デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

100 / 101
第百話 精霊の真実

 年の明けた一月一日、その未明に侑理と真那は琴里から呼ばれた。話があると、二亜の病室に来てほしいと連絡があった。

 そこにいたのは、まだ安静にする必要がある二亜に、侑理達を呼んだ琴里に、二亜本人から呼ばれたという士道。そこへ更に、二亜へと疑念を抱いていた折紙も訪れ…紆余曲折の末、話が始まった。……本当に、中々の紆余曲折の末に。

 

「さて、それじゃあ話すとしようか。──精霊は、基本的に皆元人間。さっきは直後に、冗談だって言ったけど…あれは嘘よ。少なくとも、あたしはジョークのつもりで言ったんじゃない」

 

 本題を切り出した二亜の言葉に、ぐっと病室内の雰囲気が引き締まる。…侑理も、気になっていた。怪しいとまでは言わないにしろ、冗談だと言った事に何となく引っ掛かりを覚えていた。故に、今の発言は予想の範疇だったのだが…それでもいざ明言されると、緊張する。これまでの認識がひっくり返るような言葉に、全員が黙り込む。

 

「ただでも、改めて考えるとこれは正しくもあるし、そうでないかもしれないんだよね。…少年。少年の考える、純粋な精霊と、元人間の精霊を隔てる要素…というより、それ等を分ける判断基準はどこにあるの?」

「そりゃ…霊結晶(セフィラ)によって精霊になったかどうか、じゃないか?」

「ほんとに?それで言うと、あたしはやっぱり純粋な精霊にカテゴリーされる気がするのよね」

 

 精霊は皆元人間。そう言った二亜自身が、その説を否定するような発言をした事により、士道は困惑の表情を見せる。侑理も…というか、恐らく全員が二亜の言いたい事を計りかねている。

 

「ど、どういう事だ?だって二亜は、三十年近く前に精霊になったって……」

「うん。そう言ったよ。だけどそれは、後から分かった事。──何しろあたしは、自分が何者かも分からない、こっちの世界の事を何も知らない状態で、空間震を伴って隣界から出てきたんだから」

 

 自分が何者かも分からないまま、空間震を伴って現れる…それは、全く想定していない言葉であった。そしてそれは、侑理も詳しくは知らないが、十香や四糸乃を始めとする純粋な精霊…少なくともこれまではそういう存在だと思っていた面々に共通しているという要素でもあった。逆に折紙や、侑理が精霊化を目の当たりにした時の琴里は、空間震を発生させておらず、人としての記憶も保持している。同じ例に挙げていいのかは謎だが、反霊結晶(クリファ)を取り込んだウェストコットとてそうであった。

 であれば、十香達と同様な二亜もまた、彼女が言うように純粋な精霊になるのかもしれない。だがその場合、根本的なところがおかしくなる。何故二亜は、精霊は皆元人間と言ったのか…そこの説明が全く付かない。

 

「待ってくれ、二亜…全然話が読めてこねぇよ。一体二亜は、何を……」

「まあ、聞いてよ。──初めて現界した時、あたしは何が何だか分からなかった。でも、一つだけはっきりと理解していた事があるの。これは、精霊全員に共通してるんじゃないかな」

「それは……?」

「──自分が持つ、天使の力」

 

 それを、その答えを聞いた瞬間、侑理の中で一気に理解が加速する。士道も同様なのか、数瞬の間を経て「あ」と呟く。

 これまた折紙の例になるが、確かに折紙は精霊となって早々に、その日の内に天使の使い方を把握していた。DEMにいた頃も、天使の力を使ってこなかった、或いは上手く使えていない様子だった…という精霊の話は聞いた事がない。唯一、精霊化した直後の琴里だけは制御出来ていないようだったが…その時の琴里はまだ十歳にも満たない子供だった事を思えば、幼さ故に制御が効いていなかったとも考えられる。

 精霊になる事で天使の力を把握出来るようになるのか、天使の方にその力があるのかは分からない。されど、二亜の言葉を疑う余地はなく…そして、二亜の〈囁告篇帙(ラジエル)〉は全知の天使。森羅万象を識る事が、調べる事が出来る。つまり……

 

「ん、皆気付いた…って感じだね。…そう。突然こっちの世界に飛ばされて、何が何だか分からなかったあたしは、唯一理解出来ていた天使の力──〈囁告篇帙(ラジエル)〉に縋った。そして、知ったの。自分がどんな存在で、どうやってこんな力を得て、どうしてあんなところにいたのかを」

 

 やはり、そうだった。二亜は過去の…人間であった頃の自分を覚えていたのではなく、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の力により知った…記憶ではなく、知識として把握しているという事だった。

 

「──あたしは、元々人間だった。でもとある事が切っ掛けで、生きる事に絶望して……そんな時、目の前に精霊が現れた」

「……!〈ファントム〉……!?」

 

 身を乗り出すようにして、琴里が声を上げる。それは、侑理も一度見た事がある存在。まるで全身に靄が掛かったような、姿形を見極める事の出来ない……霊結晶(セフィラ)を介して、人を精霊に変える精霊。

 

「生きる事に、絶望…って事は、やっぱり……」

「やっぱり?琴里、どういう事?」

「共通点の話よ。二亜も、私も、話を聞く限り折紙や美九も、絶望だったり無力感だったりを抱えている時に、〈ファントム〉と遭遇した。人を精霊にする上でそういう感情が必要なのか、単に正常な判断が出来ない状態を狙ってるだけなのかは分からないけど、〈ファントム〉は対象やタイミングをよく選んでいる可能性が高いと思うわ」

 

 首を傾げて訊いた侑理に、琴里が答えてくれる。…その琴里を、士道は複雑そうに見つめていた。

 理由は分かる。侑理もあの時、同じ場にいたのだから。あの時の琴里の浮かない顔も…不測の事態を避ける為とはいえ、琴里の精霊化を見過ごし、その場を立ち去ってしまった事も、よく覚えているのだから。だが、侑理の視線に気付いた様子の士道は、軽く頭を振り、大丈夫だというように見つめてきた。だから侑理も、声を上げる事なく…頷いた。

 

「えーっと、もしかして〈ファントム〉っていうのは……」

「……ええ。私達を精霊にした、ノイズの様なもので姿を覆い隠した精霊よ。それが、二亜の前に現れたっていうの?」

 

 成る程、と二亜は琴里に返す。更にそこから二亜は(〈ファントム〉の外見的に仕方ないが)、自分の前に現れた存在と同じ精霊だと断定する事までは出来ないという事と、二亜自身もその存在の正体を掴めていない事とを口にする。

 姿形からしてはっきりしない存在なのだから、正体が掴めないのも当然の事。初めはそう思った侑理だが、すぐにある事が引っ掛かる。そして引っ掛かりを覚えたのは侑理だけではないようで、琴里も怪訝そうな顔をして言う。

 

「正体が分からない?〈囁告篇帙(ラジエル)〉で調べなかったって事?」

「ううん。本来であればそういう黒幕チックなのは調べないでおくのがネタバレ嫌いな二亜ちゃんだけどさぁ。流石にその時ばっかりは好奇心に負けて調べちゃったのよ。……でも、分からなかった」

 

 危機感や用心の為ではなく、好奇心で調べたという二亜のブレなさに、思わず苦笑してしまう侑理。しかし、笑っている場合ではない。〈ラタトスク〉のセキュリティも容易に突破し、恐らくはその秘密を持つ本人しか知り得ない情報すらも調べられてしまう〈囁告篇帙(ラジエル)〉を用いても分からなかった…それがどれ程イレギュラーな事なのかは、考えるまでもないのだから。

 

「なんていうんだろうな……〈囁告篇帙(ラジエル)〉はそれの情報を探し当ててたのかもしれないけど、あたしにはそれが読めなかったのよ。まるで……そう、例えるなら文字化けでもしてるみたいに」

「えぇ、と…〈囁告篇帙(ラジエル)〉ですら調べられなかったんじゃなくて、調べられたけど二亜さんはそれを情報として理解出来なかった…って事?」

「そうかもしんないし、そうじゃないかもしんない。ただ、ユーフォちゃんの言う通り〈囁告篇帙(ラジエル)〉の検索を潜り抜けた……ってより、そういう力の天使とかで妨害されたって印象なのかなあ。もしくはパワーが強過ぎて、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の表示がバグっちゃった感じ?ほら、敵の戦闘能力が強過ぎると、パワーメーターがボン!て弾けるじゃん」

「……あり得ない話ではない。正体を隠したまま全知の力を渡すのであれば、その力で自分について探られるのは容易に予想出来る事。であれば、その対策…妨害手段を用意しておくのはむしろ普通」

 

 少しおどけた様子で冗談を口にした二亜に対し、折紙が至極真面目な顔で返す。

 確かにそれはそう。折紙の言う通り。そして、〈ファントム〉は謂わば精霊を生み出す精霊。もし生み出す事に特化しているのならまた話は変わってくるが、そうでないならそれぞれが規格外の力を持つ精霊を生み出せている時点で、他の精霊よりも高位の存在、より上位の力を持つ精霊であると考えられる。であれば、出力…或いは力の『格』で〈囁告篇帙(ラジエル)〉が押されてしまったという事も、可能性としてはあり得るだろう。

 

「……んまぁとにかく、あたしはその精霊に霊結晶(セフィラ)を埋め込まれて、精霊になった。そして人間であった頃の記憶を封印された上で、こちらの世界に出てくるまで、隣界で眠らされ続けてたって訳よ。だから、てっきり皆も同じ形で精霊になったものだと思ってたんだけど……」

 

 考えてみれば、自分が過去について知る事が出来たのは、それが出来る天使を有していたからだった。だから、全員の前で言うべきではなかった…と二亜は締め括った。

 後からすれば、本当にただの余計な言葉だった。そんな風に自虐する二亜に対し、琴里は十分有益だと、今の話を元に三十年前まで遡り、失踪した少女について調べればまた何か分かるかもしれない…それこそ、十香達に該当する『誰か』が見つかるかもしれないと返す。それを受けた二亜は、更に自分が〈囁告篇帙(ラジエル)〉を奪われてさえいなければ簡単に調べられた筈だと言い…その言葉には、折紙が反応する。

 

「まだ、出来ないとは限らない。貴女は昨日、士道に霊力封印を受けた。けれど、封印出来る力がそもそも残っていなければ、当然封印も出来ない筈。まだ天使や限定霊装を顕現出来る可能性はある」

「え?そーいうもんなの?」

「士道に封印された力は、精神が不安定になったり、マインドセットを訓練すると逆流させる事が出来る」

 

 目を丸くする二亜へ、折紙が方法を伝える。二人のやり取りを聞きながら、侑理はある事を思い…琴里へ問う。

 

「…琴里。十香さん達が皆、そういう訓練をしてる…って事はないよね?なら皆、毎回不安定な精神状態で力を行使してる…って事?」

「多分違うと思うわ。私自身は、皆の様に精霊としての力を使う訳にはいかないから、逆流の経験自体も少ないんだけど……恐らく、逆流を繰り返す事で、どうすれば引き出せるか感覚で理解出来るようになる…って事じゃないかしら」

「感覚で理解、ですか…。…そういや琴里さん、昨日も一人だけ力を引き出していやがりませんでしたよね?使う訳にはいかない、ってのは……」

「私の力…〈灼爛殲鬼(カマエル)〉は行使を繰り返すと、精神を蝕まれるのよ。だから、出来る限り使う訳にはいかないの。あぁ、でも心配しないで。これまでの士道を見れば分かる通り、治癒の力を使う分には大丈夫みたいだから」

 

 さらりと語る琴里だが、その瞳には真っ直ぐな意思が籠っている。責任感が強く、士道に負けず劣らず精霊の事を大事に思っている琴里の事だから、きっと自分の不利益ではなく、精神を蝕まれた自分が周りを傷付けてしまうのを恐れているのだろう。

 

「しっかし、記憶を封印されてとは…けど琴里さんや折紙さんは、そんな事ねーんですよね?これは、一体どういう事なんでしょう?」

「私も部分的に忘れていた事があるのよ。ただ、人としての記憶を忘れていた訳じゃないし、折紙…それに美九がちゃんと覚えていたのは事実。意図的に〈ファントム〉が記憶を残すか消すかを選んでいるのかもしれないし、単に最初は精霊化の副作用として存在していた記憶の消滅が、〈ファントム〉の『慣れ』によって記憶を消す事なくやれるようになったのか、或いは別の理由があるのか…駄目ね。進展はしてる筈なのに、むしろ疑問が増えてるっていうか……」

「…まあ、そう焦る事でもないんじゃないかな。〈ラタトスク〉として活動する限り、今後もまた接触する機会はあるだろうし」

 

 腕を組んで考え込む琴里に、侑理は重く捉え過ぎないよう伝える。精霊という当事者たる琴里と、そうではない侑理では、意識に差があるのかもしれないが…だからこそ、当事者ではない人間がストッパーになる事も大事なのだ。

 と、話していたところで、不意に淡く輝く二亜の身体。何事かと目をやった次の瞬間、二亜の胸の前にも光は現れ……その光は、一冊の本へと姿を変えた。

 

「おおっ、ホントだ!」

 

 まさか本当に、こんなあっさり出来てしまうとは…と折紙以外が驚く中、二亜は現れた本…〈囁告篇帙(ラジエル)〉を手にし、暫しの間ページを捲る。しかし、どうやら状況は芳しくないらしく、二亜は首を横に振る。

 

「んー……駄目だねこりゃ。〈囁告篇帙(ラジエル)〉自体は情報を検索してるっぽいんだけど、それをあたしに伝える能力が死んでるっていうのかな。何が書いてあるのかぜーんぜん分かんない。なんとなく、あたしを精霊にしたやつの事を調べようとした時に似てるわ」

「…という事は、〈囁告篇帙(ラジエル)〉は大部分を喪失した状態でも、全知としての力は行使出来る。その機能を発揮する事自体に支障はない…って訳なの?」

「そうなるわね。ふむ…となると、〈囁告篇帙(ラジエル)〉は調べる事よりも、得た情報を持ち主に伝える能力の方に多くのリソースが必要になる…って事かしら。例えば、全知…この世の凡ゆる情報が集約されている『概念』があって、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の検索はあくまでそこにアクセスして、情報を引き出しているだけ。大変なのは、その『概念』レベルの情報を物理世界で把握出来るように翻訳する事であり、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の本質はそこにある…とかね」

「へぇ、良いねぇ妹ちゃん。○○の異能だと思われていたものが、本当は◇◇であり、○○は表面的な効果に過ぎなかった…なんて、滅茶苦茶燃える展開じゃん。となると、未来記載も単に『〈囁告篇帙(ラジエル)〉に書かれた情報は全て真実だから、〈囁告篇帙(ラジエル)〉に書いた情報も全て真実になる』…って事じゃなくて、三次元から概念の高次元へ逆に情報を送る事により、『未来』っていう概念に干渉している…みたいな感じだったり?くーっ、創作意欲が掻き立てられる発想じゃない!」

 

 琴里の例え話に二亜は笑みを浮かべ、愉快そうに想像を語る。この調子だと、全快するより先にペンを持ちそうなものである。

 

「…こほん。でもやっぱり、前のようにはいかないっぽいね」

「そう……まあ、仕方ないわね」

「ごめんねー。……あ、でも全部が全部読めない訳じゃないっぽい。ええと、少年の部屋のお宝の在処は……」

「机の引き出しの一番奥でしょ」

「百科事典のケースの中にも数冊」

「何調べて……ってなんで知ってるんだよッ!?」

 

 当然衝撃の展開に見舞われる士道。速攻で二人にバラされ、士道は悲鳴の様な声を上げる。そしてまさかの展開に、二亜は若干同情的な視線を士道へと向け……頬に汗を垂らしながら、真那が呟く。

 

「なんでお二人はそんな事知ってやがるんですかねぇ……」

 

 その通り過ぎる真那の突っ込みに、琴里と折紙は視線を逸らす。琴里の方はしまった、という顔をしていたが、折紙は何事もなかったかのような無表情。共に住む家族とはいえ、どうして琴里が机の引き出しの奥なんて場所を知っているのか、同居してもいない折紙が把握しているのはどういう事なのか、というかそもそも士道のお宝というのは一体何なのか……疑問は尽きなかったが、侑理は訊かない事にした。世の中には知らない方がいい事、というのもあるのだ。

 

「…あ、そうだ。未来記載といえば、もしかしたら……」

『……?』

 

 二人が目を逸らした事で生まれた沈黙の中、何やら二亜は思い付いたようで、その手の内にペンを出現させる。それからペンを、〈囁告篇帙(ラジエル)へと滅茶苦茶に走らせる。

 ひょっとして、未来の確定能力も試そうとしているのか。一瞬そう思ったが、違う。二亜は読めないと言っていた意味不明な文字の上から、それを覆い尽くすように幾度も線を書き入れていた。そしてやはり、二亜曰く未来記載は今の状態ではとても行えない…つまり、完全な状態でなければまず出来ない(故に、大部分を確保したとはいえ完全に奪えた訳ではないウェストコットも恐らく不可能との事)芸当、との事だったが……

 

「なら、これは何を……?」

「ちょっと思い付き。──元々〈囁告篇帙(ラジエル)〉には情報を検索するページと白紙のページがあって、普通未来を描く時には後者を使うんだけど……〈囁告篇帙(ラジエル)〉と〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉は表裏一体。本来は一つの存在。だからこそ……検索ページがこんなになってたら、〈神蝕篇帙《ベルゼバブ》〉を使う人は随分苦労するだろうねぇ」

『……!』

 

 今の説明で、二亜の悪い笑みで、全員が理解をした。これは、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の使い手…ウェストコットへの妨害だと。如何に情報を調べられても、それを読めなければ意味がない…二亜自身が陥っている状況を、天使と魔王の関係を利用し、物理的にウェストコットへと発生させていたのだと。

 とはいえ流石に検索を完全に封じる事は出来ず、あくまで大幅に手間取らせるのが限界との事。だがだとしても、その効果は大きい。情報戦においては間違いなく最強である力に枷を与えられた、それだけでも十分だと琴里は二亜に返し、二亜はおどけた様子で胸を張り……

 

「でも、検索を阻害したところで、相手の力を削げたって訳じゃない。十分注意しておくれ。血を流すのは、あたしだけで十分だ」

 

 ふっと真面目な、真剣な顔で、二亜は言った。その声には、瞳には、確かな意思が籠っており……士道もまた、言葉を返した。もう誰も、傷付けさせないと。そしてそれは、二亜に対してもだと。

 

「…こういうところだよね。士道にぃが格好良いのって」

「えぇ、流石は兄様です」

 

 まさかこんな言葉を返されるとは思っていなかったのか、頬を染める二亜。それを見やりながら、侑理は小声で真那とやり取りをし、肩を竦めた。……まあ、ここから二亜はまた冗談を言い、士道を呆れさせていたのだが。

 

「……あれ?でも…二亜さん。二亜さんは、どうして〈囁告篇帙(ラジエル)〉と〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉が、表裏一体の存在だって知ってたんです?それも調べた事があるとか?」

「ん?そりゃ……言われてみると、確かに。どうしてあたし、見た事もない〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉を、〈囁告篇帙(ラジエル)〉と表裏一体だなんて知ってたんだろう…表裏一体だからこそ、天使の使い方と同じように、初めから理解してた…とかかしら……」

「えぇ…?分からないんです……?」

「ぶっちゃけ分かんない、マジで分かんない。えぇー?我ながらどういう事……?」

「おいおい……けど、分からないといえば…なんだったんだ?あの、エレンに続いて現れた魔術師(ウィザード)は。折紙達は、知っていたっぽいけど……」

『……!』

 

 自分でも分からない知識、という奇妙な事象。しかし二亜の言い方はどうにも緩く、あまり深刻には聞こえない。なんというか、苦笑をしてしまいそうな言い方であり……しかしそれに続く形で士道がある人物の存在に触れた事で、侑理の中では再び緊張が走った。

 

「──そう。私は…いや、私達はあの魔術師(ウィザード)を知っている」

「折紙さんの言う通りです。けど、どうして侑理まで知っていたんで?」

「あ、うん。前に、第二執行部の全員でパーティーに出た事があったでしょ?その時、うちはアルテミシアさん…アルテミシア・ベル・アシュクロクトさんに会ったの」

 

 侑理達がエレンを食い止める中、士道が反転した二亜の意識を呼び覚まそうとする中で、上空から現れ二亜の胴を貫いた魔術師(ウィザード)。今思い出しても、訳が分からない。分からないが……彼女がアルテミシアであった事は、間違いない。

 

「アルテミシア…彼女、エレンと同系統のCR-ユニットを装備していたわよね?って事は……」

「はい。SSS最強の魔術師(ウィザード)。ヘレフォードの鷹。M(メイザース)に最も近い女。それが、アルテミシアの評判であり、異名です。もし彼女がDEMにいたなら、私のコールサインは一つ数字が下がっていたかもしれねーです」

「そ、そんなに強いのか……?」

 

 驚愕する士道に、真那は頷く。琴里もまた、それ程までとはと表情を曇らせる。二人からすれば、真那もまた強力な…それこそ、限定霊装の精霊達ではどうにもならない〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の影響下でもまともに戦える魔術師(ウィザード)の一人だからこそ、驚くのも当然の事であり……

 

「──でも…」

 

 そんな中で、思わず侑理は声を漏らしていた。ぽつりとした侑理の呟きに、皆は振り向き…誤魔化せない気がした侑理は、そのまま続ける。

 

「いや、その…エレンさん的には、真那の方を評価してたっていうか……」

「…エレンが?」

「う、うん。真那には、うちやアルテミシアさんには欠けているものがあって、だから一流の実力と精神を兼ね備えている魔術師(ウィザード)として認めてる…みたいな感じで」

「は、はぁ…エレンに認められるってのは、なんというか…複雑なもんでいやがりますね……」

「あ、やっぱり?うちもそれを聞いた時、同じように思ったんだよね」

「なんで私への評価を聞いて、侑理が同じように思うんで……?」

「それは……」

 

 それは、侑理やアルテミシアに欠けていて、真那にあるものが『冷徹さ』だとエレンは言ったから。…それを、正直に言う事は出来なかった。侑理本人の評価ではないにしても、真那にそれを伝えたくはなかったから。

 

「えーっと……そうだ!異名というと、真那も双剣の魔術師(ウィザード)として結構有名だったんだよ?どうどう?凄いと思うでしょ?」

「異名って程のものでもねーですし、それで兄様達に同意を求められても……」

「…あっ、そういえば昔の事で思い出したけど、真那って偶々居合わせた銀行強盗解決の為に建物吹っ飛ばしちゃって、しかも紙幣も撒き散らしちゃった結果、多額の借金を抱えてたよね?あれの返済って……」

「ちょっ!?嫌な事思い出させるんじゃねーですよ!」

「忘れてたんだ…つまりそれは、ある意味踏み倒そうと……」

「してねーですけど!?そもそもあれは、本当に私が払わなきゃいけない事かすら…うぅ……」

 

 誤魔化す為に、思い浮かんだ話をそのまま口にしていく侑理。その結果、どうやら誤魔化す事は出来たらしいが…借金の事を思い出し、真那は落ち込んでしまった。そしてそんな事があったのか…と、士道達は何とも言えない顔をしていた。

 

「…こほん。話を戻すとして…あの時確か、折紙は『どうして』って言っていたわよね?あれは単に、DEM所属ではない筈って意味合いだったの?それとも……」

「私達が知るアルテミシアなら、DEMに入るような事はしない筈。何か事情があるのかもしれない」

「……成る程ね。でも、事情はどうあれアルテミシア・ベル・アシュクロクトが今、私達に敵対しているという事は事実よ。精霊達の件と一緒に情報は探ってみるけれど、警戒だけはしておいて」

 

 いつものようにチュッパチャップスを咥えながらも真面目な顔で話す琴里に、侑理達は頷く。そうして一先ず話すべき事は済み、二亜にしろ侑理達にしろいい加減休むべきだという事で、今回の話は終了となった。

 精霊の件、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の件、アルテミシアの件。二亜を助けられたとはいえ、結果からすると決して明るいものではない。それでもこうして、全員生きている。皆で新年を迎えるという、めでたい経験も出来た。ならば楽観視は出来ずとも、前向きに捉えて良い筈だと、侑理は思う。

 

「それじゃ、私もいい加減マンションに戻って寝るとしやがりましょうかね」

「あ……そうだ琴里。今から自分の家に帰るんじゃ折紙が寝るのは更に遅くなっちまうし、今日は折紙も──」

「分かった。先に士道のベットに入って温めておくから、いつでも来て」

「マンションな!うちの隣のマンションに泊まる事は出来ないかって話だからな!」

「あはは……っと、先に行っててもらってもいい?…うち、最後にちょっとだけ二亜さんと話したい事があって……」

 

 病室を出ながらの、士道の叫び。流れるように凄い事を言う折紙に対し、真那と琴里は揃って半眼を向け…そんな中で、侑理は足を止めた。そしてくるりと振り返り……再び二亜に向き合った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。