デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第二十四話 放ってなんて

 崇宮真那は、五河士道の妹らしい。…いや、この表現は正しくない。崇宮真那という名が正しいのであれば、五河士道がその名となる前、崇宮○○の妹であり、『崇宮の姓を持っていた少年』が崇宮真那の兄となる。これは単なる言葉遊びの域を出ないが、しかし重要な事。少なくとも五河士道にとっては…五河家の人間となる以前の記憶が思い出せず、それ故に真那との記憶も、真那の兄…真那が実妹であるという実感もいまいち抱けない士道にとって、それはとても重要な事だった。

 だが、記憶はなくとも、実感はなくとも、士道は真那の事を放っておけなかった。確かに容姿が似ているというのはある。嘗て真那が見せた、〈ナイトメア〉…時崎狂三を殺し続けた事で擦り減った心を忘れる事が出来ないからというのもある。きちんと言葉に出来る理由も幾つかあるが…そういった、理路整然としたものではない、もっと上手く言葉に出来ない奥底の部分で、士道は真那という少女に感じるものが確かにあった。…だからこそ、気になったのである。そんな真那が、戦場から連れ帰ったという少女の事が。侑理・フォグウィステリアの事が。

 

 

 

 

「それでですね、やっぱり折紙さんの凄さは手段を選ばないというか、『普通』や『当たり前』に囚われないところだと思うんです。…まあ、そういうのって危うさにも直結するものですが……」

「はは…そうだな、よく知ってるよ…」

 

 侑理の語る折紙談を聞きながら、士道は思わず苦笑いを漏らす。鳶一折紙という少女の凄さ…ぶっ飛び具合については、士道も本当によく知っていた。恐らく侑理は知らないのだろうが、これまで一体どれだけ驚かされ、一体どれだけ貞操的な意味で身の危険を感じたか、分かったものではないのである。

 

(…けど、ほんとになんで、あそこまで俺を好んでくれるんだろうな……)

 

 それからふと、士道は考える。都立来禅高校の、至って普通の生徒でしかなかった(今思えば、そうとも言い切れないのだが)士道に対し、同じクラスとなった折紙は初めから妙に好意的であった。言動からはいまいち感情の読めない折紙だが、具体的には諸事情で行った告白を即受け入れてくれる位には、何故か凄まじく好かれていた。

 無論、それが嫌という訳ではない。むしろ誰が見ても、どこから見ても美少女な折紙に好かれるなど、健全な男子高校生としてはそりゃもう嬉しいのだが、精霊によって両親を失った過去を持ちながらも荒む事なく、それどころか自分と同じ苦しみを味わう人が生まれないようにとASTとして命懸けで戦う折紙の事を士道は心から尊敬している訳だが…やはり、何故好かれているのか分からないというのは、何とももやもやするものであった。

 

「…真那のお兄さん?」

「へ?あ、な、なんだ?」

「なんだ?って…うちの話、聞いてくれてなかったんですか…?」

「そ、それは…すまん……」

 

 と、うっかり思考に耽ってしまっていた士道に向けられる、侑理からのじとーっとした視線。しまった、女性と話している時に他の女性の事を考えるなんて大失態だ…と、ある事情から日々女性の気持ちを、相手に好ましく思われるようなコミュニケーションを意識するようになった結果、自然と出てきた思考でバツの悪さを抱いた士道は手を合わせて謝る。

 するとそれが良かったのか、溜め息を吐きながらもふっと侑理の表情は緩む。素直に言ってくれたからいい、と侑理は笑い、それから侑理はまた話す。

 

「それに、折紙さんといえば……って、あ」

「…侑理?」

「いや、あの…よく考えたらうち、凄い恥ずかしい事しちゃってましたね…なんていうか、すみません…」

「恥ずかしい事?一体何が……」

「だって真那のお兄さんは、折紙さんの彼氏なんですよね?」

「ぶ…ッ!?」

 

 中々彼女は饒舌だ…なんて思っていたのも束の間、思いもしない角度からの強烈な言葉に士道は咽せる。侑理さん!?ミス・フォグウィステリアさん何を!?と、それはもう仰天してしまう。

 だがよく考えてみれば、思い当たる節がない事もなかった。何せ士道は、紆余曲折の末に折紙へと告白をした際もその後も、はっきりとは否定していないのだ。否定していないというか、直後に空間震警報が発令されたせいでタイミングを逃してしまったというか、とにかく複雑な…本当に複雑な事情がある訳なのだが、きちんと否定していない以上、折紙がそのつもりでいたとしても、折紙の方に非はないのだ。

 

「…え、違うん…ですか…?」

「や、その…とても一言では言い表せないような、複雑怪奇な事情があってだな……」

「は、はぁ…」

 

 いまいち納得していない様子の侑理ではあるが、納得出来るような説明をしていないのだからそれは仕方のない事。そして納得出来るような説明を求められても困る訳で…士道は話題を変えようと、思っていた事を口にする。

 

「まあ、それはそうと…良かったよ。侑理が元気になってくれたみたいで」

「へ…?」

「うん?…っと、すまん。今のは少し馴れ馴れしかったか?」

 

 目をぱちくりとさせる侑理に、踏み込み過ぎたかと士道は少し反省する。侑理が目を覚ましてから…その場に偶々士道が居合わせてから、早数日。今日含め、士道は数度侑理に会いに来ており…会う度侑理は元気になっていった。士道には、そう見えていた。

 

「えと、そうじゃなくて…うち、元気に見えました…?」

「あ、あぁ。目を覚ましたばかりの時に比べると、緊張してる感じが薄れたというか、表情も柔らかくなってるというか…」

 

 尋ねる侑理な顔に浮かぶのは、困惑の色。理由を士道が話せば、侑理は黙り込む。考え込むように、自分の胸を内を探るように。そして沈黙の末、侑理はゆっくりと口を開く。

 

「…安心、するんです。真那のお兄さんと、話していると」

「俺と…?」

 

 返ってきたのは、思っていたのとは違う言葉。安心すると言われた士道が困惑していると、侑理もまたどこか戸惑っているような表情で続ける。

 

「うちも、どうしてなのかは分からないです。安心するっていうのも、今真那のお兄さんに元気になったって言われて、そうなのかなって振り返って、それで初めて気付いた位で……」

 

 ぽつぽつと語るように、侑理は言う。話しながら、自分の中で抱いているものを確かめているような、そんな声音で言葉を紡ぐ。

 話していると、安心する。そう言われて、嫌な気持ちになる者はそうそういない。士道としても、真那が必死に連れてきた(といっても、その時士道は〈フラクシナス〉内にはいなかったのだが)少女が、多少なりとも元気になってくれたのならばほっとする。だが、心理学に精通している訳でもなければ、カウンセラーという訳でもない士道と話す事が、目に見えて分かる程の元気に、安心に繋がるのだろうか。どうもそこが士道は気になり…それと共に、気付く。

 

「…じゃあ、侑理は…まだ自分的には、そんなに元気になれていない…って事、なんだよな…?」

「それは、その……」

 

 改めて一歩、今度は意識して踏み込んだ士道の問いに、侑理は口籠もる。…が、言い淀んだ事で、逆に士道は確信した。環境か、状況か、はたまたもっと漠然とした不安からか…その理由までは分からないものの、侑理には、元気になれていない訳があるのだと。あった上で、遠慮して言うのを躊躇ったのだろうと。

 だとしたらそれは、必要のない気遣いだ。少なくとも、士道はそう思っている。何せ訊いたのも、踏み込んだのも、士道自身なのだから。それに、理由までは分からない士道だが、一つだけ思い当たる事はある。ずっと気になっていた事がある。

 

「──真那の事、か?」

「……っ…」

 

 その瞬間、侑理は小さく肩を震わせる。俯きがちだった顔が、更に下がる。…まるで目を合わせる事から、士道の発した問いから、逃げるかのように。

 

「…なあ、侑理。真那は、侑理の……」

「あ、あのっ!うち、色々話してちょっと喉が乾いちゃったなー…なんて……」

 

 もう一歩踏み込もうとした士道を遮る、侑理の声。表情には照れ隠しのような笑みが浮かんでいて、誤魔化すように後頭部を軽く掻いていて…だが、きっとこれは嘘だ。作り笑いの、演技だ。決して鋭い方ではない士道だが…そんな士道でも一瞬で分かる程に、侑理が浮かべているのは無理をした笑みだった。辛そうな、痛ましい笑い方だった。

 

「…そうだな。悪い、侑理にばかり話をさせちまって。飲み物は何がいい?」

「えっと…な、何でもいいですっ。それと、お金……」

「気にすんな、ここには無料の自販機があるんだよ。…って、無料の自販機に取りに行くんじゃ、流石に格好が付かないな…」

「そ、そんな事は…うちこそ真那のお兄さんに行かせようとしちゃってすみません…このお礼は、いつか必ず返しますので……」

「いや重い重い、てかそんな真面目に言われたら余計に無料の自販機へ取りに行くのが恥ずかしくなるって…」

 

 侑理は部屋の外に出る事を禁じられている以上、士道が取りに行くしかないのは当然の事。それへ深く感謝されても困る訳で、士道は頬を掻きつつ医務室の出入り口へと歩き出す。

 

(やっぱり、まだ踏み込むには早い…よな)

 

 ついつい気に掛け、ついつい踏み込んでしまった士道だが、まだ侑理が目を覚ましてから数日しか経っていない。今年の四月十日…あの日以降一変した日々のせいでなんだか感覚が狂ってしまっているが、たった数日で心の奥まで踏み込もうとするのは普通ではないし、そんな事をされれば心穏やかではいられないのもまた、至って普通の事なのだ。

 それが分かっているからこそ、士道は話を変えようとした侑理の意思を汲み、一先ず深掘りしない事にした。これから先、もっと信頼を得る事で、侑理の方から話してくれるかもしれないし、案外士道が関わらない場で解決してしまうかもしれない。そんな風に士道は思い…直後に苦笑した。自分が何気なく、今後も侑理と接して信頼を得ようと思っていた事に、さも当然の様に今後も彼女と接するつもりでいた事に、思わず肩を竦めてしまうのだった。

 

 

 

 

 医務室を出た直後、士道は違和感を抱いた。何の事はない。ただ、目の前を一瞬、青い何かが揺れた気がしたのである。

 

「うん?」

 

 見間違いかと思ったが、同時にそれには見覚えもあったような気がした。そんな何かが、視界の外へと抜けていった。

 なんだろうか、と見えた方向に首を回す士道。しかし視線を向けた方向には廊下が伸びているだけで、何もない。誰もいない。…と、一度は思った士道だが、よくよく見れば廊下の一角、曲がり角から小さな肩が出ているのが見えた。

 尻尾の様に揺れた、青い何か。小柄な体格である事を思わせる方。そして今の今まで、士道がいた場所。これ等の要素から浮かび上がる人物は一人であり…士道は足音を立てないように近付くと、曲がると共に声を掛けた。

 

「見えてるぞ、真那」

「わひゃぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げ、びくりとその場から飛び退く少女。青い髪を一纏めにしたポニーテールを大いに揺らす、士道の実妹…らしい真那。

 

「あ、き、奇遇でいやがりますね兄様!こんなところでばったり出会すなんて、やっぱり兄妹は惹かれ合うものみてーですねっ!」

「…………」

 

 あたふたと偶然を主張する真那だが、流石に怪し過ぎる。目は泳ぎ、喋りも早口になっている今の真那は、挙動不審が過ぎるというもの。そんな真那を士道が半眼でじーっと見つめれば、真那は追い詰められたようにうっ…と呻き…がっくりと肩を落とす。

 

「…えぇ、はい…兄様が思っている通り、今のは嘘でいやがります…本当は偶然なんかじゃねーです…」

「だろうな…けど、流石にちょっと速過ぎないか?医務室の前からここまでは、一歩や二歩の距離じゃないぞ?」

「いやぁ、慌てたあまり思わず随意領域(テリトリー)を展開しちまったもので…」

「おいおい……」

 

 なんて無駄な使い方を…と士道が呆れると、真那も自嘲するように軽く笑う。

 ともかくこれで、一瞬見えた何かの正体は判明した。別に慌てる必要はないだろうと思う反面、いきなり扉が開いたのだとしたら、外にいた真那が驚くのも無理はない事。

 

「と、とにかく失礼しやがりました。私の行動で兄様を驚かせてしまったなら、それは申し訳なかったです」

「いや、それは別に良いんだけどな。そこまで驚いた訳でもないし」

「それなら私は、この辺で……」

 

 くるりと背を向け、歩き出す真那。それを見送ろうと思った士道。だが、すぐに気付く。真那が行こうとしているのは、医務室のある方向ではない。

 

「…真那?」

「な、なんでいやがりますか?」

「何って…侑理に会いに来たんじゃないのか?」

 

 妙な事を…と何の気なしに返した士道だったが、次の瞬間、真那は微かに肩を震わせる。ゆっくり振り向く真那…その表情は、固い。

 

「…あー…っと、それは…に、兄様はさっきまで、侑理と話していやがったんですよね…?」

「それは、そうだけど…」

「な、なら侑理は話し疲れてるかもしれねーですし、今回は日を改める事にします。何せ侑理はまだ安静にしていなきゃいけねー筈ですし」

「……まぁ、真那がそう言うなら、俺は止めないが…」

 

 再び感じる不自然さ。言葉単体は、そうおかしくもない。されど真那の「会いに来たけどやっぱり止めておく」というスタンスは、医務室とは別の方向へ行こうとしていた事と合致しない。

 とはいえ、常に合理的で、常に一貫した言動を出来る訳ではないのが人というもの。真那自身が日を改めるつもりなら、それは士道がどうこう言う事ではない。そう思い、士道は真那を見送ろうとする。真那もそのまま、歩いていこうとし……足を、止める。

 

「……侑理は…」

「ん?」

「侑理は、私の事…何か、言っていやがりましたか…?」

「真那の事…目覚めて、一先ず状況を理解したところで、真那が無事かどうかは訊いてきたな。…けど…それ以降、侑理の方から真那の話をしてきたり、何か訊いてきたりする事はなかった…と、思う」

 

 再び振り返りながら尋ねる真那に、士道は答える。…それは、士道も気になっていた事。目覚めた直後は士道を真那と勘違いし、これ以上ない程動揺していた…それ程までに真那の事を気にしていた様子の侑理が、無事か訊いて以降何も言わなくなった、それどころか先程の様に話題にするのを避けるようになった事が、ずっと士道は引っ掛かっていた。

 そして、士道からの言葉を聞いた真那は黙り込む。一瞬、前髪で真那の目元が見えなくなり…それから真那は、力無く笑う。

 

「…まぁ、そうですよね…そりゃ、そうってもんです」

「それは……」

「いいんです。侑理を勝手に連れてきたのは、真那ですから。侑理がどうしたいかも聞かず、気絶した侑理を一方的に連れてきたのが、真那でいやがりますから」

 

 ゆっくりと真那は首を横に振る。大人びた…どこか物悲しい面持ちで、仕方のない事だとばかりに言う。…されど、そんな事で士道は納得出来ない。浮かぶ様子から、嘗ての事を…嘗て真那が見せた、あまりにも痛々しい表情を思い出してしまった今、もう真那の事を放っておけない。

 

「…なぁ、真那。侑理は真那にとって、ただの元同僚なんかじゃないんだろ?だから、侑理をそのままにしておく事は出来なかった…そうなんだろ?」

「…そうでいやがります。私がDEMでやってこれたのは、侑理がいたから…いてくれたからです」

「そっか。…多分それは、侑理も同じだと思う。じゃなきゃ、目覚めてすぐに、真っ先に真那の事を訊いたりはしねぇよ」

 

 真っ先に訊くのは、それだけ相手の事を思っているからだ。何よりもまず、相手の事が思い浮かぶからだ。…だから、そんな悲しそうな、侘しそうな顔をする必要はないと、士道は言おうとした。そう思った。しかしそれより先に、真那は小さく頷く。頷いた上で、言葉を返す。

 

「もしそうなら…嬉しいってもんです。少しだけ、ほっとしやがります」

「なら……」

「けど、合わせる顔がねーんですよ…情けねー話でいやがりますが、私は…どんな顔をして、侑理に会えばいいか分からなくて……」

 

 会いたくないのではなく、どんな顔で会えばいいか分からない。それが、真那の語る理由。割とさっぱりした性格をしている…といっても、なんだかんだで実はまだそんなにじっくり話す機会がなかった士道的に、確信まではないが…真那らしからぬ、うじうじとした心の思い。

 

「…知っての通り、私は〈ナイトメア〉にやられてから、長い間眠っていやがりました。その後、目覚めてからは…まぁ、色々あって〈ラタトスク〉に身を寄せるようになって、今回の件に至る訳ですが…やられて以降は、一度も侑理に連絡していなかったんです。していなかったというか、出来ねーでいたというか……」

「…連絡出来なかったのは、仕方のない事じゃないのか?意識がなかったなら、出来る訳がないし…俺も詳しくは知らないが、下手に連絡をしたら電波を探知されて、そこからDEMに〈ラタトスク〉…っていうか、〈フラクシナス〉の事がバレる可能性もあったんだろ?」

「だとしても、連絡が出来なかった…侑理からすれば、急に連絡が途絶えた事には変わりねーです。何の前触れもなく音信不通になって、久し振りに会えたと思ったらDEMを抜けてて、しかも敵として立ちはだかった…侑理からすれば、私のしている事は無茶苦茶でいやがります。その上で勝手に〈ラタトスク〉に連れてきて、仕方ねー事とはいえ結果今の侑理は軟禁状態にある訳でいやがりますから、本当に合わせる顔がねーというか…勿論、連れてこなければ良かったなんて思っちゃいねーです。いねーですけど……」

 

 仕方ないでは割り切れない。そう語る真那の思いは、士道にも理解出来た。士道自身、実の親の事は分からない。当然連絡する術などなく、士道の過去は世間一般で言う『酷い』に値するようなもの。もし今親が現れたとしたら、再会出来たとしたら…たとえどんな理由、どんな経緯があろうとも、「仕方ない」の一言では済ませられない…士道に親を恨む気持ちはないが、それでも会った瞬間は色んな感情が込み上げてくる…と、士道は思う。

 そしてきっと、それは残された者だけが思う事ではない。残していった側も、相手を思っているのであれば、罪悪感や申し訳なさで会う事を躊躇ってしまうのも決して無理のない事だと、士道は納得をした。良し悪しは別として、これは責められるようなものではないと。

 

「…とはいえ、連れてきておいて会わないままっていうのも無責任でいやがります、それは重々承知しています。だからその、今日はまだ心の準備が出来てねーですけど、また今度ちゃんと…ちゃんと会いてーと、思います」

「…会えそうか?」

「それは勿論。兄様の妹として、これ以上の恥を晒すような真似はしねーですよ」

「そ、そうか。…この話、侑理には……」

「…黙っておいて、くれねーですか…?それと出来れば、これからも侑理に会ってあげてくれると、助かります」

「あぁ、それ位お安い御用だ」

 

 言われるまでもなく、士道はそうするつもりだった。むしろ断る理由がなかった。その旨を士道は伝え、頷いて返せば、真那もまた一安心したような表情を浮かべる。

 真那の事だ、きっとずるずる後回しにしたりはせず、ちゃんと侑理に会うだろう。この時の士道は、そう思っていた。……だが。

 

「ありがとうございます、兄様。ふふ、兄様が会ってくれるってなら、何も心配はねーですね。これで真那も安心して…安心、して……」

 

 小さく笑う真那の様子は、一見いつも通り。ハキハキとした、真那らしい雰囲気。…されど、次第に真那の声が小さくなっていく。士道を見上げていた顔が下がっていき…小さく肩が、震え始める。そして……

 

「……そうじゃ、ねーんです…」

「…真那……?」

「本当は…そうじゃ、ねーんです……」

 

 ぽつりと真那の零した声。これまで士道が聞いた事もない、弱々しい声。戸惑う士道の前で、真那は言う。言葉を、思いを、零し始める。

 

「眠っていた間は、本当にどうしようもなかったです。目覚めてからも、直後は連絡どころじゃなかったんです。けど、だけど、それから後は、連絡するチャンスは、出来る機会は、あった筈でいやがります。兄様の言う通り、もしもの事は私も考えましたが…本当にその危険があるかどうか、確かめちゃいねーんです。仮にその危険があったとしても、それを無視して連絡する事も、私には出来た筈なんです…」

「い、いやそれは、それをしなかったからって真那が悪い事は……」

「分かっていやがります、〈ラタトスク〉に…私の身を案じてくれてる人達への恩に仇で返す事が、良い行いな訳がねーんです。でも…そういう事じゃ、ねーんです…!私は、連絡出来なかった訳じゃないのに、しなかった…!可能性はあったのに、試す事も、方法を考える事も、何一つとしてしてこなかった…!だって──怖かったから…!連絡して、今は〈ラタトスク〉にいる事を伝えて、DEMにはもう戻らないって言って……それで侑理に否定される事が、見放される事が、怖かったんです…!」

 

 怖かった。そう語る真那の姿は、ただの少女だった。士道の目に映るのは、超人的な力を振るい、躊躇いなく精霊を屠り、魔術師(ウィザード)としての面を抜きにしても見た目相応以上の精神性を思わせる普段の真那とはかけ離れた…どこにでもいるような、普通の女の子。

 

「…俺が、侑理の事を語るなって話かもしれねぇ。けど、多分侑理はそんな……」

「えぇそうです、侑理は頭ごなしに否定したり、見放したりするような人間じゃねーです!それは私自身が、一番知っています!だけどそれでも、それでも怖ぇーんです…!好きなようにしていた私と違って、侑理はDEMでちゃんと、人付き合いをしていやがりました…!私以上に、侑理にとってDEMは、自分の居場所で、仲間な筈です…!そんな侑理が、簡単に心変わりしてくれるだなんて思えねーんですよ…!それなのに、私は連れてきちまいました…!まだ最後まで話していなかったのに、答えを聞いていなかったのに、私の自分勝手な思いで、侑理を引き摺り込んじまったんですよ…っ!」

 

 強く強く握り締められた、真那の両手。吐き出すような、真那の言葉。…伝わってくる。真那の不安が、恐れが。士道の心に、真那の思いが響いてくる。

 

「もし侑理がDEMに残る事を選ぶなら、それを尊重するべきだとも頭では思ってやがりました…!だけどやっぱり、無理だった…!侑理を放っておく事も、このまま別の道を行く事も、耐えられなかった…!私は、真那は…侑理と離れたくなんてなかったから…!ずっと一緒にいたんです、侑理はずっと一緒にいてくれやがったんです…!ちょっと鬱陶しい時もあったり、危なっかしかったりもしやがりますが、侑理は私の相棒で──大事な親友、なんです…っ!そんな侑理と、やっと再会出来たのに、真那もまた一緒に過ごすのが楽しみだったのに、なのにこんな…こんな事って……ッ!」

「真那……」

「兄様…真那は、どうしたらいいんでしょう…?このままじゃ良くねーって事は、それは身勝手だって事は、重々承知です…だけど、踏み出せねーんです…もし侑理に拒絶されたら…会いたくないって、嫌いだって言われたら、真那は…真那は……っ!」

 

 士道を見上げる、縋るような真那の瞳。言う通りの事となったら、本当に心が潰れてしまいそうな崇宮真那。そんな真那の姿で、士道は理解する。それだけ真那にとって、侑理の存在は大きいのだと。本当に侑理は、DEMの魔術師(ウィザード)であった真那にとっての心の支えであり、心から信頼する友だったのだと。

 どうしたらいい。そう真那は言った。どうしようもない程の不安、恐怖の中で、真那が助けを求めたのは士道だった。…ならば答えは決まっている。士道の答えは、ただ一つ。

 

「──大丈夫だ。任せろ、真那」

「ぁ……」

 

 手を伸ばす。右手で真那の頭に触れ、ゆっくりと撫でる。真那が目を見開く中で、士道よりも小さい、士道よりも幼い姿をした真那を、安心させるように優しく撫でる。

 

「…任せろ、って…そ、そんな訳には、いかねーです…!これは真那の問題で、真那の責任で、それで兄様に迷惑を掛けるなんて事は……」

「迷惑?何言ってんだ真那。俺はお前の…兄ちゃんだろうが!」

「……──っ!」

 

 迷惑なんて。そう言って首を横に振ろうとする真那へ、はっきりと言い切る。自分は兄だ、だから迷惑なんかじゃないと、自分を兄と呼ぶ真那へと言ってみせる。…あぁ、そうだ。これは譲れない。この役目は…譲る訳には、いかない。

 

「確かに俺に出来る事なんてたかが知れてるさ、任せろなんて言ったが上手くやれる保証なんてどこにもねぇ。だけど何とかするさ、してみせるさ。だって俺は、真那の兄貴だからな。もし知らないようなら教えてやる。お兄ちゃんっていうのはな…妹の為なら、どんなに大変で困難な事でも、何とかしてやりたくなるものなんだよ」

「兄、様……」

「だから、任せとけ。真那の事は放っておけないし…そんな真那が気に掛ける侑理の事だって、もう放ってなんておけないんだよ。…真那と侑理の事は、絶対何とかしてやる。笑い合えるようにしてみせる。…兄ちゃんの事、信じてくれるか?」

「…兄様…ぁ、くぁ…兄様、兄様ぁぁぁぁ……っ!」

 

 撫でる手の下で、見つめる士道の目の前で、張り詰めていた真那の表情が歪む。じわり、と琥珀色をした瞳に涙が浮かび…士道の胸に、飛び込んでくる。

 押し付ける顔。背中へと回された手。涙を流し、嗚咽を漏らし、縋り付く真那を士道は受け止める。優しく抱いて、背中をさする。…そうして、感じる。華奢な真那の体躯を、強く抱き締めれば折れてしまいそうな…そんな少女が、これまで必死に戦い、今の今まで辛い思いを抱え込んでいたのだと。そんな真那を…妹を、守りたいと。

 

(ああ、そうだ。俺は真那の…兄なんだ)

 

 そして士道は確信した。記憶はない。容姿が似ている点を除けば、真那の見せてくれたロケットの写真以外、兄妹である事を示す要素を士道は知らない。それでも真那は士道の妹で、自分は真那の兄なんだと。誰がなんと言おうと、家族なんだと。

 数分か、それよりもっと長いかは分からない。真那が涙を、抱えていたものを零す中、士道は何も言わずに受け止め続けた。真那と二人、そうしてい続けた。

 

「はぁ…はぁ…もう、大丈夫でいやがります…恥ずかしいところを、見せちまいましたね……」

「そんな事ねぇよ。今の真那に恥ずかしい事なんて、一つもない」

「…兄様…兄様は私の事を、惚れさせる気でいやがりますか…?」

「あ、いや、そんな事は……」

 

 ゆっくりと顔を離し、気恥ずかしそうな顔をする真那へ、思わず…というか自然に言ってしまった言葉。何故そんな言葉選びを…と半眼を向ける真那に、慌てて士道は弁明しようとし…しかしそれよりも早く、真那は頬を緩める。今のは冗談だったのか、これも真那を気遣っての言葉だと思ってくれたのか、真那は笑う。泣き濡らした目元は赤く、いつもの凛々しさは微塵もない…だがそれでも晴れやかな、真那らしい雰囲気で微笑む。

 

「…本当に、任せちまってもいいんです…よね?」

「おう、任せろ。真那には助けられた事もあるし、気兼ねなく頼ってくれ」

「そういう事なら、大船に乗ったつもりで任せます。…あ、それと…さっきの答えも、返さねーとですね」

 

 さっきの?…と士道が首を傾げると、真那は小さく肩を竦める。そして士道の事をじっと見つめ…言う。

 

「…勿論でいやがります。そんなの、勿論信じるに…信じてるに、決まってます…!だって兄様は…私の、兄様ですから…っ!」

 

 今一度、真那が見せる、見せてくれる笑顔。満面の、妹の笑み。…この笑顔は、裏切らない。この笑顔を、失いたくない。だから必ず、何とかしよう。この手で絶対に、何とかしてみせる。…真那が見せてくれる笑みに、愛しさすら感じるその笑顔に、士道は心の中で固く誓った。

 

 

 

 

 

 

……因みにその後、決意と共に侑理のいる医務室へと戻った士道。だがその時にはもう、すっかり飲み物を取りに出た事を忘れており……なら一体何をしてきたのか、というか何故服の胸元が濡れているのかと、侑理から凄まじく怪訝そうな目で見られてしまうのであった。

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