デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第三十一話 自分の目で、自分の意思で

 精霊に、年齢の概念はない。…と、表現するとまるで歳を取らない、不老の存在であるかのようになってしまうが、それについてはそもそも不明。はっきりと言えるのは、人間の尺度、認識における『年齢の概念』を、そのまま精霊に当て嵌める事は出来ない、という事であり…だがそれはそれとして、この日侑理が会った精霊達は皆、自分と近い外見年齢をし、精神年齢も自分と大差ない…そう思えるような少女達だった。侑理自身と真那を除いた第二執行部の面々は、その殆どが成人している為に、同世代…の様な面々と多人数で遊ぶというのは、侑理にとって凄く新鮮で、楽しいと思えるものであった。

 

「はふぅ…やはり兄様の手料理は最高でいやがります…」

「同感だ、真那よ!シドーの作る料理は天下一品だ!」

「私もそう、思います…!」

 

 満足そうな吐息を漏らす真那へ十香が強く賛同し、四糸乃もそれにこくこくと頷く。勿論侑理も同意する。琴里も耶倶矢も夕弦も美九も、女子全員が頷いてみせる。

 精霊達との出会いから数時間後。士道の作った夕飯を堪能し、侑理達は食後ののんびりとした時間を過ごす。

 

「しかし侑理よ、魔術師(ウィザード)、それも元DEMという割には、中々話の分かる者ではないか。やはり人間、深く話さねばその有り様は見えぬという事か…」

「反例。マスター折紙の様に、信頼の置ける魔術師(ウィザード)は他にもいます」

「あはは、うちも精霊の皆さんとこんな、何気なく話せるなんてこれまで思ってなかったというか…。…あ、そういえば…お二人や十香さんって、折紙さんやミケ…美紀江と同じ学校なんです?」

 

 妙に仰々しい喋り方をする耶倶矢と、ある意味それ以上に特徴的な話し方の夕弦、そんな双子…の様に思える二人と話していたところで、侑理はふとした疑問を彼女等へぶつける。

 そう思った理由は単純、前に見た二人の制服と、今彼女等が着ている制服のデザインが同じだからである。

 

「みきえ?…という者はどうか分からないが…鳶一折紙は、確かに同じ学舎だな。…残念ながら、同じ学舎だ」

「ざ、残念ながら…?(あれ、折紙さんは知っててミケの事は知らないんだ…)」

「私も残念ですー。琴里さん、ラタトスクの力でうちの学校と来禅高校とを合併させる事って出来ませんかー?」

「うーん、無理!」

「そこを何とかお願いします!頬擦りしたり、抱き締めたり、一緒に寝たりしますからー!」

「…ここまで欲望ダダ漏れな頼み方って、逆に凄くない…?」

「同感。とても真似出来る気がしません」

 

 頼んでいるんだか追加要求しているんだかよく分からない美九の発言により、何とも微妙な感じとなる雰囲気。因みに耶倶矢は時々冷静というか、芝居掛かった言動が鳴りを潜める事がある。もしかして彼女も琴里の様に切り替えを?…と思った侑理だったが、士道に訊いたところ、そういう訳ではないとの事だった。更に何故か、この時士道は苦笑いをしていた。

 

(…でも、皆普通に話してるって事は、やっぱり折紙さんは無事で、ミケもきっとそう…なんだよね。…うん、そうだよ。きっと、皆……)

 

 心の中に浮かぶ、小さな不安。折紙については前に士道と話す中で無事だという話も聞いたが、彼女はともかく、ASTの面々となると流石にラタトスクでも分からないというもの。きっと大丈夫、と侑理は心の中で言い聞かせるものの、それで安心出来るかと言われればそうでもなく…第二執行部の面々の事も、気になる。無事かどうか確かめたい、安否だけでも知りたい、そんな思いが心の中でぐるぐると渦巻き……

 

「…侑理、さん…?」

「…うぇ?…え、ど、どうしたの…?」

「その…何だか表情が優れないようでしたから、大丈夫かな…って……」

 

 不意に聞こえた呼び掛けにハッとすれば、四糸乃が顔を覗き混んでいた。その蒼玉の様な瞳が、心配そうに見つめていた。

 

「あ…う、うん。大丈夫。…ちょっと、友達と仲間の事を考えてただけだから……」

「…それって……」

「…ごめん、四糸乃にとっては…精霊の皆にとっては気持ちの良い話じゃないよね…」

 

 察した様子の四糸乃へ、侑理は謝る。侑理にとっては友や仲間でも、精霊にとっては自らを襲ってくる敵。特に四糸乃…〈ハーミット〉は逃げるばかりで反撃をしない精霊だという話を侑理は聞いた事があり、これまでは不思議なものだとしか思っていなかったが…こうして話した今なら、分かる。元DEMの魔術師(ウィザード)である自分の事も心配してくれる彼女なら、きっと戦いも望まないのだろうと。そしてそんな四糸乃は、当然魔術師(ウィザード)に良い印象など持っていない筈で…だというのに、四糸乃は首を横に振る。

 

「大丈夫、です。全然嫌じゃ、ありません」

「四糸乃……」

「そーそー、それにDEMのお仲間なら、きっと皆お強いんでしょー?だったら多分だいじょーぶだって!」

 

 再びじっと見つめる四糸乃と、明るい調子で励ましてくれるよしのん。何故腹話術を…?…という疑問はずっと残っているが、それについて誰も触れない為に、侑理も置いておくとして…そんな彼女の優しさが、じんわりと心に伝わってきた。不安解消とまではいかないとしても、ほんの少しだけ心が軽くなった…そんな気がした。

 

「ありがと、四糸乃、よしのん。ところで全然違う話だけど、四糸乃の髪って綺麗だよね。…いや、皆綺麗なんだけど、四糸乃の髪は特にふわっとしていて、触ってみたくなるっていうか……」

「そ、そうですか…?…でもそれなら、侑理さんの髪も綺麗だと思います。上手く言葉に出来ないです、けど…凄く柔らかそうっていうか、きめ細やか…?…っていうか……」

「あ、それ私も思ったー。侑理って、髪が綺麗で羨ましいよねー」

「そ、そう?琴里だって艶があって素敵だと思うけど…そう?そうかなぁー?」

 

 褒め返してくる四糸乃に加えて、話に入ってきた琴里まで綺麗と言ってくれた事で、なんだか嬉しい気分になる。自分でも分かる程、にへら〜と口角が上がってしまう。

 今日出会った五人の精霊の内、四糸乃とは敬語を外して話せる位には打ち解けていた。無論十香達とはまだ打ち解けていないから敬語のまま…という訳ではなく、単に『見た目的に年上感あるから』というだけなのだが、それはそれとして背丈の近い四糸乃とは、比較的多く話していた。髪について、打ち解けた相手と話す…それもやはり侑理にとっては新鮮な体験で……

 

「そうですよー、すっごくそうです〜。皆さんとっても素敵な髪で…これはもう、顔をうずめにはいられないですー!」

『わひゃあ!?』

 

 突如背後から襲ったホールドに、侑理は琴里や四糸乃共々悲鳴を上げる。直後に後頭部へ生暖かい風を感じ、怖気にも似た感覚が背筋を駆け上がる。

 美九である。これは明らかに、美九の吐息、或いは鼻息である。その甘い声も特徴的ながら、それ以上にこんな事をするのは美九以外いないのである。接してみて分かった…というか、今思えば交戦した際にも美九の方はその嗜好をオープンにしていた訳だが、彼女は同性への感情が色々凄い事になっているらしく……数秒後、士道に救出されるまで侑理は、思いっきり美九に髪の匂いを堪能されてしまうのだった。

 

「あぅぅ、おにーちゃん…私、美九に穢されちゃったよぉ……」

「あー、よしよし。…美九、お前の好きだって気持ちは否定しないが、琴里も四糸乃も侑理も玩具じゃない。それは、ちゃんと分かっていてくれ」

「うぅ…ごめんなさい……」

「び、びっくり…しました……」

「ほんとですよ、もう…うちにそういう事していいのは、真那だけなんですからね!?」

「いやしねーですよ!?」

「……あ、でも…士道にぃも…いいかも」

「俺もやらねぇよ!?」

 

 声のトーンを落とし、真面目な面持ちで言う士道の言葉にしゅんとした美九からの謝罪。恐らく悪気はなかったとはいえ、悪気がなければ何をしても良い訳ではない。それを理解してもらうべく、侑理はうんうんと頷き…うっかり口を滑らせた結果、真那に突っ込まれてしまった。更に口を滑らせた結果、士道にも突っ込まれてしまった。そして突っ込む時の表情は、何ともそっくりであった。流石実の兄妹である。

 と、そんなこんなで駄弁る事数十分。精霊達から士道との出会いや経験した事を真那と共に聞いていた侑理だったが、一通り聞き終えたところで士道からの声が掛かる。

 

「盛り上がってるところ悪いが、そろそろお開きにしないか?皆も課題とか、やる事あるだろ?」

「失念。そうでした、すっかり忘れていました」

「気付かぬ内に、こうも時が過ぎているとは…精霊とて、時間の頸木からは逃れられぬという事か……」

『…………』

「……あ、うん、ごめん。よく考えたら、時間に干渉出来る精霊いたっけ…」

 

 数瞬流れたよく分からない空気はともかくとして、確かに課題があるのであれば、そろそろ解散するべきところ。今日は侑理と真那もこれで〈フラクシナス〉へと戻る事にし、全員リビングから玄関へ向かう。

 

「うん?…侑理、靴下が大分悲惨な事になっているぞ…?」

「へ?あ、違います違います。これはトレンカっていって、元から足先と踵が出ているんですよ」

「そ、そうなのか。…はっ、もしやこれが巷で流行の『だめーじじーんず』というものなのか…!?」

「んー、それはちょっと違うけど、お洒落は足元からってやつだよ十香ちゃん。…え、足のないよしのんがそれを語るのかって?ふっふっふー、足なんて飾りなのさー!」

「…お洒落…兄様はお洒落だと思いやがりますか…?」

「それは…ど、どうだろうな…」

 

 優しく控えめで大人しい四糸乃とは対照的なよしのんのテンション。それは一体どこから来るのか、と侑理が内心小首を傾げる中、背後から聞こえてきたのは真那と士道によるやり取り。一瞬、侑理は「この露出した足先と踵が大人っぽいでしょ?」と士道をからかいたくなったが…今それを言うと、士道よりも美九が釣れてしまいそうな気がしたので止めた。

 

「ではまた明日だ、シドー!」

「士道にぃ、琴里、また遊びに来るね?ほら、真那も」

「え、あ…こほん。…兄様、これからもまた、こうしてお邪魔しても……」

「勿論良いに決まってるさ」

「……!その言葉、忘れねーですからねっ!」

 

 見送られる中、士道の笑みにぱっと表情を輝かせる真那。何故か挑戦的なその返しに、思わず苦笑し合う侑理と士道。そうして侑理達は敷地を出て、五河宅を後にする。

 といっても、ここから大して歩く訳ではない。何せこれから戻る事になる〈フラクシナス〉は侑理が予想した通り、顕現装置(リアライザ)を用いた『空中艦』。侑理達はUFOが地球人を吸い上げるが如く回収してもらえばいいだけな為、移動も人気のない場所に移るという程度。そして真那が早速〈フラクシナス〉へと連絡を入れた為、向こうは回収場所へと向かっている筈。ならばこちらも遅れる訳にはいかないと、侑理は五河宅の隣のマンションへと入っていく十香達を見送り……

 

「って、十香さん達そこに住んでいたんですか!?え、隣ぃ!?」

 

 初めてきた時から、高級そうだなぁと思っていたマンション。それが十香達の…それも彼女達が住まう事を前提に建てられた『精霊マンション』であると知った侑理は、ラタトスクの組織力に改めて驚愕するのだった。

 

 

 

 

「にしても、驚いたよね。まさか士道にぃに、精霊の力を封印する能力があったなんて」

 

 〈フラクシナス〉艦内、真那の部屋。真那と共にシャワーを浴び、部屋まで戻ってきた侑理は、ベットに腰掛けながらそう切り出した。…因みに勿論、侑理も部屋を借りてはいる。しかしDEMの社員寮にいた頃と同じように、普通に真那の部屋にいるのである。そして真那も、普通に受け入れてくれているのである。

 

「通りで十香さん達が普通に生活出来ている訳でいやがります。でもどうして、兄様にそんな力が……」

「それは士道にぃも分からないって話だったね。…というか…もしかしたら、妹の真那にも同じ力があるんじゃない?」

「いやいやまさかそんな事は…。…けど、出来る事ならあってほしいものです。私にもその力があれば、兄様が危険な場に出る必要はねーんですから」

「ふふっ、そこで最初に出てくるのが士道にぃを守れる事な辺り、真那の真那の兄様好きは健在だね」

「何を当たり前な事を。貴女の身体の60%は兄への思いで出来ている、そう言われても驚かない自信のある私でいやがりますよ?」

「あ、真那にとって士道にぃへの思いは、人体における水と同じ位重要なんだ…割と納得といえば納得だけど……」

 

 流石に今このタイミングで言ったのは、冗談としての意図があるからなのだろうが、真那ならば本気でそう考えていてもおかしくない。そう思えるだけの実績(?)があると、侑理は心の中で乾いた笑いを漏らす。そして今の発言を真顔で言う辺り、真那のブラコン具合は相変わらず凄いと思う侑理であった。

 

「…でも、ほんとに凄いな…精霊が、あんな風に普通に生活してるなんて…普通に、生活出来るなんて……」

「…そうで、いやがりますね」

 

 数拍の間を起き、再び侑理は口を開く。精霊が普通の人間の様に生活するなど、考えた事もなかった。想像も付かなかった。だがそれは決して荒唐無稽な話ではなく、士道による霊力の封印…即ちASTの目を潜り抜けられるようになった状態と、ラタトスクという組織の支援ありきとはいえ、確かに実現している。その事実は、振り返ってもやはり驚きなもので…胸の前まで上げた手を見つめながら、侑理は続ける。

 

「…真那はさ、どう思う?精霊が…厄災が、普通に生活してる事を」

 

 侑理は思っていた。侑理自身は、十香達に恨みなどない。その多くと交戦経験があるとはいえ、幸い恨みを抱くような結果にはならずに済んでいる。だが、魔術師(ウィザード)の中には大きな怪我を負わされた者や、戦友を失った者も多い。精霊が現界の際に引き起こす空間震によって故郷を、財産を、命を奪われた者は、数えきれない。話を聞く限り、十香達は好きで空間震を起こしている訳ではなく、魔術師(ウィザード)達とも襲ってくるから反撃しただけとの事だったが…だからといって、納得出来るものではない。戦いとは、そういうもの。失うとは、そういう事。

 だからこそ、侑理は聞きたかった。真那はこれを、真那自身は十香達の事を、どう思っているのかを。そして問われた真那は、一瞬怪訝な顔をし…言う。

 

「まあ、別にいいんじゃねーですか?元から十香さん達に自分から他人へ危害を加えようとする意思があった訳じゃねーみてーですし、精霊を裁ける法がある訳でもねーですし。それに少なくとも、琴里さんや美九さんに関しては被害者…みたいな側面もある訳でいやがりますからね」

「あ、相変わらずあっさりしてるね……って、うん?なんで美九さんだけじゃなくて、琴里まで?」

「うん?知らねーんですか?琴里さんも精霊でいやがりますよ?」

「そうなの!?」

 

 さっぱりした性格なのは元からとはいえ、精霊に対してもここまであっさり言えてしまうものなのか。真那の返しに、侑理は呆気に取られた…そこからふと気になった事を口にする。何故士道の義妹にしてラタトスク司令である琴里の名前が?と訊き…その理由に、仰天した。

 

「え、ちょっ…えぇ!?中学生で司令やってるってだけでも驚きなのに、しかも精霊なの!?精霊を保護する組織の司令が精霊なの!?何がどうしてそんな事に!?」

「さぁ、そこまでは…。…因みに被害者っていうのは、人から精霊になった…謎の存在によって精霊に『された』経緯がある…らしいからでいやがります。侑理も怪しい人に着いて行ったり、知らない人から貰った物を食べたりしちゃ駄目でいやがりますからね?」

「そんな事しないよ、うちを何だと思ってるの…。…でも、人を精霊になんて…自分は封印の力があるし、義妹は精霊だし、実妹とその親友は魔術師(ウィザード)だしで、士道にぃも中々に因果なものだね…」

「あ、さらっと自分も兄様に親しい存在に数えやがるんですね。侑理は偶に、妙な太々しさがあるような……」

 

 当然、と侑理は胸を張る。勿論、図々しい事に対してではない。自分は真那の大親友であり、士道は公式お兄ちゃん…になる予定なのだから、ここで名前を挙げる資格はあるのである。…まあ、半分は冗談なのだが。

 

「…まあ、真面目な事を言うなら、精霊にしろ何にしろ、自分の知っている事、教わった事が正しいとは限らねーですし、十把一絡げに良い悪いを決めていたら、大切なものを見失うって事でいやがりましょう」

「…そうだね。実際、そうだったんだもんね」

「尤も、〈ナイトメア〉だけは別でいやがりますが。あれは完全な悪、許しちゃいけねー存在です」

 

 ふん、と鼻を鳴らす真那にそうだねと返しつつ、侑理は我が身の事として振り返る。精霊に〈ナイトメア〉の様な殺戮者がいる一方、四糸乃の様に専守防衛による反撃にすら消極的な少女もいるように、魔術師(ウィザード)も全員が全員正義や平和の為に戦っている訳ではないし、DEMも真っ当な組織とはとても言えない。だから真那の言う通り、『精霊』というだけで、精霊の括りだけで評価を下すというのは、真実を直視しない、自分にとって都合の良い見方に固執するようなものだろう。それが正しいとは思えないし、精霊に特段の恨みはない…怒りや憎しみといった思考を歪ませる感情を抱いていない自分だからこそ、『これまでの知識』ではなく、一人一人と察して感じたもの、思った事を信じたい。…そんな風に、侑理は思った。

 

「…………」

「…真那?」

 

 それから不意に黙り込む中、どうしたものかと隣の真那を見つめていると、真那は小さく息を吐く。横顔を見つめる侑理に対し、真那は振り向く事なく口を開く。

 

「…私は、DEM日本支社での戦闘以降姿を絡ました〈ナイトメア〉の追跡に出ようと思っていやがります」

「…それは……」

 

 偶々先程名前が出たから…ではなく、元からどこかのタイミングで話そうと思っていた。そんな風に、真那は言う。自分は、〈ナイトメア〉を追うと。

 その発言は、そこまで意外なものではなかった。〈ナイトメア〉が真那の宿敵である事は、今更過ぎる話なのだから。だが……

 

「…真那がこれまで〈ナイトメア〉の相手をしてきたのは、それが『アデプタス2』としての特務だったからでしょ?勿論それだけが理由だとは思ってないけど、もうアデプタス2でもDEMの魔術師(ウィザード)でもない今、〈ナイトメア〉を追う理由は……」

「あります。私が、〈ナイトメア〉を、放置なんざ出来ねーっていう理由が」

 

 侑理の問いに、はっきりと真那は返す。任務や義務ではない、必要か否かではない、自分の意思としてそうするのだと。誰かに言われたのではなく、自分がそうしたいのだと。

 

「はっきりした理由も不明なまま虐殺を繰り返す〈ナイトメア〉の事は、ラタトスクとしても無視出来ねーって話でいやがりますし、何より〈ナイトメア〉は、兄様が力の封印をしようとして出来なかった…そして兄様の事を狙っている精霊でもいやがります。兄様の為にも、世話になっている琴里さんやラタトスクの為にも、じっとしてなんかいられねーんですよ」

「…そ、っか…けど、追跡って言っても、具体的にはどうやって…?」

「そこはまあ、ラタトスクに協力してもらって…でいやがりますね。琴里さんからはそれより専門の治療を受けろって言われていやがりますが、琴里さんより上の人間の中には、私に賛成してくれている人もいるみてーなので」

 

 それもそうか、と侑理は納得。司令といえど、琴里はあくまで実働部隊…それも恐らくは精霊の力を封印出来る、士道を直接サポートするチームの長であり、ラタトスク機関全体のトップや、組織としての意思を決める役員達といった琴里より上の立場の存在は、普通にいるという事なのである。…だとしても、司令というのは凄いのだが。そして、正規の機関員でもない真那の行動を、琴里を飛び越えて支持してくれる人というのも、中々に謎な訳だが。

 ともかく組織のバックアップを受けられるというなら、真那のやろうとしている事も無茶ではない。真那の気持ちも、理解出来る。だとすれば…答えは、一つ。

 

「…うん、良いと思う。そういう事なら、うちに否定をする理由はない…かな」

「そう言ってもらえて安心です。…安心、ではいやがるんですけど……」

 

 言葉通り、安心したように真那は肩を竦める…が、言葉はそこで終わらない。まだ何かあるのだろうか、そう思って侑理が見つめていると、真那はまた小さく吐息を漏らし…侑理へと、向き直る。向き直り、言う。

 

「…侑理。私は侑理に、一緒に来てほしいと思っていやがります」

「……へ?う、うちに?」

 

 見つめる真那が発した言葉、共に来てほしいという言葉に、侑理は驚く。一瞬、困惑してしまう。共にDEMに所属していた頃は、確かに共に〈ナイトメア〉対処へ当たったりもしたが、今の侑理に戦う力はない。緊急着装デバイスを返してもらえば別だが、身体の状態が真那と同様の侑理では、それこそ琴理に一蹴されてしまうのがオチ。だがそんな事は真那も理解しているようで、最後まで話を聞いてほしい、というように掌で待ったのジェスチャーを見せる。

 

「勿論、それが賢明な判断じゃねー事は分かっています。私も最初は、そのつもりはありませんでした。…けど、その…なんていうか、その……」

「…えと…真那…?」

「…ま…まだ、一緒にいてーんです…侑理には、出来るだけ…側に、いてほしいのでいやがります……」

「……っ…!」

 

 恥じらい、頬を染め、若干目を逸らしながら胸の内を明かす真那。そんな真那の表情に、言葉に、侑理は息を呑む。衝動が湧き上がり、思わず抱き着くか、押し倒すか、抱き着いて押し倒すかしたくなってしまう。

 だがその思いを、侑理はぐっと堪える。恥じらっているとはいえ、これは真那の真剣な思い。真剣な気持ち。それに、真那が自分の言っている事の危険さを…最悪の精霊への追跡に、丸腰の人間を連れていく事の非常識さを理解していない訳がない。それでも尚、真那は言った。我が儘を、侑理へと紡いだ。であれば侑理もまた、真剣に答えなければならない。でなければ、胸を張って真那の親友などとは言えない。

 

「…うち、何の役にも立たないかもしれないよ?」

「そんなのは関係ねーです。だから、問題もねーです」

「皆から凄く反対されるかもしれないよ?その時はどうする?」

「どうにかして説得します。その位は、当然の事でいやがりますから」

「…なら…万が一の事があったら?」

「その時は、私が全力で守ります。この命に代えてでも、守ってみせます」

 

 一つ一つ真面目に、真っ直ぐ侑理の事を見つめ返して、真那は答える。どの言葉にも、思いを感じる。本気でそう思っているのだと、伝わってくる。

 思えばこれは、初めての事だった。第二執行部にいた頃は、あくまで侑理が同行を頼む形であり、今回の様に真那から頼まれる事はなかった。だから侑理は感じる。目に見えて、誰からも分かる形での変化だけでなく、自分でも気付かないところで、自分も真那も、自分達の関係も、あれから随分と変わってるのだと。

 

「…だから、侑理。真那と、一緒に来てくれねーですか…?」

 

 頼み込む真那の、澄んだ瞳。期待と不安の織り混ざったような、侑理の側へ身体を傾けた事による微かな上目遣い。

 そんな真那を前に、侑理は小さく…されどしっかりと深呼吸。自分の中で考えを、気持ちを纏める。そして真那をじっと見つめ…告げる。

 

「──それじゃあ、うちは着いていけない。そんな事じゃ、うちは真那と一緒に行けない」

「……ッ!…そう、ですよね…申し訳ねーです、これは流石に無理が……」

「命に代えてでもなんて、そんなの認められないよ。そんな事になったら、うちは絶対死ぬ程…ううん、死ぬより後悔する。士道にぃだって、絶対悲しむ。だから…ちゃんと守ってくれなくちゃ、自分も含めて守らなきゃ、そうでなくちゃ一緒に行けない」

「あ……」

 

 目を見開き、辛そうな表情を曇らせた真那の返しへ重ねる形で、侑理は続ける。自分を犠牲になんてしてほしくないと。それだけは、絶対に嫌だと。

 元より侑理とて、真那と一緒にいたかった。共に来てほしいと言われた時点で、答えは決まっていた。だからこそこれは、条件付けではなくただのお願い。これからも共にいたいからこその、侑理の気持ちであり、願い。

 

「…ははっ、そうでいやがりますね。えぇ、そうです。その通りでいやがります。侑理達から自分を奪っておいてこれで良しとするなんて、そんなの兄様の妹としても、侑理の親友としても、失格ってもんでいやがります」

「でしょ?だから…一緒に行こう、真那。一緒に行って…一緒に、帰ってこよう」

 

 呆れたように真那は笑い、それからいつもの明るい、柔らかい笑みを見せてくれる。そんな真那に、侑理もまた笑みを返し…二人で、頷き合う。

 侑理自身が納得したとて、戦えない侑理が同行するのは、良い選択ではない。だが侑理と真那で共通するのは、共にいたいという気持ち。離れ離れになり、一度は道が完全に隔たれそうになってしまった自分達だからこその、譲れないもの。未来永劫側に…とは言わずとも、今暫くの間は行動を共にしたいというのが、心の中の一番の思い。そして〈ナイトメア〉追跡もまた、真那にとって妥協出来ないものであるなら、これが最善の選択。ただそれだけの事なのだからこそ……迷いは、なかった。

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、話は済んだしもういいよね。…うぅ、まだ一緒にいたいなんて…出来るだけ側にいてほしいなんて…もー、真那ってば可愛過ぎるーっ!」

「うわぁ!?ちょっ、侑理何を!?」

「感情の爆発!可愛過ぎる真那を前にして抑えられなくなった、衝動の発露!」

「何を言っていやがるんですか侑理は!ち、ちけーですって!」

「近いも何も当然でしょう!だって抱き着いているんだから!そしてそれもこれも、可愛過ぎる真那がいけないんですー!」

「理由が理不尽過ぎじゃねーですか!?いや、ほんとにちょっと…っていうか、密着し過ぎて…うぁ……っ!」

「…あ、ヤバい。三日前は真那とまた一緒にいられる事への嬉しさとか、他にも色々な気持ちがあったからある意味それどころじゃなかったし、昨日も一昨日もこれからの自分の事で沢山考えてたから抑えられてたけど、なんかもううちの中での真那への気持ちが爆発しそうかも。っていうかもう手遅れかも」

「ひっ…!?ゆ、侑理…?なんだか顔が、色々ヤバそうな感じになっていやがるんですけど…?さらっと腕が、ベットに真那を押さえ付ける形になっていやがるんですけど…!?いや、ちょ、誰か……きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

……その後、侑理は真那とたっぷり夜を過ごすのだった。それはもう、たっぷりしっかりがっつり夜を共にするのだった。

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