デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第十七話 守りたいもの

 空を駆ける、白の鉄塊。文字通り膨大な火器を、大火力を詰め込んだ、敵にとっても使用者にとっても凶悪そのものなCR-ユニット、〈ホワイト・リコリス〉。それが、使用者と共に…ASTの魔術師(ウィザード)、鳶一折紙と共に、DEMへ、第二執行部へ牙を剥いている。今も迎撃の砲火を振り切り、打ち払いながら、その猛威を遺憾無く振るっている。

 今、空で繰り広げられているのは、魔術師(ウィザード)同士の戦い。だがこれは、模擬戦ではない。侑理が知る限り、精霊に対する武力の筈の、世界を守る為の力である筈の魔術師(ウィザード)が…精霊のいない場で、人間同士で戦っていた。

 

「なんで…どうして、折紙さんが……」

 

 突如現れ、先制攻撃を仕掛けた〈ホワイト・リコリス〉…折紙に対し、ジェシカ率いる第二執行部は無人機〈バンダースナッチ〉と共に反撃を行った。数という、単独の折紙にはどうやっても補えない力を用いて、一斉掃射を彼女へと仕掛けた。魔術師(ウィザード)と〈バンダースナッチ〉、合わせて三十近い物量で以って、集中砲火で折紙を落とそうとし…だが折紙は、彼女の展開した随意領域(テリトリー)は、その集中砲火を防ぎ切った。更にはユニット各部のコンテナを展開し、搭載されたマイクロミサイルの多数同時発射という痛烈なお返しをジェシカ達に叩き込んでいた。

 一人の魔術師(ウィザード)が放つものとはとても思えない程のマイクロミサイルに捉えられ、数人の同僚と数機の〈バンダースナッチ〉が撃墜される。〈バンダースナッチ〉はともかく、DEMの中でも精鋭である第二執行部の面々…即ち侑理の同僚が多数とはいえマイクロミサイル程度で簡単にやられる事などそうはないのだが、自分達の集中砲火を防ぎ切り、逆に花開くような…それでいてあまりにも強烈な反撃を返された事で動揺してしまっていたのか、落とされた数人は全員が反撃に対して正しく対応し切れていなかった。…少なくとも侑理には、そう見えたのである。

 

(…けど、凄い…〈ホワイト・リコリス〉を、完全に使いこなしてる……)

 

 全く以って想定外の、緊急事態。しかし侑理は巨大なCR-ユニットを自在に駆り、濃密な魔力で編まれた大剣を振るい、多数の火器を操ってみせる折紙の姿に、思わず驚嘆してしまった。

 火力も推力も規格外。その分魔力の消耗も、考えるまでもなく桁違い。巨大な鉄の塊である時点で、それを随意領域(テリトリー)で包み、保持し続けるだけでも負担は通常のCR-ユニットの比ではない筈。更に〈ホワイト・リコリス〉…リコリス・シリーズは多数の武装を備えているが故に、性能を十全に引き出すにはその全てを把握し、的確に使い分けていかなければいけない訳で、魔術師(ウィザード)の適性とは違う、純粋な頭の処理速度と各種知識、思考力が必要になる。おまけに今折紙が相手取っているのは集団、即ち対多数戦でもある訳で……最早それは、凄いとしか言いようがなかった。今の彼女なら、真那やエレン…最上位の魔術師(ウィザード)にすら、追い縋る事が出来るのではないか…誇張抜きに、侑理はそう思っていた。

 

「くッ…きゃああぁぁぁぁッ!」

「……っ!」

 

 だが、見惚れかけていた侑理の思考は、すれ違いざまにレイザーブレイドで随意領域(テリトリー)を斬り裂かれ、墜落していく同僚の…仲間の悲鳴で現実へと引き戻される。

 そう。今は、ただ見つめていていい状況ではない。侑理は、この戦場における観客ではない。

 

「折紙さん!折紙さん、聞こえますか!うちです、侑理です!」

 

 通信のチャンネルを第二執行部のものからASTのものへと切り替え、声を上げる。何度も折紙へ呼び掛ける。そして侑理からの呼び掛けが通じたのか、〈ホワイト・リコリス〉は戦闘行動を続けながらも、ヘッドセットへ折紙からの声が届く。

 

「…侑理……」

「良かった、通じた…!あの、信じられないかもしれませんが、うち達は今作戦中です!正式な任務として、この場に出向いているんです!だから一旦話を──」

「知っている。知った上で、私はここにいる」

「な……っ!?」

 

 一瞬芽生えた安堵はすぐに頭の隅へと押しやり、勢いのままに侑理は言う。自分達は作戦行動中だと、決して暴走している訳ではないのだと、折紙へ声を張り上げる。

 この時、侑理は誤解していた。折紙の行動は、彼女が作戦を聞かされていなかったが故に、自分達第二執行部の動きを暴走か何かと勘違いし、それを止める為に仕掛けてきたのだろう、と。されどそれは、すぐに否定される。侑理が言い切るより早く、折紙自身が否定をする。

 

「じゃあ、なんで……」

「…………」

「どうして…どうしてですか折紙さん!分かります、この作戦がまともじゃない事は分かってます!何の罪もない人が巻き込まれる事だって…それを仕方ないで済ませていい訳がない事だって、分かってます!でも…ASTは、折紙さんに出撃命令なんて出してないですよね!?折紙さんのしてる事は、とんでもない違反なんですよ!?なのに、どうして…っ!」

 

 言いながら、侑理は思う。…本当に、どうして自分はここにいるのかと。ここで、DEMの側に立って、こんな間違っている事をしているかと。自らへの疑念が、考えないようにしていた…割り切った、という体を取る事で見ないようにしていた気持ちが、侑理に次なる言葉を詰まらせる。

 数瞬の沈黙。途切れた声。そして砲火の飛び交う向こうから、静かな…されど、確かな意思の籠った声で、折紙は言った。

 

「私には、大切な人がいる。何を犠牲にしてでも、自分の全てを賭けてでも、守らなければならない人がいる。だから…邪魔を、しないで」

「──っっ!」

 

 その言葉を最後に、折紙とのやり取りは途絶える。それ以上、折紙は何も言わず…侑理も、何も言えなかった。

 交戦は続く。ジェシカ達も飛び回り迎撃を掛けるが、火力も、防御力も、推進力も折紙の方が上。特に火力に関しては、そもそもリコリスシリーズが精霊を単独で倒し得る戦力として算出された、『対精霊部隊一個中隊分の火力』を詰め込まれている以上、〈バンダースナッチ〉を含めてもその中隊レベルの頭数には至っていない第二執行部側は、完全に不利そのもの。今も機銃とミサイルの波状攻撃で随意領域(テリトリー)を削り取られ、一機の〈バンダースナッチ〉が墜落していく。

 無論、火力で大きく上回ろうとも、その使い手という『数』では遥かに劣っている以上、包囲して撃つなり、波状攻撃を仕掛けるなり、それだけならばまだ(難しいが)やりようはある。しかし、それだけではないのがリコリスシリーズ。レイザーブレイドの魔力刃を変化させる事による拘束術や、本来自身を中心とする形でしか展開出来ない随意領域(テリトリー)を遠隔展開し攻防に用いるといった『技』も備えられており、折紙はジェシカ達を寄せ付けない。逆転を、許さない。

 

「…だけど、駄目だよ…こんなの、こんなのは…!」

 

 心の中でぐるぐると渦巻く感情で、息苦しさを抱く。…が、だからといって侑理は今の状況を見過ごせない。そんな事は出来ない。

 だから侑理は折紙との回線を閉じ、別の回線を開く。可能性のある、もう一つの回線へ声を伝える。

 

「隊長さん!こちらアデプタス8、侑理です!隊長さん!」

「…繰り返しお知らせします。現在この回線は…って、あぁ…侑理、ね」

「そうですうちです侑理です!今、折紙さん…が……」

 

 繋がった通信より聞こえてきたのは、案内音声…ではなく、明らかにそのフリをした燎子の声。作戦中としてあり得ないその反応に唖然とする侑理だったが、燎子が案内音声のフリを止めた事で、今の状況を伝え、折紙への説得を頼もうとする。

 だが、気付く。気付いてしまう。燎子の落ち着き払った様子に。まるで全て分かっているような、そんな声音をしている事に。

 

「…まさか…隊長さん、貴女も……」

 

 もし何も知らないなら、第三戦闘分隊の隊長でもない侑理が、慌てて通信を掛けてきた時点で、何か不味い自体が起きたと察する筈。何事かと訊いてくる筈。だが燎子はそうしない。落ち着いた…既に胸の内は決まっているような声で、侑理の名前を呼んできた。

 だとすれば、そこにある理由など一つ。それに気付いてしまった侑理が血の気が引いていくのを感じる中、燎子は小さく吐息を漏らし…告げる。

 

「…侑理。命令に従っている貴女は間違っていないんでしょうし、間違っているとすれば、それは折紙や私の方よ。けど…そこにある正しさって、一体誰の為のものでしょうね」

「…そ、れは……」

「貴女はDEMの魔術師(ウィザード)なんだから、私に命令権はないわ。ただ…出来る事なら、下がっていなさい。私は貴女が折紙を撃つのも、折紙が貴女を撃つのも、見たくないわ」

 

 それだけ言って、燎子は通信を切った。もう言う事は、言える事はないと言うように、侑理との回線を閉じた。侑理からの返答を待たずに切った燎子だったが…仮に待っていたとしても、状況は同じ。また、侑理は何も言えなかった。

 

「…………」

 

 聞こえてくるのは、戦闘の音と、同僚の声。少しずつながら、〈バンダースナッチ〉は着実に落とされ、同僚も一人、また一人と戦闘不能になっていく。侑理への援護の声が来ないのは、信用されていないのか、それとも単に目の前の事で手一杯なだけなのか。

 折紙と燎子、二人の言葉が頭の中から離れない。守りたいものの為に一切合切を厭わない折紙の姿と、誰の為の…何の為の正しさなのかという燎子の問い掛けが、侑理の心を揺さ振り、締め付ける。

…分かっている。本当は初めから分かっていた。ここに、この戦いに、DEMの人間として立つ今の自分に、心は付いてきていない事は。ずっと、違うと言い続けていた事は。……けれど。

 

(…だけど、それでも…それでも、うちは……)

 

 もう隠せない。目を逸らしようもない。されどここには、ジェシカ達が、仲間がいる。自分を仲間だと思ってくれている人達がいる。折紙が大切な人を思うように、侑理にも仲間を思う気持ちがある。たとえその仲間のしている事に賛同出来ずとも…何もせずにいる事など、侑理には出来ない。

 〈C(クライ)C(・クライ・)C(クライ)〉を掴む。その銃口を、空へと向ける。スコープを覗き、狙いを定める。そして引き金に指を掛け…躊躇いを心の奥底へ押しやるように、トリガーを引く。

 

「うちは…うちは……ッ!」

 

 通常の狙撃銃とは訳の違う音と衝撃を響かせながら、放たれる弾丸。攻性結界を付与された一撃は空を切り、宙を駆け抜け、飛行する〈ホワイト・リコリス〉の正面…折紙の眼前を、そこにある空間を切り裂く。

 着弾していないとはいえ、目の前を弾丸が…それも魔術師(ウィザード)であれば一目で分かるだけの威力を持った一撃が駆け抜ければ、無視など出来る訳がない。現に折紙は弾丸が駆け抜けた直後、ユニットを傾け進路を逸らす。そして旋回軌道を取った後、狙撃の発生方向…即ち遠く離れた侑理の方へと身体とユニットを向き直らせるが、そこで再び弾丸が襲う。侑理の放った二発目が、折紙の随意領域(テリトリー)の側を掠める。

 

(これでいい…これで……!)

 

 即座に次弾を装填しつつ、侑理はスコープ越しに折紙を見据える。距離的に、折紙から自分の姿ははっきり見えていない筈だが、それでも侑理はスコープの中に見える折紙と…覚悟の灯った彼女の瞳と、目が合ったような感覚を抱く。

 迫ってくるか、それとも撃ってくるか。通常ならば後者は距離的にあり得ないのだが、魔術師(ウィザード)を挟む形で〈ホワイト・リコリス〉が備える二門の巨砲、50.5㎝魔力砲〈ブラスターク〉ならば、狙い撃つ事は出来ずとも、侑理がいる屋上ごと纏めて消し飛ばす事なら十分出来る。侑理がよく使うレイザーカノン、〈メリーラム〉を優に超える長砲身と、実に四倍以上を誇る口径の魔力砲なら…そして〈ホワイト・リコリス〉を使いこなす魔術師(ウィザード)ならば、その程度出来ない筈がない。

 

「……っ!…って…え…?」

 

──だが、撃ってこない。確かに侑理の方を一瞥した折紙だった…が、撃つ事も距離を詰める事もせず、上昇を掛ける。直後に折紙がいた場所を魔力の光線やミサイルが駆け抜け、上空から機銃の斉射が返される。弾幕でジェシカ達も〈バンダースナッチ〉も散り散りになり、続く〈ブラスターク〉の強烈な砲撃が、また一機の〈バンダースナッチ〉を見るも無惨な鉄塊に変える。

 退避の為に飛び立つつもりだった侑理は、自分を狙ってこない折紙に対し、無意識の内に歯噛みをしていた。自分を狙ってくれれば、その間同僚達への脅威は減る、その隙に立て直せると思っていたからこそ、むしろ狙ってほしかった。されど結果はこの通り。折紙は依然として、ジェシカ達への攻撃を続けており…折紙が狙ってこないのなら、侑理の取れる選択は一つ。

 

「だったら、せめて……!」

 

 三度目の狙撃もまた、折紙の側を貫く。四度、五度と狙撃を続け、その度折紙の動きは鈍る。折紙のしようとしていた攻撃を、侑理の狙撃が中断させる。何度も撃ち、何度も折紙の動きを阻害し、今の折紙が持つ勢いを削ぐ。

 されど、折紙は止まらない。幾度撃とうとも、もう侑理の事は一切見ずに、ジェシカ達を蹴散らし続ける。

 

(なんで、こんな…うちに仕掛ける余裕はないって事?それともまさか…全部牽制だって見抜いて、だから対応する必要はないって判断したって言うの…!?)

 

 そう。既に十発以上撃っている侑理だが、本人は勿論、随意領域(テリトリー)にすら一発も着弾してはいない。最初から侑理は、牽制…妨害と気を引く事だけの為に狙撃をしており、当てるつもりなど微塵もない。故にそれを見抜いてしまえば、確かに牽制と割り切り対応を後回しにする事も出来るのだが…そんなものは、正気の沙汰ではない。牽制といえど、高威力の狙撃であり、そもそも牽制というのも、折紙からすればどうやっても推測の域を出ない以上、まともな精神であれば仮に思い付いても実行に移せる筈がない。

 しかし、折紙はそれを実行し、現実のものとしている。内面は窺い知れないが、明らかな大博打を…それも下手すると、二発目の狙撃が自分に当たらなかった時点で、当てるつもりのない攻撃なのだと見抜いている。その観察眼と判断力、そして何より胆力は、凄いを超えて最早恐ろしいの域であり…侑理は、実感していた。模擬戦の時に折紙が見せていたのは、彼女が持つ力の一端に過ぎなかったのだと。フル稼働させての戦闘など自殺行為に等しい〈ホワイト・リコリス〉の使用を含め、鳶一折紙という人間は底知れないと。

 

「……貴女とは、敵になりたくなかった…なりたくなかったです、折紙さん…」

 

 もしこのような事にならず、友好的な関係のままでいられたら、更に彼女の事を知り、学ぶ事が出来たかもしれない。もしも折紙がDEMに来てくれたのなら、共に高め合えたかもしれない。後者に関しては希望的観測も多分に含まれていたが…たとえどんな関係になったとしても、今よりは…敵として火器を向け合う今よりはずっとマシな筈だ。…そんな思いがそうさせたのか、自分でも気付かぬ内に、侑理は小さな声で呟いていた。

 

「撃テ!撃テ!」

 

 ヘッドセットから侑理の耳へ、ジェシカの声が聞こえてくる。その声には焦りが滲んでいながらも、指示を出し、自らも攻撃している…この状況下でも何とか指揮官として立ち回っている辺りは、流石にアデプタス3と言ったところだが、既に戦闘可能な魔術師(ウィザード)及び〈バンダースナッチ〉の残存数は、侑理を含めても半数を切ってしまっている。対する折紙は巨大なユニット故か、散々弾幕形成をしていながらも未だ弾が切れる気配などなく、万全の状態でも押されていたDEM側が、大きく損耗した今の戦力で勝つというのは殆ど不可能。仮に勝ち、撃退出来たとしても、この損耗状態で精霊とぶつかれば、どうなるかなど想像に難くない。

 

「アダプタス3!ここは一度撤退を!」

「なッ…馬鹿を言わないデ!私が、私達第二執行部が、こんな極東の魔術師(ウィザード)一人に負けて良い筈がないワッ!」

「うちだってその、極東の血が流れてる魔術師(ウィザード)ですよ!」

「ユーリは私達の側でしょウ!?それにもう、増援の要請はしているワ!増援が来たら、そこで一気に叩きのめすのヨ!」

「……っ…ジェシカさん…」

 

 どうにもならない。それは離れた位置にいて、戦闘全体が見えている自分だからこそ誰よりも分かると、侑理は意を決して進言する。だがそれをジェシカが聞き入れる事はなく、あくまで折紙を倒すのだという姿勢で返す。その中で発された侑理への言葉は、正しく侑理を仲間の一人と認めている事が伝わってくるものであり…一層侑理は辛くなる。ここでの敗走がどれだけ屈辱的で、プライドの高いジェシカ達の心を打ち砕く事になるか分かるからこそ、撤退を進言しながらも、辛い気持ちが心を締める。

 それでも、今は退くしかない。折紙は命を取ろうとまでは思っていないのか、戦闘不能になった面々もまだ生命反応は消えていなかったが、これが実戦である以上、死なない保証はない。対精霊でもない戦いで、撤退出来る可能性もあったのにそれを蹴り、死者まで出して、挙句負ける…そんな事には絶対したくないと、もう一度侑理は声を上げようとしたその時……〈ホワイト・リコリス〉の巨体が、不意に蹌踉めく。

 

(え……?)

 

 これまでとは明らかに違う動きを見せた直後、これまではその尽くが避けられるか、防がれるか、或いは叩き落とされていた射撃が、初めて〈ホワイト・リコリス〉へと着弾する。突然の変化に、侑理も同僚達も困惑し…しかし、折紙の様子を伺っていたジェシカの、「タイムリミット」という言葉を聞いて理解する。

 何の事はない。機体に不具合が生じた訳でも、罠という訳でもない。それは単なる、活動限界…随意領域(テリトリー)を維持し、魔術師(ウィザード)としての力を行使し続けるのに必要な『脳』が、その負担に耐え切れなくなったというだけの事。決して折紙は、最強の欠陥機、討滅兵装の負担が気にならない程の異常な存在などではなく、ただ普通の魔術師(ウィザード)より、遥かに無茶をしていた…無茶が出来ていただけという事。それでも凄まじい事には変わりないが…魔術師(ウィザード)にとって、活動限界を迎える事は致命的。

 そして更に、第二執行部側としては好都合な事が…折紙からすれば、泣きっ面に蜂としか言いようのない事が起こる。ジェシカの言っていた増援…編隊を組んだ新たな〈バンダースナッチ〉が、空の彼方から現れる。

 

「ふフ。さぁ形成逆転ヨ。よくもやってくれたわネ。──ただで済むと思うなヨ」

 

 笑い声を上げた後、ジェシカその声にドスを効かせる。それに応じるようにして、第二執行部の面々が再展開を始め、〈バンダースナッチ〉も周囲へ広がる。

 そうして始まったのは、第二執行部の反撃。襲い来る無数の弾丸とミサイルを、同じく折紙は弾幕によって迎撃するも、そこにこれまでのような圧倒的さはなく、一部の攻撃が迎撃を抜ける。折紙は随意領域(テリトリー)の防性を高められなかったようで、再び〈ホワイト・リコリス〉は被弾し各部が煙を吹く。

 

「あははッ!正直ぞっとしたけど、これで勝負は決まったようなものね!」

「一人で出てくるからこうなるのよ!」

「私達が味わされた屈辱の分、たっぷりお返しさせてもらう…!」

 

 劣勢から、窮地から脱し、狩られる側から狩る側となった事で、一気に勢いを取り戻す同僚達。この機に乗じて撤退を…そう言おうとした侑理だったが、既に誰もそんな言葉を聞いてくれそうな状態ではなかった。だがそれも、仕方のない事。短い間とはいえ、仲間として過ごした情のある侑理は無意識に撤退…即ち折紙を討たないという選択肢を取りたい思いに駆られていたが、ジェシカ達からすれば折紙は単なる…否、自分達の邪魔をし、散々屈辱を与えてきた忌々しい敵であり、今は有利なのだから、ここで相手を見逃す理由もない。加えて撤退は、そのまま作戦失敗を意味する。まだ戦えるのに、今は明らかに勝ち目があるのに撤退するなど、第二執行部の面々の殆どは選ぶ事など出来なかった。

 

(不味い…このままじゃ、折紙さんは……)

 

 ふらつきながらも飛び回る折紙だが、今や完全に防戦一方。成す術なく押される折紙の姿を見て、侑理が抱くのは焦りの感情。このままいけば、ほぼ確実に折紙は戦闘不能になる。されどその時、同僚達は障害を排除出来たなら良し、と捨て置くだろうか。多少性格はアレでも悪人はいない、と信じている侑理ではあるが、恨みを晴らすという感情に駆られている人間は、何をするか分からないもの。

 だが…もしそうだとしたら、自分はどうするのか。このまま見ているのは違う。ならば、今度は折紙を援護し、撤退してもらう?…そんな事、出来る筈がない。更に言えば、今の折紙は、満足に撤退出来るのかどうかも分からない。再び侑理は選択を迫られ…しかし答えが出るよりも早く、凄まじい音がどこかから響く。

 

「……っ!?」

 

 反射的に、侑理が振り向いた先、音のした方向。そこにあるのは、天宮スクエア。これまでの戦闘の流れ弾によるものかどうかは分からないが、ステージの一部、天井に穴が空いており、そこから猛烈な風が吹き荒れていた。それと共に、随意領域(テリトリー)によって網膜に投影されたセンサーが、ステージからの強大な霊力反応を伝えてきていた。

 侑理と折紙が、ステージの方を見たのはほぼ同時。されど侑理が硬直する中、折紙はステージへ向かおうとし…それをジェシカ達が囲む。包囲に気付いて侑理も顔を上げるが…もう遅い。もう、侑理にこの状況を変える手はない。

 

「さあ、やっちゃっテ」

 

 落ち着いた…それ故に迷いなど微塵もないと分かる、ジェシカの声。悪足掻きで何かしてくる事を警戒しているのか、有利な…冷静な状態で人を撃つのは、流石にジェシカ達も躊躇いがあったのか、火器を向けているのは〈バンダースナッチ〉のみ。ジェシカ達は用心深く構えており…それでも今の折紙を撃つには、恐らく十分。そして折紙が完全包囲で動けなくなる中、侑理もどうすればいいか分からず立ち尽くす中、〈バンダースナッチ〉のレイザーカノンが輝き……

 

 

 

 

──その砲身が、斬り裂かれる。天から飛来した蒼い一閃が、砲身を斬り裂く。

 

「…………え?」

 

 そもそも遠過ぎてスコープ無しでははっきりと見えない侑理は勿論の事、ジェシカ達も、折紙も驚き、唖然とする。その間に再び一閃は駆け抜け、発射直前で砲身を斬り裂かれ、カノンが爆散した〈バンダースナッチ〉、今度はその頭部を瞬時に刎ねる。

 折紙の襲撃と同等、或いはそれ以上の、想定外且つ異常な自体。誰一人何が起きたのか分からず…なのに何故か、侑理は胸騒ぎを抱き始める。無意識の内に気付いた…のかもしれない『何か』が、心へと訴え掛けてくる。

 その間にも、幾度も蒼の一閃は煌めく。その度〈バンダースナッチ〉は斬り裂かれ、バラバラになって落下していく。そうして包囲が崩れたところで…折紙の前に、一閃の正体は現れる。

 

「──あ、あ…ああ…あ……」

 

 流線的な形状をした、両腕両脚それに胸部を覆う青と黒の装甲。背中の大型スラスターに、両腕に備えられた二つの武器。見るからにそれは魔術師(ウィザード)の装いであり…しかし間違いなく、折紙を助けに来たASTの人間ではない。ASTにそんな装備はなかった筈で…何より動きが違い過ぎる。

 しかし、そんな事はどうでも良かった。侑理にとっては、動きやCR-ユニットの事など、気にならなかった。そんな事よりも、遥かに目を、意識を、心を支配する事があった。

 後頭部で一つに纏められた群青色の髪と、強い意思の籠る琥珀色の瞳。利発そうな容姿に、侑理と同じ位の背丈に、左目の下の泣き黒子。スコープを覗いていない今、そこまで見える筈ないのだが、それでも侑理は分かった。はっきりと、分かってしまった。嗚呼、そうだ、間違いない。見間違う筈もない。それは、彼女は、その魔術師(ウィザード)は……

 

「…ま、な……?」

 

 行方不明となっていた、ずっと探していた、ずっと会いたかった──崇宮真那だったのだから。

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