新たに確認された精霊。それは、宇宙空間に漂い、『閉じる』と『開く』という概念を操る天使を携えた少女であった。
当然ながら、その力そのものにも驚愕した。真那も少々冗談めかして言っていたが、全知の天使を有する二亜や、時間を操る天使を有する狂三に負けず劣らずの、超常そのものと言っても過言ではない能力だった。
だが、それ以上に侑理の心を揺さぶっていたのは、その力によってもたらされた結果。三隻の空中艦が…DEMが所有し、当然そこには多数のDEMの人間が登場していた艦隊が、真空の宇宙で撃墜され爆散した光景は、侑理の心に突き刺さっていた。
「…なぁ、琴里。ほぼ同時刻に、地球の色んな場所に隕石が落ちてきたのは……」
「ご明答、察しが良いわね。──この後、〈ゾディアック〉は地球に向けて攻撃を行ったわ。さっきみたいに空間に『扉』を作って、手近にあったDEMの艦の残骸を手当たり次第放り込んだの」
天使を用いて入り口を開き、そこに艦の残骸を入れ、地球上に複数の出口を作る事で、通常の隕石…即ち宇宙から落ちてきたものなら大気圏で燃え尽きるようなものも、直接転送される事でそのまま落ちて被害をもたらしたのだと琴里は言う。成る程確かに、それなら正しくは隕石ではない。同じ学校の敷地内にいた士道や令音が無事だったのも、通常大気圏で燃え尽きる程度のサイズの物体だったのだと考えれば納得がいく。
因みに、もし通常の隕石の様に落下してきた場合…大気圏突入による摩擦熱を経た上で、今回落ちてきた残骸と同程度の大きさの物体が残って地上に衝突した場合、当然士道達は無事では済まず、周囲への被害ももっと甚大なものになっていたのだとか。そういう意味では、直接大気圏内に放り込んできた…即ち隕石より低い位置から、勢いも少ない状態で激突するに至った事は、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
……と、いうのを、侑理は真那や士道に遅れる形で把握し理解した。頭に残っていた光景で、思考も遅れていた為に。
「琴里さんに令音さん、一つ訊きてー事があります。〈ゾディアック〉が同時に開ける扉の数と、その位置、距離、転送出来る物体…ってより質量の上限なんかは、どの程度分かってるんで?」
「さっき見てもらった通り、数は間違いなく四十二以上、距離は地球各地に落とせてる事からして恐らく地球の直径…まあ大体一万二千㎞以上、質量は空中艦の収束魔力砲を優に飲み込めるレベル…断言出来るのはここまでね。今も解析を続けているとはいえ、まだ情報が少な過ぎるもの」
「まあ、でしょうね。…つまりこの精霊は、その気になれば地球上のどこでも、それもかなりの数の場所を狙える…そういう事でいやがりますね?」
「……そうなるね。扉を用いた攻撃の精度に関しては、その扉を間に挟んで行う以上、精密射撃の様にはいかないだろうが…特定の何か『のみ』を討つのではなく、周囲の被害を気にせず行うのなら、彼女からすれば大した問題にはならないのだろう」
三人のやり取りを聞いて、侑理は唾を飲み込む。今のはただの確認ではない。それだけの危険な力を持った精霊が、脅威が存在しているのだと、確認の形で全員に意識をさせたのだ。
「……けど、どんな力を持っていようと、精霊である事に変わりはない。琴里、俺はどうすればいいんだ?」
だとしても。全員が黙った中で、そんな風に士道は言う。〈ゾディアック〉の危険性は、生きた天災とも呼べる精霊の中でも有数のもの。それでも精霊を保護するという〈ラタトスク〉の理念から外されるような精霊ではない筈だと、自分も静観するつもりはないと、その意思を示し…琴里は、頷く。
「そうね……幾つか手はあるけど……」
「……もしかして、うちと真那に士道にぃを宇宙まで連れて行ってもらって、そのまま接触を…って考えてる?」
「まぁね。けど正直、危な過ぎるわ。今の私達じゃ宇宙へのサポートなんて殆ど何も出来ないし……何より二人共、もし仮に〈ゾディアック〉と戦闘になった場合、
「撃退も駄目?それは……ってあぁ、〈ゾディアック〉は天使の力で転移する事も恐らく出来ちまうんでしたね。ただでさえ情報のねー相手を見失ったら、次の機会がいつになるか…いや、得られるかどうか分からねーってなると、確かに……」
「それに、あまり時間を掛けてまた地上を攻撃されても困るしね。まずは一番手っ取り早い手段で、彼女と会話をしてみましょう」
「会話って……一体どうするんだ?電話やメールって訳にもいかないだろう」
「何言ってるのよ。この映像、どうやって撮っているのか忘れたの?」
その言葉で、侑理は琴里の言わんとしている事を理解する。今侑理達が見ているのは映像。即ち撮影しているという事であり、〈ラタトスク〉には高性能な自律カメラがある。そして宇宙で稼働しているという事は、今もドック入り中の〈フラクシナス〉に搭載されている〈
であれば、問題はない。範囲内の物理現象を操れる
しかし同時に、それでは声しか届けられない筈。まさか、それだけで何とかしようというのか、と思った侑理。だがその問題点も琴里は織り込み済みだったようで、部下の一人…副司令の神奈月へとある指示を出す。
「さ、士道くん。これを」
一度部屋を出た神奈月は、程なくして大仰な機械を運搬しながら戻ってくる。それを士道の前に設置すると、機械の上部に載せられていた物…ゴーグル付きのヘッドセットの様な物を差し出す。困惑しながらも士道がそれを装着すれば、神奈月は席の一つへと座ってコンソールを操作。準備が出来た事を琴里に伝え、琴里が『実験』の合図を出し…コンソールからの操作により、機械が起動。小さな駆動音を上げ始め……
『……!?』
次の瞬間、士道の前に士道が現れた。目の錯覚でも何でもなく、確かにもう一人の士道が現れ…侑理と真那が驚く中、同じく驚いた様子の士道は尻餅を突く。するともう一人の士道も、鏡合わせのように同じ動きで転倒する。
「いってて……って、これ、もしかして」
「そう。その機械で読み取った士道の姿を、立体映像として投影してるの。勿論、
幻術でも七罪の様に誰かが変身している訳でもなく、これは立体映像なのだと琴里が言う。確かにこれならば、士道はここにいたまま、〈ゾディアック〉と擬似的な対面が出来る。映像に過ぎない以上、触れたり何かを持ったりする事は出来ないのは勿論、他にも色々と制約はあるだろうが、直接宇宙へ行って大きなリスクを背負うよりはずっといい。
「それに、今は機能を切ってあるけど、本番ではそのゴーグルに自律カメラからの映像が映し出されるわ」
「な、成る程。精霊と対面しているような状態で話が出来るって訳か」
「そういう事。──じゃあ、早速始めましょ。目覚めた彼女がいつ攻撃を再開するか分からない以上、あまり時間は掛けたくないわ」
え、もう?こんな殆どぶっつけ本番の状態で、立体映像を使った接触を行うの?…と言いたくなった侑理だが、士道は自分を落ち着けるように胸へと手をやり、しっかりと頷く。それから数秒の間を…恐らくは士道の中で考えを纏め、気持ちを固める時間を経て、頬に触れる。両手で口角を上げて、笑みを作る。
士道はやる気になっている。対話をする士道自身が心を決め、挑まんとしている。ならば、侑理が待ったを掛ける理由はない。士道がやると決めたのならば、侑理は真那や琴里達と共に、そのサポートに務めるまで。
「──いつでもいいぞ、琴里」
「良い笑顔よ」
それでこそ士道、とばかりに笑みを浮かべた琴里は、咥えていたチュッパチャップスの棒を指で挟み、口から抜き放つように壁の大型モニターへと向ける。侑理もまた、モニターへと向き直る。
「──それではこれより、オペレーション『
『了解!』
「了か……えっ?」
「ろ、ロングディスタンスラヴ……?」
各コンソール前に座るクルー達が一斉に答え、一層雰囲気が引き締まる。なんかちょっと…いや大分気になる作戦名が聞こえたが、侑理と真那以外は全く動じていない。何もおかしな事など言っていないかのように、それぞれがコンソールを操作し準備を整えていく。…まあ、よくよく考えれば、(封印及びその条件を満たす為という暫定ありきとはいえ)特殊災害指定生命体である精霊を、デートしてデレさせようという組織なのだ。大真面目にデートのサポートをやっているような人達なのだ。であればこれに動じないのも、普通に受け入れているのも、ある意味当然といえば当然だった。
「にしても、宇宙とは驚きですね。というか、
「精霊は霊力さえあれば生命維持も衛生管理も出来るし、その霊力自体も自分で生み出している訳だからね。勿論だからって不死身な訳じゃないし、現に二亜みたいに危機に陥る事もあり得る訳だけど」
着々と準備が進む中、真那が琴里と言葉を交わす。その間侑理は、ある事を考えており…二人のやり取りがひと段落したところで、口を開く。
「…琴里。今回の作戦、士道にぃの安全は確保されているようなものだけど…それはあくまで、対面する事による危険はないって話に過ぎないよね?」
「……?侑理、それは……」
どういう事?…琴里は恐らく、そう言おうとしたのだろう。しかしその直前に、侑理の意図に気付いたらしく…眉間に皺を寄せた琴里に対して、侑理は続ける。
「今回の精霊…〈ゾディアック〉は、無差別且つ広範囲に甚大な被害を及ぼす事が出来る。…まあ、他の精霊だって多かれ少なかれ出来るんだろうけど、〈ゾディアック〉の場合はそれを本当に、言い方は悪いけどお手軽にやれる力がある。それにもし、推測通り霊力や魔力の反応を察知して攻撃が出来るなら、本物の士道にぃがいるここも、察知される可能性は十分あるよね?」
「──だからもし、既に〈ゾディアック〉が人に対する強い敵意を持っていた場合…或いは兄様が下手打って怒らせちまった場合、ここへ向けて攻撃をしてくるかもしれねーって訳ですか」
続きを察した真那に侑理は頷く。現に士道の近くには一度落ちている(勿論、士道を狙ったのかどうかは不明だが)以上、警戒や対策はしておくべきだと侑理は考えていた。
「…確かにそうね。その通りよ。でも……侑理は、それを何とか出来るって言うの?」
「分からない。でも、出来る事はあると思う。少なくとも…ただここに鉄塊を落としてくるだけだったら、うちが撃ち落としてみせる。……あっ、今のは駄洒落じゃないよ?」
「いや、それは分かってるわよ…。…でも……」
外に出て、警戒状態を取っていれば…迎撃準備を整えていれば出来ると、侑理は断言する。
それを聞いた琴里は、逡巡するように数秒黙る。実際そうなった場合の事を考えているのか、本当に侑理が迎撃しきれるか計りかねているのか、或いは別の何かを懸念しているのか…その心の内は分からなかったが、数秒を経て琴里は首肯。
「分かったわ。相手は初観測の精霊、出来得る限りの備えをしておくべきだものね。──侑理は万が一に備えて上空での迎撃準備を、真那はその援護を。それぞれ、お願い出来るかしら?」
『勿論』
当然だ、と侑理は強く頷いて返す。それから士道に頑張って、と声を掛け(最初、視界がやや狭まっている士道へ、背後から背伸びをして耳元で囁く事も考えたが、士道が動揺してしまうといけないので止めた)、真那と共に司令室を後にする。足早に地下施設の外に出て、人目がない事を確認してからCR-ユニットを装着する。
「じゃ、行こうか」
「えぇ。しっかし私が侑理の援護とは、侑理も偉くなったもんですね」
「ふっ、うちを崇め奉ってもいいんだよー?」
「はいはい、それより対話が始まったら一瞬も気は抜けねーですよ?七罪さんの時みてーに、もっと巨大な物を落としてくる可能性もゼロじゃねーですし、そうでなくとも〈ゾディアック〉にはまだ未知の能力があるかもしれねーんですから」
飛び立ち高度を上げながら、軽くやり取りを交わす。侑理とて、油断出来ない事はわかっている。真那が言った可能性は勿論、龍星群の様に次々と落としてくるだとか、多数の扉を開いて全方位爆撃を掛けてくるだとかも十分想定出来るのだから。
(…ここから狙い撃つのは…流石に無理、かな……)
遥かな空を、侑理は見上げる。一瞬考えては見たものの、地上から大気圏外までは100㎞、人工衛星や宇宙ステーションが存在するのはそこから更に数百から数千㎞と言われている。今は空中にいる為、実際の距離はもう少し近いだろうが、だとしてもあまりに遠過ぎる。しかも地球は自転、公転をしている以上、本当に狙撃をするならばそれも計算に入れなければならず…はっきり言って、土台無理な話というもの。そんな無茶を狙う位なら、最初から迎撃に専念した方がずっと確実だと侑理は思考を振り払い……ふと、気付いた。何気なく、自分が反撃を考えていた事に。士道はこれから、〈ゾディアック〉と対話をするというのに、自分はあくまで危険な存在として『対処』しようとしていた事に。
「…………」
「…侑理?ちょいと表情がかてーようですが…緊張してるんで?」
「……あはは、そうかも。真那、うちの顔を触って解してくれる?」
「それじゃあ、拳で一発……」
「殴ってとは言ってないよ!?」
ストレートをぶち込もうとする真那のポーズに、侑理は慌てて待ったを掛ける。冗談だ、と構えを解いてくれた事で、侑理は胸を撫で下ろし……今し方浮かんでいた、自分に対する思考を振り払う。〈ゾディアック〉が攻撃してくる可能性は本当にある。だから今は、目の前の事に集中しなければならない。
「二人共、こっちの準備も完了したわ。接触、始めるわよ」
ヘッドセット越しの琴里の声に混じって、士道の名を呼ぶ神奈月の声と、それに答える士道の声が聞こえてくる。今回は急な作戦である為、二亜の時の様な情報共有は出来ない。通信による音声だけが、向こうの状況を把握する手段。
「──それじゃあ、始めましょうか。地球と宇宙の遠距離恋愛を」
「ああ。──やあ、こんにちは」
SF恋愛映画のキャッチコピーの様な、琴里の言葉。やはりこの組織の指揮官級なだけあって、彼女も大分〈ラタトスク〉カラーに染まっていた。
…というのはともかく、次に聞こえてきたのは士道の挨拶。どうやら早速〈ゾディアック〉と接触しているらしく、それに対する精霊の第一声が……
「いってぇ!?」
聞こえなかった。聞こえてきたのは精霊の声ではなく、士道の叫び声だった。しかも、士道の叫びは、その一言では終わらない。
「こ、琴里!大変だ!首が!俺の首が!」
「落ち着きなさい。ちゃんと付いてるでしょ」
「……!あ……」
何だか不安を煽るようなやり取りが聞こえてきたが、幸い士道の声には覇気がある。後から分かった事だが、初っ端士道は〈ゾディアック〉から光線を頭部に(勿論立体映像の士道、だが)受け、驚いた表示にひっくり返って後頭部を打ったのだとか。
「はぁ…兄様には、もう少し兄の余裕というか、どっしり構える度量を持ってほしいもんです」
「そうかな?うちは今の士道にぃの方が、からかい甲斐があっていいと思うけど」
実際そこまでからかった事はないけど、と内心で呟きつつ、侑理は肩を竦める。侑理が真那と会話をしている間も、士道は〈ゾディアック〉に対する接触…呼び掛けを行っていたようだが、返ってきたのはどれも攻撃、それも段々と苛烈になっていくという、好戦的且つ攻撃的な精霊としか思えないような対応だった。無論、約三時間前に彼女はDEMの艦隊から攻撃を受けている為、気が立っているだとか、士道を新たな敵だと認識しただとか、可能性は色々考えられるが…本当に、生身でなくて良かったという言葉に尽きる。
ともかく、接触開始直後の流れは最悪だった。これは良い悪い以前に、まず対話が成立しないのでは?とすら侑理は思ったが、暫しの時を経て、遂に流れに変化が生じる。
「──不思議じゃの。うぬは何故死なぬのじゃ?」
静かな、感情を読み取る事の出来ない声。士道のものでも、琴里や令音のものでもない…二重の通信越しに聞こえる、精霊の声。
それは初めての、攻撃ではない〈ゾディアック〉の反応。その好機を逃す事なく、すぐに士道は言葉を返す。
「あ、ああ!初めて話してくれたな。君と話がしたくて、立体映像を飛ばしてもらっているんだ。だから……あ、痛い。痛い痛い痛い。止めて。話してる最中に杖でお腹抉るの止めて」
一先ず会話が始まった…かと思いきや、まだ精霊からの攻撃は続いていた。抉られているのは立体映像なのだから、痛みなどない筈だが…ゴーグルによる視覚情報や音声が高精度だからこそ、痛みはなくとも自分が傷付けられているように思ってしまう、という事かもしれない。
「立体映像とな。ふむん……不可思議じゃ」
「お、おう……。…それより、良かったら君の名前を教えてもらえないか?」
「むくの名か。よかろ。──
会話が成立したのに続いて、〈ゾディアック〉の名前を知る事が出来た。最初こそアレ過ぎるものの、コミュニケーション自体は一歩ずつ進んでいるようであり…しかし気になるのは、相変わらず六喰の声音が平坦である事。言葉に感情が乗ってきていないといえば、折紙も普段はその傾向が強いが…その折紙とも何か違うように、侑理は思う。
「今の『むく』っていうのは、一人称でいやがりますかね?語尾もそうですけど、随分と喋り方が特徴的というか……」
「えっ、それを真那が言う?」
「……?」
思わずスコープから目を離してしまった侑理だが、真那はきょとんとした顔で首を傾げる。…この通り、真那は自分の喋り方が変だという自覚がないのだ。基本真那の事は全肯定する侑理ではあるが、これについては肯定否定以前にまず理解が出来ないのである。
と、侑理達が話している間に向こうでも話が進み、士道からの自己紹介についての選択肢が出ていた。そしてその結果、お前のご主人様だの肉奴隷だの俺なしじゃ生きられない身体だのと、展開によってはR-18のタグを付けなければならなそうな内容のものが選ばれ、苦渋に満ちた声で士道がそれを発するというトンデモな流れになった……が、何と結果はスルー。六喰はトンデモ発言の前に言った名前の部分だけに反応し、しかもモニタリングしている精神状態と好感度には一切の変化がないという、信じられない状況が侑理達を待っていた。
「名は分かった。では、うぬの目的はなんじゃ?何をしにここにやってきたのじゃ」
「え?あ、ああ……俺は──」
「立体映像……という事は、うぬの本体は星のどこかにいるのであろ。むくは偽りを好かぬ。これよりむくに空言を吐く度、星に礫を落とす」
「な……!?」
司令室から騒然としたどよめきが聞こえる中、更にコミニュケーションは一歩前進……の直後、六喰は脅しの言葉を口にする。
あまりにあっさりとした、六喰の脅迫。こんな事を言われるなどとは夢にも思わなかったからか、礫…転送による大気圏内への攻撃がどれ程危険なものなのか分かっていないかのような言い方に対してなのかは読めないが、六喰の言葉で士道は愕然としたような声を上げ……侑理もまた、一瞬沈黙する。しかしそれは、驚きによるものではない。勿論驚いてはいたが、驚愕したが…それ以上に侑理は、瞬間的に、反射的に──むっとしていた。
故に一瞬の間を経て、侑理は口を開く。小さく息を吐き……琴里へと言う。
「…琴里、士道にぃに伝えて。何も恐れる事はないって。何なら一発や二発、落とさせてもいいって。──うちが、全弾叩き落とすから」
「侑理、貴女……。…そうね、万が一の時は頼りにしてるわ」
やるつもりならやってみろ。そんな風に、侑理は言い切る。それが意外だったのか、琴里の声には驚きが混じり…されどすぐに調子を戻し、士道へと今の言葉を伝えてくれた。
更に琴里は、こういう手合いは下手に煙に巻こうとするべきではないとも言う。要は、〈ラタトスク〉に関しても伝えてしまって良いという事であり…士道は、語る。
「俺は──君みたいな精霊を助ける為に活動をしてるんだ」
「……ふむん」
自分の願いと目的。サポートしてくれる〈ラタトスク〉や、先に襲撃を行ったDEMの存在。これまで関わってきた精霊と…何より、封印能力。それ等を士道は、自分の言葉で語っていた。…当然である。全て事実で、士道が見聞きしてきた、体験してきた事なのだから。
その間、六喰は殆ど口を挟まなかった。当然表情など分からないが、真剣に聞いてくれているようだった。そうして士道が語り終えると、六喰は少しの間黙り…再び、彼女は口を開く。
「空言ではなさそうじゃの。ほうほう。暫く見ぬ内に星は斯様な事になっていおったか」
「ああ……だから、六喰。地上に降りてきて、お前の霊力を、俺に封印させてくれないか?」
士道の語りは、ただ聞くだけでは荒唐無稽としか思えないもの。
それを受けて、士道は踏み込む。本題に切り込む。通信越しに伝わってくる、一先ず攻撃がなくて良かった、という司令室の雰囲気が、士道の言葉で再び引き締まる。乗ってくれるか、突っ撥ねられるか。どちらになるにせよ、今の問いはここからの流れを大きく左右し得るもの。だからこそ司令室は緊張し、ここまではまるで感情を見せなかった六喰も、流石に何かしらの反応をするだろう…そんな風に、思っていた。だが……
「断る」
返ってきたのは、それだけだった。文字にすればたったの二文字、声に出しても四文字…それが、六喰からの答えだった。そして、ともすれば今後の自分を大きく変え得る問いだというのに……この問いにもまた、六喰は無感情な声を発するのみだった。