デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第十四話 集団の戦い

 魔術師(ウィザード)は、往々にして対多数戦をあまり得意とはしていない。これは魔術師(ウィザード)の仮想敵が基本的に精霊であり、精霊は一部の例外…多数の分身体を使役している事が判明した〈ナイトメア〉や、先日日本に現れたという二体一対の精霊〈ベルセルク〉等を除けば、一つの地域で同時に複数の個体が現界する事などまずない…即ち精霊との戦いはほぼ対単体戦となるからであり、仮想敵に合わせて対多数戦より対単体戦へ重きを置くのは当然の事。それは個人主義(というかスタンドプレー)の傾向が強いDEM第二執行部は勿論、ASTの模擬戦にも表れていた。チームプレー自体はあるものの、基本的には攻撃も防御も対単体を意識している…そんな性質が見て取れた。

 この性質、対多数戦があまり得意ではないという短所に囚われないのは、多数を相手にしても勝利を収める事が出来る、圧倒的な実力の持ち主か、広い視野を持ち、自然と『目の前の相手』以外もよく見える者かのどちらか。そして、エレンは侑理に後者の素養があると見抜いていたのかもしれない。だからこそ、ただ見えるだけではなく、そこから一歩踏み込み「多数が相手でも戦える」…という段階にまで至れるよう、個としての強さを鍛えてくれたのではないだろうか。……この戦場で、ASTとの模擬戦の中で、そんな事を侑理は思い始めていた。

 

「でぇぇぇぇいッ!」

 

 第二執行部仕様のCR-ユニットには性能で劣るAST装備、その推進力を随意領域(テリトリー)による慣性や宙を吹く風の無力化によって補い、横滑りするように飛びながらガトリングガンを撃つ。それによって交戦している相手、折紙に回避行動を取らせつつ、その回避先へと光線を置くようにしてレイザーカノンを一発放つ。狙い通り、カノンの一撃は直撃し、されど折紙の方も初めから避ける事は考えていなかったのか、防性を高めた随意領域(テリトリー)でしっかりと受け止め反撃に来る。

 依然として、侑理は折紙と戦闘中。しかし、侑理が見ているのは目の前の折紙一人ではない。

 

(味方も相手も、概ね把握する事は出来た。後は……)

 

 細かく切り返すように左へ右へと飛ぶ事で、反撃の弾丸を躱していく。距離を詰められないよう、出し惜しみなくスラスターを噴かしながら、侑理は視線を巡らせる。そして折紙がいるのとは別方向、ライフルで射撃をしつつ後退していた一人の味方を見つけた事で、侑理は今だ、と行動に移す。

 

「ミケさん!バトンタッチお願いします!」

「は、はいっ!…って、え?バトンタッチって…折紙さんの相手ですか!?」

 

 一直線に侑理が向かった先、そこにいるのは味方チームの一人である美紀恵。咄嗟の反応なのか、美紀恵はすぐさま答え…しかし一拍置いてから侑理が誰を相手にしているのか気付いたようで、仰天の眼差しを向けてくる。

 

「い、いや無理です無理です!私が折紙さんの相手なんて、そんな……」

「大丈夫です、支援しますから!」

「支援を頂いても流石に私と折紙さんじゃ……」

「今頼れるのはミケさんだけなんです!これはただの模擬戦ですけど…模擬戦でも、うちは勝ちたいんです!お願い、しますっ!」

「侑理さん…。…分かりました。私もやるだけ、やってみます…!」

 

 ガトリングで折紙を、カノンで美紀恵が戦っていた相手を牽制し、反撃は全て防性を高めた随意領域(テリトリー)で受け止めながら、侑理は声を張る。思いを言葉に乗せて、今一度美紀恵へと頼み込む。そんな自分の姿が、美紀恵の目にどう映ったかは分からない。だが、一瞬黙った美紀恵は侑理の事をじっと見つめ…ふっと表情が変わると共に、身を翻して折紙の方へと向かっていく。その後ろ姿を侑理は見送り、それぞれの武器を構え直す。

 今の言葉に、嘘偽りはない。…まぁ、今近くにいて、割とすぐ替わってもらえそうなのが美紀恵だけだったから、端的にそれを表す言葉として「頼れるのは貴女だけ」と言った訳だが…飛び級する程の才女である彼女なら、きっと察してくれている事だろう。…多分。

 

「…まずは、うちの存在を意識の片隅に引っ掛ける…!」

 

 視線を巡らせ、味方と相手それぞれの位置を再確認し、相手チームの一人を視界に収める。カノンを持つ手を伸ばし、一撃放つ。狙い通りの位置へと飛んだ光線は目標の随意領域(テリトリー)を強かに打ち付け、それによって姿勢が崩れた相手へその人物と交戦していた味方が距離を詰めて攻撃を仕掛ける。

 更なる支援攻撃はしない。撃ち込み当てた時点で侑理はその場を飛び退き、次の目標を捕捉し撃つ。二人目、三人目と繰り返し、手当たり次第に単発の攻撃のみを繰り返す。

 

(よし、次は……)

 

 暫くそれを繰り返したところで、今度は連続攻撃も織り交ぜる。相手の視線、見ているであろう向きを見切り、そこから外れるようにしながら、更に射撃を相手に飛ばす。

 一つ一つは、大した事もない攻撃。だがそれが、少しずつ戦況を動かし始める。

 

「貰った!でやぁあぁぁッ!」

「今のは、流れ弾…?…じゃ、ないわよね…!」

「この距離で火力支援なんて、DEMの魔術師(ウィザード)はやり方が違うわね…けど、助かるわ!」

 

 今の侑理が広範囲に放っている攻撃には、随意領域(テリトリー)を貫くだけの威力も、削り切るだけの物量もない。初めからそんな事を、侑理は狙っていない。ただ瞬間瞬間で動きを妨害する事、魔力や意識のリソースを防御へ割かせる事、そして『視界外からの攻撃』を気にさせる事が目的なのであり…それ自体に相手を倒す力はなくとも、味方が相手に仕掛ける為の『隙』を生み出す事は出来る。味方のアシストが目的であれば、十分な力を発揮する。

 ここまでの首尾は上々。とはいえこれも、美紀恵とのバトンタッチがあってこそ。彼女の存在なくして、この立ち回りは実現出来ない。

 

「…良い動き。この前よりも、無駄が減っている。けど、これで……!」

「くっ、うぅぅ…ッ!」

 

 数度の激突から、斬り結ぶ形となった二人の魔術師(ウィザード)。数秒間のせめぎ合いと、そこから折紙が放つ膝蹴り。しかしそれはブラフの様で、蹴撃に美紀恵が気を取られたように見えた次の瞬間、折紙はレイザーブレイドを振り抜き押し切る。

 大きく仰け反った美紀恵と、ブレイドの斬っ先を向ける折紙。だが、直後に折紙は飛び退く。侑理の撃ち込んだ射撃が、折紙を退かせる。

 

「……っ!今のは……」

「隙有りッ!」

 

 すぐさま折紙が振り向く側面。しかし侑理は既に、着弾を確認するより先にその場を離れており、それ故彼女の視界に銃口を向ける魔術師(ウィザード)などは存在しない。そして折紙が視線を離している間に立て直した美紀恵が踏み込み、斬撃で再び折紙を後退させる。

 更にそこから美紀恵は追撃。射撃は行わず、真っ直ぐそのまま突進していく。突進以外の一切の行動をしていない分、美紀恵が距離を詰めるのは早い…が、折紙の立て直しもまた早く、真っ向から迎え撃つ姿勢を取る。

 しかしそこで、そのタイミングで、再び侑理はトリガーを引く。二人の攻防が行われている隙に折紙の背後へと回っていた侑理が、折紙越しに美紀恵へと視線を送り、彼女に合わせてガトリングを撃つ。

 

「負けたくない、勝ちたい…その気持ちは、私も…同じです…ッ!」

(ミケさん……)

 

 ほんの少しだけ動きを阻害するガトリングの射撃と、そのほんの少しを確かに掴む美紀恵の一撃。ギリギリのギリギリで折紙がレイザーブレイドの刃を間に合わせた事で美紀恵の斬撃は後一歩届かなかったものの、今のは彼女をヒヤリとさせた…顔を見ている余裕などないが、きっとそうに違いない。

 

「…ふー、ぅ…このまま着実に、戦力を削り続ける…!」

 

 このまま二対一で折紙を追い詰め、勝利を収める。…そんな欲求をぐっと堪え、戦場全体に目を向ける。侑理が目指しているのは、折紙個人への勝利ではなく、この模擬戦全体での勝利。そしてその為には、支援こそすれども折紙との勝負へ固執をする訳にはいかない。

 随意領域(テリトリー)内の光を屈折させ、より素早く周囲を把握。通常の視界と適宜切り替え、射撃を放つ。とにかく動き回りながら撃ち込んでいったこれまでとは対照的に、その場から動かず射撃を重ねる。

 

「さっきから邪魔ばっかり入ると思ったけど…やっぱり貴女だった訳ね…!」

「装備はこっちと同じだし、真那程のプレッシャーも感じない…!だったら二人掛かりで一気に……」

 

 攻撃とは、相手に自分の場所を知らせるもの。故に動く事なく攻撃を続けるのは、相手に自分の存在をバラしているのと同じであり、左右に分かれた二人の魔術師(ウィザード)が侑理に向けて接近してくる。一人はライフルとレイザーブレイド、もう一人は両手にライフルという装備で撃ちつつ挟撃を仕掛けてくる。

 こうなる事は分かっていた。早かれ遅かれ火力支援で広範囲を撹乱する自分に視線が向く事は分かっていたし、だからこそ通常支援は後方か動かず、前衛に相手を引き付けてもらいながら行うもの。嘗ての侑理であれば、自然にそのような立ち回りをしていた。

 だが、今の侑理は違う。エレンに鍛えられ、戦いに対する自らのスタンスも少し変わった今の侑理は、狙われる事も立ち回りの内に捉えていた。

 

(見える…十分、見切れるッ!)

『く……ッ!』

 

 左でもなく右でもなく、侑理が選んだのは正面。随意領域(テリトリー)で弾丸を弾きながらスラスターを一気に全開まで吹かし、完全に挟み込まれる前に自ら両者の間へ割って入る。突っ込むと共に両腕を広げ、カノンとガトリングを同時に撃ち込む。

 間髪入れず、捻り込むような軌道を描いて左へ急速旋回。ガトリングの連射を浴びせながら、随意領域(テリトリー)にものを言わせた鋭いターンで接近を掛け、至近距離からレイザーカノンを叩き込む。ライフルよりも高反動である事と引き換えに高い連射性とライフル以上の威力を持つガトリングの連打、その火力で随意領域(テリトリー)を削った上での近距離射撃は相手の防御を完全に貫き、制御を失った相手側の一人はそのまま眼下へ落下していく。その姿を視認しながら、侑理はもう一人の魔術師(ウィザード)へカノンを向ける。苦々しげな表情を浮かべながら彼女が退けば、追撃はせず味方への支援に戻る。

 

「…いける、これなら……」

 

 最初は一進一退だった戦況が、少しずつ有利に変わっていく。そして強力なエースを温存しているのでない限り、集団戦において一度どちらかに戦況が傾いてしまえば逆転するのは非常に困難。そしてもし仮に、その強力なエース…折紙レベルの魔術師(ウィザード)がいたとしても、一人なら自分が抑え込める。このままいけば、自分の支援がなくなっても…勝てる。

 そんな確信が、侑理にはあった。自信を持って、そう思っていた。…だが、ここから侑理は知る。自分の認識、状況の把握に、一つ大きな見落としがあったのだという事を。

 

「……っ…!」

 

 味方の追撃に合わせた支援射撃を行った直後、視界外からの攻撃で随意領域(テリトリー)を揺さ振られる。別の相手へ仕掛けた直後の被弾で驚きはしたが、すぐさま振り向き反撃を撃つと同時に身体を横へ滑らせる。

 それと共に、巡らせる視界。振り向いた先、離れた場所にいたのは三人の魔術師(ウィザード)。何となく見覚えのある顔が二つに、はっきり覚えている顔が一つ。

 

「真那の相棒だなんて言うから、さぞや真那に負けず劣らずの一騎当千ぶりを見せてくれるかと思ったけど…中々どうして、厄介な戦い方をするじゃない」

「隊長さん…」

 

 皮肉めいた言い方と共に、口角をほんの少し吊り上げる燎子。直後に彼女含めた三人が一斉掃射を侑理へ仕掛け、侑理は回避行動を取る。

 

(隊長がこのタイミングで前にだなんて…焦ってる?それとも自分が前に出て、士気を立て直そうとしている?…いや、なんであれこれはチャンス。逃す手はない…!)

 

 劣勢な状況でリーダーまでやられれば、一気に瓦解するのは明白。そのリスクを背負って前に出てきた以上、何らかの考えがある事は間違いない…が、今の侑理にそれを見抜けるだけの材料はない。ならばごちゃごちゃ考えるより、目の前の事に集中だと侑理は思考を切り替え、反撃に転じる。次々放たれる射撃を張り切り、ガトリングで相手三人を纏めて薙ぐ。

 

「…って、え……?」

 

 今の射撃は陽動で、回避先へのカノンこそが本命の攻撃。…だったのだが、予想に反して燎子達は一気に後退。反撃の為の回避ではなく、逃げる為の回避を行い、三方向へと分かれていく。今のは一体なんだったのか、即逃げるならそもそも何故不意打ちを凌がれた時点で退却しなかったのか。…反撃の結果、侑理に残ったのは疑問だけ。燎子の目論見が、余計に分からなくなっただけ。

 しかしそれならそれで、支援に戻るまで。そう考える侑理だったが、すぐにまた随意領域(テリトリー)が叩かれる。

 

「……!また……」

 

 再び仕掛けてくる燎子と、彼女が率いる二人の隊員。またも彼女等は侑理が反撃に動くと散開して逃げ、支援を再開すると同じように撃ってくる。ならばと大きく踏み込んで見ても、狙った相手は全力で逃げ、残り二人が離れた位置から援護射撃を仕掛けてくる為に、中々落とす事が叶わない。

 だが、それは燎子達とて同じ事。こんな及び腰な戦い方では、悪戯に時間を浪費するだけで碌な成果はなく、劣勢の中でそんな悠長な事などしていられない筈。それを隊長…魔術師(ウィザード)としての実力ではなく、指揮官としての能力でこの部隊の長に任命されているらしい彼女が分からないとも考え辛い。

 なら、何か。何を狙い、何を考えているのか。隊長は一体何を…そこまで考えたところで、漸く侑理は気付く。『指揮官である隊長』がこのような行動を取っている…それに目を向けた事で、やっと理解し表情が歪む。

 

(…そっか、これが狙いか…これは、うちを封殺する為だけの…ッ!)

 

 向ける視線。その先にいる燎子が浮かべているのは、決して余裕はない…だが落ち着きが見て取れる表情。

 まるでひたすらちょっかいを掛けているだけのような、戦況的には明らかな悪手。しかし今、侑理はそれによって味方への支援が満足に出来なくなっていた。自身の強みを、完全に潰されていた。

 

「うち相手に隊長さん含めて三人掛かりなんて、割に合わないんじゃないですか…ッ!?」

「まさか。DEMの精鋭をたった三人で止められるなら、むしろ安いものよ。…私も伊達に隊長をしている訳じゃないわ」

「……ッ!」

 

 突撃しながらのカノンの連射を、燎子は防御に専念して受ける。その間に二人は上下に展開し、十字砲火で反撃をしてくる。二人の方を狙おうとすれば、二人は逃げ、今度は燎子が撃ってくる。単発攻撃など、ちゃんと対応すれば怖くはない。怖くはないが…そうしている間は、どうしたって味方を支援する事は出来ない。

 隊長である燎子もまた、広い視野で以って戦場を見られる目を持っている。考えてみれば、それは当然の事。そしてASTの面々の動きは、侑理よりも遥かに熟知しているのであり…これまで後方に留まっていたとはいえ、彼女への警戒を疎かにしていた自分のミスを、彼女の術中の中で痛感する。

 

「けど、そういう事ならもっと早く動けばいいものを…!どうして、戦況が劣勢になってから……!」

「こっちだって貴女の実力を測っていたのよ。それにこれは模擬戦よ。重要なのは、勝敗じゃなくてその内容。貴女の存在が良い刺激に、良い経験になると思っていたから、暫くは泳がせていたって訳」

 

 このままでは拉致が開かない。そう考え、侑理は狙いを一人へ、燎子へ定める。逃がすものかと、二人の射撃は全て随意領域(テリトリー)で弾くと共に最短距離で彼女へ突っ込む。

 

(泳がせていた、か…。隊長さんが勝ち負けに拘ってないなら、それもそうなんだろうけど…うちの事を侮ってるなら、ちょっと癪だな…!)

 

 後退する燎子を全力で追い立てる。そろそろ弾薬が心許なくなってきたガトリングを温存し、レイザーカノンで連続して撃つ。対する燎子は通信で指示を出したのか、二人の隊員は侑理の後ろに回り込んで燎子と共に火力を集中させてくる…が、その尽くを随意領域(テリトリー)で弾き返す。

 ここまでは存分に支援して回っていた侑理だが、積極的に前に出ての支援が機能するのは、反撃を受けてもそれを返り討ちに出来るだけの力があってこそ。ここまでは妨害の中でも支援をしようとしていた為に上手く立ち回れていなかったが…目の前の事に集中するのであれば、実力がそのまま反映される。ASTとDEM、その差がはっきり表れる。

 

「今度は随分と深追いしてくるのね…ッ!そんなに一人で突出して大丈夫なのかし…らッ!」

「心配御無用。普段やってるDEMでの模擬戦の方が、もっとずっと激しいので…ッ!」

「はっ、言ってくれるわね!…気張りなさい!ここで耐える事が出来れば、まだ折紙がひっくり返してくれる可能性が残るわ!」

「勝ち負けは重視しないんじゃないでしたっけ…ッ!」

「だからって易々負けてやるつもりなんかないって事よッ!」

 

 受けて、防いで、撃ちまくる。何度も随意領域(テリトリー)で諸に受けている事が段々と脳の負担になっていくが、まだやれる。まだ自分の限界には程遠い。そう自らを奮い立たせ、侑理は燎子に喰らい付く。燎子もまた何発もカノンを被弾し、次第に表情が苦々しげなものへと変わっていく。

 

「ごめんなさいミケさん、こっちはもう少し掛かりそうです…!だから、後少し……」

「耐えてみせますッ!だから、侑理さんも頑張って!」

「……っ!はいッ!」

 

 時間を掛ければ恐らく三人全員倒せる。だが戦況全体はともかく、美紀恵の支援が出来ない事だけは不味い。折紙に戦況を覆されてしまう可能性がある事は勿論、支援すると言って一方的にバトンタッチを持ち掛けておきながら、その支援が途中で滞ってしまうというのは、あまりに彼女に申し訳ない。

 そんな思いで、侑理は美紀恵に呼び掛ける。耐えてほしい、そう美紀恵へ言おうとする。されど、侑理がその言葉を口にする事はなかった。自身が言うよりも先に、美紀恵の方から応えてくれた。そしてその言葉に、むしろ侑理が勇気を貰う。更に心が奮い立つ。

 DEMの模擬戦の方が激しい。それは事実であり、悪い言い方をすれば普段よりも緩い訓練。しかしここには、DEMの、第二執行部の訓練とは違う形の経験がある。それに何より、全員が全力で、本気で模擬戦に向き合っている。だからこそ侑理も、力の限り飛んで戦う。真っ直ぐに、懸命に…勝利へ向けて、突き進む。

 

 

 

 

「お、お疲れ様です、侑理さぁん……」

「ん、ミケさんもお疲れ様。やりましたねっ」

 

 AST全員参加の、侑理を交えた集団模擬戦。その結果は、『時間切れ』による判定勝ちという形ではあるが、侑理達の勝利で終わった。模擬戦を終えた今、侑理とASTの面々は更衣室の中におり…折紙との激闘で体力を使い果たしたのであろう美紀恵が、へろへろの状態で声を掛けてきた。

 

「はいぃ、やりましたぁ…折紙さんには結局負けちゃいましたけど、私達の勝ちですぅぅ……」

「…えっと…大丈夫ですか…?」

 

 わーい、と両手を上げたかと思えば、そのまま後ろに倒れてしまう美紀恵。頬を掻きつつ侑理が手を差し出すと、その手を掴んで美紀恵はゆっくり身体を起こす…が、まだあまり大丈夫そうではない。

 そしてそれは、美紀恵だけではない。魔術師(ウィザード)随意領域(テリトリー)によって超人の域へ達する事が出来る反面、暫く水泳をした後に水を出ると身体が重く感じるのと同じように、解除直後は全身が鉛になったかのように、泥沼の中を動いているかのように感じてしまう。それも技量や適性である程度変わるらしく、真那やエレンは随意領域(テリトリー)解除後もけろっとしているし、侑理もそちら側の人間なのだが、ASTの中では全く以って例外であり…気付けば侑理は、ほぼ全員から奇異の目で見られていた。

 

「…流石、DEMの魔術師(ウィザード)は違うわね……」

「こっちだって毎日訓練してるのに、なんだか現実を見せ付けられた気分だわ…」

(どうしよう、気不味い……)

 

 特に相手チームだった面々からの視線が痛い。刺々しくはないものの、とにかく注目されているせいで、変な汗が背中から出てきそうになる。そうして侑理は段々耐えられなくなり…気を紛らわせる為に、一人静かにドリンクを飲んでいた折紙へ声を掛ける。

 

「あ、お、折紙さん!折紙さんは、真那とも模擬戦した事あるんでしたよね?真那と比べたら、うちってどうでした?」

「真那と?…比べるまでもなく、真那の方が強い。装備の性能的にも、数段強かった」

「うっ…予想以上に直球の返答が返ってきた…いやまあ、ですよね…真那がうちよりずっと強い事は、明白中の明白ですし…。…けど、折紙さんも凄かったです。真那が見込みがある、って言っていた意味がよく分かりました」

「…見込みがあるだけでは、駄目。現実としての強さがなければ、何も守れない。望みも、願いも、果たせない」

「…え、えー…っと……」

 

 小さく、だが確かに首を横に振った折紙の、どこか重みを感じる言葉。まだ足りない、もっと強くならなくてはならない…ただの向上心の域には留まらない、絶対の使命感とでも言うべき声音の雰囲気に、侑理はなんと返せばいいのか分からず、話し相手に彼女を選んでしまった自分の選択を後悔する。

 実際のところ、折紙の実力は本当に高い。もし制限時間がなければ、美紀恵を下して自由になった折紙が戦況をひっくり返していた可能性は否めない。無論そうなれば、今度こそ自分が折紙を…と考える侑理ではあったが、アダプタス・ナンバーに名を連ねる侑理が迎え撃たなければいけない時点で、その強さは間違いないのである。

 だが後悔したところで時間は戻らない。適当に返して済ませる事も侑理には出来ず……しかしそこで、意外な助け舟が侑理の下へ訪れた。

 

「もう、折紙と談笑なんて無茶よ無茶。同僚としてそれなりに付き合いのある私達でも、中々会話が続かないんだから。…ま、悪い子ではないんだけどさ」

「そうそう。にしても、びっくりしたわ。あんな前で動き回って、次から次へと支援をしてくれるだなんて。美紀恵も結構頑張ってたけど、今日のMVPは…侑理、だっけ?…こほん。侑理ちゃんに決まりね」

「全く、中学生位の見た目してるのに大人のあたし達より強いだなんて、折紙といい真那といい、最近の子供は恐ろしいわ…」

「わっ…み、皆さん……」

 

 後ろからの声に振り向けば、そこには同じチームの面々の姿。まだ疲労の色は見えるものの、取り敢えず動ける程度には回復したようであり…早速侑理は肌で感じる。これは第二執行部の面々といる時と同じ、弄りの空気だと。DEMでしょっちゅう感じていた、あの雰囲気だと。

 しかしそれは、決して嫌いなものではない。恥ずかしくなったり突っ込みで大忙しになったりはするが、同時に仲間だからこそ向けられる、感じられる空気感でもある…と侑理は思っている。そしてそれをここでも感じられるという事はきっと、ASTの面々も、自分を仲間として…完全にとまではいかずとも、それなりには受け入れてくれたんだろうという事であり…嬉しい気持ちが、じわりと広がる。

 

「ほらほら、更衣室でいつまでも喋ってるんじゃないの。用がない人間はさっさと帰りなさい」

「隊長は相変わらず厳しいですねぇ…そういう訳だから、お疲れ侑理ちゃん」

「わたしもこれで帰りまーす。侑理さんみたいに小さい子が遅くまで出歩いてたら補導されるのが日本だから、早く帰らなきゃ駄目ですよー。…あ、美紀恵とか折紙もね?……折紙はまぁ、何かあっても大概大丈夫そうな気もするけど…」

「あ、はーい。それじゃあ…明日からも、宜しくお願いしますっ」

 

 ぺこん、と皆へと頭を下げて、侑理は身支度を整える。折角だから、と美紀恵や折紙を待ち、三人で天宮駐屯地の敷地から出る。二人とはすぐに別れる事になるが、それはそれ、これはこれ。ちょっとでも一緒に帰るのとそうでないのとでは、気分的に色々違うのである。

 

(…良かったな。皆に受け入れてもらえて)

 

 対して長くもない、マンションまでの帰路を歩く中で、自然と口元には笑みが浮かぶ。遠い地、しかし縁もゆかりも結構ある日本でこうして受け入れてもらえる、それは嬉しいものであり、これからの生活にも期待が持てる。そんな事を考えながら歩いている内に、侑理はマンションへと辿り着き…そこで、一人の人物を発見した。

 

「…あれ?ジェシカさん?…お出掛けですか?」

「そうヨ。私は第三独立分隊の隊長として、忙しいノ」

「あぁ…お疲れ様です」

 

 そういう事か、と納得した侑理は、すれ違う形でマンションの中へ入ろうとする。だがその寸前に、ジェシカに道を塞がれる。ジェシカの視線が侑理を見つめる。

 

「…ジェシカさん…?」

「ASTと仲良くやってるみたいネ。仲良しごっこは楽しイ?」

「仲良しごっこって…うちはASTの人達とも友好的になりたいだけです。真那を探す為にも、真那を知っている人達の存在は欠かせませんし…」

「あラ、打算だったのね。これは失礼したワ」

「そ、そういう訳じゃ……」

 

 理由の一つではあるものの、真那探しに都合が良いから仲良くなりたい訳ではない。慌ててそう否定しようとした侑理だったが、ジェシカがにぃ、と口角を上げているのを見て、揶揄われただけだと気付く。

 とはいえそれは、あまり気持ちの良い冗談ではない。少なくとも、先程ASTの面々に向けられたものとは大きく違い…それが、少し悲しかった。

 

「ま、いいワ。ユーリがASTとの仲立ちをしてくれるなら、私としても変に突っ掛かられなくて楽だもノ。…けど、あの情けない集団に染まったりはしないようニ。私はユーリの事をそれなりに評価してあげてるんだから、失望させないで頂戴ネ?」

「……ジェシカさん、あのっ…!」

 

 肩に手を置き、ジェシカは歩いていく。心の中に複雑な思いが渦巻き、逡巡の末に振り向く侑理ではあったが、既にジェシカの背は遠く、声も彼女には届いていない。そのまま侑理は駐屯地の方へ歩いていくジェシカの姿を見送り…一人、呟く。

 

「…ASTの人達は、ジェシカさんや皆が思ってる程情けない魔術師(ウィザード)じゃないんです……」

 

 第二執行部とAST。現状では水と油な状態の両組織。だが侑理にとって第二執行部は仲間であり、ASTも自分を受け入れてくれた存在。だからいがみ合う事なく、協同して作戦が出来るようになってほしいと心から思うが、その道は前途多難。現状では、全く上手くいく気配がない。

 されどジェシカの言う通り、自分なら仲立ちに、パイプ役になる事が出来る…かもしれない。ならば自分が頑張ろう。両者の距離を少しでも縮められるよう、自分なりにやれる事をやってみよう。心の中でそう決心し、侑理は胸の前で拳を握った。

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