デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第十八話 望まぬ形の、望んだ再会

 思えば日本に来てからは、衝撃続きだった。来て早々にSSSとDEMの絡んだ事件に巻き込まれ、出向の目的でもある〈ナイトメア〉との戦いも起こり、私的にしてある意味最大の目的と言っても過言ではない兄の捜索に関しては、本格的に始める前に偶然…否、運命的に再会する事が実現し、本当に嬉しかった。その後、紆余曲折の末本当の力を発揮した〈ナイトメア〉に敗北し、一ヶ月近く昏睡していた事には愕然としたが…結果的には、それが今の自分に繋がった。そのおかげで、自分の事も、DEMの事も、DEMと対立する組織の事も、知る事が出来た。

 日本に来て、多くの繋がりも得た。兄だけではない。ASTの面々や、兄の義理の妹など、自分は多くの人と出会えた。ここは、居心地が良い…そう思える場所があって、日本に来て良かった…自分は素直に、そう思えた。

 本当に、世の中は何があるか分からない。何が起きて、自分がどんな道を歩む事になるかなど、その結果何とぶつかる事になるかなど、その時になってみなければ分からないと、ここ最近で何度も何度も思ってきた。そしてそれは、今もそう。まさか、あの〈ホワイト・リコリス〉を駆る折紙に加勢する形で、魔術師(ウィザード)同士の戦いに介入し、こんな形で古巣であるDEMと…第二執行部と敵対する事になるなど、真那は微塵も想像していなかった。

 

「おやおや、誰かと思ったらジェシカじゃねーですか。なんで日本になんていやがるんで?」

 

 その場の全員が驚愕する中、背後の折紙と短い会話を交わした…短いやり取りで今すべき事を再認識してくれた折紙に相変わらずの頼もしさを抱いた後、真那は視線を正面へ、ジェシカ達へと戻す。戻して、目の動きだけでぐるりと見回す。

 驚くのも無理はない。昏睡から目覚めた後、ある組織からの接触を受けた真那はそこへ身を寄せる事になり、対外的には行方不明という事になっている状態。ジェシカ達からすれば、行方不明だった同僚が、見た事もない装備を身に纏い、敵対してきているのだから、唖然とするのが正常な反応。

 

「貴女、一体何故──いえ、それよりも、今自分が何をしたのか分かっているノ!?」

「それはこっちの台詞です。一人相手にこの大人数とは、暫く見ねー間にやり口がセコくなったんじゃねーですか?」

「そういう問題じゃないでしょウ!何故私達を攻撃するノ!答えなさい──アデプタス2!」

 

 動揺と困惑、それに怒りの混ざった金切り声を上げるジェシカ。彼女の言葉は、彼女の…第二執行部の人間としてはどれも抱いて当然の思いであり、それは真那も理解している。…が、だからといって穏やかに話すつもりなど真那にはない。何をしているのだ、というのは真那もジェシカ達に対して抱いている思いであり、今はのんびり話していられる状況でもないのであり…そもそも真那は、ジェシカと馬が合わないのである。何かにつけて突っかかってくる、コールサインの序列が気に食わずに模擬戦をふっかけてくるジェシカに対しては、如何に数少ない積極的に模擬戦をしてくれる相手だとしても、心穏やかに話そうとは思えないのも仕方のないところ。

 だから真那は、はっきりと言う。昔のコールサインで呼ぶのは止めろと。もう自分は…DEMを辞める、と。

 

(…少しだけ、心が痛みやがりますね……)

 

 返された答えにジェシカ達が声を詰まらせる中、真那は左腕の武器を…CR-ユニット〈ヴァナルガンド〉の兵装の一つ、〈ヴォルフファング〉を彼女達へ向ける。

 もう真那に、DEMへの忠誠心はない。自分が騙され、いいように利用されていたのだと知った今の真那に、DEMに対する心残りなど()()()()()()、少なくとも今ここで敵対を止める理由は皆無。…それでも、こうしてはっきりと敵対を示す真那の心には、少しだけ悲しいものがあった。自分は第二執行部であまりよく思われていなかった…その自覚があっても尚、仲間だった者達に矛を向ける事には、複雑な気持ちがあった。

 

「この場は、貴女達が私に恐れをなして退いてくれやがるってのが一番理想的なパターンなんですけれども、どうですかね?」

 

 故に、真那はジェシカ達が退いてくれる事を望んだ。そうすれば仲間だった者達と戦わずに済むと、本気で真那は思っていた。…だが、返ってきたのはふざけるなという言葉。撤退とは即ちウェストコットの命令に背く事であり、そんな事は出来る筈がないという、完全な拒否。提案は完全に蹴られ…しかし真那も、恐らくこうなるだろうなと思っていた。ウェストコットに対する、ジェシカ達の盲信めいた感情はよく知っているからこそ、やはりこうなるかと心の中で肩を落とした。…まあ、実際にはそれに加えて、真那の言い方が完全に相手を煽るそれになっていたのも、提案を突っ撥ねる理由の一つになっていたのだが…相変わらずそういうところは割と無自覚な真那だった。

 穏便に(といっても既に複数の〈バンダースナッチ〉を落としているのだが)済ませる事は叶わない。それがはっきりとした以上、真那ももうのんびりと話すつもりはない。そーですよね、と真那は軽く言葉を返し…次の瞬間、脳内で指令を出す。スラスターの出力を一気に引き上げ、同時に随意領域(テリトリー)も操作し、一瞬でジェシカの背後へ回り込む。

 

「……!?この…っ!」

 

 随意領域(テリトリー)で感知したのか、驚きながらもすぐに反応するジェシカだったが、その時既に真那は刃を振るっていた。右腕に展開した武装、〈ヴォルフテイル〉を振り抜き、身を捩って躱そうとしたジェシカのスラスターをユニットごと斬り裂く。たったの一撃で装備に大きなダメージを受けたジェシカは、しかし戦意を失う事なくレイザーブレイドを抜き、スラスターの破損により落下する前に一太刀浴びせようと向かっていったが…元アデプタス2とアデプタス3の間には、大きな実力の隔たりがあった。そこにCR-ユニットの性能差と、損耗状況まで加われば、最早勝負にすらならなかった。

 真那はジェシカの斬撃を〈ヴォルフテイル〉で受け止め、〈ヴォルフファング〉…顎状の武装を展開。内蔵された魔力砲を露出させ、至近距離から魔力の砲撃を叩き込む。幸い随意領域(テリトリー)による防御が間に合った…というより、真那か見越した通りに防御を間に合わせた事で、ジェシカ自身は無傷だったものの、高出力の魔力砲撃を諸に受けた事で多大な負荷が脳へと掛かり、直後にジェシカは気を失う。

 

「…〈ヴァナルガンド〉──何故だかしっくりきやがりますし、初使用にしちゃ悪くねーですね」

 

 気絶によりジェシカの随意領域(テリトリー)が解け、それによってワイヤリングスーツとの接続の途切れたユニットが落下していく。同様にジェシカの身体も重力に引かれて落ち始めるが、真那は〈ヴォルフテイル〉の刃を肘側に180度回転させる事で右手を空け、その手でジェシカを掴む。そして随意領域(テリトリー)の重量軽減も合わせてジェシカを支えながら、視線を立ち竦む元同僚達の方へと向ける。この場の指揮官…自分とエレンを除いた最高位のナンバーを持つアデプタス3はこの有様だ、さぁどうするとばかりに全員を見据える。

 

「じょ…冗談は、止めて頂戴…どうして、こんな……」

「マナ、私達は仲間でしょう!?同じ第二執行部の一員じゃない!」

「…だから、言ったじゃねーですか。私はもう、アデプタス2でも、第二執行部の魔術師(ウィザード)でもねーんです」

 

 どうして、と数人が声を上げる。その者達の顔を見て、真那はまた少しだけ心が痛む。…声を上げたのは、日本へ出発する日、賑やかし程度ながらも見送りに来てくれた面々だったから。あの時は確かに、真那も嬉しいと思ったから。

 しかしそれでも、真那の意思が揺らぐ事はない。それが、真那の強さ。元からそんな強さを持っていたのか、それとも〈ナイトメア〉を何度も倒し、幾度も殺す中で心が擦り減ってしまった結果なのかは分からないが、真那は元同僚達の言葉へ静かに返し…一瞬の内に、彼女等の背後へ。諦めてくれるよう、改めて力の差を見せ付けると共に、彼女達へとジェシカを放る。そしてジェシカが受け止められたのを確認してから、今一度言う。

 

「これが最後の警告です。そいつを連れてとっとと消えやがりなさい」

 

 今度は無自覚ではなく意図的に、威嚇するような言葉選びでここから退けと言い放つ真那。だが…やはり、第二執行部の面々は退かない。実力差は分かっている…そんな風に表情を歪めながらも、真那を睨んで展開してくる。

 その様子に、真那は心の中で溜め息を吐いた。されど退かないのなら、力尽くで退けるのみ。それでもせめて元同僚として、「これは失敗しても仕方ない」と思われるよう、完全勝利で終わらせよう。そんな思いを抱きながら、真那もまた装備を構える。そして真那と、第二執行部の残存戦力による戦闘が始まる……誰もがそう思っていたその時、両者の間を一発の弾丸が貫いた。

 

「……っ!」

 

 反射的に、真那は下がる。随意領域(テリトリー)の防性を高め、弾丸の飛んできた方向に目をやる…が、射手の姿は見つからない。ならば止まっているのは危険だと判断し、再びスラスターを噴かしてその場を離れる…が、直後に放たれた二発目の弾丸に、目を見開く。

 

(…今の攻撃、私の回避先を的確に……)

 

 相手が今いる位置ではなく、移動や回避をする先へ攻撃を仕掛けるのは、射撃の基本。精度はともかく、先を読んだ攻撃…所謂偏差射撃は、まともな訓練を受けた者なら、誰もが意識をするレベルの事。

 だが、既に回避行動を取っている相手の回避先を狙うのと、相手が回避するのを見越して、先手を打って回避先を狙うのとでは、天と地程に開きがある。そして今真那を狙ったのは、間違いなく後者。それが出来る相手がこの場にいるのだと理解した真那は、警戒心を強めると共に一層縦横無尽に動く。左は右へ、前へ後ろへ、上へ下へと狙いを付けさせない動きを取りつつ、射手を捕捉しようと目を凝らす。しかし、より激しく動いても尚、射撃は真那の動きを捉える。実力とユニットの性能で全て回避してみせる真那だが、動きを読まれている事は確実。

 

「はっ、私の動きをこうも読んでくるとは、第二執行部にもそれなりに腕の立つ魔術師(ウィザード)が入ったようじゃねーですか」

 

 連続する射撃により大体の位置は分かった真那だが、未だその姿は見つけられず、分からない事からこれが長距離狙撃だと理解。一方的に攻撃出来る状況とはいえ、大したものだと称賛の言葉を口にし…しかし次の瞬間、第二執行部の面々が怪訝そうな顔をした事に気付く。

 向けられているのは、まるで真那の言葉に困惑しているような…何を言っているんだ、と言いたげな表情。その意味が、理由が真那には分からず…再び真那を射撃が襲う。それも真那は身体を捻る事で躱してみせるが…駆け抜けたのは、これまでの弾丸ではなく、魔力の塊。魔力砲、或いはレイザーカノンによる一撃。

 それと共に聞こえてくる、誰かの声。風と距離のせいか上手く聞こえないものの、確かに自分を呼ぶ叫び。その声に応じるようにして、真那は声のする方へと振り向く。

 

「わざわざ狙撃を止めて接近してくるとは、度胸もあるみてーですね。一体どこの誰なのかは知らねーですけど、私の動きを読むその実力、この目でしっかりと見させてもら……」

 

 両腕を広げるようにして構える真那。調子はそのまま、しかし最大限の警戒を以て、声の主を…接近してくる狙撃手の姿を、両の瞳で捉えんとする。

 真那に慢心はない。〈ナイトメア〉からの痛烈な敗北を、既に次への…未来への糧としている、そして何よりアデプタス2…最強の魔術師(ウィザード)、エレン・ミラ・メイザースに『次ぐ』立場の存在として、自分以上に強い人間の存在を意識させられ続けていた真那だからこそ、相手が誰であろうと、軽んじるつもりは毛頭ない。あるのは如何なる相手であろうと倒し、自分の為すべき事を為すのだという強い意思だけ。…それが、真那の強さ。単なる実力だけではない、意思の…心の強さ。

…本当に、真那の心に迷いはなかった。誰が相手でも、全力で戦い、打ち倒すつもりだった。誰が相手でも、どんな強敵だったとしても、自分は必ず…確かに真那は、間違いなく真那は、心からそう思っていて……

 

「──真那っ!」

 

……だが、その心は揺らぐ。たったの一言で、その声で、その姿を見た事で…いとも容易く、研ぎ澄まされた意思は崩れる。

 

「……──ぁ、え…?」

 

 ショートハーフアップに纏められた金糸雀色の髪に、色素の薄い黒色の瞳。愛嬌を感じる容姿に、真那と同じ位の背丈。今でこそ酷く動揺した表情が浮かんでいるが…そんな事は関係ない。どんな様子や表情を浮かべていようと、見紛う筈もない。それは、彼女は、その魔術師(ウィザード)は……

 

「…ゆう、り……?」

 

 出向以来一度も直接会っていなかった、〈ナイトメア〉との戦い以降は連絡すら取れなかった、真那が唯一にして本心から自分の『相棒』として認めた──侑理・フォグウィステリアだったのだから。

 

「どうして……」

 

 無意識の内に、真那の口から零れる言葉。狼狽え、ここが戦場である事すら頭から抜け落ち、茫然と現れた侑理を見つめる。

 少し考えれば…否、考えるまでもなく分かる事だった。侑理もDEMの、第二執行部の一員なのだから。侑理は真那よりも協調性があり、命令にも従順なのだから。その侑理であれば、ここにいるのも当然の事で…だが真那は、そんな訳がないと思っていた。侑理がこんな作戦に参加する訳がないと、賛同する訳がないと、だからいる筈がないと思っていた。……そう、思おうとしていた。そういう事にして、それ以上は考えないようにしていた。でなければ、DEMと敵対する事は、侑理と敵対する事になってしまうから。この戦場で、信頼する味方ではなく…敵として、相対する事になってしまうから。

 しかしそれも、所詮は気休め。自分を騙すだけの思考。どれだけ自分に都合の良い考え方をしようとも、その可能性を信じようとも、現実には何も作用しない。目の前の現実は……変わってくれない。

 

 

 

 

 漸く会えた、漸く見つけられた真那。待ち望んでいた、待ち焦がれていた、再会の瞬間。しかしそこに、感激はない。喜びも、安堵もない。あるのは底の見えない沼の様に、暗く…そして深い、動揺だけ。

 

「…真那…真那、だよね…?…なにを、してるの……?」

 

 酷く長く感じられた距離を詰め、真那の前に、真那と同じ高度に行き着く。震える声で、侑理は真那へ問い掛ける。侑理の問い掛けに、真那はびくりと肩を震わせ…しかし、返ってくる言葉はない。

 

「うち、心配したんだよ…?真那と連絡が取れなくなって、真那が昏睡状態になったって知ってから、ずっとずっと、心配してたんだよ…?」

「…それは…申し訳、ねーです……」

 

 言葉通りの、申し訳なさそうな声と表情。普段なら、こんな形でなければ、何も気にしなくて良いと、真那が元気ならそれだけで十分だと、間違いなく侑理は即答していた。実際元気な真那が目の前にいる事への、喜びはある。確かにある。だがそれ以上に、今という状況が侑理から平常心を奪っていた。

 

「それに…どうして、皆を攻撃するの…?うち達は、仲間でしょ…?」

「…………」

「もしかして、折紙さんの事…?それなら…そうだ、うち達から掛け合えばいいんだよ…。〈ホワイト・リコリス〉を駆使して、単独でうち達を抑え込める魔術師(ウィザード)からのお願いって事なら、ウェストコットさんも無下にはしない筈…そう、でしょ…?」

 

 仲間と口にする侑理に、真那は表情を歪める。その真那へ、更に侑理は呼び掛ける。もしも折紙守る為に仕方なく敵対しているのなら、もっと良い道があると。そうすれば自分達が敵対する事も、折紙の問題も解決出来ると。

 

「だから、帰ろう…?〈バンダースナッチ〉を落としたり、ジェシカさんを戦闘不能にさせた事だって、真那なら許してくれるよ…だって真那は、DEMにとって貴重な魔術師(ウィザード)だもん…エレンさんに次ぐ実力の魔術師(ウィザード)なんて、DEMには真那しかいないもん…。だから、だから……」

「…侑理」

 

 侑理は手にした火器を真那に向けていない。近付くまでは、真那を止める為に、仲間を守る為に撃ちはしたが、同じ高さまで来た今、もう攻撃は必要ない。だって相手は、真那なのだから。話せばきっと分かってくれる、きっと帰ってきてくれる。侑理はそう思って、それだけを思って、言葉を紡ぐ。他でもない真那なら、きっと大丈夫だ…と。

 勿論、幾らDEMでも、お咎めなしという訳にはいかないだろう。しかしもし重い処罰が下されるようなら、自分が何でもして、本当に自分に出来る事ならどんな事でも受け入れて、真那への処分を軽くしてもらうつもりだった。真那の為なら何だって出来る、頑張れる…本気で侑理はそう思っていた。だから真那と、共に帰りたかった。また共に過ごしたかった。……だが。

 

「…もう、私の…真那の帰る場所は、DEMじゃねーんです」

「……っっ!」

 

 酷く複雑そうな、心苦しそうな顔で、真那は返す。帰ろうという侑理の言葉に、帰れないと背を向ける。

 何を言っているのか、分からなかった。分かりたくなかった。真那なら分かってくれると、頷いてくれると思っていたから、頭が、心が、回答への理解を拒もうとする。しかし真那の瞳が、浮かべた表情が、突き付けてくる。嘘でも、誤解でもないのだと。真那はDEMに…侑理の側には、帰ってきてくれないのだと。

 

「どうして…どうしてなの、真那…?こんな事をする組織にはいられないって事…?それなら、それは…仕方ない、んだよ…精霊を討つ為には、世界を守る為には、それも……」

「…本当に、そう思っていやがるんですか?」

「え…?」

「侑理だって、もう分かっていやがる筈です。DEMが、そんな真っ当な組織じゃねーって事は。むしろ、禄でもねー組織だって事は」

「…なんで、そんな事言うの……」

「私は散々騙されて、利用されてきたって事でいやがりますよ。いや…私だけじゃねーです。もし私だけだったら、私が不幸になるだけで済むってもんですが、そんな生優しい話で終わる筈がねーです。…もう一度言います、侑理。侑理は、本当にそう思っていやがるんですか?侑理が今ここにいるのも、している事も…心からの事でいやがりますか?」

 

 向けられる言葉に、咎めるような雰囲気はない。むしろ静かに、説き伏せるように真那は言う。真那の瞳が、じっと侑理の事を見つめる。

 

「もし本当にそうだって言うなら、これ以上伝える事はねーです。出来る事なら、したくはねーですが…侑理にも、退いてもらいます」

「…真、那……」

「だけどもしそうではねーって事なら、少しでもDEMの在り方に疑問があるなら…もしも私の言葉に、耳を傾けてくれるのなら、私と……」

 

 ふっ…と鋭く変わる真那の視線。思わず侑理は息を呑み、しかしすぐに真那の纏う雰囲気は戻る。ほんの少し冷静になれば、少しでも落ち着いて考えれば、そこに籠る真那の真意にも、他でもない侑理であれば気付ける筈。

 だが…それは、出来なかった。元から良くない心理状況。そこに想定外が重なった事で、その上で最大級の衝撃が…望まぬ再会が上乗せされた事で、とうに侑理の許容範囲を超えていた。そしていよいよ、侑理の理性は決壊する。抱えていたもの、わだかまり渦巻いていたものが、侑理の口から溢れ出す。

 

「…分からない…分からないよ、真那の言ってる事!だって真那、ずっとDEMに感謝してたでしょ!?大きな恩があるって、そう言ってたでしょ!?なのになんで、なのにどうしてッ!」

「だからそれは、恩だと思っていたのも全部……」

「それにおかしいよ!仲間同士で戦うなんて、怒りとか侮蔑とかをぶつけるなんて!なんで!?なんでそうならなきゃいけないの!?実力のせい!?国のせい!?だったらなんで、うちの事は気に掛けてくれるの!?どうしてうちは仲間になれるのに、皆はそうじゃないの!?」

「ゆ、侑理…?それは何の事を言ってやがるんですか…?…その…私もわりーです、物凄くわりーんです…けど今は落ち着いて……」

「落ち着いてなんかいられる訳ないでしょ!?戻ってよ、帰ってきてよ真那!なんでこんな事をするの!?どうしてこんな事になるの!?駄目だよ、違うよ、おかしいよッ!どうして真那は、DEMを…皆を裏切って──」

 

 吐き出すように、次々言葉をぶつける侑理。そこに理路整然とした思考はない。順序立てて話す余裕など、もう侑理の精神には微塵もない。ただただ自分が抑えられなくて、心が耐え切れなくて、打ち付けるように真那へと言葉を浴びせかけて……されど次の瞬間、『その言葉』を口にした瞬間…不意に侑理の思考は止まる。

 

「…裏、切り…?…真那は、DEMを裏切った…?皆を…うちを、真那が裏切った……?」

「…侑理……?」

 

 裏切り。その一言が、自分の中で反響する。何度も何度も響き、そのままそれが口を衝く。その度に、心の中で反響する音は強くなり…何かがじわじわと思考を蝕む。

 頭痛が走る。手が震え、肩が震え、視界が歪む。随意領域(テリトリー)が不安定になり、嫌な汗が全身から吹き出す。分からない、意味が分からない、どうしてか分からない。…だが、違う。それは違う。絶対に違う。違う、違う、違う違う違う違う……違う。

 

(違う、違う…そうじゃない、真那じゃない…)

 

「裏切ったのは、真那じゃない…真那は裏切ってなんかいない……」

 

「真那は裏切ってなんかいない…真那はうちを裏切ってない…裏切りは、裏切ったのは……」

 

 

 

 

 

 

「……──裏切ったのは…うちの、方…?」

 

 直後、割れるように頭が痛む。脳から、頭の奥から、裂けるような激痛が迸る。そして染み出す、噴き出す、荒れ狂うように侵食する。感情の濁流が、侑理を飲み込む。後悔が、罪悪感が、絶望が…心の底から押し寄せる。

 

「あ、ああ…ああああ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?」

 

 痛む、痛む、頭が痛む。思考が纏まらない。自分に今起きている事を理解出来ない。だがそれ以上に、心が痛む。今にも潰れてしまいそうな程、引き千切れてしまいそうな程、心が痛くて仕方ない。

 

「……ッ!?侑理、どうしたんでいやがりますか!?一体何が──」

「来ないでッ!」

「……っ!」

 

 側から見れば明らかに異常な侑理の様子に、目を見開いた真那は声を掛けてくる…が、反射的に、侑理は真那を、その声を拒絶する。侑理自身は全く気付いていなかったが、拒絶に真那は愕然とする。

 

「そうだ、うちだ、うちの方だ…!裏切ったのはうちの方だ…!だから真那は、それだから真那は…!ああああ、ああああああ…ッ!」

「ちょ、ちょっと…?どうしちゃったのよ、ユーリ……」

「なんで、なんでこんな事に…。…だけど、今ならマナを…茫然としてる今だったら、マナも……!」

 

 聞こえているが、聞こえない。真那の声も、同僚達の声も、聞こえているが理解出来ない。完全に狂乱状態で、何一つとして分からない。

 しかしそんな侑理の状態が、侑理同様二転三転する事態にに着いていけなくなって立ち竦んでいた第二執行部の面々を我に返す。侑理を前に狼狽する…最早脅威など微塵も感じない様子となった真那を見て、今が好機だと判断させる。

 指揮官が気絶したとはいえ、精鋭は精鋭。一度判断すればそこからの動きは早く、即座に真那を十字砲火で撃たんとする。だがそれは、邪魔される。視界に入ったその瞬間に、侑理がそれを、攻撃を阻む。

 

「な…ッ!?どうして邪魔するのよユーリ!今ならマナを──」

「勝てる訳ないでしょッ!?うち達が、真那にッ!」

 

 放たれたレイザーカノンの一撃に目を剥き、抗議する一人の同僚だったが、次の瞬間侑理が上げた金切り声に絶句する。彼女だけではない。第二執行部の全員が、真那や離れた位置にいる折紙すらも、侑理の絶叫に面食らう。これまで一度も出した事のないような叫びが、空の空気を支配する。

 

「もう退いてよッ!無理だよッ!失敗だよッ!ねぇッ!?そうでしょッ!?ねぇッ!!」

「ユーリ…貴女……」

「退いてよッ!退けよッ!退けってばッ!うちが何とかするからッ!全部、全部ッ!」

「……くッ…分かった、わ…〈バンダースナッチ〉隊壊滅、アデプタス3以下複数の魔術師(ウィザード)戦闘不能、並びに度重なる状況の変化により、これ以上の作戦行動は困難と判断し…撤退する…ッ!」

 

 絶叫しながら、同僚に詰め寄る。どう見ても正気ではない侑理に、同僚達は気圧される。そして苦渋に満ちた声と表情ながらも…遂に同僚の一人、アイリーンが今の状況を認め、撤退を判断。他の同僚達も同様の顔を見せつつも、頷きその場を離れていく。落下した味方を回収し、空から撤退していく。

 それを侑理は見送らなかった。同僚達が撤退を始めた時点で背を向け、今一度真那に正対していた。そう、侑理にはまだやる事がある。撤退する同僚を、仲間を守る為、殿を務めなくてはならない。足止めをしなければならない。…それは一体、誰から?それは……。

 

「はぁッ…はぁッ…ぅああああああぁッ!ああああああああああッ!!」

「侑理、止め…ッ!真那はもう……!」

 

 手にした武器の、トリガーを引く。ポッドを開き、マイクロミサイルを滅茶苦茶に放つ。魔力の付与も充填も収束も、何もかも半端な射撃は碌な威力を持っておらず、狙いも雑。ミサイルに至ってはロックオンすらまともに行っていないせいで、何もない上空に飛んでいくだけの物も一発や二発ではない。

 しかしそれでも、真那の足止めは出来ていた。元より追撃するつもりのない真那だったが、今は真那も相当動揺しているのか、本来の実力をまるで発揮出来ていなかった。それに普段の侑理をよく知っている…よく知っていた真那だからこそ、無意識の内に『普段の動き』を考えてしまい、それとかけ離れた今の侑理の動きとの間で齟齬が生まれる事によって、逆に動きに対応出来なくなっていた。ひたすら侑理は乱射をし、攻撃の意思のない真那は防戦一方となり……あっという間に、侑理は弾切れ。実体弾の残弾がゼロになった事で、漸く時間の経過に気付く。

 

「うちは…うちは……」

「……っ…侑、理…」

 

 いつの間にか濡れてよく見えなくなっていた視界。その視界の中に映る真那。されど侑理は何も言う事が出来ず、目元を拭う事もせずに背中を向ける。スラスターを全開で吹かし、侑理も同僚達の後を追う。無防備な背中だが、何ともお粗末な殿だが…その差には、一撃たりとも飛んでこない。

 そうして第二執行部の作戦は、失敗に終わった。完敗に終わった。真那は今にも限界を迎えそうな折紙の方へと飛んでいき…その前に背を向けてしまった侑理は、気付かなかった。苦しそうな…本当に苦しそうな顔を、真那がしていた事に。背を向け、飛んでいく侑理に、真那は手を伸ばし…しかし届かないその手を、力なく降ろしていた事に。

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