一月一日から三日までの三日間は三が日と呼ばれ、多くの企業や組織が年末年始の休暇として休みにしている場合が多い。年明けのこの三日と、二十九日から三十一日までの年末三日を合わせた六日間が、小売や警察の様な業種業態でもない企業のよくある休みであり、これは行政機関に法律として制定された年末年始休暇を参考にしている…という話がある。
しかしそれは、大体の企業や組織の話であって、全てがそうという訳ではない。ましてや、
「獲ったッ!」
「まだだよッ!」
〈ヴォルフファング〉から放たれた魔力砲の一撃を
それを侑理は、自身も〈オルムススケイル〉から魔力の刃を出力し、それを振るう事で斬り結ぶ。勢い、近接格闘の技量、そして
「あめーですッ!」
「……ッ!」
軌道を逸らされ斜めによろける真那。されど全く動じる事なく、そこからまるで裏拳をするように、伸ばした脚で水平に薙ぎ払ってくる。〈ヴァナルガンド〉の脚部パーツ、踵の部分の突起が杭の様に迫ってくる。
先の魔力砲と同様、侑理は
(真那なら、ここで……!)
真正面から迫る光線に対し、真那はそのまま突っ込んでくる。
「そこぉッ!」
掬い上げるような動きと共に振るうのは、出力したままのレイザーブレイド。迫る真那を迎え討つ、侑理から仕掛ける近接攻撃。この選択に、真那は目を見開き…次の瞬間、〈オルムススケイル〉の刃の軌道へ〈ヴォルフテイル〉を割り込ませた。
更に真那は防御をした直後、〈ヴォルフファング〉を後ろに引く。それは強度を活かした打撃の構えであり、侑理は咄嗟に〈オルムスファング〉を打ち付ける。突き出される前に、銃身をぶつけて打撃を阻む。
「また、随分と乱暴な事をするじゃねーですか。そんな使い方をすると、銃身がひしゃげちまいますよ?」
「大丈夫、その辺りも考えてやってるから。それにそんなの諸に喰らったら、うちのお腹がひしゃげちゃいそうからね…!」
左右の武器で、それぞれ押し合う。今言った通り、〈オルムスファング〉はぶつける事を前提に魔力で強化している為、一度打ち付けた程度で破損したりはしない。勿論何度もぶつければ、或いは盾の様に使えばその限りではないが、この場を凌ぐだけなら問題はない。
むしろ重要なのはここから。まだここは真那の得意な距離であり、何も状況は好転していない。両腕に加えて、
「……ふぅ。今日は、ここまでにしやがりますか」
「えっ?」
だが、次の瞬間真那からの干渉は消えていき、同時に真那自身も一歩下がった。
「…なんで、今……」
「いいじゃねーですか、別に。まあ、まだやり足りねーって事なら、仕切り直しても構わねーですけどね」
「いや、うちは別に真那と違って戦闘好きじゃないし…」
「失礼な、私だって戦闘が好きな訳じゃねーですよ。模擬戦は確かに好きですけども」
「つまり、自己研鑽が好き…要はエレンさんと同じ?」
「なんでそうなるんですかねぇ……」
真那が完全に構えを解いた事で、侑理も両腕を下ろす。まあ実際のところ、真那が好きなのは模擬戦である事も、真那とエレンはどちらも自分を高める事に余念がないが、決して同じではない事も侑理は分かっている。ただ、冗談を言いたかっただけなのだ。
「さて、それじゃあ帰るとしやがりますか」
「あ…ううん、今日は先に帰ってて。うち、もう少し訓練していくから」
「……?珍しいですね、どうしてまた急に」
「…そういう気分だから、かな」
CR-ユニットを解除した真那とは対照的に、侑理はそのままの状態で留まる。そして侑理が理由を言えば、真那は考え込むような表情を見せ…少しの間を経てから、こくりと頷く。
「なら、そうさせてもらいますかね。しっかり模擬戦をやった後でいやがるんですから、あまり負荷のたけー訓練はするんじゃねーですよ?」
「分かってるって。でも、ありがと」
「ならば良し、です。…ところで、さっきの斬り上げは……」
「うん?それがどうかした?」
「……いや、何でもねーです」
何か言いたげな面持ちを見せる真那。されど侑理が訊き返せば、真那は首を横に振り、お先に失礼、と歩いていく。訓練の為よく使わせてもらっている、〈ラタトスク〉の地下施設の一つ…そのトレーニング用のフロアを後にする。
そんな真那を見送り、部屋を出たところで、侑理はふぅ…と息を吐いた。別に溜め息ではない。今のはただの、気持ちの切り替えである。
「……よし」
トレーニングシステムを操作し、個人訓練用の的が出るようにする。その状態で〈オルムスファング〉を構え…狙い撃つ。
(…そういえば、〈ヨルムンガンド〉を使うのにも大分慣れてきたな……)
不規則に出現と消失(といっても消えている訳ではなく、収納されるだけだが)を繰り返す複数の的を、単射で狙撃していく。最低出力で撃ち出した魔力弾は、対魔力加工がされた的に当たっては散っていく。
初めはその性能の高さと要求される制御能力に振り回されていた侑理だったが、今では手に、身体に馴染んでいる。真那の〈ヴァナルガンド〉もそうだが、何度か自分達に合わせた調整も行ってもらっている為、簡単に使える訳ではないが、使い易い…そんな装備になっている。
もしかすると、それは今も侑理が
「……次」
ぽつりと呟き、難易度を上げる。ただ撃つだけでなく、より実戦を想定して狙撃からの移動も組み込む。そうして暫くの間、侑理は狙撃の訓練を続け……ある時不意に、トレーニングフロアの扉が開いた。
「……?…令音さん?」
すぐに気付き、振り向いた侑理が目にしたのは、〈ラタトスク〉の解析官であり、新年を迎えても相変わらず眠そうな顔をした令音。入ってきた令音も侑理を見て、それからぐるりと見回し…軽く首を傾げる。
「……珍しいね。侑理一人かな?」
「あ、はい。もしかして、真那に用事でしたか?」
「……いいや、そうではないよ。ただ、この施設に用があって、君達はここで訓練をしてる事が多いと聞いていたから、少し寄ってみただけなんだ」
単に侑理が一人で訓練している事が意外だったのだという風に、令音は言う。裏を返せば、侑理達はいつも一緒にいる印象があるという事。…そう思われるのは、悪い気はしない。
「そうだったんですね。少し前までは、二人で模擬戦をしていたんです。でも今日は個人的にもうちょっとやっておきたくて、個人訓練をしていたっていうか……」
「……そういう事なら、邪魔だったかな」
「い、いえ。大丈夫です」
「……そうか」
「はい」
「…………」
「……?…え、あの…令音さん…?」
「……続けてくれて構わないよ?」
(あ、見てるつもりなんだ……)
一応会話に区切りが付いたとはいえ、急に黙り込んで棒立ちになった令音に何事かと尋ねると、特に調子を変える事なく令音は言葉を返してきた。確かに邪魔かという発言に対し、侑理は大丈夫だと返した訳だが……どうにも令音は読めないというか、ある種の天然さがあるのである。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
実際には遠慮こそせずとも、気にしてしまう…と内心では思いつつも、侑理は狙撃の訓練を再開する。ただ的に当たるのではなく、実際の戦場、戦闘を想像し、その時々の動きを考えて、最善となり得る狙撃を行う。牽制や陽動といった、ダメージではなく行動の制限や誘導を意識して、敢えて当てない射撃もする。そうして大体十数分、令音が来る前も合わせれば一時間弱程の個人訓練を行ったところで、侑理は切り上げる事にした。
「ふー、ぅ……今日は、この位にしておきます。狙撃って、かなり集中力が必要ですから」
「……だろうね。侑理を見ていれば、よく分かるよ」
令音の発言で見られていた事を改めて意識し、侑理はちょっぴり恥ずかしくなる。実際スタート直後に比べて、大分狙撃の精度が落ちていた。これ以上はやっても意味がないと思ったからこそ、侑理は切り上げたのである。
「えぇと…じゃあ、うちもこれで……」
静かな雰囲気の令音に見つめられ、逆にちょっと落ち着かない気分となった侑理は、これで、と立ち去ろうとする。実際訓練を終了した以上、もうここに留まる必要はなく…されど侑理がCR-ユニットを解除したところで、令音は言った。
「……何か、悩んでいるのかな」
「え……?」
思わず足を止め、振り向く。あまりに予想外な言葉に、侑理は驚き…令音を見つめる。
「……勘違いだったのなら、申し訳ない。でも、そうではないかと思ったんだ」
違ったかな?と言うように、令音は微かに肩を竦める。その表情は、当てずっぽうではなく、何かしらの根拠を抱いているように見えるもので……逡巡の後、侑理は頷く。
「…よく、分かりましたね」
「……君は、悩みがあると一人で黙々と何かに集中する癖があるからね」
そうだったのか、と再び侑理は驚かされる。ついでにそれを把握していた令音に舌を巻く。
言われてみれば、そうかもしれない。言われるまで気が付かなかったが、黙々と何かに集中する方が、心が落ち着くような、頭も整理出来るような…そんな気がする。……ような、気がする。
「……それで、その悩みに答えは出たのかな」
「それは……その、出てないです…」
残念ながら、と侑理は首を横に振る。…出ていない、とまるで熟考したかのように答えた訳だが…実のところ、あまり考えられていない。ただ撃つだけならともかく、高い集中力の要る狙撃を、移動も加えながらやっていたのだから、よく考える余裕など初めからなかった。
そんな侑理の思考を読み取ろうとしているのか、それともぼうっとしてるだけなのかは分からないが、令音は次の言葉を発するでも、立ち去るでもなく、侑理の方を見て留まっている。それはどこか、侑理の次の言葉を待っているようでもあって……少しだけ考えた侑理は、意を決して言う。
「…令音さん。もし、良かったらですけど…話、聞いてくれませんか……?」
「……勿論。私で、良ければね」
そうして侑理は、令音に相談する事にした。令音に連れられる形でトレーニングフロアを出て、廊下にある休憩スペースに移動し、令音がそこにある自販機で用意してくれた飲み物を受け取る。一口飲んで、コップの中の液体を見つめて…それから、口を開く。
「…悩みっていっても、些細な事なんです。些細で下らない、そんな話なんですけども……」
初めに口にしたのは、遠慮というか、謙遜というか、或いは自虐というか…そんな感じの、前置き。それに対して、令音は何も言わない。何も言わず、侑理の次の言葉を待ってくれる。
「…昨日、真那や皆と、羽根突き大会をしたんです。うちは真那と組んで、決勝戦まで行ったんです。……まあ、一回勝ったら即決勝だったんですけど」
「……その決勝で、負けてしまったと?」
「はい。でも、悩んでるのは負けた事についてじゃなくて、その負け方っていうか……凄く、接戦だったんです。もしかしたら、勝てたかもしれないんです。けど、最後の最後にうちが失敗しちゃって…しかもそれは、単なる自爆で……」
一体何があったのか。それを侑理はざっくりと伝える。自分のミスが、しょうもない失敗が勝敗を決めてしまったのだと、再びコップを見つめて話す。
本当に、負けた事そのものは大して引き摺ってはいない。勿論残念ではあるのだが、勝負である以上文字通り勝ち負けは発生するのであり、敗北を受け入れられない程侑理は子供でもない。だが…同じ敗北でも、死力を尽くし、相手と力をぶつけ合った末に負けるのと、情けない自縛であっさり負けてしまうのとでは、印象が全く違う。前者は仕方ないと思える、場合によっては爽やかに受け入れられる事だろうが、後者はそうもいかない。
それに何より、これはシングルではなくダブルスでの勝負。侑理の負けは、真那の負けでもあり…侑理は巻き込んでしまったのだ。自分の情けない敗北に、相棒たる真那を。
「…分かっては、いるんですよ?真那が、それを理由に怒ったり、不愉快に思ったりなんてしない事は。実際勝負が終わった時も、真那はうちを責めたり、変に励ましてくれたりもせず、清々しい顔で『負けちまったのは残念ですが、悔いはねーです』って言ってくれましたし。だから、ほんと…これは、うちが一人で勝手に気にしているだけの事で……」
「……そうは思っても、やり切れない。割り切れない思いがある…そういう、事かな」
こくり、と令音の返しに小さく頷く。頷いてから、侑理は自分が思っていた以上にすんなりと、遠慮も抵抗もなく話せていた事に気が付いた。初めはむしろ、令音まで悩ませてしまう事になったら申し訳ない、とまで考えていたのに、いざ話し始めると、あっという間に最後まで語ってしまった。これは令音の静かな雰囲気がそうさせたのかもしれないし、大人な令音が相手だからこそ、無意識の内に変な気を遣わなくても大丈夫だろう…と侑理の頭が判断したのかもしれないし、或いはもっと別の、自分でもよく分からない理由かもしれない。ただ、確かに侑理は、特別仲が良い訳ではない筈の令音に自然と心情を吐露する事が出来ていて……少しの間の沈黙を経て、令音は続けた。
「……分かるよ。相手は気にしないと言っていても、本当に気にしていなかったとしても、自分は気にしてしまう…きっとそれは、自然な心の反応だ」
「ありがとうございます、令音さん。…令音さんも、そういう心境になった事があるんですか?」
「……あった、と思うよ。だが…侑理、君が求めているのは……」
口を噤み、令音は困ったような顔をする。実際、本当に困っているのだろう。何せ、侑理は令音が察している通り、共感を求めている訳ではないのだから。この気持ちをどうしたら良いか、どう折り合いを付ければいいのか…それを求めているのだから。
だが、そんなものある訳がない。侑理が勝手に気にしている以上、自分で自分を納得させ、気にしないようにする以外の解決などないのだ。そういう事含め、全部分かっているのだ。…それでも……
「…決勝戦って、うちと真那、耶倶矢さんと夕弦さんの勝負だったんです。お互いコンビとしての自信があって、どっちがより強いか決める…みたいなところ、あったんです。…だから、それなのにあんな終わり方になっちゃった事が、どうしても情けなくて…本当に、考え過ぎだって分かってますけど…真那との連携にも、コンビとしての勝負にも、うちが水を差しちゃったような気がして……」
少しだけコップを持つ手に力が入り、微かに震える。こんな事、真那は勿論八舞姉妹すら思っていないだろう。なのに侑理は、自分だけは気にしている。そうして気にしてしまっている自分自身にも、侑理は情けないと、やるせないと思っていた。
「……すまない。やはり私には、侑理の望む答えを出す事は出来ないようだ」
「いえ…謝らないで下さい、令音さん。むしろうちこそ、こんな話に付き合わせちゃって申し訳な──」
「……だが、君を納得させてくれるかもしれない相手の事なら、私にも分かる」
「え……?それって……」
一度首を横に振った上での、令音の言葉。それに驚く侑理へ、令音は言う。ただ一言……真那の名前を、口にする。
「…令音さん…それは……」
「……本当は、侑理も分かっていたのではないかな?」
「…そう、ですね……はい。そんな、気がします」
こくりと令音の目を見て頷く。うだうだ考える位なら、ぶつかっていけ…令音が言ったのは、そういう事。単純で、何も特別ではない言葉。されど侑理には、令音の言葉がすとんと胸の中に落ちた。そんな風に、侑理は思った。
「ありがとうございます、令音さん。うち…真那と、話してきます!」「……そうすると良い。私も侑理や真那が元気な方が、安心するからね」
「あはは…ご心配をお掛けしてます。…じゃあ、行ってきますね」
ぐっ、とコップの中身を一気に飲み干し、侑理は勢いを付けて立ち上がる。自販機の隣にあるゴミ箱へコップを捨てて、挨拶と共に令音へと手を振る。それから歩き出す。
口振りからして、令音は侑理や真那の事を気に掛けてくれているのだろう。それが侑理達の身体の状態を知っているからなのか、やはり令音の様な女性からすれば侑理達は放っておけない子供に思えるのかは分からないが、そんな令音の気遣いを、侑理は嬉しく思っていた。そしてそんな令音が相談に乗り、後押しをしてくれたのだから……やる事は、一つ。ちゃんと真那と話して、ちゃんと自分で自分を納得させる…それだけである。
*
〈ラタトスク〉の地下施設から精霊マンションへと戻り、侑理が真那の部屋のチャイムを鳴らせば、真那はすぐに出てきた。
「あ、戻っていやがったんですね。で、何か用でいやがりますか?」
「もう、うちと真那は何も用がなくても互いの部屋に入り浸る関係でしょ?」
「私の記憶が正しければ、大概侑理が部屋に来てるだけのような……」
「真那、奥手だもんねー」
「…………」
からかうように侑理が言えば、真那はじとーっとした目で見てきた。しょうもない事を言いにきたなら扉を閉めるぞ、と言わんばかりの視線だった。…まあ、あんまり真那が積極的であると、侑理の心が持たないので今のままでも問題はないのだが。
「まあうん、冗談はこの位にして…真那、ちょっとだけ時間いいかな?別にここで話をする形でもいいんだけど……」
「…遠慮する事はねーですよ。中まで距離がある訳でもねーんですから」
ふざけた雰囲気を引っ込めて、真那へと言う。すると真那は一瞬だけ黙り、それから部屋の中へと招いてくれる。今の一瞬で、真那は何か察したようで…侑理は真那と、玄関からリビングへと移動する。
「じゃあ、改めて…一体何用でいやがるんです?」
「それは……。…昨日の、羽根突き大会の事なんだけど……」
「あぁ……」
一瞬心の中に生まれた躊躇を飲み込み、侑理は切り出す。真那にとってこれは予想の範疇だったのか、大して驚いてはいないような反応を見せる。
そんな真那は、お茶を淹れたりお菓子を出したり…という素振りは、初めから見せなかった。しかしそれこそが真那の気遣いだと、この話を「ちょっとした事」で済ませようとしてくれているからこそのものだと、侑理には分かる。何も言わず飲み物を用意してくれた令音と、敢えて何もしない真那…対局な対応ながら、どちらも侑理にとってはありがたかった。
(…けど、どう話そう…うぅ、ここに来るまでに考えておけば良かった……)
無策で来てしまった能天気な自分を恨みながら、侑理は考える。順を追って話すか、真那の気持ちから訊くか、それとも…と数秒考え、しかし考えても頭の中がごちゃごちゃしていくだけだとすぐに気付く。そして、それに気付いた侑理は考えるのを止め…今抱いている思いを、そのまま口にする。
「その……ごめん、真那!うちの失敗で、空振りで、あんな締まらない終わり方になっちゃって!」
勢いに任せた侑理の口から出たのは、謝罪の言葉。それを聞いた真那は数度目を瞬かせ…呆れたように、掌を額に置く。
「いや、それは……勝負事な以上、仕方ねーじゃねーですか。…何を気にしているのかと思えば、それって……」
「そ、そうかもしれないけど…最後の最後があれって、真那はすんなり納得出来るの?っていうか、してる?」
「出来るの?…も何も、そうなっちまったんだから本当に仕方ねーでしょうに。…あ、いや、今のは別に侑理を責めてるとかじゃ……」
「そ、それは分かってるから大丈夫。…仕方ない、って事も分かってるけど……」
仕方ない。それは事実であり真実。プロの世界であってもミスは起こり得るものなのだから、そこを過度に気にしてどうする…というのも最もな話。
しかしそれで納得出来ないからこそ、侑理は今こうなっている。それは真那も分かっているのか、嘆息し、頭を掻き…それから落ち着いた声音で言う。
「…侑理。確かに最後のあれは、私も最初『えっ?』って思いましたが…あれは分かり易く、しかも最後の最後って瞬間だったから印象が強くなっただけで、それを言い出したら私にも失敗が、もっと上手くやれたんじゃ…って思う場面が何度もありました。それは耶倶矢さんや夕弦さんもそうでしょうし、他の皆もそうだったんじゃねーかと思います。だから、殊更に気にする事なんてねーんですよ、最初から」
「うぅ…だけど、甘く入って打ち返されたとか、読みが外れて対応出来なかったとかじゃなくて、うちのは……」
「失敗は失敗、それに良いも悪いもねーってんですよ。第一、考えようによっちゃあれはあれで悪くねーじゃねーですか。実力は伯仲、どちらが勝ってもおかしくねーような勝負の中で、最後に勝敗を分けたのはほんの些細な…誰でも起こるような失敗だったなんて、逆にそういう事でもなければ決着の付かねー勝負だったみたいに思えますし」
「それは、真那自身は失敗してないから言える事じゃん…」
「えぇ…?なんか今日の侑理、面倒臭くねーですか…?」
「うぐっ……」
酷い言われようだが侑理自身面倒な思考になっている自覚はある為、全く以て言い返せない。更に気付けば、真那はどうしたものか、とばかりの困り顔をしており…その顔を見ながら、侑理は呟く。
「うち、真那との連携の強さを見せられると思ってたんだもん…お二人との勝負も、それで負けるなら仕方ないけど、連携関係ないところで負けたんだもん、気にするに決まってるよ……」
両手の人差し指をくっ付けながらの、独り言のような言葉。もうこれは主張でも何でもない、ただの愚痴のような発言になってしまっていて……次の瞬間、再び嘆息が聞こえてきた。
「はぁ……そういうの、馬鹿真面目って言うんじゃねーですかね」
「……それって、褒めてる…?」
「いや、貶してます」
「貶してるの!?い、今のは褒める流れなんじゃ!?」
肯定と思いきやまさかの否定で、思わず声が裏返る侑理。そんな侑理に対し、真那はやれやれと首を横に振る。
「むしろ今の会話の中で、どこに侑理を褒める要素があるってんで?七罪さんみたいに変な意味で突き抜けてるならともかく、半端にうじうじしてるだけなんて、本当に見所ゼロでいやがりますからね?」
「そ、そこまで言わなくてもよくない…?っていうか馬鹿真面目って…うちはただ、真剣に真那と勝ちたくて……」
「それは私だってそうです。けど……私は負けたとしても、楽しかったです。多分皆さんも、似たように思ってるんじゃねーかと思います。遊びを企画して、皆で遊んで、楽しかった。──侑理は、そうじゃねーんですか?」
「あ……」
じっと見つめながら言う真那の言葉に、はっとする。言われて初めて気付く。真那が、馬鹿真面目だと言った理由が。それが何を指しているのかが。
それはそう。本当にそう。大会だのトーナメント方式だのとそれっぽい形を取ってはいるが、実際のところ羽根突き大会は単なる遊び。正月遊びを皆でやろうという、ただそれだけの事。勿論、遊びだからといって真剣になってはいけない道理などなく、むしろ真剣にやるからこそ楽しいとも言えるが……だとしても、遊びは遊び。その目的がどこにあるのか…何の為にしているかなど、考えるまでもない。…そういうもので、ある筈だった。
「…うちも、そうだった…ああいう終わり方になったのは、本当に無念だけど…勝負も、応援するのも、応援されるのも…全部、楽しかった」
「なら、それでいいじゃねーですか。楽しかろうが、失敗は失敗で変わらねーですが…それがあったとしても、楽しかったって事が霞んだりする事もない。私は、そう思いますよ」
だから気にするなと、真那は肩を竦める。何か、特別な事を言った訳ではない。ただ、普通の事を、普通に言っただけで…されど、自分でも気付かない内に、『遊び』である事を忘れていた…『勝負』としての最後にのみ意識が向いてしまっていた侑理には、はっとさせられる…そうさせてくれる言葉だった。
胸の中で、渦巻いていた思いが溶けていく。漸く抱けた『納得』に、ほっとする。
「…ありがと、真那」
「全く、本当に侑理は世話が焼けるってもんです。私が直接関わってる事なら、さっきの時点で話してくれればいいものを……」
「さっきの?…って、もしかして……」
思えば真那は、模擬戦の後に何か言いたげにしていた。そしてその内容…真那が口にした斬り上げは、確かに『失敗した最後の瞬間』を意識した、意識してしまったものだった。…恐らく真那は、その時点で予想していたのだろう。その上で、侑理自身が言わないのなら無理に訊かない、と判断してくれたのだ。
(…ほんと、ありがとう真那。それに、令音さんも)
令音に背中を押され、真那に気付かせてもらって、侑理は悩みを解消する事が出来た。やはり大した事のない、気にしても仕方ないような悩みだった訳だが、だとしても侑理の頭を悩ませていたのは事実。そんな悩みから解放してくれた二人へ、侑理は心から感謝し……その上で、こうも思うのだった。それはそれとして、もしまた似たような勝負があれば…その時こそ、真那と勝ちたい、と。