世界最強の
──システム・ブロード。それが、もう一つの切り札の名前であり……交戦中、〈フラクシナス〉が艦体各部を可変させ、銀色の光を靡かせていた事の正体。嘗て人工衛星を迎撃した際、〈フラクシナス〉が行った規格外の砲撃…〈グングニル〉と呼ばれる
「まあつまり、〈フラクシナス
「まあそこは、現実に即している…っていうか、何が大切なのかを判断した結果って事じゃないかな。ほら、力なき正義は無力、正義なき力は暴力、真那はその全てが魅力…って言うし」
「いや最後のは言わねーですし聞いた事もねーですけど…実際、侑理の言う通りなんじゃねーですか?守りたいもの、貫きたい思いがあるのに、それを実現する為の力がない…ってのは、つれーもんですから」
真那の言葉に、侑理は…否、侑理だけではなく、同じ場にいる折紙も頷く。侑理も折紙も、力のない自分に苦しんだ事のある身。それを知っているからこそ…或いは真那も同じ思いを抱いた事があるからこそ、今の言葉を口にしたのだろう。
「…分かってるわ。分かってるけど…それはそれとして、自分の中で納得出来ないものがあるのよ」
「それは仕方のない事。どれだけ合理的な思考が出来ても、心がそれに付いてくるとは限らないのが人というもの。でも……少なくとも私は、琴里に…〈ラタトスク〉に感謝している。これでもっと、士道を守る事が出来る」
その言葉と共に、折紙は手にしていた物を……〈ブリュンヒルデ〉のデバイスを握る。今度は琴里が、その発言に小さく頷く。
守るという思い、その理念は、決して間違っていない。理由はどうあれ、精霊は大きな力を持つからこそ、力を借りる事を「今は必要な状況だから」と安易に許容してしまえば、そのハードルは無意識の内に下がっていく。仕方ない…その言葉は、たとえ真実だとしても、『駄目な事』を『当たり前の事』に変えていく魔力があるのだ。
されど、侑理は折紙の…精霊の皆の、『自分も守りたい」という思いも知っている。それが、自分の持つ思いと同じである事も分かっている。だから侑理は、〈ラタトスク〉の理念に共感し協力している訳ではない自分は、精霊達の思いを肯定するし……その思いは、琴里や〈ラタトスク〉側も分かっていなければ、と思うのだ。でなければ、如何に崇高な理念であったとしても、一方的な押し付けとなってしまうのだから。
「そういえば、折紙さんが宇宙で見せた姿は、やっぱり
「ぶっつけ本番よ。折紙なら…とは思ったけど、なんで貴女達は全員慣らしゼロでCR-ユニットを使えるのかしらね…どの装備も、使い易いなんて事はない筈なのに……」
「いやいや、使えたって言っても最初は大変だったんだからね?」
「だから、普通はまずまともに使えないのよ…いや、私は使った事ないけど……」
「それよりも琴里、士道の容態は?」
貴女達を見てると認識が狂いそうだわ、とばかりに額を押さえる琴里へ向け、折紙は問う。その問いに、真那がぴくりと反応し…琴里は肩を竦める。
「さっきも伝えたけど、今は気を失っているだけよ。外傷はなし…というか、〈
そう。六喰を抱えた状態で大気圏内に落ちていった士道を助けるべく、あの後侑理、真那、折紙の三人は、その後を追う形で大気圏内へと飛び込んだのだ。そうして三人で、〈フラクシナス〉に先行して飛び回り、探し回り……真那が海に浮かぶ士道を見つけたのが、つい先程の事。落下地点の計算を〈フラクシナス〉側で行い大まかな予測は出ていたとはいえ、広大な地球上で人一人を探すという無理難題でありながら、今日の内に見つけられたのは行幸と言えるだろう。
「そういう訳だから、三人も休んで。士道が目を覚ましたら、ちゃんと起こしてあげるから」
「大丈夫。それより海に落ちていた以上、士道の身体は冷えている筈。冷えた身体は、人肌で温めるのが──」
「遭難してる訳でもないのに、そんな手を使う必要はないっての……士道が起きた時、貴女達が疲れた顔をしていたら、士道は申し訳ないって思うんじゃないかしら?」
それでもいいの?という琴里の問い掛けに、折紙は黙る。流石の言葉選びだ、と内心で侑理は感心する。そして琴里はくるりと背を向け、どこかへ向けて歩き出そうとし…その背中へと、真那が声を掛けた。
「琴里さんは今から何をするんで?」
「色々よ。一先ず六喰の心の封印は解けたとはいえ、まだ攻略出来た訳じゃないんだから、まずは今後のプランを練って……」
「おや?兄様が起きた時、疲れた顔をしていたら……と言っていたのは、どこのどなたでいやがりましたっけ?」
「うっ……」
びくっ、と肩を揺らして止まった琴里を見て、真那はやれやれ、と首を横に振る。それを見て、侑理は苦笑する。同時に「真那も琴里の事がよく分かっているんだなぁ…」と今度は真那に向けて感心し…それから琴里の隣に立って、軽く微笑む。
「琴里だって、疲れてない訳ないでしょ?だから、士道にぃが起きるまではゆっくりしよ?」
「……はぁ、そういえば前にも似たようなやり取りをした事があったわね…分かったわ。お互い身体を休めるとしましょ」
ならば良し、と侑理は真那と揃って頷く。一方琴里は小声で「調子が狂うわね……」と言っていたが…その表情は、決して不満そうなものではなかった。
*
士道の意識が戻ったのは、それから暫く経っての事。…といっても、何日も経っている訳ではなく、同日中。そして、既に他の精霊達が利用していた仮眠室で、侑理が真那や琴里、折紙と休んでいる中で、琴里の端末に連絡が入ったのが、つい数分前の事。侑理達は全員を起こし、医務室に向かい…連絡をくれた令音と入れ替わる形で、中へと入る。
「目が覚めたか、シドー!……うん?」
扉が開くや否や士道へと駆け寄った十香は、不思議そうに首を傾ける。何か変な事でもあったのだろうか、と思いながら侑理も奥に進み…士道の顔を見たところで、気が付いた。その目元が、頬が、濡れていた事に。
「あ、いや……欠伸をしただけだよ」
本人も疑問を抱かれている事に気付いたようで、軽く笑いながら士道は言う。欠伸、というには少々濡れ過ぎな気もするが…明らかにおかしいという程でもない為、一先ずは納得する他ない。
「ふぅん……それより士道、身体は大丈夫なの?」
「え?ああ……大丈夫だと思うけど……」
どうやら琴里も違和感を抱いていたようで、訝しげな声を漏らすも、すぐに士道の状態を確認する。状況を思えば、それは自然な問いで…しかし琴里は先程、自分で「士道は気を失っているだけ」と言っていた筈。にも関わらず質問したのは…やはり、ああ言いつつも心配だったという事だろう。
そんな二人のやり取りを聞き、精霊達はほっとした顔をする。侑理もまた、士道の顔色が良好である事に一安心し…だがその直後、士道はハッとした顔になった。
「そうだ…!六喰は……六喰はどうなったんだ!?無事なのか!?」
「それは……」
士道が発したのは、抱いて然るべき疑問の言葉。それに真那が反応し…侑理や琴里と視線を交わらせた後に、士道の方を見て答える。──六喰の姿は、見当たらなかったと。
これは、比喩でも何でもない事実。真那が海上で士道を見つけた時、気絶した士道は一人で海を漂っていたらしい。それを聞いた士道は顔を青くするが、大丈夫だろうと琴里が言う。観測された感情値からして、心の封印が解けた後の六喰は相当動揺していたようだが、だとしても彼女は十全の力を持った精霊。当然霊装も完全な状態なのだから、大気圏突入による摩擦熱や、海に落ちた衝撃程度でどうにかなってしまう訳がないのだ。
「そっか……。…ごめん、皆。あれだけ皆に手を尽くしてもらったのに、俺は……」
一先ず大丈夫な筈だ、と聞いて一度は安堵の顔を見せた士道だったが、再び表情を曇らせる。その理由は間違いなく、六喰を見失ってしまった事だろう。確かに、いない以上は探すしかない。しかも六喰の場合、〈
「何を言っているのだ。シドーがどれだけ頑張ったか、皆よく知っているぞ」
「そ、そうです。そんな事、言わないで下さい」
「気落ちしてるねぇ。大丈夫?おっぱい揉む?って揉める程なかったわー!あははー!」
「えッ、いいんですかー!?なんですかそのサービス、聖母ですかー!?」
済まなそうにする士道へ怒る者は、誰一人としていなかった。侑理もまた、精霊達の言葉にうんうんと頷いた。…因みに最後の発言をしたのは美九である。これには普段調子の良い二亜も、「お、おおぅ……」となっていた。
……ともかく、士道が謝る事なんてない。それに、六喰の心の封印を解く事が出来た時点で、大きく前進しているのは事実。そう伝えた事で、曇っていた士道の表情は緩み…その上でまた、士道は声を発した。
「……そうだ、琴里…!〈ラタトスク〉の基地はどうなったんだ……!?」
それを聞いた瞬間、侑理は自分の肩がぴくりと震えるのを感じた。琴里や〈フラクシナス〉クルーが一先ず落ち着いている為、最悪の結果にはなっていないだろうとは思っていたが…侑理もその事は気になっていたのだ。
「……大丈夫、とは言わないわ。被害は決して小さくなかった。あの基地はもう放棄せざるを得ないでしょうね」
問いへの答えは、明るさとは程遠いもの。だが…その割には、本当に琴里は落ち着いている。そして士道がウッドマンやカレンの名前を口にする中、琴里は何やら端末を取り出し、それを操作し…全員に、見せる。
琴里は一体何をしているのか。何を伝えたいのか。…その意図は、すぐに分かった。
「──やあ、士道くん。身体は大丈夫かね。生身で大気圏突入をしたと聞いたが」
「ウッドマンさん!あ、えと……何とか大丈夫、ですけど……」
液晶画面に映し出された映像。そこに映っていたのは、正にウッドマンの顔だった。こういう形で彼の生存を確認出来るとは思っていなかった為、侑理は…というか琴里以外の全員が驚き、続けて貴方の方こそ大丈夫だったのか、と士道が問う。その質問に、ウッドマンはどうにか無事だったと言い、言葉を続ける…が、そこで突然苦しそうに呻く。そのままウッドマンの声は止まり…代わりに別の声が、携帯端末から聞こえてくる。
「片手片足が取れかけた人間のどこが無事ですか。満身創痍以外に言葉が見つかりません」
「その声は…カレンさんも無事だったんですね!…あ、いや、この場合カレンさん『は』……?」
無事というのは、何事もなかったとか、特に怪我をしなかったとか、そういう状態を指す言葉。何かあった時、どこまでを無事と表するかは人によって違うだろうが……少なくとも、片手片足が取れかけたらしい人間を指して言える言葉ではない。ただ、まあ、何にせよ…二人は生きていた。こうして通信出来ているという事は、一先ずDEMの…ウェストコットの襲撃から逃れられたという事。それは朗報であり…しかし前に話した時と同じ淡々とした、されどどこか怒っているようにも感じられるカレンに医療用
「……なんか、凄い不穏な言葉が聞こえた気もするんだが」
「まあ、私も物凄く気になったけど……はぐらかすばっかりで何があったのかは教えてくれないのよね」
そう言って、琴里は肩を竦める。司令官である琴里にすら教えないのは、それ程までに秘匿しなければいけない何かがあるという事なのか、単に余計な心配を掛けて琴里が目の前の事…六喰の攻略に集中出来なくなるのを避ける為なのかは分からないが、とにかく今は生きている、大丈夫だという事で納得する他ないらしい。
「ともかく、士道は身体を休めて頂戴。丁度、回復に打ってつけな設備もある事だし」
「あ、ああ。……でも、六喰はどこへ行ったんだろうな」
「それが分かったら苦労しないわ。また誰もいない宇宙に逃げたかもしれないし、もしかしたら案外近くにいるかも──」
話の途中で、不意に琴里の言葉が止まる。それに士道は、怪訝な顔をしていたが…侑理は、侑理達は、その理由が分かっていた。その理由に対し、驚いていた。そして、その理由…否、その存在は両腕を伸ばし……士道を背後から抱き締める。
『む、六喰……!?』
士道にバックハグをかました存在が誰なのか気付き、侑理達が声を上げたのと、士道が首を後ろへ回したのはほぼ同時。長い金色の髪と、同じく金の瞳を持ったその少女は、間違いなく件の星宮六喰。一瞬遅れて気付いたが、六喰は天使の力で開いたのだろう『扉』から身を乗り出すような形で士道に抱き着いており……しかもその表情は、何とも楽しそうなものであった。
「むくを待たせるとは憎い男じゃ。しかしまあ良い。許してやろう。今は妙に気分が良いからの」
「は……、えっ……、は……?」
「なんじゃ、狐につままれたような顔をして。ふふ、愛いやつじゃ」
仰天している侑理達へも一度は視線を向け…しかし逆に言えば一度ちらりと見ただけで、すぐに六喰の視線は士道へと戻った。それから六喰は甘ったるい声で囁き、士道の先にちょんと触れる。
それは、その姿は……あまりにも、宇宙にいた時の彼女とは違い過ぎた。いや勿論、姿形そのものが変わっている訳ではない。外見はどう見てもあの〈ゾディアック〉六喰その人で…だとしても一瞬「双子か何かかな?」と思う程に、表情やら声音やらがまるで違う。
「……はっ、もしや六喰はリボンの付け替えを…!?」
「そんな訳ないでしょ、私じゃないんだから……。…いや、私じゃないんだからって突っ込みも我ながらどうかと思うけど……」
「なら、もしや彼女は世界が改変された後の六喰……?」
「…………」
思わず頭に浮かんだ事を口にした結果、琴里から突っ込まれた。更にもう一つ言ったところ、折紙から普段以上に感情の読めない顔で視線を向けられた。…琴里のモードチェンジや、世界改変前後の折紙の性格も、実際これ位の違いがあるのだが……まあそれとこれとは別だという事は、侑理も分かっている。
「あ──まさか、心の鍵を開けたから……?」
そう。六喰の激変の理由といえば、心の封印の解除…それにより、封じられていた感情が表に出てきたという事以外思い付かない。
しかし、だとしてもここまで変わるものなのだろうか。士道が行ったのは封印の解除、つまりは何も感じない状態から普通に感じる状態にしただけではないのか。侑理はそれを疑問に思い…士道もまた、同じ事を考えていた様子。
「む、六喰……?お前、なんでそんなにフレンドリーというか、俺に懐いてるんだ?いや、駄目とかじゃなくて、むしろありがたいんだが……」
「ふむん?むくの心の鍵を開ける為に手を尽くしてくれた主様に心打たれるのは、そんなにおかしな事かのう。そんな事を言うのなら、顔を合わせた瞬間からむくを救う、幸せにすると宣うた不躾な男を一人、知っておるが」
至極ご尤もな返しに、士道は言葉を詰まらせる。更にふと周りを見ると、何人かの精霊も「そういえば、自分の時も最初から積極的だったなぁ」とばかりの顔をしていた。
とはいえ、六喰の今の言葉は冗談だったらしく、彼女は愉快そうに笑う。それからまた、士道を見つめる。
「その理由に嘘はない。心の鍵が開いた瞬間、それまで主様がむくに訴え掛けた言葉、尽くしてくれた手をありがたいと感じた。それは本当じゃ」
真面目な表情…という訳ではないものの、真剣さが伝わる六喰の言葉。そしてその上で、六喰は言った。より直接的な理由があるとすれば……それは、何となくだ、と。
それに士道は、呆れたような声を漏らす。されど六喰もまた、今度は愉快そうにするでもなく、はっきりと言う。
「好き嫌いなぞ、突き詰めれば所詮はそんなものじゃろうて。何となく──主様はむくに近いような気がしての」
『近い……?』
一体それはどういう事なのかと、侑理も士道も首を傾げる。考えてみれば、今の六喰にとって感情は、久し振りに感じるもの。であれば、甘味であれ塩味であれ、長らく控えていた人間が久方振りに食べれば凄まじく濃い味に、美味しいものに感じるように、六喰も士道への感情が鮮烈なものとなっている…のかもしれない。加えて思い返せば、士道は六喰の心の鍵が開いた直後、彼女をアルテミシアの攻撃から身を挺して守っていた。鋭敏となっていた感情に、命懸けで守ってくれた存在とくれば……成る程確かに、あっという間に好感を抱いてもおかしくないと、侑理は思った。
となれば後は、『近い』の意味だが、どうやら六喰にそれを掘り下げるつもりはないらしく……
「まあ、良い。それより主様。約束は果たしてもらうぞ?」
「約束?」
「むん。主様が言ったのじゃろう。むくを幸せにすると。むくを肉奴隷にすると。……因みに肉奴隷なるものが何かはよく分からぬのじゃが、詳しく教えてもらえるかの」
……なんというか、一発で雰囲気台無しだった。別に良い雰囲気になっていた訳ではないが…とにかく一発で、精霊達の過半数が士道に引いていた。
因みに肉奴隷云々に関して、それがAIによる選択肢の結果だと知っている侑理、真那、琴里の他、「やはり士道にはそっちの趣味が……」と真剣そうに呟いていた折紙、「だーりんったら大胆過ぎます〜」と頬を染めていた美九、なんかもうシンプルに笑っていた二亜の三人も、特に引いている様子はなかった。…それで良いのだろうか、色々と。
「そ、そのだな皆、これには理由が……」
「待った。ちょっといい、六喰?」
「……ふむん?なんじゃ、うぬは」
弁明しようとした士道を制止し、六喰は目をやったのは琴里。なんだ、と言われた琴里が自分は士道の妹である事を伝えると(その時真那は自分が実妹、琴里は義妹である事を重要事項として補足していた)、六喰は一瞬興味深そうに琴里を見つめ…それから何用だと更に問う。
「今士道は本調子じゃないのよ。六喰、貴女を抱えて墜落した時のダメージが抜け切ってないの。──勿論の言う事に嘘はないわ。……肉奴隷云々はまあ別として、士道はきっと、貴女を救ってくれると思う。でも、少しだけ……そう、明日まで待って頂戴」
切り込むなら今だ、と判断した様子の琴里による、一日待ってほしいという提言。勿論それは、ただ士道に助け舟を出したという訳ではない。霊力封印を施す為の、六喰の攻略…その準備を行う猶予を確保しようとしているのだろう。
問題は、これに六喰が乗ってくれるかどうか。そう思った侑理だが、六喰は小さく唸ったかと思えば、その口元を嬉しそうに緩める。
「そうか、そうか。むくを助ける為に怪我を負ったか。仕方ないの、待ってやろう。明日じゃな?」
「……!えぇ、ありがとう。助かるわ。良ければそれまで、貴女もここで休んで──」
一瞬「やった!」という顔をしたものの、即座に表情を引き締め、更に琴里は提案を重ねる…も、六喰は言い切る前に無用だと返す。それから士道の首に回していた腕を離し、身体を起こしながらひらひらと手を振る。勿論それは全員にではなく…士道だけを、見つめた様子で。
「──そういう事であれば良いじゃろう。明日を楽しみにしているぞ、主様」
そうして六喰は、『扉』の向こう側へと身体を引っ込める。六喰の姿が見えなくなった直後、渦巻き歪んでいた空間は薄れ…あっという間に、元の医務室の一角となっていた。
「ぷっはー!びっくりしたねぇー!なに、アレが噂のムックちん?話に聞いてたのとは随分性格が違いますぞぉ!」
最後以外は徹頭徹尾六喰のペースだったやり取りの後だったからか、扉が閉じた直後は全員沈黙していたが、まるで呼吸を我慢していたかのように二亜が声を上げれば、それに続いて他の精霊達も次々と口を開く。ついでに先の肉奴隷発言を追求したり、美九などは六喰を「身体はちっちゃいのに出てるところは出てて可愛い」などと評していたりする。侑理もまた、一気に戻った雰囲気に苦笑し…それからふと、思う。
「…あれ、でもどうして六喰は士道にぃがここにいるって分かったんだろう。扉を介して地球上に攻撃してきた時もそうだったけど…六喰は、霊力の感知が得意なのかな?」
「どうかしらね。もしかしたら、士道と離れはしたもののずっと遠くから見ていて、真那が〈フラクシナス〉に回収したのも把握してたか、或いは……」
「精霊化した人間は、その時点で自身の力…天使の行使に適した才覚も目覚めるか、天使の力はその人間の才能に沿ったものが発現する、又はその才能に合ったものを与えられる…という可能性もある。現に私も、精霊になってからすぐに、
二人の見解に、成る程…と侑理は腕を組む。平時の〈フラクシナス〉は
「まあ、その点も頭には留めておくとして……士道。悪いけど、勝手に予定を組ませてもらったわ。〈フラクシナス〉改修に合わせて、今までの医療ポットとは別に、新しい設備も作ってもらったから、今日はそこで身体を休めて頂戴」
医療ポットとは、先程の通信でのやり取りでも出てきた医療用
すると次の瞬間、琴里は一気に顔を赤くし、時間を確保したのはサポート体制を整える為だと慌てた様子で言い返す。だがそれはどう見ても、照れと恥ずかしさから誤魔化している様子であり…そんな言動を精霊達から揶揄われると、琴里は更に顔を赤くして医務室から出て行ってしまった。本当に、可愛い司令官さんである。
「はは…ま、取り敢えず、そのご自慢の医療設備ってやつを試させてもらうか。……って、そういえばどこにあるのか言わずに行っちまったな」
「あー、その施設なら私達も使わせてもらいましたから案内しますよー。折紙さん達もまだ使ってない筈ですし、一緒にどうですかー?」
「うち達も?…まあ、明日も何があるか分からないし、体調を整えておくに越した事はないから…行ってみる?」
順に侑理が視線を送れば、真那と折紙はこくりと頷く。という訳で、美九(というか精霊達)に案内される形で、侑理や士道達はその施設へと向かう事になった。そしてこの時、美九は何やら「うふふ……」と楽しげにしていたのだが…それが何を意味しているのか全く分からず、侑理は真那と顔を見合わせ首を傾げるのだった。