デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第百四話 理解と信頼

 第一回羽根突き大会精霊マンションカップ。思い付きから始まったこの新春遊びの勝負は二人一組のチームが四つ、その四チームで優勝を争う超小規模トーナメント戦となった。一回戦(でもある意味準決勝)第一試合は侑理と真那のチームが、十香と美九のチームと戦う事になり、侑理達は何とか勝利を収める事が出来た。予想通り、中々に消耗をする試合ではあったが、内容としてはかなり充実したものとなった。

 続いて行われる第二試合は、四糸乃と七罪チームが、耶倶矢と夕弦チームと戦う試合。正直に言ってしまえば、八舞姉妹の勝利が濃厚な一戦であり、七罪もそう思っていたようだったが、四糸乃が七罪の手を握り、「精一杯頑張りましょうね……!」と鼓舞した事により、やれるだけの事はやる、と七罪もやる気を出していた。侑理としても、同じ小柄組である二人には頑張ってほしいと思っていた。思っては、いたのだが……。

 

「はぁ、はぁ…うぅ……」

「やーらーれーたー……」

「やっぱり、無理が過ぎるのよ……」

 

 羽根が落ち、緊張の糸が切れたように、四糸乃と七罪も膝を突く。今の得点で、勝負は決まり……十対四という、耶倶矢と夕弦が大差を付けての試合終了となっていた。

 

「当然の結果…と、言いたいところだが…終盤の粘りは中々に見事であったぞ、四糸乃、七罪よ」

「同感。前半に比べて、後半はかなり手こずりました」

「いやでも、負けは負けだし…そっちの半分も取れてないし……」

「…や、ほんとに強かったよ?っていうか、こういう事言うのもアレだけど、普段から色々二人で勝負してる分、元からこっちは有利だった訳だし……」

「追従。四糸乃と夕弦はそもそもこういうスポーツ的勝負に慣れていない以上、決して恥じる事はない筈です」

 

 どんよりと落ち込む七罪を見て、八舞姉妹は頬を掻きつつフォローする。実際点数こそ確かに大差ではあるが、四糸乃も七罪もただやられただけではなかった。序盤から中盤までは八舞姉妹の連携と、それを抜きにしても運動神経の良い二人の動きに圧倒されてしまっていたが、終盤は耶倶矢と夕弦の言う通り、二人に食い下がっていた。七罪はその観察力で個々の弱点を見抜き、四糸乃はちょいちょい心が折れそうになる七罪をその度に励まし立ち直らせる事で、最後は点の取り合いになっていた。

 

「そ、そうです、七罪さん。確かに私達は、負けちゃいましたけども…私は七罪さんと一緒に頑張れた事、嬉しいです。点数も、四点でしたけど…たったの四点じゃなくて、七罪さんと一緒だから取れた、大きい四点だって…私は、思います……!」

「よ、四糸乃……」

 

 七罪の手を握り、四糸乃は思いを伝える。その言葉に、思いに瞳を潤ませ、七罪もその手を握り返す。

 それは、二人の友情、共に戦ったパートナーとしての絆を感じる、微笑ましい光景。侑理もそれに、その通りだと頷いた。……まぁ、この時八舞姉妹は「自分達の時と反応の差が……」と何とも言えない顔をしていたり、美九に至っては二人の間に入ろうとうずうずしていたりした訳だが。

 

「ほんと、お疲れ様二人共」

「二人の仇は、私達が取ってやりますよ」

 

 コートの外に出た四糸乃と七罪へ、侑理も真那と共に声を掛ける。そして視線を、耶倶矢と夕弦の二人へ向ける。

 

「さて、それじゃあ正々堂々勝負…と、言いてーところですが……」

「今すぐ勝負じゃ、お二人は連戦ですよね。少し休憩します?」

「感謝。その程度造作もない、と言いたいところですが……」

「こちらも楽な戦いではなかったからな。送られた塩は、ありがたく受け取るとしようではないか」

 

 こくり、と二人は揃って頷く。これは単純に、コンディションを整えた状態で勝負に望みたいという思いからくる返答だったのかもしれないが、同時に四糸乃と七罪への気遣い…休憩不要な勝負ではなかったのだと示す為の返答なのかもしれないと、侑理は思った。

 という訳で、一旦侑理達は中へ。冷えた身体を温める事も兼ねて、インスタントのお汁粉とお茶を用意し皆で休憩。出来立て(と言ってもお湯を入れただけだが)の少し熱い位の温かさと濃い目の甘さ、それを落ち着かせてくれるお茶の苦味でまったりとしたひと時を過ごし……改めて、外へと出る。真那、耶倶矢、夕弦と共に、それぞれのコートに立つ。

 

「皆は別に、付いてこなくてもよかったんだよ?」

「んもー、そんな冷たい事言わないでよ侑理ちゃーん。よしのん達も、決勝戦がどうなるか気になるんだからさー」

「そうですよー。皆さんの勇姿、ここで観戦させて下さーい」

 

 それならば、と侑理は視線を正面へ。既に八舞姉妹は臨戦態勢。真那含め、この場の全員がやる気十分。

 

「侑理、真那。遂に我等と貴様達、真の最強を決める日がやって来たな」

「ふふ、負けませんよ耶倶矢さん。うちと真那は──うち等機双の魔術師(デュアルマキナ・ウィッチ)は!」

「そ、それは……ッ!…ふっ、その意気や良し!ならば我等颶風の御子も、全身全霊を持って迎え討とうではないか!」

「…えぇと、まぁ…宜しくお願いします。…勝たせてもらいますよ?」

「応答。こちらこそ宜しくお願いします。…残念ですが、勝つのは夕弦達です」

 

 目を見開き、一瞬ぱぁっと表情を輝かせた耶倶矢は、テンション高く侑理の言葉に答えてくる。一方真那と夕弦は平常運転ではあったが、どちらもその声に確かな闘志を滲ませる。

 公平なるじゃんけん勝負の結果、勝負は八舞姉妹側から始まる事に。侑理と真那が先と同様前衛後衛に分かれれば、八舞姉妹は四糸乃、七罪との勝負でも選択していた横並びの陣形に。そして耶倶矢が羽を持ち…決勝戦が、幕を開けた。

 

「さぁて、やるよ夕弦!」

「快諾。えぇ、いつでも…!」

 

 視線を向ける事なく言葉を交わし、耶倶矢は上に羽根を放る。羽子板を構え、真っ直ぐそれを振り下ろす。

 飛んでくるのは、特別何か要素がある訳ではない、ただシンプルに鋭い一発。侑理から見て左サイドに打ち込まれたそれを、侑理は斜めに踏み込んで拾う。打ち返し、すぐさま次の行動に移る。

 

「とうッ!」

「っと!」

 

 前進していた耶倶矢が、そのまま前で侑理の打ち返した一発へと対応してくる。冷静に、羽根を逆サイドへと落とすように打ち…されど真那の反応は早い。飛び込むような跳躍で打ち返したかと思えば、左手を地面に突いて素早く前転。転ぶ事なく着地を収め、その場で羽子板を構え直す。

 次の攻撃は、中央辺りにまで戻っていた耶倶矢によるスマッシュ。それを何とか侑理が防ぎ、返した羽根を夕弦が打てば、飛んでくる先を読んだ真那がお返しのスマッシュ。まだ序盤も序盤、一発目でありながら、既にラリーが続いている。更にラリーが続いていく。

 

「すっご…全員動きに躊躇いがないじゃん……」

「双方、お互いの動きがよく分かっているのだな…」

 

 羽根が何度も行き来する。落ちる事なく、飛び回る。休憩直後な事もあって、誰もミスをする事なく…だが唐突に、それは訪れた。

 

「奇策。えい」

『……ッ!しまっ……!』

 

 大きく夕弦が羽子板を振り上げ、強烈な一発を打ち込むような素振りを見せる。されどその動きに反して、実際に行ったのはソフトタッチ。羽子板はへろへろ飛んだかと思えばすぐに失速し…侑理達のコート内ギリギリへと落着する。

 

「くっ、やられた……!」

「まさか、序盤からこんな手を打ってきやがるとは……」

 

 強く打つと見せかけての弱打ち。叩き込むのではなく、手前に落とすという相手の裏をかいた一手。それはスポーツにおいてよくある、ある種定番の引っ掛けであり……だがそれを初っ端からやられた事で、侑理は気を付けていたにも関わらず防げなかった。恐らく真那も、同じような状態だった。

 

「よっし、一点先取!流石は夕弦!」

「謙遜。これも耶倶矢のサポートがあってこそです。それに…序盤からこれを使ってしまったのは、正直想定外です」

 

 最初の一点を取れるかどうかは大きい。特に、最初からラリーが続いたこの勝負での先取は、点数以上の重さがある。ただ、八舞姉妹の方も、手放しに喜んでいる訳ではないようで…侑理は気持ちを切り替える。

 

(この一点は大きい。だけど、まだ一点。ここで気圧されるようじゃ、それこそ勝機なんてなくなる…!)

 

 落ちた羽根を拾い、真那へアイコンタクトを取って構える。ゆっくりと息を吐き…羽子板で打つ。飛んでいった羽根は相手陣地の後方へ落ちる軌道を描き…それを耶倶矢があっさりと返す。

 とはいえそれは想定内。だから全く動じる事なく、再びラリーが発生する。打ち合いながら、先の対十香・美九戦同様、広い視野で三人それぞれの動きを見る。真那もそれを分かっているのか、今回も侑理の負担を減らすが如く大胆に動く。

 

「真那、あまり体力を消耗し過ぎないでね…!多分、この勝負……」

「えぇ、分かっていやがりますよ…ッ!」

 

 ラリーの応酬の中、甘く入った攻撃を真那は見切ってフルスイング。強烈な反撃に夕弦は何とか合わせるも、返ってきた羽根は大きく逸れてコートの外へ。八舞姉妹の連続得点を許す事なく、真那が一点取り返す。

 その次に点を取ったのは、再びの真那。更にその次は耶倶矢、続けて夕弦と、毎回ラリーが続きながらも一つ、また一つと点が入っていく。大きな点差が開く事はなく、しかしこれまた先と同様侑理達が追い掛ける形で点数は伸びていき…また一点、得点へ重なる。

 

「……っ、ごめん真那…」

「いや、今のは私も向こうの陽動に引っ掛かっちまいましたからね。だから侑理じゃなくて、私達両方の責任です」

 

 取り零しの一点に対し、真那は気にするなという調子で言う。勿論侑理も、今のミスを引き摺るつもりはないが…ただ切り替えればいい、という話でもない。

 

(分かってはいたけど…本当に、連携の隙がない……)

 

 現在の点は三対五で耶倶矢・夕弦チームがリード中。ここまでの攻防で二人の動きをある程度見る事は出来たが、二人の癖や傾向も何となく掴め始めてはいるが…観察し、分析する事で、侑理は二人の強さを改めて思い知らされてもいた。

 彼女等二人の身体能力は高い。得手不得手はあるにしろ、二人共十香に追い縋るレベルである時点で手強い相手なのは間違いないが、それ以上に厄介なのはやはり、二人の連携。耶倶矢と夕弦、二人は互いの位置も相手が次に何をしようとしているのかも全て把握しているんじゃないかと思う程に卓越した連携を見せており、付け入る隙が見当たらない。どこに打ってもどちらかが迷いなく対応してくる上に、完全に役割を分担しているのではなく、その瞬間その瞬間で流動的に役割やポジションを入れ替えている。しかも、完全にアドリブで入れ替えている筈だというのに、そこでも連携ミスが発生しない。

 二人で一つ、という表現があるが、八舞姉妹は正にそれ。確かに彼女達は二人である筈なのに、一つの意思の下動いている…冗談抜きに、彼女等の連携はそう思わせる領域だった。

 

「ふん、こんなものか魔術師(ウィザード)達よ。もしまだ策があるのなら、早く出さねばその前に勝負が終わってしまうぞ?」

「攻勢。夕弦達に、油断の二文字はありません」

 

 余裕綽々の様子を見せる八舞姉妹。勿論それは、点数で先行している事もあるのだろうが…これもまた、恐らくは高度な連携能力の恩恵。自然と連携出来るから、二人は連携に神経を使う必要がないのだ。

 そしてまた、ラリーが続く。向こうも侑理と真那の動きに慣れつつもるようで、単純な攻撃から、こちらの裏をかく、或いは連携を崩そうとするような動きが多くなり……コートの端、ラインのギリギリ内側に羽根が落ちる。連続得点により、点数は三対六…いよいよ三点差を付けられてしまう。

 

「真那さん、侑理さん……」

「だ、大丈夫よ四糸乃。流れ的には、さっきと同じでしょ?だから、ここから逆転する算段がきっとある…筈……」

 

 ちらりと視線を向ければ、四糸乃が不安そうにこちらを見ている。その四糸乃を七罪は励ましていたが…声に、表情に、自信はなかった。……だが、その通りである。確かに流れは、十香・美九チームと勝負した時と近いが、あの時と違って今は勝つ算段がない。勝利のビジョンが、見えてこない。

 

「…真那、何か策はある……?」

「…残念ながら」

 

 背中へ投げ掛けた声に返ってきたのは、短くも苦々しげな答え。…こうして訊いている時点で、状況は最悪。何せ、侑理が動きを見て、後半戦へ繋げる為に真那は頑張ってくれていたのだから、その侑理が策があるかと訊くのは、自分はもう手詰まりだと示したようなものなのだ。

 それでも一縷の望みを懸けて、侑理は訊いた。訊いたが、真那にも策はなかった。そして…疑う余地などない程に、侑理も真那も分かっている。このままでは、どれだけ頑張っても勝てないと。八舞姉妹を、上回れないと。

 

「迅速。このまま決めましょう、耶倶矢」

「応よ!どうやらこの勝負は、至上の連携を現世に魅せる事が出来るのは、やはり我等であったようだな!」

 

 負けるものかと食い下がる。何か突破口がないかと懸命に目を走らせるが、打開のヒントも、連携の綻びも、侑理達に利するものは何もない。その内にまた、一点取られ…いよいよ四点差。初めは互角に立ち回っていた筈が、気付けば二人の存在は、巨大な壁となって勝利の前へ立ち塞がっていた。

 

「……ッ…」

「…真那……」

「…自分でも、こんな気持ちになるなんて思いもしやがりませんでしたが…やっぱり、悔しいもんですね。ここまてまざまざと、連携能力の違いを見せ付けられるってのは……」

 

 そして遂に、真那が口にした気弱な言葉。普段なら言わない、言う筈のないそれは…きっと侑理と同じように、真那も自分達の連携に自信を、負ける筈がないという思いを抱いていたからこそのもの。そんな真那に、侑理は何も言葉を返さず…それをどう思ったのか、真那は続ける。

 

「…きっと、耶倶矢さんも夕弦さんも、私達より互いの事を遥かに分かっていて、分かっているのが当たり前なんでしょうね。だからもう、それはそういうものだと割り切って、やれるだけの事をしようじゃねーですか。私は別に、まだ諦めては──」

 

 落ちて転がった羽根を拾い上げながら、真那は言葉通り割り切ったような…否、割り切ろうとしているような表情を見せる。その羽根を、侑理へと差し出してくる。レベルの違い。自分達と彼女達との差。分かっている。分かっているのが当たり前。そんな事実が、事実と真那の言葉が、侑理の頭の中でぐるぐると回り、何度も何度も反響し……

 

「……それだ」

「え?」

 

──そして、気付いた。大事な事を。根本的な事を。本当の意味での…自分達と、八舞姉妹との違いを。

 

「そうだよ、その通りだよ真那!あぁそっか、考えてみればそうに決まってるじゃん…!」

「えぇ、と…侑理…?一人で盛り上がってねーで、何がそうに決まってるのか教えてほしいんですが……」

「あ……ごめんね真那、つい興奮しちゃって」

 

 羽根どころか真那の手自体をぎゅっと掴み、侑理は食い気味に言う。そこで真那から指摘を受けて、我に返る。それから一先ず手を離し…その上で、真那を見つめる。

 

「こほん。…うちと真那と言えば、世界に名だたる名コンビだよね?」

「何の躊躇いもなくそんな発言の出来る心理は全く分からねーですが…まあ、連携に自信があったのは事実です」

「うん。で、耶倶矢さんと夕弦さんも、同じように自信があった。だからうちは、そこに対抗心を抱いていたし、勝ちたいと思っていたんだけど…うち等と二人とは、そもそも連携の在り方が違うんだよ。だって二人と違って、うちは真那の動きが自分の事みたいに分かる訳じゃないし、真那だってそうでしょ?うち等の連携は、相手をもう一人の自分みたいに分かった上でやる事じゃなくて──信じる事、でしょ?」

「……ああ、そういう事でいやがりますか」

 

 口角を上げながら侑理が言えば、真那も同じように口角を上げる。多分、劣勢になり始めてからずっと作る事の出来なかった、笑みの表情をお互いに見せる。

 考えてみれば、いや考えるまでもなく、それは当たり前で、単純な事。元は一人の精霊だったらしい八舞姉妹が互いの事を真に理解しているのは当然の事で、どんなに大好きでも別々の人間である侑理と真那の理解がそれに及ばないのも当然の話。それにそもそも、侑理は真那を深く理解しているから連携しているのではない。勿論連携の質に理解は必要不可欠だが…連携の根底にあるのは、真那への信頼なのだ。こう動く、と初めから分かっているからそれに合わせられるのではなく、こう動く、と心から信じられるから、それに合わせる事が出来るのだ。無論、耶倶矢と夕弦の間に信頼関係がないという事ではなく、むしろ二人もお互いの事を心底信じているのだろうが…理解と信頼、連携の始点となるものが侑理達と八舞姉妹とでは違う以上、変に競い合おうとしなくてもいいのだ。

 それに気付いた事で、落ち着いた思考が戻ってくる。八舞姉妹の連携を、それに対抗する事ばかりを意識していた事で、一番大事な真那との連携へ意識を向けられていなかった事にも気が付く。

 

「……ちょっと?もしかして、作戦会議中?」

「困惑。作戦会議をするのは構いませんが、長くなるようなら一言言ってほしいものです」

「っと、申し訳ねーです。けどもう済みました」

「突然ごめんなさい。でも…もう、大丈夫です」

『…………』

 

 言われてみれば確かに長話をしてしまった、と侑理は真那に続いて謝る。すると八舞姉妹はこちらをじーっと見つめてきて…そして、表情を引き締める。…まるで、こちらの変化を見抜いたかのように。

 

「…四点差で、向こうは残り後三点。ここから、勝てると思う?」

「流石に厳しいんじゃねーですかね。けど──勿論私は、勝つつもりでいやがります」

「だと思った。──うちもだよ、真那」

 

 研ぎ澄まされていく心。完全な劣勢でも、もう不安はない。むしろここから逆転出来たら自分達の絆の力がどれ程強いのか証明出来る…そんな思いすら抱く。

 くるりと真那は振り向き、二人で共に構え直す。耶倶矢と夕弦を見据える。それから小さく息を吐き…力一杯、羽根を打つ。

 

「好きなように動いた、真那!いつもみたいに!」

「言われなくても、そのつもりでいやがりますよッ!」

 

 侑理の声に答えながら、真那は跳躍して打ち返された羽根を叩く。打ち下ろす一発を耶倶矢が拾うようにカバーしてきたが、それを再び侑理が打ち込む。真那を追うように前進していた侑理が、早々に返して八舞姉妹のコートへ落とす。

 これで、まず一点。今度は夕弦の打ち込みから始まるが、夕弦が動いた瞬間侑理は深い前傾姿勢を取る。反射神経の高い八舞姉妹は、直後に反応し……一瞬両方の注意が侑理へと向いた瞬間に、真那が速攻を掛けて打ち返す。真那の虚を突く一手で羽根を八舞姉妹の陣地へ叩き返し、瞬く間に二点目も奪取。

 

「……っ!この動き……」

「確信。どうやら、本当の勝負はここからのようです」

 

 斜めに刺さるような形で地面へと落ちた羽根。それを見つめた耶倶矢と夕弦は顔を見合わせ、頷き合う。その表情が、一層引き締まる。

 連続得点で、点差は四から二にまで縮まった。勿論まだ負けてはいるが…勝負には、流れがある。ここまでは八舞姉妹にあった流れが、今は確かに侑理と真那へと移り始めている。

 

「慌てるでも、まだ余裕があると高を括るでもない…流石に勝負慣れしていやがりますね。けど……」

「だからこそ、一層燃える。そうでしょ?」

 

 こくりと小さく頷く真那。見えているのは後ろ姿だが、その声と背中からは、伝わってくる。真那が、この勝負を楽しんでいる事が。今はまだ劣勢でも、やっと心から楽しめる状態になった事が。そしてそれは、侑理も同じ事。連携の根底が違う以上、本質的には比較しても仕方ないのだが…それでもやはり、八舞姉妹と二対二で競い合える事は楽しい。

 このまま一気に追い付いてみせる。内心で侑理はそう意気込んでいたが、次の打ち合いは八舞姉妹に制される。簡単に流れは奪わせないとばかりに、粘り勝ちで一点取られ、すぐにまた次の打ち合いが始まる。残りの二点を取って勝とうとする耶倶矢と夕弦に、全力全開で食らい付く。

 

「真那!」

「侑理!」

「まだまだぁ!」

「奮戦。とりゃー」

 

 声を上げ、名を呼び、それだけで意思を伝える。合間合間のアイコンタクトだけで、次の行動を組み立てる。それぞれの連携で、侑理達は戦う。一点一点積み重ねる。

 得点ペースが同じならば、侑理達に勝ち目はない。だがここに来て、八舞姉妹の勢いには翳りが出ていた。戦っている最中の侑理には分からなかったが、後から思えば二人は精霊…即ち並の魔術師(ウィザード)や〈バンダー・スナッチ〉相手ならば圧勝し、逆にエレンが相手では(今は霊力封印が施されている事もあり)常に劣勢を強いられる為に、それこそ耶倶矢・夕弦間での勝負を除けば「互角の戦い」への経験が少なかったのかもしれない。だからこそ、終盤になってその経験の少なさが響いてきたのかもしれない。

 そしてまた、侑理達が一点取る。これにより、状況はいよいよ九対九。長く厳しかったこの勝負も……次で、決まる。

 

「はぁ、はぁ…後一点…この一点は、確実に……ッ!」

「えぇ…華々しく、決めようじゃねーですか…!」

「──勝つよ、夕弦」

「当然。勝利の栄光を共に掴みましょう、耶倶矢」

 

 必死に食らい付いた結果ここまで追い込む事が出来たが、流石に侑理も真那も疲労困憊。それでも活力は尽きていない。心の力は未だ健在。

 対する耶倶矢と夕弦は冷静そのもの。されど瞳には、溢れんばかりの意思が…自分達こそが勝つのだという思いが漲り、猛々しく燃えている。

 数秒の間を経て、耶倶矢が宙に羽根をスロー。落ちてきた羽根を力強く叩き…最後のラリーが、始まった。

 

(大丈夫、いける…不安なんてどこにもない!)

 

 激しい攻防は真那に任せ、侑理はフォローに徹する。取り零しても侑理がカバーしてくれる…そんな安心感を真那に持ってもらう事で、真那が自分のやりたい事に全力を尽くせる状況を作る。

 八舞姉妹の動きは変わらない。徹頭徹尾、どんな状況でも変わらない二人のスタイルで、風の精霊に相応しい嵐が如き攻めと、決まった形のない柔軟な守りをコンビネーションによって両立させる。

 息の上がっている侑理達は勿論、八舞姉妹とて披露していない訳がない。それでも強く、正確に打ち合えるのは、偏に勝利への思いがあってこそ。

 

「これでッ!」

「決めさせねーですッ!」

「追撃。ならば……!」

「それもさせない!」

 

 強烈なスマッシュ二連撃。それを真那は裏拳の様な一打で、侑理は身体全体で捻りを加えた打ち返しで凌ぐ。侑理の返しは羽根に不規則な動きを与える事になり、それを危ないと思ったのか、夕弦が確実な振りで対処してくる。また、羽根が飛んでくる。

 山なりに飛んできた羽根は、狙い澄ましたのか、それとも偶然か、本当に侑理と真那の中間へと落ちてくる。自分が行くべきか、それとも真那に任せるべきか、その迷いが一瞬侑理の脚を鈍らせ…されどその時、真那は侑理を見ていた。真那の瞳が、侑理を見つめ…それを見た瞬間、無意識の内に鈍っていた脚へと力が籠る。侑理に任せた……そんな思いを受け取ると共に、残る力をすべて注ぎ込む位の覚悟で目一杯跳ぶ。

 

「貰っ…たぁぁぁぁああああああッ!」

 

 一足飛びに、落下する羽根の間近へ。身体を傾け、羽子板を斜め下へと突き出し、下から振り抜く体勢を取る。

 大きな隙を耶倶矢と夕弦が晒した訳ではない。しかし侑理には、確信があった。これで決まると。決着すると。それはまるで、天啓の様な確信で…それを胸に抱きながら、打ち込む先をはっきりと見据える。後は打つだけ。腕を振り抜き、決めるだけ。そしてそれを、自分なら出来ると左脚で踏み込み……

 

「…………えっ?」

 

──足が、滑った。踏み込んだ場所に石があったのか、勢いで石は滑り、それを踏んでいた足も一歩分ずれ……振り抜いた羽子板が、空を切る。自分でも何が起きたか分からない中、視界から羽根が消えていき……ぽとりと、落ちる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

『…………』

 

 訪れる沈黙。完全なる静寂。聞こえてくるのは、微かに吹く風の音だけ。誰もが茫然とする中で、ゆっくりと…本当にゆっくりと侑理は視線を下ろしていき、真下に移った侑理の視界に、落ちて転がった羽根が映る。

 そうして羽根突き大会の決勝戦は、耶倶矢・夕弦チームとの勝負は、侑理が確信していた通りに決着するのだった。──空振りして終了という、全く予想していなかった結果と共に。

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