デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第十六話 何もせず、何も出来ず

 DEMが精霊の脅威から世界を守る為に存在している、正義の組織…という訳ではない事は、侑理も何となく感じていた。別段それは、あくまで民間企業なのだからとか、精霊との戦いには関係のない事業にも手を出しているのだからとか、そういう話ではない。実力第一で才能があるなら素行はあまり重視されず、問題行動も実力次第では寛容な処分で済ませてしまっているという面がある事や、使わせる相手を選んでいるとはいえ、人命軽視の明らかな欠陥機である〈リコリス・シリーズ〉が複数生産されているらしい事もそうだが、一番の理由は他にある。…時折、侑理の耳にも入ってくるのだ。DEMに関する、良くない噂が。

 無論、噂をほいほい信じる侑理ではない。しかしそれが外部ではなく、内部…同じDEMの社員から聞こえてしまえば、流石に疑ってしまうもの。そしてそれが何度もあれば、ただの噂とは断じられなくなるというもの。DEMは、本当は自分が思うような…真那が思っているような組織ではないのかもしれない、そんな思いが確かに頭の片隅にはあった。

 しかし、侑理はそれを信じたくなかった。自分が所属する組織だからというのもある。真那が心から恩義を感じている組織だからというのもある。真那以外にも良い人だと思える社員はいるし、ジェシカ達仲間の存在だってある。だが何より、エレンが…DEMの裏、更にその奥があるとするなら当然それも知っている筈のエレンが、知った上で黙認している、或いは加担していると侑理は思いたくなくて、疑念は全て頭の片隅に追いやっていた。…されど、それも間違いだったのかもしれない。ちゃんと向き合うべきだったのかもしれない。もしそうしていれば、今より少しはマシな状況に持っていけたのではないか…そんな風に、侑理は思わずにはいられなかった。

 

「はぁ……」

 

 自衛隊天宮駐屯地、そのAST用格納庫にて、侑理は深い溜め息を吐く。自らの装備を見つめながら、肩を落とす。

 あれから…自身の経験史上最も気の重い作戦説明以降、侑理はASTの面々とまともに話せていない。申し訳ない気持ちは勿論あったが、顔を合わせ辛く、気不味く…仮に話したとしても、なんと言えばいいのか分からなかった。自分が決めた訳でもない、撤回する事も出来ない、何の権限もない自分が仮に謝ったところで、神経を逆撫でするだけではないのか…そんな風に思うと、踏み込む事など出来なかった。

 今もじっとしていられず、基地内に来たはいいものの、そこから何もする事が出来ず結果格納庫に来ている。するつもりもなかった装備の点検なんてしてしまっている。

 

(うち、どうすれば良かったのかな…うちに、何が出来たのかな……)

 

 今の状態は良くない。今のままではいたくない。その思いはあるが、どこに足を踏み出せばいいのか、足を踏み出せる場所があるのか…それが何も、分からない。駄目だと分かっているのに、動けない。そしてそうしている間も、変わる事なく時は進む。少しずつ…だが着実に、作戦決行日は近付いてくる。それが侑理の心をじわじわと焦らせ……

 

「おや?自分でCR-ユニットの整備とは感心デスね」

「…あ…ミリィ、さん……」

 

 点検中という事もあり、完全に俯いていた侑理。突然聞こえた声に驚いて顔を上げると、そこにはASTの整備主任であるミルドレッドが立っていた。

 

「…別に、整備してた訳じゃないんです。ほんとにたた、自分に分かる範囲での軽い点検をしてただけで……」

「それでも感心デス。他の本社組は自分の命を預ける装備だというのに、こっちに丸投げですからねー」

「あはは……」

 

 やれやれ、と大仰に肩を竦めるミルドレッドに侑理も苦笑いを浮かべる。門外不出の技術である顕現装置(リアライザ)の整備はたとえ軍の物であってもDEMからの出向社員が行うという事になっており、同じDEMの人間という事で、彼女はジェシカ達第二執行部の面々からもユニットの整備を任されていた。

 そう。ミルドレッドは、侑理と同じ出向社員。ASTの一員ではあるものの、その本当の所属はあくまでDEM。だからこそ、侑理は他の面々に比べればまだまともに顔を見る事が出来る。

 

「あ、ところでユーリはいつまで敬語なんですか?」

「へ?…いや、いつまでかって言われれば、特に決めてない…ですけど…」

「だったら別に、敬語じゃなくても構いませんよー。階級的にはミリィの方が下ですしね」

 

 ぽふんと隣に座ったミルドレッドは、軽い調子で話を続ける。…鬱屈した気持ちの侑理にとって、その軽さはありがたかった。

 そうして整備を始めたミルドレッドと共に、侑理は暫しの間ユニットとの睨めっこを始める。ちらりと隣を見てみれば、ミルドレッドは鼻歌を口ずさみながら滑らかな手付きでユニットを解体しており…一四歳という若さでありながら出向社員として、整備主任としてASTに勤めている彼女の高い技術力、その一端が垣間見えた。

 

(…ミリィ…は、どう思ってるのかな……)

 

 同じ出向社員と言えど、立場も役目も違う以上、ミルドレッドが事前に話を聞いていたとは思えない。彼女が今回の作戦を知ったのは、他のASTの面々と同じタイミングの筈で…であれば、今胸中にある思いも自分よりASTの面々に近い筈。そう思った侑理は、逡巡したものの何とか意を決し、彼女へと問う。

 

「…やっぱり、駄目…だよね…幾ら精霊が関わってるって言ったって、こんなの間違ってる…筈、だよね…?」

「……?あ、作戦の話ですか?」

「う、うん…ごめん、唐突だった…」

「ふーむ…まぁ、ぶっちゃけドン引きですねー。ミリィもミケやリョウコから非常識だって言われる事ありますけど、そんなミリィからしても頭のネジがどっかいってるんじゃないかと思いましたよ、えぇ」

 

 ミルドレッドからの、思った以上にバッサリとした返答。本当にDEMから出向してきてるのか怪しくなる程の歯に衣着せぬその言い方に、侑理はぽかんとし…だが同時に、ほっとする。そうなのだ、どう考えてもこの作戦は非常識なのだ。…だが、非常識だろうと何だろうと、これは正式に承認されている。もう、行うという事になっている。

 

「…うちもそう思う。そう思う、けど……」

「だったらボイコットすればいいじゃないですかー。ミリィさん知ってますよ?本社所属の魔術師(ウィザード)はライセンスが与えられていて、気に食わない作戦は『断固拒否する!』って言えるんでしょう?」

「え、何それ知らない…それほんとにDEMの話…?どこぞの独立治安維持部隊と間違えてない…?」

 

 途中から斜め上へと吹っ飛んでいったミルドレッドの発言に、侑理は困惑。一体どこからそんな情報が出てきたのかは謎だが、勿論そんな権限はない。真那やエレンクラスの実力者ならその力や実績で無理を通す事も出来るかもしれないが、侑理にはそんな力も度胸もない。

 

「ありゃ?これは失敬。けどそれなら、いっそDEMを辞めちゃうのはどうデス?ユーリならASTへの再就職も余裕だと思いますよー。何ならこのミリィ、整備主任として口添えをする所存!」

「や、辞める?それは…そんな事は、出来ないよ…。ASTだって、そんなほいほい入隊出来るようなものじゃないだろうし…うちは、DEMを辞めたい訳じゃ…DEMが嫌いな訳じゃ、ないんだから……」

「…まあ、そうですよねぇ。流石に今のはミリィも冗談です。けど…それなら、やるしかないんじゃないですか?」

 

 肩を竦めたミルドレッドは頬を掻き…それから、困ったような顔で言う。自分には、それしか浮かばない…そんな風に、格納庫の片隅を見つめる。

 それは、初めから分かっている事だった。止める事も、拒否する事も出来ないのなら、やるしかないと。DEMを辞めるなどという選択肢は思いもしなかったが、選べない以上その選択肢も無いと同じ。だが、分かり切った事でも、選択肢は一つしかないのだとしても…それでも侑理は、踏ん切りが付かなかった。いや…もしかすると、付ける気もなかったのかもしれない。ASTの皆に申し訳ないという気持ちで自分を誤魔化して、考えないようにしていただけなのかもしれない。…そんな事をしても、時間は待ってくれないというのに。

 

「…やるしかない…そう、なんだよね…やるしかない、んだよね……」

「さっき冗談とは言いましたけど、もし出来るならミリィ的にはASTに電撃移籍しちゃうのもアリだと思うんですけどねー。でも、出来ないって事なら、割り切っちゃった方がいいと思いますよ。今は精霊の脅威があって、ミリィ達は対精霊部隊なんですから」

「……なんか、オレンジの試作機に乗ってそうな事言うね…」

「ミケとは違うのですぞ、ミケとは!」

「何故今ミケさんが……」

 

 ふんす、と自慢気に胸を張るミルドレッドに、その自由奔放さに、侑理は何とも言えない顔で突っ込む。全く関係ないのに比較対象にされて貶められる美紀恵の、何と不憫な事か。もしかしたら彼女は今、くしゃみでもしているのかもしれない。…まあ、ミルドレッドの様子からして、気心の知れた友人だからこその軽口であるのだろうが。

 

(…割り切る、か…そうだよね…何も出来る事がないなら、割り切るしか…ないんだよ、ね……)

 

 微妙な心境にはなってしまったが、ミルドレッドとの会話で侑理は少しだけ心の中を整理出来た。前進かどうかは分からない。正解かどうかも定かではない。だが彼女の言う通り、他の選択を出来ないなら、自分の道が一つしかないと思うなら、後は受け入れるかどうか、割り切れるかどうかなのだ。そして負い目や迷いを抱えたままで生き抜ける程、戦場は甘くないという事を、侑理はよく知っている。

 だから、割り切ろう。…そう、侑理は決めた。たとえ前向きな割り切りではなくとも、必要なのだからと。真那を探す為にも、DEMの第二執行部員という立場は捨てられないのだからと。

 その上で、侑理はもう一つ決心する。人命…それも無関係な人々の被害を二の次にしているような作戦が、正しい訳がない。だからせめて、迅速に終わらせようと。誰かが傷付く前に、苦しむ前に、目標を達成するのだと。そんな思いを、心の中に秘めて…侑理は、拳を握った。

 

 

 

 

「え…後方、待機……?」

 

 一日、一日と時は過ぎていった。結局美紀恵や燎子達ASTの面々とはきちんと話せず、折紙に至ってはそもそも『作戦遂行上の邪魔となり得る』という事で、作戦の話を伝える事自体が禁じられていた為に、何も言う事が出来なかった。実際問題、当人はDEM側の本来の目的を知らなかったとはいえジェシカの動きを妨害した事が為仕方のない判断ではあるが、その「名目上の味方にすら平然と秘密を作る」…というスタンスもまた、侑理の考える正しさとはかけ離れていて、作戦までの毎日は、割り切ったつもりでも心の痛む日々だった。

 そうして迎えた、作戦遂行日の前日。作戦中の詳細な動きを指示、確認するブリーフィングには、当然の様に第三戦闘分隊…つまり第二執行部の面々()()が召集され、その中でジェシカから下された命令に侑理は困惑をする。

 

「そうヨ。貴女の初期配置は後方待機。前はちゃんと私達が担ってあげるから、安心なさイ」

「い、いや、そういう事じゃなくて…後方支援なら分かります、けど後方待機って…」

 

 突っ込んでの白兵戦より射撃やミサイルでの制圧を主とする侑理にとって、後方や後衛を担う事自体は普段からよくある事。だから後ろでの行動に専念するよう言われる事自体は、そう変でもおかしくもない。

 だが、後方『待機』となれば話は別。支援と待機では全く違う。待機というのは即ち、何もするなという事。黙って見ていろという事。勿論待機は『待つ』という意味であり、指示や機会があればすぐ動けるようにする…動く事も念頭に入れた行動なのだが、それはあくまで辞書的な話。ジェシカがそういう意味で言っている訳ではない事は、すぐに分かった。

 

「あら、不満?もし待機じゃ成果を上げられないって事なら、大丈夫ヨ。私はきちんと命令を聞く子が好きなノ、指示通りにしてくれればその点をしっかり評価してあげるワ」

「そういう事でもなくて…!……もしかして…うちの事、疑ってるんですか…?うちがASTに感化されたんじゃないかって疑っているから、戦闘には参加するなって事なんですか…?」

 

 今回の作戦において、ASTの魔術師(ウィザード)には周辺の警戒が指示されている。体良くASTを戦闘領域から外す、ASTは入ってくるなという旨の作戦内容になっている。

 そしてそれと共に侑理が思い出すのは、ASTの面々との模擬戦を行った後の事。もしあれからも、ジェシカが自分を疑っていたのだとしたら。自分への後方待機は、ASTへの指示と同様の理由からくるものだとしたら。そんな不安が、嫌な気持ちが侑理の中でじわりと渦巻き…見上げる侑理の目の前で、ジェシカはにやりと笑う。

 

「まさか、そんな訳ないじゃなイ。私達は仲間でしょウ?」

「…なら、どうして……」

「今回は私達十人に加えて、例の機体も投入するノ。戦力は十分に揃っているんだから、安易に全戦力でぶつかるんじゃなくて、より柔軟性と高い対応力を持った陣形を組むのは当然の事ヨ。それに…後方待機だからって、ただ見ているだけで良いと思ったら大間違いヨ?」

 

 仲間。はっきりそう言ってもらえる事は嬉しい反面、普段の彼女なら口にしないその言葉が出てきた事で、侑理の中の不安は拭い切れない。本当か、嘘か。語られる言葉の、どこまでが本心からくるものなのか…そんな風に侑理が思う中、ジェシカは不意に一拍置く。ふっ…と真面目な顔になり、侑理を見据える。

 

「確認だけど…ユーリ、貴女は狙撃も出来るのよネ?」

「え?…まぁ、多少は…ですけど…」

「ならいいワ。…私達には、十分な戦力があるノ。幾らあの〈プリンセス〉でも、主導権さえ握れば捕獲は出来る筈ヨ。だけどもう一方の目標は、人混みに紛れて逃げるかもしれなイ。そして幾ら作戦とはいえ、私だって一般人を巻き込むのは良い気分じゃないノ。だから、もう一方の目標が逃げた時は…ユーリ、貴女が速やかに撃ちなさイ。貴女に指示しているのは、その為の待機ヨ」

「……っ…!」

 

 前半は、普段通りの調子で、だが後半からは戦場を知る…魔術師(ウィザード)の総本山であるDEMの中でも精鋭である部隊を、代理とはいえ指揮する立場にあるのだという事をはっきりと意識させる鋭い面持ちで、侑理へと言う。ある意味で、精霊との交戦以上に難しく、責任の重い指示を。まだ何者なのか、はっきりとは分からない…ただの、普通の人間かもしれない相手を撃てという命令を。

 

「大丈夫ヨ、ユーリ。もし撃ち損じて一般人に当たったとしても、それは不幸な出来事だったってだけの事。一度や二度そういう事があっても、私は貴女を責めないワ」

「そんな…だとしても、うちは……」

「頑張りなさイ。貴女が貴女の務めを果たす事、第二執行部に相応しい人間であると示す事を、期待しているワ。ユーリ」

 

 軽く肩に置かれる手。一見すれば上司らしい、激励の言葉。実際ジェシカは、侑理に期待している…してくれているのかもしれない。されど、どんな期待であろうと、それが任務の内であろうと、侑理は素直に頷く事が出来なかった。ただの人かもしれない人間を撃てという命令に、その為に多少の犠牲が出ても気にする事はないという、ジェシカの言葉に。

 そんな侑理の心境までは気にしていないのか、ジェシカは第二執行部全体へ向け細かな指示を続行する。聞かなくてはとは思うものの、その言葉は侑理の頭には中々入らず…代わりに同僚の声が聞こえてくる。

 

「大変な事になったわねぇ、ユーリ。けどこれはウェストコット様直々の指令なんだから、頑張りましょ?」

「私は狙撃なんて練習した事もないけど、多分大丈夫よ。だって最近、ユーリは腕を上げてるでしょ?ジェシカさんもそれを認めて貴女に狙撃役を任せたのよ。多分だけどね」

「そうそう。さっきの言葉だって狙撃の失敗を恐れなくていいっていう気遣いだろうし、とにかく足止めすればいいのよ。そうしたらワタシ達がさっさと〈プリンセス〉を捕獲して、そっちにも回るから」

 

 流石に責任の重さ、任された事の大変さを慮ってくれたのか、普段よりも優しい同僚達の言葉。それも侑理には嬉しい事で、何とか笑みを作って返すが、渦巻く気持ちは変わらぬまま。

 だが作戦そのものを拒否出来ないのと同じように、その指示を拒否する事も侑理には出来ない。一応とはいえ狙撃を『出来る』と答えてしまった以上、自分にそれだけの技能のないと逃げる事は出来ず…作戦そのものへの拒否ではなく、作戦中の役目に異を唱えるのは、我が儘というもの。普通の人間かもしれない対象を目標としている…それを目的とした出向だと分かっていながらこれまで従い続け、一般人への被害も想定される作戦へもこれまでは大した事も言わずにいながら、いざ自分がその被害を出しかねないとなったら尻込みする…幾ら実力主義の第二執行部であろうと、そこまでの身勝手は許される筈がない。

 

(…もし、真那だったら…真那がここにいたなら……)

 

 思い浮かべ、すぐに頭の中で答えが出る。真那なら、真っ先に異を唱える。出向時点では判断出来ずとも、一般人の被害が予想される時点で…否、多少の被害は仕方ないという意図が見えた時点で、絶対に拒否している。それが正しい事であるものかと、誰が相手でも言い切っている。そして真那には、確かな…自分を誇れるだけの、力もある。

…そんな真那に比べて、自分はどうだろうか。これで自分が、真那の相棒と胸を張って言えるだろうか。

 

「それじゃあ、最後に…今日本には、ウェストコット様、それにメイザース執行部長が再び来ているワ。当然ウェストコット様達は、この作戦にも注目している筈。──その意味が、分かっているわネ?」

 

 自身に満ちた、ジェシカの笑み。その笑みに、言葉に、侑理を除く全員が頷く。

 大半の面々がウェストコットを崇拝している第二執行部にとって、彼に直接成功を見せる事が出来るのは、紛れもない名誉。同時に彼の前で失敗するなど、絶対に避けたい事。故にジェシカの言葉は第二執行部を奮い立たせ…しかしそこに、気負いはない。自分達は選ばれし実力者であり、凡百の魔術師(ウィザード)とは格が違う…その自負が自信となり、やる気だけを滾らせる。

 そしてブリーフィングが終わり、全員解散。ぞろぞろとジェシカ達は部屋を出ていき…侑理だけが、その場に残る。

 

「……うちは、真那じゃない…真那じゃ、ないんだよ…」

 

 それは、零すように呟いた言葉。こうなってしまった責任は誰にあるかといえば、そんなものはここまで来てしまった、拒否しなかった侑理自身に決まっている。だがそれでも…最後まで、侑理は異を唱える事が出来なかった。皆に、第二執行部に、DEMに背く事は出来ない。今背いてしまえば、真那を探す道も断たれてしまう。…その思考は最早、自分を縛る鎖の様で…苦しむ心を抱えながらも、侑理にはどうする事も出来なかった。

 

 

 

 

 天宮祭…天宮市の大イベントである合同文化祭が正に行われている昼下がり。会場である天宮スクエアは恐らく大賑わいとなる中、その遙か上空に陣取るのは、ASTではない|魔術師の一団。

 

「さて……そろそろ時間ネ。皆、準備はいイ?」

了解(イエス・マム)

 

 部隊の中心に立つ指揮官、ジェシカの声に、全員が返答する。一瞬遅れる形となったが、侑理もまたジェシカに応える。

 現在宙に陣取っているのは、魔術師(ウィザード)だけではない。顔に当たる部分がバイザーとなった頭部に、細い腕部と、逆関節の脚部。人型でありながら、明らかに人でないそれは、先日DEMよりロールアウトされた遠隔操作型の無人機、〈バンダースナッチ〉。文字通り無人…即ち魔術師(ウィザード)を備えていないにも関わらず、随意領域(テリトリー)を展開し、魔力を行使する事が出来る、DEMの新しい戦力。随意領域(テリトリー)の制御能力においてはまだ平均的な魔術師(ウィザード)を明らかに下回っており、現状では『物量任せ』の戦い方でしか期待出来ない訳だが、これまでは限られた人間にしか出来なかった魔術師(ウィザード)の役目が、劣化版とはいえ『生産』出来る無人機で一部担えるというのは、かなりの進歩。それは技術者ではない侑理にも、よく分かる事だった。

 

(新型権限装置(リアライザ)、アシュクラフトβの存在によって実現した無人機…確かに数を揃えられるのは強みだし、危険な役目を任せる事が出来れば、その分魔術師(ウィザード)の損耗が減るんだから、あるならどんどん使っていきたいものだよね。…けど、確かアシュクロフトって、アルテミシアさんのファミリーネームだったような…アルテミシアさんか、その家族が開発に関わってる…とかかな……)

 

 侑理を除いたジェシカ達九人と、二十機の〈バンダースナッチ〉が陣取る空。そこから離れたとあるビル…DEMの系列に当たる企業の建物の屋上で、侑理はうつ伏せになりながらそんな事を考えていた。

 その傍らにあるのは、ASTより借用した対精霊ライフル〈C(クライ)C(・クライ・)C(クライ)〉。随意領域(テリトリー)無しで撃とうものなら、反動で使用者の腕が折れるというその狙撃銃が、今回の侑理の武器。他の武装も勿論あるが、それ等を使う事になるかは分からない。

 これから侑理は、もう一方の捕獲対象が逃げ出した場合、これを用いて狙撃する事になる。多少の人命よりも優先して、自らの手で人を死傷させてしまったとしてもそれを堪えて、任務を遂行しなくてはならなくなる。…出来る事なら、このライフルも使わず終わってほしい…ミルドレッドと話していた時は、一般への被害を抑える為に自らの手で迅速に終わらせる…そんな風に思っていた侑理だったが、気付けば殆ど真逆の思考となっていた。

…パーティーの時、アルテミシアと話したあの日の事が、酷く昔の様に感じる。もう随分と時が経ち、遠く離れたところまで来てしまった…物理的な意味ではなく、気持ちの上で、そんな感覚が静かに漂う。

 

「……っ…」

 

 数分後、ヘッドセットより響くブザーの音。作戦開始時刻である事を示すサイン。それを受けたジェシカは行動開始前最後の言葉を発し、緊張感を浴びていく。侑理もライフルのグリップを握り、スコープを覗き込む。後は、ジェシカが合図を出すだけ。その合図によって第二執行部は砲撃を始め、〈バンダースナッチ〉は突入し……きっと天宮祭は、多くの人が楽しむ会場は、阿鼻叫喚のものとなる。…その時、この作戦が終わった時、自分はこれまでと同じようにいられるだろうか。これまでと同じで、いてしまうのだろうか。…そんな思考を、侑理は振り払った。今はだけは、余計な事を考えてはいけない。これからするのは戦い…命のやり取りなのだから、と。

 そして、その時は訪れる。一瞬の間を置き、通信機越しでも感じられる程に自信と高揚感を帯びた雰囲気と共に、ジェシカが声を上げ……次の瞬間、轟音が響いた。

 

「……え?」

 

 スコープを覗いている侑理には、何が起きたのか分からなかった。されど通信機から聞こえる音で、動揺に満ちた声で、予想だにしない何かが起きた事は分かった。

 弾かれるように顔を上げ、随意領域(テリトリー)を用いて視力を強化しつつ目を凝らす。そうして侑理が目にしたのは、回避行動を取るジェシカと…彼女が回避した直後の空間を貫き斬り裂く、膨大な魔力の奔流。そして宙に浮かぶ…巨大な鉄塊の姿。

 

「あれは……」

 

 まさかと思い、ライフルを持ち上げる。視力強化にライフルのスコープを掛け合わせる事で、更によく見える状態を作り…その存在を、はっきりと収める。

 柱の様に巨大な二門の砲と、同じく巨大な…大型機のそれを思わせるスラスター。計八基にも及ぶコンテナと、これまた巨大な二振りの大剣。それ等を包む、白と青の塗装。…間違いない。そこにあるのは、そこにいるのは──〈ホワイト・リコリス〉。単独で精霊を討つ為の火力を、本当に単騎に詰め込んでしまった、生半可の魔術師(ウィザード)であればまともに動かす事も叶わない…無理に動かせば廃人まっしぐらの、最強の欠陥機。それが確かに、空にいる。スラスターを駆動させ、大空にその存在感を放っている。

 

「…嘘、でしょ……」

 

 茫然と、侑理は声を漏らす。天宮駐屯地にあるという話は聞いていたとはいえ、〈ホワイト・リコリス〉が現れた事自体も驚きだった。ただ現れただけでなく、戦闘行動を行っている…それを扱える魔術師(ウィザード)がいた事にも驚いていた。その存在が、自分達へ敵対している事も、意識の中にはなかったが驚きの要因の一つには、恐らくなっていたのだと思う。

 だが、どれも最大の理由ではなかった。何よりも侑理を驚かせたのは……〈ホワイト・リコリス〉の中央に存在する、そこから操る魔術師(ウィザード)が、鳶一折紙である事だった。ASTの一員である筈の…いやそれ以前に、この作戦の事は聞かされていない筈の折紙が、されど確かにそこにいた。紛れもなく、間違いもなく、折紙は〈ホワイト・リコリス〉を纏い……DEMに、その砲を向けていた。

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