デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第二十話 精霊の強襲、激突する意思

 DEM日本支社が、突如として精霊〈ナイトメア〉による強襲を受けたのは、侑理にとってあまりにも多くの事が起きた日の翌日、まだ夜明けには遠い深夜の出来事だった。

 

「エレンさん、何が起きているんですか!?あ、いや、〈ナイトメア〉が集団で襲い掛かってきてる事は知ってます、けど一体何がどうして…!」

 

 警報で跳ね起き、端末への緊急通信で襲撃の事を知った侑理は、慌ててDEMの制服に着替えて第一社屋へと飛び込んだ。

 精霊が現れるのは、いつだって突然。空間震の予兆こそ観測出来るものの、それも発生する直前に分かるというだけで、余裕を持って迎撃準備をする事などそうそう出来ない。だが今起きているのは、そういうレベルの話ではない。そもそも〈ナイトメア〉は神出鬼没とはいえ、DEMの施設に、それも自身の能力を用いた分身による物量攻撃を仕掛けてくるなど、前代未聞過ぎるというもの。

 

「何故なのかなど、今の段階で知る由はありません。ましてや〈ナイトメア〉は、能動的に人を殺戮する精霊。その行動の理由を考えたところで、無意味に終わる可能性の方が高いでしょう」

「それは、確かに…。…なら、うち等…第二執行部としてはどうしますか?勿論迎撃するんですよね…!?」

 

 寝ていた事もあり、冷静さなどどこかに吹き飛んでいる侑理とは対照的に、エレンは普段通りの落ち着いた様子。自分達はどうするのかという侑理の部下としての問いにも、表情を微塵も崩さず答える。

 

「今は日本支社の魔術師(ウィザード)と〈バンダースナッチ〉が迎撃中ですので、我々は待機です」

「待機…!?相手は〈ナイトメア〉ですよ…!?ここの魔術師(ウィザード)を軽んじるつもりはないですけど、〈ナイトメア〉相手に出し惜しみなんて……」

「では侑理、私と貴女以外に万全の状態と言える第二執行部員は、一体何人ですか?」

「あ……」

 

 悠長に構えているべきじゃない。そう反論しかけた侑理だったが、エレンの言葉で逆に気付かされる。元々自分達はここまで敗走してきた身であり、指揮官のジェシカを始め、何人ものメンバーが戦闘不能になっていた。それからまだ半日も経っていない状況で、どれだけ回復出来ているのかという話であり…戦闘不能ではなかった面々も、疲労が抜け切っているかは怪しいところ。そんな状況では、『第二執行部』として動ける筈などないのである。

 その現実に気付いた、気付かされた事で、侑理は少し冷静になる。慌てても仕方ない、と力を抜いて思い直す。

 

「ASTへの出動要請も済んでいる以上、迎撃の戦力は十分でしょう。どうも現段階での情報を整理する限り、今仕掛けてきている分身体はどれも、これまで討伐されてきた〈ナイトメア〉より明らかに弱いようですからね」

「…そう、ですか……」

「それに、襲撃の理由など知る由もないとは言いましたが、ここまでの派手な襲撃をするとなれば、それ相応の理由自体はあるでしょう。そしてそれが分かった時、対応出来る戦力が残っていなければ判明したところで全くの無意味。捕らえている〈プリンセス〉の件もあるのですから、今は状況の把握に努めなさい」

 

 言っている事は理解出来る。自分が闇雲に出ていってどうにかなる訳でもないと、理解はしている。だから頷く侑理だが、心からの納得は出来なかった。…この辺りも、エレンからすれば「冷徹さに欠けている」という事なのかもしれない。

 

「それからもう一つ…いえ、もう二つ。現在〈ディーヴァ〉及び〈ハーミット〉、〈ベルセルク〉の反応が天宮市内で確認されている他、暴動らしき現象も起こっています。この襲撃との関連性は不明ですが、この事も頭に入れておきなさい」

「え、な…ほんとに今、何が起こってるんですか…!?…それも、もう一つって言うのは……」

「ジェシカの事です。…会えば、分かる事でしょう」

「ジェシカさんの…?」

 

 先日交戦した〈ディーヴァ〉に、戦った経験のない精霊、〈ハーミット〉と〈ベルセルク〉。三種の精霊が現れ、暴動らしき事まで起きているなど、想定外にも程がある。そう思ったところへ、更に意味深な発言をエレンは口にし…自分はやる事があるとばかりに、その場から歩いて行ってしまう。

 全く以って訳の分からない現状、ただ不味い事態である事は間違いない状況。しかしエレンの言う通り、今は待機する他なく…そしてすぐに、侑理は知る。エレンの言った、言葉の意味を。

 

 

 

 

 魔術師(ウィザード)と〈バンダースナッチ〉による混成部隊と、〈ナイトメア〉の軍勢による戦闘は、一進一退のものとなった。現状〈ナイトメア〉の本体と思われる個体の報告はなく、DEM側も最高戦力のエレンがまだ出撃していない、そういう状況で戦闘が繰り広げられていった。そして侑理は歯痒さを感じながらも、状況が変化した時に備えて待機を続けていた。

 そんな中で、ヘッドセットに一つの連絡が入る。通信越しのエレンの声が、侑理の鼓膜を震わせる。

 

「侑理。交戦中の部隊より、真那と思しき魔術師(ウィザード)の報告が上がりました」

「……っ!?」

 

 その瞬間、二つの驚愕が侑理を襲う。一つは、ここに真那が現れたという事。もう一つは、〈ナイトメア〉が仕掛けてきている中でという事。一瞬、DEMに加勢しに来てくれたのかと思った侑理だが…すぐにその希望的観測を振り払う。

 

(自分に都合の良い考え方をしたって意味がない。必要なのは、状況を踏まえた現実的な可能性。だとしたら、ここに真那が来た理由は……)

 

 気持ちを抑え、頭を働かせる。今の状況、今起きている事、そこから考えられる可能性を、一つ一つ頭の中で浮かべていく。DEMを離反した真那、ラタトスク機関、〈ナイトメア〉の襲撃、音信不通となってから今に至るまでの真那の経緯。それ等全てを引っくるめ、思考を巡らせ、可能性を模索していき……一つの推測が、形となる。

 

「…まさか、〈ナイトメア〉とラタトスクが繋がっている…?」

 

 真那と〈ナイトメア〉が共闘している。それは少し前までの侑理なら、絶対に思い付かない事。幾度討とうと現れ続ける宿敵と、真那が手を組む筈がないと、可能性にすら上げない事。だがラタトスク機関の存在と、真那が記憶を改竄されている可能性を踏まえて考えると、話は大きく変わってくる。

 もしも〈ナイトメア〉とラタトスク機関が繋がっているとしたら、ラタトスク機関に記憶を改竄された真那が加勢に来てもおかしくない。ラタトスク機関が精霊の保護を名目に、自分達の戦力に精霊を引き入れているのなら、〈ナイトメア〉との繋がりも不自然ではなくなる。そしてそこまで考えた侑理の頭の中に、一つのシナリオが浮かび上がる。──幾度も討伐される中で真那という強力な魔術師(ウィザード)に目を付けた〈ナイトメア〉が、真那がDEMの本拠地であるイギリスから離れたタイミングで隠していた力を発揮し昏睡へ追い込み、無力化した真那をラタトスク機関が連れ去り自陣の戦力とすべく記憶の改竄を施したという、これまでの全てが繋がるシナリオが。

 

「…だとしたら、うちは……」

「…気負うのは止めなさい、侑理。肩に力が入れば、動きが硬くなります。実力者が相手ならば、それは付け入る隙を晒す事になりますよ」

「あ…声だけなのに、よく分かりますね…」

「貴女は分かり易いのです。もう少し表情や声に出るのを抑えるようにしなさい」

「…はは」

 

 無意識の内に握り締めていた手。その手を解いて、力を抜くようにゆっくりと息を吐く。だがきっと、気負いは止められないだろう。そんな風に、侑理は思った。今、自分の中で燃え上がる、心が焼け付くような怒りは、到底止められるようなものではないのだから。

 

「…エレンさん。うちにその情報をくれたって事は…今更もう、待機だなんて言いませんよね?」

「当然です。…どうしても譲れないものがあるのなら、自らの手で、自分自身の力で掴み取りなさい。その為の力は、もう侑理には備わっている筈ですよ」

「はい!」

 

 厳しくも優しい、エレンからの発破。その声に侑理は答え、立ち上がる。在位領域(テリトリー)を展開し、ユニットを装着する。

 

「…ありがとうございます、エレンさん。──行ってきます」

 

 感謝を伝える言葉と共に、指先でブレスレットに触れる。真那と共に作ったブレスレットを、そしてそこへ掛けたエレンからの小型端末を祈るようにゆっくりと撫でて、侑理は両手に火器を掴む。

 そうして侑理は、第一社屋より出撃する。スラスターを噴かし、弾丸と光線が飛び交う夜空へ向けて飛ぶ。

 

「……っ…ここまで乱戦になってるだなんて…!」

 

 日本支社の魔術師(ウィザード)、〈バンダースナッチ〉、それに〈ナイトメア〉の分身体。通常の対精霊戦や模擬戦ではまずないような激しい撃ち合いがそこかしこで行われ、侑理はその光景に舌を巻く。とはいえ直近で愕然とする事態に何度も遭遇してきた今の侑理にとって、その光景は驚きこそすれども硬直してしまうようなものではない。むしろ問題は、激しい乱戦のせいで真那を探す事に集中出来ない、下手に動き回ろうものなら〈ナイトメア〉の弾幕や味方の流れ弾に次から次へと撃たれてしまいかねないという状況であり……しかしその問題は、一瞬にして解決する…。

 

(……!この濃密な魔力の砲撃は……)

 

 視界の端で駆け抜けた、鮮烈な光。〈バンダースナッチ〉は元より、並の魔術師(ウィザード)でもまず作り出す事の出来ないような閃光を目にして、侑理は素早く旋回を掛ける。視界を、身体の向きをそちらへと変え…叫ぶ。

 

「真那っ!」

 

 再び空を切る大出力砲撃。迫り来る魔力光を寸前で躱し、滑るように宙を舞うのは、青と黒のCR-ユニットを纏った少女、昼間と同じ姿をした…全て見間違いではなかったのだとその身で示す、崇宮真那。侑理の声に、真那は振り向き…直後、機銃の斉射が真那を襲う。随意領域(テリトリー)で弾く真那へ、続けざまにマイクロミサイルが殺到する。

 

「……っ!侑理…!」

 

 爆ぜるミサイルによって巻き起こる爆炎。だが侑理は、一切の心配をする事なく警戒を強め…次の瞬間、予想通り爆炎を裂いて真那が再び姿を現す。侑理と真那、互いの向ける視線が交錯し…飛来する弾丸を避けるべく、殆ど同時にその場を飛び退く。

 

「やっぱりいやがったんですね、ここに…」

「当然だよッ!うちはDEMの魔術師(ウィザード)、第二執行部のアデプタス8なんだから!」

 

 軽快に、それでいて機敏に飛び回る真那を、推力全開で追い掛ける。能力も装備の性能も劣る侑理だが、真那はひっきりなしに襲い来る機銃とミサイルの連撃へ対応を余儀無くされ、決して侑理を引き離せていない。

 

「侑理、邪魔をしねーで下さい!私は今、兄様を…くぅぅ……ッ!」

 

 距離を詰めていく侑理に対し、真那は声を上げる。声を張り上げ、第一社屋の方へと視線を向け…直後、二条の魔力砲撃が真那を撃つ。寸前のところで真那は躱すも、随意領域(テリトリー)の表面を灼かれたのか、呻きと共に表情は歪む。…この状況で、更に別の存在にも意識を向けたのが悪かった。卓越した力を持つ真那だからこそ凌げたものの、もし真那でなければ、間違いなく今の砲撃で貫かれ、そのまま地上へと落下していた。

 

「真那、正気に戻ってよ!真那が〈ナイトメア〉に手を貸すなんて、おかしいと思わないの!?」

「これは別に、手を貸している訳じゃ…!」

「だったらなんだっていうの!?なんで、どうして…ッ!」

 

 動きの鈍った真那へ、遂に至近距離まで接近した侑理。そこから一気に押さえるべく、侑理は随意領域(テリトリー)での干渉を掛ける…が、真那の立て直す速度は侑理が思っていた以上に早く、逆に随意領域(テリトリー)で弾かれてしまう。だが侑理も侑理で素早く立て直し、下がる真那を再び追う。逃がすものかと喰らい付く。

 その最中、地上に人影が…一般人と思しき姿が見えた気がした。普通戦闘中、それも高速機動中に地上がはっきり見える事などなく、脅威でもなければ特別目立つようなものでもない限り、見えても頭が認識してくれる事など滅多にないのだが、何故か一瞬、その存在の事が脳裏へと留まった。しかしそれも、本当に一瞬の事。すぐに侑理は意識を真那の方へと戻し、夜空を駆ける真那へと追い縋る。

 

「侑理こそ、いい加減目を覚ましやがれってんです!侑理はあれに、自分達がやろうとしていた事に、胸を張れるんでいやがりますか!?」

「目を覚ますのは真那の方だよッ!殺戮者の〈ナイトメア〉と組んで、少し前まで自分が所属していた組織を襲うだなんて、うちの知ってる真那がする筈がないッ!」

「だから…!…だったら、これはなんだって言いやがるんですか……私の知っている侑理は、これを平然と受け入れるような人間じゃなかった!ちげーますか!?」

 

 鋭くなった真那の視線に、侑理も強く見据えて返す。目を覚ませと、互いが互いに向けて言い合う。そして、侑理からの言い返しを受けた真那は、怒りを漏らすように…そこから吐き出すように、叫びを上げる。その声と共に、腕を振り抜く。

 示すように、構えた刃を打ち付けるように振るわれた腕。真那が腕を振るった先、そこにいるのは……

 

「どこを見ているノォ?マナ、マナ、マナァッ!」

 

 また、強烈な魔力の光が空を駆け抜ける。纏めた髪を尾の様に靡かせ、後方宙返りを掛けて真那が躱したその直後、一瞬前まで真那がいた場所へ鮮血の様に赤い鉄塊が突進する。大型のスラスターが持つ推力に物を言わせた急旋回で向きを躱した真那の方へ向け、コンテナから次々と砲火を放つ。

 巨大な二門の砲と推進器、計八基からなるウェポンコンテナ。その巨躯は、正しくリコリス・シリーズそのものであり…最強の欠陥機を背負うのは、血走った目で赤毛を振り乱す魔術師(ウィザード)。侑理にとっての同僚であり、同じDEMの仲間であり…つい半日程前は、姉妹機である〈ホワイト・リコリス〉に部隊を蹂躙され、〈ヴァナルガンド〉を纏う真那に力の差を見せ付けられた、ジェシカ・ベイリー。

 

「貴女の相手は私ヨ?私は、私が、貴女ヲ…ッ!」

「……ッ…分からねーとは言わせねーですよ…侑理ッ!これのどこに、信じるに値するものがあるってんですか!?こんな事をすれば、ジェシカは…ッ!」

 

 非常識な火力を展開するジェシカから逃げながら、真那は訴えてくる。これを許すのかと、これを肯定するのかと、声を張り上げる。その声が、訴えが、棘となって心に喰い込む。

 闘争心に駆られている…などという言葉では片付けられないジェシカの様子に、昼間の戦闘では怪我を負っていない筈の場所にも、全身を包むように巻かれた包帯に、そして何より討滅兵装である〈スカーレット・リコリス〉。侑理も既に、ジェシカがおかしい事には気付いていた。エレンがジェシカの名を出し、その意味を知るべくジェシカを探した事で…ジェシカが何を望み、何をされたのか全て知る事になった。

 

(…分かってる、分かってる…分かってる、けど……ッ!)

 

 レイザーカノンとガトリング砲。自分にとってしっくりくる組み合わせの二門を握り締める。突撃しながら機銃を乱射し、マイクロミサイルの斉射で回避先を潰すジェシカに対し、真那もまた突撃を掛ける。回避や退避ではなく、正面突破での打開を図る。…ジェシカが、昼は実力差を見せ付けられたアデプタス3が、今はリスクのある選択を元アデプタス2である真那に強いる。

 努力でも、工夫でも、覚悟でもない。リコリス・シリーズはどこまでいっても結局は欠陥機。平凡な魔術師(ウィザード)であればまともに動かす事すら叶わず、才のある魔術師(ウィザード)でもフル稼働させようものなら廃人となる討滅兵装を、最終的には活動限界を迎えたとはいえ十全に使いこなした折紙が異常なのであり、他に使いこなせる者がいるとすれば、それは真那やエレンといった最上位クラスの魔術師(ウィザード)位なもの。そしてジェシカは、確かに優秀な魔術師(ウィザード)ではあるが、異常の域には達していない。そんなジェシカが、たった半日で使えるようになるなど…それこそ、異常な手段以外にあり得ない。未来を犠牲に、命を削る…それ以外に、ある筈がない。…だから、真那の言葉は何も間違っていなかった。だが、それでも…それを言ったのが真那だから、真那だからこそ…侑理は、叫ぶ。

 

「ジェシカさんは、真那に負けたから…もう負けないって、負けたくないって思ったから…だから全部覚悟して、全部投げ打って、この力を手にしたんだよ…。真那がうちの知ってる…DEMのアデプタス2のままでいてくれたなら、こうはならなかったんだよ…。なのに、それなのに…他でもない真那が、それを言うっていうのッ!?」

 

 真那は悪くない。それは勿論分かっている。離反はともかく、実力に関しては誰の責任でもない。それに離反自体も、記憶を改竄されているのなら、真那もまた被害者でしかない。

 だからこそ、侑理はレイザーカノンを振り上げる。引き金に、指を掛ける。真那の為に。真那を取り戻す為に。

 

「大丈夫、大丈夫だよ真那…真那の事は、うちが…ッ!」

「何が…大丈夫でいやがるんですかッ!退かないってなら、せめてちゃんと私の言葉に答えやがれってんですよッ!」

 

 〈スカーレット・リコリス〉を駆るジェシカとの十字砲火。ジェシカの面制圧に合わせ、侑理は隙間を埋めるようにカノンを放つ。流石の真那もこれは避けられず、随意領域(テリトリー)での防御を図る。ならばと即座にガトリングでの追撃、連射での削りを掛けようとした侑理だったが、それより先にジェシカの放ったミサイルが着弾し、真那の姿が見えなくなる。

 折角足を止めた相手に対し、視界を妨害してしまう攻撃をするなど悪手。そんな事を、普段のジェシカならする筈がなく…無茶の影響を、ジェシカが犠牲にしたものの一端を見せ付けられた侑理は苦しくなる。身体ではなく、心が痛む。

 

「とに、かくッ…今はジェシカを止めねーと、本当に取り返しの付かない事態になりやがります…ッ!だから侑理、今だけは一旦退いて……」

「そうだよ、だからすぐに終わらせる…ッ!真那を連れ戻して、それでジェシカさんが戦わなくてもいいようにするんだから…ッ!」

「こ…のッ、分からず屋ぁッ!」

 

 爆炎を盾にその後方から現れる真那。その訴えに、ガトリングの射撃で答える侑理。退ける訳がない、真那を連れ戻す為に自分は今ここにいるんだから、と侑理はトリガーを弾き続け…しかし、侑理の思いは届かない。

 急降下からの急上昇。ジェシカの砲火を振り切ると共に、一気に真那は距離を詰めてくる。ガトリングを向け直そうとするよりも早く、真那は侑理に肉薄し、左腕の武器を向ける…と見せかけた直後、真那の姿が視界から消える。ブレるようにして消えた真那に、一瞬侑理は混乱する。だが……

 

「──なッ!?」

「見縊らないで…真那ッ!」

 

 宙で前転を掛け、スラスターを噴かして少しだけ前に出る。その少しだけの前進で、背後を取っていた真那の横薙ぎを完璧に躱す。目を見開く真那へ、至近距離からレイザーカノンの一撃を撃ち込む。それ自体は、随意領域(テリトリー)で阻まれてしまうが…反撃が出来た時点で、十分な意味があった。驚かせられただけで、効果は十分だった。

 

「マァァァァナァアアアアアアッ!」

「これは…くぁ……ッ!」

 

 スラスターを噴かしたまま随意領域(テリトリー)の重量軽減を切る事で、落ちるようにして侑理は急降下。距離を取った直後、ジェシカの叫びが聞こえ、真那の動きが止まる。機銃が、ミサイルが、弾幕が真那に襲い掛かる。

 リコリス・シリーズの強さはその火力や大推力だけで成り立っている訳ではない。その威圧的なフォルムに反して奇策も備えており、大剣に加えて光の縄にもなる大型レイザーブレイド〈クリーヴリーフ〉の他、通常自分を中心とした形でしか展開出来ない随意領域(テリトリー)を、限界的ながら遠隔地にも発生させる機能を備えており、ジェシカが足止めに使ったのはそれ。すぐさま自らの随意領域(テリトリー)で弾いた真那だが、その真那を実体弾の雨が叩く。真那が苦悶の声を上げる。

 どう頑張っても、侑理一人では真那には敵わない。されど二対一なら別。防御に手一杯で隙を晒す真那の背後に回り込み、侑理は再び捕縛を試み…しかし次の瞬間、目の前に何かが飛来する。それが何か確認するよりも早く、飛来した何かは炸裂し、侑理の視界と進路を阻む。

 

「ぐ……ッ!(今の感覚…随意領域(テリトリー)…!?一体、何が……)」

 

 訳の分からない邪魔に面食らいながらも、侑理は後退。また同じ事が起きるかもしれない、と警戒しながら視線を真那の方へ向け…もう一度、面食らう。杭の様な氷柱が、竜巻を思わせる突風が真那を襲う光景に、一瞬ぽかんとなってしまう。

 

「…って、これは…まさか、これって……」

 

 はっとして首を動かせば、魔術師(ウィザード)でも〈バンダースナッチ〉でも、〈ナイトメア〉でもない三つの存在が視界の中に飛び込んでくる。巨大な兎…の様な天使に乗った小柄な少女と、瓜二つの顔をした二人の少女…何故かメイド服を身に纏っている三人の少女が、この乱戦の中でも確かな存在感を放っている。──精霊〈ハーミット〉に〈ベルセルク〉。先刻聞いていた精霊が、この戦場に現れていた。

 

「〈ナイトメア〉に加えて、〈ハーミット〉に〈ベルセルク〉って…一体何が起きてるの…!?…という事は、まさか〈ディーヴァ〉も…って、真那!?」

 

 落ち着いてこの状況の意味、理由を考える暇もなく、身を捻って精霊達やジェシカの攻撃を避けた真那が明後日の方向へ飛んでいく。まさか離脱するつもりか、そう思った侑理もすぐさまスラスターを全開にし、真那を追う。そうして追い掛ける中で、真那の進路先に魔術師(ウィザード)の一団がいる事に気付き…三度、驚く。

 

「え、あ…隊長さん!?」

「侑理!?ちょっと、これはどういう状況よ!?というか、なんで真那がここに……」

「そんなのうちが知りたいですよ!何がどうしてこうなってるんですか!?」

「それはたった今私が訊いた事…うわっ!?」

 

 何か言葉を交わしたと思いきや、即魔術師(ウィザード)の一団…エレンの言う要請を受けたのだろうASTの横を真那がすり抜けていき、続けて侑理も接触する。あまりにも驚く事が続いたせいで、訊かれた内容を訊いてきた相手にほぼそのまま返すという無意味過ぎる事をしてしまう。状況が状況なせいで、日中の出来事をお互い口にする暇もなく…そんな侑理と燎子達の下へ突っ込んでくるのは、三体の精霊。

 

「貴女達も、やっつけ…ます…!」

『ごめんねー、恨んでる訳じゃないけど…皆氷漬けになってもらっちゃうよー!』

「次から次へわらわらと。余程八舞が誇る烈風の洗礼を受けたいと見える」

「掃討。手加減するつもりはありません。えいやー」

 

 慌てながらも燎子の指示の下ASTは迎撃を行うが、対する精霊も反撃してくる。向こうからすれば等しく敵という事なのか、この時点では撃っていなかった侑理にも精霊の操る氷と風が襲い掛かり、回避と迎撃を余儀なくされる。

 

「だから、なんで…なんで、こんな事に……っ!」

 

 うちはただ、真那を止めたいだけなのに。取り戻したいだけなのに。そんな思いを叫びに籠らせながら、素早い〈ベルセルク〉をガトリングの連射で追う。防御に長けるらしい〈ハーミット〉には、手数より威力のレイザーカノンを向けて放つ。幾ら真那を優先したくとも、襲われれば無視は出来ない。そしてその最中、轟音が響き…侑理とASTが精霊を迎え撃つ真っ只中を、ジェシカが突破する。砲撃で無理矢理進路を開き、飛んでくる弾は随意領域(テリトリー)で弾き飛ばして、一直線に離脱した真那を追い掛けていく。その力任せ極まりない行動に、ASTも精霊も息を呑み…された既に、リコリス・シリーズの猛威を散々見ていた侑理は、これをチャンスと捉えて飛ぶ。

 

「ごめんなさい、皆さん!うちには、やる事があるんですッ!」

「ちょっ…!?」

 

 強引にジェシカが開いた道へ飛び込み、侑理は謝罪の言葉を残して追う。精霊達が立て直すより早くこの場を離れ、目立つ赤を頼りに空を駆ける。だが、今の装備では推力全開でもジェシカの〈スカーレット・リコリス〉には追い付けず…影の弾丸が、左から右から襲いくる。

 

「あらあらァ?貴女は確か……」

「邪魔をッ、するなぁああああぁぁぁぁッ!」

 

 元から腹立たしかった〈ナイトメア〉、その分身体の攻撃に侑理の怒りは爆ぜ、マイクロミサイルポッドを開く。目に付く分身体全てにミサイルを叩き込み、目一杯の力で駆け抜ける。当たったかどうかは分からない、数瞬足止め出来ればいい、こんな存在の事などどうだっていい…そんな思考で攻撃を躱し、改めて真那を、ジェシカを追い掛ける。

 カノンを撃ち、ガトリングで弾をばら撒き、射撃を躱し、流れ弾を随意領域(テリトリー)で弾く。真那や今のジェシカの様に、乱戦の中でも一気に突破出来るだけの力が…他の追随を許さないだけの強さがない事が、歯痒かった。自分は強くなっている筈なのに、まだまだこんなものなのかと、悔しかった。勿論二人と侑理との間には装備の性能差もあり、それも大きいのだが、そんな慰めは無意味だった。

 それでも何とか追い掛け、見失ってしまってもリコリスの派手な火力を頼りに探し…遂にジェシカと合流する。ジェシカに声を掛けようとし…その近くに立つ、白金のCR-ユニットを纏った存在に気付く。

 

「…エレンさん…!?」

「どうしてここに、という顔ですね。…最早私も出ざるを得ない、それ程までに混沌とした戦況になっているという事です」

 

 静かな声でエレンは言い、視線を戻す。その斜め後ろ、支援する位置へと無意識の内に侑理は移る。

 エレンの存在には驚いたものの、これは最大の好機。真那以上の強さを持つエレンが力を貸してくれるのなら、ほぼ確実に真那を捕らえる事が出来る。斜め後ろに付きながら、侑理はそんな事を考えていて…しかし、更に気付く。この場にいたのがエレンだけではなく…真那の隣にも、別の魔術師(ウィザード)がいた事に。

 

「…折紙、さん……」

 

 そこにいたのは、確かに折紙その人。〈ホワイト・リコリス〉の使用でダウンしている筈の、していなければおかしい折紙が、どういう訳かASTではなくSSSの装備を纏って、真那と並んで立っている。その敵意を、こちらへ向けて放っている。

 心から尊敬するエレンに、大事な同僚のジェシカ。組織を超えた交友を築けた…と思っていた折紙に…そして、真那。全員が全員、知った顔。侑理にとって、はっきり『仲間』と言える…言える筈だった、魔術師(ウィザード)達。それが今は、明確な敵味方に分かれている。侑理もそれを仲裁するのではなく、片方の側に立っている。…胸が、張り裂けそうだった。もう嫌だと、投げ出してしまいたかった。だが、それは出来ない。出来る筈がない。何故なら、侑理はDEMの魔術師(ウィザード)であり、命令を受けているのであり…真那を、取り戻さなくてはいけないのだから。勝って、取り戻す…今の侑理には、それしかないのだから。

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