デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

123 / 123
第百二十三話 自分の思い、彼女の思い

 小気味の良い電子音を鳴らす炊飯ジャー。ボタンを押し、蓋を開くと共に、侑理は振り向き声を上げる。

 

「真那ー、ご飯炊けたよー」

 

 最高と言えば成功、霊力封印までは後一歩、しかしどうにもすっきりしない。そんな形で六喰攻略の為のデートは終わり、軽い反省会…の様なものも経て、侑理は真那や士道と共に地上へと戻った。琴里はまだやる事があるようで、一人でまた苦労を溜め込まないか少し不安だったが、頭の良い琴里が、既に複数回言われている「琴里だって休まないと駄目」という指摘を忘れているとは思えない。それに侑理も侑理で、まだやる事、やりたい事があるのに休むよう強いられるのは別のストレスになると分かっているからこそ、琴里も早く休んでね、とだけ言うに留めた。

 そうして精霊マンションに戻り、入浴を終えたのが数十分前の事。侑理は真那と手分けして夕食の準備をし、炊けた白米を茶碗によそい、食卓へ並べて席へ着いた。

 

「いやぁ、早炊きって便利だよね。冷凍ご飯もあるけど、やっぱり早炊きだろうと炊いたばかりの白米と、冷凍ご飯とじゃ何か違う気がするし」

「感心してる割には、随分ふわっとした表現でいやがりますね…」

「だってうち、そこまで食に詳しい訳じゃないし。なんか違うのは分かるけど、それを上手く言葉には出来ないし」

 

 何か違う気がする、としか言えないんだから仕方ない、と侑理は肩を竦める。確かに真那の言う通りではあるが、大事なのは本当に何か違う、違う気がするという事。食べた時に違うなぁと思えれば、それを言葉に出来るかどうかは大した問題ではないのだ。

 

「それよりほら、食べよ?」

「まあ、わざわざ掘り下げる程の事でもねーですし、そうしやがりますか」

 

 手を合わせ、食事の挨拶をし、遅めの夕食を食べ始める。因みに士道と別れる際、五河宅に寄っていくなら何か作ると言ってもらえたが、侑理は真那と共に遠慮をした。今後の六喰の動きに備え、一番休まねばならないのは士道なのだから、その士道に手間を掛けさせる訳にはいかないのだ。…まあ、士道の性格からして、仮に自分や琴里の分だけの夕飯だとしても、冷蔵庫や棚の中にある適当なもので済ませる…という事はしそうにないが。

 

「ん、美味し。真那、うちが炊いた白米と味噌汁はどう?時々士道にぃに教わってるだけあって、中々の味でしょー?」

「実際に炊いたのは炊飯器ですし、味噌汁の方は私も少し手伝ってるじゃねーですか。…まあ、まずまずでは?」

「ま、不味不味……!?」

「…それ、分かってて言ってやがりますよね?」

「まあ、流石にね」

 

 何を言っているんだか、とばかりの真那の半眼に、軽い調子で侑理は答える。ご飯に、味噌汁に、冷凍食品に、先日士道からタッパーで貰って冷蔵庫に入れておいた煮物。決して豪華ではないが、家庭的な夕飯。日本に来てからは士道や精霊達と食事を共にする事も多く、その時間も充実してはいるのだが、こうして真那と二人で食べるのもまた、前と変わらない安心感のようなものがあり、だから侑理は好きだった。真那も同じように思ってくれていたら嬉しい…そんな風にも、思っていた。

 

「そういえば真那、あれ以降時崎狂三は現れてないよね。いや、世界のどこかでは活動してるんだろうけども」

「あー、そういやそうですね。まあ、どこにいようと碌な事しちゃいねーのは間違いねーですし、現れたらぶっ潰すまでです」

「あれ、思ったより淡白というか、興味無さそうというか……え、何か心境の変化でもあった?」

「まさか。〈ナイトメア〉の話なんかしていたら、どんどん食事が不味くなるってだけです」

「あー、そういう……」

 

 理由はどうあれ…というか、その目論見は結局分からず終いとはいえ、侑理達は狂三に助けられた。彼女の力があったからこそ、時間遡行とそれによる世界改変という、正に何もかもひっくり返す形で絶望を覆す事が出来た。だからこそ、真那の反応に「もしや少しは印象が変わったのかも?」と思った侑理だったが、どうやら相変わらずである様子。まあ、侑理とて、狂三と仲良くしようと思っている訳ではないのだが。

 そして、侑理が狂三の話をしたのは、何も偶々思い出したからではない。今日のデートの最後も自身の天使の力で何処かへと行ってしまった六喰…彼女のその「いつでも、どこへでも現れられる」という点が、神出鬼没な狂三と似ているように思ったのだ。

 

「じゃ、真那。時崎狂三じゃなくて、六喰の話ならいい?」

「…それは、何か話してー事があるんで?」

「そゆ事。うち、思ったんだよね。もしかしたら、うち等が寝ている間に…ううん、正に今の時にも、六喰が士道にぃをまたどこかに連れ去る可能性があるなって」

「……否定は、出来ねーですね」

 

 でしょう?と侑理は軽く肩を揺らす。その上で、表情を引き締めて更に言う。

 

「だから、万が一の事を考えるなら──寝る時もお風呂に入る時も、密着する位士道にぃの側にいた方がいいと思わない?」

「……はい?」

 

 ぽかん、とした表情を浮かべる真那。…正直なところ、もう少し驚くとか、慌てるとか、そういう反応が返ってくる事を期待していたのだが…そうはならなかったのなら、仕方ない。

 

「いやだって、油断していたとはいえ、今日は士道にぃのすぐ近くにいたのにまんまと連れていかれたんだよ?勿論、用心している時なら対応出来てたと思うけど…流石に二十四時間ずーっと用心し続けるのは無理でしょ?その二十四時間の間に再接触してくるならともかく、実際には明日か、明後日か、それとも冗談抜きに今日また現れるかどうかも分からないんだよ?」

「…それは、確かに」

「ね?だったら、一番安全で一番確実なのは、士道にぃから離れない事、士道にぃ『だけ』を連れていくのを難しい状態にする事だと思わない?」

 

 じっ、と真那の目を見つめ、侑理は尋ねる。無論、〈フラクシナス〉の側も霊力や魔力の探知は常時行っているのだろうが、今日のパターンでは『扉』が開いてから士道が引き込まれ、そのまま閉じてしまうまでものの数秒も掛かっていなかった。それを思えば、探知出来たところでどうにもならないというもの。

 

「…なんか、折紙さんや美九さんみてーな思考になっちゃいねーですか……?」

「いやいやそんな、うちは他意なんて微塵もないヨー?」

「…………」

 

 白々しい…とばかりに向けられる、じとーっとした視線。まぁ、今の言い方はわざとなのだが……そこから侑理は、ずいっと食卓から身を乗り出す。

 

「でも実際、本当に万が一の事を考えるなら、それ位備えた方が良いと思わない?それに…冗談抜きに、折紙さん辺りは同じ事思い付くと思うよ?もしもそうなったら……」

「…兄様が、危ねーですね……」

「でしょでしょ?って訳で、真那は行った方が良いと思うの。実妹なんだから、ずっと一緒にいたり同じベットで寝たとしても問題なし!」

「いやそれはまた別の話……って、うん?なんで私だけでいやがるんで?」

「なんでって…幾ら何でも、それはちょっと恥ずかしいな〜…って」

「恥ずかしいと思う事を、人にやらせようとしてんじゃねーですよ!」

 

 がたんッ、と立ち上がり怒る真那の姿に、ごめんごめんと謝りつつ内心で侑理は笑う。これである。こういう反応を見たかったのである。普段真那は侑理の冗談へ対して雑な対応ばかりだからこそ、偶にはこういう反応をしてほしいのだ。

 

「全く…私はやらねーですからね?」

「じゃあ、うちがやるのはいい?」

「ほんの十数秒前、それは恥ずかしいって言ったのはどこの誰でいやがりますかねぇ…?」

「あはは、流石にそうだよね。…でも…うちはそこまで嫌じゃないよ。勿論、恥ずかしいっていうのは本当の事だけど…士道にぃの為って理由があれば出来る位には、嫌じゃないって思ってる」

「…侑理、それは……」

 

 一先ず欲求は満たせたからこそ、侑理は椅子に座り直し、少しだけ真面目な声を出す。

 これも、偶々思い付いたというだけの事ではない。士道と六喰の、最後のやり取り。そこで…というか全体を通して、侑理は六喰の一方的なスタンスに反感を抱いてはいたのだが、それはそれとして、もう一つ思った事があった。

 

「士道にぃはさ、霊力封印の為とはいえ、これまで色んな精霊…何人もの女の子とデートをしている。封印が出来たって事は、それなり以上の好感を……好意を抱かれてるって事だろうし、キスだってしてる。…それについて、真那はどう思ってる?仕方ない事だよね、って割り切ってるの?」

 

 そう。侑理は思ったのだ。六喰は少々勘違いをしていたようだが、士道が世間一般…この現代の日本においては、不埒だと思われても仕方のないような関係を築いている事は、紛れもない事実だと。それ以外に霊力封印をする方法などなく、士道が『仕方ない』という事にかこつけて下心を出すような人間ではない事は侑理も知っているが……だとしても、直視するなら簡単に飲み込めるような事ではないと。

 

「…どうしてそれを、私に……」

「どうしてって…真那、言ってたじゃん。士道にぃがだらしのない男になるのは看過出来ないって。だから、真那にとって今の…というか、精霊の為とはいえこれまで士道にぃがしてきた、その上でこれからもしようとしている事は、真那にとって本当は嫌な事だと思うんだけど……違った?」

 

 困惑の面持ちを見せる真那を、侑理はじっと見つめる。どうしても確かめねばならないような事ではない。だが相棒として、親友として、もし真那が嫌だと思っていたのなら、思い悩んでいるのなら、力になりたい…そう、侑理は思ったのだ。

 問われた真那は、口を閉じ沈黙。数秒か、十数秒か、視線を逸らすように目を伏せ…それから静かに、唇を開く。

 

「…思うところがねーと言ったら、嘘になります。そりゃそうです。毎月の様に違う女性とデートをして、キスまでしてるなんて、普通に考えたらだらしないどころか、正気の沙汰じゃねーですよ」

「だったら……」

「──けど、それを不誠実だからって理由で止めて、助けられたかもしれない相手を見捨てる兄様なんて、真っ平御免です。それなら、複数人と関係を持つ事になっても、手の届く限りに救おうとする兄様の方がマシ……いいや、そういう関係を持ってでも助けようとしている兄様こそが、真那の誇りの兄様ってもんです」

 

 語りながら、顔を上げた真那。その顔には、迷いや悩みなどは浮かんでいなかった。これが自分の答えだと、胸を張っているように晴れやかだった。

 その答えを、一体いつ得たのかは分からない。前々から抱いていたのか、それとも今侑理に問われた事で、その答えを導き出したのか……何れにせよ、真那は自分の答えを持っている。断言出来ている。それなら良かったと…侑理は、心から安心した。

 

「そっか…そっかそっか。それじゃあさ真那、相手が精霊以外だったらどう?」

「へ?精霊以外?」

「うん。霊力封印にはキスが必要だけど、そうじゃない相手とも、特別な関係を持つ事が救いになるとしたら、その時はどうする?」

 

 怪訝そうな真那へと、声のトーンを戻した上でもう一つ問う。この際だからと、侑理は訊いてみる。

 

「…侑理は、何が言いてーんで?」

「んふふ、なんだと思う?」

「いや、ここで誤魔化す意味が分からな……」

 

 更に怪訝そうな顔をする真那だったが、言っている最中にその言葉は止まる。ぴたりと止まり、侑理を見つめ…それからたらりと、一筋の汗を垂らす。

 

「…侑理、まさか……」

「士道にぃって、ほんとに素敵な人だよね。優しいし、気配り上手だし、料理も上手だし、でも男らしいところもあるっていうか、格好良いなって感じさせてくれる事もあるし。後、普通に顔も良いよね。正統派の美少年って感じではないけど、柔らかさがあるっていうか」

 

 食卓に片手で頬杖を突き、逆の手で湯呑みを持ってゆらゆらと揺らす。入っているのはお茶だが、アルコールでも淹れてあるかのように軽く回す。

 真那には今の侑理が、どう見えているだろうか。侑理自身は、意味深な笑みと雰囲気を見せているつもりだが、実際のところどうなのか。ただ、一つはっきりしているのは…真那が、動揺しているという事。

 

「んー…うちは真那の相棒で、大親友で、うち等の関係は永遠破滅だけど……真那のお義姉ちゃんっていうのも、悪くないかも?」

「……──!」

 

 にやり、と笑って極め付けの台詞を言葉にする。直接的な言葉ではなく、敢えて少しだけ遠回しな表現にするからいいのだ。何がどういいかと問われると、上手く説明出来る気はしないが、とにかく侑理はそう思うのだ。

 そして狙い通り、真那は愕然とした様子で目を見開く。唇を震わせる。そんな真那の反応に、先に続いて再び彼女をからかえた事に、侑理は満足し……たっぷりと間を取った上で、言った。

 

「──まあ、そうは言ってもやっぱり一番好きなのは真那だけどね!いつもいつでもいつまでも、うちは真那を愛してるよっ!」

 

 ぱちんっ、とばっちりウインクをして、侑理は宣言。ついでに笑顔もばっちり決める。

 士道への評価に、嘘はない。侑理は本気で士道を慕っているし、士道の事を素敵な人だと思っている。ただ、それでもやはり、侑理にとっては真那が一番なのだ。士道の魅力が足りないのではなく、真那が魅力的過ぎるだけなのだ。

 さて、それではそんな最愛の真那は、一体どんな反応を返してくれるか。こういう時、大概真那は呆れるのだが、今回は少し位慌てたり、赤面したり、或いはほっとしたりしてくれるかもしれない。何となくではあるが、侑理はそんな風に思っていて……

 

「……はぁ」

「……真那?」

 

 だが、真那の反応は、全く予想していないものだった。黙り込んだと思った真那は、無言のまま立ち上がり、溜め息を一つ吐く。そして食卓の脇を通り、侑理の隣にやってくる。

 

「え、あの、えっと……?」

 

 これは一体どういう事かと侑理は困惑。手掛かりを得たいものの、俯きがちになった真那の表情は前髪で伺えず…次の瞬間、おもむろに真那は侑理の手首を掴む。

 

「大親友、好き、愛してる…しょっちゅう侑理はそんな事を言いやがっていますが、どうにも軽く聞こえちまうんですよねぇ、前々から」

 

 前髪の隙間から、立ったままの真那が見下ろす。琥珀を思わせる双眸が、侑理を見据えてくる。

 浮かぶ表情は、これまで見た事がないようなもの。怒りではない。冷たい訳でもない。ただ、全く感情の読み取れない面持ちで、真那は侑理に言ってくる。

 

「か、軽くって…うちの気持ちは、そんな……!」

「そうじゃねーってなら、もっと言葉は大事にするべきなんじゃねーですか?何度も言えば、軽薄に見える…そんな風には、思わねーんで?」

「…それは……」

 

 真那の言葉で、侑理は口籠る。言葉の内容もそうだが、今の真那は、雰囲気そのものに圧がある。

 これまで真那は、そんな風に思っていたのか。自分にとっては、自分の心に素直になっているだけだった言動が、真那の目には重みのない行為に映ってしまっていたのか。思えば思う程、考えれば考える程、動揺が広がる。なんて自分は浅はかだったのかと、失意が苛む。

 

(……っ…駄目じゃん、駄目駄目じゃん…相棒だって、大親友だって言っておきながら、これじゃあ全然……)

 

 最も真那に近しい人間は自分だと、兄妹という絶大なアドバンテージがある士道にも絆なら負けていないと自負していたにも関わらず、現実はこの通り。これでは六喰の対人経験不足をどうこう言えない有り様だと、侑理は自分自身に愕然とする。

 こんな時、内容はどうあれ、ちゃんと言葉を返すべきなのだろう。黙ってしまうのは、ただ認めるだけで、それ以外は何も生まない。何も言えないのか、言えるけど言わないのか…それすら相手の考え任せになってしまう。それを頭では理解していたが、侑理は言葉を紡ぐ事も、頭の中を整理する事も出来ず……そんな中で、不意に手首が引っ張られる。持ち上げられるようにして、侑理は真那に立たされる。

 

「ぁ、え、うぇ…っ!?」

 

 訳が分からず、ただただ真那を見つめる侑理。その侑理を、真那の瞳はじっと見やる。侑理は思わず息を呑む。

 

「それに何より、散々私に好意を示しておきながら、兄様にうつつを抜かすなんざ、それこそ軽薄、尻軽ってんです。やっぱり実のところ、私への思いは、そういう程度のものだったんじゃねーですか?」

「……ッ!違う…それだけは、絶対に……っ!」

「──なら、問題ねーですよね?」

「へっ……?」

 

 それは違う。それだけは違うと、初めて侑理の口から明白な言葉が出た。本当に、それだけは認められないし、そう思ってはほしくなかったから。理屈などなく、衝動だけで侑理は言い切る。

 だがその答えを発した次の瞬間、真那の雰囲気が変わる。ふっ…と口角を上げ、手首を掴んでいるのとは逆の手で侑理の前髪を押し上げる。

 

「ちょっ、ちょちょ…真那……!?」

「全く、何を慌てていやがるんですか。侑理だって、普段からべたべた触ってくるじゃねーですか」

「いやそうだけども、それはそうなんだけども!で、でもこれって……」

 

 明らかに普段自分がやるスキンシップとは違う。そう言うよりも前に、真那は顔を近付けてくる。可愛らしさと格好良さがハイレベルで共存する、端正な真那の顔がどんどん近くなってくる。平時ならば、嬉しいに決まっている状況なのだが…あまりの急展開に、今は心が追い付かない。

 

「だ、だから…真那、待って……」

「……侑理は、嫌なんで?」

「…嫌じゃ、ないけども……」

 

 だったら、とばかりに一度は止まった接近が再び始まる。手首を掴まれているから逃げられない…などという思考は既になく、下がるという考え自体が侑理の頭からはすっ飛んでしまう。

 

(待って、待って待って待って!何これどういう事!?え、これってそういう事なの!?も、もしそうなら、本当にそうなら、うちは……)

 

 混乱の中、思考が滅茶苦茶な状態で加速する。一瞬で様々な考えが脳裏を過り…その間にも、真那の顔は近付いてくる。迫ってくる。

 本当に、一体全体どうしてこうなったのか。分からない、理解出来ない。ただ、でも、それでも…嫌だと思う気持ちだけは、どこにもない。そして、自らの心境をどこか第三者の様な感覚で実感する中、いよいよ真那の顔は間近に迫り……侑理はきゅっ、と目を閉じる。目を閉じ、次の瞬間が訪れるのを待ち……

 

(…あ、あれ……?)

 

 しかし、その瞬間は…唇に触れる筈の感触は、いつまで経っても訪れない。あるのは手首と額、それぞれに当たる真那の手の温かみだけ。

 困惑の中、侑理は薄っすらと目を開ける。すると眼前には、やはり真那の…しかし先程よりは、少し離れた状態の真那の顔があり、そのまま侑理は真那と目が合う。数瞬後、真那の口の端がぴくっと震え……表情が、崩れる。

 

「ぷっ──あははははははははっ!」

「ぇ…え……?」

 

 吹き出したかと思えば両手を離し、そのまま腹を抱えて笑い出す真那。逆に侑理はこれ以上ない位意味不明となっているのだが、そんな事などお構いなしに真那は背中を丸めて笑い転げる。本当に、何が何なのか侑理は分からず…だが少ししたところで、ふと気付く。

 

「…もしかして…うち、からかわれた……?」

 

 ひぃひぃ言いながら、未だに真那は笑っている。涙が出る程に笑い、その涙を指で掬い…侑理の顔を見て、若干収まりつつあった笑いが再燃する。その反応は、侑理の呟きに対する答えも同然であり……

 

「も、もぉおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 自分でも真っ赤になっていると分かる程に、かぁっと熱くなる侑理の頬。侑理と真那は対等な相棒なのだから、侑理が真那をからかうように、真那が侑理をからかったとしても何ら駄目な事はない。少なくとも、さっきは侑理が真那をからかった為、その『お返し』をされたとしても、侑理に文句を言う筋合いはない。頭ではそれを理解しているが、確かに侑理は真那の行動を本気にしてしまい、しかもその時の自分は受け入れようとしていたのであり……あまりの恥ずかしさから、侑理はまだ笑う真那をぽこぽこと叩きまくるのだった。

 

 

*

 

 

 色々とやり取りをしている間に冷めてしまった夕食を改めて食し、侑理は自分の部屋へと戻った。普段ならば、食後も暫くは真那の部屋でのんびりとしているのだが…流石に今日は恥ずかしさから、早々に部屋に戻る事にした。…それはそれで、単純だと真那に思われてそうだが…この流れで普段通りにいられる程、侑理は単純でも図太くもないのだ。

 

「うぅ…ほんとに散々な目に遭った……」

 

 今思い出しても顔が熱くなる、とベットに寝転んだ侑理は脚をばたつかせる。ついでにドキドキもするのだが、それも真那の仕掛けた悪戯だったと思うと、恥ずかしくて仕方がない。

 

(…でも、真那…実際はうちの事、どう思ってるのかな…。それにうちは、真那の事……)

 

 暫し悶々とした末に、ぼんやりと侑理は考える。悪戯、冗談であったとはいえ、何も思っていない…ただの友達や戦友だとしか思えない相手に、あそこまでの事をするだろうかと。もしそうでないのなら、真那にとって自分は、どういう存在なのか…と。

 同時に侑理も、真那との関係を改めて考える。相棒である事も、親友である事も間違いない。好意も、愛も、本物だと断言出来る。だが…それはどういったものなのだろうか。自分は今の関係が良いのか、更に先の関係を望んでいるのか、そもそも今より先とは何を求めているのだろうか…そんな取り留めのない思考が、ぐるぐると回る。

 しかし、思考は広がるばかりで、一向に答えには辿り着かない。そうしている内に、じわじわと睡魔すらやってくる。

 

「…まぁ、でも…いっか……。うちと真那の絆が、絶対のものである事は変わらないし…ね……」

 

 ごろん、とうつ伏せから仰向けになり、呟きながら侑理は目を閉じる。今日も一日色々あったが、無事に終える事が出来た。六喰の事も、DEMの事も、今後の色々な事も、考えればキリがないが、今は決して焦る時でも、逼迫した状況にある訳でもない。ならば今はそれでいいと、もやもやした部分も今全て答えを出す必要なもないと、明日の事は明日の自分に任せる気分で、侑理は一度目を開け電気を消し、毛布を被った上で今度こそ完全に眠りへと落ち……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……──あれ…?…ここ…どこ……?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。