デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第百二十四話 忘却の中で

 朝、目が覚め、いつものように、朝の準備をしようとした時……世界は、一変していた。別世界になっていたとか、荒廃していたとか、或いは時間が飛んでいたとか…そういう、言葉通りの意味ではない。確かに今日は、昨日の翌日で、五河宅で、環境は何も変わっておらず……ただ一点、ある事だけがあまりに変わってしまっていた。

 普段通りに声を掛けた琴里に、悲鳴を上げられた挙句不審者が如く怒鳴られた。学校では、友人やクラスメイト達から初対面であるかのような反応をされ、十香や折紙からも、一体誰だと返された。耶倶矢と夕弦も似たような反応で、二亜の住むマンションを訪れても門前払いされ、電話を掛けた美九からも全身全霊の拒絶をされ、出掛けようとしていた四糸乃と七罪からも、怪しい人物に声を掛けられた時の様なよそよそしい態度しか返ってこなかった。誰も彼もが、自分の事を──『五河士道』の存在を忘却してしまったかのようだった。

 昨日まで当たり前だった関係が、何の前触れもなく消失する。それは、まるで何も知らない世界に迷い込んでしまったかのような、不安と焦燥感を抱かせるものだった。あまりに訳が分からず、当然受け入れられる筈もなく……されど、自分の事を覚えている人物がいないか考えを巡らせている内に、士道は一つの可能性に辿り着いた。有形無形、凡ゆる対象を『閉じる』事で封印してしまえる、彼女の存在に。

 

「六喰!」

 

 そう。天使〈封解主(ミカエル)〉を持つ彼女が、精霊を始めとする士道の周囲の人間から、士道の記憶だけを封じていた。更に、その可能性に気付いた士道が、〈贋造魔女(ハニエル)〉による複製〈封解主(ミカエル)〉で封じられた記憶を解放しようとした瞬間六喰は現れ、その力を封じてしまった。打開の手段を封じ込めた上で、現れた六喰は言ったのだった。これで二人きりだと。もう何も心配は要らない、心置きなくむくを愛でるが良いと。そこに、その言葉と声音に、凡そ悪意と呼べるものは何もなく…あるのは純粋な善意と愛情だけだった。だからこそ、士道は戦慄し…すぐに言葉を返す事が出来なかった。

 原因は分かった。士道の事を覚えている者もいた。されど、分かったが故に生じた、新たな絶望的状況。当然士道は六喰の説得を試みたが、自分の事が好きならば、他の女性など必要ない筈であり、むしろ他者の存在があるからこそ、士道は素直になれないのだという考えを何の疑いもなく持っていた六喰に、士道の言葉は届かなかった。自分本位に、我を通しているだけ…少々荒い指摘ではあったが、確かに六喰はそうだった。純粋に、無自覚に…悪意がないからこそ、どこまでも思考が自己完結してしまっていた。そうなるともう、士道に残された手は霊力封印で〈|封解主《ミカエル〉〉の効力そのものを途切れさせるが、士道自身が〈封解主(ミカエル)〉の力を引き出すかのみ。だが今は、〈ラタトスク〉の…誰かの手を一切借りる事なく果たさなければならないという状況下であり…しかしそこに、一つの光明と、新たな絶望が襲来した。

 

「止めてくれ…!十香も!」

 

 初めに現れたのは折紙。現れた折紙は、「五河くん」と士道の事を読んだ。それは紛れもなく、士道の事を覚えている証拠であり…同時にその呼び方は、普段接している彼女ではなく、『改変の世界』の折紙のそれ。曰く、現在の折紙は二人の彼女が改変前をベースに混ざり合っているようなのだが…どうやら記憶を封じられたというのは、記憶へのアクセス能力を封じられたという形らしく、普段表に出ていない改変後の折紙は封印から免れていた為に、士道を探しに来てくれたのだった。孤立無援だった士道にとって、折紙の存在は非常に心強く…されど、そのすぐ後だった。折紙の記憶を再度封じようと六喰が〈|封解主《ミカエル〉を出したのを察知して、十香が……それも、反転状態の彼女が現れたのは。

 一触即発…どころか、二人はすぐに交戦状態となってしまった。折紙曰く、士道との記憶が封じられた事で無意識に『士道を失った』という喪失感が蓄積した結果、反転状態となってしまったと思しき十香は、嘗ての事……DEMの日本支社で一度十香が反転してしまった事があり、その際何とか士道は十香を元の状態に戻したのだが、それを反転十香は『人間に辛酸を舐めさせられた』と捉えていたらしく、その雪辱を果たそうとする反転十香と、反転十香を排除しようとする六喰は天使を振るい合い…それを、機転を効かせた折紙が止めてくれた。六喰には士道は暴力が嫌いだと宥め、反転十香には彼女が武力で士道に屈した筈ではないと伝えた上で、武力ではない戦いを…士道の愛を勝ち取った上でキスをした方が勝ちという、別の勝負を提示した。それは、キスによって六喰の霊力が封印される、或いは十香の反転が解除される事を期待しての作戦であり……作戦そのものには成る程、と思った士道だったが、そこからが大変だった。反転十香は何かと力技で目的を達成しようとし、六喰も反転十香への敵意と現代社会への知識に欠ける事が災いし、初めに行ったメイド喫茶では、紆余曲折の末床に這い蹲らせられた状態でケーキをあーんさせられるという、本当に意味の分からない状態になってしまった。

 その後、士道達は様々な場所を回ったが、どこに行っても二人の対立は変わらず、士道と折紙は振り回された。そうして最終的に訪れたのが、天宮タワーと呼ばれる観光先としてもデートスポットとしても有名な場所で…ここに六喰は来た事があるのか、体調を崩してしまっていた。折紙が六喰を連れてお手洗いへと行っている間、士道は反転十香と話す事になり…反転と称されている今の状態が、精霊としては本来の姿である事、精霊の力の源であり、始原の精霊がその力を分割した存在である霊結晶(セフィラ)はそのままでは人間の身体を蝕み過ぎる為、始原の精霊がこの世界の人間に適合し易いよう変質させた結果、反転は普段表に出ない状態になったのだという、衝撃の事実を聞く事となった。当然より詳しい話を聞こうとした士道だが、思わず反転十香の肩を掴んでしまい、気を悪くした反転十香は士道へ制裁を加えようとし、そこで戻ってきた六喰が反転十香へ攻撃を仕掛けるという、もう何度も起こったやり取りがまた繰り広げられ……だが、その直後だった。胸ぐらを掴んだ六喰に対し、反転十香は手刀を振るい…その一振りが、六喰の頬と髪を一房切ったのは。

 

(くそッ…どうして、こんな事に……!)

 

 頬に出来た傷は、浅く血も滲む程度。髪も、背丈程の長さがある六喰からすれば極僅かなもの。されど六喰は散った自身の髪を茫然とした顔で見つめ、震え出し……そして、吠えた。周囲に衝撃波を放ち、霊装を纏い…狂気的とすら思える程の憎悪を、反転十香へと向けた。更に六喰は手にした〈封解主(ミカエル)〉を自らの胸に突き刺し、捻り…次の瞬間、天使と霊装が変質した。それぞれ優美な外観であったそれが、先鋭的な、六喰の怒りを体現したかのような形となった。一瞬士道は、六喰が反転してしまったのかと思ったが…違う。上手く説明出来ないが、感覚的に違うと分かった。

 正対どころか、その姿を認識しただけで脚が竦んでしまいそうな程の怒りを、憎しみを滾らせる六喰。それに動じるどころか、不敵に笑い臨戦態勢となった反転十香。そうして、二人の…尋常ではないプレッシャーを放つ精霊と、反転精霊の、命の奪い合いが始まってしまった。士道はすぐ側にいながら、六喰が髪を心底大切にしている事も、反転十香は恐らく髪を傷付けようとした訳ではない事も分かっていながら…止める事が、出来なかった。

 

「五河くん!」

「……っ!」

 

 最初の衝撃波で割れ、枠のみの状態となった展望台の窓から外へと身を踊らせた二人は、空中で幾度も激突している。その二人に、張り上げた声は届かず…見上げる事しか出来なかった士道の背後を、強い意思の籠った声が叩く。

 

「……っ、折紙……」

「落ち着いて、五河くん。まずはここから出ないと」

「いや、でも…このままじゃ、六喰も十香も……!」

 

 今も二人はぶつかり合っている。六喰も十香も、士道にとっては傷付いてほしくない存在。十香は今、反転しているが…だとしても、敵ではない。そんな二人が矛を交えているというのに、背を向ける事など…そう思っていた士道の手を、折紙が掴む。

 

「気持ちは分かるよ。私だって、二人が戦うのを止めたい。だけど、ここにいたら……きゃっ…!」

「折紙!」

 

 言葉の途中で、士道達を激しい振動が襲う。それは二人の戦いの余波、躱された攻撃が天宮タワーに直撃した事による衝撃であり、倒れ込んできた折紙の両肩を咄嗟に士道は受け止める。その瞬間、士道と折紙の距離は近付き、顔も触れ合いそうになり……折紙の顔が赤くなった直後、士道も折紙もばっ、と離れる。

 

「ご、ごめんね五河くん…!」

「い、いや……こっちこそ、悪い。…そうだよな。まずはここから離れるべきだもんな」

 

 このままここにいれば、同様の事が再び起こる可能性は十分にある。もし天宮タワーが崩壊し、それに巻き込まれたとなれば、二人を止めるどころではない。それに何より…士道の身を案じてくれている折紙の気持ちを無碍にするのは……違う。

 そうして冷静になった士道が言葉を返せば、折紙はほっとしたような表情となる。先程の反応も、今の表情も、やはり普段の折紙からは考えられない程『普通の女の子』らしいもので…しかしそれでも、折紙は折紙。瞬時に非常階段の場所を確認すると、士道を先導するように走り出す。その背中を士道は追い、二人で非常階段を駆け降りていく。

 

(けど、どうする?ここから出て、その後は…どうやって、二人を止める……?)

 

 士道は六喰と反転十香の戦いを止めたい。しかしそれは、人智を遥かに超えた、あまりにも熾烈で埒外の戦い。

 嘗て士道は、一方がもう一方を吸収し、真の『八舞』となる為に…互いを思い、互いを生かそうとするが為に戦いとなってしまった耶倶矢と夕弦の激突を、初めて顕現させた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の一閃で止めた事がある。だがそれは、精霊ではない存在が…ただの人間である筈の士道が天使の力を振るったという衝撃と、どちらかのみが生き残るのではなく、たとえ真の八舞とはなれずとも二人で生きていくという新たな選択肢を士道が提示出来た事、そして耶倶矢も夕弦も何より相手の事を…それこそ、自分を犠牲にしても構わないと思う程大切に思っていたからこそ、止める事が出来た。しかし、六喰と反転十香は違う。どちらも既に、士道が天使の力を引き出せる事を知っており…彼女達に、相手を思いやる気持ちはない。そんな戦いを、止められるビジョンが士道には見えない。

 

「ふぅ……五河くん、大丈夫?」

「あ、あぁ…そういや、他の人達は……」

 

 展望台からエントランスまで階段で駆け降りた事で、上がってしまった息。折紙は封印状態とはいえ精霊であるからか、それとも元ASTとしてやはり身体の使い方は士道より理解しているという事か、士道よりもまだ余裕がありそうな様子で…その事に少しだけ情けなさを覚えながらも、士道はぐるりと周囲を見回す。見回して、すぐに出入り口へと走る人達の姿を…恐らくは、エレベーターで展望台から逃げた後、士道達より先に外へ逃げる人達を目にした事で、一先ず安堵する事が出来た。

 そんな中、再び攻撃が当たったのか、上から轟音が響く。士道は折紙と顔を見合わせ、外へと走る。外へ出て、見上げ……圧倒される。

 

「……っ…」

 

 激突する二人の精霊。ぶつかり合う度に空では烈風が巻き起こり、その余波だけで無差別攻撃の様に周囲の空間を蹂躙していく。二人の戦いは、正に天災と天災の衝突。空中…それも天宮タワーという高所から始まった戦闘であるおかげで、外れた、或いは弾かれた攻撃の多くは何もない場所を斬り裂き穿つだけに留まっているが、もし二人が地上で戦っていたのなら、既に周辺一体は瓦礫の山となっていたに違いない。

 そんな二人の戦いをある程度離れた場所で、周囲への影響も視界に入る距離で見たからこそ、士道は絶句してしまった。本当に、こんな戦いを止められるのかと。止める術などあるのかと。

 

(く、そ…せめて、皆がいてくれれば……)

 

 思い浮かぶのは、いつも士道に手を貸してきてくれた精霊達の事。これまでも幾度となく苦難困難に直面し、それを乗り越えてきた士道だが、自分一人の力で切り抜けた事など一度もない。いつでも琴里が、精霊達が、〈ラタトスク〉のクルー達が…皆がいたからこそ、希望を掴む事が出来た。

 だが、そんな皆との繋がりが、今は絶たれてしまっている。そしてその繋がりを取り戻す為には…六喰を、この戦いを止めるしかない。

 

「……ッ、あぁそうだ…怖気付いてる場合じゃねぇだろ、俺……!」

 

 そう。このままでは、士道は大切なものを取り戻せない。士道は超人でも、仙人でもない。ただの高校生であり……だから、築いてきた繋がりを失いたくないのだ。皆との日々を、取り戻したいのだ。

 自分の事。六喰の事。反転十香の事。士道には、退けない理由が幾つもある。一人で止める事など不可能だが、決して一人ではない。たった一人…されど確かに、折紙がいる。ならば踏み出せる、踏み出すしかない。そう、士道が自分自身を奮い立たせた……その時だった。

 

「……──え?」

 

 何度目かの、天宮タワーへの流れ弾の衝突。轟音がまた周囲へ響き……次の瞬間、タワーの一部が激しく崩壊。瓦礫となって崩れ落ち……それが士道のいる場所へと降ってくる。

 破片とはとても言えない、巨大な鉄塊。士道のいる場所が一瞬で影となり…突然の事態に、頭では逃げなければと分かっているのに士道は茫然としてしまう。

 そんな士道の前に躍り出たのは折紙。彼女は士道よりも小さな身体で、士道を守らんと抱き寄せてくる。このままでは、自分どころか折紙までも巻き込まれる。それだけは絶対に駄目だと士道は折紙を引き剥がそうとするが、既に遅く……

 

 

──されど次の瞬間、今にも士道達を押し潰さんばかりだった瓦礫が吹き飛ぶ。淡い緑の輝きを放つ二つの光芒が、瓦礫を吹き飛ばし、更に発生した破片をも消し飛ばす。

 

「…今の、は……」

 

 士道は知っている。それが、魔力の…魔術師(ウィザード)の振るう一撃であると。しかし折紙は目の前にいる。ならばASTか、或いは何らかの意図を持ったDEMか。士道の頭の中に、複数の可能性が過り……だがその射手は、全く予想していなかった人物だった。

 

「あ、れ…?私、どうして…って……」

 

 一拍遅れて、士道を守ろうとしていた折紙も今起こった事に気付く。それとほぼ同時に、空から二つの影が降り立つ。

 一方は黒と黄、もう一方は黒と青を基調とした、重厚そうな鎧。長大な砲と、鋭利な刃。その装いは、正しく魔術師(ウィザード)のものであり…しかし、ASTやDEMの魔術師(ウィザード)が装備しているものとは、外観が違う。いやそれ以前に、士道はその装備に…二人の後ろ姿に、はっきりと見覚えがある。忘れる筈も、間違える筈もない。片や金糸雀色の、片や紺青色の髪を靡かせる二人の少女は、彼女達は……

 

「真那!侑理!」

 

 士道の実妹である崇宮真那と、士道を兄の様に慕う侑理・フォグウィステリアなのだから。

 

「二人共…もしかして、二人も俺の事を覚えていてくれたのか……!?」

 

 間一髪のところで現れた二人に、いつものように並び立つ彼女達の姿に、士道は感情が込み上げてくる。

 精霊達と同じように、二人も士道の事を忘れてしまったのか。…それが、士道には分からなかった。何せ、自分の事を覚えている人物がいないか探し回った士道だったが、二人には会う事が出来ず、何故か連絡も繋がらなかったから。しかし、明らかに例外的な存在である折紙や反転十香以外は軒並み忘れてしまっていた為、二人もそうなのだろうと頭の片隅で思っていた。

 無論、まだ覚えていたと断言出来る訳ではない。二人は士道ではなく折紙を助けようとしたのかもしれないし、二人ならば『見ず知らずの誰か』であっても、危機に瀕していれば助けようとするだろう。されどもし、覚えていてくれたのなら…或いは士道は覚えていなくとも、折紙との関係が変化していないのなら、二人の協力を得られるかもしれない。…そう、思った士道だが…すぐにある違和感に気付く。

 

「……真那?侑理…?」

 

 二人からの、返答がない。無言であるとか、無視されているとかではなく…そもそもまず、呼ばれている事を認識している様子がない。何かおかしいと思いながらも、もう一度士道は二人を呼び…そこで漸く、二人は肩を震わせる。

 

「えぇ、と…その……」

 

 ゆっくりと振り向いた侑理と真那。しかし二人の顔に浮かんでいるのは困惑の表情であり、侑理が漏らした声も、何やら妙に自信なさげ。そしてその反応に士道もまた困惑する中……真那は、言った。

 

「真那、侑理ってのは……私(・)達(・)の(・)、名(・)前(・)で(・)い(・)や(・)が(・)り(・)ま(・)す(・)か(・)…?」

『へ……?』

 

 その、あまりにも予想外の言葉に、士道は折紙共々ぽかんとなる。一体何の冗談を…と一度は思った士道だが、すぐにそうではないと気付く。二人の面持ちは、その瞳の奥に浮かぶ不安の色は…冗談などでは、決してない。

 

「何を、言ってるんだ……?」

「……分からないんです」

「分からない…?」

「はい。自分の名前も、自分がどうしてこの街にいるのかも、どこで生まれてどこで過ごしてきたのかも、この力の事も……何もかも、全部」

 

 呟くようにして語った、侑理の言葉。それに士道は、士道達は、絶句した。士道に関する記憶を封じられる…などという、生易しいものではない。もし、侑理の語った言葉が真実ならば……侑理達は、過去の全てを忘却してしまったという事になる。

 

「な、なんで…どうして、そんな……」

「それも、分からねーんです。…けど、やっと一つだけ分かりました。私は侑理で……」

「うちの名前は、真那……」

「あ、いや、逆だ逆。お前が真那で、お前が侑理…で……」

 

 まるでふざけているような間違いに、思わず士道は普段の調子で訂正し……だが普段なら、少なくとも真那なら冗談でもやらないような間違いを冒したからこそ、二人の状態をよりはっきりと実感する。

 今の二人は、謂わば記憶喪失のようなもの。それも創作によくある、『名前だけは覚えている』という状態よりも更に悪い。しかし同時に、今の二人に対しては幾つかの疑問が浮かぶ。

 

「…なら、どうして二人はCR-ユニットの展開が出来たんだ……?」

「CR-ユニット…っていうのは、これの事でいやがりますか?」

「もし、そうなら…えっと、何となく分かったというか……」

「…もしかして、身体が覚えていた……とか?」

 

 頬に指を当てつつ言った折紙の言葉に、多分そんな感じだと二人は頷く。実際そうなのかは定かではないが、同じ魔術師(ウィザード)である折紙が言うのなら、そうなのかもしれない。

 ともかく、一つの疑問に答えは出た。だからこそ士道は、もう一つの疑問に…何よりも気になった事に、触れる。

 

「だったら……二人が俺を助けてくれたのは、折紙がいたからか?それとも…それも、何となくなのか……?」

 

 士道からの問いに、二人は顔を見合わせる。ほんの数秒黙り…それからまた、士道を見る。士道の事を見つめて言う。

 

「…正直、それも何となく…でいやがります。本当に、はっきりとした理由は私にも分からねーですが……」

「──でも、放っておけなかった。気が付いたら、身体が動いていた。…それじゃあ、駄目ですか?」

 

 あぁ、そうか。心の中で、士道はそう呟く。駄目なんかじゃないと、首を横に振る。

 二人共、自分自身の名前すら忘れてしまっている。それは、誰も自分の事を覚えていなかった、先程までの士道よりも恐ろしい事かもしれない。或いは何もかも忘れてしまうと、そういう恐怖すら分からなくなるのかもしれない。だが…そんな状態でも、頭ではなく心のどこかで、二人は士道の事を守りたいと思ってくれたのだ。繋がりは断たれても、思いは心に残っていたのだ。

 

「ありがとう、二人共」

 

 ならば、士道は伝えなければならない。感謝の言葉を。二人の思いに対する、士道の思いを。

 まず自分自身が大変な状態なのに、自分を守ろうとしてくれた二人に、兄としてどうするべきか。普通に考えれば、折紙に琴里や〈フラクシナス〉と繋いでもらい、事が済むまで保護してもらう事だろう。……だが、士道は知っている。二人の、思いの強さを。二人がただ守ってもらうだけの妹ではない事を。──だから。

 

「何が何だか分からねーですが、取り敢えず安全なところまで護衛します」

「あ、でも、うち達もどこに何があるのか分からないので、案内はしてもらってもいいですか……?」

「う、うん。五河くん、ここは一度……」

「……いや。真那、侑理。二人に、頼みがある。──あの二人を…六喰と十香を止めるのに、力を貸してくれないか?」

 

 拳を握り、頼み込んだ士道の言葉に、折紙が驚きの表情を見せる。どうして記憶喪失の二人にと、そんな視線を向けられる。

 そうだ。その通りだ。今力を貸してもらおうなどとするのは、酷というもの。士道自身それは分かっているし、もし少しでも二人に不安があるのなら、即刻取り下げるつもりでいる。ただ……思ったのだ。士道の知る二人ならば、「どうして今、自分達を頼ってくれなかったのか」…と言うのではないかと。確かに記憶喪失ではあるが、その程度で怖気付く程柔な妹ではない…そう言う気がすると。当然それも、士道の勝手な思いかもしれない。だから、答えを決めるのは侑理と真那の二人であり……目を丸くした二人は、無意識なのか、二人共に胸に手を当て…言う。

 

『──勿論!』

 

 にっ、と笑みを浮かべ、自信満々に言い切る侑理と真那。その笑みは、士道のよく知る二人の表情で…そんな二人の笑みに当てられて、活力が湧いてくる。

 初め士道は、一人だった。どうにかしなければと思うものの、どうしようもないのではないかとすら思っていた。だが折紙の存在が士道を奮い立たせ、今に至るまで士道を支えてくれた。侑理と真那が、記憶喪失のとなってでも士道の力になってくれると答えてくれた。ならばもう、恐れる事も、悲観する事もない。六喰と反転十香の戦いを止める。そして、封印されてしまった皆の記憶を…繋がりを、取り戻す。その為に士道は、力を、思いを、今の自分に出来る事を……尽くす。

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