士道と出掛け、充実した一日を過ごし、それから彼に抱えていた思いの全てを吐露し…そうして侑理は、真那と再会する事が出来た。互いに踏み出し、手を伸ばし、途絶えかけていた繋がりを、結び直す事が出来た。更に夕食後、士道…というよりラタトスクの司令である琴里の判断と計らいで、五河家に泊まっていける事となった。さも当然の様に、侑理は真那と同じ部屋で泊まる事にし、この日は真那と共に一晩過ごした。
大きな悩み、自分の在り方に関わる程の問題が解決し、一件落着となったその日。しかし真那と元通りの関係にはなれたが、侑理がDEMの人間である事には変わりなく…翌日侑理は、〈フラクシナス〉へと戻る事となった。されどそれも仕方のない事、と侑理は受け止め…暫くの時を過ごしたところで、侑理は呼ばれる事となった。
「失礼、します」
〈フラクシナス〉に戻って以降、ずっと共にいてくれた真那に連れられて、侑理は司令室へと入る。そこには当然、琴里がおり…更に令音の姿もあった。
部屋の奥にある席へ腰掛ける琴里は、軍服姿。といってもきっちり着ている訳ではなく、赤いジャケットへ袖を通さず肩に掛けた、何だか少し勇ましい着こなし。一方令音はきちっと着ており…容姿といい服装といい、立場が逆では?…と思わざるを得ない侑理だった。…勿論、言いはしないが。
「…今、失礼な事考えたわね?駄目よ、人を見た目で判断しちゃ」
「うっ、ごめんなさい…。…でも、そうだよね…エレンさんもウェストコットさんも、立場から考えれば若過ぎる見た目をしてる訳だし…」
速攻見抜かれ、侑理は謝罪。そのやり取りに真那は肩を竦め、令音は何を考えているのかよく分からない表情を浮かべる。そして侑理達は、琴里から座るよう促され…腰を下ろしたところで、琴里は一つ咳払い。
「こほん。貴女を呼んだのは、話をする為よ。貴女の事と、これからの事に纏わる話を、ね」
「うちの、事…」
真面目な面持ちで発された言葉で、ふっと高まる緊張感。元々司令室に呼び出された時点で、重要な話だろうとは思っていた。しかしいざ言われれば、その内容が予想の範疇であろうとも緊張してしまうもので…されどそれを感じ取ったのか、隣に座った真那が侑理の肩へ軽く手を置く。
「そう固くなる事はねーですよ。こう見えて琴里さんは優しい人です。少なくとも、侑理にとって悪い話にはならねー筈ですよ」
「ちょっと、何よこう見えてって。貴女には私がどう見えて……」
「琴里、話が脱線しているよ」
半眼と共に問い詰めようとした琴里へ待ったをかける、静かな声。令音の指摘で琴里は黙り…また一つ咳払い。気を取り直すようにして、再び視線を侑理へと向けてくる。
「侑理。初めに言っておくけど、これからするのは楽しい話じゃないわ。聞かなければ良かったって思うかもしれない、そういう話よ。覚悟はいい?」
「…うん。うちだって、いつまでもこのままいる訳にはいかない事は、分かっているから」
真剣な眼差しに、頷いて返す。一先ず衣食住を提供されている現状だが、勿論これは当たり前の事ではない。侑理自身、真那との関係を取り戻せた事で、『これから』に目を向けられるようになってきた。だからこその、琴里への首肯。
因みに昨晩、敬語は不要だと言われた事で、侑理は対等な話し方を琴里へとする事にした。確かに立場を抜きにして考えれば、真那同様同じ位の背丈な訳で…そういう相手がこれまで真那以外殆どいなかった侑理にとって、そう言ってもらえるのは正直かなり嬉しかった。
「良いわ、なら心して聞いて頂戴。侑理も…真那も、ね」
「…それって、まさか……」
ちらり、と琴里は真那にも視線を送る。その言葉に、視線に、真那はぴくりと肩を震わせ…琴里は、言う。
「単刀直入に言うわ。侑理、貴女の身体は──真那と殆ど同じ状態よ」
「……──っ!」
その瞬間、誰よりも反応したのは真那だった。自分の事である侑理以上に、真那は反応していた。むしろ侑理は、自分の事でありながら、何だか実感が無く…言った琴里は腹立たしそうな、令音は苦々しげな顔をしていた。
「…それは、何かの間違いではねーんですか…?」
「残念ながら、精密検査の結果よ。解析は令音がしているから、間違いはないわ」
「……そうで、いやがりますか…」
立ち上がっていた真那は、琴里の静かな…真面目な面持ちでの返しを受けて、ゆっくりと座る。それから侑理の事を見て…辛そうな、表情を浮かべる。
「…真那……」
「…落ち着いているのね。予想は出来てた、って事なの?」
「そういう訳じゃ…ない、事もないかな…。真那から自分の事や、うちも同じかもしれないって事は聞いてたし…ジェシカさんの、事もあるし……」
「…………」
「…けど、一番は正直、現実味がないっていうか…うちも真那も、普通に生活出来てる訳で…。……普通だよね…?」
「えぇ、そうね。普通よ。…普通に見えるからこそ、余計タチが悪いのよ。現状何の支障もないからこそ、貴女も真那も、自分が異常な程の魔力処置をされていると気付けなかった訳だから」
ひょっとして、自覚はないだけて他人から見たら自分は何かおかしかったりするのだろうか。そんな疑問を琴里は否定する。そしてちらりと横を見てみれば、真那は黙っていた。何も言わず、俯いていた。
「…でも、そっか…そうなんだ…。うちは、真那と……うん?」
「どうかしたの?」
「さっき、琴里は真那と『殆ど』同じって言ったよね?殆ど、っていうのは……」
「全く同じではないって意味よ。つまり、多少は違いがあるって事なんだけど……」
「少しばかり、処置のされ方が違うという事だ」
嘘を吐かれているんじゃないか…そんな風には、思わなかった。真那は言わずもがな、琴里の事も侑理は信用し始めていた。そんな琴里は、ここにきて歯切れの悪い様子を見せ…引き継ぐようにして令音が口を開く。
「まず前提として、琴里の言った通り君達二人の状態は全く同じという訳ではない。けれど、それは当然の事だ。一人一人
「…され方が違う、って言ってましたよね…つまり、処置の方法が違ってるって事ですか…?」
「そういう訳でもないよ。君達の違いは、同じ方法での、やり方の違いだ。有り体に言うならば──乱暴に壊されたのが真那で、丁寧に壊されたのが侑理だ」
『……っ…』
壊された。その言葉で、初めて背筋が寒くなる。真那もこの時、表情を歪めていて…次に令音が口にしたのは、謝罪の言葉。
「…すまない、こんな言い方をしてしまって。ただ、二人にはきちんと把握しておいてほしかったんだ。今の、自分の状態を」
その言葉と共に、令音が侑理と真那を見つめる。じっと見つめる令音の瞳は、真剣そのもので…同時にどこか、真摯なようでもあった。侑理は令音と、何度も話した訳ではない。侑理からすれば、令音が真那と同じように自身を慮ってくれるというのは、些か違和感のある話。勿論、令音がそんな事関係なしに心配してくれているという可能性もあるとはいえ、どうも侑理は気になって…されどその答えを得るより先に、真那が吐息の様に言葉を漏らす。
「…私への言葉でもあった、という事でいやがりますか…。……まぁ、ほんの少しだけ安心しました」
『安心?』
「同じ壊されたでも、丁寧にであれば、多少は侑理の方がマシって事でいやがるんでしょう?」
「…ああ。だが、五十歩百歩だ。絶対に、楽観視はしないでほしい」
こくりと頷いた上で、令音は念を押す。五十歩百歩という言葉に、真那は黙り…その視線が、侑理へと向く。
壊された。…そう言われる事には、ショックがあった。この真剣な場で、ふざけた発言や、不要な毒舌が出るとも思えない。であればやはり、それは誇張でも何でもない…的を射た表現だという事。自分が、自分の身体が人として『壊れている』と評されるのは辛く…これまで信じてきたDEMに壊されたのかと思うと、切なかった。…だが……
「…いいんだよ、真那。というかむしろ、うちが真那よりマシだって言われて喜ぶとでも思った?自分で言うのもアレだけど、うちだよ?真那の事最優先な、うちなんだよ?」
「い、言われてみると確かにそうでいやがりますね…。…でもやっぱり、侑理には少しでもマシな状態であってほしかったです」
「それこそ、うちも同じだよ。真那には、ちょっとでも元気でいてほしいもん」
「あー…二人共、話を続けていいかしら?」
「おっと、これは失敬」
相手にマシであってほしいのは、お互い様。そんなやり取りをしている中で琴里に問い掛けられ、侑理達は見つめ合った状態から視線を戻す。いつの間にか自分達の世界に入ってしまっていた侑理と真那で…琴里は呆れ混じりの表情をしていた。一方令音は、何やら穏やかな顔をしていた。
「貴女の身体の事、それが伝えたかった事の一つよ」
「…一つ?って、いう事は……」
「もう一つ、貴女に伝えなきゃいけない事があるの。…いえ、これは伝えるというより、確かめなきゃいけない事ね。言ったでしょ?貴女の事と、これからの事…って」
そうだった、と侑理は思い出す。身体の事で失念していた侑理だが、ラタトスクからすれば、重要なのはこれからの事。自分が、どうするかという事。
「侑理。ラタトスクは精霊の保護を目的とする組織であって、慈善団体じゃないわ。だけど本人の意思を無視して身体を弄くり回された貴女を放っておく程、冷たい組織でもない。少なくとも、私の手の届く範囲は、そうありたいと思っているわ」
「…だから、うちの事も丁重に扱ってくれたんだね」
「まぁ、心底必死そうな顔で真那に頭を下げられたしね」
「ちょっ、琴里さんそれは…!」
わたわたとする真那に対し、にやりと笑う琴里。その時の話を凄まじく聞いてみたい侑理だったが、すぐに話が再開された事で、侑理はぐっと気持ちを飲み込む。
「だから、もし貴女が望むなら、真那と同じように貴女の事も受け入れるわ。好き勝手されるのは困るけど、良識ある行動をしてくれるなら、自由だって保証する」
「…じゃあ、望まなかったら…?」
「それは、DEMに戻るって事?」
「…………」
問い掛けへ、返すのは無言。侑理からの視線を、琴里は真っ向から見た目返し…それからふぅ、と息を吐く。
「…そうなったら、困るわね。ラタトスクや〈フラクシナス〉の重要な情報は、貴女に漏れないようにしていたつもりだけど、絶対に漏れていないって確証はないし。だから貴女が自分の身体の事を聞いても尚戻ろうとするなら、私達は貴女を拘束する必要がある。抵抗するなら、多少手荒な事もしなくちゃいけない。…まぁ、あんまり過剰な事は出来ないけどね」
「当然でいやがります。侑理の選択次第で拘束される事になるのは、仕方のねー事ですが…不必要に侑理を傷付けようってんなら、私が相手です。たとえ琴里さんであろうと、容赦はしねーです」
「ほらね?…って訳だから、お互いの為にも貴女には賢明な判断をしてもらいたいわ」
はっきり言い切る真那に琴里は肩を竦め、侑理へと視線を戻す。ちらりと横を見てみれば、そこには腕を組んで胸を張る真那の姿。…この様子だと、脅しではなく本当にやりそうな感じである。そしてそんな真那の発言を受け、そこまで思ってもらえている事は嬉しいような、隣に立ちたいと思っていた自分的には少し情けないような…でもやっぱり啖呵を切る真那は格好良い、超格好良い素敵!…とかなんとか思ってしまう侑理であった。
(…DEMに、戻る……)
それは、決して頭になかった事ではない。むしろ目覚めた当初の侑理は、そちらを考えていた。当たり前だが、このままここに残るという選択肢の方がなかった。
だが、今は違う。真那の事、士道の事、琴里達の事…そして、自分の事。今はもう、完全に事情も、心の中にある思いも変わっていて……。
「…少し、考える時間をくれないかな。今日、一日だけでもいいから」
だからこそ、侑理は思った。自分の中にある、今の自分の正直な思いを言わなければいけない、と。
「正直、もううちもDEMをこれまでと同じようには見られない。ラタトスクだって、まだ全面的に信じてる訳じゃないけど…ただDEMに戻る事が正しいとは、思えない。…だけどそれでも、DEMには仲間が、尊敬出来る人がいる。その人も、もしかしたらうちを騙していたのかもしれないけど…けど、そうじゃないって信じたい気持ちも…うちには、あるから」
結局、そこだった。DEMをこれまでと同じように思えなくとも、共に戦ってきた第二執行部の面々や、お世話になった人達、何よりエレンに背を向けるのは…嫌だった。それが、侑理へ躊躇いを抱かせ…待ってほしいという言葉になった。
「…ま、そうよね。そう思うのも当然の事よ。というかその点、真那は逆にさっぱりし過ぎな位だし」
「私だって、躊躇がなかった訳じゃねーですよ?同僚には、申し訳ねーって気持ちもあります。ただ、私は侑理程周りと仲良かった訳じゃねーですし…何より兄様がいやがりますからね!」
「…真那、それは『いる』の乱暴な言い方と、『嫌がる』とを掛けた一種の駄洒落……」
「そんなしょうもねーところで話の腰を折るんじゃねーですよ侑理…」
ふふん、という顔付きから一旦、肩を落として半眼を侑理へと向けてくる真那。確かにわざわざ言うまでもないような、余計な指摘。しかしこんなやり取りすら、侑理からすればやっと取り戻せたものな訳で…だから言わずにはいられない侑理だったのである。
「ともかく、そういう事なら一日待つわ。ちゃんと考えて、決めて頂戴」
「うん。…ありがとう琴里、うちに譲歩してくれて」
「無理に何かを強いたって、禍根を残すだけだもの。何事も、平和的にいけるならそれが一番でしょう?」
確かにそうだ、と侑理は琴里に首肯を返す。…初めは不釣り合いに見えた、琴里の容姿と軍服。だが今はそれが、少しだけそうでもないような…似合っているような、気がしてきた。
「……で、取り敢えず話は終わりなんだけど…」
「……?」
「…ちょ、ちょっと訊いていいかしら…?…その、貴女の言う『士道にぃ』っていうのは……」
「士道さんの事だよ?」
「それはそうでしょ、そんなの誰だって分かるわよ…そうじゃなくて、気持ち的な意味で貴女は……」
一先ず終了と思いきや、投げ掛けられる新たな問い。これまでとは打って変わって、何やら余裕が失われた琴里の様子。一度は意味を勘違いした侑理だったが、再度の問い掛けで理解をし、あぁ、となんて事ない調子で返す。
「士道にぃって、とっても素敵な人だもん。という訳で、うち的公式お兄ちゃんに抜擢しました!現在士道にぃにも申請中、承諾が取れ次第公認の公式お兄ちゃんになる予定です!」
「いや駄目だけど!?ちょっ、勝手に公式お兄ちゃんに抜擢しないでくれる!?」
「…公式お兄ちゃん自体は、割と勝手に言ってるものじゃ…?」
「そうだけど!そうだけども!基本的に公式お兄ちゃんって、妹側から抜擢するものじゃないでしょ!第一公式にしろ公認にしろ、それは本物の妹である私のポジションなんだからね!?」
「おっと、それは聞き捨てならねーですね。確かに私も、兄様に対する侑理の『士道にぃ』呼びには思うところがある…いや、物凄くあるところでいやがりますが、義妹である琴里さんが、実妹である私を差し置いて本物の妹ポジションを名乗るのは分不相応ってもんじゃねーですか?」
「なんですって…?…っていやいや、今は私と貴女でいがみ合ってる場合じゃないでしょうが…!真那だって、義妹ですらない…って言い方をするのは癪だけど、ほんっと癪だけど…!…侑理に士道の事をおにーちゃん扱いされるのは見過ごせないでしょ…!?」
「あ、大丈夫。別に真那の立場を脅かそうとは思ってないし、むしろうち的にも士道にぃは真那のお兄様!って思ってるから。というかなんなら、真那のお兄ちゃんな時点で、それはもうやっぱりうちにとっての公式お兄ちゃんで間違いないからね!」
「それはもう意味が分からないわよ!なんでそうなるの!?」
「これに関しては、私も訳が分からねーです…偶に侑理は理解の出来ない事を堂々と言いやがるんですよね……」
つい数十秒前までの貫禄はどこへやら。一気に見た目相応となった琴理や、実妹である事を強く主張する真那と共に、三人でわーきゃー言い合う侑理。そして大激論になりそうな雰囲気もあったのだが、最終的には令音の「今は侑理がじっくり考える時間が必要なのではないかな」…という完璧な正論で以って、あっさり閉幕するのであった。…大人力とでも言うべきものがあるなら、この場においては令音が断トツである事は間違いない。
「…侑理」
「え?あ、はい。…なんでしょう…?」
司令室を出ようとした侑理を呼び止める、令音の声。何事かと思って振り返れば、先程の様にまた真剣な眼差しを見せる令音が、じっと侑理を見つめて言う。
「君は、今言われた事以外で、自分について不安な事や気になる事、或いは違和感…そういったものを、抱いてはいないかい?」
「…え、と…特にはない、ですけど……」
「なら、シンについては?」
「士道にぃ?…優しくて、親しみがあって、でも頼れる男の人…って、あ、あれ…?こ、こういう話です…?」
「…そうか。うん、いきなり妙な事を訊いて悪かったね。…私も、そう思うよ」
「へ?…あ……」
小さく笑ってみせる令音。その笑みを見て、数拍置いてから、侑理は彼女の「私もそう思う」という言葉の意味を理解する。
しかし、特に驚きはなかった。むしろ、納得すらあった。士道との付き合いは大して長くもない自分でもそう感じるのだから、きっと自分より長い付き合いの令音が同じ事を思っていても、何らおかしな事はない…何気なく、そんな風に思った侑理であった。
*
これまで侑理が過ごしていたのは医務室。しかし当然ながら、医務室は怪我人や心身の体調不良者の為の部屋であり、いつまでも侑理がいる訳にもいかない。という訳で、本日〈フラクシナス〉に戻ってからは真那の割り当てられた部屋で過ごしており…今もまた、真那の部屋へと再び入る。
「そういえば、真那は士道にぃと一緒に暮らさないの?」
「それは…まあ、どうしたものか…って感じでいやがりますね」
ベットに座った真那に続いて、自身もベットへ腰を下ろす。それと共に、ふと気になった事を真那へと問う。
「それって、迷うような事?兄妹が同じ家で暮らすのは、普通の事でしょ?」
「や、それはそうでいやがりますが、あくまで兄様が今住んでいるのは、『五河家』でやがりますからね。世帯主の方に無断で住み着く訳にはいかねーですし…正直ちょっと、琴里さんに遠慮してる面もあるというか……」
あ、これは琴里さんに言わねーで下さいよ?…という真那の言葉に、侑理は首肯。それはどちらも、侑理にとって納得の出来る理由だった。妹として張り合っていた真那だったが、自分と同じように琴里に恩義を感じていると分かったのも、納得の要因の一つだった。
「それに、兄様がどこにいるかも分からなかった頃に比べれば、会いたい時に会えるだけでも今は十分ってもんです。…まぁ、だからっていつまでもここに居着くのが良いかどうかも微妙なところでいやがりますし、取り敢えず今は…って感じでいやがります」
「そっか。…うん、そうだよね。もう、焦る事はないもんね」
もう一度頷き、侑理はぼんやりと壁を見つめる。やっと再会出来たから、今は会えるだけでも十分…それは正に、今侑理が真那に対して思っている事でもあった。…まあ、昨夜はほぼずっと一緒にいた訳だが。今日も同じようなものだが。…会えるだけでも十分とはいえ、一緒にいられるならいたい…ぶっちゃけそんなところだが。
「じゃあさ、もう一つ訊いていい?」
「なんでいやがりますか?」
「…ジェシカさんの、事…あの後ジェシカさんは、どうなったの…?」
瞬間、真那の表情は強張る。途端に暗くなり…それだけで、分かってしまう。聞かずとも、彼女がどうなったか…容易に予想が付いてしまう。
されど侑理は、聞く姿勢を崩さなかった。きっと聞けば辛くなる。そう分かっていても尚、聞かなければいけないと思った。大切な仲間だからこそ、目を逸らしたくはなかった。そしてその気持ちが伝わったのか、真那はゆっくりと息を吐き…告げる。
「……最後まで、ジェシカは立派なものでした。もし侑理が途中まで受けてくれていなかったら…最初から全て私が受けていたら…どうなっていたかは、分からねーです」
「…じゃあ……」
「…最後の一撃を受け止めきった時、ジェシカは…力も思いも全部出し尽くした、やり切った後のような…そんな顔を、していやがりましたよ」
「…そ、っか…。…色々言われた事もあるし、からかわれる事も多かったけど…うち、ジェシカさんと仲間になれて、本当に良かった」
「私も、ジェシカの忠誠心は心から尊敬していやがります」
はっきりした表現を、真那はしなかった。しなかったが、侑理には伝わった。だからそれでいいと、侑理は思った。
「…で、どうする気でいやがりますか?」
「どう、って…これからの事?」
暫しの時を経て、今度は真那が、侑理の言葉に首肯をする。軽い声音で…されど真剣な目で、侑理を見てくる。
「…ごめんね、真那。まだ、答えは出せない。…って、言えたら良かったんだけど……」
「……?」
「…うん、実際は答えを先延ばしにしてるだけかな…頭では分かってるけど、心がそれを飲み込みきれなくて、それで考える時間が欲しいなんて言っちゃった…本当は、そんなところ」
駄目だな、と侑理は内心自嘲する。全く考えていない訳ではなかったが、やはり自分を客観視すると、答えを先延ばしにしただけにしか思えなかった。
そんな侑理を、暫くの間見つめる真那。侑理もまた、黙っていて…沈黙の末、真那は静かに口を開く。
「…私は、もし侑理がDEMに戻るって選んだのなら、それが心からの選択なら、止める事は出来ねーです。同時に、一緒に戻る事も出来ねーです」
「…分かってる。自分の事も、士道にぃの事もあるし…多分、琴里達への思いもあるんだよね?」
「まあ、そんなところです。…だから、侑理がその選択をするなら、私達の道はまた別れちまいます。別れちまいますが…ちゃんと繋がってるものはある。そうでしょう?侑理」
「…うん」
そう言って、真那が掲げる腕。そこに巻かれた、ブレスレット。侑理は頷き、自分も同じように腕を上げる。お揃いのブレスレットを見せ合い、小さく笑い合う。
されど数秒後、腕を下ろした真那は再び真剣な瞳をする。真っ直ぐな目で見て、その瞳で見つめて…そして、言う。
「けど、その上で思いを…どうするかじゃなくて、私の気持ちを言うなら……侑理には、一緒にいてほしいです。繋がっているものはある、ってだけじゃなくて、こうして触れ合える距離で、話せる場所で、これからも笑い合いたい…それが真那の、本心です。だから、性格が悪いのを承知で言います。──行かねーで下さい、侑理。真那の側に、いて下さい」
「…真那……」
それは、何よりも嬉しい言葉。他の何を差し置いてでも優先したくなってしまう、最高の思い。
嘗ての真那であれば、こんな事は恐らく言わなかった。これまでの自分ならば、こんな事を言うなど夢にも思わなかった。それ程までに、真那が変わったのか。それとも、こんな事を言ってしまう程…真那も苦しんでいたのか。…何れにせよ、そんな真那を無下には出来ない。それは他でもない、侑理自身の心が許さない。
「…性格が悪いなんて事はないよ、真那。そう言ってもらえて、嬉しいもん。嬉しくて嬉しくて…正直、ベットに押し倒したい衝動が湧き上がってくる位だし」
「いやそれはちょっと…そうなったら流石に抵抗しやがりますからね…?」
「…あ、でも今の言葉なら、むしろ真那に押し倒されながら言われたいかも…?」
「…期待したってやらねーですよ?」
「あはは、冗談冗談。本気だけど」
「どっちでいやがりますか…まあ、何が言いてーのかは分かりますけど」
気持ち的には本気だけど、言ったのはあくまで冗談として。それが伝わっていると分かった侑理はほっとして…ふぅ、と小さく息を吐く。そうしてちゃんと、真那に返す。
「…ありがとう、真那。だけどやっぱり、明日まで考えさせて。今度こそちゃんと、考えるから。じゃなきゃ、真那にも、琴里達にも、エレンさん達にも…全員に、失礼だから」
その答えに、真那は何も言わなかった。それで良い、そんな表情を浮かべていた。
だから侑理は考える。ちゃんと、きちんと、考える。考えて、考えて、考え抜く。
(DEMの仲間は、うちにとって大事な人達。DEMにも、うちなりの思い入れがある。…だけどそれはもう、DEMだけじゃない。真那との繋がり、士道にぃとの時間、日本に来てから得た沢山のもの…うちの身体の事だってある。だから、うちは……)
やはり、どうするべきかという思考はもう定まっている。つっかえるのは、心の部分。両立出来ない、相反する思い。
だが、果たしてそれは、どちらかしか選べないのだろうか。片方を取り、片方を捨てる…それしか道はないのだろうか。そう、侑理は考え続けて…漸く至った、一つの答え。
翌日、再び琴理に呼ばれた侑理。昨日と同じ面々で、昨日と同じ司令室。そこで三人からの視線を受けながら、侑理は自分の答えを言う。正しいかどうかは分からない。半端な答えかもしれない。それでもこれが自分の本心だと、心からの気持ちなのだと思いながら…言った。
「うちは、確かめたい。ちゃんとうちの目で、うちの耳で、DEMを、DEMの仲間の事を。だけどそれは、ただ戻るだけじゃ叶わない。うちは、皆にも背を向けたくない。だから…DEMじゃない場所から、時間が掛かっても、少しずつでも、確かめたい。きちんと対価は払うから、ほんの少しでも、皆の力も借りさせてほしい。…それが、うちの本心。そして、答えだから…これから、宜しくお願いします!」
確かめる事が、望む真実へ繋がるとは限らない。そもそもこの答え自体、未練を引き摺っているようなもの。だとしても、心に嘘を吐いて、偽るよりはいい。ちゃんと心に向き合ってこそ、前に進める。真那の事で、士道との時間で、それが分かったからこそ…侑理はそう答えた。
取り敢えず、今はこれでいい。昨日真那の言った『取り敢えず』もまた、一つの真実。進んだ先で、進もうとする中で、気持ちは変わるかもしれない。違うものが見えるかもしれない。そうなったらその時また考えて、決めれば良い。迷わない事より、迷いながらでも進めば良い。…それが今の、侑理にとっての信じる道。