真那と侑理、二人の仲を取り持つ…面と向かって話せるようにする為に、侑理の事をもっと知る。知って、更に心を開いてもらう。そしてその為の…侑理の、攻略。侑理との、デート。躊躇いはない、と言ったら嘘になるが…二人の事を思えば、そんなものは止める理由になどならなかった。
その上での最初の関門は、侑理を連れ出す事。そもそも侑理が出掛ける事に応じてくれるかどうかだったが、これは難なく成功した。目を瞑ってほしいという頼みにも、その状態で歩く為とはいえ、手を握った事に対しても、侑理は嫌な顔一つしなかった。…どうやら、士道が思っている以上に、侑理は士道へ心を開いてくれているようだった。それ自体は、多少むず痒いところもあるが、ありがたかった。
そんな侑理が見せた、士道への負い目。敵対している組織の人間故の、後ろめたさ。だが侑理は、士道の言葉を聞いてくれた。士道の思いを受け入れ、笑ってみせた。…だから、士道は思った。今日一日、侑理を楽しませたいと。目的は別として、出掛けてよかった…そう思ってもらえる一日にしてみせると、士道は心に決めていた。
「ふふっ。この服大事にしますね、真那のお兄さん」
「おう、そうしてくれれば俺も嬉しいよ」
店を出て、機嫌良く歩く侑理へ士道は歩幅を合わせて進む。新しい服というのは、気分が良いもの。そして侑理は見た目相応に服にも気を使っているらしく、自分の好みに合うコーディネートが出来た事で、どうやらご満悦な様子。
「…あー、それでだな…」
「あ、はい。どうかしましたか?」
「その…似合ってるよ、侑理」
頬を掻きつつ、しかし目を逸らしたりはせずに言う士道。すると侑理はぴたりと足を止め、目を丸くする。それから目をぱちくりとさせ、驚いた様子で士道を見上げる。
それは、ある程度予想していた反応。自分で言う事ではないが、五河士道という人間は、本来こんな事恥ずかしくて言えないし、そもそも異性をこんな形で…実質的なデートに誘えるような男ではないのである。そんな士道が似合ってるだなんて言ったら、驚かれるのは当然の事。少なくとも、士道自身はそう思っていて……
「…真那のお兄さん…折紙さんという彼女がいる身で、そういう事を言うのはどうかと……」
「…お、おぅ…それは、そうだな……」
「…というか、よく考えたらこのお出掛け自体、あんまり良くないんじゃ…?」
だが、実際は違った。侑理の表情と反応は、別の理由からくるものだった。…当たり前だが、誤解というものはやはり解けるのであれば解いた方がいいのである。
「…でも、嬉しいです。真那のお兄さんに、似合ってる…って言われて」
「…そ、そっか」
と、至極真っ当な指摘を受けた士道が返答に窮する中、ふっ…と緩む侑理の頬。似合ってると言われて嬉しかった。そんな飾らない、真っ直ぐ素直な侑理の言葉に、喜びの浮かんだ柔らかい表情に、思わず士道は照れてしまう。
ほんのりとした柔らかさを思わせる、金糸雀色の髪。どこか儚さを感じさせる、色素の薄い黒の瞳。琴理や真那と同程度の歳を思わせる容姿をした侑理は、一言で言うならば「愛らしい少女」だった。容姿は勿論の事、喜怒哀楽がはっきりとしていて、人懐っこさを抱かせる言動や、それでいて気遣いの出来る性格を、士道は快く感じていた。侑理は士道と話していると安心すると言っていたが、早くも心を開いてくれているようだが、気付けば士道も侑理へ気を許している…そんな気がした。何故だか、まだ深い仲でもないのに気が許せるような気がしていた。
そんな侑理が今身に付けているのは、肘の手前まで袖を折った水色のブラウスに、黒のフレアスカート。青のチェック柄ネクタイを緩めに締めて、真っ白なトレンカニーハイを履いたという出立ち。医務室で過ごしていた際はそのままにしていた、肩を擽る位の髪を短いハーフアップに纏めて、ばっちりと『お出掛けの姿』に仕上がっていた。
(…ほんとに、似合ってるな)
似合っていると言った士道の言葉に、嘘偽りはない。だが先程言ったのは、半ば言おうとして言った…言うなれば、自然に口を衝いた訳ではない言葉だった。
だが今、改めて侑理の姿を見つめた士道は、心の中でだが無意識の内に言っていた。似合っていると、思っていた。愛らしい侑理ではあるが、それだけではない。その整った顔立ちは、西洋の血も流れているからか、ただ愛らしいだけではなく可憐で綺麗…そんな風に、思っていたのである。
「…お兄さん?あの、真那のお兄さん…?」
「へっ?…あ、す、すまん…ちょっと、考え事してた…」
「考え事?…もしかして、うち服を選ぶのに時間掛け過ぎました…?それで、お出掛けのプランが狂っちゃったとか……」
「いやいや、そういう事じゃないんだ。ほんと、全く別の事だから安心してくれ」
申し訳なさそうになる侑理へ、すぐさま士道は訂正を掛ける。…もしここで、「君が可憐で綺麗だと思っていたんだ」…と包み隠さず言ったら、どうなるだろうか。少なくとも、側から見たらとんだプレイボーイである。
「ま、まあそれはともかく…その、侑理。一旦折紙の件は、忘れてくれないか…?」
「忘れる…?」
「いや…言い訳っぽくなるっていうか、ほんと言い訳にしかならないけど…前にも言った通り、凄い複雑な事情があるんだよ」
「そ、そういえばそう言ってましたね…。……分かりました。一旦忘れる事にします。真那のお兄さんがそう言うって事は、本当に複雑な事情があるんだと思いますし」
「…助かるよ、侑理」
具体的に話さずとも納得してくれる、そのありがたさに内心で思わず士道は拝む。そして士道が感謝を伝えると、侑理は頷き…じっと士道を見上げながら、後ろで手を組む。
「けど、それならうちも変に気兼ねする必要はないって事ですよね?」
「気兼ね…?」
「む、真那のお兄さんはうちが、この状況はあまり良くないんじゃと思っても尚平然とお出掛けを続けるような女の子だと思ってたんですか?」
「あ、や、そんな事は……」
「ふふ、冗談です。…いや、実際『どうしよう…』ってちょっぴり思ってたんですけどね…」
あはは、と苦笑しつつ頬を掻く侑理に、士道もつられて苦笑を返す。ともかくこれで、折紙の件は何とかなった。しかし侑理との一日は、まだ始まったばかり。服選びも楽しんではくれたようだが、本番はここから。
「よし、じゃあ次の目的地なんだが…さっき言った通り、今日は案内も兼ねててさ。昼までは、俺が特によく出歩く範囲を回ろうと思ってるんだけど、それでもいいか?」
「地元民ならではの場所を教えてくれる、って事ですか?それなら大賛成です!」
「待て待てハードルを上げるなハードルを…」
自身の発言に対する肯定的拡大解釈が過ぎる、と士道は思わず辟易。しかも困った事に、どうやら冗談ではなく、本当にそう捉えたらしい。そして曇りなき期待の視線というのは、何とも否定をし辛いもの。結果士道はただ案内するだけ(勿論若者受けする施設や、琴里から聞いた女子に人気のスポット辺りを中心に回るつもりだったが)の筈が、思いきり頭を捻りながら、侑理の期待に応えられるのはどこかと悩みながら街を回る羽目になり…だが意外にも、一番侑理が食い付いたのは士道もよく寄る商店街だった。
「なんか、懐かしいです…!そんな訳ないのに、懐かしい気がします…!」
「あー、分かる分かる。なんか雰囲気がこう、懐かしさを感じさせてくれるんだよな」
きょろきょろと左右に連なる店を見ながら、侑理は声を弾ませる。このちょっと落ち着いた、それこそ懐かしい…気がする雰囲気が良いんだよなと、士道は頷きながら隣を歩く。
「あ、そういや商店街って、イギリスにもあるのか?」
「ありますよ?勿論こういう『日本の商店街』って感じのところはないですけど、色んなお店が立ち並ぶ場所は、結構色んなところにあります」
「へぇ、そうなんだな。やっぱ、イギリスっぽい物が売ってるのか?…いや、イギリスっぽいっていうのも、変な訊き方だけど…」
「うーん…一番有名かな?って思うところは、杖とか箒とか魔法動物のペットショップとかありますね」
「…それ、違う世界の横丁じゃないのか…?」
「えへへ、魔法繋がりでふざけてみました。うちは魔法使いじゃなくて魔術師ですけど」
そう言って、侑理は笑う。あまりにも自然に言うものだから、一瞬「イギリスには本当にそんな商店街あるのか…」と思ってしまった士道だが、それは秘密にする事にした。
「お?聞き覚えのある声だと思ったら、五河さんちの…」
「あ、どうも」
と、そこで不意に掛けられる声。振り向けば、そこにあるのは肉屋の店舗。声を掛けてきたのは、士道も顔馴染みな肉屋の店主。
「食材の調達かい?それなら…って、最近は君、よく女の子と一緒に歩いているね…しかも見かける度に、違う子と連れ立っているような……」
「…そうなんですか?」
「い、いやー…その…はは……」
何とも言えない面持ちをした店主の視線と、じぃっと見てくる侑理の視線。それに対し、乾いた笑い声を漏らすしかない士道。店主め、余計な事を…と言いたいところだったが、つい半年程前までいつも一人か、誰かと来る場合でもほぼ琴里一択だった事を思えば、店主が怪訝に思うのも当たり前の事だった。
「そ、それより侑理、ここは見ての通り調理用の肉から惣菜、更にはバーベキューとかに向いてる肉まで色々取り扱ってる優良店なんだ。覚えておいて損はないぞ?」
「ははっ、そういう紹介をされたら悪い気分はしないな。よし、最近は結構沢山買ってくれる事もあるし、今日はサービスだ」
そう言って店主が差し出してくれたのは、二つのコロッケ。それは悪い、と断る士道だったが、店主はぐいぐい押し付けてくる。
「ほらほら、受け取りなって。子供は大人の言う事を聞くもんだぞ?」
「…そういう、事なら…ありがとうございます。侑理、折角だし貰うとしようぜ」
「ありがとうございます、店主さんっ。わっ、包み越しでも分かる程サクサク…!」
次に肉が必要になった時は、必ずここに来よう。そう心に決め、士道は受け取ったコロッケを一つ侑理に渡す。そしてそれぞれに感謝を伝え、早速コロッケへ齧り付く。
「……!ま、真那のお兄さんこれ凄いです…!衣はほんとサクッとしてますし、中はほっくほくですし、しかもお肉の味もばっちりで……こ、これが日本のコロッケ…!」
「待て待て落ち着け、確かにここのコロッケは俺も美味しいと思うけど、流石に日本を代表するとか、そういうレベルじゃないって…」
そこまでじゃないそこまでじゃない、日本を背負うのは荷が重過ぎる…そんな風に手を横に振る店主と共に、士道は侑理へ突っ込んで返す。…とはいえ、美味しいと思ってくれたのならそれは何よりというもの。嬉々として食べる侑理の隣で、士道もコロッケを食べ進め…しかしある時、不意に侑理は手を止める。
「…あれ?」
「どうかしたか?」
「いや…何かこう、引っ掛かりというか、コロッケで何か思い出しそうな感じが……」
コロッケ片手に頭を捻る侑理だが、どんどん首が傾いていくばかりで、これだ、というものは出てこない。勿論士道も、侑理が何に引っ掛かっているのかなど分かる筈もなく…数十秒後、侑理が諦めた事で結果これは分からず終いに。…何だったんだろうか。ただただそんな疑問が頭に残る士道だった。
*
「侑理、何か食べたいものはあるか?」
「食べたいもの、ですか?」
「ああ、もう昼過ぎだろ?」
道中肉屋の店主同様声を掛けられたり、侑理が興味を持った店に入ってみたり、そんなこんなをしながら士道達は商店街を回り終えた。服屋からの商店街で、今は昼食に良い頃合い…どころか、少し遅め。だが昼時だとどの店も混むだろうという事で、意図的に士道は時間をずらしていた。無論、空腹の侑理を連れ回すような状態にはならないよう、コロッケ以外にも、商店街で軽く買い食いを行っていた。
士道からの問いに、侑理は頬へと指を当てて考える。んー…と微かに声を漏らし…それから、言う。
「──シェフの、お任せで」
「それはせめて、どっか店舗に入ってから言おうな…」
「ですよねー。えっと…あ、そうだ!もんじゃ焼き食べたいです!」
「もんじゃ焼きか…OK、それにするか」
やはりと言うべきか、侑理が挙げたのは和食…というか、ローカルフード。和食の定番、寿司や天ぷら、とんかつやそば、うどん辺りが出てこなかったのは、もしかすると既に食べたからかもしれない。そんな事を思いながら、士道はもんじゃ焼きを扱っている近くの店へ。読み通り、店内は適度に空いており、すぐに士道達は席へと着く。
「これがもんじゃ焼き屋…ここで直接焼くんですよね?上手くやれるかな…」
「任せとけ、料理なら慣れてるからな」
「じゃあ、改めて──シェフの、お任せで」
「…それ、気に入ってるのか?」
「気に入ってるかと言われると…び、微妙…?」
「微妙って…ははっ、なんだそりゃ」
何故か自分で言っておいて困惑する侑理に、思わず士道は笑ってしまう。笑ったから、「しまった、今のは傷付けたか…?」…と不安になったが、侑理が浮かべていたのは照れ笑い。多少恥ずかしそうではあったが、嫌そうな様子は微塵もなかった。
「あ、ところで侑理。一つ訊きたい事があるんだが…」
「はい、なんですか?真那のお兄さん」
「その『真那のお兄さん』…って呼び方、長くないか?」
注文したメニューが来るまでの間、士道が訊く事にしたのは自身への呼称。文句がある訳ではないが、普通に呼ぶには何か違和感があるというか、相手の名前を知らなかったり、本人がその場にいない時に使うような呼び方では?…と士道は思っていたのである。
「言われてみると、確かに…えぇと、なら…崇宮さん…?」
「いや、それだと俺が慣れないな…本来の苗字はそうなのかもしれないが、実感としてある『自分の苗字』は、やっぱり『五河』だからさ」
「ん…それなら…暫定的に、士道お兄さんとかでどうです?」
「それならまぁ…って、文字数変わってねぇじゃねぇか…」
「あー…。…士道お兄さんも、駄目ですか…?」
「や、駄目じゃないが…」
駄目かと言われれば、特にそんな事はない。暫定的と言ってるし、侑理がそれでいいならいいか、と士道は納得し、その呼び方を受け入れる。そしてその後、士道は少しの間侑理と言葉を交わし…もんじゃ焼きの具材が、席へと届く。
「よし、それじゃ焼いていくか」
「何から焼くんです?野菜です?」
「いや、まずは油からだ。じゃなきゃ具材が鉄板に張り付くからな」
手順を教えながら、士道は鉄板に油を回し入れ、ヘラで伸ばす。しっかりと油を引いたところで、まずは生物を、続いて野菜を投入する。
「わぁ…目の前でこうして作れるのって、なんかいいですねっ」
「ああ、もんじゃ焼きやお好み焼き、後は焼肉なんかもそうだが、『自分で焼ける』ってのが売りの一つなんだろうな。…ところで侑理は、普段はあまり料理をしないのか?」
「あんまり…っていうか、殆どしないですね…。作る時も、レシピ調べてそれをその通りやるだけですし…」
「別にそれは間違った事じゃねぇよ。レシピってのは、多かれ少なかれ誰かが色々試して洗練されてきた結果のものなんだしさ」
焼くにしろ炒めるにしろ、油を引くのは基本中の基本。それを失念していた様子の侑理にもしやと思って訊けば、やはり料理慣れはしてないとの事。成る程確かに『レシピの通りにやる』というだけであれば、個々の料理の作り方は本人の中で独立していて、『種類を問わない基本の部分』は意外と気付かない事かもしれない。
因みに先程侑理に言った通り、士道はむしろ料理に慣れている。普段から台所に立っているのは士道だし、なんなら家族の中で一番上手い自負すらあった。
「…けど、そういう事なら見てるだけなんて勿体無いよな。侑理、今から土手を作るから、中にダシを入れてくれるか?」
「ど、どて?…剣道の打突部位で、防具の名称でもあるあの……」
「それは小手な。土手っていうのはこういう、具材で作った輪の事で…この内側に入れるんだよ。こうしないとダシが広がり過ぎちまうからな」
ヘラで具材をドーナツ状にして、ダシの入ったボウルとお玉を侑理に渡す。侑理はこくりと頷き、受け取る…が、お玉でダシを掬った直後、躊躇うようにボウルの上で掬ったダシをうろうろさせる。
「ぅ…失敗したらうちだけじゃなく、士道お兄さんの分まで駄目になっちゃうと思うと緊張が……」
「別にズレても食べられなくなる訳じゃないし、気にする事はない…っていっても、緊張するもんは緊張するよな。それは俺も分かるよ」
出先、初めてやる料理、相手は目上(だと思ってくれているのだろう。敬語だし)の異性。その条件が揃えば、料理慣れしている士道であっても少し位は緊張する。もし失敗したら、と思って不安になるのも無理はない。だから、焦らずゆっくりやってくれればいい…と言いたい士道だったが、今も具材は鉄板の上で熱されている以上、ゆっくりしていると焦げてしまう。そうなると流石に問題だし、何より明確な『失敗』わする事で、侑理が気落ちしてしまうかもしれない。そう思った士道は数瞬考え…席から立つ。
「…よし。だったら、一緒にやろうぜ?」
「一緒に?…ぁ……」
困惑する侑理の視線を受けながら、士道はテーブルを挟んだ反対側、侑理の方へ。座った彼女の背後に回り、片手で侑理の持ったボウルを掴む。そしてもう一方の手を、同じくお玉…を持つ、侑理の手へと重ねる。
「ダシは見ての通り液状だからな。別にど真ん中に落とさなくても広がってくれるし、ちゃんと後で混ぜ合わせれば、この時点で偏りがあっても問題ないんだ。ほら、いくぞ?」
「は、はい…!」
説明しながら、優しく侑理の手の甲を握る。侑理の手を介してお玉を動かし、傾けて土手の内側へと出汁を流す。
「で、一回一回お玉で掬う必要もないんだ。こうしてボウル自体を傾ければ……ほら、出来た」
半分程ダシを流し込んだところで、ボウルを元に戻す。一先ず侑理はダシに専念してもらう事にし、離れた士道はヘラで混ぜる。そして混ぜたところで目配せをすれば…今度は一人で、流し入れる事に成功する。
「…ほっ…良かった、上手くいった……」
「別に難しくなかっただろ?…それと…その、ごめんな…?いきなり後ろから、侑理の手を握っちまって」
「あっ…い、いやそれは…士道お兄さんがやり方を教えてくれただけですし、それを言ったら外に出る時点で一度握ってる訳ですし…」
昔の、今より無邪気だった琴里に教える位の感覚でつい握ってしまった士道だが、無言で手を握った事には変わりない。そう思い士道は謝るも、侑理は照れこそすれども表情が曇る事はなかった。先程笑ってしまった時の様に、また侑理は受け入れてくれていた。
(…なんで、だろうな)
今に至るまで、侑理は話の内容で嫌そうにする事はあっても、士道の言動そのものに拒否を示す事は一度もなかった。勿論それはありがたい事だが、一方で士道はそれが不思議だった。元から侑理はおおらかで懐が深いのかもしれないが、普通に考えれば侑理位の年頃の女子は、異性にいきなり後ろから手を掴まれればもっと拒否するなり、文句の一つでも言いそうなもの。侑理が特別なのか、侑理にとって士道が特別なのか、それとも最近の女子はこの位じゃ動じないというだけなのか…士道はそこがさっぱり分からず、だがこの思考は一度中断する。…考えながらも調理を進めていたもんじゃ焼きが、そろそろ食べ頃なのである。
「こんなところだな。侑理、完成したぞ」
「これが、もんじゃ焼き…。……えっと…完成、なんですよね…?」
「完成だぞ?」
「一応見た目は何となく知ってたつもりですが…な、なんというか、凄い…独特な見た目、ですね…あはは…」
本当に完成なの?まだ途中じゃないの?…とばかりの表情を浮かべる侑理。確かにもんじゃ焼きは一見どろっとしていて、具材もしっかり混ざっているが故にぐちゃぐちゃに見えて、似た料理であるお好み焼きに比べると完成感が薄いのは分かる。しかし、これで完成なのである。そしてちゃんと言葉を選び、もんじゃ焼きを愛する方々を敵に回す事を避けた侑理は偉い…かも、しれない。
「まあ、慣れないとそういう反応になるよな。けどそれは、どの国も同じだと思うぞ?例えばイギリスだと、紅茶にビスケットを浸して食べたりするんだろ?あれも俺からすると、驚きなんだぜ?」
「…あれ、別に誰でもどこでもする訳じゃないんですよ…?」
「へ?そ、そうなのか?」
「人前でやるのはどうなんだ、って考える人や、そういう目を気にする人が結構いるのは事実です。…けど、そっか…それもそうだよね…」
うんうん、と数度小さく頷いた侑理の目付きが、少し変わる。もんじゃに対する見方が変わる。そこで士道はもんじゃ焼きの食べ方を、ハガシと呼ばれる小さなヘラで食べる事を伝え…言われた通りに、侑理は一口分をハガシで切り取る。数度息を吹き掛け、ゆっくりと口へと運び…ぱくりと食べる。
「どうだ?侑理」
「…美味しい…美味しいですっ、士道お兄さん!」
「おう、そりゃ良かった。当たり前だけど、違う具材が乗ってるところはまた違う味がするぞ?」
「で、ですよね。じゃあもう一口…ん〜、やっぱり美味しい…!熱々だし、香りも良いし、想像以上の美味しさです!」
「気に入ってくれたみたいだな。んじゃ、俺も食べるとするか」
「是非是非どうぞ!士道お兄さんの味がしますよっ」
「…そ、そうか……」
士道お兄さんの味とはなんだろうか。作り手を感じられるという事だろうか。だとしたら、侑理の味も感じられるんじゃないだろうか。…というか、なんかちょっと発言が怖い。…そんな風に思った士道だった。
それはともかく、侑理の顔は綻んでいる。美味しそうに食べている。もしかすると、自分も作るのに携わったからこその喜びもあるのかもしれない。困惑だけでなく、そういう風にも思いながら、士道ももんじゃ焼きを食べる。食べ、頷く。確かにこれは、ばっちりだ。
「んふふ…♪士道お兄さん、和食っていいですねっ。どれも凄く美味しいですもん」
「そう言われると、考案者じゃなくても嬉しいな。…生魚とかも平気なのか?」
「勿論平気です!うちには、日本の血も流れていますから!」
「あ、それもそうだったな。…そろそろこっちも焼くか?」
「じゃあ、今度もダシはうちが!」
「ああ、任せるよ」
一品目をある程度食べたところで、同時に頼んでいた二品目もまた調理を始める。今度は侑理も最初から上手くダシを入れる事が出来て、二つ目のもんじゃ焼きも焼き上がっていく。
「侑理、沢山食べてくれよ?この後もまだ、行くつもりの場所はあるんだからな」
「はいっ!」
後頭部で、小さな尻尾の様に結ばれた髪。それがぴこっと揺れる位に頷きながら、侑理は士道に笑みを見せる。その笑みに頬を緩めながら、士道は思っていた。やっぱり彼女は、侑理は良い子だと。この外出は、目的があっての事。だがそれはそれとして…凄く、楽しいなと。
そして同時に、こうも思った。楽しませるだけでなくて、最後まで自分も楽しもうと。あぁ、そうだ。楽しませるだけじゃなくて、楽しむ。楽しい思いを共有する。きっとそれが、一番だ。