デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第百一話 新たな年

 元旦の初日の出を士道や精霊達と眺めた後、侑理は真那と共に二亜の病室へ行き、待っていた士道や琴里、それに現れた折紙と話をした。精霊の出自に関する話を始め、そこで得られた情報は、どれも有益なものだった。

 そうして一通り話したところで、もう夜更けも夜更けという事で、解散となったが…侑理は、二亜の病室に残った。…ある話を、二亜とする為に。

 

「すみません、二亜さん。一番休まなきゃいけないのは、二亜なのに……」

「だいじょーぶだいじょーぶ。締切直前は徹夜なんて普通にするし」

 

 病室の扉を閉じて、二亜のベットの近くまで戻る。軽い調子で言ってくれる二亜だが、その様子からして侑理を気遣ってくれている…という訳ではなく、本当に徹夜慣れしているという事なのだろう。

 

「締切直前に追い込みを掛けるって、本当にあるんですね。…毎日ちゃんと描いて、余裕を持って仕上げる…みたいな事は……」

「それが出来たら苦労はしないんだけどねぇ。漫画家…っていうか創作活動をしている人全般に言える事だろうけど、勤務時間がしっかり決まってる訳でもなければ、多かれ少なかれ『アイデア』が出なきゃ進めようがない訳だから、中々そういうきちっとした作業スタイルは取れないのよね。まあ勿論それが出来るクリエイターもいるし、アシスタントを雇って、自分から責任を背負う事で自律する…って手もあると思うけど」

 

 分かってはいるけど出来ない、と二亜は肩を竦めつつ言う。創作のプロは、一般的な仕事を行う人間と違い、日々時間に縛られる事はないのだろうが…結局最後は時間が迫ってくるのだから、やはり現代社会において時間から完全に解き放たれるというのは、中々に難しいのだろう。

 

「それで、あたしに話っていうのは何?あ、もしかしてサイン?」

「いや、そうではなくて……」

「えー、違うの?じゃあ……はっ!そういえばユーフォちゃん、エレンの事をさん付けしてたわよね…?しかもさっきのやり取りを色々統合して考えれば、ユーフォちゃんも元DEM所属であった事は確実……ま、まさかユーフォちゃんは、DEMを離反したという体で〈ラタトスク〉に潜り込んだスパイ!?」

「ちょっ、二亜さん!?」

「くっ、つまり〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉を完全な状態にする為に、今度こそあたしを…って訳ね…!こうなったら……!」

「…こうなったら?」

「ちょっと待ってて。今辞世の句を詠むから」

「諦めるの早っ!いや違いますからね!?思いっきり勘違いですからね!?」

 

 ふっ、と全てを受け入れたような顔をした二亜へ、侑理は全力で突っ込む。幾ら何でも早とちりが過ぎる…!と思って突っ込んだ侑理だったが、直後に二亜は笑い出し、冗談である事を明かした。

 

「冗談って…ひ、人を冗談でスパイ扱いにしないで下さい……」

「あはは、ごめんねー。お詫びに何か果物あげようか?ここにあるの全部、〈ラタトスク〉の方で用意してくれたものだけど」

「要らないです…というか、うちや真那の事は知らなかったんですか?うちはともかく、真那はエレンさんに次ぐ実力なのに……」

「あぁうん、〈囁告篇帙(ラジエル)〉は何でも調べられる天使だけど、あくまであたしが調べようと思った事を教えてくれるだけで、あたしにとって有益そうな情報を自動でピックアップしてくれる訳じゃないからね。だから特定個人を調べるのは簡単だけど、集団を…それこそ『DEMの戦力』みたいな形で調べるとなると、情報が多くなり過ぎて読んでられるかー!ってなっちゃう訳」

 

 そういう事か、と侑理は二亜の説明で理解する。未来記載もそうだが、〈囁告篇帙(ラジエル)〉は概念的な能力である分、雑に使っても力を発揮出来るというタイプではないらしい。

 

「で、実際なんなの?何か質問?」

「それは……」

 

 話を戻した二亜は、そのまま侑理に訊いてくる。問われた侑理は、一瞬黙り……言う。

 

「その…ごめんなさいっ」

「へ?」

 

 突然の謝罪にぽかんとする二亜。だがそれも仕方のない事。何せ、本当に突然の謝罪なのだから。彼女からすれば、何故謝られたのか見当も付かない筈なのだから。

 

「困惑、しちゃいますよね…だけどうち、謝っておきたかったんです。なんていうか…そうしなくちゃ、どうしてもこれから二亜さんとまともに付き合えそうにない気がして……」

「えぇ、っと…そう思う理由については、話してもらえる?や、多分愉快な話じゃないだろうし、どうしても話したくないなら別にいいけど、流石に理由も分からずただ謝られちゃうと、こっちも反応に困るっていうか……ね」

 

 こくり、と侑理は頷く。そして求められた事を、謝った理由を、二亜へと話す。

 侑理の中には、負い目があった。嘗て二亜がDEMに囚われていたという話を聞いた時から、ずっと思っている事があった。自分はこの件に対して、DEMへ憤る事は出来ないと。それが出来る立場にないと。…何せ、侑理も同じような事をしたのだから。DEMに所属していた頃、エレンと共に隣界へ赴き、そこで準精霊と名乗る集団と交戦し…サンプルとして、捕獲しようとした。あの時は横槍と状況の急変で連れ帰る事は出来なかったが…それがなければ、全員捕らえていた事は間違いない。そしてその後準精霊達がどうなっていたかは、想像に難くない。

 無論それは、任務でやった事。決して、やりたくてやった訳ではない。だが…あの時侑理は、悪いとは微塵も思わなかった。精霊だから仕方ない、人や世界の敵なのだからと、思うところはあるにせよ、DEMの在り方を疑う事はなかった。…本当は、精霊もそれぞれの感情が、思いがある、心は人と変わらない少女達だというのに。

 

「…そういう事ね。…あー…取り敢えず、一ついい?」

「は、はい」

「さっきあたし、理由も分からずただ謝られちゃうとって言ったけど…正直、理由が分かってもやっぱり困るわ。いやまあ、言いたい事は分かるけど、その準精霊?…っていうのは全く知らないし、良い気持ちではないにせよ、ぶっちゃけそこまであたし仲間意識が強い訳でもないしねー」

「で、ですよね……」

 

 そんな気はしていた、と侑理は小さく肩を落とす。幾ら同じ精霊とはいえ、名前も顔も知らない赤の他人の件で謝られても困る…というのは、考えるまでもなく当然の事。侑理とて、今二亜から「あたしは多くの魔術師(ウィザード)を傷付けてきた」と言われても、大して怒ろうとは思わない。二亜の言った通り、思う事があったとしてもせいぜい良い気持ちではない…といった程度だろう。

 

「というかそもそも、謝る事でもなくない?別にユーフォちゃんは個人的にやりたくてやった訳じゃないでしょ?仕事だってんなら責任は責任者が取るもんだし……実際空間震を含めた精霊による被害は、多くの人を苦しめてる訳だからね。DEMの上層部は世界平和なんて微塵も望んじゃいないんでしょうけど、世の為人の為になると思ってやってたなら、あたしが怒る通りはないよ」

「…そうかも、しれないですけど…そうなんでしょうけども……」

「だけど、心として納得出来ない感じ?んまぁ、そういう気持ちも分からなくはないけど、ほんとそれをあたしに言われても……」

 

 困らせてしまっている自覚はある。謝られた二亜がいいと言っている以上、食い下がるのは自分本位な行為だという事も理解している。だがそれでも、どうしても侑理には切り替えられないものがあって……そんな中、後頭部を掻いていた二亜が不意に「あ」という声を漏らす。

 

「…そんじゃあさ、こういうのはどう?ユーフォちゃんは、その件のお詫びにあたしからのリクエストを訊く。そうする事で、ユーフォちゃんは自分の中の負い目?…を精算する。どう?悪い話じゃないでしょ?」

「それは……は、はい。そういう事なら、勿論」

「へぇ?いいんだね?やっぱり無し、なんて受け付けないからね?」

「え、あの…どんなリクエストをするつもりなんですか……?」

 

 一方的な謝罪ではなく、貸し借りの関係にし、借りを返すという形を取る事で解決を図る。それは暫く前、侑理が自身に負い目を感じていた士道に対して振った手段。それをまさか、今度は自分が受けるとは、と驚きながらも、侑理は深く頷いた。その直後、二亜は悪そうな笑みを浮かべてきたのだが…だからといって、撤回するつもりはなかった。

 

「んっふっふ、それはねぇ……」

 

 ちょいちょい、と手招きする二亜に従い近付くと、二亜は耳元で囁いてくる。その内容はあまりに予想外のものであり、侑理はぎょっとするも、二亜は表情で「やるのよね?まさか、やれないなんて言わないわよね?」…とばかりに返してくる。

 

「よっし、それじゃあ早速やるとしようじゃない!少年!まだそこにいるんでしょ!」

「あ、ちょっ……!」

 

 有無を言わさず、その余裕を与えず、二亜は廊下に聞こえるよう大声を上げる。その数秒後、扉が開き…頬を掻きながら、士道が姿を現す。

 

「…よく分かったな」

「少年がさりげない気遣いの出来る男だって事は分かってたからねー。だから、多分待っていてあげてるんじゃないかと思ったのよん。…で、なんだけど…確か廊下の自販機に、乳酸菌飲料あったよね?お金あげるから、買ってきてくれない?」

「へ?…いやまあ、別にいいけど……」

 

 なんでまた急に?という反応をしつつも、士道は自販機へと買いに行く。それから数分としない内に士道は戻り、その士道から侑理は乳酸菌飲料のコップを受け取る。

 

「うん?二亜さんが飲むんじゃねーんですか?」

「え、えぇっと……」

 

 同じく待っていてくれた真那からの問いに、侑理は口籠る。正直言うと、今侑理は非常に躊躇っているのだが…二亜の期待に満ちた視線は、侑理を逃がしてくれそうにない。

 

「…そ、その…士道にぃ、失礼するね……」

『……?』

 

 こうなればもう、本当にやるしかない。食い下がったのは自分な以上、やりきるのが筋というもの。そう自分へ言い聞かせ、侑理は士道の前に移動して膝を突く。士道の腰が顔の前に来るような体勢を取り、その状態で乳酸菌飲料を口に付ける。ある程度それを飲んだ後…わざと、顔に零す。

 説明なしに始まった行為に、ぽかんとする士道と真那。そしてそんな二人に見つめられる中、侑理は士道を見上げて…恐らく士道からすれば上目遣いになっている状態で……言った。

 

「──うぅ…だし過ぎだよぉ、士道にぃ……」

『な……ッ!!?』

 

 困惑から一転して、真っ赤に染まる二人の顔。…いや、この表現は正しくない。十中八九、侑理の顔も真っ赤になっている。恥ずかしさで、真っ赤になっているに決まっている。

 

「ふ、ふぉおおおおぉぉっ!いいッ!いいよユーフォちゃん!この破壊力、予想以上!これは創作妄想が捗っちゃうなぁっ!」

「って、二亜の仕業かよッ!」

「仕業とは失敬な。これは合意の上での行動、そうだよねユーフォちゃん」

「……は、はい…」

「な、なんでそんな事になっていやがるんですか……」

 

 顔に付いてべたべたする乳酸菌飲料を処理し、コップの残りもきっちりと飲んだ後、侑理は士道と顔を合わせられない程の恥ずかしさに見舞われなからも小さく頷く。この恥ずかしさは、昨日のコスプレを優に超えていた。

 

「女の子なんだから、そんな変な事をするんじゃないっての…。…っていうか…二亜も描いてる漫画は全年齢対象だろうが」

「ちっちっち、分かってないなぁ少年は。全年齢向けっていうのは、如何に17.99を狙うかが勝負なんだよ」

「絶対違うよな!?違うよなぁ!?」

 

 妙な空気となった中、唯一二亜だけはご満悦だった。それはもう、完全一人勝ち状態であり……ふと侑理の視線に気付いた様子の二亜は、ぱちんと一つウインクをしてきた。…これで、貸し借りはなしだかんね?……彼女のウインクには、そんな意図が込められている気がした。

 

「……って、あれ?さっき、真那も顔真っ赤にしてたよね?…って事は…へぇー?真那もあれがどういう意味なのか、分かったんだー。へぇー」

「んなっ……!」

 

 更にふと気付いた、先程の反応の意味。それについてわざとらしく触れると、真那は再び顔を赤くし…ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「全く……で、話は済んだのか?」

「あ……うん。待っててくれてありがとね、士道にぃ、真那。二亜さんも、ありがとうございました」

「いやいや、こっちこそ良いもの見せてもらって感謝だよ。って訳で、これからも友好的に付き合っていこうじゃない、ユーフォちゃん」

 

 そうして二亜とのやり取りを、心の中に残っていた負い目を解決させた侑理は、今度こそ病室を出る。解決、といってももう何も気にしていない訳ではない…が、これまであった引け目は清算する事が出来た。面と向かって、真っ直ぐ話せるような気がする。それだけで、侑理は十分なのだ。

 

 

 

 

 ビルを出て、少し歩き、精霊マンションの前まで戻る。そこで士道と別れ、マンションのエントランスへ入る。

 よくよく考えれば、まだここを出て、同人誌即売会の会場へ向かってからは一日も経っていない。だというのに、もう何日も戻っていないような感覚があった。

 

「真那ー?」

「…………」

「ちょっとー?真那さーん?まだ怒ってるのー?」

「…………」

「真那ちゃーん?崇宮さーん?」

「…………」

「……ジュゴン」

「マナティでいやがりますけど!?…いや、マナティでもねーんですけど!?」

 

 先程の事で拗ねてしまったのか、まるで話してくれなくなった真那。しかしそんな真那も、分類違いは流石に見逃せないようだった。

 突っ込んでからはっとした顔になった真那に、侑理はにやりと笑みを見せる。すると真那は、むっとした顔になり…しかしすぐに、溜め息を吐いて肩を落とす。

 

「はぁ…なんかもう、こんな程度の低い悪戯で怒る気にもなれねーです…侑理はよくまだそんな元気がありやがりますね……」

「んー、まぁさっき心が軽くなったからかな。けど別に、疲れてない訳じゃ…ふぁぁ……」

 

 噂をすれば…ではないが、発した直後の言葉を証明するように出てきた欠伸。実際、本当に疲れている。今ベットに横になれば、そのまますぐに寝てしまう…そんな気がしていた。

 

「…なんか、今寝たらお昼までそのままぐっすりになりそうかも……」

「同感です。…あっ……」

「うん?何か忘れ物?」

「いやまあ、ある意味忘れ物というか…そういえば、年越し蕎麦を食べていなかったなー、と」

「あー」

 

 年越し蕎麦どころか、ゆっくりと夕飯を取る事自体していなかった、と今更になって侑理は思い出す。そしてまともに食事をしていないと思い出した事で、何だか途端にお腹が空いてきてしまう。

 

「…どうしよう…眠いけどお腹空いたし、寝る前にシャワー位は浴びておきたいし……あっ」

「うん?侑理も何か思い出したんで?」

「い、今の…ご飯にする?お風呂にする?それとも…と見事に合致してると思わない……!?」

「合致してたからって、それがなんだってんですか……」

「それを言われるとまあ、確かにそうだねとしか返せないんだけど……」

 

 今のに関しては、ノリが悪いというより真那の突っ込みの方が真っ当かもしれない。それを思うと、今の自分の発言が段々恥ずかしくなってくる侑理だったが…疲労から変な思考になってしまった、そういう事にしようと決めた。

 

「…こほん。それはそうと…ねぇ真那、真那はお腹空いてない?もし空いてるなら…元旦位は、寝る前だけどカップ麺とか食べちゃう?昨日食べてなかった年越し蕎麦の代わりも兼ねてさ」

「元旦からそんな事やってたら、正月が明けるまでに太るんじゃねーですかね」

「ちょっ、そういう事言わないでよー」

 

 身も蓋もない真那の返しに侑理は口を尖らせるも、真那の方はどこ吹く風…というより、侑理以上に眠そうな様子。今も先の侑理より大きな欠伸をしており、表情も普段より覇気がない。

 

「…まぁ、太りたくはないし食事は我慢するとして……その、今日は真那の部屋に泊まってもいい?」

「…元旦の記念か何かで泊まりてーと?」

「記念って程じゃないけど…何となく、今日はそうしたいなー、って。駄目?」

「……別に、構わねーですよ。あぁでも、ちゃんと布団を持ってくるのが条件です」

「えー、仕方ないなー」

 

 またまた真那ったら照れちゃってー、というテンションで返しつつ、侑理は自分の部屋に入る。下着とパジャマを用意し、洗面所でバスタオルがある事も確認し、ぱぱっと軽めにシャワーを浴びる。正直、ゆっくり湯船に浸かりたい気持ちもあったが…今それをしてしまうと、浴槽でそのまま寝てしまいそうな気がしたから止めた。

 

(皆はもう、寝てるよね。なんだか、ちょっと不思議な気分かも)

 

 今、この精霊マンションで起きているのは恐らく自分と真那だけ。一年の始まりの日、夜明けも既に訪れた早朝の時間に、自分達だけがまだ起きている。だからどうという事でもないが、何となく侑理はそこに特別さを感じていた。

 そうしてシャワーを浴びた侑理は身体を拭き、浴室を出て髪も乾かす。冷えきった部屋内の寒さを感じながら、普段使っているベットとは別の布団を収納スペースから引っ張り出す。

 

「よ、い、しょっ…と」

 

 布団の上に枕を載せ、更にその上に携帯電話を置いて部屋を出る。それを抱えて、自分の部屋から隣の真那の部屋へと移る。

 

「真那ー、お待たせー。もう寝るー?」

 

 ちらりと覗いた洗面所の方からは照明の光が見えなかった事で、侑理は真那ももう入浴を終えていると判断し、リビングへ向かう。しかし、真那からの反応はない。その事に若干の疑問を抱きつつも、侑理はリビングへと入り……気付く。

 

(あ……)

 

 照明の点いていたリビング。そこに、真那はいた。いたのだが…待っている内に睡魔に負けてしまったのか、食卓に突っ伏す形で寝てしまっていた。

 

「すぅ…すぅ……」

 

 小さく静かな寝息を立てる真那。持ってきた物を降ろし、側に近寄って見ても、真那は起きない。つい出来心で侑理は真那の柔らかそうな頬を指で軽くつついたが、真那が起きる気配はない。

 

(こ、これは…真那に悪戯をする好機……!?)

 

 ぐっすりな真那を前にして、心の中で渦巻く邪念。いつもなら呆れた様子で振り払われるか、怒って反撃してくるかになりそうな過激なスキンシップも、今なら起きない限りはやり放題。触れ放題で、楽しみ放題。こういう機会は普段からありそうでない、正に降って湧いたチャンスであり……

 

「…なんて、ね。今はシャワーを浴びたばかりだから温かいんだろうけど、このまま寝てたら風邪引くよ?」

 

 湧き上がった邪な気持ち。だが侑理はそれを心の内に留め、親友として在るべき行動を選んだ。これは当たり前の事、当然の事なのだ。…名残惜しい気持ちは大いにあったが。

 

「真那、毛布…。…いや……」

 

 ベットから毛布を取ってこようとして、足を止める。そこから侑理は、数秒考え…真那の側に戻る。そして、依然として真那が起きそうにないのを確認して……真那の身体を、ゆっくりと持ち上げる。

 

「ふふっ、うちが真那をお姫様抱っこ…これ、凄く良いかも……」

 

 肩の後ろと膝の裏はそれぞれ腕を回して、抱え上げた状態。紛う事なき、お姫様抱っこ。それを真那にしている事へ歓喜の念を抱きながら、真那を起こさぬよう慎重な動きでその場に立つ。

 

(…軽い、な……)

 

 随意領域(テリトリー)を使わなくても持ち上げられる、真那の身体。華奢な手足と、誰が見ても子供な背丈。自分と変わらない、少女そのもの。

 そんな真那が、これまで自分よりも前で、自分より先の場所で、戦い続けてきた。時にその身体へ、時にその心へ大きな傷を負いながらも、膝を屈する事なく、今も戦い続けている。親友として、相棒として、侑理を支えてくれている。きっと本来なら、真那も守る側ではなく、守られる側である筈なのに。異常な程の魔力処置を受けた身体の事を思えば、戦闘を重ねるべきではないというのに。

 無論、それは自分も同じだと分かっている。真那から…或いは周りからすれば、侑理もまた、無理してほしくないと思う相手なのだろう。だとしてもやはり、侑理にとって真那は大切なのだ。大切で、特別なのだ。

 

「…自分を大事にしてね、真那。こんなうちだけど、いつだって真那の力になるから。真那がうちを支えてくれるみたいに、うちも真那を支えるから」

 

 寝室へと運びながら、真那の寝顔へ語り掛ける。自分程度の力では…などとは思わない。真那が相棒と呼んでくれる自分を、侑理は卑下しない。相棒だからこそ、誰よりも真那の力になる。なり続ける。

 そんな決意を新たにした侑理は、ベットに真那を降ろして寝かせる。その際、顔に掛かってしまっていた真那の前髪を指で軽く流し、同時に今の決意はまるで新年の抱負だ、と思った事で苦笑。

 

「じゃあ…お休み、真那」

 

 自分もいい加減眠い、湯冷めしてしまう前に寝よう。そう思い、真那に声を掛ける。そして、リビングに降ろした布団をこちらへと持ってこようとし……

 

「くぅ…ふぅ……」

「…………」

 

…………。

 

……………。

 

………………。

 

 

 

 

「……お邪魔しまーす」

 

 安らかな、可愛い寝息。言うまでもなく愛らしい寝顔と、触れずとも分かる瑞々しさを持った真那の唇。抱えている間、ずっと感じていた柔らかな熱。気の抜けていた侑理の思考と身体は、水が上から下へと流れるような自然さで真那へと吸い寄せられていき……今年の初夢は、非常に良いものが見られた侑理であった。…起きた後、真那に怒られたのは言うまでもない。

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