デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第二十二話 願いの行く先、思いの果て

 攻め入る〈ナイトメア〉と迎撃する魔術師(ウィザード)及び〈バンダースナッチ〉、更には乱入した精霊による乱戦によって、DEM日本支社第一社屋周辺の建物…DEMが保有するビルや商業施設の多くが火を吹き、或いは崩壊し無惨な姿となっていた。

 侑理が飛び込んだのも、そんなビルの内一つ。上部が吹き飛んだビルの中層、ミサイルか何かに食い破られたのであろう大穴の中へ、侑理はアンカーユニットによって絡め取った真那諸共飛び込み強引に不時着した。

 

「う、ぐッ……」

 

 随意領域(テリトリー)頼みの、減速ゼロのスライディング着地。頭から突っ込んだ侑理は中の瓦礫を蹴散らしながら、ビルの壁まで滑って激突。それこそ頭を壁か何かにぶつけたような痛みが走り、侑理は呻く。痛みが走り、集中力を乱されればそれだけ随意領域(テリトリー)…ひいては顕現装置(リアライザ)の制御に支障が出るが、侑理は力一杯、指や手首が痛くなる程にまで両の手を握り締める事で、何とか集中力を保つ。魔術師(ウィザード)としての力…そして、今も尚出力している魔力のワイヤーの維持に努める。

 

(この感覚、まだワイヤーは随意領域(テリトリー)に絡み付いている…って事は……)

 

 頭を振り、立ち上がる侑理。そこからゆっくり振り返り…微塵が舞うビルの中で、侑理は目にする。片膝を突き、険しくなった表情を浮かべ…それでも尚、随意領域(テリトリー)を維持する真那の姿を。

 

「…まさか、こうも私がしてやられるなんて…随分と無茶してくれるじゃねーですか、侑理…」

 

 自分とは違い、完全にビルの床に叩き付けられた筈の、直前までの負担も間違いなく自分より多かった筈の真那が未だ健在である事に、侑理は戦慄。流石に気絶はするだろう、そうでなくても継戦不能にはなっている筈だ…そんな予想とは裏腹に、今すぐにも打ち込んできそうな程の気迫を今も尚放つ真那の強さに、一瞬言葉を失ってしまう。

 だが、もうその雰囲気に余裕はない。実力の高さだけでなく、底力の強さまで見せてきた真那ではあるが…大きく消耗している、それを察せられるだけの状態にある事もまた事実。

 

「エレン相手に奇策と駆け引きの畳み掛けで喰らい付く鳶一一曹も脱帽というか、凄いとしか言いようがねーと思っていやがりましたが…侑理も侑理で、本当に大したものでいやがりますよ。ジェシカと二人掛かりとはいえ…いや、あの状態のジェシカと組んで、私をここまで追い詰めるとは……」

「…その状態じゃ、もう随意領域(テリトリー)の維持だって楽じゃないでしょう?投降して、真那」

「はっ、言うようになりやがりましたね。…侑理こそ、その状態でまだ戦う気でいやがるんですか?」

 

 魔力のワイヤーで真那の随意領域(テリトリー)を締めながら侑理が言えば、真那も鋭い眼光で返してくる。その返しに、侑理は内心焦りを抱く。

 消耗の具合だけでいえば、侑理の方がまだ余裕があるのかもしれない。だが今の侑理はガトリング砲の喪失に加えて、マイクロミサイルも弾切れ状態。そしてレイザーカノンも不時着の際に落としており、見えているとはいえ手が届く距離にはない。対して真那の武装は左右どちらもまだ生きており…武器の面では、侑理こそが圧倒的に不利。

 

『…………』

 

 どちらも不利な面を背負った状態での、正対。臨戦態勢のまま侑理は真那を見つめ、真那の瞳も侑理を見返し…数秒後、半ば無意識的に侑理は呟く。

 

「…うちは、戦いたくなんかないよ……」

 

 それは、戦う気なのかという問いへの答え。本来の趣旨とはズレた答えながら、それが紛れもない侑理の本心で…真那は、一瞬表情を歪める。凛としたその瞳を揺らがせ…言う。

 

「…そんなの、私だってそうです…侑理と戦いたくなんて、ねーですよ…」

「……っ、だったら…!」

「けど、だからってDEMに戻る事も出来ねーです。もうDEMは、私の帰る場所じゃねーんです」

 

 戦いたくない気持ちは同じ。ならば、と侑理は声を上げるが、真那ははっきりと否定する。濁さず、誤魔化さず…否定の言葉を、侑理へ向けて突き付ける。

 

「…だよね…分かってる、分かってるんだ。でも真那、真那は……」

「正気でやがりますよ、私は。…まぁ、信じてくれねーんなら、何を言っても無駄でいやがりますが…」

 

 どうせ信じねーんでしょう?…真那の瞳は、そう言っていた。静かに、残念そうに、そんな眼差しを侑理へと向けている。その視線に、侑理の心は締め付けられる。

 侑理とて、信じたくない訳ではない。真那の言葉なのだ、むしろ信じたい、信じたいに決まっている。だがあまりにも、信じられない状況が揃ってしまっている。真那は記憶を改竄されている…それを前提に考えた方が辻褄が合う状況な以上、違うと言われても、正気だと言われても、それを素直に受け入れる事は出来なかった。

 

「…とはいえ、それも無理のねー話です。私だって、自分の事を知るまでは、DEMは清廉潔白ではないにしろ信じる事の出来る会社だって思っていやがりましたからね」

「自分の、事…?」

 

 段々と、声のトーンが変わっていく真那。そして真那は言う。その口振りに侑理がじわりと不安を駆り立てられる中…告げる。

 

「私の身体は、もうまともな人間のそれじゃねーんですよ。魔術師(ウィザード)として適応させる…なんてレベルを遥かに超えた、全身への魔力処置で」

「……──ッッ!」

 

 より静かに、されどよりはっきりと、真那は言った。自分の身体が、どうなっているのかを。自分が一体、何をされたのかを。

 全身への、それのまともな人間ではなくなってしまう程の魔力処置。魔術師(ウィザード)に纏わる技術である以上、それが出来る組織は二つのみ。そして現状真那が〈ラタトスク〉に味方している時点で、二つの内の一つは消える。そうでなくとも、直前の文脈から真那へそのような処置をした組織がどこかなどは自明の理。

 

「まあ、私に戦う力を与えてくれた事に関しちゃ、今も感謝しています。まともな身体、真っ当な人間でいる事よりも、真那にとっては大切な人を守れる力の方がずっと大事でいやがりますから」

「…大切な人…それって……」

「漸く、兄様に会えたんです。その兄様が、自分の身を危険に晒してでも、意思を貫こうとしているんです。私の戦う理由は、それだけで十分ってもんです」

 

 人としての身を歪められた。そう語った直後とは思えない程の、穏やかな声と澄んだ瞳。真那自身の、そして探し求めた兄へ対する真っ直ぐな思い。そこに嘘を吐いている様子は…ましてや記憶を改竄されている様子は一切なく…揺らぐ、揺らいでしまう。侑理の中で、自分の考えていた事、こうだと思っていた事への自信が、急速に萎んでいく。

 

「…確証は、あるの…?〈ラタトスク〉が、嘘を吐いているって事は…ううん、それ以前にそう思い込まされてる事だって……」

「否定は出来ねーです。出来ねーですが…なら、DEMなら信じられると?──ジェシカの事があるのに、まだ侑理は信じられるってんですか?」

「……っ…!」

 

 一時の力の為に、未来を捨てたも同然の魔力処置。それをジェシカは施されたのだという現実が、侑理から言葉を奪う。信じていた、帰属意識を持っていた、そんな思いに亀裂が広がっていく。信じたいのに、これまでのようには信じられない。それが不安となって心に募る。

 

「それに、〈ラタトスク〉の事はまだ分からねー部分も多いですが…ラタトスクが兄様に協力して、兄様も〈ラタトスク〉に協力しているのは事実です。やり方は中々にエキセントリックでいやがりますが…きっと兄様は、〈ラタトスク〉を信じていやがるんです。兄様が信じている…信じるのに、これ以上の理由なんてねーんですよ、私にとっては」

 

 そう言って、真那は頬を緩める。柔らかく、そして誇らしげに、笑ってみせる。兄が信じているから自分も信じる、信じられる。それはこれ以上ない程に、真那らしい理由だった。真那がどれ程兄を思っていたかも、覚えてすらいないのに重度のブラコンに陥る程兄思いである事も側で見てきてよく知っている侑理だからこそ…その言葉には、納得するしかなかった。

 

「…真那、らしいね……」

「えぇ、真那は真那ですから。……侑理は、どうなんですか?」

「うち…?」

「私には、信じられる兄様がいます。だから〈ラタトスク〉も信じています。侑理はまだ、DEMを信じられるのでいやがりますか?」

 

 顔ではなく、心を覗き込むような真那の眼差し。自分には信じられる理由があるとした上での、真那の問い。

 すぐに答えられる…筈だった。信じられる人はいると、だからDEMも信じられると。同僚や関わる事の多かった整備士を始め、信用出来る人はいる。親切にしてくれた人や、尊敬出来る人もいる。だが、そんな人達はいても、その人達の存在は、DEMへの信頼にまでは繋がってくれない。

 侑理の中で、これまで当たり前だと思っていた事、絶対的だったものが、音を立てて崩れていく。恐れにも似た感情が心の中へ広がっていく中、それでも何とか侑理が絞り出したのは、一人の名前。

 

「…エレンさんは…エレンさんは、うちの事をずっと気に掛けてくれた…うちの事を見てくれて、うちの事を見込んでくれて、うちを鍛えてくれた…うちの事を、信じてくれた…だからきっと、エレンさんは…エレンさんが、DEMを信じてるなら……」

「エレン…あぁ、道理で侑理らしくねー動きもするようになる訳です。ここまで強くなってる事は予想外でいやがりましたが、まさかエレンが侑理に稽古を付けているとは……」

「真那、真那だってエレンさんの人となりを、多少は知ってるでしょ…?そのエレンさんが……」

「残念ながら、エレンはDEMを信じる側じゃなくて、DEMを動かす側です。…エレンも知っていやがりましたよ、私の身体の事は。知った上で、平然と今のDEMを肯定しているんです。侑理の信頼を否定する気はねーですが…事実として、そういう人間でいやがるんです、エレンは」

 

 最後に残った、DEMで誰よりも信じられる人物。自分を鍛えてくれた、気に掛け信用もしてくれた、憧れのエレン。だがそんな信頼にすら、希望にすら、現実が牙を向く。エレンの存在はDEMを信じる要素になり得ない…むしろその逆であると、無慈悲に侑理へ突き付ける。

 そして気付けば、侑理は真那の言葉をそのまま受け止めていた。否、気付かぬ内に、嘘や記憶改竄の可能性を考えなくなっていた。それは、自分の中の基盤が揺らいでしまっているが故なのか、やはり真那を疑い切る事は出来ないという事か、或いはその両方か。

 

「違う…だって、エレンさんは…エレンさんは…ぁ……待って…じゃあ、エレンさんは…?あんなにも強いって事は、もしかしてエレンさんも……」

「私と同じような処置をされているかも、と?…それは、ねーと思いますよ。エレンの強さは、規格外です。あれはもう、魔力処置だの何だのの範疇じゃない、全く別物というか…そういうものなんじゃねーですかね。まあ少なくとも、私みたいに勝手に全身を弄くり回されたって事はねーでしょう」

 

 狼狽を隠せない、後から思えば隠そうという意識すら持ていなかった侑理とは対照的に、真那は冷静そのもの。自分の身体を勝手に弄くり回された…そんな事すらあっさりと言えてしまう真那に、更に侑理の心は追い詰められる。嘗て自分は、平然を装う…自分自身すら騙しているような真那の様子を見て、支えたいと、その為に強くなりたいと思った。今はあの時より、確かに強くなれている。されど、強くなっただけで、支えられてはいない。今もまた、真那は見ていて辛くなる心の有り様を晒しているというのに、どうして強くなった筈の自分は、真那を支えていないのか、どうして今自分は敵対しているのか…自分が望んだのは、こんな事だったのかと、苦悩に心が締め付けられる。

 

「…だと、しても…何か、何かある筈だよ…だって、そんな…DEMが、真那にそんな事する理由なんて……」

 

 それでも侑理は、DEMへの信用を、信じているという立場を捨て切れない。…捨ててしまえば、全て崩れてしまうから。自分がこれまで信じてきた事も、DEMの一員として築いてきたものや、得てきたものが、何もかも無くなってしまう…そんな気がして、怖くて、どうしても捨てる事が出来ない。

 そんな侑理へ、真那は言う。一瞬躊躇うような表情を見せ…しかし意を決したように、言い放つ。

 

「まだ分からねーんですか?侑理。いい加減気付きやがれってんですよ」

「真那…?一体、何を……」

「だから──侑理だって、私と同じかもしれないって言ってんです…!」

「あ……」

 

 言われて初めて気付く。言われて漸く、侑理はその可能性に思い至る。真那ですら、アデプタス2として重用されている彼女ですら、本人に無断で全身を改造され、忠誠心の高いアデプタス3のジェシカもまた、命を削り取るような魔力処置を施されている以上、自分は大丈夫だという確証は、どこにもないのだと。

 そして、侑理は思い出す。何の躊躇いも抵抗感もなく、自分を〈バンダースナッチ〉強化の為の道具にする事を提案してきた、ウェストコットの事を。

 

「よく考えやがって下さい。魔術師(ウィザード)の質は随一なDEM、その中でも社長直属の第二執行部に、私や侑理みてーな小娘が所属出来ていた、他に遜色ないレベルの実力を有していたって時点で、おかしい話じゃねーですか。潜在能力を見出されたにしたって、そんな都合良く、しかもどっちも同世代の日本人…いや、侑理はクォーターでいやがりますけど…が二人見つかるなんて、偶然にしちゃ出来過ぎてるって話でしょう」

「ま…真那は遜色ないなんてレベルじゃないよ…真那は第二執行部の中でも、エレンさんに次いで飛び抜けた実力なんだから…。それにもし真那の言う通りなら、うちと真那の間に実力差があるのは……」

「それはまぁ、処置に加えて元の才能に差があったって事なんじゃねーかと」

「…………」

 

 さらりと遠慮のない事を言う真那に、思わず侑理は閉口。だが思い返せば、割と発言に遠慮がないのが真那な訳で…侑理の閉口を無言の納得と受け取ったのか、真那は続ける。

 

「それにエレンが侑理を鍛えたっていうのも、侑理が私と同じだって事なら頷けます。何せ、まだ伸びる余地があるって知っていた訳でいやがりますからね」

「……違う…そんな事、ないよ…エレンさんは、そんな人じゃない…エレンさんはそんな、人を才能とか、実力だけで測るような人なんかじゃない…!」

「…侑理、それは一体何の根拠が……」

「根拠なら、あるよ…!エレンさんは実力だけじゃなくて、力の強さだけじゃなくて…それと同じ位に、心の強さも、努力しようって思いも大切にしてる人だから…!そういう人だって、うちは、知ってるから…ッ!」

 

 この場に来てから、刃や銃口を向け合う事なく言葉を交わし始めてから、初めて侑理ははっきりと言い返す。エレンはそんな人ではないと、真那の言葉を跳ね除ける。

 もうエレンの存在を持ってしても、真那の語る言葉を、その言葉で心に芽生え、蝕む不安を払拭は出来ない。されどDEMへの信用に揺らぎが生じようとも、エレンへの信頼は、彼女を信じる気持ちは、未だ健在であった。…いや、それも正しくはない。今の侑理の心にあるのは、エレンを『信じたい』という気持ち。裏を返せば、それは今まではDEM以上にあった、全幅の信頼に綻びが生まれてしまったのだという事。それを侑理は、認めたくなかった。そんな事ないと、信じたかった。だから気付けば、侑理の語気は強くなっていた。

…沈黙が、訪れる。気不味い沈黙が、酷く心の重い静寂が。不安に、焦燥に、侑理は俯き…真那は小さく、息を吐く。

 

「…そうまでしてエレンを信じるってなら、もう掛ける言葉はねーです。侑理がエレンを信じるように、私も兄様を信じる。ただ、それだけの事でいやがります」

「……ッ、動かないで真那…!動くと言うなら……」

「私にはこれ以上、侑理と話している時間はねーんですよ。侑理が私を信じてくれねーのなら、私の邪魔をするってなら…侑理は、私の敵です。もう、敵でいやがるんですよ、真那と侑理は」

「──っっ!ま、待って…真那、真那ぁ!」

 

 真那は立ち上がる。侑理は魔力のワイヤーに意識を集中し、押し留めようとするが、真那の表情はもう回復している。全快という事はないにせよ、このビルに突入した時点よりは明らかに状態が整っている。

 その真那が発する、冷淡な声。ただ事実を述べるような、狼狽える侑理とは真逆の声音。…思い出すのは、エレンの評価。目的の為なら冷徹になれる、それを示すような鋭い視線。

 背を向ける真那に、思わず侑理は手を伸ばす。狼狽が集中を遮り、拘束が緩んでいる事にも気付けないまま、震える声で真那を呼ぶ。真那がこのまま行ってしまうような気がして、そうしたらもうこうして話す事も二度と出来ないような気がして、それが怖くて名を呼び叫ぶ。嫌だ、離れたくない、別れたくない、そんな恐れと悲しみと苦しみが、一緒くたになって侑理の心へ押し寄せて……

 

「…なんて、言いたくねーんですよ…そうなってほしくねーんですよ、真那はッ!」

 

──堰を切ったような声と共に、真那は振り向く。気付けば、刃の柄を手放した真那の手は握られたまま震えていた。浮かぶ表情に、先程までの冷徹さはなく…あるのは、溢れんばかりの感情を帯びた、辛そうな真那の顔だけだった。

 

「侑理が信じられねーのは分かります!割り切れねーのも当然です!私だって、事実を目の当たりにするまでは、兄様の事をちゃんと知るまでは、似たように考えていやがりましたから!けど、だからって仕方ない、諦めるなんて…そんな風に考えられる人間じゃねーんですッ!だって私は、真那は、真那も…ッ!だから、だから…ッ!」

「真、那……」

「…だからせめて、一緒に来てくれねーですか…?侑理が間違ってるだなんて事は言わねーです。けどせめて、確かめる事位は…それ位は……」

 

 気持ちをぶつけるように、真那は左手を振る。これまで抑えていた感情を吐き出すように、侑理の方へ向けて踏み出す。そして、真那は見つめる。侑理へ向けて、ゆっくりと開いた右手を差し出す。

 余裕も、普段の自信もない、最後の可能性に賭けるような、或いは縋るような真那の面持ち。その顔を見て、声を聞いて、侑理は理解する。もしここで別れてしまえば、もう二度と話せないかもしれない…そう思っていたのは、自分だけではないのだと。真那もまた、同じなのだと。真那も…繋がりを、断ちたくはないのだと。

 DEMを信じるか、真那の語った言葉を信じるか。エレンを信じるか、真那を信じるか。何を信じるか。誰を信じるか。…否、違う。そうではない。何か一つしか、誰か一人しか信じられない…そんな事はない。真那を信じたい、エレンの事も信じたい。なのに取捨選択をするなんていう事は…絶対に違う。そう、だから確かめるのだ。ここで何もしなければ、ただ信じている『だけ』では、何も出来ないから。真那を支えるだけの強さも、エレンが認めてくれた強さも、そこにはないのだから。だから……

 

 

 

 

 

 

「──漸ク…よォやくぅ、み、見つけたわヨォ…マナァァアアアアアアッ!!」

『な……ッ!?』

 

 その瞬間だった。抉られたビルに開いた大穴。そこに鮮血を思わせる影が現れ…狂ったような声が、響いたのは。

 直後、赤い影…ジェシカが背負う〈スカーレット・リコリス〉の砲に、魔力の光が収束する。二門の巨砲〈ブラスターク〉に光が灯る。その砲が狙う先は…言うまでもない。

 緩んでいた魔力のワイヤーへ随意領域(テリトリー)で無理矢理圧力を掛ける事により、引き千切る真那。だがその行動で、ワンテンポ遅れてしまう。そのワンテンポの内に、ジェシカは収束を完了させる。そして、砲口から漏れる光は一際強く輝き……侑理は、前に出る。ジェシカの前に、振り向いた真那の前に…立ちはだかる。

 

「うッ…ぐぅううううぅぅぅぅ…ッ!」

「侑理…!?何を…ッ!」

 

 爛々と光を放つ魔力砲を前に、随意領域(テリトリー)の防性を限界まで引き上げる。ほぼ同時に、〈ブラスターク〉は発射され…想像絶する負荷が、痛みが脳に突き刺さる。出力が膨大過ぎて、逸らす事は出来ない。背後に真那がいる以上、真正面から受け止める他ない。でなければ…真那を、守れない。

 防げる算段があった訳ではない。ただ、気付いた時には前に出ていた。真那の前に、飛び出していた。

 

(なんて、威力…けど、うちだって…うちだって……ッ!)

 

 一瞬でも気を抜けば、意識が飛んでしまいそうな程の衝撃と負荷。だが侑理は歯を食い縛り、懸命に、全身全霊で砲撃を受け止めていく。阻まれ拡散した閃光が部屋を破壊する中、床を踏み締め踏み留まる。

 辛い、痛い、苦しい。されど侑理は譲らない。真那を守るのだという意思と、エレンの斬撃はこれよりも鋭く激しいものだった筈だという意識で自らを奮い立たせ、二門の魔力砲の直撃に真っ向から挑む。一秒一秒が長く、重く、まるで引き延ばされているかのように感じられ…それでも耐えた末に、遅いくる魔力は弱まっていく。光は細くなっていき…遂には、帰る。

 

「はぁッ、はぁッ……!」

「…侑、理……」

 

 がくり、と膝から崩れ落ちそうになるのを、何とか堪える。背後からは、驚愕と安堵の混じったような声が聞こえ、それに侑理は答えようとする。だが……

 

「マナ、マナ、マァアァナァアァァァァアァアアッ!」

「ジェシカ…!?や、止めやがれってんです!ここには侑理が……」

 

 再び光が灯る砲口。その事に侑理が愕然とする中、真那が叫びを上げる中、絶叫と共に光は強まり…再度、〈ブラスターク〉は放たれる。再び真那へ、その前に立つ侑理へ襲い掛かる。

 既に大きな負荷を喰らっていた脳が、衝撃でシェイクされる。一射目より充填も収束も甘いのか、少しばかりその威力は低い気がしたが、それでも通常のレイザーカノンなどとは段違いの砲撃。随意領域(テリトリー)が、削られる。頭を万力で締め上げられているような、そんな痛みが全面に響く。

 

「まさか、もう私しか見えて……、……ッ!下がりやがって下さい侑理!こんなもの、真那が…ッ!」

「出来、ない…ッ!」

「どうして…ッ!」

「支えるって、決めたから…その為に、うちは…強くなったん、だから……ッ!」

 

 絞り出すような声で、真那に返す。ギリギリのギリギリ、その寸前のところで必死に堪えて、侑理は砲撃を受け止め続ける。

 これが最前手かどうかは分からなかった。この状態で真那が防御するには、自分以上に随意領域(テリトリー)を広げなければいけない以上、早々に諦め、前を空け、真那に任せてしまう方が確実かもしれない…そんな思いも、確かにあった。…それでも、侑理は踏み留まる。合理性などない。打開の策もない。あるのはただの、意地と信念だけだった。退けない、退きたくない、だから退かないという、今は何よりも譲れない思いのみだった。

 

「アハハハハハハハハハハッ!どウ、どウ、凄いでしょォォ?わ、わわ、私は強くなっタ…こんなにモ、つつ強く、なったのヨまなぁああ…!ゆ、ゆーり…も、わ、かる…でしょウ…?私の、つよさ…つつつよい、わたしはつよい、だだだかからわたしはぁああああアアアアッ!」

「ジェシカ……ッ!」

 

 そこから先の事は、もうきちんと認識出来なかった。はっきり分かっていたのは二射目も防いだところまでで、その後何度撃たれ、何度防いだかを、情報として頭が処理出来ていなかった。

 轟音の中で聞こえたのは、壊れた機械の様に吠えるジェシカの叫びと、酷く辛そうな真那の声だけ。後は、微かにジェシカが自分の事も認識してくれているという事だけ。認識出来ているだけで、自分が射線上にいる事を、自分が防いでいる為真那に届いていないのだという事を、ジェシカは理解していたのかどうか…それももう、分からなかった。

 今にも飲み込まれそうな意識。最後に残った一本の糸、その繊維が千切れていくように、意識が彼方へ遠退いていく。…それでも最後まで、完全に意識が沈み落ちるその時まで、侑理は随意領域(テリトリー)を解かなかった。真那の言う通り、自分も全身に魔力処置が施されていて、そのおかげでここまで耐えられたのかもしれない。ジェシカが無意識の内に侑理の存在に気付いて、力を抜いてくれたのかもしれない。或いは…もっと単純に、意地とか根性とかのおかげかもしれない。だが、理由はどうでも良かった。一秒でも、一瞬でも長く真那を守れる、助けになれる…それだけで、十分だった。だからこの行動に、選択に、思いに…後悔は、ない。

 

(真那…エレン、さん……)

 

 光が視界を埋め尽くす。何もかもが真っ白になり、遠退いていく。声に出したかは分からない。ただ、最後に侑理は相棒と、憧れの人の事を思い浮かべ……魔力が放つ光の中で、ゆっくりと意識は薄れていった。

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