デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第三話 精霊の脅威

 一般社会において魔術師(ウィザード)の存在は秘匿され、その存在を知る者も極一部となってはいるが、魔術師(ウィザード)の大元であるDEMは勿論、DEM本社のあるイギリス以外の国でも魔術師(ウィザード)は存在し、その多くはある部隊に所属している。そしてその部隊は、当然各国で呼び方こそ異なるものの、総括すると『対精霊部隊』という名を有している。

 その目的は、名の通り『精霊』と戦う事。今から三十年前を皮切りに発生している天災、『空間振』の元凶とされている精霊と戦い、それを討つ事。精霊を狩る事こそが、魔術師(ウィザード)の大きな存在理由であり…DEM所属の、第二執行部所属の魔術師(ウィザード)とて、それは例外ではない。

 

「はい、そうです。もう少し射程距離を伸ばせると、うちとしては嬉しいです」

「その辺りは真那が制御しますから、もっと反応速度を上げてくれねーでしょうか。私が反応出来ても、〈ムラクモ〉の方がそれに追い付かないんじゃ意味がねーです」

 

 整備部門の社員に向けて、侑理は真那と共に要望を伝える。侑里の要望を聞く社員はその内容をタブラット端末で記録していき、真那の話を聞く社員は「今でも上げ過ぎだって位に上げてるんですけどね…」と、称賛混じりに呆れ気味の声を漏らす。

 如何にその力は超常の域に到達しているとはいえ、CR-ユニットが他の現代兵器と同様、精密機械の塊である事には変わりない。そして精密機械である以上、尚且つそれが兵器…命のやり取りにおいて使われる以上、入念なメンテナンスは必要不可欠であり、その為のスタッフもDEMには多くの者が所属をしていた。

 

「それじゃあ、調整を頼みます」

「今日はうちも真那も特に使う予定はないので、急ぎじゃなくても大丈夫ですよー」

 

 餅は餅屋、整備の人間がいるなら要望や提案こそしても、それ以上の事はする必要もないし、むしろ下手に手を出さない方が良い。そんな思いで侑理は自分の装備の調整を頼み、真那と共に歩いていく。そうして部屋を出ようとしたところで、真那の端末が音を鳴らす。

 

「おっと、ちょっと失礼しやがりますよ」

 

 侑理からの小さな首肯を返された真那は、制服のポケットへと手を入れ携帯を取り出す。そして相手からの連絡を受け…直後、その表情が変わる。

 

「はい、はい…了解です。もう少し後なら〈ムラクモ〉が調整に入ってたんで、危ねーところでした」

「…真那、もしかして……」

「えぇ、『奴』が現れたみてーです」

 

 返答の内容から荒事である事を察した侑理に、真那は首肯に続いて言葉を返す。奴が現れた…その返しで何が起きたのかを理解し、侑理は真那と共にその場で反転。

 

「侑理、上からも侑理の名前が出てきました。…今回も、手伝ってもらっても構わねーですか?」

「構わねーですよ!ごめんなさい、使う予定はないって言いましたけど、前言撤回で!」

 

 丁寧なのかそうじゃないのか分からない真那の独特の口調を真似した侑理は、続けて整備スタッフに状況を伝える。そしてそれぞれに自らの装備を回収し、手早く二人は出撃準備。ヘッドセットでの通信を確認した上で、侑理達は外へと飛び出て空に飛び立つ。

 

『すみません、対象を見失いました。広域センサーの反応からして、消失(ロスト)した訳ではないようですが……』

「ちっ、相変わらずこそこそするのが得意な事で…。最後に姿を確認した場所を教えてくれねーですか?そこからは、私達で探します」

「分かりました。上からの警報許可も出ましたので、ご武運を」

 

 DEM本社からの通信。続けてイギリスの街に、危機感を煽る警報が…空間振警報が鳴り響く。

 空間震。三十年前を皮切りに世界中で散発的に生じるようになった、発生した空間を丸ごと削り取る、文字通り空間の地震とも称される天災。爆心地は勿論、その周辺も爆発によって甚大な被害を受けるそれは、一般的には原因不明とされている…が、実際は違う。DEM他『精霊』を知る者や組織からは、その精霊が現れる際に生じるものだと把握しており、空間振及びその警報は魔術師(ウィザード)にとって、精霊との戦いの合図とも言えるもの。

 だがしかし、今回は違う。今回のそれは、空間振警報によって人々がシェルターへと避難する…即ち人が街からいなくなる事を利用した、謂わば人払いの為のもの。そのように使う事も出来る、地方自治体や国に警報を出すよう要請する事が出来るのも、DEMの絶大な力があっての事であり…無人となった街の上空に、侑理と真那は到着する。

 

「…今更だけど、警報で向こうも気付かれたと察知されて逃げちゃった…みたいな事はないかな?」

「それで誰も襲われずに済むなら、それはそれで良い事です。まぁ、あの殺人鬼がこの程度でビビるような事はねーでしょうが」

「まあ、それもそっか…。…二手に分かれて探す?」

「その方が効率的でやがりますね。…ですが、一つだけ。見つけても、絶対に一人で仕掛けねーで下さい。侑理の実力を疑ってる訳じゃねーですが……」

「分かってるよ、真那。…うちは真那程強くない。真那よりずっと弱い。それは、理解してるから」

 

 こくり、と侑理が頷いて見せれば、真那もまた首肯で返し、二手に分かれる。街を見下ろす形で目を凝らしながら、対象を探し始める。

 

(…とはいえ、向こうだって無人の街でのんびりしてる訳がない。S(スペシャル)S(ソーサリイ)S(サーヴィス)も到着にはもう少し掛かるだろうし、あまり悠長に構えてると本当に逃げられかねない)

 

 DEMの企業戦力とは違う、イギリスの対精霊部隊の事を頭に思い浮かべつつ、侑理は随意領域(テリトリー)で視力を強化すると共に高度を落とす。表通りは勿論、路地にも視線を走らせ全力で捜索をする。

 今は人の姿がない。だからこそ一つ一つ、一ヶ所一ヶ所を凝視する必要はなく、とにかく動くものがあればその都度それをよく見て確かめればいい。…と、考えはするものの、実際のところそれでもやはり街を片っ端から見ていくというのは相当に苦労するものであり、すぐに焦ったさが心の奥から滲んでくる。それに気付いた侑理は、駄目だ駄目だと首を振るう。

 

「もしかしたら、誰かが逃げ遅れてるかもしれない。襲われちゃうかもしれない。うちがうっかり見逃したせいでそんな事になったら…うちはうちを許せない…!」

 

 強めに首を横に振って、気持ちを引き締める。言葉で気合いを入れ直す。左に、右に、左にと首を振り……その結果、幸運と不運が同時に侑理に表れた。

 幸運は、振った先、視界の端で、探していた対象を発見出来た事。そして不運は、意外な形で発見出来たが故に、その場で呆然としてしまい…視線か、或いは気配でも感じたのか、その対象も振り向き視線を上げ──侑理と目が合ってしまった事。

 

「……っ!」

「あら、あらあら?いつものあの方がいらっしゃると思っていましたけれど…今日はそうではないんですのね」

 

 ビルより高い位置にある侑理を、はっきり視認している一人の少女。艶めく射干玉色の髪と、どこか妖しい雰囲気を醸す赤い右の瞳と…明らかに常人のそれではない、文字盤となった左の瞳。発見直後に向こうからも見つかるという、想定外の事態を前に、侑理は表情を歪める。

 

「…〈ナイトメア〉……」

「お初にお目にかかりますわ、魔術師(ウィザード)のお嬢さん。わたくしは……と、思いましたけれど…その顔、何度か見た覚えがありますわ。確か…そう、前にもあの方と一緒にいましたわね。お仲間ですの?それとも、お友達ですの?」

「…両方です」

 

 緊張感の馴染む声で、侑理は言う。その存在の、呼び名を。眼下に立つ『精霊』の、識別名を。

 日本語で悪夢を意味する英語、ナイトメア。それが彼女の、精霊としての呼称であり…同時に彼女は、こうも呼ばれている。最悪の精霊、と。周囲を無差別に壊滅させる空間振を伴って現れる以上、その精霊と魔術師(ウィザード)は戦う以上、多かれ少なかれ精霊は人を殺す事となる存在だが…彼女は別格。殺してきた人の数が、自身の意思で殺めてきた人間の数が…桁違い。

 

「まあ、それは素敵な事ですわ。彼女はいつも剣呑な表情ばかりしているものですから、てっきり他人を寄せ付けないタイプかと思っていましたけれど…貴女の様に、可愛らしい友人が、戦友がいたんですのね」

「…誰のせいで、真那がそんな表情をする事になってると……」

「あぁそうそう、真那さんと言うのでしたわね。では、この機会に貴女のお名前も聞かせて頂けませんこと?わたくしは、時崎狂三(ときさきくるみ)と申しますわ」

 

 最大限の警戒をしつつ、ゆっくりと侑理が高度を下げていく中、〈ナイトメア〉…時崎狂三は左右非対称に結ばれた髪を揺らしながら、軽やかにステップを踏むような声で話し掛けてくる。侑理とは対照的に、何の緊張感も抱かせないような、それこそ共通の知人を持つ相手と出会った時の様な言葉を投げ掛けてくる。

 果たしてそれは、余裕の表れか。それとも調子を狂わせ、精神面での優位を取ろうとする策なのか。侑理は一通り可能性を考え、どれもあり得ると即座に答えを出し…声を張り上げる。

 

「侑理・フォグウィステリア…真那の友達で、仲間で…何より親友だッ!」

 

 吠えると共に、一気にスラスターを全開で吹かす。慎重な降下から、フルスロットルの急降下へ切り替え、突っ込むと共にレイザーカノンのトリガーを引く。既に魔力を充電していたレイザーカノンは光を放ち、狂三が立っていた路面を貫き抉る。

 だがしかし、魔力の光が貫いたのは路面だけ。侑理の先制攻撃に対し、寸前で狂三は後ろへと跳んで避け…右の手には長砲身の、左の手には短砲身の古式な銃を携える。そして彼女の足下、そこに広がる影が伸びるようにして二丁の銃口へと入り込む。

 

「いきなり攻撃なんて酷いですわ。折角の機会なのですから、もう少しお話を、と思っていましたのに」

「酷い?散々人を殺しておいて、どの口が…ッ!」

 

 右手に構えるレイザーカノンと左手に構えるガトリング砲、その二つで挟み込むようにして侑理は躱した狂三を追撃。同時にスラスターを細かく操作し自分の位置をずらす事で、攻撃の角度を変えていく。

 されど、追撃も狂三には当たらない。横に、後ろに、宙にと黒と赤だ彩られたドレスを揺らしながら巧みに避ける。余裕の表情を保ったまま、侑理を翻弄するように躱し続ける。

 

(落ち着け、落ち着けうち。相手は精霊、こっちは一人。だけど、こっちには〈ナイトメア〉の情報がある。知っているっていう強みがある…!)

 

 射撃を続けながら、侑理は自分に言い聞かせる。向こうにも発見されてしまった以上、最悪の精霊があっさり見逃してくれるとは思えない以上、仮に逃げられてもフリーになった〈ナイトメア〉が誰かを襲うかもしれない以上、戦いそのものは避けられなかった。だから自分の選択は間違っていない、とした上で侑理は脳内で指令を出し、真那へとユニットでの通信を繋ぐ。

 

『侑理、どうかしや──ってこの音、まさか……』

「…ごめん、真那。〈ナイトメア〉を見つけたけど、見つかった」

『……ッ、場所は!?どこで戦ってやがりますか!?』

「この辺りの土地勘はうちにもないし、近くに目立つ建物とかもないから分からない…!」

『二手に分かれたのがこうも仇になるとは…!本部からの特定…なんか待ってられねーです!侑理、絶対に死なねーで下さいよ…ッ!』

 

 声が途切れるのと同時に聞こえたのは、スラスターを吹かす音。それを、真那が自身を探す為に全力で飛ぶ姿を思い浮かべた侑理は、ほんの少しだけ笑みを浮かべて通信を切る。

 無論、侑理に死ぬ気などない。まだやりたい事、やり残した事は山程あるし、真那に死なないでと言われた以上は、死んでも死ぬ訳にはいかない。そして、こんな形でも真那は自分に活力をくれるのか、と侑理は真那への(元から上限を突破している)信頼を深め、狂三の上を取ろうとした…その時だった。

 

「散々人を殺しておいて…きひひ、それはひょっとして──真那さんの事ですの?」

「……──ッ!…ナイトメアぁぁぁぁああああああッ!!」

 

 三日月の様に口角を釣り上げ、自ら侑理と正対する位置へと移る狂三。そして狂三は言う。わざとらしく、感情をたっぷりと込めて…言い放つ。

 精霊は、どの個体も非常識な程に強力。超常の域に達する魔術師(ウィザード)すらも優に超えてくる存在。その精霊と一対一でまともに戦えるのは、勝利を収める事が可能なのは真那やエレンといった極一部の魔術師(ウィザード)のみであり、侑理はその域には遠く及ばない。だからこそ勝つのではなく耐える事、真那が来るまで持ち堪える事を最優先に考えていた侑理だが…その言葉で、狂三の言葉で、侑理の冷静な思考は吹き飛ぶ。怒りに染まった声を上げ、大出力での光芒を放つ。

 

「あぁ、ひょっとして怒らせてしまいましたかしら?これは失礼致しました、わッ!」

「逃がすか…ッ!」

 

 大きく跳んだ狂三に対し、ガトリングを乱射。それと共にレイザーカノンに魔力を充填し、狂三に回避行動を取らせる。そして回避先へ、偏差射撃で再び光芒を叩き込む。

 

「誰のせいで、真那がそうなってると思って…何の為に真那が、戦い続けてると思っているんだ、〈ナイトメア〉…ッ!」

「そんな事を言われても困りますわ。それはそちらの都合ですし、そもそも貴女方はゆっくり話をするつもりはないのでしょう?…まあ、それはそれとして…怒っている割には、しっかりと狙い撃ってきますのね。であればこちらも、そろそろ反撃をさせて頂きますわ…!」

「……ッ!」

 

 近距離戦より距離を開けての遠隔攻撃の方が得意とはいえ、精霊相手にただ遠くから撃つだけでは消耗すらも望めない。そんな現実を前に歯噛みしつつも、侑理は狂三を追う。リスクを承知で、これまでよりも距離を詰める。

 真那には遠く及ばないとはいえ、精鋭と呼んで差し支えないアデプタス・ナンバーに名を連ねる侑理も決して弱い訳ではない。それを狂三も理解したのか、これまでの余裕たっぷりの表情をふっと消し、同時に回避ばかりだった動きが一変。踏むようにして宙を蹴ると、一気に距離を詰めてくる。光芒を避け、弾丸を躱し、自らも二丁の銃から弾を撃ち込む。

 

「さぁ、ここからは撃ち合いといこうではありませんの!貴女から始めた戦闘なのですから、どうかすぐには終わらないで下さいまし!」

「舐ッ…めるなぁぁッ!」

 

 迫り来る影の様な弾丸を、随意領域(テリトリー)で以って防御。しかし狂三は止められた事を気にする様子もなく、飛び回りながら次々と弾を放ってくる。撃つ度に影が銃口へと入り込み、次弾が装填されていく。

 表情こそ真剣なものなれど、声から感じる感情は未だ余裕。そんな狂三に喰らい付くように、侑理はマイクロミサイルを放つ。左右に翼を広げるように、ミサイルを纏めて叩き込む。…しかし、それも狂三には届かない。地に空にと縦横無尽に動き回り、ミサイルの半数を振り切り、残りは影の弾丸で悉く叩き落とす。

 

「そこだぁああぁぁぁぁッ!」

 

 されど、凌がれる事は承知の上だった。侑理は狂三の意識が多少なりともミサイルへ向いている隙に、推力最大で突進を掛け、勢いそのままにガトリングを向ける。最後のミサイルを撃ち落とす狂三の側面から、魔力を帯びた実体弾をしこたま放つ。

 これには狂三も驚いたようで、目を見開く。即座に後ろへ飛びながら、迎撃する形で自らも弾丸を撃ちながら、全力で距離を開けようとする。とはいえ後ろ向きの跳躍では侑理を振り切れず、侑理は狂三を十分な距離に捉え続ける。段々と、射撃が狂三の纏う衣を掠め始める。…だが……

 

「……っ!(弾切れ…ッ!)」

「隙有り、ですわッ!」

「あぐ……ッ!」

 

 後少し、もう少しというところでガトリングから弾が出なくなる。ガトリングが弾切れを起こす。

 侑理は分かっていた。単独の状況でも何とか精霊に食い下がるべく立ち回っている為に、弾薬消費のペースが普段よりずっと早くなっている事を。このペースでは弾切れを起こすと理解した上で、その前に決着を付けるべく出し惜しみなしの連射をしていたが、後一歩でそれは間に合わなかった。後一歩だとしても、その一歩の差は非常に大きく…攻撃が途切れた瞬間を見逃さなかった狂三は反撃に転じる。侑理がレイザーカノンを向け放つより早く、路面を蹴って突っ込んできた狂三の飛び蹴りが侑理を捉える。

 

「さあさあ、お次はどうなさいまして?容赦は致しませんわよ?」

「こ、の…ッ!」

 

 咄嗟に随意領域(テリトリー)で防御をしたものの、魔力と制御は全力突進へ多くを割いていた事と、飛び蹴りに対して自ら突っ込む形となってしまった事が響き、侑理は防ぎ切れずに蹴飛ばされる。ダメージの軽減こそ出来たが体勢は完全に崩れ、そこからは容赦ない反撃を浴びせられる。

 レイザーカノンで迎撃を図る侑理だが、この火器は連射には向かず、素早く立ち回る狂三を追い払う事は敵わない。連射に長けるガトリングの弾切れがここでも響き…されど追い込まれていく事と引き換えに、危機感が失われていた冷静さを呼び起こす。

 

(……っ…何を、やってるのうちは…!うちがやるべきなのは、怒りに任せて戦う事?無理に攻め続ける事?…どっちも違う。うちがやるべきなのは、今うちに出来る最善の事は……)

 

 迫り来る狂三に対し、侑理はその未来位置…の、足下へ一発撃つ。そもそも当たる軌道ですらないレイザーカノンの攻撃は、当然狂三も避けようとはせず…直後、光芒に穿たれた路面はアスファルトの破片を撒き散らす。それが散弾の様に飛んで、通り過ぎようとしていた狂三を襲う。無論、それだけでどうこうなる狂三ではないが…侑理の狙い通り、目眩し程度の効果は生まれる。

 その隙に立て直す侑理。既に弾切れのガトリング砲を手放す事も考え…しかし、止める。確かに今は弾倉含めて残弾ゼロ、単なる鈍器にしかならないのガトリングだが、それを知っているのは侑理だけ。そしてそれを知られるまでは、まだガトリングを警戒させる事が出来る。そこまで考えて侑理はまだ捨てない事を決め、レイザーカノンとマイクロミサイルを交互に放つ。一発の光芒と数発のミサイルを組み合わせ、低火力ながらも絶え間のない攻撃を狂三へ浴びせていく。

 

「今日は、今は、うちが…ッ!」

 

 表面上は、まだ怒りに駆られているように見せかけるのも忘れない。更に時折撃たずともガトリングを向け、撃たない事への違和感を減らす。

 その甲斐あって、ほんの少し侑理は巻き返す。…が、それ以上にひしひしと感じてしまう。必死に戦う自分と、まだ余裕を残す狂三の差を。されどそれでいい、そんなの百も承知だと心の中で自らを鼓舞し、一度ミサイルを束で放つ。鋭いターンで避けた狂三へ向けて、今だとばかりにガトリングを向ける。そして、一瞬動きを止め…まるで今弾切れに気付いたかのように、ガトリング砲を投げ捨てる。

 

「弾切れ、でして?今のチャンスを逃してしまうとは、何とも詰めが甘いですわ、ねッ!」

(来た…ッ!)

 

 放棄した事に目を細めたと思った次の瞬間には、狂三は二丁を前に突き出し、地を駆けながら接近を掛ける。弾丸で随意領域(テリトリー)の防御を削りながら、侑理との距離を詰める。距離が縮まるにつれ衝撃の強まる影の弾丸に対し、侑理は堪え切らずにその場で転倒。貰った、とばかりに狂三は跳び、倒れる侑理に肉薄を仕掛け……次の瞬間、目を見開く。

 

「届…けぇええええぇぇぇぇッ!!」

 

 正に攻撃を、トドメをかけようとした狂三の眼下、そこで侑理は道路を背に狂三をはっきりと見据えていた。単に転倒したのではなく、転倒を利用して狂三を引き付け…肉薄する狂三に向けて、目一杯魔力を注ぎ込んだレイザーカノンを向けていた。

 直後に侑理が放つ、最大出力の一撃。光弾ではなく照射、収束された魔力光が輝き、空に向けて駆け抜ける。既のところでその一撃は躱されるが、そこから侑理はカノンを振るう。光芒で以って、狂三を追って薙ぎ払う。

 それは正真正銘、侑理の全力全開の攻撃。攻撃にもその制御にも力の限りを注ぎ、魔力で空に線を描く。その魔力光は高く高く、遠くまで伸び……されど遂に、薙ぎ払っても尚、光芒が狂三の身を捉える事はなかった。

 

「く……ッ!」

「…これで終わり、ですわね。少し、遊び過ぎてしまいましたわ」

 

 健在な狂三の姿をはっきりと捉え、侑理はその場から飛び退くと共にマイクロミサイルを放つが、数発撃ったところでミサイルも尽きる。数発のみでは倒せる筈もなく、今度こそ本当に追い詰められる。

 ビルの壁面へ追い詰められた侑理へ対し、追い詰めた狂三は言う。最後まで余裕を残したまま、右手の銃を静かに構える。

 

「ではさようなら、侑理さん。慈悲はありませんけれど、せめて存分に恨んで下さいまし。その位は受け入れますわ」

「…待って。もう少し、もう少しだけ…待って」

「待つ?一体何をですの?それとももしや、今から命乞いでも?」

「いいや、そうじゃなくて……」

 

 今更何を、とばかりに首を傾げる狂三に対し、侑理はゆっくりと首を横に振る。その態度に何かあると思ったのか、狂三は銃口を向けたまま、侑理の事をじっと見つめる。

 絶体絶命。一発や二発なら随意領域(テリトリー)の防御でどうとでもなるとはいえ、そんな事は狂三の方も分かっている筈。その上で絶体絶命なのが、今の状況であり…しかし侑理は焦っていなかった。むしろ、安堵すらしていた。そして、侑理は小さく息を吐き……

 

 

 

 

「──ここからは、私が相手だって事でいやがりますよ」

 

 猛烈な勢いと共に、静かな着地と共に、真那が降り立つ。直上から、一直線に……侑理と狂三の間に、割って立つ。

 

「……ッ!?」

 

 反射的に、狂三は飛び退きながら真那へと発砲。影の弾丸は真っ直ぐ真那の胸元へ向かい…されど真那は、微動だにせず随意領域(テリトリー)で弾丸を弾く。逆に殲滅形態(ブラストスタイル)の砲撃で、下がる狂三を追い立てる。

 

「待たせて申し訳ねーです、侑理。…ちゃんと、死なねーでいてくれてほっとしました」

「ううん、来てくれてありがとう、真那。…また、助けられちゃったね」

 

 背中越しに発される、真那からの言葉。それに侑理は小さく肩を竦めて返す。先日の模擬戦、その時と似たような…それこそ模擬戦の内容が早速活きたような状況に、何とも言えない気持ちを抱きながら。

 

「…まるでヒーローの様な登場ですわね。侑理さんは中々の幸運をお待ちですわ」

「はっ、相変わらずおめでたい頭をしてやがるようですね、〈ナイトメア〉。自分が侑理の掌の上で踊らされてた事にも気付かねーとは」

「掌の上?…まさか、先程の攻撃は……」

 

 ぴくり、と眉を顰めた狂三だったが、すぐにその表情は思案のものへ、真那の背後の侑理へ視線を向けるようなものへと変わる。

 そう。先程狂三へ向けて放った侑理の全力攻撃。一見避けられて終わったように見えた攻撃だが、実のところ真の狙いは真那に居場所を伝える事、魔力光という目標を空に放つ事であった。待ってと言ったのも、光を見て飛んできた真那の存在を空に認識した上で、辿り着くまでに後数秒必要だ、と侑理が判断したからこそのものだった。…尤も実際には、何とか狙い通りにいったという程度であり、掌の上には程遠い状態であった為、侑理自身は真那の発言に苦笑する他なかったのだが。

 

「ついでに言っておくと、さっき私が背後から撃たなかったのは、撃たれた拍子に指が引き金に引っ掛かって、侑理に弾が飛ぶ可能性を避ける為です。殺そうと思えば目の前に出るまでもなく殺せた、その意味が分かりやがりますか?」

「命が惜しくば自分の目の前から去れと?」

「無様に負けて死ぬよりは、潔く首を差し出して死ぬ方がまだ綺麗に死ねるって言ってんですよ。まぁ、どうせそんな気もねーんでしょうし…さっさと死にやがって下さい」

 

 冷ややかですらない、完全に冷え切った、乾き切った声で、真那は言う。吐き捨て、地を蹴り、〈ムラクモ〉を双剣形態(ソードスタイル)に移行。侑理よりも鋭く、侑理よりも無駄のない機動で狂三に迫り、二振りの魔力の刃を振るう。

 

(…真那……)

 

 ここまでの戦闘は、余裕を残した狂三の動きに対し、侑理が持てる手を尽くして何とか喰らい付いていく、それでも段々と追い詰められていく…というものだった。だが今は、完全に逆。攻撃をものともせず距離を詰めていく真那に対して、狂三が射撃と立体的な動きで何とか近付かれまいとする、されどその迎撃を突破され、距離は着実に近付いていくというものに変わっていた。

 完全な逆転、明白な優勢。しかし侑理はそれを、複雑な気持ちで見つめる。十中八九無理だと分かっていたとはいえ、もしも自分が〈ナイトメア〉を仕留める事が出来ていたら、真那が戦う必要はなかった…そう思うと、どうしても素直には喜べない思いが渦巻く。

 

「これで、終わりです」

「甘いですわね、そんな踏み込みではわたくしを捉えられな……」

 

 跳躍からの急降下、そこから叩き付けるような真那の斬撃。振るわれた右の刃は真っ直ぐに伸び…狂三は紙一重で躱す。斬れたのは彼女の衣…精霊にとっての鎧であり、一介の魔術師(ウィザード)にとっては鉄壁の城塞とでも言うべき霊装の端のみであり、ステップを踏むようにして避けた狂三はその勢いのままに跳躍。近距離では随意領域(テリトリー)で行動そのものを妨害されると考えたのか、飛び越えるようにして飛ぶと共に、上下反転した体勢で真那の頭へと銃口を向け……だが次の瞬間、真那の後頭部で一つ纏められた髪が揺れる。真那は目にも止まらぬ速さで振り向き…左の刃を、狂三に振り抜く。咄嗟の反応か、狂三は攻撃を止め両手を胸の前で交差させるが、真那の振り向きざまの斬撃はその防御を易々と斬り裂く。狂三の両腕が、吹き出す鮮血と共に落ちる。

 

「だから、終わりだと言ったじゃねーですか」

 

 驚きと苦痛に目を見開きながら、半ば崩れるようにして着地する狂三。その狂三へと、感情の籠らない声が発せられ……狂三の胸を、レイザーブレイドが深々と貫く。

 押し出されるようにして、狂三の口から血が溢れる。瞳からは、急速に生気が失われていき…真那が魔力の刃を消すと共に、狂三は仰向けに倒れ伏す。

 

「…あぁ…死というのは、()()()呆気ないもの…ですわね……」

「散々人を殺してきた精霊には当然の死に方です。これでも誰にも知らせず野垂れ死ぬよりはマシな事を、天に感謝でもしやがれってんです」

「本当に、遠慮のない方…ですわねぇ……」

 

 誰の目にも明らかな決着。それでも侑理は警戒を解かず、レイザーカノンをいつでも撃てる状態にした上で真那と狂三へ近付いていく。酷く残念そうな狂三にも、真那は態度を崩さない。そして侑理が近付く中、狂三はちらりと一瞬侑理を見やり、真那へとその視線を戻して…言った。

 

「真那さん…お友達は、大切にした方が…いい、です…わよ……」

「…そんな事、お前なんかに言われるまでもねーですよ」

 

 煽るのとも、からかうのとも違う、意図の…感情の読めない声で発されたのが、最後の言葉。そして狂三は目を閉じ…絶命する。

 

「…さぁ、終わりましたよ侑理。これにて完了、帰投しようじゃねーですか」

「……そう、だね…」

 

 その死を確認したところで、くるりと真那は反転する。すぐ側に来ていた侑理へと、普段の調子で声を掛ける。だがその声はどこか空虚で、その瞳はどこか『なんて事ない』という意識で塗り潰しているような色をしていて……それが侑理には悲しく、虚しく…不甲斐なかった。

 もうここに用はないのだから、と侑理は真那と共にその場を離れる。同時に真那は、本部へと連絡を入れる。…もう何度目か分からない、〈ナイトメア〉の撃破報告を。()()()()()()()()()()()()()…時崎狂三を殺したのだという、報告を。

 

 

 

 

「…ねぇ、真那。今度こそ、〈ナイトメア〉は倒せたのかな」

 

 DEM本社へと戻るべく、空を飛ぶ。遮るもののない宙を駆ける中で、侑理は真那に向けて言う。

 

「もしそうなら、助かるってもんでいやがりますけど…多分また、どこかに現れるんじゃねーでしょうか」

 

 どうせいつもと同じだ、とばかりに返す真那。だよね、と侑理もそれに頷き、小さな溜め息を一つ漏らす。

 自らの意思で多くの人を殺すという、精霊の中でも特異な行動を見せる〈ナイトメア〉。だがこの精霊には、もう一つ特異な点があった。──何度殺しても、何事もなかったかのように現れるという、異質とすら言える点が。

 理由は不明。完全に不明。精霊はそれぞれに固有の能力を持ち、蘇生が〈ナイトメア〉の能力なのではないか、というのが大方の見方であるが、それもやはり定かではなく…積極的に人を殺す危険性と、討伐が討伐として成り立たない非常識さ故に、〈ナイトメア〉は精霊全体から見てもトップクラスの危険度認定をされていると共に、DEMでも有数の、同じく魔術師(ウィザード)全体から見てもトップクラスの実力者である真那が対〈ナイトメア〉の主力として撃破の任を受けていた。だからこそ真那は、何度殺しても蘇る狂三を、これまで何度も…何度も何度も殺してきた。

 

「…そういえば、今回も『普通に強い』〈ナイトメア〉だったね」

「あぁ、そういえば。まあ、どれだけつえーとしても殺すだけです」

 

 そしてもう一つ、〈ナイトメア〉には妙な点があった。真那は大して気にしていないようだったが、〈ナイトメア〉の存在が把握されたばかりの頃、たった一度だけ容易に狂三が討伐された事があった。以降は今回と同じ、最上位クラスの魔術師(ウィザード)でなければ単独撃破は叶わない強さを見せている為、今では「前にそんな事もあったらしい」程度にしか語られていないものの、侑理はそれを何故だろうと考えていた。…考えたところで分からない為、大概はすぐに別の事を考え始めているのだが。

 

「それよりも侑理、今日は真那の中で侑理の評価が少し下がっちまいました。私が絶対に一人で仕掛けるなと言ったにも関わらず、勝手に交戦を始めているとは……」

「そ、そんな…今回は不可抗力なんだって!うちが見つけるのとほぼ同時に、向こうもこっちに気付いたんだもん!」

「だとしても減点です。今後の侑理の振る舞い次第では、〈ナイトメア〉討伐に同行させるのも考え直さなくちゃいけねーです」

「うっ…でも、そうだよね…。…ごめん、真那。真那がうちなら無茶しない、危ない真似しないって信用してくれてたのに、その信用に背いちゃって……」

「…まぁ、そうやって反省してくれるなら、これ以上は言わねーです。……実際、侑理が短慮や功名心から仕掛けた訳じゃねー事は、訊かなくても分かってる事でいやがりますし…」

「え、ほんと?あれ、もしかしてさっきの減点云々も、うちに危険な真似をしてほしくないから言っただけで、実際には何にも評価下がってないとか?うちの評価は最高なままだとか?」

「あー、今ので更に減点でやがりますね。これはもう、討伐に同行どころか真那の部屋への立ち入りも考え直さなきゃいけねーかもしれません」

「そんなー!?」

 

 わざとらしく言う真那の返しに、侑理はショックで頭を抱える。それに真那はやれやれと首を振り…お互い、小さく笑う。

 そんな真那の、今度こそいつも通りの真那の表情と雰囲気が戻ってきた事に、侑理は心からほっとした。安堵すると共に…こうも思った。…もっと自分が、支えられるようにならなくては、と。ほんの少しでも、真那の負担を…無い筈がない心の負荷を、軽くしてあげられるようにならなくては、と。

 

 

 

 

「…『時間』の補充は既に出来ていたとはいえ、これは本当に遊び過ぎてしまいましたわ。反省しなくてはいけませんわ。…しかし、彼女にお友達がいたとは…その友情が己が身を滅ぼす事にならないよう、せいぜい気を付けて下さいまし」

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