デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第三十二話 二人の追跡

 晴れ渡る空。のんびり程良く浮かぶ雲。気候は秋晴れ、程良い気温の中で悠然と聳えるのは、霊峰とも呼ばれる日本一の山。

 

「見て、真那!富士山だよ富士山!」

「はいはい、見えていやがりますよ。…実物は、中々に圧巻なものでいやがりますね…」

 

 隣に座った真那に呼び掛け、窓越しに見える山を見つめる。別段侑理は、山に興味がある訳ではない。だがその侑理や真那も思わず見つめてしまう程、山頂付近を白く染め、その圧倒的な巨大さを見せ付ける富士山の姿は唯一無二のものだった。

 

「…見えてきた訳だし、もうすぐかな」

「それはどうでいやがりましょうね。富士山は大き過ぎるせいで、遥か遠くからでも見える訳じゃねーですか」

 

 されど、いつまでも見ている訳ではない。数分もすれば興奮も収まり、侑理は席に座り直す。買った弁当を食べながら、真那とこの後の事について会話を交わす。

 今、侑理達がいるのは新幹線の中。真那から〈ナイトメア〉追跡へ共に来てほしいと告げられ、いく事を決めた侑理は準備を整え、士道達にその事を伝え、ラタトスク側からの協力を受けて捜索を始めていた。その為に天宮市を離れ、新幹線で移動していた。

 とはいえ、一から探す訳ではない。探偵でも精霊研究の専門家でもない侑理と真那が、神出鬼没の〈ナイトメア〉を自分達で探そうなど土台無理な話というもの。誘う以前から真那もそれは分かっていたようで、実際の捜索を行うのは各地に散っているラタトスクの機関員、侑理と真那は居る可能性か高い場所、或いは最後に発見された場所へとその都度向かい、そこから調べるというのが実際のところ。

 

(…やっぱり、〈ナイトメア〉捜索はラタトスクとしても重要だと考えていて、だから追跡をしたいっていう真那の存在は渡りに船だった…って事なのかな…)

 

 一見侑理達…というか真那が不要に思えるこの捜索だが、現実としてはむしろ逆。何せ捜索対象が精霊、それも極めて危険な存在である以上、対抗し得る戦力がなければ、見つけたところで何も出来ずに終わってしまう。そしてその対象、〈ナイトメア〉を相手にしてきた経験が世界で最も豊富なのは、間違いなく真那な訳で…真那がラタトスクからの協力を得られたのは、互いの都合が合致したからなのではないかと侑理はこの時考えていた。

 

「…しかし、今は日本国内を中心に動いてる訳でいやがりますが…改めて考えると、ほんとラタトスクにおんぶにだっこでいやがりますね」

「捜索は勿論だけど、旅費を始め必要経費は全部ラタトスク持ちだもんね。…うちも真那をおんぶとか抱っことかしたいのに……」

「なんで慣用句に過ぎねーのに恨めしそうな顔してやがるんですかね、侑理は…。…それに、少し意外でもありやがりました。まさか、令音さんが肩を持ってくれるとは」

「あ、それはうちも思った。令音さん、うち達の身体を気に掛けてくれてたし、琴里みたいに反対されると思ったけど、割とあっさり了承してくれたよね」

 

 少しずつ話は変わり、話題は〈フラクシナス〉の解析官、令音の事に。いつも眠そうな目をしている、どうにも覇気を感じない彼女は意外にも侑理達に協力的で、避けては通らない琴里とのやり取りでも侑理達側へ立ってくれたのだ。

 そうして侑理は回顧する。出発における、唯一にして最大の関門を。琴里から、追跡への理解を得た時の事を。

 

 

 

 

「だから…どうしてそこまで自分の身を顧みないのよ。士道といい真那といい、自分を二の次にするのは決して良い事なんかじゃないのよ?」

 

 これからの事について話した時以来の、〈フラクシナス〉の司令室。そこで侑理と真那に向け、琴里は困ったような、窘めるような声音で話す。

 〈ナイトメア〉の追跡へ出る上で必要な事。その内の一つが、琴里からの了承を得る事。無論侑理も真那も琴里の部下ではない為、何も言わずに出てしまう事も出来るには出来るが、そもそも自分達が今こうしていられるのは、司令官である琴里のおかげでもある。そう思うからこそ、義理として、筋を通す為に、侑理達はこうして来ていた。

 

「あぁ、分かります。兄様は自分が危ない目に遭った時でも、まずは相手の心配をしやがりますからね。そんな兄様の心意気は流石といったところですが、それはそれとして困ったものでいやがります」

「そうなのよ、士道はほんと…って、今私は貴女も含めて言ったんだけど?」

「兄様と並べてもらえるのは、正直嬉しいものでやがりますね」

「…真那はいつもそうやって、誤魔化したり有耶無耶にしようとしたりするわよね。バレてないとでも思った?」

「うっ…さ、さて…何の事やら……」

 

 じとーっとした目で琴里に見られ、ゆっくりと視線を逸らしていく真那。結果、やり取りを見ていた侑理と目が合い…にこっと笑ってみると、逆側に視線を逸らしていった。…ちょっとショックである。確かにこの流れでにこっとされても反応に困るのだろうが、それはそれとしてショックな侑理である。

 そしてこの時、侑理はこうも思っていた。真那の誤魔化しを見抜くとは、こういう時は取り敢えず有耶無耶にしようとしがちな事を理解してるとは、琴里も中々やるね…と。

 

「…で、侑理もどうして同調しているのかしら?百歩譲って、真那はまだ分かるわ。良い悪いは別として、理解はするわ。けど今の貴女は、戦う事も出来ないわよね?」

「それは…うん。でも、戦う事が、戦う事だけが、うちに出来る事じゃない」

「…と、いうと?」

「そう…具体的に言うと、真那がうちと一緒にいた──」

「…侑理」

「ひゃんっ!?」

 

 ぴくりと眉を動かした琴里は、興味深げに侑理へ問う。侑理の自信と真剣さに満ちた言葉に、その意味を聞きたそうな表情を見せる。そしてそんな琴里へ向け、侑理は更に自信満々に、ならば教えようとばかりに、真那からの情熱的な告白(?)を伝え……ようとした瞬間、その真那から声を掛けられた。耳元で、囁くように、小声で自分の名前を呼ばれた。

 耳から脳に、そして全身に駆け巡る衝撃。電流を流されたように、真那の声が、その愛らしくも快活な声音が、鼓膜に響く。…否、その表現は正確ではない。確かに愛らしく快活ではあるが、小声で、耳元で囁かれる事で、普段は感じる事のない蟲惑さがじわりと染み回るようにして広がっていく。つまり、有り体に言うと……侑理にとってそれは、最高だった。最高過ぎた。

 

「な、ななな何をするの真那!?最高なんだけど!?…あ、間違えた。びっくりしたんだけど!?」

「その発言にむしろこっちがびっくりでいやがりますよ…。…って、そんな事はどうでも良くて…何あの時の事を、普通に話そうとしてやがるんですかねぇ?」

「え、駄目だった?」

「駄目に決まってるじゃねーですか…!侑理は私に恥をかかせてーので…!?」

「いや…一緒にいたいって言ったのは、真那自身じゃん…自分で言った事じゃん……」

「だとしても、他の人に話す事じゃねーでしょうが…!」

「ちょっと?何二人でごちゃごちゃ話してるのよ」

 

 がっ、と肩を組むように確保され、侑理は琴里に背を向ける形に。そのまま小声で真那から猛反対され、何なら更に睨まれる。…が、そこは真那の事が大好きな侑理。慌てる真那を見られた事と、理由はどうあれ真那があの時言った言葉、侑理と交わしたやり取りの全ては二人だけの秘密にしたいのだろう、と都合良く解釈する事により、それはそれで満足した気持ちを抱くのだった。

 とはいえ、自分だけ納得しても意味がない。侑理はこほんと咳払いをし、改めて琴里と向かい合う。

 

「今は戦えないうちだけど、うちにも出来る事はある。うちにしか、真那にしてあげられない事がある。…それじゃ、駄目?」

「駄目?って…結局漠然とした表現のままじゃない」

「それは、まあ…でも具体的な事を話そうとすると、延々に話進まないよ?今さっきと同じ事が起きて、無限ループが始まるよ?」

「えぇ…?どこにループの起点があるってのよ…」

「琴里かな」

「琴里さんでいやがりますね」

「なんでよ!?…あ、でもそうか。私が具体的な説明を求めるからループに…って、ちゃんと説明しない事の責任を私に転嫁しないでほしいんだけど…!?」

 

 だよねぇ?…と侑理が真那と顔を見合わせる中、琴里は憤慨した様子で突っ込んでくる。…薄々感じていたが、黒リボン(司令官モードでない時は白リボン。何でも琴里はリボンで切り替えているんだとか)の琴里は真面目でしっかり者ながら、割と突っ込み気質というか、意外とノリがいいらしい。…と、言うと更に怒りそうな為、勿論口にしたりはしないが。

 

「まあまあ落ち着きやがって下さい琴里さん。詰まるところ私は兄様の為、お世話になってる皆さんの為、そしてあの邪智暴虐の〈ナイトメア〉の非道をこれ以上許さない為に、追跡に出る訳でいやがります。侑理もそんな私の力に、支えになってくれようっつー訳です。重要な部分だけを挙げて考えれば、そう悪い事でもねーでしょう?」

「そうね、貴女達二人の身体は治療を受けるべき状態だって事を抜かせばね。…っていうか、邪智暴虐を某走る羊飼いの物語以外で使ってる人初めて見たわ…」

「あー、そういえば丁度琴里さんは最近教科書で出てきた辺りで?」

「主人公も丁度妹がいるんだよね。でもうち的には士道にぃの方が良いかな」

「いや、それだけで士道と比べられても…けどまぁ、士道も凄く単純だし、同じような事になったら…いや、士道は即決で押し入ったり親友を身代わりにしたりはしないでしょうけど…馬鹿の一つ覚えみたいに走り続けるでしょうね。…絶対に、諦めたりなんかせず」

「同感でいやがります、何せ兄様ですから」

「うんうん、士道にぃだもんね」

 

 

 

 

「…………って、教科書に載ってる物語談義なんてどうでもいいのよどうでもッ!」

 

 何故か遥か斜め上の方向に脱線してしまった会話だが、琴里の机を叩きながらの猛突っ込みで侑理達は我に返る。…なんだったんだろうか、今の時間は。

 

「ほんっとにもう…!ふざけてばっかり言うなら、話なんて聞かないわよ!」

「いや、今のに関しては琴里も普通に乗っかってきたような……」

「火のないところに煙は立たないの!」

『えぇー……』

 

 完全に頑なな状態となってしまった琴里に、どうしたものかも侑理達はまた顔を見合わせる。しかし琴里にも非があるとはいえ、自分達も誠意が足りなかったかもしれない。そう侑理は反省し、とにかくまずは一度怒りを収めてもらって…と、考えていた時だった。

 

「琴里。確かに火元…原因は真那達にあるが、実際問題琴里も雑談に興じていた訳だ。であれば琴里が二人へ責任追及をするのは、少し違うんじゃないかな」

「う…令音は二人の肩を持つ訳…?」

「そういう訳ではないよ。真那がすぐ話を逸らすのも、侑理がそれに乗っかるのも良くない。そもそもの原因を挙げようとするなら、間違いなくそれは二人の方だ。…けれど君達は、誰が悪いのか決めたい訳ではないし、脱線していたとはいえ雑談自体は普通に楽しかった…そうだろう?」

 

 ここまでは黙っていた、事の成り行きを見守っていた令音が口を開き、琴里に待ったを掛ける。続けて侑理達にも指摘をし、その上で「今のやり取りは嫌なものだったのかな?」と、軽く首を傾け尋ねてくる。問われた侑理は、真那と、琴里と顔を見合わせ……沈黙。なんというか気不味くて、けど嫌だったとは思わなくて…そんな心情から、二人共々黙り込む。

 まるでそれは、学級会が停滞した時の先生のよう。そして令音はぐるりと、あまり力を感じない動きで侑理達を見回すと、再び視線を琴里へ向ける。

 

「…さて、琴里。そもそもの話として、君より上…円卓会議(ラウンズ)は、真那の〈ナイトメア〉追跡を了承している。であれば、君は個人として反対する事は出来ても、司令として禁止する事は出来ない…それは理解しているね?」

「…分かっているわよ、そんな事は。けど……」

「理解はしてても、納得は出来ない…うん、そうだろうね。私はそれで良いと思っている。そこで、上が了承したなら仕方ない、と片付けてしまう事のない琴里だからこそ、私は君が司令官に相応しいと思っているよ」

 

 そう言って、令音は軽く頬を緩める。お世辞ではない、本当に快く思っているのだと伝わる表情を琴里へと見せ…琴里もまた、小さな声で「…ありがと」と返す。

 

「話を戻そうか。上が了承している限り、止める事は出来ない。けれど、今回の形で真那達に追跡へ出てもらうのは、考えようによってはむしろベスト…とは言わずとも、ベターな事ではないかと私は思うんだ」

「…その方が、都合の良い部分があるって事?」

「ああ。琴里、よく考えてみてほしい。もし君が反対をし、上も了承しなかったとしたら、真那はどうすると思う?」

 

 どうなるだろうという問いに対し、数秒思案する琴里。そして名前を挙げられた真那が見つめる中、考えが纏まった様子の琴里は呆れ顔を浮かべて言う。

 

「…まあ、勝手に追跡に出ちゃうでしょうね」

「同感だ。決断力と行動力を併せ持つ真那なら、止められたとてじっとしていてはくれないだろう。そしてそうなった場合こそが本当に危険だ。勿論真那の実力は疑う余地などないが、相手はあの時崎狂三だ。彼女相手に独断行動を取ってしまう危険性を思えば、むしろ把握出来る範囲で、且つ協力も出来る形で動いてもらった方が、結果的には真那の安全にも繋がるんじゃないかな?」

「…一理あるわね。そうか…真那は言って聞くような子じゃないって事を失念していたわ…」

「侑理侑理、今私凄く失礼な事言われてねーですか?」

「それは…まあ、どうだろうね……」

 

 確かにそれはその通りだ、とばかりに琴里は首肯。真那からの問いには曖昧な答えを返しつつも、内心では侑理も首肯。〈ナイトメア〉が絡むと即断即決悪即斬となってしまう、止めても止まらないのが真那である事は、侑理も…というより、侑理が一番よく知っている。だからこそ、侑理には分かる。令音の言っている事は正しいと。〈ナイトメア〉と聞けば突っ込んでいってしまう真那だが、同時に対〈ナイトメア〉においては冷静さを失わない真那だからこそ、支援の手があるなら活用するし、必要な連絡は欠かさずきちんと取ってくれると。

 

「そしてもう一つ。侑理の存在は、きっと真那のストッパーになってくれる筈だ」

「ストッパー?…侑理、貴女は真那が何かやろうとしてたら、基本どうする?」

「え、協力するよ?だってうち、真那のやりたい事はなるべくやらせてあげたいと思ってるから」

「なんで某お笑いコンビの前振りみたいな言い方してるのかはさておき、こう言ってるんだけど?」

「ふふ、まあそうだろうね。けど、真那はどうかな?今の侑理と共に行動するとして…無茶な真似は、出来るかい?」

 

 分かっていたというように、穏やかな表情で笑う令音。親しみすら感じる…というより、親しみを抱いてくれているような彼女の笑みに、侑理は何故だろうと小首を傾げ…丁度そのタイミングで侑理をちらりと見やった真那は、令音からの問いに答える。

 

「それは…出来ねーですね。勿論侑理を守る為なら、多少の無理は幾らでもしてやるってもんですが…それで私がお陀仏になったら、それこそ侑理を守れねーですから」

 

 守る為には、まず自分が倒れてはいけない。…それが、真那の答え。そして真那は、もう一度侑理の方を見る。

 その瞳は、言っていた。それに、侑理との約束もありやがりますからね、と。

 

「ストッパーは、何も直接止めるだけじゃない。侑理の存在そのものが、無茶をする事への抑止になる。…私は、そう思うよ」

 

 言葉を締め括り、令音は琴里に視線を送る。君はどう思う?…そう問い掛けるような瞳で、琴里を見つめる。

 投げ掛けられた言葉と視線に、琴里は無言で腕を組む。黙ったまま、じっとしたまま、十数秒の時が経ち……琴里は深く、息を吐く。

 

「…分かったわ。色々思うところあるけど、令音の言葉には十分な理がある。確かにって、それもそうだって思っちゃった時点で、私ももう認める他ないわ」

『じゃあ……』

「但し、一つ…ううん、二つ約束して頂戴。毎日必ず、特に何もなくても連絡を入れる事。緊急時は勿論だけど、それとは別に定期連絡をする事。まずはそれを約束して」

「えぇ、それは勿論」

 

 根負けしたように、琴里は組んでいた腕を解く。されどすぐに指を一本、続けてもう一本立てて、約束を…と見つめてくる。

 定期連絡。それは言われるまでもない事だった。侑理とて、琴里に不要な心配をさせたい訳ではないし、組織における連絡の重要性は十分に承知をしている。そしてそれを欠かす気はない、と真那も頷き…真那の返答を受け取った上で、琴理はもう一つの約束を言う。

 

「それじゃあ、二つ目。…ちゃんと二人で、元気に戻ってきなさい。怪我するなとまだは言わないわ、そんな甘い相手じゃないもの。だけど…信じようって思った事を、助け舟を出してくれた令音の判断を後悔させるような事は、絶対にしないで頂戴」

 

 真っ直ぐ侑理達を見る、琴里の眼差し。真那だけでなく、まだ長い付き合いでもない侑理の事すら本気で思ってくれているのだと伝わってくる、強さと優しさを併せ持つ瞳。

 侑理は頷く。真那と共に、深く頷いて返す。…この瞳を、この思いを、無下にする事は出来ない…そんな風に、思いながら。

 

「それにしても、令音さんは真那だけじゃなくて、うちの事も、うちと真那の関係もよく分かってるんですね。真那にしたって、心理をよく理解してるみたいですし…何ならちょっと、よく分かり過ぎているような……」

「解析官である事に加えて、私は精霊達のメンタルケアをする事もあるからね。それなりに心理学は学んでいるのさ。ただまあ……」

「まあ?」

「…そういう事を抜きにしても、今の私からすれば君は分かり易い子だと思うよ、侑理」

『あー』

「え、ちょっ…ちょっと!?なんでそんな、うちが分かり易いって事がこの場の総意みたいになってるの!?」

 

 分かり易い。令音のそう言い、真那と琴里は大いに同意。当然憤慨する侑理だったが、一対三ではどうやっても評価が覆る事はない。そしてこの圧倒的アウェー感は、嘗て第二執行部でよく経験していたものであり…懐かしいような不服なような、何とも微妙な心境になる侑理であった。

 

「ともかく、私も二人には無事に戻ってきてほしい。だから、琴里との約束は絶対に守ってくれるかな」

「言われるまでもねーです。約束を守る、それは当然の事でいやがりますからね」

「うちの事を信じてくれたんだもん。絶対、後悔はさせないよ」

「…本当に、元気で戻ってきてよね?じゃなきゃ…今後、士道に会うのは禁止よ?」

『そんな!?』

 

 最後の最後で投げ込まれた予想外の一言に、侑理は愕然。そんな非道が罷り通るものか、そもそも義妹とはいえそこまでの権限があるものか、と侑理は真那と共に猛抗議をするも、「元気で戻ってきてくれるんでしょ?なら、問題ないわよね?」…と言われてしまえば黙る他ない。更に今回は、令音も助けてはくれず…想定外の形で、ちゃんと帰ってこなければいけない理由がまた一つ増えてしまうのだった。

……とはいえ、元より〈ナイトメア〉追跡で果てるつもりなど、侑理にはなかった。真那と共に戻ってくる、初めから侑理はそのつもりだった。別段おかしな事はない。当然である。何せ、侑理はまだ真那や士道達との時間を過ごしたいし、DEMへの思いにも決着を付けられていないのだから。

 

 

 

 

 新幹線を降り、駅の構内を抜け、外へと出る。ぐるり、と周囲を見回し…侑理は呟く。

 

「真那の言う通り、結構富士山が見えてからも長かったねぇ」

「まあ、そんなものでしょう。まずはどこかで買い物をしてから荷物を降ろしに行こうじゃねーですか」

 

 言うが早いか、早速真那は歩き出す。侑理としては、折角だから色々見て回る…とまでは言わずとも、駅周辺の施設や建物を軽く眺めながら移動したいところだったが、真那はさっさと行ってしまう為そうもいかない。

 という訳で、スーパーによりつつ移動する事数十分。侑理達はとある建物の裏口前に立ち、インターホンを鳴らす。そして予め聞いていた合言葉を伝え…中へと入る。

 

「…ねぇ、真那。もうこうやって中に入るのも数回目だけど…今更な事、一つ言ってもいい?」

「なんでいやがりますか?」

「こういうの…なんか密偵とか諜報員みたいで、ちょっと格好良くない?」

「何を言い出すかと思えば……私は最初からずっとそう思っていやがりましたよ?侑理」

 

 中の部屋で荷物を降ろしたところで、にやりと二人で笑い合う。侑理も真那も実際DEMの裏の実働部隊、第二執行部の元メンバーな訳だが、それはそれとしてこういう事に魅力を感じちゃったりするのである。

 そんな侑理達が入ったのは、ラタトスク機関が管理している建物の一つ。今回、この地域における侑理達の拠点となる場所。〈ナイトメア〉が高い情報収集能力を有している事は、ラタトスクも把握している…というより、先日のDEM日本支社第一社屋襲撃の折、紆余曲折の末一時的に〈ナイトメア〉と協力関係になっていたらしい士道の報告ではっきりしていた為、侑理達としては予め決めておいた、ラタトスクの絡む施設ではなく、その場その場で宿を決めて動くという形を取りたかったのだが…残念ながら、侑理も真那も見た目はただの中学生相当な少女。他国に比べ治安が安定しており、それ故に未成年の行動にも厳しい日本において、侑理達だけで宿を取るというのは非常に難しく、このような形を取る他なかった。

 

「さて、一休みしたら早速行動開始です。侑理、毎度の事でしつけーとは思いますが、くれぐれも……」

「真那が戻ってくるまでは待っているように、でしょ?分かってるって」

 

 人差し指をぴっと立て、軽く顔を近付けてくる真那に、大丈夫だと侑理は返す。現地に到着後、まずは真那が直接地理を把握し、危険がないか確かめてくる。その間に侑理は現地の…つまりここにいるラタトスクの機関員と、細かい情報の共有を行う。二人での調査は、それよりも後。それが侑理と真那で交わした、追跡する上での決まりだった。

 その事に、侑理の中で不満はない。毎回言われるのも、それだけ真那が自分を思ってくれていると思えば、むしろ嬉しい位である。

 

「…あ、そうだ真那。飲み物買ってきてもらってもいい?さっき買うの忘れちゃって…」

「ああ、構わねーですよ。因みに要望は?」

「それは勿論、イギリス人なら誰もが知ってる紅茶の金字塔、歴史あるあの──」

「はいはい適当に紅茶を買ってくればいい訳ですね。それじゃあ大人しく待ちやがって下さい」

 

 リクエストを訊いておきながら、侑理の熱意ある要望を雑に処理する(まあ侑理も冗談で言った訳だが)真那。それから真那は部屋を出ていき…残ったのは侑理一人だけ。

 無論、ただ待つ訳ではない。侑理にも機関員との情報共有がある訳だが、実は予定よりも早く着いている為に、まだその時間にはなっていない。つまり、侑理は手持ち無沙汰な訳だが…だからこそ、やる事がある。やろうと思っていた事がある。そして侑理は…台所に立つ。

 

「ふっ、うちが惣菜だけじゃなくて食材も買っていた事に気付かないとは、真那もまだまだだね。…士道にぃから直々に教えてもらった料理を作って、真那を待つ…ただそれだけでもなんか良い、なんか素敵なうちのひと時…!」

 

 そう。追跡への準備期間の中で、侑理は一つ、士道から簡単な料理を教わっていた。これまでは中々披露する機会がなかったが、遂にその時がやってきた。明らかに追跡には必要ない、無駄な時間の使い方な気もするが…本当に無駄かどうかは、侑理自身が決める事。一見無駄な気がしても、実は無駄ではない(多分)。そう思えたなら、それが侑理の正解なのだ。

 そうして侑理は手を洗い、調理を始める。戻ってきた真那に、士道直伝の料理を食べてもらうのを楽しみにしながら。更にその時の事を、後々土産話として士道に話そうと思いながら。

 

 

 

 

……まあ、実際には見た目はともかく、完成したのはやけに味の薄い料理であり、食べた真那が浮かべたのは苦笑い、士道への土産話も失敗談になってしまうという、残念な結果で終わったのだが。

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