デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第二十五話 その手はやはり

 真那の事を真っ先に気に掛けながらも、真那の話題を避ける侑理と、侑理に拒絶されるもしもを恐れ、大切な繋がりだからこそ踏み込めない真那…二人の事を、士道は放っておけなかった。何とかしたいと思い、何とかすると決めてみせた。真那の兄として、全力を尽くそうと思った。

 その心に、偽りはない。後悔もなく、何とかしたいという思いも変わりはしない。しないのだが……。

 

「…で、具体的なプランが浮かばず、かといって撤回する事も出来ず、見切り発車でにっちもさっちもいかなくなった挙句、実妹の件で助けてほしいと、『義妹』に泣き付いてきたって訳ね、うちのアホ兄は」

 

 その日の夜、自宅。士道はリビングで正座をしていた。正座をさせられていた。五河家の長女であり、士道にとっては妹でもある、五河琴里の目の前で。

 

「返す言葉もございません…」

「ふん、士道には困ったものね。勝手な行動はいつもの事だけど、今回は別に有事じゃないのに、落ち着いて連絡する事も普通に出来た筈なのに、厄介事を自分から背負って『義妹』の私に持ってくるなんて」

「いや、うん…ほんと、マジですまん…駄目な兄だなって事は、流石に自覚してる…」

「え、今更?」

「うぐっ……」

 

 刃の様に鋭利な言の葉が、士道の心に突き刺さる。正座する士道とは対照的に、ソファに座った琴里は士道を見下ろしながら、悠々とその脚を組み直す。その際、目線の高さ的に士道には琴里のスカートの中が見えていた訳だが、妹様がそれを気にする様子はなかった。

 左右で二つに結えられた真紅の髪と、同じく赤い、どんぐりの様に丸っこい瞳。まだ幼さの残る…しかし今は苛烈さを、威風すらも感じさせる、堂々たる容姿。今日も今日とて士道の妹、琴里の言葉の切れ味は抜群であり…髪を結ぶ黒のリボンを見て、何とも言えない気持ちになった。

 

「…というか、さっきからやけに『義妹』を強調している気がするんだが……」

「それが何?」

「何って言われたら…その、やっぱ不満…か…?」

「…別に」

 

 おずおずと士道が尋ねると、琴里はぷいっとそっぽを向く。…それはつまり、そういう事。

 士道と琴里に、血の繋がりはない。五河家に引き取られた士道にとって、琴里は義理の妹。そして士道が真那と初めて会った…或いは再会した際、実妹である真那と義妹である琴里とで、一触即発(?)の雰囲気となったのである。その時琴里は義妹である事に引け目を感じていた訳ではなく、むしろ義妹である事に誇りを持っているかのような様子を見せていたのだが…だからこそ、不満を抱いたのかもしれない。士道が経緯を話した事で。実妹である、真那の為に何とかしたいという思いを伝えた事で。

 

「…けど、確かにそうだよな」

「…士道?」

「この件は事情が事情だから何も知らない相手に相談する訳にはいかないし、俺の個人的な行動だから、〈フラクシナス〉の人達を巻き込む訳にもいかないし、精霊の皆も検査で疲れてるだろうから…って事で、頼れるとしたら琴里だけだと思ったんだが、琴里の言う通り、ここで頼るのは勝手が過ぎると思ったんだ。ってか、琴里は今回の件に限らずいつも大変なんだから、そんな琴里の負担を更に増やすなんて、兄貴としても間違ってる。だからこの件は、俺がきちんと自分で……」

「ちょ、ちょっと待ってよ。…手伝わないとは、言ってないでしょ…」

 

 遠慮皆無な琴里の言いようではあったが、その内容は至極正論。加えてばっさりと返された事で、逆に自分が何気なく琴里を、妹を頼りにしようと思っていた事に気付いた士道は、自分の力で何とかしようと思い直し、その旨を琴里に伝えようとした。しかしそれに、他でもない琴里が待ったをかける。そうではないと、言葉を返す。

 

「…手伝って、くれるのか?けど、琴里だって休める時は休みたいんじゃ……」

「そう思うならなんでまずこの話を切り出したのよ…。…単に、真那を〈ラタトスク〉で保護出来るよう手を回したのも、彼女…侑理・フォグウィステリアを〈フラクシナス〉へ入れる事への許可を出したのも私だから、私には二人に対する責任があると思っただけ。…それに、妹の為に大変な事でもやってのけるのが兄だって言うなら、おにーちゃんが困ってる時は助けるのが妹ってものだし……」

「…そっか。ありがとな、琴里。いつも俺の事、助けてくれて」

「…ん」

 

 再びそっぽを向く琴里。そんな琴里の頭を、士道は膝立ちになって軽く撫でる。四月のある日を堺に、妹の思わぬ一面を知る事となった士道ではあるが、慣れてくるとこれはこれで可愛いものだ、とほんのり頬を赤くする琴里を見て、この時士道は思うのだった。

 

「…で、なんだが…琴里。二人の仲を取り持つ為には、どうしたら良いと思う?」

「どう、って…まさかとは思うけど、何も思い付いてない訳じゃないわよね?」

「そ、そこまで酷かねぇよ…。…いきなり結論の話だが、結局のところこれは二人で話し合う…っていうか、思ってる事を伝え合うのが一番だろうし、それさえ出来れば円満に解決出来るんじゃねぇかな、とは思ってる」

「確かにそうね。真那が侑理の事を思ってるのは間違いないし、侑理の方も真っ先に真那の心配をした訳でしょ?…身も蓋もない話だけど、士道が伝言役になるだけでも、一応の解決はすると思うわ。…士道がそれで納得するかどうかは別としてね」

 

 直接会うのが躊躇われるなら、自分から話せないなら、士道が間に入ればいい。確かにそれも一つの手で、恐らく最も簡単な方法で…されど士道は、首を横に振る。

 

「多分、それじゃ駄目だ。真那は勿論、侑理もきっと真那の事を思ってる。それなのに、俺が間に入る形で何とかしたんじゃ、仮に表面上は丸く収まっても、きっと本当の意味での『元通り』にはならない。自分達で、自分達の言葉で伝え合わなきゃ、心の奥底の部分が途切れたままになっちまう…そんな気がする」

「同感よ。士道の方から何とかするって言ったとはいえ、士道へ丸投げの形になるんじゃ、二人としても心にしこりが残ると思うわ」

 

 なら、これは無しだと頷き合う。しかしそもそもこの件は、お互い直接話す、踏み込む事が出来ないからこそ始まったようなもの。となればやはり、主題はどうやって躊躇いを消すかであり…士道がうぅむと考え込む中、琴里は脇に置いておいたホルダー、そこに刺してあったチュッパチャップス(何を隠そう、琴里の大好物である)を一つ取り出すと、包みを開けて口に咥える。そうして棒をぴこぴこと動かす。

 

「確認だけど、侑理は士道に心を開いてくれている…士道的にはそう感じられたのよね?」

「あ、あぁ。…けどこれを肯定するのは、なんか自意識過剰みたいで抵抗感があるな……」

「そんな抵抗感は捨てなさい。必要なのは正確な情報、当たり障りのない回答じゃないわ」

「…だよな、すまん。心を開いてくれている、って言えばいいのかは分からないが、俺と話していると安心するとは言っていた。それは、間違いない」

「目覚めてから数日でそんな事言われるなんて、士道も隅には置かないわね。もしかして、モテ期?」

「あのなぁ……」

 

 正確な情報を求めておいてそれか、と士道は半眼を向けるが、わざとらしく口角を上げていた琴里はどこ吹く風。しかし流石に重ねてふざけるつもりはないようで、こほんと一つ咳払い。

 

「だとすれば、士道からの働きかけは一定の効果がある筈。けど真那の話題を避けてるって事は、まだ何でも話せるとまでは思われていない…或いは、気を許してはいるけど遠慮もしてる、ってところかしら」

「どっちもじゃないか?特に何でも話せる…なんて、流石に早過ぎるだろ。てか、安心するっていうのも、俺が真那の兄だから…ってのが大きいだろうし」

「それはどうかしらね。けど、そうなると……」

 

 肩を竦めた琴里は、腕を組んで考え出す。そんな琴里は、現在まだ中学二年生。にも関わらずこの大人びた態度と思慮深さ、そして何より〈フラクシナス〉にて指令を務めているのだから、全く凄い、いや凄まじいものだと士道は改めて感心する。

 

「…うん、やっぱり一番のネックは、侑理の人となりを私達がまだよく知らない事ね。ちょっと手伝う程度ならともかく、よく知らない相手の仲を主体的に取り持とうなんて愚の骨頂だわ」

「と、なると…もっと侑理と話した方がいいか?」

「駄目じゃないけど、変わり映えのない状況で話していたって効率は良くないわ。それに、ただ知るだけじゃ足りないわ。折角向こうは士道を悪しからず思ってくれてるんだから、ここはもっと心を開いてもらって、信用してもらわなくちゃ。…忘れた?彼女はDEMの魔術師(ウィザード)なのよ?」

 

 ふっ、と視線を鋭くした琴里の言葉で、士道もその事実を、侑理が誰なのかを思い出す。無論、忘れていた訳ではない。だが、敵意を一切感じない事と、真那が親友とまで呼ぶ相手である事から、無意識の内に士道は警戒する事を忘れていた。それが結果的に、侑理が心を開いてくれている一因となったのかもしれないが、警戒を解いて接する事と、警戒する事自体を忘れているのとでは、まるで違う。

 

「…思ってた以上に、難しい話になりそうだな。だからって、降りるつもりはないけどさ」

「何弱気になってるのよ。確かに簡単な話じゃないけど…要は彼女の事をもっと知って、元気付けて、後は真那が踏み出すだけって状況を作れば良いだけの事よ。そこまでお膳立てすれば、真那が尻込みなんてする訳がないんだから」

「いや、だからその状況を作るのが楽じゃないだろ?侑理がDEMの魔術師(ウィザード)である以上、普通の女の子って訳でもないんだし…」

「そうね、だけどその方が好都合じゃない。相手は普通の女の子じゃない…となればもう、士道の十八番の出番でしょ?」

「…それって、まさか……」

 

 軽い調子で言う琴里が、口元に浮かべたのは悪い笑み。途端に湧き上がるのは、嫌な予感。そして琴里はぴっ、とチュッパチャップスを士道へと向け、自信に満ちた表情で言った。

 

「侑理に見せてあげようじゃない。これまで何人もの精霊と、デートしてデレさせてきた、士道の実力を…ね」

 

 

 

 

 それは、唐突な誘いだった。明日、出掛けてみないか?…侑理に対し、ある日士道はそう言った。当然侑理は驚いた。誘いの内容もさる事ながら、DEMの人間である自分が外に出られるなどとは、微塵も思っていなかったから。

 しかし、他の誰かならともかく、士道が嘘を吐くとは思えない。既にそう思う位には、侑理は士道という人間に信用を抱き始めており、少考の後士道の提案に頷いた。DEMの魔術師(ウィザード)たる自分が尋問…ひいては拷問をされないだけでもありがたいと初めは思っていた侑理だったが、やはり毎日同じ部屋で、食事と誰かが来てくれる時以外は味気のない時間を過ごすというのは、精神的に辛いものがあったのである。

 だからこそ、侑理は士道と出掛ける事にした。…一体何故、自分にこんな誘いをしたのだろうかという、疑問と僅かな不安も抱きながら。

 

「これでよし、と。…似合ってる…の、かな…?」

 

 出掛ける前、士道に案内されてシャワールームへと立ち入った侑理は、久し振りにシャワーを浴びる事が出来た。久し振り、という言葉が指す期間は人によって異なる…というのはさておき、この〈フラクシナス〉で目覚めて以降タオルで身体を拭く事は出来ても、入浴する事は出来なかった侑理にとって、久し振りのシャワーはそれはもう気持ちが良かった。

 とはいえ士道を待たせている以上、いつまでも浴びている訳にはいかない。その意識の下手早く済ませた侑理は、用意してもらった衣類に着替え、姿見の前で自身の格好を確認する。

 

「えと…お待たせ、しました」

「おう。…あー、その…サイズは大丈夫だったか?」

「あ、はい。…胸元は、普段着てる服よりちょっとだけ余裕がない気がしますけど…キツいとか苦しいとかって程じゃないので、全然大丈夫です!」

「そ、そうか。…今日の夕飯はリクエストを聞いてやろうかな……」

「……?」

 

 問題ないと侑理が返せば、士道は何やら小声で呟く。一体何の事だかさっぱり分からない侑理は首を傾げ…だが取り敢えず置いておく事にする。それよりも先に、気になっていた事を士道へと問う。

 

「…ところで真那のお兄さん、この服…まさか真那のお兄さんの私物……」

「いや違うぞ!?それは俺のじゃなくて、俺の妹…あ、真那とは別にもう一人義妹がいて、その義妹の服なんだが…とにかく俺の私物とかではないから安心してくれ」

「そう、なんですか…真那とは別の、妹……」

 

 まさかの可能性が否定された事でほっとする侑理。しかし真那の名前が出てきた事で、ちくりと心が痛む。もう目覚めてから何日も経っているが、未だ真那とは会えておらず、自分も切り出せていない現状に、もやもやしたものが心に渦巻く。

 

「…侑理?」

「え?ぁ…す、すみません…ちょっと、考え事をしてて……」

「…そっか。まあ、取り敢えず外に出ようぜ?」

 

 数瞬士道は侑理を見つめ、何か察したような顔をし…だが何も訊く事なく、行こうと言う。

 もしかして、気を遣わせてしまったのだろうか。そう思い、再び謝罪の言葉が喉元まで上がってくるも、侑理はそれを寸前で堪える。ここで謝れば更に気を遣わせてしまうだろうと思い直し、士道と並んで廊下を歩く。そして少しの間歩いたところで…士道は、足を止める。

 

「っと、そうだ。外に出る許可は取ったんだが、〈フラクシナス〉の事をまだ把握される訳にはいかないって事でさ。外に出る時は、ちょっと目を瞑っていてほしいんだけど…いいか?」

「それは…ですよね。分かりました」

 

 当然の事だ、と侑理は納得し、目を閉じる。…何かされるのでは?とは思わなかった。何かする気ならとっくにしているだろうし、士道が言う事は何となく信じられる…そんな思いで、侑理は士道からの言葉に従う。

 

「…手、触るぞ」

「は、はい」

 

 目を瞑り、暗闇だけが広がる中、士道の声が聞こえてくる。それに答えた直後、手に触れるのは温かな感覚。

 見えずとも、状況と感触で分かる。今、侑理の手に触れ、握っているのは…士道の手。

 

(…大きいな…これが、男の人の…真那のお兄さんの、手……)

 

 その手に引かれ、目を閉じたまま廊下を進む。真那よりも大きく、しっかりとした…けれど同じように温かい、士道の手に引かれて。

 視界が効かないまま歩くというのは、怖いもの。されど、不思議と侑理は怖さを感じなかった。むしろ、士道と話している時に抱く安心感…それを、より強く感じられた。

 

「…あ」

「うん?どうかしたか?」

「その…もしかしたらうち、男の人に手を握ってもらうの…初めてかも、しれないです」

「そ、そっか。…ごめんな、初めてがこんな形で」

「そんな、謝る事なんて──うぇ…?」

 

 小さい頃、もっと幼い頃はあったかもしれないが、少なくとも今すぐ思い出せる範囲においては、これが初めて。士道が初めて。その事に、侑理は自分でもよく分からない感覚を抱き…その直後、浮遊感が全身を包む。

 

「…もう目を開けてもいいぞ、侑理」

 

 約数秒(といっても、目を瞑っている状態では時間の感覚も少々ズレるものだが)後、士道からの呼び掛けで侑理が目を開ければ、そこは街の中だった。どこかの路地裏だった。ついさっきまで〈フラクシナス〉という艦にいた筈、にも関わらず今は外にいるという状況に対し、当然侑理は驚き…しかしすぐに、ある可能性が思い浮かぶ。

 

(そういえば、確か〈ラタトスク〉の戦力には……)

 

 脳裏に浮かんだのは、新型顕現装置(リアライザ)によって実現した新たな兵器、空中艦を運用していたDEMの部隊が、〈ラタトスク〉の戦力と…同じ空中艦と交戦したという記録。街中に艦船が入り込めるような場所などある筈がなく、潮の匂いもしない以上、海が近いという事もない筈。という事は、やはり…。……と、そこまで考えたところで、侑理は思考を打ち切った。気にはなるが、今は考えても仕方のない事。その判断の下思考を打ち切り、軽く見回して深呼吸。

 

「すぅ、はぁ…はふぅ、久し振りの外の空気は……普通だなぁ…」

「もっと空気の澄んだ所の方が良かったか?…っていうか、驚かないんだな」

「何となく、理解出来ましたから。…それで、えっと…お出掛けっていっても、具体的には何を……」

「取り敢えずは、服屋だな。侑理も借り物の服だと、ちょっと居心地が悪いだろ?」

 

 確かにそれはその通り。サイズ的なキツさはあまりないが、借り物の私服でお出掛けというのは、気分的に微妙なところ。だから侑理は頷こうとし…されど踏み留まる。

 

「…その、うち…今はちょっと、持ち合わせが……」

「大丈夫だ、一人分の服代位は俺にも出せる」

「い、いや駄目ですよそんなの!服を貸してもらっただけでもありがたいのに、その上別の服代まで払わせるなんて流石に…!」

 

 肩を竦める士道に、侑理はぶんぶんと首を横に振る。しかし士道も、払うという姿勢を崩さない。ならば一度借りているマンションに…とも思った侑理だが、DEM名義のマンションに行かせてくれるとは思えないし、そもそも今も借りた状態のままになっているかどうか自体が全くの不明。これならば出撃前、ワイヤリングスーツを来た時点で財布も入れておくべきだった、と侑理は今更な後悔をし、肩を落とす。

 

「まぁ、遠慮する気持ちも分かるよ。けどこれはそもそも俺が誘って、俺が連れ出した外出なんだ。だったら必要経費は俺持ちになるのも当然の事だろ?」

「や、けど、それならうちはこの服で我慢すればいいだけで…あぁいや、この服に不満があるって意味じゃないですよ…?…っていうか、あれ…?このまま借りてるのも、それはそれで真那のお兄さんの妹さんにも悪いんじゃ……?」

「おーい、落ち着け侑理。…じゃあさ、ここは一つ貸しって事にしてくれないか?この場は俺が払う代わりに、今度何かあれば侑理の事を当てにする。それじゃ駄目か?」

 

 買えば士道の負担になる。されど買わねば借り物をより長い時間着る事になる。その板挟みで侑理が頭を悩ませていると、士道は苦笑し、『貸し』ならばどうだと侑理に言った。買ってもらうのではなく、あくまで貸し。後々借りを返すという条件付きめの提案。それを受けた侑理は黙り…そして、頷く。

 

「…そういう、事なら…」

「よし、じゃあ決まりだな」

「…ごめんなさい。結局、気を使わせちゃってますね…」

「気にすんな、これ位何ともない…というか、むしろ嬉しい位だよ。…うん、こうやってただ普通に話せる事が、どれだけありがたい事か……」

「…ま、真那のお兄さん……?」

 

 何やら遠い目をする士道だったが、困惑する侑理の声で彼の表情は元に戻る。…今の侑理には知る由もないが、士道もきっと何かで苦労しているのだろう。きっとそうなのだろう。

 

「んじゃ、改めて行くとしようぜ」

「そう、ですね。よ、宜しくお願いします」

「おう。…あー、それと……」

「……?」

「手、このまま繋いでた方がいいか…?」

「へ…?…あ、ご、ごめんなさいっ!」

 

 少しばかり照れた顔で言う士道。完全に忘れていた、繋いだままだった手。気付いた侑理は顔がかぁっと熱くなるのを感じながら、慌てて離す。手からは士道の温かさが消え…しかし恥ずかしさで、これまでよりもむしろ熱い位な侑理だった。

 そんなこんなで始まる、士道とのお出掛け。まずは服屋という事で、路地裏を出て…目に入ってきたのは、何となく見覚えのある景色。

 

「…あれ?ここって…天宮市、ですか?」

「あ、分かるんだな」

「はい。日本に来てからは、市内の色んな場所を回ったので…」

「そっか、なら今日は天宮市の案内…っていっても、一日で回れる範囲なんて極一部だが…をしようと思ってたんだが、それなら必要なさそうか?」

「そんな、うちはまだ天宮市初心者ですし、ここは是非とも真那のお兄さんの案内を…」

「天宮市初心者って…なんかこう、微妙な言葉選びだな……」

 

 是非是非、と侑理が下手に出れば、士道は苦笑。今のは侑理としても半ば冗談として言った為、苦笑とはいえ笑ってもらえて何だかちょっと嬉しくなる。

 

(…に、しても…こうやって見ると、どこかで見た事あるような……)

 

 横並びで街を歩く侑理と士道だが、自然に車道側を歩いてくれる士道だったが、やはり背丈の差がある分、ふとした時に侑理は士道の斜め後ろの位置となる。士道の後ろ姿を見る形となる。

 これまで医務室で士道を見送る際にも見ていたとはいえ、状態が違うからか、何となく新鮮に感じる士道の背中。その背中を見て感じるのは、男の人の大きさと…頭に引っ掛かるような、見覚え。この感覚はなんなのか、見覚えがあるとしたらどこなのか、それを暫し侑理は考え……

 

「……あ」

「うん?」

「…あの…もしかして、真那のお兄さんも…あの戦いに、関わっていたり…?」

「あー…まぁ、ちょっと…な」

(や、やっぱりぃぃ……)

 

…判明した事実に、侑理は頭を抱えた。今ならば分かる。五河士道と交流を持った今だからこそ、確信がある。〈ナイトメア〉によるDEM第一社屋襲撃と、それを発端とする乱戦…その中で侑理が見た、一瞬見えた『人影』は、士道だったと。彼に違いないと。

 そして更に思い出すのは、ASTに第二執行部が出向した…出向という形を取って行おうとした作戦の内、〈プリンセス〉以外で捕獲対象となっていた一人の人物。不確定な情報も多いという事で、アデプタス・ナンバー下位である侑理はあまりその人物の事を知らされていなかったが、今思えばそれも、その人物も士道であったような気がしてくる。…つまり、侑理は、侑理のしてきた事は、士道に害をもたらす事。それどころか…最悪士道を傷付け、死に至らしめていたかもしれない事。

 

「……ごめん、なさい…」

「侑理?」

「…うち、真那のお兄さんとお出掛けなんて出来る人間じゃ…多分、ないです……」

 

 足を止め、俯く。また、士道へと謝る。結果的には、そうはならなかった。…そんな事は、何の慰めにもならなかった。むしろ今の今までそれに気付かず、彼と話していると安心出来るなどと調子の良い事を言っていた自分が、嫌になった。

 これも、良くないという事は分かっている。外出してからこんな事を言っても困らせるだけ。冷静にならずとも、その位は理解している。だが分かっていても尚、侑理は心に湧き出す罪悪感を押さえられず……

 

「…そんな、難しく考える必要なんてないと思うけどな」

 

 士道は、言う。いつの間にか振り向いていた、侑理の前に立っていた士道は、侑理の事を見つめて言う。

 

「侑理。侑理は確かに、DEMの人間だ。俺もDEMとは色々あったし、〈ラタトスク〉の皆の中にも、侑理を警戒している人はいる。そりゃそつだ、当然だよな。…けどさ、今はそんなの関係ないんだよ。俺はDEMの人間である侑理じゃなくて、ただの一人として、侑理と出掛けてるんだ。出掛けたいって、思ったんだ」

「…それは……」

「一応これでも、今日一日どうやって街を回ろうか、色々考えてきたんだぜ?それに正直、ちょっと緊張もしてた。でも俺は、嫌だなんて微塵も思っちゃいない。そんな気持ちなんてないから、俺は誘ったんだ。…侑理は、どうだ?出掛けるのに、了承してくれた訳だが…俺と出掛けるのは、嫌か?」

 

 じっと侑理の事を見つめながら、士道は語る。思っていた事を、気持ちを話す。…建前だとか、取り繕った言葉だとか、そういう事は欠片も思わなかった。瞳が、眼差しが、声が…全てが本心だと、心からの気持ちだと、侑理に伝えていた。…そう、感じた。

 嫌かと、士道は問う。共に出掛けられるような人間ではないと、罪の意識を抱いた侑理へ、士道は訊く。そして、その答えは…侑理の中にある気持ちは…初めから、一つ。

 

「…嫌じゃ、ないです…外に出られるのも、勿論嬉しいですけど…真那のお兄さんと出掛けるのも、全然嫌なんかじゃなくて…だから、うちは……」

「なら、何も問題ないな。…まぁ、そんな簡単に分けて考えられる事でもないだろうけど、さ…今は、楽しもうぜ?難しい事は、一旦後にして、今は今を、これからの時間を楽しむ…俺はそうしたいし、それでいいと思ってるよ、侑理」

 

 そう言って、士道は笑う。優しい笑みを、侑理へと向けてくれる。それは温かく、本当に温かくて…罪悪感が、解けていく。侑理の心に絡み付いた感情が、ゆっくりと消えていく。

 

(…真那のお兄さんが、そう言うなら…他でもない真那のお兄さんが、そう言ってくれるなら……)

 

 これでも尚、自分は駄目だと否定し俯くのが正しいのか。…否、それは断じて否だ。自分の中には、士道と出掛けたいという思いも確かにある。士道も侑理に対して同じように思っていて、今一度誘ってくれている。…ならば、何も迷う事はない。士道の言う通り、気付いた事、渦巻く気持ちは一旦脇に置いておいて…今は士道との時間を、楽しめば良い。そうする事が、きっと一番で…何よりそれが、士道の望んでくれている事。

 軽くなる心、その奥から湧いてくる元気。俯いていた顔を上げ…侑理も、笑う。

 

「うちも、そうしたいです…だから、上手く出来るかは分かりませんけど…頑張って、そうしようと思います…っ!」

 

 意図せず弾んだ、弾んでいた声。それを聞いた士道は一瞬目を丸くし…頬を緩める。

 あぁ、そうだ。これで良い。これが良い。だからそうする、そう決めた。だってそれが、今自分が望んでいる事なのだから。自分は今、士道と出掛け、楽しみたい…そう思って、いるのだから。

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