デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第二十八話 きっと、ずっと

 空を茜色に染めていく夕陽。まだ寒くはないにしろ、少しずつ下がってきた気温。段々と夜に近付いていく中で、士道は侑理を連れて、ある場所までやってきた。

 

「…ここが、俺の家だ。ここで俺は、琴里…服を貸してくれた義理の妹や、両親と住んでいる。…まあ、両親は仕事で家を空けてる事が多いんだけどな」

 

 自宅の前で立ち止まり、振り返って伝える。時間的に、恐らく琴里はもう帰っている事だろう。…もしかすると、まだどこかで見ているのかもしれないが。

 

「士道お兄さんの、ご自宅…えっと、その…立派なお宅ですね…?」

「うん、まぁそうだよな…家の紹介をされたって、反応に困るよな…悪い……」

 

 取り敢えず伝えはしたものの、反応に困るというのはご尤も。しかし士道とて、何も考えずただ近くを寄ったから紹介した…という訳ではない。無論。家を自慢したかった訳でもない。

 

「…で、なんだか…少し、寄っていかないか?勿論侑理が嫌じゃなければだが……」

 

 伺いを立てるようにして訊く士道。これまでよりも弱めに訊いているのは、士道と侑理が異性同士である為。別に士道には疾しい気持ちなど微塵もない訳だが、こういう状況なら侑理側が抵抗感を抱いたとしても何らおかしな事はない。むしろ抱く方が自然であり…だが侑理は、こくりと頷く。

 

「お、お邪魔します」

「お茶を淹れるから、座って寛いでてくれ」

 

 玄関を通り、廊下を経てリビングへ。侑理がソファへ座るのを横目で見つつ、士道は茶を淹れる。自分の分と合わせて二杯を用意し、それを持って士道も座る。

 

「まだ淹れたてで熱いから、気を付けてくれよ?」

「は、はい。…やっぱり、ちょっと緊張しますね…」

「だよな。そんな縮こまるなんて、侑理らしくないぞ?…なんて、な」

「むむ…うちだって、緊張したり畏まったりする時はあるんですからね?うちをなんだと思ってるんですか、うちを」

 

 不満そうな侑理に手を合わせて謝れば、もう…と言いながらも許してくれる。狙い通り、今のやり取りで少しだけ緊張は解れたようで、侑理はお茶を口に運び…「あちっ…」と言って、湯呑みを戻した。…やはり、愛らしさはあっても大人っぽさはない。そんな風に思う士道だった。

 

「…はふぅ……」

 

 改めて侑理は湯呑みを手に取り、割と何度も息を吹き掛けた後、一口飲む。その所作に、迷いや躊躇いはなく…なんというか、侑理はずっとイギリスに住んでいたらしい割には、日本的な動きに慣れていた。これも、真那の存在があったから…日本人同士の関わりがあったからなのかもしれない。

 

「…なあ、侑理。今日は…楽しかったか?」

「……?はいっ!」

「そっか、それは良かった。…俺も、楽しかったよ」

 

 一瞬きょとんとした後、曇りのない笑みで答えてくれる侑理に、自分もだと士道は返す。それを聞いて更に嬉しそうにする侑理を見て、充実感すら士道は抱く。

 今の言葉に、嘘はない。士道は楽しかったし、癒された。次第に調子のいい事を言ったりふざけたりするようになった侑理だが、それを含めて「ちょっと背伸びをしている、明るく屈託のない笑みを見せてくれる少女」と接していると、心の凝りが解れていくようだった。

 だが、だから良かった、良い一日だった…では終わらせられない。士道は良くても…それでは侑理が、真那が、その手を繋ぎ直す事が出来ない。だから士道は、自身も茶を一口飲み、少しだけ待って……言う。

 

「…じゃあさ、今度は…次は、真那と行ってみないか?」

「……っ…」

 

 ぴくり、と跳ねる侑理の肩。それまでは柔らかかった侑理の表情が、ふっと固まる。

 

「言ってたろ?あの喫茶店は、真那と行きたかったんだって」

「…それは……」

「誘えばきっと、真那も来てくれるさ。喫茶店以外だって、行ったら楽しい場所は色々あると思うぞ?もし困ったら、ここ周辺の事は俺も教えるしさ」

 

 喫茶店に着いてから様子が変わった理由について知った士道は、これなら…と思っていた。嫌そうに、不愉快そうにしていたなら士道もどうしたものかと悩んでいたところだが、あの時の侑理は複雑そうではあっても、そこに不快の感情は全く感じられなかった。目覚めた直後の反応の時点で、分かっていたといえば分かっていたが…侑理は決して、真那を拒絶している訳ではないと、あの時改めて感じていた。

 だからどうだと、士道から言った。呼び掛けた。…されど、侑理は黙り込む。小さく俯き…首を、横に振った。

 

「…嫌か?」

「…嫌じゃ、ないです……」

「なら……」

 

 誘えば良いじゃないか。誘ってみるだけ誘ってみるのはどうだ?…士道はそう言いたかった。だが、言えなかった。…見えてしまったから。侑理の、酷く苦しそうな表情が。

 

「嫌なんかじゃ、ないです…一緒に、行きたいです…他の場所にも、行ってみたいです…でも、うちは…けど、うちは……真那とは、会えないです…」

 

 その苦しそうな面持ちのまま、侑理は会えないと言う。会いたくないではなく、会えないと。

 

「…そんな事は……」

「あります、あるんです…。…士道お兄さんは、真那からうちの事、うちが真那と再会してからの事は、聞いていますか…?」

「…ちょっとは、な。けど、本当にちょっとだけだ。何があったかは、殆ど知らないし、聞いてもいない」

「そう、ですか…。…でも、話す程の事でもないんだから、当然です…ただうちは、真那に酷い事をした…酷い事をして、酷い事を言ってしまった…それだけ、ですから…」

 

 力なく、侑理は話す。ただ話すのも、侑理は辛そうで…だが士道は、止めなかった。…聞かなくてはならない。踏み込んだ以上、知らなくてはいけない。そう、思ったから。

 

「…俺は、そうは思わないよ」

「…どうしてそんな事、言えるんですか…殆ど知らないって、今言ったばかりなのに……」

「そうだな。でも俺には、侑理が酷い事を言ったりしたりするようには思えないんだ。大喧嘩になったとか、真那の方も酷い事を言ったとか、そういう事でもない限りはさ」

「……うちは、そんなに良い子じゃないです…」

 

 またゆっくりと、侑理は首を横に振る。膝の上に置かれた、握られた手が小さく震える。そして侑理は、振り絞るような声で…罪を懺悔するようにして、言った。

 

「だって、うちは…うちは真那を、裏切ったから…裏切っちゃったから……」

 

 裏切った。…その言葉は、重かった。何か返した方がいい、返したい…そう思っても返せない程、聞くだけで自分まで苦しくなりそうな程…心にのしかかるような、言葉だった。

 そこにどれだけの感情が、後悔が、罪悪感があるのだろうか。士道は乾いていく唇を舐めて湿らせ、何とか一つ言葉を返す。

 

「…それは、真那と…敵対する形になっちまった事を言ってるのか…?だとしたら、侑理は悪くないだろ…裏切ったって言うなら、それはむしろ真那の──」

「真那は悪くないッ!」

「……っ!」

 

 DEMを抜けたのは、抜けて事実上の敵対関係である〈ラタトスク〉の側に付いたのは真那の方。であれば、普通に考えれば『裏切り』に当たるのも真那の方な筈で…だが次の瞬間、侑理はそれを否定する。これまでのどんな言葉よりも強い声で、士道が最後まで言うよりも早く…言おうとした言葉を、跳ね除けるように。

 

「…ぁ…ごめん、なさい……」

「…いや、俺こそすまん…」

 

 はっとした顔になった侑理は、消え入りそうな声で謝る。面食らってしまっていた士道も、半ば反射的に謝罪を返し…沈黙。ゲームセンターの後のような…そしてその時以上に気の重い静寂が、士道と侑理の間を包む。

 

「…真那は悪くない…悪くないんです…だって真那はずっと兄様を…士道お兄さんを探してて、再会を願っていて、何よりも士道お兄さんの事を思っていたんです…だから真那は、ずっと望んでいた事に準じただけ、自分の思いに従っただけ…そこに裏切りなんて、どこにもない……」

「…知っているよ…っていうと、なんか自意識過剰みたいになるが…真那は本当に、俺の事を案じてくれてたみたいだからな」

 

 士道は思い出す。初めて…というと、もしかしたら語弊があるのかもしれないが、今年の六月に真那と会った時、会うや否や真那は感極まった様子で抱き締めてきた。その後色々あって、DEMの第一社屋前で再会した際には、これまた抱き着いてきた。…何かこれだけ思い出すと、真那に抱き着き癖があるみたいになってしまうが…真那が自身を思ってくれているのは、士道にとっては疑いようのない事だった。…だから、分かる。真那は裏切っていないという侑理の言葉は、理解出来る。

 

「うちはそれを、知っていました…連絡を取り合ってたから、士道お兄さんと会えた事も、それを真那が心底喜んでいた事も、知ってたんです…だからちょっと考えれば分かるのに、真那の行動は士道お兄さんの為だって分かる筈なのに…うちはそれを、理解してあげられなかった…理解しようとも、しなかったんです……」

「…だから、侑理は……」

「それだけじゃ、ありません。…うちは真那を、信じてあげられなかった…エレンさんの言葉は信じたのに、真那の言葉は聞かないで、一方的に決め付けて、邪魔して、敵対して…真那を沢山、苦しめた…ちゃんと話を聞けば良かったのに、うちの言葉をぶつけるばっかりだった…士道お兄さんだって、うちがいなければ…うちが真那の邪魔をしなければ……」

 

 不意に出てきたエレンという言葉。恐らくそれは、DEMの魔術師(ウィザード)である…士道にとっては因縁浅からぬ女性の事。だが今重要なのはそこではないと脇に置いて、侑理を見つめる。

 確かに、そうかもしれない。もし侑理が真那の障害とならなければ、何か違っていたかもしれない。詳しい事は分からないが、分からないからこそその可能性は否定出来ない。…だが……。

 

「…なのに、なのに…最後にうちは、真那に助けられたんです…真那がいなかったらきっと、うちはここにいなかった…うちがいなければ、真那はあんな事にならなかったのに、それなのにうちは……」

「…助けられたってのはさ、真那が侑理の事も思ってた証拠だろ?侑理の気持ちも分かる、分かるけど助けられた事は負い目を感じる事じゃ……」

「違う、違うんですよ…っ!分かってます、真那がうちの事を思ってくれてたんだっていうのは…!こんな酷い事をしたうちを、それでも守ってくれようとしたんだって…!まだうちの事を思ってくれてるんだって…!なのに…そんな真那を、真那の気持ちを裏切ったんです、うちはっ!うちを相棒って呼んでくれた、思ってくれた真那をッ!うちがッ!」

 

 沈み、沈殿していくようだった侑理の感情。それが爆ぜる。底が抜けたように、激しく溢れ出す。

 

「ずっと真那はうちの事を気に掛けてくれてた!弱いうちを見切らないでいてくれて、いつも一緒にいてくれた!本当は辛い筈なのに、苦しい筈なのに、うちには大丈夫なように見せてくれてた!いつだって、うちの事を思ってくれた!真那には沢山助けられて、感謝してる事も一杯あって…うちがDEMで、魔術師(ウィザード)としてやってこれたのは、真那のおかげだった!」

「…侑理……」

「だからうちはっ、思ったんです!誓ったんです!真那の力になりたいって、支えになるんだって!その為に、強くなるんだって!そうしてまた…真那の隣に、相棒として…親友として、立つんだって!それ、なのに…なのに、うちがやった事は、その真逆で…っ!真那も、自分の思いも、全部全部……ッ!」

 

 きっとこれまで溜め込まれていた、消す事も捨てる事も、吐き出す事も出来なかった思いが、後悔が、侑理の中から零れ流れる。侑理は激しく言葉を、感情をぶつける。…誰に?士道に?…違う、自分自身に。

 それは、真那を思うが故の後悔。真那を強く、深く思うからこその、自責と怒り。…漸く、士道にも分かってきた。侑理が裏切ったのは、行動ではなく、心。真那と…真那を思う、自分の心。どちらが上かは分からない。どちらでもないのかもしれない。ただそれが、侑理を押し潰そうとしていた。押し潰れそうに、なっていた。

 

「…そんなうちが、会える訳ないじゃないですか…裏切って、苦しめて、踏み躙ったうちに…会う資格なんて、ある訳ないじゃ…ないですか……」

 

 燃えるようだった、押し寄せていた感情が、それの乗った声が消えていく。吐き出した後には、何も残らない。燃え尽きたように、侑理は項垂れ…そして零れる、涙。溢れ、伝い、ぽたりと落ちる。一粒落ち、二粒落ち…零れる涙は、止まらなくなる。指で、手の甲で侑理は拭い…けれどその度、新たな涙が頬を濡らす。

 

(…だから、会えない…か……)

 

 侑理の気持ちは、よく分かった。聞いて良かったと、士道は思う。聞かなければ、知らなければ、頓珍漢な事を言ってしまっただろうから。余計に侑理を苦しめていたかもしれないから。

 その気持ちは、理解出来る。思うからこそ、感謝しているからこそ、隣に立ちたいと思うからこそ、自分が許せなくなるのは…きっと、何もおかしい事じゃない。そう思ってしまうのは、何も間違ってなんかいない。……けど…。

 

「…そんな事、ねぇよ」

 

 全部聞いて、聞ききった上で、俺は否定する。否定しなきゃいけない。それで良い筈が、ないんだから。

 

「…士道、お兄さん…?」

「そんな事ねぇ。侑理の気持ちは分かった。思いも、苦しさも、伝わってきた。…だけど、そうは思わねぇ。会う資格がないなんて…微塵も思わねぇ」

「…どうして、そんな……」

「どうもこうも、侑理は何も悪くねぇじゃねぇか。少なくとも侑理の行動は間違っちゃいねぇ。そりゃ、真那の為に加勢したとかなら、凄く格好良いかもしれないが…それは同時に、DEMを裏切るって事だろ。ただの善意じゃなくて、仕事として…いや、ボランティアでやってたとしても、一方的にそれまでの関係を蹴って敵対するなんて、格好良くても全然立派なんかじゃねぇよ。…侑理も、そう思ったんじゃないのか?」

 

 経緯は知らない。真那もだが、どうして侑理がDEMに所属しているのか、何も知らない。だが士道は、もう知っている。全部ではないとはいえ、侑理の人となりを。侑理という、少女の事を。だから分かる。侑理はそこで、DEMを蹴れるような人間じゃないと。それに真那は言っていた。侑理にとってDEMは居場所で、仲間なんだと。だったらそれは、真那の為にDEMと敵対するってのは、他の仲間を裏切るって事。そうでなくとも、ごく一般的な感性として…侑理がしたのは、普通の選択。そこに責められるべき部分はない。

 勿論、本当のところは分からない。詳しくは知らないが、真那がDEMに『利用』されていたように、侑理もそうなのかもしれない。DEMへの義理立てが本当にするべき事なのかなんて、今は分かりようがない。されどそれは、侑理も同じ事。同じである筈の事。だからやはり、士道は思う。侑理は、何も、悪くないと。

 

「それは…だけど、だとしても……」

「だけど、なんだよ?」

「…え……?」

「だけどやっぱり、真那を裏切った事には変わりない、か?…だったらそれは、真那も同じだ。真那も…侑理を、裏切ってる」

「……──っっ!」

 

 侑理は、目を見開く。…けれどそれは、驚きによるものじゃない。すぐに分かった。理由は分からないが…それは、そういうものじゃ、ない。

 

「ち、ちがっ、違う…真那は、裏切って、なんか……」

「なら、侑理だって裏切ってねぇよ。侑理がそうだっていうなら、真那もそうだ。だけど真那が違うってなら…俺は侑理のした事を、裏切りだなんて思わない。…裏切ってなんか、いないんだよ。侑理は、真那を」

「…裏切って…ない……?」

 

 酷く狼狽した様子で、侑理は震える。そんな侑理を諭すように、士道は返す。返し、重ねる。士道が言いたいのは、真那も裏切ってるという事じゃない。士道が伝えたいのは、侑理が自分を責める必要はないという事。故に、士道は続ける。

 

「侑理、そんなに自分を責めるなよ。それとも、誰かが言ったのか?侑理は悪いって、間違ってるって」

「…それは…そんな事は…誰も……」

「それなら、侑理を許せないのは侑理自身だろ?侑理は、自分を許したくないのか?それが、侑理の望みなのか?」

 

 ぽつりぽつりと答える侑理へ、更に問う。それから何も言わずに士道は見つめ……侑理は、小さく首を横に振った。

 

「だったら……」

「…でも、いい訳ない…そうです、士道お兄さんの言う通りです…だけどうちは裏切ったんです、裏切っちゃったんです…!それなのに、それだから……」

「──だから、もう会わないのか?」

 

 びくりとまた、侑理は震える。だが、さっきとは違う。侑理の中の、奥底の『何か』に触れてしまったような反応とは違う…侑理が押し込めているものに届きそうだった、そんな風に思える反応。

 

「俺は嫌だね。俺は侑理に、真那と会ってほしい。二人には仲直りしてほしい。いや、喧嘩中とかじゃない事は分かってるけどさ」

「…なんで、士道お兄さんが……」

「当たり前だろ、俺は真那の兄貴なんだから。それに侑理だって俺からすれば、凄く良い子なんだよ。そんな二人が、互いに相手の事を思い合ってる侑理と真那がこのままなんて、絶対に嫌なんだよ。あぁそうだ、俺は認めねぇ。このままでいい訳があるもんか」

「だけど…うちが、許されるのは…裏切ったうちが、許されちゃったら……」

「何か問題あるか?ねぇよ、問題なんて。むしろそれが一番だ、それが全員満足出来る道なんだよ」

「満足なんて…そんなの、うちは…これだけの事をしておいて、真那と会うなんて……」

「いいんだよ!誰もそれを責めちゃいねぇ!俺は資格の話なんて一度もしてねぇ!会えないとか、会える訳ないとか、そんな事はどうでもいい!会いたいかどうか、ただそれだけなんだよッ!」

 

 自分を許せない侑理。その心を縛っているのは、真那を裏切ったという思い。それは、侑理以外にはどうしようもない、誰にも溶かす事の出来ない氷壁。…だが、それだけの事。それ以外、侑理を縛るものはなにもない。侑理自身が踏み出せるかどうか…たった、それだけ。

 真那も、同じだった。踏み出す事を恐れる真那と、踏み出してはいけないと自らを縛る侑理。たった一歩踏み出すだけで変わる、なのにその一歩が踏み出せない…分かってしまえばそんな、単純な事。…けれど分からないから、自分一人ではその先が見えないから、二人の距離は離れたまま。…だから、士道が踏み込んだ。二人にも踏み込んでほしいから。もう一度その手を、繋ぎ直してほしいから。

 そんな気持ちの昂りから、言い切った言葉。侑理は俯き、口を閉ざす。長い、長い、沈黙の時間が流れ、そして……

 

「…会い、たい…真那と、会いたい…会って、話して、謝って…また一緒に、いたい……っ!」

 

 再び流れる、侑理の涙。きっと負い目や罪悪感に押し込められていた、心の奥に封じ込められていた気持ちも、漸く溢れ、言葉になる。

 

「…だったら、そうしようぜ。俺も最後まで、協力するからさ」

「ぁ、うぁっ…士道、おにぃさん……っ!」

 

 ぽろぽろと涙を流す、侑理の頭を撫でる。…気付けば、そうしていた。宥めるように、ゆっくりと士道は撫でていて、侑理もそれを受け入れていた。侑理が落ち着くまで、撫で続けていた。

 

「…ありがとう、ございます…士道お兄さん…。…けど…会って、くれるかな…真那は、会いたいって思ってくれてるのかな……」

「心配すんな、真那も……」

 

 一歩踏み出す決心はついても、不安は消えない。それもまた、普通の事。だから士道は、その背中を押そうとし……

 

「──会いたいに…決まってるじゃねーですかっ!」

 

──声が、響いた。扉の開かれる音と共に、その声が。侑理を見つめる…真那の声が。

 

「……真、那…?」

「会いたいに決まってるじゃねーですか…ずっと、会いたかったに決まってるじゃねーですか…!ずっと、ずっと…私は……っ!」

 

 茫然とする侑理の隣で、士道も唖然とする。今日一日、概ね計画通りに過ごしてきた。だが、士道は真那を呼んでいない。今日の事は話しておらず…故にこれは、予想外。

 

「ぁ…あ、あの…う、うち…ごめ──」

「申し訳、なかったです…!」

「ぇ…?ち、違う…違うよ真那…!謝らなきゃいけないのは、うちの方で…!」

「そんな事はねーです!私は何も知らなかった。知らなかったし、考えようともしなかった!私の行動で、侑理にどんな思いをさせるかなんて、これっぽっちも考えてやがりませんでした!…考えたら、怖くなってしまうから…!DEMを抜ける事、敵対する事に躊躇いはなくても…侑理に嫌われる事だけは、怖くて怖くて仕方なかったから…!」

 

 言葉を被せるようにして謝った、頭を下げた真那の姿に、慌てて侑理は立ち上がる。真那の方も否定し返して…真那も、言葉にする。これまで侑理に言えなかった事を。伝えられなかった事を。

 

「…うちだって、全然真那の気持ちを分かってあげられてなかった…話を聞かないで、勝手に決め付けて、それで裏切って……」

「だから、そんな事はねーです!少なくとも私は、裏切られたなんて一度も思った事はねーんですよ!だって、そうじゃねーですか!全部真那が勝手にやった事で、侑理はこれまで通りにしていただけでいやがるんですから!じっくり話せる状況でもなかったとはいえ、先に話すべきは私の方でいやがります!だから戦う事になったのも、私のせいで…それでも侑理は、ずっと私の事を思ってくれてたじゃねーですか!ジェシカの砲撃を受けた時だって、私を守ってくれようとしたじゃねーですか!全部私がわりーのに、見捨てられても仕方ねーのに、それでも私を思ってくれる…まだ相棒だって、親友だって言ってくれる侑理と会いたくねーなんて…そんな事、絶対にあり得ねーですッ!」

 

 言葉と共に、真那は腕を振る。あり得ないと、その思いが溢れ出すように。

 本当に、二人は同じだった。同じように、自分が相手を分かってあげられなかったと思っていて、自分が悪いと思っていて、だから会いたい気持ちとは裏腹にそれが出来なくて…ずっと相手の事を思っていた。侑理は真那を、真那は侑理を思い続けていた。

 

「…だから、会えないとか、資格がないとか…そんな事、言わねーで下さい…資格なんかどうでもいいです、関係ねーです…私は、真那は…侑理と一緒に、いたいんです……」

 

 感情に呼応するように力が籠っていた肩が、ゆっくり降りていく。伝えたい事は全て言い切った…そんな風に、真那は見つめる。そして侑理の唇は震え…開く。

 

「…ごめん…ごめんね、真那…ごめん、なさい……」

「侑理が、謝る事なんて……」

「謝らせて、謝らせてよ真那…うちだって、同じだよ…全部全部、真那と同じで…真那との繋がりが消えちゃうのが怖くて…でも会う事も出来ない、しちゃいけないって思ってて…だけどうちも、一緒にいたいよ…真那と一緒に…ずっと一緒にいたいよぉ…っ!」

「……っ、侑理っ!侑理ぃっ!」

 

 もう一度、侑理は言う。今度は真那の前で、真那に向けて、真那と同じ思いを紡ぐ。きっとそれが、間違いなくそれが、ずっと言いたかった思いで…真那は、飛び出していた。侑理の名を呼んで、駆け出して…侑理の事を、抱き締める。

 

「ぅ、ぁっ、真那…真那ぁっ!会いたかった、会いたかったよぉぉっ!」

「そんなの真那も同じですっ!ずっとずっと、侑理に会いたかった…!こうしてちゃんと、会いたかったでいやがりますよぉっ!」

 

 数歩後ろによろけながらも、侑理は受け止め抱き締め返す。三度侑理の瞳からは涙が零れ、真那もまた涙を流す。強く強く抱き締めながら、互いの存在を確かめるように抱き締め合いながら、二人は泣きじゃくる。

 

「もう離さねーです…っ!何があっても、絶対に侑理との繋がりは、離したりなんかしねーです…っ!」

「うちだって、もう離さない…っ!絶対絶対、真那と一緒に、これからも一緒にいるんだから…っ!」

 

 何度も何度も、二人は呼び合い、声を掛け合い、思いを伝え合う。実際に離れていた期間は、間違いなく士道と真那の方が長い。だが、重要なのは時間ではない。そもそも人と人との繋がりは、簡単に比較出来るようなものではない。確かなのは、二人共互いを心から思っていた事。思うからこそ辛く、踏み出せず…それでもやっぱり、会いたかったという事。士道がしてきた事は、あくまでアシストに過ぎず…その思いがあったからこそ、今この瞬間があるのだという事。

 妹である真那と、その親友の侑理。互いを思い合う、二人の再会。それが為され、途切れかけていた繋がりが結び直された事が…士道は、心から嬉しかった。

 

 

 

 

「ありがとな、琴里。色々と気を遣ってくれてさ」

 

 真那の再会から数十分後。侑理達が落ち着いたところでリビングへと入ってきた、そして今はソファに座る少女…士道の義妹であり、なんとラタトスク機関の司令でもあるらしい琴里へと感謝を伝える。

 その琴里と士道とのやり取りで分かった事だが、真那を呼んでいたのは琴里だった。更に言えば、今日一日の事は真那の話を聞いた士道が、琴里と共に考えたプランだったとの事。しかもどうやら真那を呼んだのは琴里の独自判断であり、あるタイミングでは支援までしてくれたらしく…なんだか凄い少女である。自分や真那と対して変わらない背丈の少女とは思えない程、とにかく凄い少女であった。…尤も、魔術師(ウィザード)である事を考えれば、侑理や真那も決して普通ではないのだが。

 

「この位気にしないで。前も言ったけど、真那も侑理も今ここにいるのは、私にも責任があるんだから」

「ええ、と…確認ですけど、うちに服を貸してくれたっていうのも……」

「私よ、お気に召したかしら?」

 

 凛とした、侑理と違ってちゃんと大人っぽい雰囲気をしている(それがちょっと悔しかったが)琴里の問い掛けに、侑理はこくりと頷いて返す。その瞬間、士道は何とも言えない表情を浮かべて琴里を見ていたが…その理由は、さっぱり分からなかった。

 

「その、琴里さんもありがとうございます。もし二人が助けてくれなかったら、うちはきっと…ううん、間違いなくまだ……」

「いいわよ、感謝なんて。私は考えなしに約束なんてした挙句、泣き付いてきた士道に手を貸してあげただけ。…士道から話を聞かなければ、何も知らないままだった位だもの」

「だとしても、琴里さんに助けられたのは事実でいやがります。だから、私からも感謝をさせて下さい」

「……まぁ、うん…そこまで言うなら、感謝の言葉は受け取るわ…」

 

 続けざまの感謝を受けて、琴里はちょっぴり視線を逸らす。その時の顔は、ほんのり照れたようになっていて…さっきまで何とも言えない面持ちだった士道が、今は柔らかな表情を浮かべていた。それに気付いた侑理は、同じく気付いた様子の真那と顔を見合わせ…ただそれだけで、嬉しくなる。自然と頬が緩んでしまう。

 琴里が座っているのは、L字型ソファの短い側。長い側には侑理が真那と座っている。しかしただ座っている訳ではない。ただ座っているのではなく、侑理は真那の腕に抱き着いている。真那の腕に両腕を絡め、身体を寄せ、ばっちりしっかり密着していた。理由は言うまでもない、説明するまでもない。

 久し振りにちゃんと感じられる、真那の熱。真那の柔らかな感触と、真那の匂い。まあ実際のところイギリスにいた時と違うシャンプーやボディーソープを使っているからか、全く同じ匂いという訳ではないのだが、重要なのはそこではない。崇宮真那という少女そのものが醸し出す香り、真那フレグランスとでも言うべきものが、そこにはある。ある気がする。そして極め付けは、真那が多少恥ずかしがりはしているものの、一切振り解こうとはしない事と、それどころか侑理が絡めた手を握り返してくれている(しかも恋人繋ぎ!)事で…何だかもう、幸せ過ぎた。一日出掛けて、その後何度も泣いて疲れた後でなければ、恐らくテンションがおかしな事になっていただろう。

 

「けど何にせよ、上手くいって良かったわ。…廊下で色々と盗み聞きする形にはなっちゃったけど…あれだけの思いを聞いたとなれば、すれ違ったままで終わるなんて目覚めが悪いにも程があるもの」

「はは、俺に手を貸しただけって言いつつ、やっぱり気に掛けてたんじゃないか」

「う…いいでしょ、別に。それとも士道は私が、恩着せがましく感謝しろって返した方が良かったって言うの?」

「別にそういう訳じゃないが…俺は、最初っからこうなるって分かってたぜ?」

「へー、流石真那と血の繋がりのある兄妹で、何度も侑理のところへ通う、素敵なおにーちゃんなだけはあるわね」

「いや、返しの当たりがキツ過ぎるだろ…そういう事じゃなくてさ、もっと単純に、見て分かる事があったんだよ」

 

 肩を竦める士道に、琴里は勿論侑理達もどういう事かと小首を傾げる。そうして視線を集めた士道は片腕を上げ、その手首を指差す。

 

「二人が付けてるブレスレット、それってお揃いのやつだろ?」

『あ……』

 

 お揃いのブレスレットがあって、それを今も着けている。肌身離さず着け続けている。それが何よりの証拠だと、士道は笑って言う。…言われて初めて、侑理は気付いた。そして恐らく、それは真那も同じ事。あの日作った、互いにプレゼントし合った、戦いの最中ではワイヤリングスーツや武装の都合であるかどうかも分からなかったブレスレットが、確かに互いの腕にはあって……

 

「…ぅ…真那ぁ……」

「何度泣く気でいやがるんですか、侑理は…いい加減、涙も…枯れ、てっ……」

 

 じわりと熱くなる目元。初めこそ呆れた顔をしていたものの、その内段々と真那の目にも浮かぶ涙。流石に今度は号泣する程ではなかったものの…人間、涙は流しても流しても、意外と枯れないものだと知る侑理だった。

 

「さて、と。じゃあちょっと遅くなっちまったが、夕飯を作るとするか。二人も食べていくだろ?」

「勿論!」

「うちも、士道お兄さんがいいなら是非っ」

「あいよ。んじゃ琴里、何が食べたい?」

「え?…ここは私じゃなくて、二人のリクエストを訊くべきでしょ」

「いや、今日は琴里のリクエストを訊こうって思う理由があってだな…それに琴里…と令音さんもだが、手伝ってくれたお礼はしたいと思っててさ。…そういう訳で、二人のリクエストはまた今度な?食べに来てくれれば、いつでもご馳走するからさ」

 

 そう言って、士道は侑理達へ朗らかに笑う。…そんな士道に、侑理は救われた。彼自身はきっとそれを誇ったりなどしない、士道一人の力ではない事も事実。それでも間違いなく、核になったのは士道であり…感謝してもしきれない。それが、今の侑理の気持ち。

 

(…でも……)

 

 リクエストを聞いた士道は、リビングから繋がる台所へ。その姿を一度は見送り…されど侑理は、真那の腕を離して立ち上がる。

 

「士道お兄さん。うち、決めました」

「決めた…って、いうと?」

「呼び方です。言いましたよね?士道お兄さんって呼び方は、暫定的なものだって」

「あぁ、そういえばそうだったな。けど、わざわざ宣言とかしなくたっていいんだぞ?俺の事は、侑理が好きなように呼べば……」

 

 感謝があるのは間違いない。恩返ししたいとも思うし、真那の兄という事での尊敬もある。しかし、それだけではない。一日共に過ごしていて感じた喜び、楽しさ、その中で生まれた心の温かさ。彼の笑顔が…否、笑顔以外にも沢山の表情を見てみたい、もっと話したい、もっともっと彼を知りたい。真那と同じように…彼の力にも、なってあげたい。だからきっと、この思いは…自分が抱いた、この気持ちは……

 

「だからこれからは──士道にぃ、って呼ばせてもらうねっ♪」

「なっ!?」

「ちょっ!?」

「ゆ、侑理!?」

 

 ぴょん、と跳ねるように駆け寄って、胸元へ飛び込む侑理。軽く抱き付き、士道を見上げ…自然と浮かぶ、満面の笑みを彼へと見せる。

 驚愕する士道の表情。愕然としたような声を上げる、琴里と真那の反応。その全てを感じながら、侑理は思った。士道に出会えて、真那との絆を結び直せて、今という時を掴む事が出来て……本当に、良かったと。

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