初詣に行こう。一月三日、三が日最終日の晩に、侑理は琴里からそんな誘いを受けた。何でも精霊達には人間社会の様々な行事に触れる事で、人を、社会を知り、馴染んでいってほしいと考えているらしく、初詣もその一環なんだとか。つまり目的のメインは精霊の事、加えて琴里からすれば(恐らく)毎年行っている慣習も兼ねての事なのだろうが、それに侑理や真那も誘われた。侑理達を仲間外れにするのは忍びないという思いからか、それともイギリスに住んでいた侑理達にも初詣に来てみてほしいと思ったのかは分からないが、侑理に断る理由はなく、翌日である四日の朝に、皆と共に近所の神社へ訪れる事となった。
「にしても、意外かも。こういうのって、それこそ元旦に皆行くものだと思ってたから」
「んー、確かに元旦に行く人が多いと思うなー。TVでも、新年早々にお参りに来てる人達の映像とかよく流れてるし。でも別に、元旦じゃなきゃいけない訳でもないからねー」
人だかりが出来ている…という程ではない、それでもそこそこの人数がいる参拝客の列に並び、侑理は呟く。その言葉に、今は白のリボンでツインテールを結んでいる琴里が答えてくれる。
「新年早々っていうと、私達は……」
「まあ、それどころじゃなかったわね……」
「うんうん、あたしなんて生死の境を彷徨ってたようなものだしねぇ」
続く形で四糸乃や七罪も呟きを漏らし、二亜があっけらかんと言う。それを自分で言うのか…と、侑理達は何とも言えない視線で見つめる。
そんな二亜だが、今はもう絶対安静が解除され、こうして出歩く事も出来ている。力の殆どを奪われてしまったとはいえ、精霊であり、応急処置や
「けどほんと、予想以上に来るもんでいやがりますね…というかむしろ、昨日辺りの方がもう少し空いていたんじゃねーですか…?」
「あー、三が日は休みたいとか、親戚との集まりがあるとかで、逆に空いてる可能性はあったかもねー。…そういえば、真那って人混みがあんまり得意じゃないんだっけ?」
「まぁ、苦手…って程ではねーにしても、好きかどうかで言ったら…って感じではありますね。…それに、まさかこんな格好をする事になるとは……」
腕を上げ、それから肩を落とす真那。そんな真那の言動に、侑理は琴里と顔を見合わせ、肩を竦める。
こんな格好とは、一体どんな格好か。それは勿論、初詣に相応しい格好…即ち、晴れ着である。これも琴里が…というより〈ラタトスク〉が用意してくれた衣装であり、肩を落としている真那は勿論、琴里や四糸乃や七罪も着ている。侑理も着させてもらっている。確かに晴れ着は動き辛く、普通の服より重いが…煌びやかだし大人っぽさもあるしで、侑理は普通に気に入っていた。
「折角の晴れ着だし、似合うんだから、そんな嫌がらなくたっていいのに。ねー、琴里」
「ねー」
琴里と顔を見合わせ、互いに肩を竦める。真那が身に纏っているのは、髪と同じ深い青…深く静かな海を思わせる色合いの振袖。そこに白のファーショールが組み合わさる事で、真那の可愛らしさはそのままに、普段はない大人っぽさも醸し出されている。勿論これは、真那大好きな侑理の贔屓目も入っているのだが、琴里だって同意をしてくれているのだから可愛く大人っぽい、更に綺麗である事は間違いない。というかそもそも、侑理は自分の見立てこそが絶対的真実であると主張をしたい。
「あっはっは、あたしも似合ってると思うよマナティ。まぁそれはそれとして、個人的には同感するけどね」
「私も別に、特別着たかった訳じゃ……。…よ、四糸乃は褒めてくれたし、それは嬉しかった…けど……」
「私は七罪さんと、皆さんとお揃いの格好が出来て嬉しい……です。それに、よしのんも……」
晴れ着に対する思いは多種多様。その身を包む晴れ着も、琴里は赤、四糸乃(とよしのん)は若草色、七罪は濃緑と三者三様。唯一二亜だけは着物を着ておらず、ダウンジャケットを羽織った私服姿なのだが、そんな二亜も真那の事を褒めていた。…まあ二亜が着ていない理由は、動き辛いし自分は表舞台で煌びやかな格好をするタイプではないという、真那からすれば「何故二亜のそれは通って自分は駄目なのか」という内容な訳だが。
「むぅ…もしこれで襲撃や空間震が起きたらどうするってんですか……」
「どうもこうも、そういう時は
無理のある主張を述べる真那に侑理が若干呆れつつ突っ込んでいると、列が動く。それに合わせて侑理達も動き…少ししたところで、侑理達の番となる。
「それじゃあ皆、教えた通りにやってねー。二礼二拍手一礼、だよ?」
「はーい。……あれ、でも…暫く前までイギリスにいたうち等も、普通にお参りしていいのかな?神様に、教会行ってくれない?…とか思われない?」
「そんな度量の狭い事は思わねーんじゃねーですかね、神様なんですから」
何となく思った事を侑理が言うと、お賽銭を投げつつ真那が軽く返してきた。実際のところ、侑理も真剣に気になっていた訳ではない為、まぁそうだよねと速攻で結論付けて、自分も用意していたお賽銭を投入。鈴を鳴らすのはやりたそうだった四糸乃と七罪に任せ、二人が鳴らしたところで二礼二拍手一礼を行う。
(えぇと、お初にお目にかかります。侑理・フォグウィステリアです。その…うちはどうしても叶えてほしい事はないというか、自力で叶えようと思いますけど……一応、聞くだけ聞いて下さい。──真那を、士道にぃを、皆を守れますように。皆との日々を、これからも続けられますように。それから……エレンさんと、DEMと、このまま決別するだけの未来に、なりませんように)
目を閉じ、手を合わせながら、心の中で語り掛ける。興味のあるゲームの事とか、もうちょっと料理が上手くなれたらなとか、他にも色々とあるにはあったが、神様にこんな事までお願いするのは流石に悪いと思い、その辺りな事は止めておいた。
実のところ、侑理は『神』の存在についてはっきり信じている訳ではない。精霊は実在する以上、神がいてもおかしくはないと思うものの、もしかしたらいるのかも…位の認識に留まっている。だから強く願っている訳ではなく、信仰している訳でもないのにいきなり来て頼むのもどうなんだろうと思っていたりもする訳だが……侑理の心の中にある、皆を守りたい、今を失いたくない、憧れの人と和解したいという思いは本物。だからこそ、伝えたのだ。もしかしたらでも、願ったのだ。譲れない思いを貫くのに、妥協などしたくなかったから。
「…ふぅ。皆は……」
『あ』
皆はまだお参りをしているのだろうか。それとも自分が最後だったりするのか。そう思いつつ目を開け横を見ると、同じような事を思っていたのか、侑理は隣の真那と目が合った。お互いにぱちくり、と一度瞬きをし…思わずくすりと笑ってしまう。見れば真那もまた、同じように笑っていて……何だかそれだけでも幸せな気分になる侑理だった。
「はーい皆〜、終わったら退こうね。後ろにはまだ並んでいる人がいるんだから」
『はーい』
社会性という意味ではやはりこの場で一番の大人という事か、二亜が先導するように賽銭箱の前から離れていく。それにまず琴里が続き、慣れてないからか二人してじっと目を閉じたままだった四糸乃と七罪もぱちっと目を開いて歩いていく。
そうして侑理も真那と共に社殿を離れていく中で、ふと列の一角…そこで十香や折紙、耶倶矢や夕弦といった精霊高校生組の面々と共に並んでいた士道と何気なく目が合う。侑理が手を振れば、士道も軽く返してくれる。
侑理達と士道達が別のグループとなっているのは、単に全員で一度にお参りするのは人数的に厳しいだろうと判断した為。そして人数分けについてだが…これまた「士道と一緒に!」と積極的に主張した面々(特に十香と折紙は真っ先に主張していた)と、ただのお参りだし別グループでも大丈夫と返した面々で分かれる形となっていた。…尤も、耶倶矢は夕弦に煽られる形での主張だったりしたのだが。
「ねぇ真那、真那はなんてお願いしたの?」
「それは勿論、侑理の鬱陶しさが減りますように…と」
「酷い!ちょっ、直球過ぎてただただ酷いよ!?」
「いや、冗談に決まってるじゃねーですか。幾ら私でも、侑理絡みでそんな長い事はしねーですって」
「あ、そ、そうだよね…もう、冗談キツいよ真那──」
「もう少し侑理に引っ付かれない、一人の時間が増えますように、ってのが本当のお願いです」
「嘘だと言ってよ真那ぁああああああッ!」
一度安堵を抱いてからの絶望的回答に、侑理は膝から崩れ落ちる。折角の晴れ着が汚れてしまいそうなものだが、そんな事気にしていられなかった。心が張り裂けそうというか、既に張り裂けているんじゃないかと思う程ショックだった。
「うーわ…エゲツないわね真那…侑理もう、立ち直れないんじゃない……?」
「あ、あの…真那さん、流石にこれは侑理さんが可哀想というか……」
「いやいや、気にする事はねーですよ、四糸乃さん。実際侑理は本当に暇さえあれば私のところにきやがりますし、それどころか気付いたらそこにいるの域でいやがりますから」
「がふっ……」
更に容赦ない、血も涙もないような追撃に、侑理は吐血…はしないものの、更に深いショックを受ける。もしかしてこれは、冗談ではないのだろうか。真那は本気でそう思っているのだろうか。自分の思いは、一方通行に過ぎなかったのだろうか。そう思うと、あまりにも、あまりにも、あまりにも辛く……
「──それに、心配する必要もねーです。私がこれを、本気で言ってるかどうかなんて、考えなくたって分かってる。そうでしょう?侑理」
「もっちろん♪」
次の瞬間には、侑理は身体がバネか何かにでもなったような勢いで立ち上がり、笑みと共に答えていた。分かるに決まってるでしょう?とばかりに胸を張っていた。考えての行動ではない。全て無意識、本能的な反応である。
「あー、こりゃ弄ばれてるねぇユーフォちゃん。完全にマナティの掌の上って感じじゃない」
「んー、でも侑理本人は満足そうだからいいんじゃないかなー」
やはり真那は自分が思っていた通りの真那だと、侑理は自らの愛を再認識する。横から何やら琴里と二亜のやり取りが聞こえてきたが、幸せな気分である今の侑理にはどうでも良い事だった。
「さて、お参りも済んだ事でいやがりますし、私はどこかで休憩でも……」
「おっ、あそこで絵馬描けるじゃん。マナティ、一緒に描こうぜー」
「えぇ…?何故に私を……?」
「いや、特に深い意味はないわよ?ただまあ強いて言えば、コミコの時に同人誌担当じゃなかった四人の腕前を見てみたい気持ちはあったかな」
『それは……』
くるりと振り向き軽い調子で言ってくる二亜だが、それに真那は…というより、侑理含め七罪以外は口籠る。されどそれも仕方のない事。侑理達が同人誌担当でなかったのは、偏に技術力不足…有り体に言えば、大した上手くなかったから以外の理由などないのだから。その腕前を現役のプロに見られるなど、恥ずかしいに決まっているのだから。
「んー、乗り気じゃない感じ?なら仕方ない、二人で頑張ろーぜ、なっつん」
「えっ?嫌なんだけど……?…っていうか、なっつん…?」
「まあまあそう言わず、まあまあまあ、まあまあまあまあ」
「ちょっ、だから嫌…っていうか、私そんなに発言してないんだけど!?そのまあまあ連打は何!?」
がしっと二亜に肩を組まれ、設置されている折り畳み式長机の方へと連れて行かれる七罪。そのまま二亜は流れらように絵馬を(勿論七罪の分も)購入し、七罪の手に握らせる。ぐいぐいくる二亜の勢いに、七罪は完全に流されてしまっており……だがよくよく考えれば、和解する前の七罪なら、こういう時強引な手を使ってでも逃げるか跳ね除けるかしていた。それを思うと、これもまた一つの変化…なのかもしれない。
「…あの、私も絵馬…書いてこようと、思います」
「あはは…確かに七罪、逃げ場なしって感じだもんね……」
「それも、ありますけど……実はその、ちょっと描きたくて……」
振袖へ合わせて結えた髪を恥ずかしそうに触りながらも、四糸乃も絵馬を買いに行く。その所作が何だか可愛らしくて、侑理は暫しほんわかした気持ちになっていたのだが…ふと横を見ると、真那から変な目で見られていた。ひょっとしたら、頬が緩んでいたりしたのだろうか。だとしたら、別に邪な事を考えていた訳でもないのに、酷い話である。
「…こほん。うち達はどうする?二亜さん達が描き終わるのを待つ?」
「んー…私はおにーちゃん達を呼んでこようかな。先に帰ったって勘違いされちゃったら困るし」
「それなら私も」
「じゃあうちも」
ただ待っているのも詰まらないか、と侑理は真那共々琴里へ同行する事にする。参拝客の列を見ると、丁度終わったところらしく、列の先頭から士道達が横に出てくる。
先の二亜の様に先導する士道に続いて列から離れる、十香に折紙、耶倶矢に夕弦。それぞれ髪の色に合わせた晴れ着を着ている四人は、背格好の違いからか侑理達よりも大人で落ち着いた雰囲気があり…しかし何か妙な事でもあったのか、耶倶矢は赤い顔をしていて、十香はぽかんとした表情をしていて、士道はほんのり辟易とした面持ちになっているという状況だった。一方折紙と夕弦の比較的感情表現が控えめな二人は、完全に平常運転といった様子だった。
「おーい、おにーちゃーん」
「可愛い妹達が呼びに来たよー」
「何しれっと自分も組み込んでいやがるんですかね……」
真っ先に呼び掛けた琴里に続いて、侑理も声を上げる。こちらを向いた士道は、真那の間髪置かずに発した突っ込みに苦笑を見せる。
「えー?うちだっていいよね?士道にぃ」
「はは…まぁな」
だって公式お兄ちゃんだもんね?と侑理が更に言えば、左右から…実妹と義妹から揃って半眼を向けられる。二人の兄たる士道が認めてるのだから、と言いたいところだが…やはり各々妹として、譲れない部分があるのかもしれない。
「うん?他の皆は…って、そこで絵馬を描いてるのか」
「そうだよー。ところで士道にぃ、真那の振袖姿はどう?可愛いでしょ?綺麗でしょ?普段に増して素敵でしょ?」
「へっ?ちょっ、なんで私の名前を……」
問いながら一歩、また一歩と近付けば、後ろから真那の困惑した声が聞こえてくる。恐らくこの数秒後には、別に士道に見せる為に来た訳ではない、そもそも着たかった訳でもない…と可愛らしくない言葉が発されであろうところ。だからそれよりも先に、と侑理は士道へウインクをし……意図が伝わったのかそうでないのか、士道は頬を掻いてから言う。
「えぇっと…そうだな。似合ってると思うぞ」
「…ぁ……それは、その…はい。…兄様にそう思ってもらえたのなら…悪い気は、しねーです…」
普段の強気で堂々とした雰囲気はどこへやら、ほんのりと照れを帯びながらしおらしく言葉を受け止める真那。折角だから、真那の愛らしい反応が出てきてほしい、と思っていた侑理ではあったが…結果出てきたのは、予想以上にキュンとする態度。それは思わず、胸を打たれてしまう程の可愛らしさであり……
(くぅっ!可愛い!とんでもなく可愛いよ真那っ!でも、でも……これをうちじゃなくて、士道にぃが引き出したっていうのがちょっと悔しい!いや、士道にぃが真那を褒める事自体は嬉しいんだけども!そもそもうちがそうするように言ったんだけどもっ!)
なんというか、今の侑理の心の中は大波乱だった。喜びと、悔しさと、興奮と、微妙に冷静な思考とが混ざり合い、大いに混雑してしまっていた。
「あはは、真那ってば照れてるー!」
「て、照れてなんかねーですっ!今のはその…そう、不意打ち気味だったから驚いちまっただけで……!」
「えー、ほんとにぃー?」
「んもう、隠さなくたっていいのにー。じゃあじゃあ士道にぃ、うちはどう?うちも真那には遠く及ばないだろうけど、うちにも何か言ってほしいな〜」
横から琴里にからかわれ(ほんとにぃー?の言い方はなんとなく探りを入れているような気もしたが)真那が慌てて否定をする中、侑理はもう一つ士道に問う。今度は自分の事を訊く。
とはいえ、そう高望みはしない。何せ真那という、あまりに良過ぎる比較対象がここにはいるのだから、見劣りしても仕方がない。むしろ自分が比較対象となる事で真那がより良く見えたのならそれも本望。侑理は割と本気でそう思っており、実のところ士道へのからかい半分で言っただけなのだが……士道は困った顔も、迷う様子も一切なく、柔らかな表情で答えてくれる。
「あぁ、侑理も似合ってると思うぞ。その髪型も、振袖とよく合ってると思うしな」
「えっ……ほ、ほんと…?」
勿論、と士道は頷く。それから笑みを見せてくれる。そして侑理は…数秒間程、ぽわんとしてしまう。まさか、こんなストレートに褒めてくれるとは思っていなかったから。髪型にまで言及される事は想像していなかったから。
侑理が着ているのは、真那や精霊達と同様に髪の色に合わせた、菜の花色の振袖。真那とお揃いのファーショールも身に付けており……その上で今は、いつものショートハーフアップではなく、左右の肩に掛ける形の二つ結びの髪型にしている。冬服を買いに行った際、紆余曲折の末美九にコーディネートしてもらった時に発見した、自分に合う新たなヘアスタイルにセットしている。実のところ、この髪型はあの時の服装だから合っていたのではないか、或いは美九の贔屓目があっただけなのではないか、と内心侑理は不安だったのだが……そんな不安があったからこそ、振袖だけではなく、髪型にまで触れてもらえた事は、良いと思ってもらえた事は、嬉しかった。不安がひっくり返り、じわりと心の中に嬉しい気持ちが広がっていった。
「…えへへ、嬉しいな…そっか、良かった…士道にぃも、こういううちも良いって思ってくれるんだ……」
「お、おう。…その、なんだ…そうやって喜ばれると、ちょっと照れちまうな……」
「むー…おにーちゃん、この私を差し置いてそんな褒めるなんて何事だー!」
「士道、私も何も言葉を受けていない。これは不公平」
からかい半分で言ったのに、今や全くそれどころではない。しかし幸福な気分である事は間違いない。そんな思いを抱きながら侑理が人差し指の先を合わせていると、琴里と折紙が士道の前へ割って入って抗議の姿勢を見せていた。
まあだが、こういう反応をするのも分からないでもない。真那、侑理と続けて褒められたのだから、義妹たる琴里は譲れないだろうし…折紙については言うまでもなし。そしてそんな二人に迫られた士道は、二人を宥めるようにどうどう、と手を動かし…そこでとある声が聞こえてくる。
「ふふふー、お二人共すっごく可愛いですよ〜。琴里さんは朗らかな笑顔と振袖の明るい色とがばっちり合ってますし、折紙さんも凛とした雰囲気が着物とよく合ってて、正に和装の美人って感じですー。どちらも抱き締めたくなっちゃうっていうか、もう抱き締めちゃいますー!」
「……!?」
「えっ、わっ!?」
興奮混じりの甘い声が聞こえたと思った直後、琴里と折紙の背後へ迫る一つの影。広げられた腕に対し、折紙は寸前で反応するも、晴れ着故に普段の動きが出来なかったのか逃れられず……現れた美九に、二人纏めてハグされていた。
「み、美九…いつの間に……」
「勿論今さっきですー!皆さんと一緒にお参り出来なかった分を、今から順番に補給させてもらいますね〜!はふぅ…♪」
「じゅ、順番?……夕弦」
「察知。これは早めに逃げるべきです」
「ちょっ、誰か助けてよー!」
「……苦しい」
アイドルという知名度のある立場でお参りの列に並ぶ…即ち暫くは碌に動けなくなるという状況は不要な騒ぎを起こしかねない、という事で、唯一別行動且つ変装をしてのお参りをしていた美九。その美九が辛抱堪らん、とばかりに琴里と折紙へ頬擦りをし、その様子を見ていた耶倶矢と夕弦は早々に距離を取っていた。
「あっ、ところで侑理さん。その髪型って、あの時のですよね?」
「え、その状態で普通に話すんです…?……えっと…はい。士道にぃにも、好評でした」
「だと思いました〜。という訳で、次は侑理さんと真那さんの番ですよー!」
「どういう訳で!?」
「何故私まで!?」
ぱっ、と琴里、折紙の二人を離したかと思えば、すぐさま美九は迫ってくる。今は美九も水色の振袖を着て動き辛い筈だというのに、明らかに侑理自身含めたの面々より良い動きで距離を詰めてくる。もしかすると、普段からアイドルとして『衣装』を身に纏う経験をしている分、動き辛い服での動かし方を理解しているという事なのかもしれないが…それが分かったところでどうしようもない。
「あー、美九。程々にな?お参りの列からはもう離れてるっていっても、ここにはまだ結構人がいるんだからさ」
「ほ、程々じゃなくてしっかり止めてくれねーですか兄様!」
「うわっ、砂利のところ予想以上に走り辛い…!だ、誰でもいいから救援を……!」
「無理よ、諦めなさい」
「もしかしてさっき助けなかった事根に持ってる!?」
いつの間にか黒のリボンを結び直した琴里の無常な言葉。ここは真那と連携して…とも思ったものの、時既に遅し。侑理は美九の手に絡め取られ、続けざまに真那も捕縛され、先の二人同様たっぷりと頬擦りされる羽目に。
その後紆余曲折の末、十香達も絵馬を描く事になったり、二亜と七罪の絵馬がやはりというべきか凄まじい出来栄えになっていたり、士道と七罪がアシスタントとして二亜からスカウトされそうになったり、七罪への『なっつん』という呼び方で一悶着あったり、更に色々あった結果士道と十香にドキドキなハプニングが起こったりと、神社に来てから数十分足らずとはとても思えないような、やたらと色んな事が起こるひと時であった。そして当初の目的であるお参りは、当たり前だが早々に済ませた事もあり……自分達は、一体何をしにきたんだっけ?…と、帰る頃には全員がそう思う始末であった。