デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第十九話 失意と決意

 討滅兵装〈ホワイト・リコリス〉を駆る折紙と、出自不明のCR-ユニットを纏った真那の介入により、第二執行部による精霊〈プリンセス〉とある人間の捕獲作戦は失敗した。それも実質的に、始まる前に失敗して終わってしまった。敗走した第二執行部は、この件にASTも絡んでいる…協力とまでは言わずとも、少なくとも折紙の行動を黙認している可能性が高い為に天宮駐屯地へ戻る訳にもいかず…更に言えば、為す術なく負けた姿をASTに見られたくないという感情も手伝って、DEMの日本支社…その第一社屋へと撤退した。

 それが、今から数時間前の事。ジェシカを初めとする、戦闘不能となった者や、落下の際にワイヤリングスーツの安全装置が働いたものの、それでも怪我を負ってしまった者達を医療班に任せた第二執行部の面々は、ウェストコットからの直々の命令に無様な敗北で返してしまった報告を、失敗の処罰…そしてウェストコットに失望される事への恐怖に怯えながらも行い…それに対して下されたのは、待機命令だった。侑理も当然、第二執行部の一員として同様の命令が下され…しかしその後、呼び出される。同じく第一社屋へと訪れていた…それも別の仕事で動いていたらしいエレンによって、ウェストコットの待つホテルへと連れて来られる。

 

「し、失礼します…」

 

 第一社屋及び、DEMが保有する各種施設の近くに建つホテル、その最高級の部屋の扉を、エレンが開く。スイートルームの名に相応しい、見るからにスイートでロイヤルな部屋の内装が侑理を出迎え…続けてその一角、これまた高級そうなソファで寛ぐウェストコットの姿が目に映る。

 たったそれだけで、印象が変わる。DEMの代表取締役、アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは貴族家系の人間と言われても納得出来そうな風貌をした男性なのだが…それでも彼がいるだけで、彼という存在がそこにいるだけで、雰囲気に上手く形容出来ない違和感を侑理は抱いてしまう。

 

「よく来てくれたね、ユーリ・フォグウィステリア。何も立っている必要はない、座り給え」

「あ…え、っと……」

「アイクがそう言っているのです。座りなさい」

「エレンもどうかな?君も一仕事終えて疲れているだろう?」

「私はこのままで構いません。疲れる程でもありませんでしたから」

 

 エレンに促され、ウェストコットと向かい合う形でもう一つのソファへと座る。その瞬間、とてつもない柔らかさと心地良い、何とも絶妙な低反発感が侑理の臀部と腰を包み、思わず目を見開いてしまう…が、目の前にウェストコットがいる事で、すぐさま侑理は我に返る。そして、侑理には座らせておきながら、自分はさらりと流すエレンの様子に肩を竦めてくるウェストコットに対し、何とか愛想笑いで返す。

 

「さて、何か食べたいものはあるかな?あるのなら、ルームサービスで注文しよう」

「そ、それは……最後の晩餐、というやつですか…?」

「うん?」

「はい?」

「え…あ、あれ…?…そういう事で、呼ばれたんじゃ…?」

 

 緊張による気持ち悪さを堪えながら言った侑理の言葉に、目を瞬かせるウェストコットとエレン。一方その反応に侑理もぽかんとなり、二人の顔を順に見やる。

 真那との対峙で完全に狂乱状態となってしまった侑理だが、時間が経った今は一先ず…本当に一先ずながら落ち着いていた。理性で、きちんとした思考で現状を把握する事ができ…だからこそ、自分がどれだけの事をしでかしたのかも正しく理解出来ていた。

 折紙への当てる気などない狙撃に、真那へ対する実質的な戦闘放棄に、好機を台無しにした味方への妨害。それに何より、撤退の責任は誰にあるかと言えば、そんなものは味方へ威嚇紛いの言い方で捲し立てた侑理以外にある筈がない。指揮官であるジェシカが気絶していて、指揮系統が崩れていたという点を踏まえても、怒鳴って撤退を強いた自分に責任があるに決まっている。…そんな風に、侑理は思っていた。民間人への犠牲すら許容してしまう程の大きな作戦で自分は幾つも問題を起こし、挙句撤退を強いる形で作戦にトドメを刺してしまったのだから、てっきり処罰されるものだと思っていたのである。

 

「今回の件、君に責任を求めるつもりはないよ。何せ不測の…それも対処が容易ではない事態が二重に起こったんだからね。むしろその状況下で、君はよくやってくれた」

「そう、ですか…?でも、うちは大した事なんてなにも……」

「いいや。もしも君がいなければ、彼女…トビイチオリガミにもう数人やられていたかもしれないし、間違いなくマナに全員落とされていた。そしてそうなれば、貴重にして優秀な魔術師(ウィザード)が失われていたかもしれない。確かに君は成果こそ上げていないが、君のおかげで大損害の可能性が避けられ、ただの作戦失敗で済んだんだ。私はそれを高く評価しているから、こうして呼んだんだよ、ユーリ」

「…あ、ありがとう…ごさいます…だけどやっぱり、失敗は失敗……」

「君達に下した、捕獲命令はね。だが、実を言えば君達は陽動だったんだ。陽動である君達がそのまま成功させられればそれに越した事はなかったが、君達を陽動として、その作戦の裏でエレンにも動いてもらっていた。そしてその結果、〈プリンセス〉だけではあるが捕獲する事に成功した。つまり…最高ではないにしろ、最低限の仕事は果たしていたのさ」

 

 想定とは真逆の、よくやってくれたという言葉。再び驚く侑理だが、ウェストコットが冗談を言っているようにはとても見えない。それに何より、侑理はウェストコットと親しい中でもなければ、立場においてはウェストコットの方が遥かに上なのだから、気休めの言葉という事もまあない。という事はつまり、言葉通りウェストコットは侑理の行動を問題視するどころか、むしろ正しいものだと思っている訳で…その瞬間、侑理は安堵した。自分達が陽動だったという事には驚いたが、襲撃を受けた事で…襲撃の目標となり、それが相手を暫しの間留める結果になった事で務めは果たせていたのだと分かって安心した。緊張が緩み、心から安堵し……

 

「だが…そうだな、君が処罰を望むという事であれば、存分に君を使()()()()もらおう。例えば、〈バンダースナッチ〉の性能向上に一役買うというのはどうかな?少々本末転倒ではあるが、現状〈バンダースナッチ〉は人の脳を必要としない反面、魔術師(ウィザード)よりもその力は劣る。だが、ほんの僅かでも脳を組み込んだとしたらどうだろうか?医療用顕現装置(メディカルリアライザ)で治療出来る限界まで脳を削り、治療後再び同様に削り出すという行程を繰り返せば、君という優秀な魔術師(ウィザード)の才能を多少なりとも得た〈バンダースナッチ〉を量産出来るようになる…そうは、思わないかな?」

 

──その安堵は、一瞬の内に飲み込まれる。恐怖が、怖気が、侑理を飲み込む。

 ウェストコットの言う内容も、勿論恐ろしい。人の脳をまるで何度も実を付ける農作物か何かのように言ってのける、倫理や人道など意識した事すらないような提案は、恐怖以外の何物でもない。だが、それ以上に侑理は、ウェストコットがそれを軽い調子で言っているのが恐ろしかった。当人を前にして言える事が、雑談位の軽さで言っている事が、そしてたった一言返答するだけで、明日にでも自分は、ただ無人機へ脳の切れ端を提供する為に切断と再生を繰り返されるだけの『資材』になるのだろうと本気で想像出来てしまった事が、恐ろしくて仕方なかった。

 

「ぇ、あ…ぁ……」

「あぁ、勿論休息休暇は取れるように計らうとも。万が一作業の中で脳に障害を負った場合は、労災認定も必ずしよう。という訳で、どうかな?君ならば〈バンダースナッチ〉の、〈アシュクラフトβ〉の性能向上に大きな……」

「──アイク」

 

 恐怖で声が出なくなる。強さや凶暴さではない、それよりももっと得体の知れない深淵を目の当たりにしてしまったような感覚が侑理を縛り、身体が震える。そんな侑理の様子を知ってか知らずか、ウェストコットは更に話を進めようとし……その声は、遮られる。ここまでは黙っていたエレンが…遮る。

 

「おっと…いや、すまないね。冗談…という訳ではないが、私は何も強いるつもりはない。だから、そんな怖い顔をしないでくれ、エレン」

「自分の立場を考えて下さい。今の貴方の言葉は、強いるつもりはなくとも強制し得るだけの力があるのですから」

 

 詫びるように肩を竦めるウェストコットへ、エレンは調子を変えずに釘を刺す。その言葉に、ウェストカットは「肝に銘じておくよ」と返し…漸く、今度こそ、侑理は緊張から解放された。

 

(こ、怖かった…けど…エレンさん、もしかして…ううん、もしかしなくても、うちを助けてくれた…?)

 

 下手な戦闘以上に精神を擦り減らされたような感覚を抱きながらも、侑理はエレンの顔を見上げる。そこにあるのはいつも通りの、凛としたエレンの面持ちで…だが今の行為は、侑理への助け舟に他ならない。そしてウェストコットの言う通りであれば、遮るエレンの表情は怖いものになっていた…即ち、怒りと共にエレンが止めてくれたという事。勿論侑理の為にではなく、ウェストコットの軽率さを正そうという意思によるものなのかもしれない訳だが…侑理は自分の為に怒ってくれたのだと思う事にした。理由は勿論、その方がずっと嬉しいからである。

 

「…んふ、んふふ……」

「侑理、何を考えているかは知りませんが、にやけるのは止めなさい。立場と場を弁えた言動が出来ないようでは組織の人間として失格です」

「あ、は、はい…」

 

…まあ、その結果はこの通り、叱られてしまった訳だが。何にせよ、直前に恐怖を感じた分、余計に嬉しい侑理だった。

 

「話を戻すとしようか。ユーリ、君には直接訊きたい事があるんだ。…〈ホワイト・リコリス〉を駆使した彼女と、うちでもASTの物でもないCR-ユニットを使っていた、マナに関しての事を、ね」

「……っ…!」

 

 ウェストコットの言う本題に、再び身が引き締まる。折紙と真那、二人の事について尋ねられ…どう返したものかと、数瞬侑理は口籠もる。答えたくない訳ではない。ただ、ウェストコットが何を求めているのかが分からないのである。普通に考えれば、DEMの邪魔をした二人の…特に離反宣言すらした真那の情報を得ようという意図なのだろうが、どうもそんな風には見て取れない。それよりも何か、別のところに興味があるような雰囲気をしており…結局侑理は、自分から見た事の成り行きを、出来る限り細かく伝える事にした。第一社屋へ撤退した際の報告よりも細かく、私見も交えながら伝え…一言も口を挟まず聞いていたウェストコットは、満足したように吐息を漏らす。

 

「素晴らしい。やはりオリガミの才能は本物だ。見込んだ通り…いいや、見込み以上かもしれないね」

「えぇ。魔術師(ウィザード)としての才覚は勿論ですが、他の面でも彼女は評価に値します」

「エレンがそう言うのなら、尚更是非ともうちに迎え入れたいものだ。そして…マナの方は残念だが、纏っていたというCR-ユニットについては興味深いね。そうだろう?エレン」

「……そうですね」

 

 数拍の間を置いて、エレンは頷く。折紙に関しては言葉通りに評価しているような雰囲気を見せた一方で、真那とCR-ユニットについては素っ気なく返す。一体何故反応に差があるのか、侑理にはまるで分からず…気付けばウェストコットの視線は、再び侑理の方を向いていた。

 

「それに、もう一つ。後方にいたとはいえ、これだけの事態の中でここまで詳細に状況を把握、分析出来ていた君もまた、ただの一魔術師(ウィザード)にしておくには惜しい。隣界での成果も、君の実力を示す他でもない『結果』だ。そんな君のコールサインがアデプタス8…上から八番目というのは、あまりにも君に不釣り合いだと思わないかな?」

「…それは…えっと、その……」

「…侑理を今よりも上のナンバーに昇格させる、と?」

「そういう事さ。だが、一つや二つ上げたところで、やはりまだユーリ・フォグウィステリアという魔術師(ウィザード)には相応しくない。そして残念ではあるが、丁度先程アデプタス2が空席になってしまったところだ。アデプタス3…ジェシカももうそのまま繰り上げる訳にはいかない今、ユーリこそが、空位を埋めるに足る魔術師(ウィザード)であると、私は思っている」

 

 自身を見据えるウェストコットの瞳に、侑理は息を呑む。その言葉にも、やはり冗談の気配は微塵も感じられない。本気なのだと、ウェストコットの意思が視線と言葉から伝わってくる。

 アデプタス2。真那の有していたコールサインであり、これまではエレンのアデプタス1同様、遥か高みのものだと思っていた呼称。だがそれが、今は目の前にある。目の前にまで、近付いてきている。

 

(…うちが、アデプタス2…真那の代わりに、うちが…。…あれ、でも…今、ジェシカさんの事……)

 

 湧き上がるのは、上手く言い表せない感覚。喜びだけではない、複雑な感情。しかし同時に、疑問も湧く。ウェストコットの言葉、その一部が引っ掛かり…しかし侑理が口を開くより先に、エレンは言った。

 

「却下です。アイク、貴方は評価の仕方に問題があります」

「…意外だよ、まさか君が反対するとは。ユーリは君のお気に入りだろう?」

「え?あの、エレンさん今のは──」

「侑理は黙っていなさい。…確かに侑理の成長には目を見張るものがあります。今の立ち位置で収まっていいとは私も思っていません。…ですが、侑理には冷徹さが足りない。目的の為に不要なものを切り捨てるという点において、侑理は決定的に欠けています」

 

 君のお気に入り。その言葉に反応した侑理だったが、ぴしゃりとエレンに黙らされる。そしてエレンは、はっきりと言う。侑理には、冷徹さが足りていないと。それが欠けていると言い、エレンは続ける。

 

「冷徹さに欠ける精神は、それ自体が付け入る隙になります。そしてそれは、情報を見る限りアイクが高く評価しているアルテミシアも同じ事。確かに彼女は真那と互角、或いはそれ以上の魔術師(ウィザード)かもしれませんが、冷徹さにおいては明確に劣っています。…それが、侑理やアルテミシアと、真那との差です。業腹ですが、その点真那は一流の実力と精神を兼ね備えた魔術師(ウィザード)でした。アデプタス2…最強の次席として私が彼女を認めていたのは、そういう事です」

 

 実力が、見て分かるものだけが強さではない。そうエレンは語り、口を閉じた。真那には実力に加えて冷徹さもある、だから真那はアデプタス2に相応しかったのだと、エレンは言い切った。

 それを聞く侑理は、複雑な心境だった。エレンが真那をこうも評価していたのだと知る事が出来たのは、喜ばしい。だが決して真那は冷徹ではない、平然と何かを切り捨てられるような人間の様には言わないでほしい…そんな思いも、心にはあった。しかしそれを言葉には出来ず…聞き終えたウェストコットは、深く頷く。

 

「成る程、確かにそれは失念していたよ。そうか、冷徹さか…成る程、そうかそうか……」

「…何か?」

「いいや、何でもないよ。だが実際問題、アデプタス2を空位のままにしておくのは宜しくない。立場など所詮飾りの延長でしかないが、君が存分に動く為には、君に次ぐ立場の存在はやはり必要だからね。そしてマナ…君の言う実力と精神を兼ね備えた、裏切りの魔術師(ウィザード)をそのままにしておく事もまた出来ない。だから……」

 

 一度言葉を区切ったウェストコットが、三度目の前の侑理を見据える。心の奥底が見えない、先程感じた深淵がそこにあるかのような瞳で侑理を捉え…告げる。

 

「ユーリ・フォグウィステリア。次にマナが現れた時は、君が戦い給え。戦い、示し給え。君に本当に冷徹さが欠けているのか、それともアデプタス2に相応しい存在なのかどうかを」

 

 何の冗談もない、甘さも緩さも一欠片すら存在しない…純然たる、命令。静かな、厳しさなど少しも感じない…それでも何一つとして言葉を返す事が出来ない、絶対的な圧力。

 それと共に、侑理の中で蘇っていく。一度は鳴りを顰めていた感情が、奥底から這い出してくる。──もう真那は敵なのだという、目を逸らす事など出来ない事実が。

 

 

 

 

 話を終えた侑理は、エレンに連れられ部屋を出た。今日はこのまま日本支社の宿泊施設で休むといい、と言われた…気がする侑理だが、気付けば別の部屋、エレンが使用している部屋にいた。

 

(…真那は…真那は……)

 

 ウェストコットの命によって呼び起こされた感情が、発された言葉と共に反響する。何度も何度も、侑理の思考を、心を蝕み…声となって、漏れ出す。

 

「…敵じゃない……」

「侑理?」

「真那は敵じゃない…敵なんかじゃ、ない……ッ!」

 

 問われた訳でもない答えを、口にする。言葉にする事で、尚更自覚してしまう。敵でない筈の、敵であってほしくない真那と、敵対している現実を。

 考えなければ、目を晒す事も出来た。その場凌ぎでしかなくとも、意識せずにいられた。だがもう、逃げられない。意識からも、心からも…現実からも。

 

「…敵です。真那は」

「……ッ!違うッ!真那は敵じゃない!真那は裏切ってない!」

「ならば、敵対行動はまやかしだったとでも?」

「それはッ……!…違う、うちが…うちが真那を、裏切ったから……」

 

 静かに、されど確かな声でエレンは言い切る。真那は敵だと侑理に突き付け…しかしそれを、侑理は否定する。裏切ったのは自分だと、だから違うのだと。

 裏切ったのは、自分の方。そんな強迫観念めいた意識が、侑理の中で絶えず渦巻く。分からない。どうしてそう思うのか、全く分からない。それでも、裏切ったという意識があった。自分のせいだという思いが、頭の中から離れなかった。

 

「何を言っているのです、侑理。真那は作戦行動中の貴女達を襲撃し、撤退へと追い込んだ。貴女やジェシカ達の言葉にも応じず、明確な被害を与えた。これが敵ではないなら、裏切りではないなら、一体なんだと言うのです」

「だけど、そんなの…真那が、そんな事…。……そうだ、何か誤解しているのかも…そうだよ、真那はずっと昏睡していたんだから、状況をきちんと把握出来ていなくたって……」

「その可能性は薄いでしょう。昏睡から目覚めた直後ならともかく、CR-ユニットを動かせる状態であれば、意識ははっきりとしている筈。それに状況が分からなければ、それこそ貴女達に尋ねる筈…違いますか?」

「だ、だったら〈ナイトメア〉との戦闘の影響で、記憶に欠落が…そうだ欠落、真那は元々記憶喪失なんだから、欠落が起きていたとしても……」

「…会話する中で、それを感じる部分がありましたか?話を聞く限り、とてもそうは思えませんでしたが」

「でも、けど…何か、何かある筈、ある筈なんです…あるよ、あるに決まってるよ…じゃなきゃ真那は、真那が──」

「侑理」

 

 そんな訳がない。何か誤解がある筈、何か食い違っているだけな筈。だからそれさえ分かれば、それを解く事さえ出来れば…敵対する理由も、理由もなくなる筈。その思いで原因を探す、見つけようとする侑理を、エレンが止める。静かな、しかし確かな声音で侑理を制止し……

 

「現実を、見なさい。貴女も、本当は分かっているでしょう?もう彼女は、DEMの魔術師(ウィザード)でもアデプタス2でもありません。──我々を裏切った敵なのです、崇宮真那は」

「……──あ、あ…ぁ…」

 

 エレンは、エレン・ミラ・メイザースは…真那と離れた侑理を鍛え続けてきてくれた憧れの人は、告げる。逃れられないと分かっていても尚、心が拒絶し続けていた現実を、突き付ける。

 

「…侑理、貴女が真那と良い仲であった事は知っています。ですが…いえ、だからこそもうその情は捨てなさい。敵である以上、その情は貴女を縛る鎖にしかなりません。思いを持ち続けたところで…それは未練になり、苦しみ続けるだけです。…勿論、捨てるのもまた容易ではないでしょう。だとしても……」

「…どうして……」

「…侑理?」

「どうして…そんな事、言うんですか…そんなの、出来る訳ないじゃないですか…出来る訳、ないよぉ……!」

 

 何となく、侑理には分かった。エレンは、ただ冷たく情を切り捨てろと言っている訳ではない事が。そこに、エレンの優しさがある事が。彼女の顔を見えなかった侑理には分からなかったが…もしかすると、エレンなりに思うところがある、そんな表情をしていたのかもしれない。だが、だとしても…侑理は、受け入れられない。受け入れられる、訳がない。

 じわり、と涙が浮かぶ。ぽろりと、瞳から涙が零れ落ちる。心はそれを受け入れられない。無理だ、無理なのだ。

 

「だって、真那は、うちは真那と、ずっと一緒にいたから…っ!うちは真那の力になりたくて、支えたくて、同じ場所に立ちたくて、だからこれまで頑張ってこれたのに…っ!真那といるのは楽しくて、嬉しくて、幸せで…だから、だからまた会いたかったのに…!会えたらまた、前と同じように過ごせるって…元通りだって、思ってたのに…なのにどうして、こうっ…こう、なるのッ…エレン、さんも…どうして、そんな事ぉ…!ぅ、あっ…うぁあぁぁ……っ!」

 

 顔を覆う。両手で顔を覆い隠す。嗚咽を漏らし、感情を零す。涙は…止まらない。

 真那と共に居たい。力になりたい。同じ日々を歩んでいきたい。ただ、それだけなのだ。たったそれだけが、侑理の望みで…何があろうと諦める事など、ましてや切り捨てる事など出来ない、願いなのだ。だから、受け入れられない。たとえそれが、エレンの言葉でも…憧れの存在が、自身の身を案じて言ってくれている言葉だとしても…どうしても、出来ない。

 

「…そこまで、ですか。貴女はそこまで、真那を……」

 

 自分はエレンを困らせているのだろう。先程言われた通り、冷徹さが決定的に欠けている侑理に、呆れているかもしれない。そう思っても、侑理は湧き出す、溢れ出す気持ちを止める事など出来ず…小さな声で、エレンは呟く。そして次の瞬間……ふわりと柔らかな感触が、頭に触れる。

 

「…ぁ、え……?」

「…そう、でしょうね。えぇ、貴女は…侑理は、そうでしたね」

「…エレン、さん……?」

「──ラタトスク機関」

 

 突然の事で訳が分からず、困惑し…それから気付く。触れていたのは、エレンの手であった事に。エレンが頭を、ゆっくりと撫でてくれていた事に。その声も、柔らかく…穏やかなものである事に。そして、戸惑い無意識の内に手を離した侑理へ、更に言う。再び静かに…されど今度は、冷えた声で。

 

「精霊を殲滅するのではなく、保護する事を目的とした組織の名です。その名は知らずとも、それらしき存在の噂は侑理も聞いた事あるでしょう」

「そんな、事は…けど、保護…?精霊、を……?」

「聞いた事がなくとも構いません。…えぇ、酔狂としか言いようがありません。愚行と言っても過言ではないでしょう。しかし、実在するのです。そしてその背景には、我々以外で唯一顕現装置(リアライザ)を生産する事の出来る企業がある。つまりラタトスク機関は、顕現装置(リアライザ)による技術を持ち…DEMの監視や影響を受ける事なく、魔術師(ウィザード)という戦力を用意出来るという事です。…ここまで言えば、もう分かりますね?」

「…まさか、真那は……」

 

 精霊を、生ける災厄とでも言うべき存在を保護する組織など、俄かには信じ難い。しかし、それをエレンが言うならば別。そして侑理は、この目で見ている。真那が纏っていたのは、正体不明の…ウェストコットすら知らないCR-ユニットであった事を。

 

顕現装置(リアライザ)を用いれば、記憶に干渉する事も出来ます。そして真那は優秀な魔術師(ウィザード)であり、こうして現れる以前には、行方不明になっていた。つまり……」

「…その組織が…ラタトスク機関が、真那を誘拐して、記憶操作をした…?自分達の戦力として、仕立て上げた……?」

「これはあくまで、状況から推測するならば…の話です。それをどう捉えるかは、侑理です」

 

 状況が、これまでの事が、エレンの言葉で繋がっていく。敵対が真那の意思ではなく、誤解でも認識の食い違いでもなく、記憶そのものを改竄されていたのだとしたら。偽りの記憶を、受け付けられているのだとしたら。…その思考が、湧き上がらせる。悲しみを、苦しみを…怒りへと、変貌させていく。

 

「…許せない…そんな事、絶対に許せない……ッ!」

「ラタトスク機関は、我々もその全貌を掴み切れてはいません。DEMにとっての大きな障害であり、排除しなければいけない存在ですが…一筋縄では、いきませんよ?」

「だとしても、このままでいい訳がない…ッ!うちは、真那を…うちが、真那を……ッ!」

「えぇ。ならば侑理、貴女が真那を捕らえなさい。真那の事を思うならばこそ、やるべき事は一つです」

「…それ、って……」

顕現装置(リアライザ)による記憶操作であれば、同様の技術で洗浄する事も可能です。…アイクは決して、真那を始末しろとは言っていません。もし真那を連れ戻す事が出来るのなら、再び彼女をDEMにとって有用な存在に出来るのであれば、アイクもそれに異を唱える事はしないでしょう」

「エレンさん……」

 

 煮え立つような怒りの中で、エレンの言葉が染み込んでいく。だとしてもやらなければならない。真那をこのままになどしておけない。そんな思いに侑理は駆られ…エレンは、更に言う。これまで一つしかなかった、ないと思っていた道に、新たな選択肢を提示する。それはまるで、エレンが自分を後押ししているようで…それが侑理には、心強かった。DEMが決して清廉潔白な組織ではない事は分かっていたが、それでもエレンは信じられると、心から思った。

 

「…心は、決まったようですね」

「はい。うちが真那を、連れ戻します。裏切ったのは真那じゃないって…うちが、示します」

「…では、これを」

 

 はっきりと、侑理は答える。漸く意思は固まった。迷いはない。不安もない。再会した真那は、更に強くなっていたが…そんな事は、尻込みする理由にはならなかった。そして、侑理の答えを聞いたエレンは、何かを取り出し、それを差し出す。

 

「これは…?」

権限装置(リアライザ)での使用を前提とした通信端末です。と言っても、これが繋がるのは私の端末にのみ…つまりは直通回線ですが、逆に言えばこの端末での通信が来るとすれば、それは間違いなく貴女という事。…侑理が選んだのは、生半可ではない選択です。道は自ら切り開くものですが…もしも私の力が必要だと感じれば、これを使いなさい。そしてそれが、侑理にとって本当に困難な…それでも侑理が貫きたい事なのであれば、私は必ず力になります」

 

 小さな…一見すれば、ただの金属片にしか見えないような、銀色のリング。それを侑理は受け取り…頷く。ここまでエレンは自分を思ってくれている、必ず力になるとすら言ってくれる。ならば、その思いには応えなくてはと、更に強く意思を固める。

 

「さあ、もう戻って休みなさい。貴女には休息も必要です」

「…分かりました。本当に、いつもいつも…ありがとうございます、エレンさん」

「……侑理」

 

 エレンに促され、侑理は背を向ける。出入り口まで行き、扉に手を掛け…しかしそこで、エレンは呼ぶ。

 

「騙し、記憶を書き換え、利用する……そんな事は、許されません。許されは、しないのです」

「…エレン、さん…?」

 

 振り向いた侑理が見たのは、真剣なエレンの顔。真剣そのものな…されど酷く複雑そうな、これまで侑理が見た事のない…どこか遠く、感じる表情。その意味が、理由が、侑理には分からず…しかし次の瞬間には元の面持ちに戻ったエレンに再度促され、今度こそ部屋を後にする。…やはり、理由は分からない。分からないが…これからやる事、やるべき事は…変わらず一つ。

 

(うちが、真那を取り戻すんだ。絶対にうちが…助けるんだ)

 

 それは、侑理の選べる唯一の道。真那との日々を取り戻すには、望む日々を再び手にするにはこれしかないと…エレンを信じて、その手を強く握り締めた。

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