ただ歩くだけでも引っ掛かってしまう程の、六喰の長い髪。それをどうするかという選択は、最も票を集めた『士道が綺麗に纏めてあげる』という形に決まった。ただ問題は、一体どこで纏めるべきか、五河宅でやるとしたら今の状態でそこまでどうやって移動するかという点にあり…それを六喰は、〈
「じゃあ六喰、ブラシを取ってくるから少し待っててくれるか?」
「ふむん、座っていれば良いのじゃな?」
中まで一気に移動した、そういう方法を取った事に暫し何とも言えない顔をした後、気を取り直すように士道は六喰を鏡の前へ座らせ、ブラシを取りに行く。その間、六喰は興味深そうにきょろきょろと部屋の内装へ目をやっており…その姿は正に、気になる男子の家に来た女の子そのもの。
「…ねぇ琴里、しれっと六喰は琴里達の家への『扉』を開いていたけど、これって……」
「うちの事も把握されてたのかもしれないわね。実際、士道は一度家に戻ってる訳だし」
「…〈フラクシナス〉の事といい、これといい、なんか六喰…ちょっとストーカー的な事してない……?」
「え?女の子なら好きな相手の自宅、学校或いは勤務先、最寄りのお店と駅、それに美容室辺りなんかは把握しておくのが普通でしょ?しておくっていうか、自然と把握しちゃうものでしょ?」
『…………』
さらっと聞こえてきた、恐ろしい声。その声の主は、〈
「待たせたな、六喰。さて……どういう風にしようかね?アップにしてもいいし、ツインテールなんかも似合うかもな。何かリクエストはあるか?」
「ふむん……では、乱れぬよう一本に纏めてほしいのじゃ」
それでは結局長さの問題は大して解決しないのでは?と言いたげに、戻ってきた士道は眉根を寄せる。しかしリクエストを求めたのは士道自身だからか、何も言わずにブラッシングを開始。丁寧に髪を解き、整え、リクエストに応じていく。
「へぇ、上手だね士道にぃ。なんか、他人の髪を整えるのに慣れてる感じ?」
「ああうん、昔からよく士道には手伝ってもらってたのよ。士道って、基本手先が器用だし」
「あー、兄様は料理も上手でいやがりますもんね。…けどそれって、琴里さんが髪弄りに付き合わせてきたから、手先が器用になった部分もあるんじゃ……?」
因果関係が逆である可能性を真那が口にすると、琴里は何も聞こえていないかのように映像越しの士道達を見つめる。見習いたくはないが、大したスルースキルである。
「…ところで、やっぱり女子は安易に髪を切りたくないものなのか?髪は女の命…なんて言葉も聞いた事はあるが……」
「うーん…そこはまあ、人によりけりって面もあるけど、もしうちが安直に『切れば?』なんて言われたら……」
「言われたら…?」
「多分、次の日から士道にぃの呼び方が『士道さん』になるかな」
「そこまで……!?」
髪を一本に纏め上げながら、小声で士道は問い掛けてくる。それに侑理が答えると、士道はぎょっとしていた。…まあ、流石に今のは冗談なのだが…嫌な気持ちになるのは事実。無論、六喰の様に一瞬で怒ったりはしないのだが。
「主様?どうかしたのかの?」
「あ、ああ、すまん。こうして改めて見ると、やっぱり綺麗だな…と思ってさ」
「ほほう、主様にそう思ってもらえるのなら光栄じゃな」
誤魔化す為に言ったであろう言葉が六喰的には気分が良かったらしく、嬉しそうな声で返す。とはいえ侑理も、士道の「綺麗だ」という言葉に異論はない。長く端正な、六喰の金髪。色合い的には侑理の髪も近いのだが、煌めきにおいては六喰の方が明らかに上であり、士道の言葉も言ったタイミングこそ誤魔化しだろうが、そこに込められた気持ちは本心だろうと思っていた。
そして、暫しの時を経て、士道は髪を纏め上げる。一度解いた髪でまずはお団子を作り、残りの髪を三つ編みに纏め、ばっちりと仕上げる。その出来栄えに六喰は喜んでいたが、やはりまだ歩き辛そうな長さであり…しかしそれを、六喰は「とうっ」という掛け声と共に頭を回し、三つ編みとなった髪をマフラーが如く首にぐるりと巻き付ける事で解決していた。…もし六喰がそれっぽい衣装をしていたら、歌舞伎の毛振りに見えていたかもしれない。
「──いい感じよ、士道。この前と同一人物とは思えない位順調に好感度が上昇しているわ。搦め手は必要ないわね。正攻法で攻めていきましょう。折角髪も整えたんだし、街に出てみたらどう?」
「了解……っと、琴里。ちょっと服借りるぞ」
「え?ああ、そういう事ね。いいわよ」
次の行動の提案を受けた士道は、琴里へ断りを入れ、彼女の部屋へと向かう。琴里もまた、察した様子で快諾する。恐らく目立つ霊装姿のままでは六喰が視線を集めてしまうから、という事なのだろうが……
「…兄様、琴里さんの部屋に躊躇いなく入っていきやがりましたね」
「琴里も平然と了承してたよね…くっ、これが重ねた時の為せる技か……!」
「侑理、なんか変なキャラになってない…?…まぁ、その通りだけども」
ふふん、と気分良さげに胸を張る琴里。それに侑理と真那はぐぬぬ、と歯噛みするしかなかった。
(いやでも、本当に凄いな…服って事は、タンスやクローゼットも見られる訳だし……)
自分だったら必要な事でも即答は出来ない。そう思うからこそ、侑理は士道に対する琴里の信頼…と言うまでもないような感情に、少し羨ましさを覚える。
そうしている内に、士道は一着見繕い、六喰の下に戻ると事情を説明。するとそれを聞き終える前に六喰は承諾をし……パン、と手を打ち鳴らしたかと思えば、直後に六喰の霊装が消失する。
「わっ……士道にぃが琴里の部屋に入った時もそうだったけど、カメラの暗転判断凄く早いし的確だよね」
「恐縮です」
艦橋には男性陣もいる事への配慮という訳か、カメラからの映像がブラックアウトし、侑理の言葉にはマリアが返す。だが当然、カメラの映像が映っていない間も士道と六喰のやり取りは進んでおり、その会話のみが艦橋に届く。
「ふむん?……主様、これは駄目じゃ。胸が苦しい」
音声だけでも、発言だけでも分かる、五河宅での状況。そういえば確かに、六喰の背丈は侑理達小柄組とそこまで変わらないのだが、そのスタイル…というか、胸周りに関しては、中々のものを持っていた。侑理達とは歴然の戦力差があった。そして隣…司令官の座る席からは、衝撃と愕然と悔しさとやるせなさと、とにかく色んな感情が混ざり合ったような気配がひしひしと感じられたのだが……これについては、何も言うまい。
「や、だから……それをそのまま着るんじゃなくて、精霊だったら見た服を霊力で再現出来るだろ?」
「おお、そういう事じゃったか」
精霊は霊力で衣服を作る事が出来る。そんな初耳の情報(霊装も霊力で構成されている事を思えば、そうおかしな話でもないが)が聞こえた数秒後、再び手を叩いたような音が聞こえ、続けてカメラの映像が復活する。そこには琴里の服…を再現した物を身に付けた、尚且つ胸が苦しそうな様子も特にない六喰の姿があり、六喰は満足そうであった。
「むん。これならば快適じゃ」
「……え?最初からそれやれば良かったわよね?なんで一回着たの?ねえ」
「……良くない感じだ、シン。普段の琴里からは思えない位順調に感情値が不機嫌となっている」
「そ、それは流石にそっちで何とかしてくれないですかねぇ…!?」
折角服の件を快諾したのに、こんな仕打ちを受ける事になった琴里の心境は如何程か。ただまあ士道は勿論、六喰も原因ではあっても悪いとはとても言えない展開であった為、侑理は士道に変わって真那と共に何とか琴里を宥めるのだった。
…と、いう事をしている間に、士道と六喰は外へ向かう。六喰の方から手を差し出し、それを士道が(六喰の口調に合わせるように)恭しく握り、今度は歩いて家を出る。そして、そこからのデートは……結論から言えば、快調も快調。折紙の時の様に意味不明な展開となる事もなければ、二亜の時の様に想定外の事態から大ミスを犯してしまうといった事もなく、好感度も上昇を続けていった。
「ここまで順調にデートが進むのなんて、いつ以来かしらね。…と、いうか…デートだけに限れば、これまでで一番順調なんじゃない?」
「かもな。…デートに至るまでの事を思えば、今回もかなりハードだったが……」
「徹頭徹尾上手くいく恋愛なんてない、って事よ。それより、油断しないでよ?まだ封印出来た訳でも、デートが終わった訳でもないんだから」
「ああ、分かってる。…けど……」
今はすっかり日の暮れた夜。六喰と共に、時間帯もあり人気のない公園に入った士道は、インカム越しに琴里と会話を交わす。上手くいっている、という認識は二人も持ってるらしく…されど士道には、何やら気になる事がある様子。
「…なぁ、皆。六喰は……六喰はなんで、自分の心に鍵を掛けて、宇宙に一人でいたんだ……?」
『それは……』
投げ掛けられた疑問に、侑理は真那と顔を見合わせる。六喰が心に鍵を掛けた理由…それは、鍵を掛けなければ、心を封じて何も感じないようにしなければ、耐えられない位の何かがあったからではないのか。そういう話を、士道は物語の世界の『士道』としたと言っていたではないか。…一度はそう思った侑理だが、すぐに思い直す。士道が気にしているのは、その『何か』の部分だろうから。
「……確かにね。でも、大事なのは昔の六喰じゃなくて、今の六喰でしょ?霊力封印のチャンスを逃す理由にはならないわよ」
侑理も真那も答えられずにいる中、琴里が違う視点での言葉で返す。それは士道の求めた答えではないだろうが…今の状況においては、間違いなく妥当な考えだった。
そして、公園のベンチに座っていた六喰は、ふふふという笑い声を漏らす。続けて、実に楽しい一日だったと、宇宙にいたままでは味わえなかった楽しみだったと言い…不敵に目を細めながら、士道を見つめる。
「いやしかし、むくにここまでしてくれるとは、さては主様──むくの事が、好きなのじゃろ?」
発されたのは、何ともまあストレートな言葉。表情も悪戯っぽいものに変わり、愛らしさが映像越しでも伝わってくる。素直ながらも悪戯っぽい…昨日いきなり現れた時もそうだったが、六喰の精神年齢は、どうやら(胸を除いた)見た目相応であるらしい。
そんな六喰へ、士道は『好き』を肯定し、守りたいとも言う。言われた六喰は嬉しそうに足をぱたぱたとさせ、笑みを深め…士道の顔を覗き込むような姿勢になると、囁くように言葉を紡ぐ。
「──むくも、主様の事が気に入ったのじゃ。好きじゃぞ、士道」
角度が角度である為に、その時の六喰の表情は見えなかった。だが直後、士道が息を詰まらせ、顔を赤くした事からして…さぞや、可愛く美しかったのだろう。
「琴里。これってもう、封印可能なんじゃないの?」
「好感度の数値的に、可能性はあるわね。けど、この状況なら焦る必要もないし、もう一押しした上で踏み切りたいわ。士道、六喰の言葉に答えてあげて」
他でもない本人が好きだと言ったのだから、と思った侑理だが、琴里の言葉でそれもそうかと考え直す。封印の手段は、言わずと知れたキス。そして封印に成功すれば万事解決だが、封印出来なかった場合…即ち、それに見合うだけの好感をまだ士道が得られていなかった場合、望まぬキスをされたという印象になるのはほぼ確実。そうなれば、折角積み上げてきた好感度が崩れていくのも明白なのだから、慎重に、念入りに進めようとするのも当然というもの。
もう一押しを。そう言われたからかは分からないが、士道もまた、再び好きだと返す。もしこれが、本当にただのデートならば、見事にカップル成立といったところで…満足気な顔のまま、六喰は言った。霊力封印の件を、前向きに考えていいと。霊力を失う点は気に掛かるが、その分士道が守ってくれるのならばと。それはもう、霊力封印を…キスを受け入れると言ったも同然の事。ならば後はキスをするだけ、士道が行動に移すだけ。侑理は…否、この場の全員が恐らくそう思っており、士道も緊張の糸が解けたような顔をしており……
「──ただ、勿論あれじゃぞ?むくと契る以上、昨日あの部屋にいたおなご達とは金輪際会わぬと誓うのじゃぞ」
「ああ、分かっ──え?」
自然な調子で、まるで当たり前の事のように…これまでとは、全く以って状況の変わってくる言葉を、六喰は口にした。
「何を不思議そうな顔をしておるのじゃ。当然の事ではないか。主様はむくの事が好きなのじゃろう?むくも、主様の事が好きじゃ。ならば主様は向くに何をしても構わぬ。しかし、そこに別のおなごが入ってくるのは別の話じゃろう?」
困惑する士道へ、六喰は言葉を続ける。言いたい事は、分からないでもない。いやむしろ、浮気も二股も全然OK!…というスタンスの人間の方が少ないだろう。勿論その辺りは国や時代によっても変わってくるが、少なくとも現代日本においては、同時に複数の相手と関係を持つのは不誠実とされる場合が殆どというもの。
しかし…侑理は、単にそういう一般的観念の下発された言葉ではないように思った。言っている内容は分からなくもないがそれをただの誠実不誠実の話として捉えるのは、何か違うような気がしたのだ。
「これはまた、厄介な展開になっちまいましたね…。…まあ、私としても、兄様がだらしのない男になるのは看過出来ねーですし、場合によっては妹として、責任を持って去勢する事も考えちゃいましたが……」
『去勢……!?』
あまりに物騒な真那の言葉に、侑理と琴里、それにインカム越しの士道すらもぎょっとする。藪から棒に、とんでもない発言が出てきてしまった。というか、そこまで妹の責任としてやる事なのだろうか。
まあそれはともかく、真那の発言にびくっとした士道に対し、六喰は「むん?」と首を傾げる。そこで琴里は、この流れで黙るのは不味い事、当然それは承諾出来ない事、かと言ってその場凌ぎの嘘を吐くのも得策ではない事を伝え…封印と、六喰が思っているような関係とは違うのだという事を話すべく、士道は六喰に向き直る。
「あのな、六喰。よく聞いてくれ。それは出来ないんだ」
「むん?主様は浮気性か?」
「…………」
純粋そうな声で言う六喰の返しに、速攻で士道は傷付いていた。士道には強く生きてほしいと思う侑理だった。
「こ、こほん。前も言ったように、俺は、精霊皆を救いたいと思っているんだ。だから……これからもお前みたいな精霊が現れたら力を封印しなきゃならない。それに──俺は、今まで封印してきた精霊達の事も、六喰、お前と同じ位大好きなんだ。六喰にも、皆と仲良くしてくれると嬉しいな」
誤魔化すでも、耳障りの良い言葉を選ぶでもなく、あくまで真摯に士道は話す。小細工で乗り切ろうとはしないその在り方は、侑理のよく知る士道のものであり……言葉を聞いた六喰は、ふむん、と呟き暫し黙る。何か、考え込むような表情を見せ…それからぽん、と手を叩く。
「そうか、そうか。そういう事か。主様は優しいの」
「へ?」
「分かった。皆まで言うな。むくに任せておくが良い」
一体何が分かったのだろうか。侑理達も士道も揃ってぽかんとする中、一人得心がいった様子の六喰は立ち上がり、数歩前に出てからくるりと振り向く。
「──では、今宵はここでお別れじゃ。また近い内に会おうぞ、主様」
そう言って、再び六喰は歩き出す。軽快な足取りで、夜の闇へと消えていく。呆気に取られていた士道は我に返った様子で六喰を呼び、その後を追うも…追い付くよりも先に、六喰は〈
*
「うー、ん……」
六喰がいなくなってしまってから十数分後。回収された士道は、〈フラクシナス〉への艦橋へと戻ってきていた。とはいえあの終わり方で納得出来る筈もなく…今も、腕を組んで唸っている。
「…真那。『考える人』ならぬ、『考える兄』って名前で一枚撮っておく?」
「好きにすればいいんじゃねーですか?私は要らねーですが」
「えー?琴里は?」
「え、むしろ要ると思う?」
実妹と義妹の両方に素っ気ない態度を取られ、侑理は小さく肩を竦める。ちょっとした冗談だったのだが、ウケる訳でもなければ滑るでもなく、ただただ空振りに終わってしまった。
「…こほん。それはさておき、士道にぃは何を悩んでるの?…といっても、薄々予想は出来てるけど……」
「……ああ。六喰に掛けた言葉は、あれで良かったのかな…って」
「それは、まあ……」
やはり士道は、六喰にちゃんと伝えたい事が伝わっていたのか、自分の言葉選びは適切だったのかと気にしていた様子。それを受けた侑理は真那、琴里と顔を見合わせ…言う。
「悪くはなかったんじゃない?特別心に響くって感じでもなかったけど」
「無難ではあったんじゃねーですか?皆の事も、お前と同じ位大好きって言われて良い気持ちになるかどうかは置いておくとして」
「士道にぃらしい言葉だったよね。他の精霊、他の女の子の事も考えてた辺り含めて」
「うん、フォローに見せかけてバッサリ切ってくるなら、最初から良くなかったと言われたかったよ……」
侑理、真那、琴里による、妹式ジェットストリーム口撃を受けた士道は、両手で顔を覆って落ち込んでいた。単に悪く言うのではなく、一回評価する事によって相手の油断を誘うのが、この口撃のミソである。
「まあでも、咄嗟に考えた言葉としては、ほんと頑張ってくれた…って感じじゃない?状況としても、六喰の言い分を肯定するような言葉は当然駄目で、かと言って適当な出まかせを言う訳にもいかない中だったんだから」
「そうね。でも士道は、そういう慰めの言葉が訊きたかった訳でもないでしょ?」
「それは……そうだな。封印は、俺のやっている行為は、精霊のこれからを大きく左右する事なんだから」
それがどのような結果になるとしても、自分自身がしている事なのだから。そんな風に、士道は胸の前で手を握る。それで良し、とばかりに琴里は頷く。
「しっかし、六喰さんは兄様の言葉を、一体どう感じたんでしょうね。あの反応からして、好意的に受け取ったのは間違いねーと思いますが」
「ま、問題はそこよね。さっきはああ言ったけど、万が一にも六喰が士道の言葉を喜ばしく思っていたのなら、あの場においては適切な言葉選びを出来てたって事になる訳だし」
「万が一って……」
不服そうに半眼を向ける士道の姿に、侑理は軽く苦笑する。だが実際、掛けた言葉があれで良かったのかどうかは六喰の感じ方次第であり、少なくとも機嫌を悪くしたようには見えなかった。心の内など他者がそう易々と分かるものでもないが、ぱっと見の印象だけなら、本当に悪くなさそうではある。…あるのだが……
「…なんかやっぱり、六喰って、対人経験が不足し過ぎてる気がするんだよねぇ」
腕を組み、溜め息を吐くようにして侑理は言う。思っていた事、感じていた事を、口にする。侑理の言葉に、士道と真那はぴくりと肩を震わせ……宇宙での戦闘前に行ったやり取りを知らない琴里だけは、侑理へ怪訝そうな視線を送ってきていた。
「うーん…そうか?確かに今日一日デートをしてみて、あまり人目を気にしないんだなとか、ちょっと思い込みが激しいなとは思ったが……」
「まあ、士道にぃの感覚を否定する気はないよ?否定はしないけど……最初の接触時に、六喰は言ったよね?お節介だの、偽善だの、エゴを押し付けるなだの。それって要は、人の気持ちを勝手に決め付けて、自分の考えを通そうとするなって事でしょ?それなのにさっきの六喰は、士道にぃの言葉をどう捉えたのかは分からないけど、なんか一人で納得して、挙句言わなくていい、自分に任せろだなんて、一方的に言いたい事だけ言ってどこかに行った。昨日だって、具体的な話もしてないのにさっさと消えて、今日は士道にぃに確認も取らず誘拐同然…いや、誘拐の形で外へ連れ出した。…まあ、ずっと一人でいたなら、対人経験が不足しても無理ないんだろうけど──だとしてもうちは、これを真っ当な人と人とのやり取りだとは思わない。自分本位に、我を通しているだけだとしか思えない」
士道に伝えたい事は伝えられているとはいえ、六喰の言葉を腹立たしいと思った、あの時の気持ちはまだ消えていない。だからか侑理は、自分でも思っている以上に色々と言葉が口を衝いて出ていた。
無論、心の封印を解く前と後とでは、それこそ『心』が籠っているかどうかという大きな違いがある。だが、感情の有無はあれど、思考回路そのものは、知識や倫理観等は変わらない筈。何より、どちらも間違いなく『六喰』である以上、人には散々言っておきながら、自分もそれと同じ事を…否、それ以上の事をしているのだから、やはり侑理は黙っている事など出来なかった。……まあ、これを〈ラタトスク〉の運用する艦内で言うのは、流石にちょっとTPOを弁えていなかった気がするが。
「……二亜に勝負を仕掛けた時も思ったけど、結構侑理って容赦ないというか、ボロクソに言うのね…」
「それは、その…なんか、ごめんなさい……」
驚きと呆れが混ざり合ったような顔をする琴里に、侑理は頬を掻きつつ謝る。自分の主張を引っ込めるつもりこそないが、いかんせん場所が、状況が悪過ぎた。自分を省みるという点では、どうやら侑理も六喰の事をあまり否定出来ないようであり……しかしそこで、意外な声が聞こえてきた。
「……まあ、それも一つの意見ではあるんじゃないかな」
「…令音さん?」
「……人の気持ちを理解するのは難しい事だ。だから、侑理の意見が正しいか、それとも間違っているかは、私には分からない。だが……我々は精霊を保護するという理念を持つが故に、精霊を『保護するべき存在』として見てしまう面があるからね。そういう意味では、侑理の意見は、精霊を一個人としてフラットに見る上での参考になり得る……かもしれないという事さ」
『かもしれないって……』
折角いい感じに言っていたのに……と、何とも締まらない締め括りに、侑理達は肩を落とす。しかし当の本人は気にしていない…どころか何が気になったのかも分かっていないようで、首を横に傾けていた。…令音は頼りになる女性だが、割と天然な女性でもあるらしいのだ。
「けどまぁ、うん。友好的だけども…っていう意味では、確かに侑理の視点も参考にはなるわね。今回のデートはまあ、成功って言ってもいいでしょうけど、封印まで行けた訳じゃないし……士道、まだ油断するんじゃないわよ?」
「ああ、分かってる」
「それなら今日は、これにて解散…でいやがりますかね?六喰さんが次いつ接触してくるか分からねーですし、今日も兄様はきちんと休んでおくべきかと」
「そうだな。…今日は、普通に休めるといいな……」
遠い目をする士道を見て、侑理達が零したのは乾いた笑い。身体的にはともかく、精神的には本当に休む事が出来たのかどうか…それは訊かない方が良さそうである。
それに真那の言う通り、六喰からの次の接触がいつになるか分からない。昨日や今日の様に、不意打ちをしてくる可能性は十分にある。それを思えば、さっさと休んでおくべきなのは当然であり……デートの反省会(?)終了と共に、侑理達は転送を経て帰路に着くのだった。