デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第百十七話 それが、人の繋がり

 〈ラタトスク〉機関の有する空中艦であり、実働部隊の基地にして母艦である〈フラクシナス〉は、改変前の世界ではエレンの駆る空中艦に深手を負わされた上、無理して戦いに出た結果反転した折紙にトドメを刺されて、今の世界でも同じく反転した折紙の攻撃から街を守る為に盾となり続けた事で大きく損害を受け、大規模な修理を行う事となった。更にこれ等の事から、〈フラクシナス〉には今よりも強い力が必要だと判断され、修理と並行して大改修が施された。そうして誕生…否、再誕したのが、〈フラクシナスEX(エクス・ケルシオル)〉。〈ラタトスク〉の…侑理達にとっての、新たな力。

 その新生〈フラクシナス〉が、戦場となった〈ラタトスク〉の地下から浮上していく。侑理達を乗せ、六喰のいる宇宙へと…〈ラタトスク〉の理念を果たす為に飛翔する。

 

「…琴里」

「分かってるわ」

 

 艦橋のメインモニタを見やりながら、侑理は司令官である琴里の名を呼ぶ。呼ばれた琴里も、振り返る事なく小さく頷く。

 侑理が呼び掛けた理由は単純明快。メインモニタに映し出される映像内に…〈フラクシナス〉が進む空に、進路を塞ぐような形で一隻の艦が存在している為。当然それは、友軍ではなく…砲口も、こちらを向いている。今はまだ、〈フラクシナス〉が基地からそこまで離れていない…即ち今砲撃をしようものなら、味方が戦闘を行っている基地をも吹き飛ばしてしまう可能性が高いからか、向こうからの攻撃はないが…仕掛けられるのも、時間の問題。

 

「改修されたとはいえ…いや、改修したからこそ、これは〈フラクシナスEX(エクス・ケルシオル)〉と皆さんにとって初陣になる筈です。その出航直後に空中艦が相手ってのは流石にキツいんじゃねーですか?」

「…つまり?」

「ここは私と侑理に任せやがって下さい。私達なら、後からでも追い掛ける事が出来ますし、向こうの魔術師(ウィザード)や〈バンダースナッチ〉対策にさっき言ってた魔力生成阻害(ジャミング)を展開したとしても、私達であればある程度は動ける筈です。少なくとも私は、そういう経験もしてやがりますから」

 

 自分達が、と提案する真那に、侑理は頷く。…侑理はそんな経験をした事がないのだが…真那が大丈夫だと判断したのなら、きっと大丈夫なのだろう。そう信じられるだけの信用と信頼が、真那にはあるのだから。

 そして真那の考えは、決して間違ってはいない筈。だが、その意図を尋ねた琴里は一拍黙り…首を横に振る。

 

「それには及ばないわ。マリア」

 

 呼び掛けに応じる形で、サブモニタに表示される『MARIA』の文字。同時に発されたマリアの声と、琴里は手短に言葉を交わす。今は時間がないという事、行く手を阻む存在…DEMの空中艦を真っ向から相手している場合ではない事を琴里は伝え、マリアは淡々と肯定で返す。そうしてやり取りを締め括るように…琴里は言う。

 

「──一分でケリを付けなさい」

 

 その指示に、普通に考えれば無茶とも思える命令に、マリアはどこか嬉しそうに返答する。続けて琴里は指示を出す。

 

「〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)、一号から一三号まで射出、阻害(ジャミング)モードにて敵随意領域(テリトリー)内に侵入させた後、機雷(マイン)モードに属性変更」

 

 発された指示にクルーが復唱した直後、メインモニタに映し出される前方の空を、複数の『何か』が…恐らくは不可視迷彩(インビジブル)を纏った〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉が飛んでいく。それ等はDEMの空中艦に向かっていくと、艦の周囲が点を打つようにぽつぽつと歪み……数秒後、各所で突然爆発が起こる。

 

「……っ…」

 

 その巨体を大きく傾けながら、爆発箇所から煙を噴きながら高度が落ちていくDEM艦。反射的に、侑理の脚は一歩前に出て…しかし地面に落ちる寸前で、艦は何とか持ち直す。浮上こそ叶わなかったようだが、艦体下部…艦の腹から不時着し、辛うじて轟沈を免れる。

 考えてみれば、当然の事。幾ら随意領域(テリトリー)を通過して直接攻撃したとはいえ、500mクラスの巨大な艦が、そう簡単に致命傷を負う訳がない。本命の戦闘はこの後であるという意味でも、この場は行動不能に留めてこちらの消耗も最低限に抑える、というのは合理的な判断であり…その結果空中での四散爆発や、不時着も叶わず墜落という形にならなかったのだという事に、侑理はほっと胸を撫で下ろした。

 

「所要時間、五二秒です」

「ははぁ、不可視迷彩(インビジブル)で探知を躱し、魔力が構築される随意領域(テリトリー)の壁を、魔力生成阻害(ジャミング)で突破して攻撃した訳でいやがりますか。これはまた、えげつねー攻撃ですね」

「スマートな勝ち方だと言って頂戴。…まあ、知っての通り不可視迷彩(インビジブル)は高速機動には対応出来ないから素早い相手には使えないし、探知されないっていうのもセンサーやレーダーの設定次第では『何かおかしい』って程度には気付かれる可能性があるから、雑に使って勝てるようなものでもないんだけどね」

「だからこそ、出し惜しみせず初手で放った、と。ふっ…これはいつか、琴里さんの指揮する〈フラクシナス〉に挑んでみてーもんです」

「貴女ねぇ…まあいいわ。遅れを取り戻すわよ」

 

 進路を切り拓いた〈フラクシナス〉は、そのまま高度を上げていく。ただ、当然ながら地球は丸く、自転をしている。丁度今六喰はかなり離れた位置にいるらしく、すぐには辿り着けないんだとか。それでもそう長くは掛からず到達するとの事で、それまでの間侑理達は待つ事に。

 

「そうだ士道。一応転送装置の場所を確認しておいて頂戴。今の〈フラクシナス〉ならここからでも外に飛べるけど、念の為、ね」

「ああ、分かった」

 

 こくりと頷き、士道は聞いた場所を確認しに行く。それを侑理は一度見送り……だが少しだけ考えて、その後を追う。

 

「──士道にぃ」

「うん?侑理、どうかしたのか?」

 

 駆け寄り背中に声を掛ければ、士道は振り向き問いで返す。それに侑理は小さく頷き……率直に、尋ねる。

 

「その……さっきは物語の世界の士道にぃと、話してたの?」

「あぁ…。…ちょっと、六喰の事を……な」

 

 やっぱり、と侑理は心の中で呟く。あの時、士道は何か思う事が…悩んでいる事があるような面持ちをしていた。そしてそれが何といえば、真っ先に思い付くのはやはり六喰の件。

 あの時、士道が六喰に言われた言葉を、侑理も覚えている。士道がその言葉を一蹴出来ず、堪えてしまっていたように…侑理もそれを、六喰の主張とでも言うべきものを、受け流す事が出来なかった。…だから侑理は、士道を追い掛けた。だからこそ侑理は……士道へ言う。

 

「…士道にぃ。士道にぃは、士道にぃのやってきた事は…間違ってなんかいないよ」

 

 侑理の言葉に、士道は目を丸くする。…これが、侑理の言いたかった事。士道へ伝えたかった事。六喰に否定されたままでいられるかという、意地。

 

「だって、DEMにはエレンさんがいるんだから。勿論六喰の力の全てを知ってる訳じゃないけど…うちには、六喰がエレンさんに勝てる姿なんて思い浮かばない。負けるかもしれないじゃなくて…まともにやり合えば、きっと勝ち目なんかない」

「それは、俺も……。…いや…エレンの実力を、心から信じてるんだな、侑理は」

「勿論」

 

 当然だ、と侑理は深く頷く。そんな侑理を見ていた士道は、苦笑いを漏らす。一体今のどこに苦笑する要素があるのか、侑理は分からなかったが…まあそれはそれとして、言葉を続ける。

 

「それに、六喰は敵わない場合、逃げれば良いだけ…って言ってたけど、それも正直楽観視してると思う。逃げる前に、逃げるって判断をする前に重傷を負っちゃえばどうしようもないし、地上への攻撃の雑さからして、『孔』の先がどうなってるか、どこに繋がっているかを正確に把握する能力を持っているとは思えない。だからもし、孔の先が太陽とか、ブラックホールとかの近くだったら……」

「孔から出た瞬間に命を落とすかもしれない…って事か」

 

 そういう事、と侑理は再び首肯。六喰は気付いていないのか、気にしてもいないのかは分からないが、侑理からすれば逃げるという手段は、目で見える範囲の様な短距離では意味がなく、かといって遥か遠くに転移しようとすれば大きなリスクを背負う事になるという、決して万全の策とは言えないものとしか思えないのだ。

 

「六喰がどう考えているのかは想像するしかないけど、現状じゃDEMの部隊も士道にぃも難なく退けている以上、武力であれなんであれ、こっちからの接触を取るに足らないものだと軽んじてる可能性は否めない。さっき言った事もそうだけど、六喰には付け入る隙があるんじゃないかって、うちは思う。…まあ、それはうち等にとっても好都合になり得る事だけど」

「かもしれないな。…けど…侑理が言いたいのは、それだけか?」

「え?」

「いや、勘違いだったら悪いんだが…何となく、侑理にはもっと言いたい事があるような気がするんだよ」

 

 士道の返しに、今度は侑理が目を丸くする。…それは、勘違いではない。だからこそ、侑理は驚いた。まさか見抜かれているなんて、と舌を巻いた。これは侑理が分かり易いのか、士道がそういう事を見抜くのに長けているのか…どちらなのかは分からない。だが、今この場において、それは些細な事。大事なのは、士道の言う通り侑理にはまだ言いたい事があるのだ、という事であり…侑理は一つ、深呼吸。吸って、吐いて、士道を見つめて……そして、言う。

 

「──エゴだとか、偽善だとか、自分の対人経験不足を棚に上げて分かったような事言うな!」

「へ……!?」

「……って、六喰に言いたいんだよね、うちは」

 

 ぎょっとした顔をする士道へ向けて、驚いた?…と侑理は肩を竦める。勿論今のはわざとである。わざとではあるが…そう言いたいのは、侑理の本心。

 

「だって、そうだもん。六喰は尤もらしく言ってるし、感情が『封じられて』いるからこそ、理性的で論理的な事を言ってるように聞こえるけど……うちはそれを、微塵も正しいとは思わない。そんな事、あって堪るかって位にはね」

「そ、そうなのか…。…けどやっぱり、俺の言葉も、してきた事も、結局は俺のエゴ──」

「かもね。でもさ、士道にぃ覚えてる?〈フラクシナス〉に収容…っていうか保護されたばかりの頃のうちに、何回も会いに来てくれた事を。うちを気に掛けてくれて、元気付けてくれて…途切れそうだったうちと真那との絆を、士道にぃが結び直してくれた事を」

 

 こくり、と士道は頷く。忘れる訳がない…そんな面持ちで、士道は侑理を見つめ返してくる。

 

「うちは、そうしてもらえて嬉しかった。そんな士道にぃに救われた。もし士道にぃがうちと真那の手を掴んでくれなかったら…うちは真那との時間も未来も、あのまま失っていたかもしれない。士道にぃがしてくれたのは、そういう事で……だけどうちは、自分からそれを求めた訳じゃない。頼んでなんかいない。だからこれも、六喰の言葉を借りるなら、余計な事で、迷惑な偽善になる訳だけど……ふんっ、そんな訳あるもんか。そんな事、うちは絶対に言わせないね」

 

 鼻を鳴らし、腕を組んで侑理は言い切る。半分はパフォーマンスだが、もう半分は六喰への怒りそのものだった。勝手な主張で、確かに救われた自分の事を否定するなという、意思表示だった。

 

「相手が何を考えてるかなんて、普通はその本人にしか分からない。言葉だって、意識的であれ無意識の内であれ、嘘が混じる事なんて幾らでもある。相手の思いに確信を持って接する事が出来る時なんて、殆どない。それが、人ってものでしょ?だけど、だからって…分からないからって遠慮して、当たり障りのない言動しかしないなんて、そんなの寂しいよ。それじゃきっと、心の繋がりなんて築けないし…手を差し伸べる事も、握る事も出来なくなる。うちは、そう思うから」

 

 もしも士道が遠慮をしていたら。求められていないのだからと、踏み込まないようにしていたら。その時はきっと、今し方侑理が語ったように、侑理と真那の未来は失われてしまっていただろう。

 確かに士道の言った事、してきた事は、エゴなのだろう。されど人は誰しも『自分』であって『誰か』ではない為に、一人一人が違う心を持つからこそ、踏み込まなければ表面的な関係にしかなれない。相手の心を知る事も、自分の思いを伝える事も出来はしない。だからといって、自分の主張をただ押し付けるのが正しい訳ではないが……結局のところ、人と人との関係に普遍的な正解などないのだ。だからこそ手探りで、時に歩み寄り、時に受け入れ、ぶつかったり反省したりしながら、関係性を築いていくのだ。それが、コミュニケーション…繋がりというものなのだ。

 

「だから……自信を持って、士道にぃ。六喰との最初の接触は、失敗に終わっちゃったけど…士道にぃのやり方、在り方が間違ってなんかいない事は、うちが知ってるから。うちや真那が、その証明だから。──そうでしょ、真那」

 

 もう一つの、伝えたい事。士道への、肯定と応援。そこまで言い切った侑理は、少しだけ表情を緩めて……背後へと、呼び掛ける。すると後ろから足音が聞こえ…予想通り、曲がり角に隠れていたらしい真那が姿を現した。

 

「……!真那、いつの間に……」

「いや、侑理が何しに行ったのか気になったもんで。それに…兄様の事を案じているのも、侑理だけじゃねーって事です」

 

 喋りながら、真那は侑理の隣まで来る。そこで侑理は、ちらりと一瞬真那と視線を交わらせ…小さく頷く。

 

「侑理の言う通りです。あの時兄様が任せろと言ってくれたから、踏み込んでくれたから、今の真那と侑理がいます。それに……ちょっとばかし、兄様は相手の事を気にし過ぎってもんです。思いやれるのは、兄様の美徳でもありますが…もっと自分を、我を出したっていいんじゃねーかと、真那は思います」

 

 真那は、侑理の様に多くは語らない。先に侑理が色々話したから、というのもあるだろうが…士道を信頼して止まない真那の事だから、これ以上の言葉は必要ないと思ってもいるのだろう。

 そして士道は、侑理の言葉も、真那の言葉も真摯な面持ちで聞いていた。きちんと聞いてくれていた。ならば少しは、侑理達の思いも伝わっている筈。踏み込んだからこそ、届いたものがある筈。…そう、思っていた侑理だったが……

 

「…士道にぃ?」

 

 聞いている間、ずっと真剣な顔をしていた士道。しかし今は、その表情が段々と崩れていく。緩む…とも違う変化をしていく。そうして浮かべられたのは、何とも複雑そうな表情で……侑理達が困惑する中、士道は頬を掻き…言った。

 

「えぇと…俺の事を気に掛けてくれた二人に、こんな事を言うのは悪いんだが…実はもう、俺の中で心は決まってるっていうか……」

『……え?』

 

 若干目を逸らしつつ発された士道の言葉に、侑理も真那もぽかんとなる。一拍の間を経て、士道がどういう事なのかを教えてくれる。

 やはり、士道は最後に物語の世界の『士道』と、六喰について話したらしい。その時士道は、六喰に投げ掛けられた言葉への『答え』を見つけられていない自分に、もう一度彼女の前へ立つ事が出来るのかという不安と、自分がこれまでしてきた事そのものへの憂い…もし自分が霊力封印をしなければ、精霊達は物語の世界に引き摺り込まれ、窮地に陥るような事などなかったのではないかという思いを、『士道』に話したらしい。

 そして、それに対する『士道』の答えはこうだった。心に鍵を掛けた…それは、心に鍵を掛けなければ耐えられない程の何かがあったのではないかと。感情が封印されているから感じないだけで、本当は寂しさも、辛さもあるのではないかと。だからきっと、封印について明かしたのも、六喰からの無意識のSOSなのだろうと『士道』は話し…それから伝えたのだという。士道には、士道の中には、もう既に六喰の心を開く『鍵』がある筈だと。

 

「…それから、こうも言っていたよ。俺が話しているのは、六喰の事ばっかりだって。相手の事を考えるだけじゃ、相手の気持ちに気付けない事もあるって。…『俺』が、俺に気付かせてくれたよ。もう一つの、大事な事を──俺が六喰を、どうしたいのかを」

 

 語る士道は、『士道』とのやり取りを噛み締めているようだった。彼の言葉を受け止め、受け入れ、己が力とする…そんな風に、士道は語っていた。

 

「そ、っか…はは、流石は理想の士道にぃ。説得力があるし、士道にぃの事をよく分かってるし…真那と同じ事に、気付いてもいたんだね」

「封印したから感じないではなく、感じない為に封印した…成る程確かに、それは重要な視点でいやがりますね。…まぁ、それはそれとして……」

「うん、それはそれとして……」

 

『ものすっごい、恥ずい……』

 

 意気揚々と追い掛け、散々自分の考えを語った侑理だったが、実際にはこの通り、完全に『士道』の二番煎じだった。既に『答え』を得ている事を知らず、長々と喋ってしまっていた。知らなかったのだから、仕方ない…そう言って自分を慰める事も出来るが、だとしても恥ずかしいものは恥ずかしかった。

 

「いや、ほんとに悪い…別に隠していた訳じゃないんだが……」

「あ、いや、謝らないで士道にぃ。士道にぃは何も悪くないっていうか、うちと真那が見切り発車してただけの話だし……」

「侑理の言う通りです。それに、一番大事なのは…兄様が、自信を取り戻してくれた事でいやがりますから」

「……ああ、ありがとう二人共。俺の事を、応援してくれる…俺の背中を押してくれる人がいる。それだけで、凄く心強いよ」

 

 士道は自身の胸に手を当て、その手を握る。そんな士道へ向けて、侑理は真那と共ににっと笑う。

 そうして侑理は士道に付いていく形で自身も転送装置のある場所を確認し、三人で艦橋へと戻る。すると、出る前はまだ青かった外の景色が、今や小さな…そして無数の光が存在する、漆黒の世界へと変わっており……遂に宇宙にまで来たのだという事実に、侑理は少し緊張を抱く。

 

「遅かったわね。ほんとに今、呼び出しを掛けるところだったわよ」

「すまん、琴里。それで、状況は……」

 

 問われた琴里は、答える事なく口から抜いたチュッパチャップスをメインモニタへと向ける。そこに映っているのは、進路上にいる存在──六喰の姿。

 

「…………ふむん?」

 

 外部の音声を拾っているのか、艦橋のスピーカーから六喰の声が聞こえてくる。彼女もこちらを認識したのか、じっと視線を向けている。

 

「警告はした筈じゃがのう。……先程の連中とは別口かの?」

 

 先程、というのは映像で接触をした士道の事を指しているのだろう。別口ではなく同組織、士道もここにいる訳だが…六喰にとって〈フラクシナス〉は初見である以上、勘違いをしても不思議ではない。

 しかしだからといって、六喰に温情を掛けるつもりはないらしい。〈封解主(ミカエル)〉の名を呟くと、その手に錫杖の形をした天使が現れ、流れるように架空へと突き刺す。すると次の瞬間、そこを起点に巨大な『扉』が開き、六喰が手を振るえば周囲の宇宙の塵(スペースデブリ)が吸い込まれていく。そして準備が整ったとばかりに六喰がこちらへ目を向けると同時、〈フラクシナス〉の周囲に先の『入り口』に対する『出口』が開き…幾つもの扉から、無数の『弾丸』が殺到した。

 

「……っ!」

 

 反射的に侑理の身体が強張る中、撃ち込まれた大量のデブリは〈フラクシナス〉へ迫り…されど触れる寸前に、その悉くが弾かれる。随意領域(テリトリー)が、攻撃を全て弾き返す。

 転移を利用した、予測困難な攻撃。それ自体も、それにスペースデブリという無数にして大小様々な質量を持つ物体を使う事も六喰にしか出来ない芸当だが、ダメージを与える方法としては結局のところ、単なる物理攻撃でしかない。隕石や人工衛星を丸ごと使うなら別だが、ただのデブリを使う程度であれば、空中艦という巨大な兵器の随意領域(テリトリー)で対処出来るのは当然の事。ただ、それでも身体は反応してしまうもので…艦内よりも、CR-ユニットを纏って自由自在に動く事の出来る前線の方が精神的には楽なのかもしれないと、この時侑理は思った。

 

「さあ、士道、ここからが正念場よ。準備はいい?」

「──ああ」

 

 静かに、しかし力強く頷く士道の姿に、琴里は目を瞬かせ…だがすぐに、それでこそだとばかりに笑みを浮かべる。それから琴里は、作戦概要を説明していく。

 現在六喰へ向けて進んでいる〈フラクシナス〉が更に接近し、随意領域(テリトリー)を拡大する事により、その範囲内に六喰を取り込む。そうすれば士道は生身でも宇宙に出る事が出来る上、会話が可能になる。ある程度の攻撃であれば、随意領域(テリトリー)による防御や、〈フラクシナス〉の方から士道の位置を動かす事で回避出来るという寸法。

 

「真那、侑理、二人はいつでも出られるようにしていて頂戴。周りにあるものを飛ばしてくる位なら、こっちで対処出来るけど、流石に天使で直接攻撃してきた場合はどこまでやれるか分からないわ」

「ん、任せて」

 

 侑理が答え、真那が頷く。すると今度はまず七罪が、次に四糸乃が、更には美九や十香がと精霊達も次々声を上げ、自らも力になるというが、琴里も士道ももしもの時はお願いする、という形の返答に留める。やはり、極力荒事に巻き込みたくはない…というのが二人の意思であるらしい。

 そうして士道は転送装置の前に立ち、琴里は指示を出そうとする。……が。

 

「……!これは……敵です!地球より、DEM艦が三……四隻!」

 

 突如環境内に警告のアラームが鳴り響き、クルーの一人である箕輪が叫ぶ。それと同時に、メインモニタに四隻の艦の姿が映る。

 やはりDEMも、六喰の確保を断念してはいなかったらしい。とはいえ単なる第二陣では、最初の艦隊と同じ結果を迎える筈…と思った直後、侑理は気付く。無骨な外観を持った三隻の艦…その後方に、旗艦の様に位置する四隻目が、大きく違う外見をしている事に。前方三隻より少し小さい…流線型のフォルムで構築され、戦闘用というより儀礼用ではないのかと一瞬思わせるような、白金の艦が宇宙を進んでいる事に。

 

「〈ゲーティア〉……!」

「な……!」

 

 緊張を滲ませる琴里の言葉に、士道が目を見開く。侑理もまた、息を呑む。

 それは、前の世界で〈フラクシナス〉に土を付けた艦の名前。エレンが操る…規格外の、空中艦。

 

「……お誂え向きじゃない。神生〈フラクシナス〉発艦の日に、リベンジマッチが組まれるなんて」

「大丈夫なのか……?」

 

 しかし、琴里の声に緊張は滲んでいても、恐怖や焦りは感じられなかった。そして、対する士道の言葉に答えたのは…マリア。

 

「心配ご無用です。前の私とは違います。思い知らせてあげます。──世界一の空中艦の名を」

「よく言ったわ、マリア。──二重(デュアル)随意領域(テリトリー)を展開して!第一層をポイント六二二まで拡大、属性は空間制御に設定。第二層は防性に設定!戦闘に備えるわよ!」

 

 覇気の籠った琴里の指示を受け、クルー達がコンソールを素早く操作し始める。近くにあるサブモニタを見れば、〈フラクシナス〉を包む円…随意領域(テリトリー)が二つに分かれていく様子が、データで確認出来る。

 

「作戦変更よ。〈フラクシナス〉はこれから〈ゲーティア〉と…向こうの艦隊と対艦戦を行うわ。侑理は火力支援をお願い。そして真那は、六喰に気付かれないように士道の近くまで行って、待機していて頂戴。もし、〈フラクシナス〉の随意領域(テリトリー)を縮小しなければならなくなった場合…或いは士道が範囲外になる程の動きをしなくちゃいけなくなった場合に、すぐに士道を保護出来るように」

「私が兄様の命綱という訳でいやがりますか。なら兄様、大船に乗ったつもりでいて下さい!」

 

 どん、と真那は力強く胸を叩き、頼んだぞと士道は頷く。そして侑理と真那はCR-ユニットを纏い……士道と共に、転送装置の上に立つ。

 これから始まるのは、真空での戦い。侑理と真那は、士道と〈フラクシナス〉を守る為に、士道は六喰に思いを届ける為に、絶対零度の宇宙へと身を踊らせる。同時にこれは、初めての戦場となるが…案外不安は殆どない。これは侑理の中で自分への自信が付いてきたという事なのか、真那の…皆の存在があるからこそなのかは分からなかったが、不安に駆られていないのは良い事。だからこそ侑理は、不安ではなく自らの意思を胸に抱き……宇宙へと、飛び立つ。

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