デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第十二話 日本の魔術師(ウィザード)

 陸上自衛隊天宮駐屯地。極東の地日本でも有数の空間震発生率を記録している…即ち精霊の出現率が他の地域、ひいては他国よりも極めて高いこの地を守る、対精霊部隊。それが侑理の、第二執行部所属魔術師(ウィザード)十名の出向先だった。

 ここは真那の出向先でもあり、DEMやSSSの絡んだある事件の地ともなった場所でもあり、悪名高い〈ホワイト・リコリス〉が配備された基地でもある。更に言えば、暫く前にDEMの業務取締役社長であるウェストコットが、エレンを連れ立って直接訪れた事もあるという、恐らく日本各地の自衛隊基地、各ASTの拠点の中でも最もDEMとの関わりが大きい、ある意味で侑理達『第三戦闘分隊』にはぴったりの配属先。…の、筈なのだが──。

 

「貴女の命令に従えば、精霊は倒せるのかしラ?」

「…なんですって?」

 

 ピリついた雰囲気、剣呑な空気感。ここが自衛隊…武力の運用を前提とした組織の基地である事を差し引いても、明らかに物々しいと言える状況。その空気の中で、侑理は内心頭を抱えていた。

 前方で行われているのは、第三戦闘分隊…ASTへの出向における、便宜的な部隊の隊長となったジェシカと、この基地所属のASTの隊長による言い争い。とはいえ互いにヒートアップしているという訳ではなく、嘲笑するジェシカと、ジェシカの指摘に歯噛みしつつも不愉快そうな表情を見せるASTの隊長という構図であり、途中からジェシカの意識は隊長の隣にいた隊員、侑理よりは歳上に見える少女へと移る。そして彼女にもジェシカが嘲りの言葉をぶつければ、同僚達はそれに同調するようなやり取りを交わす。

 

(何でこうなるの…いやまぁ、皆ちょっと…ちょっと?…アレな性格をしてるとは前々から思ってたし、うちもこれまで散々弄られてきた訳だけど…なんでこんな、初手から悪印象を煽ろうとするの……)

 

 日本への出向は予想外も予想外だったが、仕事で日本に…行方不明になった真那がいた地へ来られるのは非常に好都合。最初の顔合わせが済んだら、早速ここの人達に真那の事を訊こう…と思っていた侑理にとって、この流れは最悪以外の何物でもない。加えて日本人の血も流れる侑理からすれば、同じ日本人であるASTの面々が嘲笑されるという状況も、全く以って嬉しくない。また、初めは「DEMとの関わりが多いここなら、うち等をすんなり受け入れてくれるかも?」…と期待していた侑理だったが、実際には今回の出向含め、DEMに振り回されているというのが実情であり、そもそもDEMの部隊を受け入れる土壌としては、良いどころかむしろかなり悪い方なのであった。

 とはいえ、現状を悲観しているだけでは何も始まらない。それどころかこのままでは更に悪化し、真那について訊けなくなってしまうのも必至。それは絶対に避けなくては、と侑理は意を決し、おずおずとだが声を上げる。上げる…の、だが……。

 

「あ、あのー…ちょっとうちから質問を──」

 

 質問しても?…と言おうとしたその瞬間、室内に鳴り響く警報。まだこの基地に来たばかりの侑理には何を意味する警報なのかは分からなかったが、非常事態である事自体は考えるまでもない。そしてASTの面々のやり取りを見て、これが精霊の現界を意味するのだと理解する。

 

(タイミングが悪過ぎる……)

 

 折角意を決したのに、何故今なのか。今日は厄日なのか。そう心の中で嘆く侑理だったが、起こってしまったのだからもう仕方ない。ASTの隊長との会話でジェシカも、自分達も出撃すると決まった為に、侑理は気持ちを切り替える。

 すぐさま駆けていくASTの隊員とは対照的に、ジェシカや同僚達はゆったりした様子。そのままの調子で全員廊下に出たところで、先頭のジェシカはくるりと振り向く。

 

「さぁ、仕事の時間ヨ。連戦連敗の実力、まずは見せてもらうとしましョ」

 

 何とも性格の悪いジェシカの言い方と、それを聞いて笑う同僚達という、居心地悪い事この上ない空間。だがそんな彼女達も、侑理からすれば信を置く仲間な訳で…これからの生活を思うと、胃が痛くなる侑理であった。

 

 

 

 

 空間震発生地点から少し離れた場所にあるアリーナ。その内部が、精霊とAST、それに侑理達出向組の戦場となった。…というか、戦場にした。天井をぶち壊して、中に突入したのである。

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 先程隊長といた、何でも例の〈ホワイト・リコリス〉を使用したというASTの少女が、レイザーブレイドを用いて精霊へと斬り掛かる。ステップを踏むようにして躱す精霊に対し、踏み込み連続で斬撃を仕掛ける。それに合わせる形で、展開した他のAST隊員も射撃を行い…侑理達第三戦闘分隊は、その後方で精霊とASTの交戦を見ていた。

 

(…これが、日本の対精霊部隊…悪くはないけど、確かにこれは……)

 

 別段侑理達は、やる気がない訳ではない。だがまだASTとは会ったばかりな以上、下手に動けば互いが互いの邪魔になり、足を引っ張り合う形になってしまいかねない。それを避ける為の様子見だったのだが…この時侑理はこう思っていた。…確かにこれでは、精霊を倒すには至らないだろう、と。

 無論、ASTのレベルが低い訳ではない。イギリスの対精霊部隊であるSSSの他にも、他国の対精霊部隊を侑理も多少は見た事があり、それ等と比較しても特別劣っているようには見えない。しかしDEM本社…魔術師(ウィザード)の本家本元に所属し、ナンバーとしては下位とはいえ、その中でも精鋭と言って差し支えない第二執行部に籍を置く侑理からすれば、天宮駐屯地のASTは精霊を狩るには流石に力不足だと言わざるを得なかったのである。

 

「まともに狙う事も出来てない…って訳じゃないみたいだけど…」

「まあ、ちょーっと面倒そうよねぇ」

 

 高みの見物状態の同僚達、そのやり取りが聞こえてくる。それは自身に向けられた言葉ではなかったが、侑理はそのやり取りに小さく頷く。

 攻めあぐねる、精霊の妙な動きに翻弄されるASTだが、何もAST側の技量や戦術だけが問題という訳ではない。天使の力か霊装の力かは分からないものの、ASTの攻撃は精霊に届く直前で見えない壁の様なものに阻まれ、どれも通らずにいた。避けられる、打ち払われる等なら能力が足りていないとも言える…が、攻撃が通らないとなると、装備の性能も関わってくる。

 だが、能力にしろ性能にしろ、戦場で足りないと言ったところでどうにもならない。通用しない攻撃を繰り返しても、無駄な消費をするだけ。そして「生半可な攻撃は不可視の壁に阻まれるだけ」という判断をジェシカもしたようで、更に言えばジェシカにとってここは「大した興味もない異国の地」だからなのか、一時撤退の判断を下そうとし…されど数秒後、彼女が発したのは全く別の指示だった。

 

「アデプタス3より各員ヘ。捕獲対象と思しき人物を発見。これより無力化及び捕獲に入るワ」

(捕獲対象…それって……)

 

 その通信で思い出すのは、出向前…一番最初の任務通達の際にジェシカが言った、自分達の真の目的の事。精霊〈プリンセス〉…と思われる存在と、ある少年の捕獲。今ジェシカが言ったのは、そのどちらかを発見したという事で…侑理のいる位置からはよく見えなかったものの、確かにジェシカが向かう先には人影らしきものがあった。

 思うところはあるものの、任務は任務。ジェシカの邪魔をされないよう、自分は目の前の精霊に集中しなくては…そう思っていた侑理だったが、次の瞬間想定外の事態が起こる。

 

「へ…!?あ、あの人何を…!?」

 

 つい数瞬前まで、精霊へ積極的な攻撃を仕掛けていた魔術師(ウィザード)が、何を思ったかジェシカと人影の間に割って入り、ジェシカの振るったスタンロッドをレイザーブレイドで受け止める。内容は聞こえないものの両者は言葉を交わし、更に数度互いの武器をぶつけ合う。

 突然交戦中の精霊とは無関係の行動をしたのだから、AST側の彼女が困惑するのは当然の事。だがそれを真っ向から邪魔するというのは、予想外が過ぎるというもの。更に彼女…誰よりも近くで、誰よりも激しく仕掛ける事によって精霊の注意を引いていた存在が抜けた事で、AST全体としても動きに乱れが生じ、元々良くなかった戦況が更に悪い方へと流れてしまう。

 

「……っ…アデプタス8、ASTの援護に入ります…!」

 

 ここまでは同僚達と同様傍観に徹していた侑理だったが、こうなってしまえば流石に我慢出来ずスラスターを吹かす。下手に動けば邪魔になるが、それを気にして戦況の悪化を見逃すのでは本末転倒。参戦する事だけを同僚達に通信で伝え、すぐさま侑理は前に出る。

 まずは精霊が向いている先へとレイザーカノンの射撃を一発。その一撃で注意を引きつつ、続けざまにガトリングガンの連射を浴びせる。

 

「乗ってきた…なら、これで……今…ッ!」

 

 ASTの攻撃同様、ガトリングの攻撃も精霊には当たる直前で阻まれる。対する精霊は侑理の存在をはっきりと認識したようで、ガトリングの連射を難なく阻みつつも舞うように侑理の方へと迫ってくる。攻撃の通用しない相手に迫られるというのは、普通に考えて恐ろしいものだが…侑理からすれば、それはむしろ好都合。細かくスラスターを動かす事で位置取りを調整しつつ連射を続け…ここだ、と思ったタイミングでカノンを振り上げ再び発射。最初の一撃とは違う、十分に魔力を溜めた一射を精霊に向けて叩き込む。

 精霊はこれまでの攻撃を全て防げていたからか、避ける素振りなど皆無。これまで通りに躊躇う事なく魔力の光芒もそのままに受け…次の瞬間、初めて精霊が姿勢を崩す。

 

(よし、〈メリーラム〉なら可能性はある…!後は……)

「やーん!今のアプローチはここまでで一番熱烈でしたぁー!求められるのは嬉しいですけど、そんなに熱い気持ちを向けられちゃったら困っちゃいます〜!」

「うぇっ、えぇ!?」

 

 上手くいったからといって、その場に留まるのは愚の骨頂。即座に侑理は距離を取りつつ、魔力の再充填を開始する。そして次の攻撃への筋道を、頭の中で組み立て始めた侑理だったが…次の瞬間、精霊の様子が豹変する。これまでは意図の読めない…後方から見ていた事もあって、何をしようとしているのか分からなかった精霊が、突然歓喜の声を上げる。

 

「さっきの方も素敵でしたけど、貴女も良いです、可愛いです〜!貴女のお顔、もっと近くで見せて下さいー!」

(突然何を言ってるの…!?こ、これが…これが〈ディーヴァ〉…!?)

 

 ここが戦場である事を忘れてしまいそうな程の嬉々とした様子に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった侑理。すぐさま気持ちを引き締めようとはしたが、そこで更に精霊は…まるで光を編んで作ったかのような、豪奢なドレスが如き霊装を纏った、〈ディーヴァ〉の識別名を持つ存在は喜びの表情を浮かべて一直線に飛び込んでくる。これまでとはまるで違う動きに、再び侑理は面食らい…しかし驚きながらも、しっかりと逃げる。逃げつつも引き付け、再度レイザーカノンを撃ち込む。

 

随意領域(テリトリー)…とも、違う…この防御は、一体……」

 

 二度、三度の魔力の光芒を浴びせるが、中々突破には至らない。されど〈ディーヴァ〉も流石にこのままでは不味いと思ったのか、カノンの攻撃を避け始める。

 不可視の壁で真っ先に思い付くのは随意領域(テリトリー)だが、侑理自身の肌感覚がそれは違うと伝えてくる。ならば何か、天使の力か、それとも霊装の力か…撃ちながら、飛びながら考える侑理だったが、判断するにはまだ情報が少な過ぎた。

 

(…にしても、この動き…〈ディーヴァ〉は戦い慣れていない…?)

 

 その内に気付いたのは、〈ディーヴァ〉の動きの甘さ。回避する上での無駄が多く、先を見据えた位置取りをしているようにも見えないその立ち回りは、明らかに素人のそれ。情報では、過去に一度しか現界していない…殆ど姿を現した事がない精霊だというし、戦闘慣れしていないのは確定と見て良いかもしれない。ならばそれを突くような形で……そう思った次の瞬間、下方から放たれた無数の弾丸が〈ディーヴァ〉を襲う。

 

「きゃん!…あー、戻ってきてくれたんですね〜。嬉しいです〜!」

「貴女は……」

 

 魔力を込められた弾丸が悉く弾かれた直後、煌めくレイザーブレイドの刃と共に、少女が〈ディーヴァ〉へ肉薄する。その強襲に〈ディーヴァ〉は手を叩き、侑理は目を見開く。

 彼女は、ASTの中で尤も積極的に仕掛けていた…即ち、ジェシカの行動へ横槍を入れた魔術師(ウィザード)だった。その彼女が何故…と一瞬困惑した侑理だったが、直後にジェシカから捕獲対象に逃げられたという通信が入り、それによって状況を理解。そして、最初よりも近い距離で彼女の動きを見た事で、侑理の心は決まる。

 

「アテプタス8より、ASTの魔術師(ウィザード)さんへ!支援します!挟撃を!」

「…貴女は……。…了解…!」

 

 大きく〈ディーヴァ〉を迂回するような形でそのAST隊員へと近寄り、協力を求める。ジェシカとの件もあってか、当然彼女は一瞬困惑したような表情を見せ…しかし次の瞬間には、侑理へ了承を示してくれる。その判断、決断の速さは侑理が想像していた以上であり…頼もしい。そんな思いを抱きながら、彼女と分かれて侑理も動く。

 

「削り取る…ッ!」

「攻め込む…ッ!」

 

 左右に分かれ、鋭く旋回しながらそれぞれに手にしたガトリングを連射。どう動くか、どちらに対応するべきかという〈ディーヴァ〉の迷いを侑理は見逃さず、レイザーカノンも同時斉射。どちらの火器もトリガー引きっ放しで、弾丸と光芒を矢継ぎ早に叩き込む。そして〈ディーヴァ〉が侑理の方を向いた瞬間に、ASTの魔術師(ウィザード)は言葉通り背後からレイザーブレイドで斬り掛かる。

 

(やっぱり、この人の動きはASTの中でも抜きん出てる…ならやっぱり、この人が……)

 

 後一歩のところで躱される魔力の刃。だがすぐに侑理は回避先へと射撃を掛け、再び〈ディーヴァ〉の注意を引く。再度仕掛けるASTの魔術師(ウィザード)の動きに合わせて、〈ディーヴァ〉の視線を引き付ける。

 侑理は感じていた。全体としてのレベルはDEMに大きく劣るASTも、彼女に関しては別だと。上から目線な気もするが、この人であれば、今すぐにDEMへ移籍したとしても問題なくやっていける…そう思える程の実力があると。

 更に彼女の存在のおかげか、これまではなかった…様子を伺っていた他のASTからの支援や援護も受けられるようになる。たとえその全てが防がれているとしても、支援の弾幕があるというのはそれだけでも大きい。

 

(いける…このままなら、〈ディーヴァ〉の防御の突破も不可能じゃない…!それに皆も入ってくれれば、捕獲だって…!)

 

 ガトリングを撃ち込み、突撃を支援。AST隊員達が牽制している隙に下へと回り込んで、しっかりと魔力を溜めたレイザーカノンの光芒を放つ。まだ防御の突破こそ出来ていないものの、確かな手応えは感じている。そして何より、この状況にあってもまだ、ジェシカ達は静観を続けている。そのジェシカ達も動いてくれれば、戦況が大きく動く事は間違いない。

 相手は精霊である以上、油断は出来ない。それでも可能性は、十分にある。…確かにそう、思っていた。思える状況だった。だが……

 

「んー…ぐいぐい来る方も好きですしぃ、素敵な方々に囲まれるのは幸せですけど…野蛮なのは、好きじゃないんですよねー」

「何を…ッ!」

 

 大きく上に跳んだかと思えば、愛らしく頬に指を当てる〈ディーヴァ〉。その発言の内容なんて関係ない、とばかりに侑理との協働に応じてくれた魔術師(ウィザード)が接近を仕掛け、侑理もカノンを撃ちながらその後を追う。そして他のAST隊員達も四方八方から射撃を掛ける中、侑理達が二段構えの攻撃を仕掛ける中……声が、響く。

 

「だから、今日はここまでにしちゃいますー。…ふふっ、また会いましょうね?」

『……ッ!』

 

 静かな、されど魅惑の…頭も心も直接震わされているような、甘く蕩けるような声。突如として機敏な動きを見せた、侑理達へと高速で迫ってきた〈ディーヴァ〉は、そんな言葉を侑理ともう一人へ向けて囁き…反射的に侑理が防御体勢を取った次の瞬間、凄まじい声が、衝撃波そのものとなった叫びが、アリーナ全体へ響き渡る。

 〈ディーヴァ〉からの、恐らく初めてとなる明確な攻撃。それに面食らいつつも、随意領域(テリトリー)で衝撃を防ぎ、尚且つその場から飛び退く。だが、時間にすれば僅か一瞬、全方位への衝撃で侑理もASTも第二執行部の面々も動きを止められたその僅かな間に、〈ディーヴァ〉の姿は消えていた。侑理が周囲を見回した時にはもう、その姿はなく……残っていたのは、戦闘によって荒れに荒れたアリーナの惨状だけだった。

 

 

 

 

 精霊に逃げられ、駐屯地に戻った侑理達とAST。脅威を撃退した…と言えば聞こえはいいが、DEMにしろASTにしろ基本は撃破や捕獲を目的としている為、逃げられたというのは作戦失敗とほぼ同義。だが今回、侑理以外の面々はほぼ戦闘に参加していなかった為皆特に悔しがる様子もなく、むしろジェシカが発見した別の…第二執行部からすれば真の目標である人物に対する話の方が先に出ていた。

 そんな中、声を掛けてきた…どころか、ジェシカの目の前へと割って入ってきた一人のAST隊員。それは、戦闘中もジェシカへ立ちはだかった、その後侑理に協力をしてくれた例の魔術師(ウィザード)。問い詰めてくる彼女に対し、初めは惚けていたジェシカだったが、食い下がるどころか彼女はジェシカの嘘を見抜き、更に詰め寄り…再び包む、険悪ムード。

 

「く……っ」

 

 それだけならまだ良かった…いや良くはないが…ものの、苛立った様子でジェシカは彼女の前髪を掴み、言葉を叩き付けると共に突き飛ばす。まだ戦闘後の疲労が抜けていない様子の彼女は尻餅を突き、同僚達はそれを笑う。

 

「……っ…ジェシカさん、それは流石に──」

「あんた等!何してんのよ!」

「…あぅ……」

 

 幾ら仲間とはいえ、これは流石に見過ごせない。曲がりなりにも共闘した相手をこうも侮辱されるのは…気に食わない。そんな思いで抗議しようとした侑理だったが、直後に横から声が響き、思いっ切り侑理の言葉が被される。…意を決して抗議しようとしたのに、ちょっとショックである。

 

「ちょっと、大丈夫?折紙」

「…問題ない」

 

 駆け付けてきたのはASTの隊長と、他数名。流石に隊長とまで一悶着起こすのは面倒だと思ったのか、彼女…折紙と呼ばれた魔術師(ウィザード)への『警告』はこれで十分だと思ったのか、ジェシカはくるりと踵を返して歩いていく。隊長が差し出した手を掴んで折紙が立ち上がる中、同僚達もそれに続く。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えぇ、と…」

 

 全員行ってしまった事で、残るDEM側は侑理一人。対してAST側は折紙に、隊長に、隊長と共に来た二人の計四人という、数の差が逆転した状態。そして、この気不味さだった。

 だが、それも仕方のない事。既にAST側は侑理達へ不信感を抱いているのだろうし、侑理もこの状況で軽快に話し掛けられる程図太くはない。漸くまともに話が出来そうな場になったのだが…世の中上手くはいかないものである。

 

「まだ何かあるの?言いたい事があるなら私に…って、貴女は……」

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありなのもまた世の中。怪訝そうな視線を向けてきた隊長だったが、どうやら侑理を先程共闘した魔術師(ウィザード)だと気付いてくれたようで、目を丸くする。隣の折紙もまた、じっと侑理を見つめてくる。

 恐らく初めて向けてくれた、『DEMからの出向組』ではなく『個人』としての注目。なら今だ、今しかない。そう感じた侑理は小さく息を吸い、四人の事を見た目返して…言う。

 

「うちは侑理・フォグウィステリア…真那の、相棒です!」

 

 語先語礼に乗っ取り、言った直後にぺこんと頭を下げる侑理。だが数秒後、ゆっくりと顔を上げた侑理が見たのは…四人のぽかんとした顔だった。

 

「…え、あ、あれ…?…真那もここに、出向してきたん…です、よね…?」

「そ、それはそうだけど…え、なんでいきなり真那…?」

「相棒だからです!相棒であり親友だからです!」

「…あー……」

 

 うちにとって真那の存在は最優先事項!自分の事を語る上でも、真那は真っ先に伝えなきゃいけない要素!…の精神で侑理が返すと、面倒臭そうな顔をしながらASTの隊長は頭を掻く。彼女と共に来た二人は相変わらずぽかんとしており…唯一彼女、折紙だけが、元の表情…というか無表情に戻っていた。

 呆れられたり変な目で見られたりする事は多い侑理なのだが、無表情を向けられるというのは中々に珍しく、今度は侑理の方が困惑。しかしすぐに気持ちを切り替え…やっと言えるようになった問いを、口にする。

 

「あの、いきなりですけどお訊きしたい事があります!真那の事、皆さんは何か知りませんか!?」

『真那の事…?』

「そうです!どんな些細な事でもいいんです!あ、でも身長とか体重とか好きなものとか、そういう情報じゃないですよ?そういうのは大概把握してるので」

「いやなんで把握してるのよ…」

「親しき友であり真の友である親友ですから!DEMに名高い真侑コンビですから!…あれ、でも真那が日本に来てる間に、身長体重辺りはちょっと変わってるかもしれないか…ごめんなさい前言撤回です!身体情報も知ってる範囲で詳しく──」

「はいはいちょっと黙りなさい。…残念だけど、知らないわ。知らないし、分からない。あんた達もそうでしょ?」

「……っ…そう、ですか…」

 

 再び言葉を、今度は恐らく黙らせる目的で被せてきた隊長は、ふっと真面目な表情を浮かべて、首を横に振る。その隊長が三人に目をやれば、折紙達も問いに対して首肯を返す。

…分かってはいた。DEM、それもエレンやウェストコットすら知らない真那の行方を、出向先に過ぎないこの駐屯地の隊員が知っている可能性など極めて低いという事は。それでも一縷の望みに賭けて訊いた、訊きたかったのであり…その望みも潰えてしまった事に、侑理は身体の力が抜けるのを感じた。

 

「…真那…どこに行ったの……」

 

 無意識の内に零れる声。勿論侑理は、日本にいる間自分の足で探してみようとも思っている。しかし個人的に探して見つかるようであれば、DEMの方で何か情報を得ている筈。そう思うと、心の中でまた不安な気持ちばかりが浮かぶ。

 

「あ…あのっ。気休めかもしれませんが…真那さんなら、きっと大丈夫…だと思います…!だって真那さん、お強いですから…!私なんかよりも、ずっとずっと強いですから…!」

「あ……」

 

 そんな中、不意に聞こえた励ましの声。いつの間にか俯いていた侑理が顔を上げれば、四人の内の一人…折紙以上に侑理と外見年齢の近そうな少女が、胸の前で両の拳を握って侑理の事を見つめていた。そうして彼女の言葉を受けて、初めて侑理は自分が落ち込んでいた事、それが思い切り出てしまっていた事に気付く。

 

「いやいや、比較対象がミケじゃ全然安心なんて出来ないんじゃないですかー?」

「なっ、どうしてそんな事言うんですかミリィさん!…指摘は否定し切れませんけども…!」

 

 その隣、にやりと笑みを浮かべたもう一人の少女の指摘と、それに対する何とも情けない反論。まるで漫才の様なやり取りがいきなり始まり…思わず侑理は笑ってしまった。

 

「ふふっ…あ、ごめんなさい。でも、そうですよね…真那が大丈夫じゃない訳ないですもんねっ!」

「あっ…はい!」

 

 一度謝った後もう一度笑みを見せれば、少女も笑って返してくれる。第二執行部の面々とだったら、まずあり得ないようなやり取りに、侑理は新鮮な感覚を抱き…それからふと、四人を見回す。

 

「っと、そうだ。その…もし良かったら、名前を聞いても?…あっ、折紙さんの事は知ってます!名前は初耳でしたけど、真那から色々聞いていましたから!」

「…真那から?」

「えぇ。全体的には大した事ない部隊だけど、一人見込みのある魔術師(ウィザード)がいたって。しかもそれが兄様の彼女さんで、もうとにかく驚いたって」

「そう。私が真那の兄の彼女。私が真那の、義姉様(ねえさま)

 

 もうこの話を聞いた時の事も懐かしい…と思いながら侑理が言えば、真那の義姉様を自称する折紙がずいっと顔を近付けてくる。その謎の圧力に、おおぅ…と侑理はたじろいでしまう。

 絹の様な白い髪に、蒼玉が如き青の瞳。端正な…無表情さも相まって、人形を思わせる顔立ち。彼女の話が出た途端、無表情ながらどこかご満悦そうだった彼女は、一目で綺麗だと感じる容貌をしており…こんな人が真那に期待を抱かせ、戦場ではあれだけ積極的に戦ってたのかと思うと、少しだけ不思議な感じのする侑理であった。…まぁ、それを言うならウルトラ可愛い真那や、美女そのものなエレンもそうな訳だが。

 

(…この人が、真那に……)

 

 気を取り直すと共に、もう一つ侑理は思い出す。十対一という超ハンディキャップマッチ且つ、それでも結局負けたらしいとはいえ、折紙は浅いながらも真那のCR-ユニットに傷を付けたのだという話を。そして、思う。最後の模擬戦で、侑理は届かなかった刃を届かせたのが、この人なのだと。…あの頃より自分は強くなっているとはいえ…それでも、侑理は少し悔しかった。

 

「大した事ない、ね…そりゃ確かにDEMからすればそうでしょうけど、ほんとあの子は遠慮がないっていうか、無神経っていうか…」

「真那からすれば、DEMの魔術師(ウィザード)も殆どは格下ですから…前から悪目立ちしがちでしたから…」

「でしょうね。…日下部燎子、分かってると思うけどうちの部隊の隊長よ。階級は一等陸尉で、折紙の苗字は鳶一。階級は一等陸曹よ」

「あ、うちは一応准陸尉って事になっています。それと、隊長さんの事も真那から聞いてます。頭が硬くて小煩いけど、隊長としても人としても信用の出来る人物だって」

「へぇ、頭が硬くて小煩いねぇ…信用してくれるってなら、私も出来る範囲で真那を探してあげなきゃよねぇ…」

 

 真那と同じ、しかし真那より少し長い黒髪をポニーテールにした、二十代後半程のAST隊長、燎子が口角をぴくぴくと震わせながら笑みを浮かべる。その明らかに怒りを孕んだ笑みを見て、「あ、しまった言わない方が良かった」と気付く侑理だったが、時既に遅し。もし再会出来たら謝ろうと心に決めて、残る二人の方へ目をやる。

 

「それで、お二人は……」

「岡峰美紀恵二等陸士です!あのあの、私の話は何か……」

「あー…そういえば、実力はまだまだだしすぐテンパるし、困るどころか最早心配になる魔術師(ウィザード)がいるって話をしていたような……」

「がーん!ひ、酷い…酷いけど否定出来ない……」

「…けど、ここぞって時の根性だけはDEMの魔術師(ウィザード)よりずっとある、とも言ってましたね」

「真那さん……」

「あははー、確かに諦めが悪いのがミケの特徴ですもんねぇ。ミリィは二等陸曹のミルドレッド・F・藤村デス。ミリィさんについても何か言ってましたー?」

「貴女の事は…それこそ、同じ出向社員のメカニックがいるって事しか…」

 

 茶色の髪を左右で結んだ、所謂ツーサイドアップにした少女と、金髪に眼鏡が特徴な…容姿や名前からして確実に純日本人ではないもう一人の少女。先程聞こえた愛称共々二人の名前も侑理は記憶し…そこで、ミリィことミルドレッドの見た目に引っ掛かりを覚えた。

 

「…あれ?ミルドレッドさん、うちと会った事ありません?」

「ミリィでいいですよー。けど、会った事ありました?ミリィ的には初対面の様な…あーでも、言われてみるとどこかで見た事あるような気も……」

「うー、ん…あっ、そうだDEM本社!暫く前、本社に来てませんでした?」

「あぁ、確かに時々戻る事もありますし、その時見かけたのかもデスねー」

「本社からの出向…真那さんの相棒な訳ですし、やっぱりDEM本社の方は凄いんですね…。…それにしても、凄く日本語が流暢というか……」

「うち、日本とイギリスのクォーターですし、向こうでも真那と話す時はいつも日本語でしたから。…ところで、近くに美味しい和食のお店ってあります?お寿司とかお蕎麦とか豚カツとか、とにかくうちの中の日本人の血が、日本に来てからずっと本物の和食を食べたいって騒いでて……」

「あんた、ほんとに他の面々とは全然性格が違うわね。…今回みたいに協力してくれるならこっちも助かるし、和食の店位なら教えるわ」

「ありがとうございます、隊長さん!…でも、皆も誰彼構わず煽る訳じゃないですよ?ただちょっと…ちょっと?…エリート意識が強いだけで……」

 

 自ら疑問を呈した侑理への半眼に、侑理は苦笑いをして返す。恐らくASTと第二執行部で仲良く…というのは困難だろう。それでも、多少でも自分が橋渡しをする事が出来れば、と侑理は思い…そんな中で、視線を鋭くさせた折紙が言う。

 

「侑理、貴女に訊きたい事がある。…第三戦闘分隊の、特殊な任務とは何?」

「……っ!それは…ごめんなさい、答えられないです…」

「お願い、教えて」

「ぅ…その……」

 

 彼女が発した問いに、侑理は口籠もる。気になるのも当然だとは思うが、一社員に過ぎない侑理にそれを明かす権限はない。しかし、折紙の真剣さも伝わってくる。故に話さない事、話せない事が申し訳なさとして心に渦巻き…次の瞬間、折紙の頭を燎子が叩く。

 

「止めなさいっての。私もその事は気になるけど、それは侑理に仲間と会社を裏切れって言ってるのと同じ事よ」

「…ごめんなさい。今のは忘れて」

「い、いえ、こちらこそ話せなくてすみません。…けど、代わりに…じゃないですけど、話せる事なら色々お話しますから!…だから、その…皆さんも……」

「訊きたい事があれば、何でも答えますよー。まぁ、こっちも話せる範囲で、ですけどねー」

「真那さんの事も、お手伝いします!探すんですよね?」

 

 気を遣ってか窘めてくれる燎子と、謝罪し問いを引っ込めてくれる折紙。続くミルドレッドや美紀恵からの、温かな言葉。じんわりと心の中に広がる感謝の思いに、侑理は深く、こくんと頷く。

 出向して早々に険悪な空気となり、精霊との戦闘も逃げられて終わり、何より真那の情報は皆無と、散々だった一日目。これだけ見ればがっくりと肩を落としたくなるところだが…同時に今日、侑理は親しみを覚えられる人と複数出会う事が出来た。だから、散々だった初日だが、決して嫌な事ばかりではなかった…最初の一日を終える時、侑理の中にあったのはそんな思いだった。

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