全身を、恐怖が走り抜ける。油断すればやられる、油断しなくてもミス一つで終わる、全身全霊を尽くしたとしても切り抜けられる確証はない…そんな現実が、目の前の戦闘が、緊張となって真那にのしかかる。
思えばそれは、久しく忘れていた感覚。分身体だったと判明するまでの〈ナイトメア〉討伐では、実力の差で感じるまでもなく、〈ナイトメア〉本体との戦いでは相手の天使の性質もあって感じる前にやられ、第二執行部との戦いでもやはり恐れる程の窮地に立たされる事がなかった為に無意識の内に忘れていた、戦いとは一方的な狩りではなく命の獲り合いなのだという、鋭く冷たい真実。…それを、今は感じている。模擬戦ではなく、本物の戦場で世界最強の
「真那!」
「マァナァアアっ!」
ガトリングと機銃の同時攻撃が、正面と上から迫り来る。避けた先にはレイザーカノンが、更にその後ろからはマイクロミサイルが束になって襲い掛かる。弾丸を凌ぎ、魔力の光芒を同じく魔力を纏わせたレイザーエッジ〈ヴォルフテイル〉で斬り払い、誘導兵器はギリギリまで引き付けてからの急旋回で全弾振り切る。だが、反撃には移行出来ない。次なる攻撃がまた迫り、真那に反撃をさせてくれない。
(火力でのごり押し…それをここまでのレベルで実現するだなんて、本当に凄まじい代物でいやがりますね、リコリスシリーズ…)
幾ら避けても翳りを見せないリコリスシリーズの火力は、最早圧巻の一言。単純な火力、物量で精霊を倒そうという捻りのない発想を実現するとこうなるのか、とその力を目の当たりにし続けている真那は舌を巻く。そしてこれを、こんな欠陥機を使う為に未来を…下手すると明日すらも投げ打ったジェシカに対して、やり切れない思いを真那は抱く。
しかしそれでも、ジェシカ一人なら、〈スカーレット・リコリス〉単騎ならばまだ何とかなった。それ程までに、真那の
「…改めて見ると、中々に厄介でいやがりますよ、侑理……」
大型装備故にどうしても〈スカーレット・リコリス〉が晒してしまう隙を、的確に侑理は射撃で埋めてくる。焦らす、欲張らず、自身の隙は最小限に留めた支援攻撃に留めてくる。
侑理を先に狙おうにも、リコリスシリーズの火力と推力は真那が背中を向ける事を許さない。加えてこれはもう巡り合わせが悪かったとしか言いようがないが、〈ヴァナルガンド〉は近・中距離での高機動戦でこそ真価を発揮するCR-ユニットであり、魔力砲もあるとは言っても、流石に二人相手に撃ち合いでは不利となってしまう。中々踏み込めず、距離が離れていては満足に反撃出来ない…本来の目的は別にある真那にとって、その現状は否が応でも心に焦燥を抱かせる。
(鳶一一曹は…はは、大したものでいやがりますね……)
ほんの一瞬、ちらりと視線を横へ向ければ、折紙が有り合わせにしか見えない装備で戦っている。ASTの物ですらない兵装で、エレン相手に真っ向から戦いを挑んでいる。
初め真那は、何とかして折紙を援護するつもりだった。幾ら気持ちは分かる…自身と同じ相手を守りたい思いでここにいるのだという事は理解出来ても、〈ホワイト・リコリス〉使用の負担がまだ残っている筈の、普通ならまともに
だからこそ、真那は気持ちを引き締める。自分も負けていられない、自分以上に困難な戦いをしている折紙に無様な姿は見せられないと奮い立つ。
「ジェシカ!貴女はこれで満足なのでいやがりますか!?こんな形で、こんな手段で力を得て、それを誇れるってんですか!?」
「何を言っているノ、マナァ…今は最高にイイ気分なのヨォオオ?」
「ちッ……」
機銃を乱射しながらジェシカが突っ込んでくる。それを
(どっちかを狙おうとすると、もう片方に撃たれる状況…けど、無闇に突っ込んでくるジェシカに上手くカウンターを合わせられれば、やれねー事はねー筈です。一先ず侑理の事は、後に回して……)
大推力で離れたと思えば、すぐに振り返り突撃してくるジェシカに対し、真那もまた突進を掛ける。濃密な弾幕が放たれる中を、ある程度の距離まで進んだところで一気に左へ離脱する。今の突進は、真正面から弾幕を突っ切ろうとした場合の負荷とリスクを測る為のもの。恐怖はある、しかし心は奮い立っている。焦りがない訳ではない、それでも頭は冷静に回っている。まだ、十分にやれる。
そんな風に考え、侑理の位置を確認しつつも真那はジェシカを視界に捉える。幸い侑理の方は無茶な魔力処置をされているようには見えない。装備的にも、今のジェシカ程の脅威はない。だから今はいい、後でいい、ジェシカを何とかすれば昼間の様に退いてくれる筈と、自分の中で割り切って……
「逃げない…今度は逃げないよ、真那…!だってうちは、真那が…ずっと、真那を……ッ!」
眼前を、寸前のところを駆け抜ける光芒と、心へ音をそのまま投げ込まれたように響く声。完全に動きを読んだ侑理の射撃と、溢れ出すような侑理の叫び。その瞬間、一瞬真那の思考は止まる。刹那の間、しかし確かに立ち竦み…心のどこかで、自分が叫ぶ。それでいいのかと。本当にそれで、いいのかと。
(…割り切る…侑理の、事を…?割り切って、それで…私はどうする気でいやがるんですか…?ここでも会えたからといって、次にまた会える保証なんてねーのに…いつまでも侑理が、私の知っている…真那と一緒にいてくれた侑理のままでいるかどうかなんて、分かりはしねーのに…なのに私は、それで……)
レイザーカノンの追撃と機銃の掃射が
「…いい訳ねーじゃ、ねーですか…ッ!」
振り切るように、心と共に声を上げる。急加速による前進と、殆ど直角の急上昇を掛ける事で上空を取っていたジェシカへ一気に接近し、勢いそのままに〈ヴォルフテイル〉を振り上げる。刀身に備えた細かな刃、魔力を帯びたレイザーエッジを蠢動させて、防性
「ジェシカさん!」
「あはァ…!甘い甘イ、そんなの全然効かないワァアアッ!」
「でしょうね、けど…ッ!」
深く
「……っ!」
「逃がしはしねーですよ、侑理!侑理はここで…私が、真那が、ここで…ッ!」
弾かれるように飛び退き魔力砲を躱した侑理へ、真那は〈ヴォルフテイル〉を向ける。空気を踏み締めるようにしてスラスターを噴かし、侑理に向けて突進を掛ける。背後にジェシカが追い縋ってきているのを感じながら、砲火飛び交う空を駆ける。
(申し訳ねーです、兄様。でも今は、今だけは…!)
本来の目的、為すべき事。それを少しの間だけ堪えて、後で必ず駆け付けると誓って、真那は目の前の事に…目の前だけに、意識を向ける。
譲れないもの、譲りたくないもの、自分が自分である為に譲ってはいけないもの。確かにここには、それがあった。
*
戦いに消極的だった真那の動きが変わった事に、侑理は即座に気が付いた。これまではこの場を凌ぐ為の…出来るならば戦いを回避しようという意図の下であるように思えた真那の動きが、凌ぐのではなく自ら乗り切る、打ち払って切り開く為の動きに変わったと、一瞬で侑理は気付く事が出来た。積極的に仕掛けてくるようになった、という目で見て分かる変化があった事も勿論だが、それだけではない。動きの変化と共に、真那から感じる雰囲気も変わっていた。よく知る範囲となっていた。模擬戦で何度も感じてきた…真那らしい、雰囲気に。
「真那!真那は今ラタトスク機関にいる、ラタトスク機関の一員になっている、そうなんでしょ!?」
「いつの間にラタトスクの事を…流石にDEMの情報力は侮れねーですね…。侑理はそれを誰に吹き込まれやがったんですか!?エレンでいやがりますか?それとも……」
「誰かなんて、関係ないッ!おかしいとは、変だとは思わないの!?思い出して、真那!自分にあった事を、起きた事をッ!」
一度背後を取った上での斬撃を避けたものの、あれは真那の意表を、恐らく抱いていた「避けられないだろう」という意識の裏を突いたからこそ出来た芸当。近距離戦となってしまえば、圧倒的不利なのは変わらない。侑理はそれが分かっているからこそ、迫る真那に対して全力で退く。返り討ちにする事など望まず、あくまで凌ぐ事に徹する。
その間も交わす、真那とのやり取り。エレンは
「侑理…侑理がどう思っているかは知らねーですが、これは、私がここにいるのは、私の意思です!おかしい事なんか、ねーんですよッ!」
「〈ナイトメア〉は真那の、うち達の宿敵でしょ!?」
「だからそれは違うって言ってるじゃねーですか!おかしいだの〈ナイトメア〉と手を組むだの、言いたい事ばっかり言ったんじゃねーですッ!」
「真那こそ、もっとうちの話を──」
「仲良くべらべらお喋りなんテェ、してる暇あるのかしラァ!?」
魔力を充填し威力を高めた光芒が、容易く刃で斬り裂かれる。ガトリングも悉く
ジェシカによる、強烈な横槍。最初から単独で勝つ事など考えていない…何もかもを投げ打ってまで勝利をしようとする彼女へ花を持たせたいという思いもある侑理は、ここまで常にジェシカの動きを前提として立ち回っており、今の攻撃も予想の範疇。故にすぐさまガトリングを振り、大きく回避行動を取る真那の進路を塞ごうとトリガーを引くも、直後に侑理の視界は揺れる。数発のミサイルが、真那ではなく侑理の
「……っ!?ジェシカさん、何を……」
「ほぉラ、支援よユーリィ…もっとやれるでしょウ、ほら早ク…もっともっと早く早クゥゥゥゥッ!」
「……ジェシカ、さん…」
叫びと噴射炎を残しながら真那を猛追するジェシカの姿に、心へ重い泥を流し込まれたような感覚を抱く。しかし頭を振り、今だけは感傷を封じ込めて、侑理はジェシカの後を追う。援護すべく、回避からの反撃に移ろうとする真那に妨害の為の射撃を放つ。
(このまま真那と根比べ…なんて出来ない。今すぐにでも終わらせなきゃ、ジェシカさんが本当に持たない…!…だったら、うちに出来るのは……)
二人の激しい空中戦に、侑理が割って入る事は出来ない。CR-ユニットの性能が、どうしても足らない。だがこのまま続ければ、恐らく侑理とジェシカが真那に勝つより先に、ジェシカは飛べなくなる。必死に、命すらも焚べてまで伸ばした手が届く事なく…ジェシカ・ベイリーという
だから侑理は、賭けに出る。真那とジェシカ、二人の距離が大きく離れた瞬間を狙って、自ら一気に前へ出る。
「ここだ、ここでなら……う、ぐッ…ぅぅううううぅッ!」
「なッ……侑理、なんて無茶を…ッ!」
滑り込むように二人の間へ飛び込み、ガトリングを撃ちながら突進する。真那は迎え撃つような姿勢を見せ、侑理は突進を続け…直後、
「これでぇぇぇぇええええッ!」
「……ッ、甘ぇですよッ!」
減速はしない。目一杯の加速で、フルスロットルでスラスターを駆動させる。魔力は付与するだけで、弾丸そのものを構築する必要はない分レイザーカノンよりも消耗の少ないガトリングのみでの攻撃に絞り、その分推進器の限界まで浮いた魔力を流し込む。
速度は十分、意表も突いた。最低限とはいえ攻撃も出来ている…しかしそれでも、真那は凌いでくる。防性を高めた
半ばから両断され、宙を舞うガトリングの砲身。当然もう火器としては役に立たず、されど真那に油断はない。尚も真那の目は侑理を捉え、拳を構えるように左手の武器を引き付け……
「甘いのは…真那の、方だよッ!」
そして、目を見開く。動揺するでもなく、引くでもなく、そのまま侑理が突っ込んで来た事に。自らを弾丸とするように、体当たりを仕掛けた事に。
「……ッ…だと、しても…ッ!」
届きそうで届かなかった。後一歩で、敵わなかった。それは、あの時と同じ。真那が出向する前、最後に交えた模擬戦での、結果と同じ。…だが、侑理は諦めない。今の侑理は、あの時と同じではない。だからまだ…終わらない。
弾かれ揺れる視界の中で、それでも真那の姿をしっかりと捉える。歯を食い縛り、目一杯の力を込めて、腕を振るう。もう撃てなくなったガトリング砲を、真那に向けて投げ放つ。
「そんな悪足掻き──」
「…いいや、違うよ真那…!」
砲身が中程から無くなっているとはいえ、鉄の塊であるガトリング砲が当たれば、常人であれば怪我はするし避ける他ない。されど
実際、それ単体ならば悪足掻きでしかなかった。油断でも慢心でもなく、羽虫を払い除けるのと同じように、容易く凌がれてしまった。…侑理の、思った通りに。侑理の、狙った通りに。
真那は強い。本当に強い。小細工など必要なく、真正面から、純粋な力だけで他を圧倒出来るだけの強さがあるのが、崇宮真那。侑理が誰よりも近くで見てきた、圧倒的強者。だが…だからこそ、知っている。強者の真那だからこそ、小細工や搦め手には長けていない、経験が足りていない事を。半端な奇策ならば実力で捩じ伏せてしまえるからこそ、するのも、されるのも、慣れていない事を。嘗ては実力差故に、奇策を打っても尚、後一歩で届かなかった侑理だが…今はもう、違う。
「これッ、でぇええええぇぇぇぇぇぇッ!」
ガトリング砲を投げ放った直後、侑理は腰に手を伸ばしていた。真那が弾き飛ばした時、侑理はそれを引き抜いていた。そして、侑理はそれを放つ。今回の戦闘の為だけに選択した装備、アンカーユニットを真那に投げる。侑理の狙いに気付いた真那は
「くッ…こんなもの……ッ!」
「させないよッ、真那ッ!」
初めて真那が侑理へ見せる、明白な焦り。しまった、そう言わんばかりの表情。それでも真那は即座に随意領域を縮小し、隙間を作る事で捕縛から脱しようとしたが、それも侑理は予想していた。読めていたからこそ、待ち構える事が出来たからこそ、絡んだワイヤーが軽くなって瞬間に思い切り引き、真那が脱出するより先に再度ワイヤーを絡み付かせる。より強固に、真那を
更にそこへ、レイザーカノンとマイクロミサイルを同時発射。捕らえた真那へ追撃を掛け、真那の
全力の捕縛。目一杯の攻撃。乾坤一擲の攻撃に出る侑理と、それに耐える真那との根比べ。このままであれば、攻撃と防御、どちらが先に続かなくなるかの真っ向勝負。…だが、そうはならない。これは、侑理と真那の一対一の勝負ではない。
「ジェシカさんッ!これで…ここでぇッ!」
「あっはァ…堕チロ、マナァアアアアアアァァッ!」
轟音と共に飛来する、紅の鉄騎。侑理がマイクロミサイルを撃ち尽くした事で爆煙が消え、周囲からも真那の姿がはっきりした事で襲来した、〈スカーレット・リコリス〉とそれを駆るジェシカ。託すように、侑理は声を張り上げる。それに応えるように、ジェシカは〈クリーヴリーフ〉を振り上げる。…実際のところ、応えてくれたのかどうかは分からない。侑理の声が、ジェシカに届いているのかすらも、もう分からない。それでも期待したタイミングでジェシカは強襲し、大型レイザーブレイドを振り上げ、真那に向けて振り下ろす。濃密な魔力の大剣と、最上位クラスの
もしも真那が
「ぐ、ぅッ…まだ、私は…こんなところで、真那は……ッ!」
並みの
「──ううん、落ちてもらうよ真那…ジェシカさんの為に…うちと、一緒に…ッ!」
既に対応の限界を迎えていたらしい真那は、侑理のアンカーユニットに引かれて落下していく。側から見れば、きっとジェシカの視点からしても、斬撃で叩き落としたような構図となって、空から地へと落ちていく。無論それは、真那一人ではない。引き摺り下ろす侑理もまた、急降下していく。
落ちる真那と、引き摺り降ろす侑理。向かう先は、暗い地上。魔力と爆発の光、それに音が飛び交う夜空から、どんどんと離れていき……この戦いに幕を引くべく、殆ど墜落同然の形で侑理は半壊した眼下のビルへと飛び込んだ。