デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第三十三話 昏睡の跡地

 現在侑理が真那と共に訪れているのは、直近で〈ナイトメア〉が複数度観測されている地域。原因不明の、集団昏睡事件…〈ナイトメア〉の力によるものと思われる現象も、確認されている場所。世界各地でその姿を見せる、神出鬼没であるのが〈ナイトメア〉である以上、まだ近くにいるという保証はなかったが…調査に値するだけの状況は、既に十分揃っていた。

 

「ここでいやがりますか…」

 

 路上から、真那は大型のデパート施設を眺める。その隣で、侑理も同じようにして建物を見る。

 ここが、例の集団昏睡事件の起きた場所だった。まだ原因調査中という事で立ち入り禁止となっており、中に入る事は勿論、敷地の側で下手にうろうろする事も出来ないという状況だが、ラタトスクは既に霊力の残滓を観測している。そこで精霊による何かが行われたのだと、観測機により把握している。

 

「やっぱりまだ全然日が経ってないから、警察も多いね。…駄目だよ?強行突破しようとしちゃ」

「する訳ねーじゃねーですか。取り敢えず今はぐるっと周囲を回るだけにして、ここは深夜に出直ししましょう」

 

 随意領域(テリトリー)を用いれば、足音は消せる上深夜でも十分に視界を確保出来る。万が一誰かに見つかっても、魔術師(ウィザード)の強化された身体能力で素早く物陰に隠れれば、深夜の夜闇と合わさる事で空目だったと誤認させる事が出来る。深夜に出直しというのは、それを踏まえての事。つくづく魔術師(ウィザード)は便利なものだ、と今更ながら侑理は思い…真那の言葉に頷いてから、疑問を一つ口にした。

 

「〈ナイトメア〉はさ、どうしてこんな事を起こしてるんだろうね」

 

 空間震によるもの以外でも多数の人間を死に至らしめている精霊、〈ナイトメア〉。しかしながら、十中八九彼女が引き起こしている集団昏睡では、殆ど死者が出ていない。あくまで『殆ど』であって絶対ではない上、昏睡だからいいという問題でもないのだが、とにかく侑理はその理由、そこにある目的が気になっていた。元から妙だとは思っていたが、今ははっきり「何故」と知りたくなっていた。…もしかすると、十香達との交流が気持ちの変化の要因…なのかもしれない。

 

「はっ、殺人鬼の思考を理解しようとしたって無駄でいやがりますよ。まともな人間が理解出来るような思考回路をしてるなら、世界中で殺しを重ねる訳がねーんですから」

「いや、まぁ…それを否定するつもりはないけど、それを言ったらお終いというか……」

 

 取り付く島のない真那の返しに、侑理はうむむ…と頬を掻く。予想外ではないとはいえ、こう返されては困るというもの。そして困る侑理の心境を余所に、真那は鼻を鳴らして更に言う。

 

「それでいいじゃねーですか。むしろ侑理は、〈ナイトメア〉の思考を理解してーので?」

「そうじゃないけどさ…そういうの、よくないと思うなー。すっごくよくないと思うナー」

「…な、なんでいやがりますか侑理……」

「だって、どうして人を襲うのか…って重要でしょ。まあ、程々に苦しめて楽しんでるって可能性もなくはないし、そうだったら確かに考えるだけ無駄だけど…何か狙いがあるなら、でもってそれを予想出来るなら、その方がいいでしょ?」

 

 口を尖らせ、不満ですよ感をがっつり出して言ってみれば、今度は軽く狼狽える真那。そこで侑理が表情を戻し、真面目なトーンで言ってみせると、真那は数秒沈黙する。そして小さく息を吐き、再び口を開く。

 

「…まあ、侑理の言う事は分からなくもねーです。けど実際問題、人が多い場所って事を除けば場所も時間も起こる頻度も碌に法則性がねー事の理由を、どうやって予想するってんです?起こった後にその場で何か物が盗まれていたとかって事もねーみてーですし」

「うーん…そうなるとあれかな、そもそも〈ナイトメア〉はやろうとしてやってる訳じゃなくて、何かしらの理由で意思とは関係なくそうなっちゃうとか……って、うん?」

 

 予想するにしてもその材料が乏し過ぎる、そう語る真那の返しはご尤も。一応可能性を一つ挙げてみる侑理ではあるが、その予想は自分でも自覚出来る程根拠が薄く、更に漠然としたものであり……と、そこで侑理はある事に気付く。

 

「その口振り、なんか今ぱっと考えた感じじゃないよね…それに物が盗まれた云々なんて、自分から情報収集しないと分からない事だし…もしや真那、実は〈ナイトメア〉がこんな事するのは何故か、って考えた事あるんじゃないの?」

「うっ……そ、そんな事は…」

「…違った?」

 

 ひょっとして。そう思った事を口にすると、真那はびくりと肩を震わせ、目を逸らす。その真那に近付き、侑理がじーっと…それはもうじぃぃーっと見つめると、更に真那は目を逸らし……嘆息。

 

「……あぁ、そうでいやがりますよ。〈ナイトメア〉がこんな不可解な事をするのは何故かなんて、とっくに予想済みでいやがります」

「やっぱり…。…何で隠すの、こんな事……」

「いや、その、なんというか…」

「なんというか?」

「……引っ込みが、付かなくなって…」

 

 怨敵の話で、つい感情的になってしまった。勢いで理解出来なくていいとばかりに言ってしまって、これまた〈ナイトメア〉の話という事で「本当は理解しようと色々考えてみた事がある」と言うに言えなくなってしまった。…つまり、そういう事。そして図星を突かれたが故の、全力目逸らし。なんというか、本当に真那らしい理由というか、妙な意地の張り方で…思わず侑理は吹き出してしまう。

 

「ぷっ…ふ、ふふっ……」

「なっ…何笑っていやがるんですか侑理…!」

「何って…真那、いざ戦闘になると〈ナイトメア〉相手でも冷静なのに、こんな流れで無駄に意地張って、しかも割と早い内に見抜かれるって…ぷくくっ……」

「む、むぐぐ…」

 

 一応堪えようとはする侑理だったが、それでも笑いが漏れてしまう。真那も普段なら怒るところだが、今回は完全に身から出た錆だからか、恥ずかしそうに顔を赤くするばかり。そして、そんな真那の姿があまりにも愛らしくて……

 

「真那ってば、かーわいっ♪」

「〜〜〜〜っっ!」

 

 意地悪く笑い、感情たっぷりに言った、「可愛い」の一言。それにより侑理が見たのは、真那の一生ものの羞恥顔であった。

 

「…………。…ふぅ、満足!ご馳走様でした!」

「ご馳走様じゃねーんですけど…っ!?」

 

 ただでさえ恥ずかしくて困ってるのに、訳の分からねー事を言わねーでくれませんかねぇ!?…とばかりに突っ込んでくる真那。追跡に対する琴里の理解を得ようとした際、侑理は令音から分かり易い、と称されてしまった訳だが…侑理からすれば、割と真那も分かり易いというか、表情に出易いのである。そしてそれもまた真那の魅力であり、可愛らしいところである事は、(侑理的に)言うまでもない。

 

「くッ…侑理にこんな形で辱めを受ける日がくるとは…侑理に、まさにの侑理に……!」

「え、なんか微妙にうちの事馬鹿にしてない…?」

「ふんっ、そんなの知らねーです」

(あ、ちょっと拗ねてる…そうやって拗ねるのも可愛いんだから、ほんと真那ってば超絶魅力的よね!…って言ったら流石に怒ってきそうだし、ここは我慢…我慢我慢…!)

 

 ぷいっ、と三度顔を背けた真那に心の中だけで萌えた後、侑理は努めて冷静さを呼び戻す。大分楽しいやり取りが出来た訳だが、本当に満足な訳だが、侑理達はあくまで〈ナイトメア〉追跡の為の行動中。それが楽しいで終わっては、ここまで来た意味がないのだ。

 

「ごめんごめん真那。えぇと…取り敢えず次は、一番最後に観測された場所行ってみる?」

「…まぁ、ここで侑理のしょーもねー話に付き合うよりは有益でいやがりますね」

「うー、ごめんって…後でお土産にペナント買ってあげるから許して?」

「お土産って…しかも、よりにもよってペナントって…はぁ、今回の件は私にもわりー部分がありますし、ここは二対八で手打ちとしようじゃねーですか」

「え、それは手打ちになるの…?後、その場合の非が多い方って……」

「勿論侑理です。具体的には、本気の謝罪三回分でチャラにしてやるってんですよ」

「なんかまあまあ許してない感じあるんだけど…!?」

 

 親友の間柄で本気の謝罪、それも三回となるのは、ガチギレレベルではないのだろうか。…と、一瞬本気で不安になった侑理であったが、真那の意地の悪い笑みが見えた事で、それが冗談だと理解した。見事に意趣返しをされた侑理であった。

 という訳で、侑理と真那は場所を移る。情報を頼りに街中を進み…辿り着いたのは、なんて事ない住宅街の、これまたなんて事ない普通の路地。

 

「ここは……」

「うん、ここは…なんていうか、調べるまでもなさそうだね……」

 

 本当に何の変哲もない、隅から隅まで簡単に見えてしまうような空間。勿論見えるものが全てとは限らない、随意領域(テリトリー)で調べる事で見えてくる何かがあるかもしれない…というのは侑理にも分かっていたが、それでも目の前にあるのがあまりにもありふれた光景だと、どうしても拍子抜けをしてしまう。…と、侑理は思っており、真那も同じだろうと想像していたのだが…どうやら真那は違う様子。

 

「…うん?真那?」

「あ…申し訳ねーです。ちょっと、兄様と会った時の事を思い出しちまっていたもので…」

 

 何やら感慨深そうな表情をしていた真那は、謝罪の後に教えてくれる。何でも真那は、天宮市にある似たような路地で〈ナイトメア〉…の分身体を討伐した後に、偶々士道と出会った…というか、再会を果たしたらしい。

 

「考えてみれば、あれからまだ半年も経ってねーんですよね…兄様と再会してからは、本当に濃密な日々ばかりで、もっと経ってるような気がしてならねーです」

「む…それはつまり、それまでのうちとの日々は、対して密度がなかったって事?」

「そうは言ってねーじゃねーですか…侑理との時間は私にとって『当たり前』だったんだから、感じ方がちげーのも当然の事…ただ、それだけの事でいやがりますよ」

「うちとの時間は当たり前…わっ、なにこれ。今の、濃密な日々って言われるより嬉しいかも…!」

 

 側にいるのが当たり前。同じ時間を過ごすのが普通。そう思うと、やたら心が嬉しくなる。真那からは呆れの視線を向けられてしまうが、とにかく嬉しいのだから仕方ないのである。

 

「…侑理は毎日楽しそうでいやがりますね」

「え、うん楽しいよ?真那といれば、大概は楽しいもん」

「…まぁ、そう言われるのは悪い気がしねーですが……」

「でしょ?…でも、うちもほんと色々あったな…日本に来てからの事は言うまでもないけど、その前だってエレンさんに稽古を付けてもらったり、二人で出撃したり、後は…そうだ、皆でダーツをやったりもしたんだっけ……」

 

 考えてみればどれも、ほんの数ヶ月前の事。にも関わらず、随分前の事に感じるのは、やはりそれだけ濃密な日々ばかりだったから。そして今も、〈ナイトメア〉の追跡という決して平穏ではない行動の真っ最中で…と思っていた侑理だったが、そこで真那が自身を見つめている事に気付く。

 

「…えと、真那?うち、何か付いてる?」

「侑理の後ろに、忘却されし過去の怨念が……」

「付いてるんじゃなくて憑いてるの!?」

「という冗談は置いておいて、やっぱり未練…あるみてーですね」

「あ、あぁ…それは、そうだよ。士道にぃには恩返ししたいし、琴里達には感謝してるし、真那の側を離れる気はないけど…うちはまだ、DEMを…エレンさん達を信じたいんだもん」

 

 何故そんな上手い事を旨いことを…というのはさておき、侑理は真那に頷いて返す。侑理は決して、DEMに見切りを付けた訳ではない。ラタトスクの側にいるのも、あくまで確かめる為、確かめたいが為であり、根底にあるのは信じたい気持ち。今は疑わしい部分ばかりで、侑理自身『信じたい』であり『信じられる』ではない事が少し辛かったが…自分自身で確かめるまでは、この気持ちを手放さない。侑理はそう決めていた。

 

「…ごめんね。真那は、うちを必死で助けてくれたのに」

「構わねーですよ。私は私がやりてーようにしただけでいやがるんですから、侑理も侑理のしてーようにすればいいんです。…まぁ、侑理のエレンへの気持ちはよく分からねーですけども」

「えー、そう?エレンさんって大人っぽい…というか大人だし、しっかりしてるし、でも厳しさの中には優しさがあって、素敵だと思うんだけどなー」

「はぁ…私からすれば、そこまで大人って感じはしねーんですけどね…」

 

 何が良いのか、どこが素敵なのか。その一端を伝える侑理だったが、真那はピンときていない様子。しかしそれはエレンと過ごした時間に、してきた事に開きがあるからだろう、と侑理は自分の中で納得をし、ちらりと視線を路地へと戻す。その動きで察した真那も、会話を打ち切り随意領域(テリトリー)を展開して、路地を隅から隅までじっくりと調べる。

 

「真那、どう?何か手掛かりはある?」

「んー…まあ、結論から言うと…ねーですね、何も」

「〈ナイトメア〉専門家の真那の目をしても?」

「〈ナイトメア〉討伐専門家の私の目をしても、全く以ってねーです」

 

 肩を竦め首を横に振る真那の姿に、そっか…と侑理も肩を落とす。真那が何もないと言うのであれば、もうそれは本当に何もないと見て間違いない。ありがたくはないが、認めざるを得ない。

 

「うーん…仕方ないとはいえ、また無駄足かぁ…」

「ゲームじゃねーんですから、そう都合良くはいかねーって事です。…気持ちは分かりますけどね」

「ほんとに何もない?指紋とか、髪の毛とか、緑色に光る虫が反応する痕跡とかが残ってたりしない?」

「前者二つは見つけたところで追跡には殆ど役に立たねーですし、最後のに至ってはそれこそゲームじゃねーですか…」

「いや、毛に何か付着していたら、それを分析する事で潜伏場所が分かるとかあるかもしれないよ?」

「ふざけておいて突然真面目な思考に戻るんじゃねーです…!」

 

 残念な気持ちを紛らわせるようにふざけた侑理ではあったが、当然結果は変わらない。そして侑理自身、そんな都合良くはいかないという事も承知している。何せ、ここに来るまでで既に複数の地を回っており、各地でも悉く空振りに終わったのだから。全て空振りだったからこそ、まだ追跡は続いていて、この地に来る事となったのだから。

 それにまだ、本命が残っている。出直すと決めたデパート施設が、まだ控えている。それを踏まえて、侑理達はラタトスクが管理している建物へと帰還。休息と食事、それに仮眠を取り……深夜。夜の帷が空を包み、寝静まる者や家庭も増えてきたところで、再び侑理達は動き出す。

 

 

 

 

「よ、っと。これで後は、普通に開けば……」

 

 左右へ押される事により、開く扉。ざっとこんなものだ、と振り返る真那に対し、侑理はサムスアップをして返す。

 たった今開いたのは、ガラス張りとなった自動ドアの一つ。電源が落とされている今、ロックは内側から捻って掛けるもののみとなっており…そのような単純な鍵であれば、随意領域(テリトリー)で動かし開錠する事など造作もなかった。……勿論、実際にやったのは侑理ではなく、真那なのだが。

 

「…魔術師(ウィザード)ってさ、力を悪用しようと思ったら色んな犯罪が容易に出来ちゃうよね」

「実際、そういう輩はいやがりますからねぇ…そのせいで私は、多額の借金を……」

「あー(そうなった原因は、建物をぶっ壊してお金をばら撒く事になった真那自身にも大いにあると思うんだけどなぁ…)」

 

 嫌な事を思い出した、とばかりに肩を落とす真那に同意しつつも、内心侑理は突っ込みを入れる。割と本気で気落ちしていた為に、直接言いはしないでおく。…というか真那は、今もまだDEMへの借金を(返済し切れていないなら)気にしているのだろうか。だとしたら律儀なものである。

 

「こほん。探知も兼ねて随意領域(テリトリー)は広めに展開しておきますが、あまり離れねーようにして下さい」

「つまり、真那にぐっと密着しておけば良し?」

「…じゃ、脚にでも引っ付いていればいいんじゃねーですかね」

「え、良いの!?真那の、脚に!?」

「喜ぶんじゃねーです喜ぶんじゃ!」

 

 食い気味に侑理が迫れば、真那は侑理の顔を押して引き剥がしてくる。当然ながら、真那の言う「離れるな」というのは、足音を消すにしろ急いで隠れるにしろ、侑理が随意領域(テリトリー)の中にいなければ作用させる事が出来ないからであり、調査して回る以上密着していて良い訳がない。

 因みに今の真那は、随意領域(テリトリー)の長時間展開の為にワイヤリングスーツを、更には〈ヴァナルガンド〉を纏っている。そして〈ヴァナルガンド〉は嘗て真那が使用していた〈ムラクモ〉より装甲となっている部分が多く、脚も太腿から下は完全に覆われている為、仮に引っ付いたところで感じられるのは十中八九装甲の硬さとゴツゴツ感のみ。ふざけてはみたものの、実際には流石に侑理もそこへ引っ付きたいとは思わなかった。

 

「…はぁ…どうして侑理はここまで変態になっちまったのでいやがりますかね……」

「真那が魅力的過ぎるのがいけないんだと思う」

「侑理、ここは変態って部分をちゃんと否定しやがってほしかったです…」

「あ、うん。それはその……はい」

 

 ご尤も過ぎる真那の返しに、しゅんとなる侑理。確かにそれはその通りである。親友だと、相棒だと認めている相手が、変態と言われて否定もしないというのは、色々悲しいものである。

 

「全く…馬鹿な話はもう終わりにして、いい加減真面目にやりやがりますよ」

「そ、そうだね」

 

 気を取り直す真那に頷き、隣を歩く。夜間故にあまり視界は利かないが、外から差し込む光と、常夜灯を頼りに侑理も中を調べていく。気になったものは、左手で触り…右手は常に、スカートのポケットへ突っ込んでおく。

 ポケットの中に入っているのは、一本のペン。万が一警察に見つかった際、『昏睡事件の時に落としたペンを探しに来た。大切な形見だから、どうしても見つけたかった』…というそれっぽい嘘を話す為の、形見という設定で見せる為の物品。そして実は、このペンにはもう一つ役目があるのだが…それはまた、別の話。

 

(〈ナイトメア〉の目的…〈ナイトメア〉も精霊として各国の対精霊部隊に襲われてる筈だから、報復として人を昏睡させている?…ううん、報復なら昏睡に留めない筈。数えきれない程の人を手に掛けてるんだから、今更命を奪う事に躊躇いなんて感じてない筈。となるとやっぱり、昏睡はそれそのものが目的なんじゃなくて、何か別の目的の為の手段…或いは、過程…?)

 

 考えても答えは出ない。出すには情報が少な過ぎる。そう分かっていても、やはり気になってしまう。デパートを調査する最中にも、侑理の頭の中では何故、何の為に〈ナイトメア〉が集団昏睡など起こすのかという疑問がぐるぐると回る。

 もしかして、ひょっとして。そんな思考自体は、幾つも浮かぶ。だがどれも根拠がほぼない、想像の域を出ない思考。結果侑理は気を取られるばかりで、ある時不意に呼び掛けられる。

 

「…侑理?そこはもう、私がざっと調べたところでいやがりますよ?」

「うぇ?…あ、ごめん…気付かなかった……」

「気を抜かねーで下さい。この広いデパートを二人で調べるってんですから、非効率な事をしていたら調べ終わる前に朝になって……」

 

 ただただ不注意だった侑理のミスに、真那が見せる呆れ顔。それから真那は、言葉を続け……ていた、その時だった。静寂に包まれた、デパートの中。そこへ、何かが落ちたような音が響いたのは。

 

「ぴゃっ!?」

「……!今のは……」

 

 思わず驚く…というか、ビビってしまう侑理。対照的に真那は、一瞬にして臨戦態勢を整える。

 

「び、びっくりした……今の、あっちの方から聞こえたよね…?」

「そうみてーですね。…侑理もそれなりに場数は踏んでいやがるんですから、情けねー声を出すんじゃねーです」

「そ、そんな事言われたって、びっくりしちゃったものは仕方ないじゃん…そもそも深夜の暗いデパートって時点で、結構怖いんだから……」

 

 こんな事で変な声を出すなという真那の指摘に、侑理は口を尖らせる。確かにそれはそうなのだが、怖いものは怖いし、驚いた時は無意識の反応が出てきてしまうものなのだ。

 とはいえ、ここで食い下がっても仕方がない。そう考え直した侑理は表情を引き締め、侑理を見つめていた真那はふぅ、と小さく息を吐く。

 

「侑理。私は音の正体と原因を確認してきます。その間、侑理は隠れていやがって下さい」

「分かった。無用な心配だとは思うけど…気を付けてね?」

「勿論」

 

 勿論気を付けるという事なのか、勿論その心配は無用だという事なのか。どちらとも取れる声音で真那は答え、凛々しい表情で頷く。それからくるりと振り返り、スラスターを軽く吹かす事で滑るようにして音のした方へと向かっていく。

 随意領域(テリトリー)を操作する事で、殆ど音を立てずに向かう真那。その真那を見送り、侑理は近くの物陰へ。ぐるりと見回し、何もおかしなものがない事を確認してから、その物陰へと身を隠す。

 

(今のは、元々不安定な状態になっていた物が、偶々崩れて落ちただけ…っていうのは、あり得なくはないけど確率としては低いよね。となると、巡回の警察とか…それか、うち達と同じような事をしている人が他にも…?)

 

 流石に〈ナイトメア〉が目的ではないにしても、興味本位であったり、或いは本当に落とし物を探しにきたような人が、偶然立ててしまった音…というのは、十分あり得る。というかむしろ、それが一番あり得る。

 ただ何にせよ、真那が戻ってくれば分かる事。真那なら見つかるようなヘマはしないだろうし、もし見つかっても何とか出来る筈。そう思いながら侑理は待っていたが……ある時再び、音が鳴る。一度目よりも小さい音が、屋内に響く。

 

「……!?」

 

 二度目という事もあり、今度は肩がびくつくだけで済んだ侑理。だが、あぁ良かった…などと、楽観的には考えられない。一度だけならば、巡回なり侵入なりした誰かが、偶々鳴らしてしまっただけだと考えられる。されど二度目となると、話は別。再び鳴るというのは、明らかに不自然。

 

「……っ、また…もしや誰かがパニックにでもなってるの…?」

 

 緊張感が高まる中、聞こえてくる三度目の音。更に小さくなった音に対し、侑理は動揺した誰かが身体をあちこちにぶつけながら移動しているのではないか、そのせいで物が立て続けに落ちるなり倒れるなりしたのではないかと想像する。実際これも、あり得なくはない。それこそ例えば、調べに行った真那を逆に発見してしまった誰かが、仰天して逃げている…なんて事は、十分あり得る。

 そんな風に、侑理は最初思っていた。しかし、気付く。音の聞こえ方に。聞こえ方、その違いに。音は、ただ小さくなっているのではなく…段々と、遠くなっているように聞こえる事に。

 

(…これ、って…別の階に、移動してる…?というか、パニックになって走り回ってるなら、足音も聞こえる筈だよね…?…本当に…事故的に、物が落ちたりしてるだけ……?)

 

 ここまで侑理は、無断侵入した誰かを想定していた。次点で巡回している誰かではないかと考えていた。だがそれも、予想に過ぎない。根拠の乏しい想像に過ぎず…状況的にも、不可解さが残る。

 されど、もしそうでなかったとしたら。本当に音は別の階へと移動していて、しかも事故ではなく意図的に鳴らしているもので、しかも足音を立てない…無音かそれに近い形での移動が出来る存在によるものだったとしたら。

 普通ならば、その要素が全て成立するという事はまずない。…が、侑理は普通でない存在、超常の世界を知っている。侑理自身、そちらの側にいる。そして何より…これ等の要素と、事の発端とを合わせれば、自ずと浮かんでくる存在は一つ。

 

「……ッ!不味い、真那──!」

 

 これは誘いだ、誘き寄せる為の策略だ。その結論へと至った侑理は、思わず立ち上がる。これを伝えなくてはと、無意識の内に物陰から飛び出す。飛び出し、真那を追い掛けようとして……

 

「あらあら、隠れていなくていいんですの?」

 

 そうしてまた一つ、響く音。物音ではない、妖しげな声。その声に背筋が凍り付くのを感じながら、ゆっくりと振り返る侑理。そして、振り向いた先にいたのは、件の相手、探していた存在──精霊〈ナイトメア〉であった。

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