撃で肺の中の空気が全て逆流したのか、準精霊は吐き出すように口を開き…その口は、塞がれる。突き付けたレイザーカノン、その銃口を押し込む事によって侑理が塞ぐ。
「…………」
「ぅ、ぁ…!が、は……っ!」
何も言わず、何も求めず、ただ侑理は銃を突き付け見下ろす。顔を恐怖で引き攣らせた準精霊は何かを必死で言おうとする…が、聞こえてくるのは呻きだけ。何を伝えたいかなど、そんな声では分からない。
ゆっくりと、カノンに魔力を込めていく。充填されていく魔力の光はその一部が漏れ、眼下の準精霊はその瞳を震わせる。身体をばたつかせようとし、その胴を侑理が踏み付ける。そして……
「──さようなら」
「〜〜〜〜ッッ!」
引き金に指を掛けて発する、別れの言葉。次の瞬間、光が弾け……声にならない悲鳴を上げた準精霊は、極限まで目を見開いた後にがくんと震えて失神する。
全身から吹き出した汗。強張りの残る表情。彼女が完全に失神した事を確認し…
「…流石に少し、やり過ぎたかな」
まあでも普通に撃ち抜くよりは良いか、と侑理は自分の行為に軽く苦笑し肩を竦める。
侑理は準精霊を撃っていなかった。エレンに貸した一丁が既に大分傷んでいた事を活かして意図的に魔力を一部漏らし、それを
とはいえこれは、決して侑理が準精霊の命を奪う事を嫌ったからではない。これにはちゃんと理由があり…直後、まだ散発的に聞こえていた戦闘の音が、聞こえなくなる。
「凡百の
「あ、あはは…お疲れ様です、エレンさん……」
無双された挙句大した事ない、興醒めだとまで言われる準精霊達に、少しだけ同情を抱く侑理。一切の誇張なく、徹頭徹尾準精霊の集団を圧倒したエレンは、それでもまだ相当な余裕がある様子で侑理の側へと着地しすると、侑理の足元で気絶している準精霊を見やり…微かにだが、感嘆の吐息を漏らす。
「…ほう、殆ど外傷を与える事なく気絶させるとは…上出来です、侑理」
「……っ!は、はい!これが出来たのも、ここまで戦えたのも…それもこれも、エレンさんのおかげですっ!」
「当然です。…が、それも貴女自身の努力や気概なくしては成り立たないもの。今のは、だからこその評価です」
そう。侑理が気絶させるという選択を取ったのは、極力傷を付ける事なく準精霊を無力化する為。準精霊を、捕獲する為。そしてエレンより発された称賛の言葉を聞いた瞬間、侑理の中から様々な気持ちが込み上げ…気付けば思わず、胸と胸が触れそうな距離まで侑理はエレンに近付いていた。直後に侑理は暫く前と同様
「さて、それでは回収しますよ。これだけの数の精霊をサンプルに出来るとなれば、それだけでも探索の成果としては上々です」
「……サンプル…」
「…侑理?」
「あ…い、いえ。…その、あくまで本人が言っていただけですが…この精霊達は、『準精霊』という存在らしいです」
「準精霊…成る程、精霊には及ばない存在らしい名です」
納得の名前だ、とエレンは頷き、軽く飛んで
突かれ、薙がれ、斬り伏せられた準精霊達。だが、まだ僅かにではあるものの、準精霊達には息があった。それも一体や二体ではなく、全ての準精霊が、瀕死の状態ながらも生きていた。当然それは偶然でも手心でもなく、『サンプル』としては生きていた方が価値があるというだけの理由。そして多勢に無勢の状況でも相手を圧倒し、尚且つ『生かす』事すら出来るのが、エレンという
(…サンプル、か…。…でも、仕方ないよね…準だろうとなんだろうと、精霊なんだから…人に、世界に害を成す存在なんだから)
準精霊を集めるエレン、その姿を見つめる侑理の中で蟠るのは、『サンプル』という言葉。侑理も精霊が人とは違う事は、考えるまでもなく分かっている。されど人と同じように話し、人と同じように闘志を抱き、人と同じように『死』を恐れていた何十もの準精霊を見た後では、分かっていても飲み込み切れない感情がどこかから芽生えて心中を渦巻く。
しかし、だからといってエレンを止めようなどとは思わない。もやもやする気持ちはあるものの、自分やエレン、DEMの行いに疑問を抱く程ではない。だから侑理は「これは仕方ない事なのだ」と心の中で結論付け、何の気なしに周囲を見回し……
「……──っ!?エレンさん、増援…いえ、別の敵襲ですッ!」
「あれは……」
突如、校舎の中から大挙して現れる、人型の集団。人間ではない、準精霊に見える…しかし何となく準精霊とも違うそれは、恐らく道中でも見かけた人形。
直感的にそれが敵だと感じた侑理は、二丁のライザーカノンを集団へ向ける。エレンも一旦準精霊の回収を止めると、再びレイザーブレイドを構え…しかしそこで、人形達は個々に分かれる。それぞれ倒れた準精霊の下へと走っていき、抱え上げたかと思えば今度は走り去っていく。
「まさか、助けに…?」
「かもしれませんね。何れにせよ、我慢の効かないハイエナ風情は、ここで全て斬り伏せ──」
理由はどうあれ、人形達は侑理とエレンの成果を掠め取ろうとする姑息な盗人に変わりない。エレンはそう断言し、人形の殲滅を開始しようとする。だが……
『な……ッ!?』
その瞬間、天より降り注ぐ光の柱。突然、あまりにも突然に輝いた、今いる校庭から少し離れた位置へと降り注いだ、眩いばかりの閃光に、侑理は勿論流石のエレンも驚き目を剥く。
一体それは何なのか。この膨大な光の奔流は、隣界の自然現象なのか、それとも誰かの攻撃なのか。一瞬の内に、様々な思考が頭の中を駆け巡り…更にそこで、ヘッドセットからノイズ混じりの声が聞こえてくる。
「アデ……1、アテプタス8!直ちに帰還…下さい!現在原因不明……孔が突如と…て不安定に……す!…り返します!直ちに帰……て下さい!」
「……っ…恐らくあの光が関係しているのでしょう…間が悪い…!」
「…どう、しますか…?全員は無理でも、一体や二体の回収なら……」
「…いえ、環境及び戦闘データは取れていますし、この通り各準精霊の血液も多少は確保出来ています。戻りますよ、侑理」
「へ?…あ…りょ、了解!」
エレンの周囲に浮かぶ血液。いつの間にそんなものを…と侑理が目を丸くする中、エレンは人形への攻撃を取り止め、孔のある方向へと飛翔。急いで侑理もその後を追い、未だ人形と準精霊の残る校庭を後にする。
そしてエレンと共に出発地点、孔のある場所まで戻り、元の世界へと帰還する。不安定な状態になったという孔。現状侑理達が元の世界へ戻る為の、唯一の手段。しかしその通信に反して、孔は若干揺らいでこそいたものの帰還が不安になるような状態ではなく、無事に元の世界、廃ビルの一室へと繋がっていた。だが孔の状態は不安定なまま、それもどんどんと悪化しているらしく、早ければ数時間、遅くとも一日か二日もすれば
よって終了する、エレンとの探索任務。終わってみれば、何とも消化不良な形での幕切れ。しかしどんな形であれ、任務終了は終了であり…無事に帰還出来た事、エレンの役に多少なりとも立てた事へ、侑理は安堵の吐息を漏らすのだった。
*
「はい、はい…分かりました。ではまた、後程」
通話を終え、エレンは手にした携帯を仕舞う。続けて上手くいかないものだ、とばかりに軽く肩を竦める。
「侑理。今回の事を直接アイクへ報告する予定でしたが…予定よりかなり早く帰還した都合で、まだアイクの手は空かないようです。よって我々は、暫く時間を潰さなければなりません」
「は、はぁ」
お互いの都合で時間が空いた、暇潰しが必要になった。そんな内容の発言を大真面目に言うエレンに、侑理は取り敢えず頷いて返す。
隣界からの帰還後、侑理はエレンと共に隣界で活動した事による影響がないか検査を行い、得られた各種データ(とエレンは確保した準精霊の血液)の提出をした。そして最後に報告を…という流れだったのだが、この通り時間を潰さなければならなくなってしまった。
「…どう、しますか?エレンさんはお忙しいでしょうし、時間まで何か別の事をするのであれば、うちは何かして待ってますけど…」
頬を掻きつつ尋ねる侑理に対し、エレンは少考。何故かずっと自分の方を見ている為、侑理はなんだか落ち着かなくなり…次の瞬間、エレンはふっと口元を緩める。
「侑理、今回貴女は良い働きをしました。良い働きをした者には、それに見合った褒美があるべきです」
「え?それって……」
「何か、望みはありますか?可能な範囲であれば、そしてアイクへの報告までで済む事であれば、私が直々に叶えてあげましょう」
何か望みがあれば叶えるという、エレンからのまさかの提案。思いもしなかった言葉に、侑理は驚き…一瞬、遠慮をしようとする。これは仕事であり、エレンも任務を終えたばかりなのだから、自分がエレンから褒美を貰うのは悪い、と断る事が脳裏を過ぎる。
しかし、エレンの雰囲気がそれを許さなかった。「この私が褒美をあげると言うのです、まさか断りなどはしないでしょう?」…とばかりの雰囲気が、侑理から選択肢の一つを奪っていた。
「え、えぇと…急に何か、って言われても困っちゃいますけど……」
「望みがない訳ではないでしょう?出来るか否かは私が判断します、何か言ってみなさい」
「いや、だから……」
そんな事を言われても…と侑理は言葉に詰まる。無欲な人間であるつもりはないが、いきなり言われても出てこないものは出てこないのである。
とはいえ、エレンからこんな事を言ってもらえるのも滅多にない…というか、覚えている限りでは初めての機会。ならばこれを逃すのも勿体ない、と侑理は頭を捻り、望みを絞り出そうとし……くぅぅ、と不意に力の抜けるような音が鳴る。…侑理のお腹が、音を鳴らす。
「…今のは……」
「…その…じゃあ、エレンさんのお勧めのお店か何かを教えてもらいたいなー…なんて……」
「…ふっ、いいでしょう。着替えてきなさい」
恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じる中、エレンは更に頬を緩める。一層恥ずかしくなった事もあり、侑理は速攻で着替えに戻る。そして着替えを終えた侑理は、同じく私服へと着替えたエレンと合流し、彼女の案内である喫茶店へと訪れる。
「ここが、エレンさんの一押しのお店…」
「しっかりとした食事を、という事であれば他にもありますが…今はそれ程時間がある訳ではありませんからね。その点ここは本社からの距離も近く、客層の平均年齢の高さから静かに寛ぐ事が出来る、謂わば息抜きには丁度良い店です。…貴女には特別に教えたのですから、みだりに触れ回してはなりませんよ?」
「ふふっ、勿論です」
つまりうちとエレンさんの秘密ですね?…と、心の中で侑理は言う。秘密も何もここは普通の喫茶店であり、他の客も当たり前のようにいる訳だが、そもそも口にはしていない冗談なので間違っていてもいいのである。
確かにここには、ゆったりとした雰囲気がある。楽しく賑やかに…という気分の時には合いそうにないが、一息吐きたい時にはぴったりだ、と侑理も感じる。…まぁ、大人っぽい雰囲気故に、一人で来るにはかなりハードルが高そうだが。
「さあ侑理、好きなものを選びなさい。値段を気にする必要はありません」
「あ、ありがとうございます。…って、あれ?エレンさんは選ばないんですか…?」
「私はもう、決めていますから」
そういう事か、と納得した侑理はメニューに目を通す。喫茶店だけあり、メニューの中で目に付くのはやはり軽食やスイーツ類。空腹なのも手伝って、侑理にはどれも美味しそうに見える…が、そうなると逆に迷ってしまう。どうしたものか、どれを選ぶか…それを考えながら、何気なく侑理が顔を上げると、エレンは少し下を、丁度侑理がテーブルに置いたメニュー表を見ていた。
「……もしかして、エレンさんはショートケーキを?」
「…何故それを?」
「あ、いえ。単にここのページで一番大きく映っていたのが、ショートケーキだったので…。…ショートケーキ…エレンさんが、ショートケーキ…」
「…何か問題でも?」
てっきりもっと大人っぽい…それこそ、ちょっぴりビターなスイーツか何かを頼むのだろうと思っていた侑理は、ショートケーキである事を意外に感じる。その意外な気持ちは口を衝き…ふっ、とエレンの視線が鋭くなる。
だが別に、ショートケーキだからどうこう…と思う侑理ではない。むしろそれを聞いた事で、侑理の中でも注文が決まる。
「…ん、決めた。うちもショートケーキにしよっと。…いいですよね?」
「貴女の注文なのですから、わざわざ許可を取る必要はないでしょう。…が、何故ショートケーキなのか、理由を聞いても?」
「それは、その…エレンさんがショートケーキをって考えてたら、のんだかうちも食べたくなってきちゃって…」
「…ふふ。侑理は本当に子供っぽいですね」
「こ、子供っぽいって…うぅ、否定は出来ませんけども……」
人が選んでいるものを見て、自分も欲しくなってしまう…それは確かに子供っぽい感性であり、またちょっと恥ずかしくなってしまう。とはいえ、エレンの笑みに侑理を馬鹿にするような様子はない。むしろ穏やかな、本当に柔らかな笑みであり…そんな表情を見ている内に、まあいいかと思い始める侑理だった。
そうして頼むものを決めた侑理は、エレン共々紅茶と合わせて店員に注文。店員が去ったところで一度ちらりと窓の外を見やり…それからふぅ、と息を吐く。
「でもほんと、エレンさん凄かったです。結果論ですけど、ほんとにうちの同行はあってもなくても変わらなかったと思いますし」
「そんな事はありませんよ。任務遂行自体は確かにそうですが…侑理が奮起してからは、それまでより格段に戦い易くなった。それは確かな事実です」
「エレンさん……」
隣界でも言ってくれた、自身の事を認める言葉。その言葉が、声が、侑理の心の中では響き…エレンは続ける。
「侑理、貴女もこれで分かったでしょう。貴女には、十分な素養がある。今でこそコールサインもアデプタス8ですが、これからも貴女が本気で取り組めば、向上心を持ち続ければ、もっと上の番号を得る事も出来る筈です。…尤も、アデプタス2までであれば、ですが」
「…そこまで言ってくれて、本当にありがとうございます。でも…今はまだ、番号を上げる事にはあんまり興味ないですね」
「それは、番号に価値を見出す必要はない、という事で?」
「そんな大層な事じゃないです。もっと単純な理由です。だって…アデプタス・ナンバー上位になったら真那やエレンさんの支援に全力を注ぐ事が出来なくなっちゃいますから」
「侑理、貴女は…。…いえ、まあいいでしょう。個人の力の重要性を理解し、それを高める努力をした上で、尚も支援に重きを置くというのなら、それは決して間違いではありませんからね」
自分にとっては支援が、相棒の真那や憧れのエレンを支えられる事こそが大切で重要なのだ。そんな思いを口にすると、エレンは呆れたような表情をし…しかし、認めてくれた。侑理の在り方、そのスタイルを「間違いではない」と言ってくれた。
「…それはそうと…奇抜な格好をしていますね、貴女は…」
「…そうですか?うち的には、奇抜って程ではないと思うんですけど…」
「もしそれが若者の流行りなのだとすれば、私にはよく分かりませんね…」
「いや、エレンさんも十分若いじゃないですか…」
侑理が着ているノースリーブのシャツを見て、エレンは言う。恐らくだが、アシンメトリーの靴下についても言っている。しかしエレンの外見はどう見ても二十代、雰囲気や容貌の大人っぽさを抜けばギリギリ十代後半に見えなくもないような、つまりは明らかに若者のそれであり、そんなエレンが遥か年上の様な言い方をするのは、何ともまあ違和感が凄い。…まさか、若作り…という事も浮かびはしたが、真実であろうとなかろうと、そんな事は言える訳がない。
と、そんなこんなで会話をしている内に、注文していたショートケーキと紅茶が運ばれてくる。ふわり、と紅茶の香ばしい匂いが鼻腔を擽り…白いクリームの上に苺が丸々一つ載せられたショートケーキが、二人の座る前へと置かれる。
「では、頂くとしましょうか」
「ですね。頂きます」
いつものように侑理は食事の挨拶をする。エレンがまずは紅茶を飲む中、侑理はフォークを手に取り、クリームとスポンジを掬うようにして切って口へ。そして咀嚼し…目を見開く。
「お、美味しい…お腹空いてるって事を抜きにしても、このショートケーキ凄く美味しいです…!」
「そうでしょう?…えぇ、やはりこれこそショートケーキです」
「クリームは甘くて、生地はふわふわで、苺はちょっと酸っぱいのがクリームと合ってて…なんていうか、正に王道って感じですよね。うち、このショートケーキ好きかもです」
「ほぅ、王道…ですか。ショートケーキの良さが分かるとは、やはり侑理には見る目がある。その慧眼が曇らない事を期待していますよ」
自らも一口食べ、これだとばかりに頷いたエレンは、侑理の言葉を聞いて更にご満悦そうな顔をする。どうやら余程ショートケーキが好きらしい。早い話が「気が合うね、ショートケーキっていいよね」…というだけの事を、わざわざ大仰な言葉や言い回しで口にするエレンは……なんというか、何故か可愛らしかった。憧れのエレン、強く格好良い執行部長…侑理のそんな評価に、実は可愛いところもあるのかも?…という項目が加わった瞬間だった。
「ふぅ…紅茶も美味しいし、落ち着きますね…」
「品のある飲み物に合うのもまた、ショートケーキの素晴らしさの一つというものです。…さて、侑理」
和やかな空気の中でエレンとのティータイムを楽しんでいた侑理だが、不意にエレンが目を細め、真面目な声音で呼び掛けてくる。侑理はぴくりと肩を揺らし、それからすぐに佇まいを正す。
「今回貴女は良い働きをしました。今回の貴女と同等の働きが出来る
「…はい」
「ですが、自らをまだ道半ばだと自覚し、今日の結果を今後への糧とする気概があるなら、更なる高みへ昇らんとする意思があるなら……」
「エレンさん。これからもご指導、宜しくお願いします!」
「…ふふっ、それでこそ侑理です。──いいでしょう。ならばこれからも、貴女をみっちり鍛えて差し上げます。覚悟して、心して…これからも私に付いてきなさい、侑理」
言われるまでもない。最後まで言わせる必要などない。そんな思いを込めて、侑理は応える。答え、頭を下げる。そして頭を上げた時、侑理が見たのは……憧れの存在、最強の
気概も、意思も、覚悟もある。その為に力を尽くしたいという思いもある。だから頑張るのだ、頑張りたいのだ。ここまで目を掛けてくれる、エレンの期待にこれからも応える為に。真那との約束を果たし、共に戦う為に。自分を思ってくれる人を、もっともっと支えられられるように。
ここまではデート・ア・ライブ本編(原作)のストーリーとは直接関わらない形で物語を進行してきましたが、次話からは段々と関わっていく予定です。