デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第二十七話 楽しい気持ちと

 服屋に、商店街に、もんじゃ焼き屋。どれも特別な場所ではなく、普段から行こうと思えば(勿論今の侑理は状況的に叶わないが)行けるような場所。そして少女や少年が外出先に選ぶとしても、真っ先に上がるような所ではない…言うなれば、普通の店や普通の一角。

 しかし、楽しめるかどうかは、場所だけで決まるものではない。それを示すように…侑理は楽しかった。服を選ぶのも、それを士道に見せるのも、商店街を見て回るのも、途中で食事をするのも、もんじゃ焼きを初めて作って食べるのも…全て楽しかった。これでまだ終わりではないのだから、期待に胸が膨らむばかりだった。次はどこだろう、どこへ連れて行ってくれるのだろう、そこで何が出来るのだろう。〈フラクシナス〉で目覚めて以来、今日が、今が、一番心躍っていた。

 

「ふふ、どうですか?うちの銃捌きは」

「なんの、こっちだってまだまだ負けてないからな…!」

 

 いつものようにトリガーを引き、攻撃を放って相手を撃ち抜く。素早く腕を振るい、次々標的を捉えては撃つ。そして、自慢するように笑みを見せる。

 現在士道と共に侑理がいるのは、ゲームセンター。少し遅めの昼食後、ここを訪れた侑理達は今、二人でガンシューティングゲームに興じている真っ最中。

 

「確かに士道お兄さんも中々やりますね…ならば秘技、十六連射!」

「いやこのゲームじゃ無理だと思うんだけど!?」

「あ、それはそうですね。その前に弾切れしてリロードが必要になりますし」

「そ、そういう事じゃなくてだな…なら俺も、さっきゲットしたシールドに当てて跳弾攻撃を……」

「令音さんからシンって呼ばれてるだけに…!?」

 

 行っているのは、二人同時にゲームを進める対戦プレイ。互いにちょっとふざけた事もいいなから、ゲームのスコアで競い合う。そしてゲームは進み、ボス戦になり……決着。

 

「やった、勝利!」

「くぅ、途中までは互角だったのに…!」

 

 どうだ、とばかりにピースをする侑理と、悔しそうに項垂れる士道。彼の言う通り、序盤はほぼ互角だった。しかし中盤以降、敵の数が増えてきた事で少しずつ士道は撃ち漏らしてしまう場面が生まれ、それが最終的なスコアの差へと影響していた。

 

「…けど、やっぱり凄いな。その…慣れてる分、経験が活きた感じか?」

「まあ、そうですね。ゲームですし銃もこれだけですから、経験がそのまま活きる、みたいな事はあんまりなかったですけど…やっぱり、残弾数の管理とかは無意識に出来てたかなーって思います」

「あー…そういや俺、一回か二回弾切れになってるのに気付かず撃とうとした事あったな…」

 

 今答えた通り、戦闘経験がしっかり活きたかと言えば…答えは否。牽制の射撃をしたところで相手の動きが変わる訳でもなければ、回り込む事が出来る訳でもない、そもそも魔術師(ウィザード)の根幹たる随意領域(テリトリー)を展開出来ていない以上、半分どころか四分の一も活かせていないのが実際のところ。しかし、侑理にとってそれは大した問題ではなかった。楽しかった、楽しめた…それだけあれば十分だった。

 そして、侑理の目には、士道も楽しんでいたように見えた、それもまた、なんだか嬉しく…自然と表情に浮かぶのは笑み。

 

「士道お兄さんっ、次は何やりますか?レースゲームですか?コインゲームですか?それとも…昆虫王者?」

「いや最後のはやらねぇよ、こういう時にやるタイプのゲームじゃねぇだろ…というか、懐かしいな……」

「あ、ごめんなさい。士道お兄さんは、古代王者派でした?」

「だからそういう事じゃねぇって、俺が言いたいのはそうじゃなくて……」

「ま、まさかのオシャレ魔女!?」

「なんでさっきから懐かしいトレーディングカードアーケードゲームばっかり挙げんの!?世代なのか!?侑理はその直撃世代なのか!?」

 

 賑やかなゲームセンター内に負けず劣らずの突っ込みを叫ぶ士道。そんな士道を見て、侑理は更に笑ってしまう。

 

「あ、あのなぁ…ったく……」

 

 口元に手を当てて笑う侑理の姿に、士道は一瞬恨めしそうな半眼を見せる。しかしそれも、本当に僅かな間の事。すぐに士道の頬は緩み、彼もまた呆れ混じりの顔で笑う。それはまるで、「楽しんでくれているならいい」と言っているかのような表情であり…そんな士道だからこそ、自分も調子良くふざけたのかもしれない。この時はただ愉快なだけだったが、後になって思えば、そういう事だったのかもしれないと感じる侑理だった。

 

「えへへ…ごめんなさい、変な事言っちゃって。…士道お兄さんは、どのゲームが好きですか?」

「うーん、まぁどれも好きと言えば好きだし、特別好きなのは特にないな。侑理はどうだ?」

「うちは…うちもそうかもです。一緒ですねー」

 

 のんびり店内を歩きながら、ゲームを見回しながら言葉を交わす、士道が好きなゲームを、と思った侑理だがその狙いは空振りに終わり、士道の方も同じく空振り。結果二人で肩を竦め…ふと、士道はクレーンゲームの前で足を止める。

 

「…何か、気になるものでもありました?」

「あぁいや、そうじゃないんだが…クレーンゲームを見てると、思い出す事があってさ」

「へぇ…あ、そうだ。じゃあこんなのはどうです?」

 

 そう言って、侑理はプッシャーゲーム…回転するフィールドからバケットで景品を掬い上げるタイプのプライズゲームを指差す。そのゲームを一回ずつ行い、景品を相手にプレゼントするというのはどうだろうかと、クレーンゲームを見て穏やかな表情をしていた士道に提案をする。

 クレーンゲームではなくこのタイプを選んだのは、複数回やっても取れない時は取れないクレーンゲームと違い、一回でも一つや二つは大概取れる事、主な景品である小さいお菓子であれば荷物にもならず、特に欲しくもない物が手に入ってしまって困る…というような事にはまずならない事の二つが理由。その上で「互いにプレゼント」という一捻りを加えたこの提案を、侑理は「我ながら妙案だ…」と内心思っており…士道の頷きにより、侑理の案は採用された。

 

「見ちゃ駄目ですよ?交換の時まで秘密ですからね?」

「ははっ、分かってるって」

 

 何が貰えるか分かっては詰まらないという事で士道には後ろを向いてもらい、侑理は士道から貰った硬貨を入れてゲーム開始。1プレイのみなら士道の出費も抑えられる、というのも侑理の狙いの一つであり…ここだ、というタイミングでボタンを押し、バケットで景品を掬う。プレイが終わったところで士道と交代し、今度は侑理が背中を向ける。そして他のゲームをのんびり眺めている内に、士道も終わり…邪魔にならないようプライズゲームから少しだけ離れたところで、侑理は士道と向かい合う。

 

「それじゃあ、交換タイムだな。俺からは、これとこれ、それにこれと…これだ」

「わっ、そこそこ多い…」

「だろ?」

 

 士道が渡してくれたのは、一口サイズのチョコ二つと、それより少し大きい小袋のグミ二つ。大量とまでは言わずとも、一度のプレイであれば悪くない結果であり、心なしか士道も自慢気。

 それを侑理は受け取って、今度は侑理が渡すターンに。自身より背の高い士道を見上げ、侑理はこほんと咳払い。

 

「手を、出してもらえますか?」

「あいよ」

「…士道お兄さん。これは大したものなんてあげられないうちからの、精一杯のプレゼントです」

「お、おう…。…遊びの一環とはいえ、確かにこれは侑理からのプレゼントだ。ありがたく受け取らせてもら──」

 

 差し出された手に握った自らの手を重ね、ゆっくりと開く。自身の手で隠すようにしながら、侑理は握っていたものを、士道へと渡す。そして侑理が手を離した時、士道の手の中にあったのは……

 

「…って、これアクリルアイスじゃねぇか!大概お菓子なんかと一緒に回ってる、景品を取ろうとすると二、三個は一緒に付いてくる、綺麗な石とか宝石っぽいアレじゃねぇか!」

「え、なんか凄い説明口調ですね士道お兄さん…」

「誰のせいだと思ってるんだ、誰の!」

 

 どうやら士道という人間は、ボケると軽快に突っ込んでくれるらしい。…今日一日で、段々とその事が分かってきた侑理であった。

 

「はぁ…って、ん?…侑理」

「な、なんですか?」

「…もしかして、景品は何も取れなかったのか…?」

「うっ……」

 

 ちょっとした悪戯が成功して嬉しくなっていた侑理だが、士道の指摘により、一転して追い詰められる。…そう。士道の見立て通り、侑理は景品を獲得し損ねていた。ただアクリルアイスだけが、虚しく数個落ちてきて…どうしよう、と困った末に思い付いたのがこの、ふざけて誤魔化すという案だった。…結果はこの通り、バレてしまった訳だが。

 

「ごめんなさい、バケットの動くスピードを読み間違えちゃっで……」

「あー、思ってたより反応が遅かったり、逆に掬うのが早過ぎたりするよな。…因みに侑理、このアクリルアイスって正確には景品じゃなくて備品の一種らしいぞ?」

「え、そうなんですか?」

「あぁ、あくまで景品とかの下に敷かれてるタイプの物の場合の話だけどな」

「…じゃあ、勝手に持ってくのは駄目なんです…?」

「と、思うだろ?けど実際にはいいんだとさ。というか、駄目なら普通にプレイしてるだけでも景品と一緒に落ちてくるような仕様にはしないだろうしな。だから要は、景品じゃないけどお先にどうぞ…って事だ。…まあ、俺もちゃんと調べた訳じゃないけども」

 

 だからちょっとした知識位に思ってくれよ?…と言って、士道は軽く肩を竦める。そんな士道の語りを、侑理は深く頷き、ふむふむと聞いていた。今の話は目から鱗、知った事でこれまでよりもほんの少しだけ博識になれた…そんな気がする侑理だった。

 

「それはともかく、これはありがたく受け取るよ。予想とはちょっと違ったが、なんであろうと侑理からのプレゼントだって事は変わらないもんな」

「士道お兄さん…。…うぅ、そう言われると尚更初めてのプレゼントがこんな形になっちゃった事が切ない……」

「その事については、まあ…何とも言えん…」

「ですよねー」

 

 それはそうだ、と即座に同意を示す侑理。そうして侑理はチョコを一つ口へ放り…もう一つのチョコを士道へ差し出す。

 

「という訳で、これはお詫びのプレゼントです。士道お兄さん、どうぞっ」

「いや、これは今さっき俺があげたやつなんだが…」

「でももううちが貰ったものですから、どうしようとうちの自由、ですよね?」

 

 だからどうぞ、と侑理がぐいぐい押せば、士道は軽く頬を掻いた後、じゃあ…とチョコを受け取ってくれる。それから侑理と同じように、包みを開いて口の中へ放り込む。

 

「ある意味これも、半分こですよね?…あ、でも半分こって言葉は子供っぽかったかな…」

「別にいいんじゃないか?俺は侑理がそういう言葉選びをしていても、変だとは思わないぞ?」

「変かどうかじゃなくて、子供っぽいかどうかなんです。うちの憧れは、大人の女性なんですから」

「そ、そうか」

「…む、今『その発言自体が子供っぽい』って思いませんでした?」

「へっ?い、いや…そんな事は……」

「…………」

「…すまん、思った…」

 

 じぃっと見つめる侑理へ観念したように答える士道。その言葉を受け、侑理は大仰に肩を落とす。わざとらしく、落ち込んだ様子を見せる。

 

「酷い、酷いです士道お兄さん…これはもう、更に楽しませてくれないとうち、ショックで…えぇと、どうにかなっちゃうかもです…」

「…どうにか?」

「そこはまぁ、ぱっとは思い付かなかったって事で…」

「適当だな…OK、こっからも更に楽しませるって約束するよ。だから、機嫌を直してくれ侑理」

「士道お兄さんがそう言うなら、勿論!」

「…なんか、段々遠慮がなくなってきたな…いいんだけどさ」

 

 という訳で調子良く約束を取り付けた侑理は、士道と更にゲームへ興じる。…実のところ、士道ならばこんな事を言わずとも最後まで楽しませてくれる、楽しい時間を過ごせると思っていた。にも関わらず言ったのは、ただ士道とのやり取りを楽しみたかったから。どんな反応をして、何と言ってくれるのか…それが見たかったから。遠慮がなくなってきた事は、侑理自身も自覚していた。

 

(楽しいな。士道お兄さんと一緒にいるのは、楽しくて、ドキドキして、心が暖かくなって……)

 

 話していると安心する。そう感じていた、士道の存在。それが今は、それだけではなくなっていた。久し振りに外に出て、色々した事で機嫌が良くなっているからこそ、という部分もあるのかもしれない。だがそれを踏まえてもやはり、侑理は思っていた。彼との時間は、心が満たされていくようだと。

 

「折角だし、もう一戦位は何かしたいよな…って、侑理?」

「あ…それじゃあうちは、ホッケーを希望しますっ。勝ちを譲る気なんてないですからね?」

「へっ、臨むところだ。早速勝負といこうぜ?」

 

 抱いた思いについて、ごちゃごちゃと考えるつもりはない。それがどんな気持ちなのか、何故こうして抱いているのか…そんな事を考えずとも、今ある楽しい気持ちは変わらないのだからと、侑理は心の中ではなく目の前に、士道との時間に目を向ける。…そう。何はともあれ、理由はどうあれ…楽しいのだから。

 

 

 

 

 漸く暑さも収まり、秋めいてきた夕方前。まだ日が暮れるには早いこの時間に、士道は侑理とゲームセンターを出て、また街の中を歩いていた。

 

「〜♪〜〜♪」

 

 隣を歩く侑理は鼻歌混じり。最後に行った音楽ゲームの曲が耳に残ったのか、歌っているのはサビの部分。無意識なのか、それとも士道には聞こえない声量のつもりなのかは分からないが、その鼻歌は微かにながら聞こえていて…大人っぽく見られたいらしい侑理ではあるが、その様子はやはり子供っぽく、そして士道からすれば愛らしいのである。

 

「侑理、ゲーセンは楽しめたか?…って、訊くまでもなさそうだな」

「ふふ、訊くまでもないですっ」

 

 勿論だとばかりに笑ってみせる侑理に、士道も軽く笑って返す。今日一日、ここまでの流れは概ね好調で…しかし士道自身楽しかったと思いつつも、今は一つ問題を抱えていた。

 

「…なぁ侑理、次はどっか行ってみたいところあるか?」

「え?んー…士道お兄さんの選んでくれる場所なら、うちはどこでもいいですよ」

「そうか…」

 

 何がいいかという問いに対し、何でもいいと答えられても困る。自分では選べない、或いは思い付かないから訊いている訳で、そこへ何でもいいと返されても、話は全く進展しない…と、主に料理関係で至る事の多い心境にたった今陥った士道は、どうしたものかと考える。

 元々は、ゲームセンターの後のプランもあった。しかし思いの外ゲームセンターで時間を使い過ぎて、予定していた次のプランをするには些か遅くなってしまったのである。そしてその穴を埋める別案を求めて訊いてみた訳だが、侑理の回答はこの通り。かといって正直に話すのも、ゲームにかなり熱中していた侑理が自分のせいだと気落ちしてしまう可能性を考えれば、やる訳にはいかず…気付けば足も止まり、士道は考え込んでしまう。

 

「…士道お兄さん?具合でも、悪いんですか?それとも…もしかして、楽しくなかったですか…?」

「…あ…いや、それは……」

 

 だが、それがいけなかった。この流れで立ち止まり、考え込んでしまうのは、あまりにもタイミングが悪かった。楽しかったか訊き、どこに行きたいか訊き、自分はどちらにも答えずその後黙ってしまうなど、自分が想定していた、自分が抱いていたのとは別の回答をされて黙り込んだと誤解されても仕方ないというもの。慌てて否定しようとはするが、否定する場合、「なら何故立ち止まり、黙り込んだのか」もセットで言わなければいけなくなる。しかしそれを言えば、侑理が気落ちする可能性もある。そんな、あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たずの八方塞がりに落ち込まれ…何も言えない状況が、更に侑理の表情を曇らせる。…黙り込んだ理由に対し、また黙ればそうなるのもまた、当然の様に。

 あっという間に消えていく、楽しかった雰囲気。何も不満などない、ないのに陰っていく空気と表情に対して、士道は打つ手がなにもなく……

 

「ねーねー知ってる?あそこの喫茶店、秋限定のメニューが始まったらしーよ?」

「ああ、そうらしいね。あそこは軽食も多いし、空いた時間に立ち寄るのも悪くないだろう」

 

 そんな中で、不意に背後で聞こえた会話。何もなければ、気にも留めないような…しかしどちらも聞き覚えのある声だったが故に、士道の耳に残ったやり取り。

 はっとして振り返れば、二つの白いリボンで髪を結んだ小柄な少女と、後頭部で無造作に髪が纏められた大人の女性の二人組が、路地の裏へと消えていった。見えなくなる直前、少女はこちらへ向けて軽く手を振っていた。

 

「…あれ…何か今、どっかで聞いた事あるような声が……」

「…侑理。次なんだが、ちょっとお茶していくのは嫌か?」

「お茶…?…嫌じゃないです、けど…」

 

 急な提案に困惑した様子の侑理だったが、嫌ではないと返してくれる。ならば良し、と士道は次の目的地を決め、侑理を連れて歩いていく。

 

「確か、ここを曲がって…っと、やっぱりあった。ここなんてどうだ?ここ、中々良い喫茶店らしいんだぞ?」

「…ここって……」

 

 そうしてやってきたのは、士道行きつけ…ではないが、何度か名前を耳にした事のある喫茶店。微妙な時間だから、外から見る限り店内の客はあまり多くなく、そういう意味ではタイミングも良さそうなところ。

 しかしここで意外にも、侑理が驚いたような反応を見せる。一瞬、来た事のある喫茶店だったかと思った士道だが、どうもそういう訳でもない様子。

 

「喫茶店とかレストランって、一人だとちょっと入り辛い感覚があるんだよな。侑理はそういうのって気にしないタイプか?」

「…うちも、気にします。というかそもそも、一人で外食する機会はあんまりないですし……あ、でも…」

「でも?」

「日本に来てからは、何度か一人で外食しました…うちの中で、一人で入る事への躊躇いよりも、和食への欲求が上回ったっていうか……」

「あぁそうか、旅行とかってなるとまた心境が変わってくるよな。…いや勿論、侑理は旅行をしに来た訳じゃないって知ってるが…」

 

 メニューを見ながら、言葉を交わす。士道はショコラケーキを、侑理はショートケーキを、それにそれぞれ紅茶を注文し、暫し待つ。その間も士道は侑理と会話をしようと思っていたが…やはり、何かこれまでと侑理の様子は違う。

 

(…やっぱり、ちょっと元気がないよな…さっきの事、気にしてるのか…?それとも……)

 

 昼にもんじゃ焼きの具材が来るのを待っていた時は、もっとわくわくした様子だった。注文内容的にも、あの時とは状況が違うとはいえ、こうも違うのは気になるところ。真っ先に思い付くのは、先程雰囲気が悪くなった時の事を引きずっているのか…という事だが、提案してからここに来るまでの道中は、別にこうではなかった。侑理の様子が変わったのは、この店の前に来てからの事だった。

 とはいえ、それだけでは流石に情報として弱過ぎる。まさか、一目見てこの店が気に入らないと感じた…という訳でもあるまい。そうなると、本当に何故だか分からず…だからこそ士道は、心を決める。

 

「…侑理。何か、嫌な事でもあったか?」

「うぇ…?…そんな、事は……」

「本当か?もしさっき、俺が不審な態度を取っちまった事を気にしてるなら、謝らせてくれ。急に立ち止まったり黙り込んだりしたら、不安にもなるよな。すまん」

「あっ、ち、違くて…!そういう訳じゃ、なくて……!」

 

 テーブルに手を突き、頭を下げる。喫茶店でこういう事をすると、なんだか痴情のもつれのようになってしまうが、そんな事は気にしない。恐らく違うとは思うものの、もしそれが理由であったのなら、自分は謝らなければいけない、と士道は誠意を込めて…聞こえてくるのは、わたわたとした声。頭を上げてほしいと言われて元に戻れば、侑理は声だけでなく顔もわたわたとしていた。

 

「なら…聞かせてくれ。どうしてここに来てから、ちょっと元気がないんだ?」

「…うち、元気がないように見えました…?」

「ちょっと、な。…ここが気に食わない、って訳でもない…んだろ?」

「そ、それは勿論。むしろここは、うちも良い喫茶店だなって思いますし。思うっていうか、思ってましたし」

「思ってた?…って事は、知ってたのか?」

 

 来た事はないのだろうが、知ってはいたのか。そんな士道の問いに、侑理は頷く。となると、知ってる店を案内されて残念に思っているのか、とまた一つ可能性が浮かんだが…侑理はたったそれだけで元気がなくなるような少女ではない。それはもう、士道にだって分かっている。

 

「…侑理。今さっき俺は、聞かせてくれって言ったが…もしそれが言いたくない事なら、言わなくていい。俺も追求はしないし、この質問自体なかった事にする」

「……言いたくない訳じゃ、ないです…士道お兄さんは、うちを気にかけてくれたんですよね…?…なら、ちゃんと言います」

 

 侑理を見つめ、士道は話す。もうこの話は切り上げてもいいと。それを侑理が望むなら、そうすると。しかし侑理は首を横に振る。そうではないと返し、士道を見つめる。そして数秒、数拍の後、意を決したように……侑理は、言った。

 

「ここは…ラ・ピュセルは、行きたいと思っていた喫茶店なんです。…真那と会えたら行きたいと思っていた…お店、なんです」

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