デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第百十四話 物語の世界

 魔王〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の力、【幻書館(アシュフィリア)】によって見知らぬ街…それもどこか別の世界なのかもしれない空間へと飛ばされてからの侑理は、疑問続きだった。分からない事に答えが得られないまま、次々と疑問ばかりが増えていき…そして、異形の存在、『魔物』を思わせる何かに、真那と共に襲われた。

 そうして、窮地に陥った時だった。深い青の髪に、琥珀を彷彿とさせる瞳…真那によく似た容姿をした、一人の少年が現れたのは。

 

「下がってな、二人共。ここは俺が何とかする」

 

 驚きの連続で混乱すらし始めている侑理…それに真那に向けて、少年は言う。異形の存在に立ち向かうように…侑理と真那を背に守るようにして、路面を踏み締め剣を構える。

 

「な、何とかって…いや、でも……!」

「危ねーです兄様!ここは……」

「大丈夫だって。だから……お兄ちゃんに、任せろ」

 

 振り向く事なく、まるで背中で語るかのように言い切る少年。その言葉に、雰囲気に、侑理達は思わず息を呑み……無言を了解と受け取ったのか、少年は路面を蹴る。踏み出すと同時に、手にした剣を横に振り抜く。

 その剣から放たれるのは、飛翔する斬撃。強烈な一撃は、波紋が広がるように異形の存在へと向かっていき…されど異形は、一方は跳ぶ事で、もう一方は飛ぶ事で躱す。

 

「……っ、やっぱり一人じゃ…!」

「…待って、これは……」

 

 回避された斬撃が空を斬り、異形の存在が反撃の姿勢を見せる中、真那は歯噛みをする…が、直後に侑理は少年の次なる行動に気付く。異形の存在達が飛び掛かってくる中、少年は既に路面を踏み締め、剣を構え直しており…突っ込んできた巨獣の様な存在へと、斬り上げ一閃。続けて身体を回し、同時に再び跳躍を掛ける事で、別方向から襲おうとした単眼の存在にも中で回転斬りを浴びせる。

 

(上手いし、判断も早い……)

 

 カウンターを諸に浴びた異形の存在が絶叫する中、少年はすぐさま追撃。無駄のない動きで連続攻撃を叩き込み、異形の存在が距離を取ろうとすれば即座に斬撃を飛ばしていく。異形の怪物も耐久力が高いのか、一見致命傷に見えるダメージを受けても尚、少年へ襲い掛かってはいたが、少年は最後まで油断する事などなく……

 

「これで、終いだ!」

 

 大きく跳んでからの、打ち下ろすような斬撃。最初の一撃を思わせるその攻撃は、今度こそ二つの異形の存在を同時に斬り裂き……途中からは二足歩行になっていた巨獣型も、同じく途中から棘の様な部位を生やして攻撃していた単眼型も、遂に地に伏し消滅する。

 

「……な?大丈夫だったろ」

 

 まさかの完封に侑理達が言葉を失う中、ゆっくりと振り返った少年は、にっと歯を見せて笑う。それは何とも爽やかな、そして自信を帯びた笑みであり…だからこそ、余計に侑理は困惑した。戦闘中の動きにせよ、今見せている余裕にせよ…それは、侑理の知る『彼』とはどうも違うような気がしていた。

 

『えぇ、っと……』

 

 同じような事を感じていたのか、真那も侑理同様困惑気味。一方彼は、落ち着き払っており…その彼へと、真那が問う。

 

「その、変な事を訊くようですが……兄様、でいやがりますか…?」

「どうしたんだ、藪から棒に。見ての通り、俺は通りすがりの高校生にして──真那と侑理のお兄ちゃん、五河士道だぞ?」

 

 剣を肩に担ぎ、彼は……士道は言う。それは、当たり前の…それこそ本人が言ったように、見ての通りの事。しかし真那は…そして侑理自身も、何か確認しておきたかったのだ。

 

「だ、だよね。士道にぃだよね。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を、士道にぃと十香さんと七罪以外で手にしてる人がいる訳ないし……」

「おいおい、当然の事とはいえ俺以外の選択肢もそこそこあるじゃないか。というか、二人共さっき俺の事をちゃんと認識して呼んでただろ?」

「それはまあ、そうなんだけど……」

 

 確かに士道が現れた瞬間、侑理も真那も明確に士道だと思って声を上げた。だが、そこから何か、どうも士道に対して違和感を抱いたのであり……だが見た目であれ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉であれ、違和感以上に決定的な要素があり、本人もそうだと言っているのだから、これ以上変に思っても仕方ないというもの。

 

「っと、そうだ。士道にぃ、十香さん達は?皆はどこ…っていうより、もしかしてはぐれちゃってるの?」

「うん?あぁ……()()()()()()、まだ会ってないな」

「そっか…でも、士道にぃが無事だっただけでも良かったよ」

「ですね。これで一歩前進でいやがります」

 

 数拍の間を置き、答えた士道。一人で現れた時点でその可能性は浮かんでいたが…やはり、士道は単独で行動していたらしい。

 

「ところで兄様、さっきの存在は一体なんなのか知っていやがりますか?」

「いいや、俺も詳しい事は分からない。が……天使や魔王の力によるものじゃない事は確かだ」

「じゃあ、やっぱりここは……」

「──本の中の世界。或いは、物語の世界…ってところだな」

 

 もしかして。そんな侑理の言葉に対し、士道は言った。ここは過去でも未来でもなく…そもそもからして異なる世界だと。それは、可能性として考えていたものの一つであり…だが同時に、予想外の答え。異世界や何かなのかも?とは考えていたが、まさか本の世界、物語の世界などという回答が返ってくるとは思ってもみなかったのだ。

 そんな事があり得るのか。そもそも物語の世界とは何なのか。侑理はその疑問を士道へ言おうとした…が……

 

「…………」

「…………」

「…ねぇ真那、うち今、顔がアンパンのヒーローが空飛んでるように見えたんだけど……」

「奇遇でいやがりますね…私も今、二足歩行の猫と鼠が、仲良く喧嘩しながら走り回ってるような光景が見えた気が……」

 

 本の中の世界。或いは物語の世界…その意味が、はっきりと理解出来た侑理だった。

 

「こ、こほん。取り敢えず、他の皆とも合流しないとね。さっきみたいな事が、他の場所で起こらない保証なんてないし」

「同感です。つきましては兄様、何か手掛かりなり案なりはありやがるでしょうか?」

「ああ。確証はないが、可能性ならもう目星は付いてるぜ」

「そりゃそうでいやがりますよね。ならここは当初の予定通り、高い場所から……って、え?」

 

 仕方ない、といった様子で暫し言葉を紡いだ後、数瞬の間を経て目を丸くする真那。同じく侑理も、この時驚いていた。てっきり士道も情報なしの状態だろうと思っていたのだが…なんとそうではないらしい。

 

「実はここに来るまでに、俺も情報収集をしていたんだが…入ってくる情報の中には、気になるものもちらほらあってな。で、極め付けの情報は、ある街の城で開かれる舞踏会で、伝説の人魚がお披露目される…ってものだ」

「お、お城の舞踏会に、人魚…?…ここって、日本…だよね……?」

「この街は、な。けどここはさっき言った通り、本の中の世界であり、物語の世界。そして単一の作品の世界じゃなくて、色んな作品が混ざり合った世界みたいなんだ。…まあ、移動していればすぐに理解出来るさ」

 

 言葉だけじゃよく分からないよな、とばかりに士道は肩を竦め、軽く笑う。その柔らかくも何だか頼もしく見える笑みを前に、侑理は思わず目を瞬かせ、それから真那と顔を見合わせる。

 お城の舞踏会に、伝説の人魚。どちらも有名な童話に出てくる要素であり、それが実際にあるのなら、ここが物語の世界である事への説得力も増すというもの。だが一つ、士道の説明の中には納得出来ない部分がある。そしてそれは真那も思っていたようで、士道へと向き直った真那は問う。

 

「その舞踏会や人魚と、皆さんとにどんな関連性があるんで?」

「それがな、あくまで噂なんだが人魚は不思議な声で歌うらしいんだよ」

『不思議な声?』

「あぁ。だーりーん、だーりーん…ってな」

『それって……』

 

 再び侑理は、真那と顔を見合わせる。人魚云々は謎だが…その歌声(?)には、思い当たる節が物凄くある。

 という訳で、舞踏会が行われるという城へ向けて移動開始。しかしまだ侑理には疑問があり、今度は侑理が士道へと訊く。

 

「ねぇ、士道にぃ。情報収集をしてたって言ったけど、どうやってやったの?ネット…は、士道にぃの端末も繋がらない…よね?」

「情報収集の方法か?それなら…っと、丁度良いところに」

 

 そう言って士道が目を向けたのは、こちらへと歩いてくる通行人。何が言いたいのか分からず侑理が首を傾げていると、士道は「まあ見てろって」と言い、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を霧散させると共にその通行人へと軽く駆け寄る。そして、侑理達が見つめる中…士道は、言う。

 

【すみません、ちょっと道を訊きたいんですけど】

「はい!何でもお答えしますよ!」

(……!これって……)

 

 士道に問われた通行人が見せたのは、満面の笑み。それから通行人には、懇切丁寧に…それこそ言葉だけでなく、ジェスチャーや携帯の地図アプリ等も駆使して目一杯説明をしてくれた。流石に断りこそしたものの、最終的には自分が案内するとまで言ってくれた。

 何だか申し訳なくなってしまう程の、親切な応対。しかし侑理は分かっていた。これが、単にとびきり人の良い通行人だったから…などという理由ではないと。そして通行人とのやり取りを終えた士道は侑理達の下へ戻ってくると、小さく笑って肩を竦める。

 

「この通り、天使の…皆の力を使わせてもらった訳さ。〈破軍歌姫(ガブリエル)〉を使えば見ての通りだし、〈贋造魔女(ハニエル)〉で石や草に変身すれば盗み聞きもし放題だからな」

 

 そう。予想した通り、これが答え。士道は自身が封印した精霊の天使を活用する事で、情報収集をしていたのだった。

 相手が強い霊力や随意領域(テリトリー)による防御を有していないのであれば、その心身を(意のままにとまではいかないにせよ)操る事が出来る〈破軍歌姫(ガブリエル)〉と、万物に変身する事が出来る上、オリジナルには劣るものの天使すら模倣する事の出来る〈贋造魔女(ハニエル)〉。どちらも直接的な戦闘能力においては他の天使程長けていないものの、一方で戦闘以外での強み、戦闘能力だけに留まらない汎用性を有する天使なのだと、侑理はこの時改めて感じた。

 

「そういう事でいやがりましたか…。先程の体捌きといい、いつの間にか随分と頼もしくなって…真那は妹として誇らしい限りです」

「ははっ。真那や侑理、琴里の兄ちゃんが情けない男って訳にはいかないからな。そういう意味じゃ、真那達が俺を成長させてくれてるんだぜ?」

「へっ……?…ま、まあ…そう思ってくれているのなら、私としても嬉しいもんでいやがりますけど……」

「あー、真那ってば照れてるー」

「ちゃ、茶化すんじゃねーです!それより早く行くとしやがりますよ!」

 

 再び快活に笑った士道の反応が予想外だったようで、目を逸らしつつ頬を掻く真那。その真那を侑理がからかえば、真那は顔を赤くしつつも一人でずんずんと歩き出し…そんな真那の姿に、侑理は士道と笑みを漏らし合う。

 

「おいおい、一人で行くなって。…と、いうか…さっきは二人共、どうして反撃しなかったんだ?二人なら、あれ位の存在に負けたりしないだろ?」

「それは……そうだ、士道にぃ。士道にぃは、普通に天使を使えたの?」

「使えたっていうか、分かっていると思うが使えてるぞ?」

 

 そうだよね…と侑理は小さく頷く。そして士道の発言で真剣な表情となった真那と、顔を見合わせる。

 何故士道は天使の力を振るう事が出来て、侑理や真那のデバイスは反応しないのか。士道が例外なのか、天使…霊力を用いる力ならば問題ないのか、逆に魔術師(ウィザード)としての力が例外的に使えないのか。それは今の時点では確かめようのない事であり…また一つ、疑問が増えてしまった。

 

「どうして、うち等は……」

「皆目見当も付かねーですね……」

「うん?二人は今、満足に戦えない…って事か?」

 

 そういう事、と侑理は真那と揃って首肯する。士道が思いを貫けるように、自分達が守る…そう決意していたというのに、今は魔術師(ウィザード)として戦えず、士道に守ってもらったのだから、全く以って情けないというもの。しかしそんな侑理達に対し、士道は何か納得がいかないのか、侑理と真那を順番に見て首を捻る。

 

「妙だな…俺からすれば、そんな事ないように思えるんだが……」

 

 何を見てそう思ったのかは分からないが、士道は釈然としない様子。だがその反応に侑理が首を傾げていると、士道は小さく笑い…ぽふり、と両の手を、侑理と真那それぞれの頭に置いた。

 

「まあ、それなら俺が二人を守るだけだ。いつも二人は、俺や皆の為に頑張ってくれてるんだからな。その分今は、お兄ちゃんに任せとけ」

「士道にぃ……」

「兄様……」

 

 少しばかり格好を付けたような…されど全く痛々しさのない、むしろ爽やかに感じるような言葉と笑み。任せとけという言葉も、すとんと心に入って沁みる。頑張っているのは士道も同じ、だからそんな気を遣わなくたって…などという遠慮の言葉も、今は浮かんでこなかった。素直に頷く、頷いてしまう…そんな雰囲気が、今の士道にはあった。

 

(…なんだか、まるで……)

 

 ふと思い出すのは、士道が霊力を暴走させた時の事。あの時の士道も、並々ならぬ言葉と魅力で侑理や真那を骨抜きにしていた訳だが、今の士道はその時とも少し似ているようで…だが違う。そんな気がする。

 

「さて、それじゃあ今度こそ行くか。皆の事も、心配だしな」

 

 士道の言葉で侑理は我に返り、今一度頷く。先程得た情報に沿って、街の外へと向かっていく。

 合流した後は、どうするか。どうやって〈ラタトスク〉の基地に…元の世界に戻るのか。デバイスが反応しない理由は何なのか。問題は山積み、懸念も一つや二つではない。だがそれでも、問題の割に不安はない…そんな風に、侑理は思っていた。真那が一緒にいるから、というのは勿論だが…同時に今ここにいる士道もまた、そんな風に思わせてくれていた。

 

 

 

 

 昔の日本やRPGの世界において、街を出るという事は即ち、大自然に足を踏み入れるという事になる。気候や環境はどうあれ、広大な自然の中に、人の住む場所が点在している…そういう構造で、世の中は出来ていた。

 されど現実、現代の日本…というより先進国において、街の外にあるのは大自然ではない。街の外にあるのは別の街で、形はどうあれ街と街とが隣接する形で人間社会は出来ている。勿論必ずしもそうという訳ではなく、一方面が…或いは昔の様に全面が大自然に面している街もあったりはする訳だが、街を出ても別の街、というのは別段珍しい事ではない。そして侑理達が体験したのもまた、街から別の街に移るといった、ありふれたもので……しかしその街へと足を踏み入れた瞬間、侑理は愕然とする。

 

「な、何これ…急に、気温が……!」

 

 突如として吹き抜ける、冷たい風。ほんの数秒前まで、春の様な気候だったというのに、この街に入った瞬間から季節が冬へと逆戻りしてしまったかのように、気温がぐっと下がっていた。

 

「これは一体、どうなってるんで……?」

 

 同じく寒風に吹かれ身震いをしている真那は、ゆっくりと周囲を見回す。今侑理達がいるのは、正に城下町というべき煉瓦造りの目立つ街中。隣接している隣町は、現代だと言われても何一つ違和感を抱かないような街並みだったというのに、その隣にあるこの街は明らかに時代が古かった。ここが物語同士の混ざり合った世界でなければ、あり得ないであろう状態だった。

 だがそれも…気候に関しては想定外だったが、街の外観がまるで違う事については、この街に入る前から分かっていた事。だから侑理達は気を取り直し、遠くに見える城へと歩き始める。

 

「うぅ、寒い…元の世界でも冬だったけど、暫く暖かい環境にいた分、余計に寒い……」

「…上着、貸してやろうか?…じゃないな、ここは黙って掛けてやるべき場面か…すまん侑理。俺もまだまだだな」

「えっ?い、いやいいよ士道にぃ!それを脱いだら、士道にぃの方が寒くなっちゃうし…何より真那が嫉妬しちゃうでしょ?」

「しねーですけど!?」

「おっと、それもそうか」

「兄様まで!?」

 

 冗談を言って真那をからかいつつ、士道が学生服のブレザーを貸してくれようとするのを有耶無耶にする。貸してくれるのは、本当に嬉しい…が、元から士道は暖かい格好をしている訳ではない。そして寒いといっても、耐えきれない程ではない。そんな耐えようと思えば耐えられる寒さの為に、士道に今よりも寒い思いをさせるのは嫌なのだ。

 

「全く…しかしここまでで、琴里さん達の姿はなし。となると……」

「既に城の中に入ってる可能性は高いな」

 

 真っ直ぐと、城へ向かって進んでいく。そうして暫く歩いたところで、城の城門が見えてくる。

 

「近くで見ると、中々に立派なもんですね。…で、どうしやがりますか?正面から入ろうとする場合、門番の兵士に止められちまいそうですが」

「もう、何を言ってるの真那。相手が兵士でも、普通の人間なら士道にぃの『声』で退いてくれる筈でしょ?」

「だろうな。けど、折角舞踏会って事なんだ。〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の場合、中に入ってからも呼び止められる度に使わなきゃいけないし……ここは、こっちでいこうぜ?」

『へ?』

 

 そう言って、士道はぱちんと指を鳴らす。すると次の瞬間、侑理達は淡い光に、霊力の輝きに包まれて……それまでとは、姿が一変した。

 

「こ、これって……」

 

 ほんの数瞬前まで侑理が着ていたのは、長袖の冬服。しかしそれが、今や品のあるドレスへと変わっていた。DEMの第二執行部の一員としてパーティーに出席した時を思い出すような…しかし今は赤ではなく、淡い黄色と白のドレス。髪もいつものショートハーフアップから、しっかり梳かした後のようなストレートに変わっており……隣に立つ真那もまた、秋桜を思わせる薄紫のドレスと、同じくストレートの髪型に『変身』していた。

 そしてそれは、士道も同じ事。学生服の姿から、清潔感のあるタキシードへと変貌しており……城の前という事もあって、その立ち姿はまるで執事。

 

「これなら城の中でも、変に目立つ事なく動けるだろ?」

「た、確かにそれはそうかもしれねーですが…だからって、わざわざドレスを選ばなくても……」

「何言ってんだ。可愛い妹達に、半端な格好なんてさせられる訳がないだろうが」

「……っ…!な、なんなんでいやがりますか、さっきから兄様は…!なんかこう…調子が狂うじゃねーですかぁ……!」

 

 真面目な顔で、真っ直ぐと真那を見つめて言い切る士道。その言葉に、士道の様子に、真那はかぁっと顔を赤くし……そんな真那の様子を、二人のやり取りを、侑理は眼福だなぁと眺めていた。変な感想かもしれないが、眼福なのだから仕方ない。

 

「でも確かに、さっきから士道にぃは絶好調というか…カリスマお兄ちゃん感があるよねぇ」

「カリスマお兄ちゃんってのもよく分からねーんですけど…というか兄様、一体どうやって私や侑理の体型に合うドレスを……?」

「それは単に、二人の服を変化させたってだけの話だな。さて、それじゃあ……行きましょうか、お嬢様方」

 

 芝居掛かった様子で、士道は胸に手を当てて軽く頭を下げる。その所作に、侑理は真那と顔を見合わせ…自然と浮かんだ笑みを交わし合いながら、士道を連れて城門の前へ。

 

「我々は、本日の舞踏会に招待された者です。通して頂けますか?」

「えぇ、勿論」

(あ、招待状とか身分の証明とかは要らないんだ……)

 

 顔パス…というか、見た目だけで判断して通してくれる門番の兵士。それ自体はありがたい事だが、警備としては問題あるのでは?…などと侑理は思ってしまう。まあ、この街…否、この物語の世界の時代を考えれば、ドレスやタキシードを着ている時点で、一定の身分は間違いないと判断される……という事なのかもしれない。或いは単に、物語としてそこに重点は置いていない…つまり、そこに『尺』を取るような作品ではないというだけかもしれない。どちらも勝手な想像だが。

 

「わぁ…外観も凄かったけど、中もやっぱり豪華だね…ちょっと憧れちゃうなー」

「そうでいやがりますか?まあ、外壁なんかは中々堅牢そうでいやがりますけど」

「外壁が堅牢そうって…もうちょっと女の子らしい着眼点を持とうよ真那……」

 

 真那らしい感想ではあるものの、流石に可愛くなさ過ぎる…と侑理は突っ込む。このやり取りを聞いていた士道は、苦笑を浮かべて肩を竦める。

 

「そんな事より、琴里さん達を探そうじゃねーですか。場内も見た目通り広そうなもんですが、それでも範囲が限定されているだけマシってもんですし」

「っと、そうだね。…あ、でもまだ全員ここに来てるとは限らないよね?そもそも皆がここに向かった、なんていう情報を得ている訳でもないし」

「そういえばそうだったな。まあどっちにしろ、まずは城内をぐるっと……」

 

 回ってみよう。恐らく士道がそんな旨の発言をしようとした、その時だった。──城の奥、パーティー会場となっているであろう場所の方から、ガラスの割れるような激しい音が聞こえてきたのは。

 

「……!?な、何事?」

「今の、落っことした皿が割れた…なんて程度の音ではねーですね…」

「…ああ。ちょっと確認してくるから二人はここで待っててくれ」

 

 言うが早いか、士道は走ってパーティー会場へと繋がる大きな扉の方へ。侑理達同様大きな音に動揺している周囲の人の間をすり抜けるように駆け寄ると、少しだけ開けて中を見やる。

 無論侑理とて、ただ眺めているつもりはない。同じように、扉の前への走っていき…そこで確認を終えたらしい士道が、険しい顔をして振り返る。

 

「兄様、中では何が?」

「……二人共。良いニュースと悪いニュースがある」

 

 士道が発したのは、創作ではよく出てくるものの、現実ではそうそう使う機会のない台詞。それをまさかこのタイミングで聞く事になるとは…と一瞬侑理は思ったものの、そんな事を考えている場合ではないと、すぐに意識を目の前へと戻す。

 

「どっちから聞きたい?…と、言いたいところだが…悪いニュースから話すと、伝わらないからな。──中には、十香達がいたよ」

「……!もしかして、もう皆集まってるって事?」

「それは確かに良いニュースでいやがりますね。けど、それなら悪いニュースってのは……」

「状況は分からない。が……どうも童話における色んな悪役に狙われてるみたいでな。多分、襲われるのも時間の問題だ」

 

 皆の発見と、その皆に危機が迫っている事。それは正しく、良いニュースと悪いニュース。童話の悪役達に…というのは具体的な光景が思い浮かばないが、とにかく精霊達が危機に瀕しているのなら、それを見過ごせる訳がない。

 だが、そこで侑理は思い出す。侑理も真那も、今は魔術師(ウィザード)として戦う術がない事を。力もないのに戦いへ首を突っ込むのは、自殺行為どころか周りに迷惑すらもかけ得る事であり……そんな侑理の心境を察したのか、士道は侑理の、更には真那の肩に手を置く。

 

「……大丈夫だ。皆の事は、俺が助ける」

「……っ、でも……!」

「心配すんなって。それよりは、俺の事を信じてくれよ。妹に信じてもらえれば、お兄ちゃんのパワーは何倍にも膨れ上がるんだぜ?」

 

 冗談めかした士道の言葉。それはきっと、言葉通り侑理達に心配掛けまいとする言葉であり……迷いなどない笑みを浮かべる。

 

「──けど…やっぱり俺は、二人が戦えないようにも思えないんだよな。だから、もしかすると……気付いていないだけで、ちゃんと()()()()にも力があると思うぜ。二人の、自分を貫く為の力がな」

『それって……』

 

 含みのある言葉で締め括った士道は、タキシード姿から元の制服姿へと戻り、背を向ける。広げた手に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を顕現させ、扉を開いて中へと踏み出す。

 聞こえてくるのは、喧騒の音。床を蹴り跳んだ士道の姿は、パニックになり逃げ惑う人々の姿に紛れてすぐに見えなくなってしまう。

 

「…侑理。兄様の、言っていた事って……」

 

 分からない、と侑理はゆっくりと首を横に振る。士道が無根拠な発言をしたとは思えない…が、それならばどうして曖昧な表現に留めたのか。ひょっとしたら、侑理達を戦闘から遠ざける為に、わざと不明瞭な言い方をしたのか。

 現実的に考えれば、下手に踏み込むべきではない。自分の身が危なくなるだけならまだしも、もしそのせいで士道の負担となったら、それが士道や精霊達の負傷に繋がってしまったらと思うと、足が竦む。ここで待っている事が、無難な選択肢なのかもしれない。──でも。

 

(それじゃあ…これじゃあ、あの時と同じだ。力がなくて、真那や士道にぃの、皆の力になれなかったあの時と。…また、うちは繰り返すの?あの時と違って、士道にぃは可能性があるように言ってくれたのに……また、力のない自分を嘆くだけでうちは終わるの?)

 

 そんな訳がない。それが、自分の望む『侑理』の姿ではないと、心の中で否定する。それは違うと、心の内ではっきりと言う。

 嗚呼、そう。そうだ。思えば、エレンが侑理を評価してくれたのも、魔術師(ウィザード)としての実力のみを指しての事ではなかった。エレンが真に認めてくれていたのは、それでも強くなりたいという意思であり、その為の努力であり、諦めずに手を伸ばし続ける心だった。そして、侑理は……その在り方を、失ってしまったつもりなどない。

 

「……真那。うちは行くよ。それが……うちだから」

「侑理……」

 

 真那を見つめ、侑理は言い切る。この時点で、確信があった訳ではない。だが、自分の言葉で、はっきりと形にした瞬間…自分の奥底から、何かがじわりと芽生えた気がした。解き放たれた、ような気がした。

 そんな侑理に対し、真那は目を丸くする。それから目を伏せ、ゆっくりと息を吐き……真那もまた、侑理を見つめ返して言う。

 

「……分かりました。だったら…私達らしく、いつも通りにやろうじゃねーですか」

「…いいの?真那。もしかしたら、士道にぃの勘違いって事も……」

「けど、侑理は兄様の言葉を…今の自分を信じているんでしょう?──侑理が信じている。私が信じるのに、それ以上の理由なんてねーです」

 

 とん、と真那は突き出した拳を侑理の胸元へと当たる。それと共に、自信に満ちた笑みを見せる。

 嘗ての侑理ならば、喜びと共に、プレッシャーも感じていたかもしれない。真那まで巻き込む事への不安を感じていた事だろう。されど、今の侑理は違う。今の侑理にあるのは、喜びと…その信頼に応えたいという思いだけ。

 だから侑理は、向かうべき場所へと踏み切る。自分の中で、広がっていく力を感じながら。思いを同じくする、真那と共に。

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