遠く離れた異国の地、日本。日本人の血も流れる侑理にとっては、決して無縁ではない…それでも遠く感じる場所。しかし通信技術の発達というのは偉大なもので、遠く離れた場所であっても、侑理は真那と連絡を取り合う事が出来ていた。普段はメッセージで、直接話したい時は国際電話でと、ちょっとした事から真面目な事まで、毎日何かしらのやり取りを真那としていた。だからこそ、寂しくとも真那を感じる事が出来ていた。〈ナイトメア〉絡みの事であれば力にならない現状が少しもどかしかったし、日本で出来た交友関係…特に探し求めていた兄の話となれば、嬉々として伝えてくれる真那の様子に聞いている侑理まで嬉しくなった。
だからこそ、ある日突然真那と連絡が付かなくなった時は、心配にも不安にもなった。そして、真那が精霊との戦闘で重傷を負ったと聞いてからは…いてもたってもいられなくなった。
「エレンさん!真那は、真那は無事なんですか!?」
それを知った日、知ったその瞬間から、侑理の中で平常心は吹き飛んでいた。DEM本社を駆け回り、エレンを見つけるや否や飛びかからんばかりの勢いで詰め寄り、感情のままに質問をぶつけた。
勿論、侑理自身にそこまでの勢いで詰め寄った自覚などない。無自覚の内に、そうなってしまっていた。真那の事を思うと、冷静でなどいられないのである。
「落ち着きなさい、侑理。そして廊下で大声を出すのも止めなさい」
「それどころじゃないですッ!真那は──」
「落ち着きなさい」
「……っ!」
落ち着けるものか、落ち着いてなどいられるものか。そんな思いで重ねて訊こうとした侑理だったが、エレンにギロリと睨め付けられ、そのプレッシャーに気圧される。侑理とは対照的な、静かな声…だからこそ感じる、冷たい圧力。そして気圧され勢いが削がれた事で、侑理も周りの状況に…突然なんだ、と驚きの目で見てくる社員達の視線に気付き、自分の短慮さを自覚した。
「…すみません…」
「分かれば良いのです。…場所を移しましょうか」
エレンに促され、侑理は先を行く彼女に付いていく。とはいえ多少冷静になったとしても、心の中で渦巻く不安はなくならない。心も頭も、真那の事で一杯であり…エレンは近くのレストルーム、自販機や椅子が用意された簡易的な休憩所の前で足を止める。
「侑理、どこでその話を聞いたのですか?」
「どこって…ジェシカさんからですけど……」
「やはりですか…まぁ、いいでしょう。普段から貴女は真那と連絡を取り合っていたようですし、早かれ遅かれこうなっていた筈です」
そう。真那の事を、侑理はジェシカから聞いていた。真那との連絡が途絶えて数日し、何か知らないだろうかとジェシカに訊いたのがついさっきの事。そしてジェシカは真那が重傷を負ったという事しか知らないらしく、ジェシカ以上に詳しく知っていそうな相手として真っ先に思い付いたのがエレンであった為、彼女を探し回っていたのである。
じっ…と侑理はエレンを見つめる。これは何か知っている反応だ、とエレンの表情から察し、彼女の次の言葉を待つ。
「…知っての通り、真那は現在重傷を負って治療中です。命に別状はないとの事ですが、昏睡状態から目覚めていないと報告が来ています」
「……っ…そんな…真那にそこまでの重傷を負わせる精霊って…」
「〈ナイトメア〉です。その場にいたAST…真那の出向先である日本の対精霊部隊の隊員からの報告である為、まず間違いありません」
〈ナイトメア〉。エレンが口にしたその識別名を聞いて、侑理はごくりと喉を鳴らす。
真那が追い続けている精霊。出向理由の一つである存在。最も可能性がある、と思っていたのがその〈ナイトメア〉であり…しかし同時に、侑理は納得が出来ない、とも思っていた。
「…真那が、〈ナイトメア〉にですか…?確かに〈ナイトメア〉は神出鬼没です。空間震無しで現れる事も多い分、毎回ちゃんと準備して迎撃に…とはいかない事もあるのは分かってます。けど、真那が〈ナイトメア〉に遅れを取るなんて事は…ましてや重傷を負わされるなんて事は……」
「えぇ、これまでであればそのような事はなかったでしょう。…ですが、これまでの〈ナイトメア〉は、その力の多くを隠していたのだとしたら?」
「…隠していた…?それは、一体……」
精霊の中でも特に危険な、凶悪な存在である〈ナイトメア〉だが、同時に真那はこれまでその〈ナイトメア〉を幾度となく討伐している。勝利し、その命を滅している。にも関わらず出現し続けているのが〈ナイトメア〉の恐ろしさの一つでもあるが、逆に言えば真那にとって〈ナイトメア〉は、戦えば勝てる存在だった、そうであった筈。だからこそ侑理は納得がいかなかった…が、それを認めた上で、エレンは返す。その内容に困惑する侑理へ向けて、エレンは告げる。
「これまで討伐されてきた〈ナイトメア〉は、真の〈ナイトメア〉が持つ力…天使によって生み出された、分身体に過ぎなかった。〈ナイトメア〉は死なない精霊などではなく、無数の分身体を使役し、更に天使によって様々な力を行使する精霊だった、という事です」
それは、これまでの認識を覆す発言。これまで脅威として真那が撃破し続けてきたのは、替えの利く分身に過ぎなかった…そんな事を言われても、俄かには信じ難い。しかし侑理は、エレンがこんな話で冗談を言う人間ではないという事を知っているし…何より、それならば納得出来る。隠していた手札を一気に開放し、それで以って精神的な奇襲を掛けたのだとすれば、真那が優位を取られたとしても無理はない。……侑理的には、それでも勝つ真那でいてほしかった訳だが…精霊相手にそんな甘い期待など通用しないのだという事も、侑理は理解していた。
「…何があったかは、分かりました…それで、真那はどうなるんですか…?日本でそのまま治療を受けるんですか…?」
「当然でしょう、昏睡が続く程の大怪我を負った人間を、わざわざここまで連れてくるつもりですか?」
「た、確かにそれはその通りですけど……」
日本では十分な治療を受けられないというならともかく、そうでないならわざわざ長距離移動をさせる必要はない。ないどころか、むしろ真那への負担となる。そんな当たり前の返しをエレンから受けた事で、侑理は自分が如何に余裕を失っていたのかという事を認識。落ち着いて頭を働かせなくては、と反省し…そんな思考をしている中で、エレンは言う。
「しかしまあ、考えようによっては真那もよくやったものです。これまで謎が多く、その能力をも隠していた〈ナイトメア〉の真の力を、その身を持って我々に教えてくれたのですから」
「……それは、どういう意味ですか」
それを、その言葉を聞いた瞬間、ふっ…と侑理の思考が冷えていく。冷静さを完全に取り戻した訳ではない。恐るべき考えに至ってしまった訳でもない。ただ…聞き捨てならなかった。真那に対する、エレンの言葉が。平然と、そんな風に言われる事が。
「言葉通りの意味です。真那は良い成果を上げたと──」
「真那は大怪我を負ってるんですよッ!?重傷で、昏睡状態なんですよッ!?DEMに恩義を感じててッ、精霊から皆を守ろうって何度も何度も〈ナイトメア〉を殺してきた真那がッ、命令で行った先でこれまでにない怪我をしたんですよッ!?それをよくやっただの、良い成果を上げただの、そんな言葉で…そんな言葉で……ッ!」
冷えていく思考とは裏腹に、心の中では激情が湧き上がる。煮え滾り、荒れ狂う。そして激情は、衝動となって爆ぜ…気付けば侑理は吠えていた。エレンへと迫り、感情のままに言葉を叩き付けていた。…許せなかった。許容出来なかった。エレンがまるで、真那の負った怪我はどうでも良いかのように話している事が。真那の命よりも、〈ナイトメア〉の情報の方が価値あるように言われる事が。そしてそれを、エレンが…憧れの相手が口にした事が。
激情に駆られた侑理の言葉で、エレンは一瞬目を見開いた。迫る侑理に、半歩…或いはそれよりも更に小さいながら、確かに下がり…だがすぐに、その表情を険しくさせる。
「…侑理。貴女は一体何を勘違いしているのですか。真那は…いえ、我々が精霊と刃を交えているのは、交流でも決闘の為でもありません。我々は精霊と、殺し合いをしているのですよ?」
「……ッ…」
「真那が真の力を発揮した〈ナイトメア〉よりも強ければ、情報の面での不利を覆せるだけの実力があれば、こうはならなかった事でしょう。ですが真那にそれだけの力がなかったからこそ、重傷を負うという結果になった…ただそれだけの事です。…もう一度言いますよ、侑理。
返される言葉に、自分とは対照的に落ち着き払ったその声音に、侑理は何も言えなくなる。一片たりとも隙のない…少なくとも侑理の知る、考え得る限りでは完璧に正しいエレンの言葉で、気付かされる。…それが、現実なのだと。それが、自分や真那のいる世界なのだと。
「…ごめんなさい…うちが、短絡的でした……」
「真那の事となると浅慮になるのは貴女の悪い癖です、直すよう努めなさい」
「ぅ…でも、心配なものは心配なんですよぉ……」
「それも含めて浅慮だと言っているのです。確かに重傷で昏睡となれば、気楽に捉える事は出来ないでしょう。ですが真那は、態度はともかくアデプタス2…曲がりなりにも、この私に次ぐ実力を有した
呆れたように、その心配すらも浅はかなのだとエレンは言う。今日も今日とてエレンは厳しく、取り付く島など皆目見当が…と、そこまで考えた侑理だったが、そこで気付く。
「…あれ?って事は…エレンさん、真那の事は割と認めてるっていうか…実は結構信頼してるんですか?」
「…何故そうなるんです?」
「いや、何故って…要は『真那がこんな事で再起不能になる訳がない』っていったんですよね?」
「…侑理、曲解は止めなさい。真那の実力自体は確かに認めています、実際にそれだけの力があるのですから。ですが、だからといって信頼などという言葉を使うのは、はっきり言って不服です」
「え、えぇ……?(ほんとに嫌そうな顔してる…え、ならどういう心境でさっきの発言をしたの…?)」
不服だと断言までされた事で、むしろ余計に困惑する侑理。仲間なのだから信頼関係があっても何もおかしな事はないし、何故そうも否定をするのか。何か理由があるのかと考える侑理だったが、考えてもさっぱり分からなかった。
「私から語る事は以上です。これで満足ですか?」
「あ…はい、満足です。…ところでエレンさん、有給休暇の申請を……」
「真那が今いるのは特殊な病棟です。有給を取るのも渡航するのも社員である貴女の権利ですが、私用で会いに行く事はまず出来ませんよ」
「…申請撤回します。お仕事頑張ります…」
「宜しい。ならば本日も稽古を始めますよ。真那の事があるからといって、動きを鈍らせるようなら容赦なく叩きのめします。いいですね?」
真那の事など関係なく、動きを鈍らせようが鈍らせまいが、毎度毎度叩きのめされている…という事実を指摘する事はぐっと堪え、侑理は頷く。
例えエレンからの意外な評価を聞こうと、侑理の中にある心配する気持ちは消えない。とはいえ、何か出来る訳でもないというのもまた事実。今の侑理に出来るのは、真那が昏睡から目覚めるのを信じて待つ事、そして更に実力を磨く事のみ。エレンの言う通り、自分達がしているのは紛れもなく『殺し合い』である以上、窮地であってもそれを乗り切る、生き延びる力がなければ、今度は侑理自身が真那を心配させてしまうかもしれない。それどころか、もう会えなくなるかもしれない。
だから侑理は、鍛錬を重ねる。真那の回復を信じて。より強い自分を目指して。
*
真那の様子見と、「最強の欠陥機」の異名を持ち、優秀なDEMのテストパイロットすら三十分で廃人に変えてしまったCR-ユニット、〈ホワイト・リコリス〉を短時間ながらも操り、精霊と矛を交えたという
(…何か、物足りないな……)
自主訓練を終え、ワイヤリングスーツから制服に戻る。別段痛くも痒くもない、調子の良いままの自分の身体…むしろそれが、侑理に違和感を抱かせる。
ウェストコットの付き添いでエレンが日本に行った事により、ここのところ侑理は一人で自主練をしているのだが、毎回苛烈で容赦のないエレンとの稽古と比べると、一人での訓練はあまりにも味気ないものであった。稽古は基本実戦形式、模擬戦(と言っても一方的にやられるばかりだが)の中で学べというスタイルである為、基礎練習や反復練習などそうではない形で行っている今の訓練も決して無駄ではない筈だが、エレンとの濃密で過激な時間に慣れてしまった今の侑理には、どうにもしっくりこないのである。
「…でも、それも今日までだもんね」
別に今後も続く事ではないのだから、まあいいか。そんな風に侑理は結論付けて、廊下を歩いていく。
予定では、エレンはウェストコットと共に今日イギリスに戻ってくるという事になっていた。それが変更になったという話は聞いていないし、エレンが戻ってくればまたいつもの訓練が再開される。…と、いう事はつまり、またボコボコにされる日々が始まるのだが…楽な訓練が物足りなくなり、毎回叩きのめされる訓練をどこか求めてしまっている自分は、実はマゾヒストだったのだろうか。…そう思うと、何とも言えない気分の侑理だった。
(…真那、どうしてるのかな…流石にもう、目覚めてる…よね…)
メッセージのやり取りは、一ヶ月以上前…何気ないやり取りを最後に途絶えたまま。これだけ長く経っているのだから、流石昏睡状態からは脱しているだろうと思う、思いたい一方、電話もメッセージもない事がどうしても不安になってしまう。
だが、考えてみれば『目覚める=元通り』という訳ではない。目覚めてはいるものの、まだ碌に動けない状態だという事はあり得るし、病院であれば通信機器の使用を制限されているのが普通。何より実際のところどうなのかは、戻ってきたエレンに訊けばいい訳で…そこまで考えた侑理は、携帯を取り出し時間を見る。丁度良い頃合いである事を確認し、DEM本社の職員用通用口へと小走りで向かう。
「…………」
何故職員用通用口へと来たのかは、勿論決まっている。そして侑理はそれから待ち、待ち、待ちに待って……遂に待ち人が、来たる。
「アイク、その件は私から──」
「エレンさん!」
自動ドアが開くや否や、自分に出せる最高速で侑理は声を掛ける。直後、その相手…扉から中に入ろうとしたエレンがびくりと肩を震わせ、その隣のウェストコットも目を見開く。
「…侑理……」
「おや、出迎えかな?感謝するよ」
「あ、はいお疲れ様です!それはそうと真那!真那はどうでしたか!?元気ですか!?復帰はいつで…むぐぐ……!」
ウェストコットからの言葉に速攻で返し、矢継ぎ早に質問を浴びせていく。帰ってきたばかりの相手に対する行動としては、なんとまあ配慮のない事か…と我ながら思ったが、落ち着いてなどいられないのだから仕方ない。
そんな侑理の口を、エレンは塞いできた。ぐっ、と手で口を覆われてしまえば、流石に黙らざるを得ない。
「むぐ…ぐ…ぷぁっ!な、何するんですかエレンさん…!」
「五月蝿かったので」
「凄まじく単純にして反論のしようがない返答…!」
ご尤も過ぎて認めざるを得ない返答に、うぅ…と侑理は肩を落とす。…エレンさんの手、柔らかいなぁ…指も細くて綺麗だなぁ、と思ったりもしたが、それよりも今は訊かねばならない事がある。
「そ、それはともかく真那の調子はどうだったんですか…!?」
「…その件は、後日伝えます。貴女は戻りなさい」
「後日…?な、なんでですか…?今すぐは伝えられない程酷いとか、そういう…!?」
「それも含めて、また改めて貴女には伝えます。それよりも、アイクは日本から戻ったばかりなのですよ?貴女の行動は失礼極まりないという事を自覚しなさい」
「あ…それは、ごめんなさい……」
視線を鋭くさせたエレンの叱責で、自分の誤ちに気付く。侑理はウェストコットに向き直り、小さくなって頭を下げる。これまたエレンの言う通り、侑理がしているのは外国から帰ってきた自分の上司と自分の属する企業のトップを、纏めて足止めする事に他ならない。しかもその相手は、厳しさに定評のあるエレンと、一代で世界的な企業を興した傑物のウェストコットな訳で……
「…あ、あの…ひょっとしてうち、これを理由にクビになったりは……」
「まさか。優秀な
「あ、ありがとうございます社長…以後、気を付けます…!」
肩を竦め、穏やかな笑みを浮かべて怒っていない事を示すウェストコット。本当に怒っていない、些細な事だと許容する心境が伝わってくる彼の言葉に、侑理は安堵し再び深く頭を下げる。それと共に、いい加減冷えた頭で、一度出直そうと考え直す。
「…その、エレンさんもすみませんでした。考えてみれば真那の件って、業務上の事ですもんね…また今度、訊かせてもらいます…」
「…えぇ」
もう一度、今度はエレンに頭を下げ、エレンからの首肯を受け取って侑理は踵を返す。本当は気になって仕方ないが、上司に待てと言われた以上、部下の自分は従うしかない。
そう自分へ言い聞かせて、侑理は自分の部屋へと戻ろうとする。しかしそんな侑理の背に、声が掛かる。
「待ち給え。…後日改めて…これはわざわざ、そんな対応を取る事かな?エレン」
「アイク…?」
「社長…?」
振り向いた侑理の前で、ウェストコットはエレンへと問い掛ける。その言葉に、侑理もエレンも揃って戸惑う。
「複雑な事情があるならそれもそうだが、状態だけなら至ってシンプルだ。確かに手痛い事ではあるものの、別段身内に隠すような事ではないと思うよ?」
「手痛い事…?……真那は、命に別状はないんですよね…?昏睡しているだけ、だったんですよね…?」
「…アイク、私は順序と頃合いの話をしているのです。先程の勢いを見たでしょう?これだけ気にしている相手に、そのまま伝えるというのは……」
「だとしたらエレン、君の今の発言も良くないのではないかな?」
「それは……」
エレンはウェストコットの返しに口籠もる。ちらり、と侑理の方を見やる。恐らくこの時、エレンの瞳にははっきりと映っていた事だろう。大丈夫、きっと大丈夫と信じていた思いが揺らぎ、不安が膨れ上がり、真実へ恐れを抱く侑理の姿が。
実際、侑理は怖かった。単なる業務上の都合で今は話せないというだけなら、エレンもウェストコットもこのような言い方をしない筈。にも関わらず、まるで「何かあった」かのような言い方をするという事は……そう思うと、聞きたくない、耳を塞ぎたいという気持ちすら芽生え始める。
「私は隠す必要などないと思うよ。まぁ、どうするかは君に任せるとしよう」
「…こうなっては、隠す方がむしろ不都合でしょう…。……分かりました。侑理」
「……!は、はい」
「先程の貴女の問いに答えます。…良いですね?」
「…お…お願い、します」
恐怖が強まる。最悪の可能性が脳裏を過り、口の中が乾く。…だが、侑理は頷く。聞くのは怖いが、怖くて仕方ないが…聞かずには、いられなかった。そして侑理の意思を確認したエレンは…言う。
「分かりました。真那は──行方不明で、捜索中です」
「……うぇ?…え、行方…不明…?」
一瞬、訳が分からなかった。想像していた答えとはまるで違う事もあり、すぐには回答を理解出来ず…理解が追い付いてからも、それはそれで困惑する。重傷、昏睡、一ヶ月経っても尚連絡が取れない状況…そこからの行方不明には、どうにもこうにも侑理の頭の中では繋がらない。
「ゆ、行方不明って…どういう事ですか…?」
「言葉通りの意味です。心電図の異常を知った看護師が病室に来た時にはもう、真那の姿はなかった…ただそれだけです」
「いや、そんな…。……っ…まさか…」
「まさか?」
「…いえ、何でもない…です……」
具体的に説明されたところで、「何故行方不明になったのか」がはっきりしていない以上、侑理の疑問は微塵も消えない。もし本当にその通りなら、エレンもこれ以上の説明など出来ないのだろうが、納得出来ない回答である事には変わりない。
その時侑理の頭に浮かんだのは、全て嘘だったのではないかという疑心。重傷を負った、昏睡しているという話も嘘で、何かしらの理由でエレンは侑理をずっと騙してきたのではないかという、疑う気持ち。だが、すぐに侑理はその可能性を否定する。決して根拠がある訳ではないが、エレンがそんな嘘を吐く筈がない…そう思って、エレンへの疑いを振り払う。
「マナの事だ、身体が鈍るのを恐れて目覚めて早々どこかへ運動をしに行ったという可能性もある…と言いたいところだが、いつまで経っても戻って来ない以上、何かあったのだろう。まだ戻って来ないとは限らないとはいえ、惜しい損失だ」
「…あれ…でも待って、もしそういう事なら…真那は目が覚めたって可能性もあるんですよね…?」
「無論、その可能性もあります。ですが病室から姿がなくなっている以上、自分で出たのか、連れ出されたのかも定かではありません」
「そんな……」
希望どころか誘拐の可能性すら示されて、無意識の内に侑理は後退る。…詰まるところ、分からないのだ。いなくなったという事以外、なにもはっきりしていないのだ。そしていなくなったという事態は、間違いなく良くない状態なのだ。…だから、侑理の狼狽は続く。困惑が何より強くなった事で、パニックを起こさずに済んでいるのは、不幸中の幸いか否か…そんな事を考える余裕も、侑理にはない。
「侑理。今私は貴女の問いに答えました。よって今度は、私の問いに貴女が答える番です」
「…なん、ですか……?」
「貴女はこれから、冷静に生活する事が出来ますか?第二執行部の
「…そ、れは……」
そんな中向けられる、エレンからの問い。鋭いとも違う、侑理を見定めるような視線。それを受けた侑理は一瞬口籠もり、言葉に詰まり……しかし何とか頭を働かせ、答える。
「…出来、ます…。うちに、うちの務めを…果たさせて、下さい…」
ここで無理だと答えれば、或いは上手く返答出来なければ、『今の侑理は業務遂行出来る状態ではない』と判断されてしまう。そうなれば、やはり話すべきではなかった思われ、今後真那の事で何かあっても教えてもらえなくなってしまう。それにそう判断される事は、エレンからの期待に応えられていない事も意味する。してしまう。…だから侑理は、こう答えるしかなかった。
侑理の返答に、エレンは頷く。そうして話が終わったのだから、とウェストコット共々エレンは歩いていき…残ったのは、侑理一人。
「真那……」
分からない。分からないからこそ、元気な可能性もある。…そう考える事も出来たが、流石にそれは希望的観測でしかなかった。それだけで前向きになれる程、侑理の心は楽天的ではなかった。
その後も侑理は、一日中ずっと暗いまま過ごした。頭の中から、真那が行方不明になったという話が消えなかった。そして日は変わり、翌日。第二執行部のアデプタス・ナンバー全員に緊急の召集が掛かり、侑理もブリーフィングルームに出向く。
「これ、何の件か知ってる?」
「さぁ?けど昨日ウェストコット様と部長が帰ってきて、今日いきなり召集なんて、何か大きな事がありそうよね」
「…うわ、ユーリ目の下にクマが出来てるわよ?丁度今化粧道具持ってるし、少し隠してあげようか?」
「いや、いいです…真那の泣き黒子に対抗して、うちはこれからクマを売りにしようと思ってるので……」
「え、本気?」
「ごめんなさい冗談です、適当に答えました…」
駄目だ我ながら訳の分からない事を言っている、と隣の同僚に怪訝な顔をされながら侑理は反省。どうしたって真那の事は頭から抜けないが、これでは自己評価が下がるどころか周りにも迷惑を掛けてしまう、と何とか頭の隅にまで押しやって、気持ちを切り替えるべく両の頬を軽く叩く。
と、そこで部屋に入ってくるエレン。彼女が来た事で全員揃い、エレンからの視線を受けたジェシカが全員の前に出る。
「それじゃあ、始めるわヨ。私達第二執行部に、ウェストコット様から特務の仕事が下されたワ」
特務。その言葉に、小さなどよめきが上がる。やはり大事かという反応と、ウェストコットから重要と思われる仕事を任されたのだという歓喜の混ざり合った声が上がり、それを制するべくジェシカは咳払い。そしてメンバー全員を見回し…一拍置いて、ジェシカは言う。
「任務の内容は、AAAランク精霊〈プリンセス〉と、ある人間の捕獲。そして今回は、私からアデプタス12までの十人が、纏めて出向という形になったワ。──マナと同じ、日本の対精霊部隊へのネ」
「日、本……?」
再び上がる、小さなどよめき。そんな中で、侑理は、侑理だけは、目を見開いていた。…日本という、その言葉を聞いた事で。