デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第百十九話 星に墜ちる

 エレンの駆る高速機動艦〈ゲーティア〉との大勝負に入った〈フラクシナスEX(エクス・ケルシオル)〉を支援すべく、侑理は三隻のDEM艦へ向けて狙撃を行っていた。侑理の位置を察知し強襲してきたアルテミシアにはかなり手こずらされたものの、新たなCR-ユニットを纏った折紙とバトンタッチする形で、狙撃に戻る事が出来た。

 とはいえ、アルテミシアと交戦していた時間は数秒や数十秒などではない。当然その間も〈フラクシナス〉とDEM艦隊の戦闘は続いていた訳で、危険な状態になっているかもしれない。そんな不安を抱いていた侑理だったが……状況を把握した時点で、息を呑んでいた。

 

「凄い…これが……」

 

 真空の宇宙を飛び回る、二隻の空中艦。〈フラクシナス〉と〈ゲーティア〉。比喩でもなんでもなく、本当に今、二隻は縦横無尽に駆け巡っている。勿論、魔術師(ウィザード)や精霊程軽やかに、自由自在にという訳ではないが、それでも全長数百メートルという巨体があちらこちらに動き回る、動き回れるというのは、それだけで凄い…どころか、異様だった。

 しかもその上で、両艦共に収束魔力砲を放ち、それを主推進器の向きとは関係ない方向に並行移動して躱すといえ、信じ難い攻撃と回避を行っている。…はっきり言って、〈ゲーティア〉以外のDEM艦は蚊帳の外だった。無論何もしていない訳ではなく、支援砲撃は行っていたが、一対四の戦闘というより、〈フラクシナス〉対〈ゲーティア〉+その他…と言うべき状態だった。それこそ、侑理の支援は必須ではないと思わせる程に。

 

(…でも、これは戦い。一瞬の油断も許されない戦闘。だったら…無意味じゃない)

 

 必須でない事と、必要ない事は違う。もっと言えば、必要ない事と、無意味である事も違う。故に侑理は、狙撃でDEMの艦隊を撃つ。その動きを妨害し、その意識を自身にも向かせる。

 そしてやはり、支援は無意味な行為ではなかった。初めこそ、〈フラクシナス〉と〈ゲーティア〉は互角の戦いを演じているように見えたが、その動きは僅かに〈ゲーティア〉が上回っている。一手や二手では誤差程度の違いにしかならずとも、それが積み重なっていく事で、明確な差に、優劣に変わっていく。

 

「…どうする?最悪…前に、出る?」

 

 侑理は、直接声に出して自問自答する。このままだと近い内に、〈フラクシナス〉が有効打を受けかねない。それを防ぐ手立ての一つとして、侑理が狙撃という後方からの攻撃ではなく、直接の撃ち合いの場に躍り出る事で、状況を変える事を思案する。実際問題、仮に狙撃で三隻を完全に抑え込む事が出来たとしても、恐らく〈フラクシナス〉の不利は変わらない。激しく飛び回っているせいで、〈ゲーティア〉を狙い撃つ事も今は出来ない。

 されど、前に出れば流れを変えられるかといえば、そんな保証はどこにもない。通常の空中艦ならまだしも、エレンの〈ゲーティア〉が相手では、侑理の攻撃など容易く防がれて終わる可能性も十分にある。何より下手に前に出れば位置を正確に捕捉され、以降の狙撃が出来なくなるリスクも否めない……そんな、迷いを抱いている時だった。これまでは〈フラクシナス〉の砲撃を余裕を持って躱していた〈ゲーティア〉が、紙一重での回避を行ったのは。

 通常それは、何らかのミス、或いは〈フラクシナス〉側が後一歩のところまで迫った結果と考えるべきもの。だが違う。エレンがそんな簡単に、肉薄を許す筈がない。故にこれは、「そうなってしまった」ではなく、意図的に「そうした」という事。そして、侑理の予想が正しかったと示すように、寸前で躱した〈ゲーティア〉は、未だ放たれている収束魔力砲の奔流の上を滑るようにして、一気に〈フラクシナス〉へと突進する。それと共に、自らも収束した魔力の光を輝かせる。

 

「──っ!琴里!皆ッ!」

 

 思わず侑理が身を潜めていたスペースデブリから身を乗り出す中、〈フラクシナス〉と〈ゲーティア〉、両者の随意領域(テリトリー)が衝突し、干渉し合い、互いに大きく減衰する。どちらも防御能力が大きく削がれ…しかし〈フラクシナス〉は砲撃直後なのに対し、〈ゲーティア〉は今正に撃たんとしている状態。

 どう見ても王手、絶体絶命。そんな状況を前に、自分にはどうする事も出来ないと分かっていても尚、侑理は叫びながら飛び出し……

 

「……え?」

 

 その、次の瞬間だった。〈ゲーティア〉から収束魔力砲が放たれるのとほぼ同時に、〈フラクシナス〉の姿が消えたのは。

──否、この表現は間違っている。〈フラクシナス〉は、決して消えた訳でもなければ、実のところ侑理も分かっている。何せ、見えていたのだから。突如、〈フラクシナス〉の艦体が銀色に煌めき……超高速移動としか言いようがない動きで、砲撃を回避し〈ゲーティア〉の後方へ回り込む一部始終が。ただ…見えていても、一瞬理解出来なかったのだ。その動きが、あまりに予想外過ぎて。あり得なくて。

 

「……っ…!」

 

 更にその直後、〈フラクシナス〉は収束魔力砲を放つ。通常であれば、ここまで再発射までの時間が短い訳がないのだが…何か絡繰りがあるのだろう。とにかく砲撃を叩き込み……完全に後方を取られた〈ゲーティア〉へと、魔力の一撃が直撃する。まだ随意領域(テリトリー)は完全復活していなかったようで、〈ゲーティア〉はその防御を貫かれ、直撃箇所の装甲が吹き飛ぶ。

 機体各部が可変、展開し、そこから銀の炎が如き光を放ちながら、翔ぶ〈フラクシナス〉。慌てたように撃ち込まれるDEM艦隊からの砲撃を、凄まじい勢いで躱したかと思えば、再度収束魔力砲の光を見せる。対する〈ゲーティア〉は立て直しを図っていたが、被弾によるダメージと、一度貫かれた随意領域(テリトリー)の再展開にリソースを取られている為か、その動きは明らかに精彩を欠いており……二度目の直撃が、純白の艦を大きく揺らす。黒煙を上げながら、〈ゲーティア〉が──エレンが、地球の重力に引かれて墜ちていく。

 

「エレン、さん……」

 

 自分でも気付かぬ内に、侑理は呟く。これが、最善の結果。目的を果たす為に、必要であった事は分かっている。それでも侑理は…その光景が、切なかった。

 

「……っ、気を抜くなうち。まだ戦闘が終わった訳じゃない。それなのに、こんなところに突っ立ってるなんて……」

 

 侑理は自身をを叱責し、次の動きを考える。最高戦力が退けられたとはいえ、まだDEMの空中艦三隻は健在。〈ゲーティア〉がいないのなら、一対三でも〈フラクシナス〉は何とか出来そうな気もするが…ギリギリまで温存していた事からして、今の〈フラクシナス〉の状態は、コスト、リスク、デメリット…その辺りに問題があり、おいそれとは使えない奥の手である可能性が高い。となると、それの使用後とも言える今は戦闘能力が低下しているかもしれない。

 であればやはり、支援の狙撃は必要になる。…そう、思った時だった。突如、DEM艦隊の後方に巨大な『扉』が開き、多数の鉄塊が艦隊へと殺到したのは。

 

「……!これは……!」

 

 反射的に、侑理は振り返る。今のは間違いなく、六喰の天使の力によるもの。飛んできたのは、残骸ではなく〈バンダースナッチ〉そのもの。

 それの意図は分かる。DEMは〈バンダースナッチ〉部隊を六喰へ向けて出撃させていたのだから。六喰からすれば外敵に手心を加える理由などなく、尖兵を文字通り送り返したというだけの事。だがDEM艦隊は、これまで六喰からの反撃を受けていなかった。恐らく士道からは接触を受け、十香も参戦し、更に〈バンダースナッチ〉も襲ってくるという状況では、流石に迫ってくる相手の対処は出来ても、空中艦へのお返しまでは手が回っていなかったのだろう。

 それが何故、今になって発生したのか。……これも何となく、侑理には予想が付いた。想像でしかないが…今、DEM側はパニックになっているのだろう。絶対的存在であるエレンがやられ、エレンを墜とした〈フラクシナス〉は健在で、しかも自分達に先立つ形で六喰を狙った艦隊は全滅させられている…そんな状況で、落ち着いていられる訳がない。侑理とて、エレンが負けた事に対して動揺しているのであり…パニックになっているのであれば、〈バンダースナッチ〉部隊への指示が、操作が止まってしまっていたとしてもおかしくない。そして止まった〈バンダースナッチ〉を、これ幸いと六喰は飛ばしてきた…そういう事であれば、納得がいく。

 

「…………」

 

 叩き込まれた〈バンダースナッチ〉は全て機能停止しただの鉄塊になっているようで、三隻のDEM艦の随意領域(テリトリー)が破られた様子はない。だがそれは、DEMにとって何も安堵出来る事ではなかった。何せ、六喰からの反撃はその一度に留まらず、次々と放たれてくるのだから。

 鉄塊、残骸、スペースデブリ。果ては六喰自身が放ったのであろう霊力の光線に、十香のものと思われる飛ぶ斬撃すらも、開かれた扉から艦隊に向けて殺到する。DEMとは敵対関係にある十香の攻撃すら混ざっているのは、十中八九六喰はこちらの関係など知らない…それどころか、興味すらも持っていない為。〈フラクシナス〉よりも優先的に狙われているのも、恐らくは単に動きの差から狙い易い…即ち一番排除が楽な相手だと判断されたから。

 

(…当然、だよね。六喰は襲われた側で、DEMに正当性がある訳でもないんだから。六喰からすれば、懲りずにやってきたとしか思えないんだから)

 

 これは、仕方のない事。本当に、なるべくしてなった事。無論、DEMとて全員が全員同じ思考である筈がなく、あくまで仕事だと割り切っている者や、嘗ての侑理や真那の様に真実を知らされていない者もいるのだろう。しかしそれも、六喰には関係のない事。所詮は『敵』の都合であり、襲われた六喰からすれば、考慮しなければならない道理などない。

…分かっている。そういう事なのだと、侑理も頭の中では理解している。建前はともかく、実情においてDEMに正義と呼べるものがないのは間違いない事。

 

「……でも」

 

 いつの間にか、強く強く握り締めていた拳。それを解き、侑理はゆっくりと息を吐く。自分の中の迷いを、躊躇いを、もやもやしたものを全て吐き出すように。そして、それから息を吸い……顔を、上げる。

 

「…琴里、聞こえる?」

「ええ、聞こえているわ。ここまで支援ありがと、侑理。ここからは……」

「ごめん、琴里。うち、今からちょっと──勝手な事する」

「へ?ちょ、ちょっと?」

 

 一旦は閉じていた回線を開き、琴里と言葉を交わす。必要な事だけを伝え、すぐにまた回線を閉じる。

 スラスターを駆動させ、宇宙を駆ける。向かう先は、今も攻撃を受けているDEM艦隊。一直線に、推力最大で向かっていき……艦隊へ向けて、通信を飛ばす。

 

「こちら、アデプタス……、──ッ、元アデプタス8!援護します!早くアデプタス1との合流及び後退を!繰り返します、早く合流と後退を!」

 

 声を乗せたのは、侑理が知るDEMの通信回線。普通に考えれば、傍受対策として侑理がDEMにいた頃とはもう別の周波数となっているのだろうが、過去のデータから気付いてくれる事に懸けて、何度も言葉を繰り返す。それと共に、DEM艦隊を飛び越える(宇宙では上下左右が存在しない為、あくまで侑理視点では、だが)形でその後方へと飛び込み、下半身を投げ出すような姿勢を取る事でメインスラスターを前に向ける。それにより、一気に減速を掛け……両腕の火器に充填していた魔力を、同時に解放。魔力の弾幕を形成し──DEM艦隊を狙う攻撃を、片っ端から撃ち抜き砕く。

 

「はぁぁぁぁああああッ!」

 

 生成した魔力を即座に左右の火器へと回し、射撃を、迎撃を続ける。薙ぎ払うように撃ちまくる。叫ぶのは、自分の中の力を引き摺り出す為。同時にスラスターを細かく操作し、弾幕で六喰の反撃を薙ぎ払う。

 開かれた扉は一つじゃない。それぞれの艦を狙う形で、複数の扉が開いている。だから侑理は正面の扉からの攻撃が止むと同時に、その場を離れる。別の艦が攻撃されているのを視認し、そちらへ向けて飛びながら撃つ。

 

「まだ、まだぁぁッ!」

 

 一点集中で『静』を求められた先程までの狙撃とは対極の、飛び回り撃ちまくる『動』を求められる乱れ撃ち。しかもそれを狙撃やアルテミシアとの戦闘を経た上で行う負荷は、並大抵のものではない。

 だがこれが、今の侑理に出来る最善。今の侑理に選択出来る、映像で見たDEM艦隊と同じ結末を起こさない為の唯一の手段。

 

(お願い、伝わって…信じて……!)

 

 乱射と移動を繰り返す中、温存していたのであろう〈バンダースナッチ〉が出撃してくる。侑理を包囲するように展開していく。

 これもまた、当然の事。今は〈ラタトスク〉の側に付いている、つい先程までは狙撃による攻撃を行っていた相手の言葉が、すんなり通る筈もない。しかし、だからといって侑理は行動を変えたりしない。元より次々放たれる攻撃から密集している訳でもない三隻を守ろうとしている時点でそれ以外へと回すリソースなどは殆どなく、その上で防衛を諦めるつもりはない。それは、譲れない。

 そして侑理は、今迎撃を撃ち込んでいる正面以外を囲まれる。ここから一斉掃射を受ければ、もうどうしようもない。それでも侑理は退かず、逃げず、迎撃をし続け……次の瞬間、〈バンダースナッチ〉のレイザーカノンが光線を放った。──艦隊へと迫り来る、多数のスペースデブリへ向けて。

 

「……っ!…皆……」

 

 展開した〈バンダースナッチ〉の半数はそのまま迎撃を行い、残りの半数はそれぞれの母艦へと戻っていく。直掩を担うように、艦周辺を飛行する。それと共に、三隻の空中艦も回頭し、離脱への進路を取り始める。

 湧き上がるのは、熱い思い。撃たれなくて良かったという安堵と…それ以上の気持ちが、込み上げてくる。

 

(これなら、後は……)

 

 侑理の通信と行動が、冷静さを取り戻す切っ掛けとなったのかどうかは分からない。されど確かに、今のDEM艦隊は組織だった動きが取れている。その状態であれば、六喰からの大雑把な反撃を侑理なしでも凌げる可能性は十分にある。

 故に、ここから必要なのは、艦隊が無事に離脱する事。今以上の攻撃を受けない事。だからこそ侑理は、射撃を止め、再び大きく深呼吸し、振り返る。そして神経を研ぎ澄まし、目一杯の魔力を〈オルムスファング〉へと充填し、狙いを定めて──士道と十香、それに六喰がいる宙域へと、全力の一撃を放つ。

 

『侑理!?』

 

 ヘッドセットから聞こえてくる、真那と士道の愕然としたような声。魔力で視力を強化出来る真那はともかく、士道までも侑理の姿を見えているとは思えないが…今この場に超長距離からの狙撃が出来る魔術師(ウィザード)は、侑理しかいないと思ったのだろう。

 

「…士道にぃ。いきなりごめん。でも……うちがこれから言う事を、六喰へと伝えてもらえる?」

「な、何を……」

 

 静かに、心を落ち着かせ、侑理は士道へと頼む。そして、一拍の間を置き……はっきりと、言う。

 

「貴女の反撃は、正統なものだ。だけど今はもう、DEMの艦隊に貴女を攻撃する意思はない。だからもし、それでも尚、DEMに攻撃を続けると言うのなら──今度はうちが、お前を墜とす」

 

 一方的な主張と要求。そんな事は、百も承知。その上で、侑理は言った。脅しではなく、駆け引きでもなく……本気の宣言として、言い切った。

 それに対する、士道からの返答はない。六喰から伝言が返ってきた…などという事もない。ただ、侑理が言い切り、再度魔力を充填し始めてから数十秒後……DEM艦隊周辺に開いていた扉は、宇宙へ溶けていくように消滅した。

 侑理の言葉に、六喰が恐れをなした…などという事はないだろう。恐らくは、士道や十香達とまだ交戦状態である以上、ただ逃げるだけの敵なら一旦は放っておいてもいいと考えたか…或いは士道が、侑理の言葉を必死に六喰へと訴えてくれたか。何れにせよ、これで良い。もう艦隊が攻撃されないのなら……それで、良い。

 

(……漸く、はっきりした。やっぱり、うちは……)

 

 構えていた〈オルムスファング〉を降ろし、振り返る。六喰からの攻撃がなくなった事で、三隻の空中艦は〈バンダースナッチ〉を帰投させ、大気圏へと突入していく。そんなDEMの艦隊を、侑理は一人見送る。

 これまでずっと、心の中に抱いていた思い。DEMへ対する疑念と不信感……そして、その上でも心に残った、エレンや第二執行部の面々を、DEMを信じたいという気持ち。それは今も、揺らぐ事なく……だからこそ侑理は、自らの中で一つの決断を下した。

 

 

*

 

 

「全く…貴女まで勝手な行動をされちゃ困るのよ。真那一人だって大変なのに」

「あはは……ごめん、琴里」

 

 DEM艦隊が完全に離脱したのを確認したところで、侑理は士道の近くへと向かう〈フラクシナス〉へと追従し、通信を掛けた。大方見えてはいたのだろうが、自身が何をしていたのかを伝え……その結果、返ってきたのは深い深い呆れ声。

 

「…まあ、いいわ。侑理の行動がなければ向こうはまだ撤退しなかったかもしれないし、もしヤケを起こされでもしたら、万が一の事が起こっていた可能性も多少はあるもの」

「そう言ってもらえると助かるよ。……で、士道にぃ達と、折紙さんの方は?」

「折紙の方は、向こうの魔術師(ウィザード)…アルテミシアと睨み合いの状態よ。士道は……」

 

 一先ず艦隊の方は何とかなったとはいえ、まだ戦いは終わっていない。そもそも倒す事、勝つ事を目的とはしていない士道達の方はともかく、もしまだアルテミシアが撤退していないのなら、状況を確認した後すぐさま折紙の支援に……そう、思った時だった。

 

「……これは…」

「令音?どうかしたの?」

「……朗報だよ、琴里。六喰の感情値に、変動が生じた」

『……!』

 

 聞こえた言葉に、侑理は目を見開く。感情値の変動…それは即ち、何かしら心の動きがあったという事。つまり──士道が、六喰の心に施された封印を解いたという事。

 勿論それは、ゴールではない。封印の為に好感を抱いてもらい、その状態でキスをするという『攻略』における、スタート地点に立てたに過ぎない。だが同時に、そこに立てるかどうかも怪しかった、遥か彼方に思えていたスタート地点に、確かに到達したのだという事もまた事実。初めは不可能だとすら思えた壁を突破出来た事、士道が突破したという事に、強い興奮が湧き上がり……

 

「六喰ッ!!」

 

 〈フラクシナス〉と繋いでいる通信。その通信越しに、〈フラクシナス〉内部のスピーカーから聞こえる形で…士道の絶叫が、耳に響いた。

 弾かれるように、士道のいる方向を振り向く。振り向いた侑理の目に、一条の魔力の光が……六喰を狙う、魔力砲の一撃が映る。

 遠くから見れば、ただの線。されど遠くからでも見える以上、それが相当な威力を…精霊の霊装越しでも十分なダメージを与え得るものである事は間違いない。そして今、この場で魔力攻撃を用いて六喰を狙う者など、一人しかいない。

 

(間に、合わない……ッ!)

 

 六喰へ迫る光へ向けて、侑理の身体は動こうとしていた。だが侑理の頭は、間に合う訳などない事を理解していた。どう考えても、間に合わない。侑理の身体が加速に乗ろうとする時点で、直撃している事は確実。

 よりにもよって、魔力の光芒…侑理が六喰へと発した『警告』と同じ系統の攻撃が、漸く心の鍵が開いた六喰を貫かんとしている。それが侑理には、あまりにも皮肉めいたものに見えていて…しかしどう思おうと、目の前で起こる事は変わらない。ただ放たれた光芒が、霊装ごと六喰を貫く……そう、侑理は思っていた。恐らく誰もが思っていた。──側にいた士道が、六喰を守るように抱き抱えるまでは。

 

『士道(にぃ)!?』

 

 その瞬間、侑理の声が、琴里と…〈フラクシナス〉に残っていた精霊達の声と重なる。六喰を抱き抱えた士道の背中側には、氷の盾が……〈氷結傀儡(サドキエル)〉による防御が出現するも、咄嗟の展開で十分な状態ではなかったのか、盾は魔力の一撃に貫かれる。そのまま光が、士道の背へと喰らい付く。

 そして、それだけでは終わらない。吹き飛ばされた士道と、その士道に抱えられたままの六喰を追撃するように、再び魔力の光が輝き……直後、二つの声が響く。

 

「それ以上……ッ!」

「させる訳ねーでしょうがッ!」

 

 それは、真那と折紙の声。二つの声と共に、〈ヴァナルガンド〉の魔力砲と、〈絶滅天使(メタトロン)〉のものと思われる霊力の砲撃が十字砲火を展開する。勿論、侑理もただ見ている訳ではない。十字砲火に晒された魔術師(ウィザード)、アルテミシアが回避した先へと、〈オルムスファング〉で追撃を放つ。さしものアルテミシアも三人掛かり…それも自身に匹敵する実力者の真那に加えて侑理と折紙も相手取るとなれば勝ち目はないと思ったのか、一転して離脱の動きを見せる……が、安堵など微塵も出来ない。

 

「真那!士道にぃをッ!」

 

 アルテミシアが抜け目ない女性である事は先の交戦で分かっているからこそ、反転からの再攻撃を封じるべく侑理は長距離射撃を続ける。折紙もまた〈絶滅天使(メタトロン)〉を操り、侑理に合わせて砲撃を放つ。その彼女は今、先程の装備…〈ブリュンヒルデ〉の上から、更に限定霊装を纏った、魔術師(ウィザード)と精霊の融合と言うべき装いをしていたのだが、今はそれについて訊いていられる状況でもない。

 砲撃を受け、六喰を庇った士道は〈フラクシナス〉の随意領域(テリトリー)外へと吹き飛ばされていた。しかもあろう事か、士道と士道に抱き抱えられた六喰の身体は、地球の重力に引かれ落ち始めていた。その士道達を助けるべく、真那が後を追ってはいるが、ここまでの戦闘で発生した兵器の残骸も次々と引き摺り込まれている為に、それ等が障害物となって急ぐ真那の進路を阻む。

 そこに悪意はない。敵意も、害意も、そもそも一切の意思がない。純粋で、単純な…故に対話など通用しない、自然の力。物理法則。それが暴威となって、士道と六喰を包み込み……二人は地球へ、大気圏内へと落ちていった。

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