デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第三十六話 守りたくて、助けたくて

 夜。日が落ち、夜闇が街を包み込む…しかしまだ、深夜と言うには早い時間。五河宅のリビングでは、二つの大きな溜め息が聞こえた。

 

『や…やっと静かになった……』

 

 ソファに沈み込むようにして身体を預ける、侑理と真那。天宮市に戻り、士道達の力になるべく幼児化してしまった精霊達(と折紙)の相手をしていた侑理達だったが、たった一日でこのざまだった。

 言うまでもなく、大きな溜め息二つは侑理と真那のもの。戦い慣れしている侑理達でもこうなるのだから、やはり精霊は恐ろしいものである。

 

「まさかこんなにも、面倒を見るのが大変だったとは…今日程兄を困らせない、良い妹になろうと思った日はねーです…」

「琴里と四糸乃はともかく、他の面々はほんと凄かったね…折紙さんも、士道にぃが戻ってきてからは凄まじかったね……」

 

 勢い余って人の振り見て我が振り直せ状態な真那へ突っ込む気も起きず、ただただ侑理は乾いた笑い声を漏らす。それと共に、世の親御さんや保育に携わる方々への尊敬の念が、心の底から湧いてくる。

 勿論、普通の家庭ならこんな人数を一度に見る事はないだろうし、侑理も真那も知識や経験のない完全な素人。準備や心構えもある筈がなく…何より幼児化しているとはいえ、精霊は精霊。そのバイタリティは、普通の子供とは恐らく桁違いな訳で、だから親御さんや保育のプロでも恐らく苦労はするのだろうが…だとしてもやっぱり、子供の面倒を見るのは大変だし、それが出来るのは凄いんだなぁと思う侑理だった。

 

「真那、侑理、二人共お疲れ」

「あ…」

「兄様…」

 

 と、そこで聞こえてきたのは散々耳に響いていた幼児の高い声ではなく、少年の声。それは勿論、士道の声。身体を起こして振り向けば、士道は台所からこちらへと来ていて…ことり、とコップ二つがテーブルに置かれる。

 

「も、申し訳ねーです兄様。兄様もお疲れの筈なのに、飲み物を淹れさせちまうなんて……」

「気にすんなって。ゆっくりココアを淹れられたのも、二人が皆を寝かしつけてくれたからだしさ」

 

 しまった、ただでさえ疲れている筈の士道に気を遣わせてしまった、と真那に続いて侑理も謝るが、士道は朗らかな表情で返してくれる。それに続けて、折角淹れたんだから冷めない内にと士道はココアを勧めてくる。

 目の前で立ち昇る湯気と、甘い香り。確かに冷めてしまっては淹れてくれた士道に悪い、と侑理はコップを手に取り、数度吹いてココアを啜る。その瞬間、熱さと甘さが口内に広がり…自然と口から漏れる吐息。

 

「はふぅ…疲れた身体に、ココアが染み渡るぅ……」

「疲れてる時の甘いものは、どうしてこんなにも美味しいでいやがりましょうね……」

「そりゃ、疲労でエネルギーとか糖分とかが不足してるから…なんて言うのは無粋か」

「あはは、そうかもです」

「そうでいやがりますねぇ」

 

 そんな化学的な話をしたい訳じゃないもんな、と士道は苦笑しながら肩を竦める。侑理は真那とそれぞれに頷き、こちらも苦笑を浮かべて返す。一仕事終えた後の、同じ苦労を分かち合った仲間との、静かで穏やかな時間。これがまた心地良くて、心の疲労が溶けていく…ような気がする。

 

「しかし本当に、無尽蔵かと思う程の体力と活力でいやがりましたね…」

「だな。十香達は勿論、琴里や四糸乃にも毎日の様に驚かされるよ」

「…って言う割には、士道にぃ余裕があるような……」

「そうか?まあ、振り回されてるとはいえ今の状況に少しは慣れてきたし、小さくなったって言っても皆は皆だからな。全部じゃなくても、多少は予想出来たり、『あ、やっぱりか』って思える部分はあるんだよ」

 

 答える士道の表情には、やっぱり少し余裕があるように見える…と、思う侑理。士道の負担を減らしたいと思っていたのも事実である為、余裕が出来たのならそれは勿論嬉しいが……精霊の力を封印する力を除けば、これまで普通に生活してきたらしい士道より、男女の差こそあれど体力も気力もかなり必要となる『戦場』に幾度も繰り出してきた自分や真那の方がバテているというのは、何だかちょっと情けないように思ってしまう。

 加えてそれは真那も感じていたのか、彼女も何とも言えない顔。…もしかすると、魔術師(ウィザード)というのは侑理自身が思っている程凄い存在ではないのかもしれない。勿論超常的な力を振るえる事は事実だが、それも顕現装置(リアライザ)の存在ありき。本当に凄いのはあくまでその顕現装置(リアライザ)を始めとする技術の方であり、所詮魔術師(ウィザード)はそれを使えるというだけなのかもしれない。

 戦う力がなく、それを痛感したばかりでもある侑理は自分で思っている以上に、そして自分の気付いていない部分でも気持ちが沈んでしまっていたのか、普段は思い浮かびもしないような思考がふっ…と脳裏を過ぎり……

 

「…けど、やっぱり一番の理由は二人だよ」

『え?』

「だってさ、真那と侑理は一日ずっと俺に力を貸してくれただろ?一緒に皆を見てくれただろ?令音さん達も中々来れない中で、俺一人で頑張るしかないって思ってた中で、二人が来てくれて、一緒に頑張ってくれた。苦労も大変さも俺と共有してくれた。それが俺には、凄く嬉しかったし、頼もしかったんだ。だから、俺に余裕があるんだとしたら…それは、二人のおかげだ」

 

 投げ掛けられる、言葉と笑み。二人のおかげだという、感謝と笑顔。なんて事無いように、仰々しさも大仰さもなく…本当に自然な調子で、士道は言う。侑理に、真那に、言って笑顔を見せてくれる。

 

「…………」

「…………」

「…ねぇ、真那」

「なんでいやがりますか、侑理」

「士道にぃってさ…控えめに言って最高過ぎない?」

「そうでしょうそうでしょう。こんなにも最高な兄様に、惚れねー訳がねぇってもんです」

「…はは……」

 

 深く、深ーく侑理は真那と頷き合う。ここまで感じていた疲労など、最早吹き飛んでいた。なんなら元より元気になっている気すらした。

 

「よし、明日も頑張ろうね真那!士道にぃの為に!」

「兄様の為に!」

「…気持ちは嬉しいけど、二人もちゃんと休んでくれよ?幾ら俺が楽になったって、それで二人が倒れるような事があればそんなの何も良くねぇし、嬉しくもねぇよ」

「…士道にぃ、それは流石に狙ったよね?」

「…狙った、っていうと?」

「もー、これだよもー!そういうところだよ士道にぃ!」

「え、俺褒められてる?それとも責められてる?」

「はっ、むしろ兄様のどこに責めるべき点があるとでも?」

「うん、やっぱり二人もそろそろ休もうか。テンションおかしくなってるからな」

 

 なんでこういう口説き文句みたいな事をさらっと、しかも狙わずに言えるのかなぁ!?これじゃ最高過ぎるって表現でも足りないんだけど!?……という気分になる侑理。隣で腕を組み、自信満々に肩を揺らしている真那。…言われて気付いたが、確かにちょっと変なテンションになっている気がした。疲れているところで嬉しくなると、思考のギアが変な入り方をするのかもしれない。

 

「…こほん。まあ、兄様が最高過ぎるのは今更でいやがりますから、一旦置いておくとして…真面目な話、早く何とかしてーものですね」

「あぁ。けど今は、令音さん達を信じて待つしかないな」

「…けど、士道にぃ。〈ウィッチ〉…七罪って精霊がもうどこか遠くに、それこそ外国とかに行ってたらどうする?…こういう『もしも』を言っても、あんまり意味はないけど……」

「や、それは多分ないと思う。なにせ、俺の行く先々で、まるで図ったかのように色々と起きてるからな。だから多分、七罪は俺を近くで見てるんだよ。…せめて、ちゃんと話が出来ればいいんだが……」

 

 言われてみればそれもそうだ、と士道の返しに侑理は納得。そこから更に、士道は半ば呟くように言う…が、その内容が引っ掛かったのか、ぴくりと真那は眉根を寄せる。

 

「…兄様。兄様は、七罪っていう精霊とも、戦わずに和解を…殲滅ではなく封印をしようってんですか?」

「…ああ。勿論だ」

「こうして散々な目に遭わされているのにでいやがりますか?兄様だけでなく、琴里さん達にまで被害が及んでる今があっても尚…そうしてーんですか?」

「それでもだ。たとえ何をされても、それが手を伸ばさない事への理由になったりはしねぇよ。…それに…散々な目に遭うのは、今に始まった事じゃないからな」

 

 冗談めかして士道は肩を竦める…が、その目は本気。本気で七罪と、精霊と和解をしようとしている。怒りでも恨みでもなく、もっと光に満ちた思いを向けている。それは侑理にとって…そして恐らく真那にとっても、これまでの自分とはかけ離れた、いっそ理解に苦しむ程の感情で……数秒の沈黙の後、真那は嘆息。

 

「…まあ、兄様の情け深く器の大きい心の表れだと思えば、頭ごなしに否定する事は出来ねーですが…やっぱり、妹として応援する事も出来ねーです。今回はまだ、物理的な被害は出てねーようですが…もしそうでないのなら、それで兄様の命に危険が及ぶってんなら、真那は兄様を支える事よりも、兄様を守る事…危険を排除する事を選びます」

「…真那……」

 

 士道の事をじっと見つめ、真剣そのものの瞳を浮かべて、真那は言う。意思を、思いを伝える。それを、自分の身を何より案じてくれる真那の気持ちを無下にする事は出来ないと思ったのか、士道も一言呟き黙る。

 勿論、真那は怒っている訳ではない。当然、それは士道も分かっている…伝わっている筈。ただ、お互い簡単には譲れないという事。付き合いの長い真那だけでなく、士道の事も、少しだが今の侑理は知っている。士道が優しく、温かく…誰かの幸せを願い、その為に目一杯の力を尽くせる人だと、知っている。他者を思う士道と、士道を思う真那。そこにあるのは、どちらも尊い思いで…だからこそ侑理は、どちらにも折れてほしくない。その思いを、諦めてほしくない。

 

「…うちも、真那に同感かな。物理的じゃないとはいえ、危害を加えてくる相手…それも精霊の為に、士道にぃが危ない目に遭うなんて嫌だもん。そんなの、おかしいって思うもん」

「…分かってる、そう思うのも当然だと思う。けど……」

「──けどさ、真那。妹の親友とはいえ、よく知らない相手…それもDEMの魔術師(ウィザード)であるうちの事を気に掛けてくれて、うちと真那がまたこうしていられるようにしてくれたのも、士道にぃでしょ?士道にぃがそういう人だから…そんな士道にぃだから、今のうちと真那があるし、そんな士道にぃだからこそ、うち等も全力で力になりたいと思う…そうじゃ、ないかな」

「それは……」

 

 もし士道がいなければ、士道の在り方がもっと違っていれば、笑い合える、共にいられる『今』はなかったかもしれない。自分と真那にそんな今をくれたのは、今日もこうして自分達を気に掛けてくれている士道に他ならない。侑理がそれを伝えれば、真那は口籠もり……頷く。

 

「…その通りで、いやがります。私の問題を、私の招いた事を…真那の情けねー悩みを自分の事の様に受け止めて、何とかしてくれようとした…何とかしてくれたのは、他でもねー兄様です。真那が誰よりも尊敬する…真那の、兄様です」

「でしょ?だから…うち達で守ろうよ、そんな士道にぃを。ただ身の安全を確保するんじゃなくて、危険を遠ざけるんじゃなくて…士道にぃが士道にぃらしく在れるように、うち達で支えようよ。それこそが妹だって、うちは思うな」

「侑理…。……って、侑理は妹ではねーじゃねーですか」

「いやまあ、そこは精神的妹、みたいなね?…それに、仮に真那の言葉を受け入れて、士道にぃが保身を最優先にしたら、真那は満足なの?妹に心配は掛けないけど、他人なんて知らないって兄と、『誰か』の為に一生懸命になれる、だけど妹に心配を掛けちゃう兄だったら…士道にぃに相応しいのは、どっちだと思う?」

「…ふっ。そりゃ、論ずるまでもねー事ですね。私の兄様が、我が身可愛さで手を差し伸べる事を止めるなんざ、妹の私が許さねーです。そんな兄様、兄様とは認めねーですし……私の兄様は、そんな矮小な兄様ではねーんですから」

 

 初めに小さく、それから自信満々に笑う真那。確かにそうだ、言われるまでもない事だ…そんな風に、真那は不敵な笑みで腕を組みつつ胸を張る。敬っているのか敬っていないのか分からない…ただ、士道という兄が好きで仕方ない事は余すところなく伝わってくる様子に、士道は苦笑を…困ったような、されど穏やかな笑みを浮かべていた。

 しかし、まだ侑理の言いたい事は終わっていない。だから侑理は、士道へ向き直る。身を乗り出し、テーブル越しに顔を近付け…見つめる。

 

「でもね、士道にぃ。士道にぃが危ない目に遭うなんてって、傷付いてほしくないって気持ちは本当だよ。うちだって本気でそう思うんだから、妹の真那はもっとそう思ってる筈。自分の事以上に、士道にぃの事を大切にしてる筈。だから、士道にぃにもしもの事があったら、真那はきっと真那のままじゃいられなくなる。死ぬ程後悔するだろうし…絶対、後悔するだけじゃ済まなくなる。…だから、自分の事も大切にして?うちも、士道にぃがそうならないように頑張るから…士道にぃも、真那を悲しませないで?」

「侑理…。…ああ、勿論だよ。妹を悲しませるなんて、兄貴失格だもんな。だから、悲しませたりなんてしねぇよ。真那の事も…侑理の事も」

「士道にぃ…えへへ、今の話は真那には秘密ね?」

 

 これまで言ったのは、説得の為の言葉。確かにそこに気持ちも籠ってはいたが、あくまで納得してもらう為の主張。だからこそ、最後に侑理が士道へと伝えたのは、そのままの…素直な思い。士道に傷付いてほしくないし、真那に悲しんでほしくないという、どちらも大切な、二つの気持ち。それを侑理は士道へ伝え…士道は、頷いた。深く、しっかり頷き…大丈夫だ、と笑った。

 心の中に、じわりと広がる温かな思い。向けられた笑顔が、言葉が、侑理の心を撫でるように包む。そして自然と笑みが零れ、それから侑理はからかうように首を傾け……

 

「いや、目の前でやり取りしておいて、秘密も何もねーんですけど?」

 

……当たり前過ぎる突っ込みを受けてしまうのだった。当たり前過ぎて、何も返す言葉がないのだった。

 

 

 

 

「ほんと、ありがとな二人共。二人がいなかったら、どうなっていた事か…」

「士道にぃ、それ事ある毎に言ってなーい?」

「兄様、まさかボケて…?」

 

 自然と口を衝いて出た、感謝の言葉。だがそれに対して返ってきたのは怪訝の表情であり、ボケてはいない…と否定しつつ頭を掻く。別段深い意味はない。ただただシンプルに、本当に士道は助かっているのだ。

 

「確かにしょっちゅう言ってる気がするが、しょっちゅう言いたくなる程助かってるんだよ。例えば棚から物を取るのだって、今の皆には手伝いが必要な訳だしさ。…よいこらせ、っと…」

 

 痛めてしまうから良くない、とは分かっているが、疲労感から士道は勢いよくどかりとソファに座り込む。その所作から疲労が皆にも伝わったのか、十香達が集まってきて(琴里だけは柱の影から)、士道を心配そうに見つめてくる。

 

(…自分の事も大切に、か。そうだよな…自分がどうなろうと、っていうのは…皆に対して、あんまりだもんな)

 

 士道は自分が多くの人から慕われる、人気が出るような人間だと思った事は一度もない…が、こうして気に掛けてくれる十香達を前にして、皆から何とも思われてないと考える程愚かではない。そして過去にも、琴里からも士道は、大切にする命の中に自分が入っていない、自分を勘定に入れていないと言われた事がある。それと似たような事を言われた、という事は…やはり自分は側から見たら危なっかしいんだろうな、と士道は軽く自嘲する。

 だがそれを、仕方ないで片付けてはいけない。心配してくれる皆の思いに背を向けるのは、それこそ自分自身が許せない。だから皆の眼差しを、過去の琴里の言葉を、そして侑理の思いをしっかりと胸に留め…士道に元気がない、と伝える十香へ笑って返す。

 

「ああ、大丈夫だ。ごめんな、皆」

 

 口にするのは簡単な、ただの言葉。それでもたったそれだけで、皆は安心したような顔をする。士道の言葉を、信じてくれる。ならばこれをただの言葉で終わらせてはいけない。そんな思いで、士道はぐっと立ち上がる。

 

「それじゃあ私は、時間のある間にシャワーを浴びてくるとしやがりますかね」

「あ、わたしもごいっしょします〜」

「駄目ですよ美九さん。真那にご一緒するのは……うちなんですから」

「なら、わたしはまなさんにごいっしょするゆうりさんにごいっしょしますね〜!」

「…兄様…人に好かれるってのは、良い事の筈なのに…どうして真那はこんなにも、心が低空飛行になるのでいやがりましょうか……」

「うん、まぁ…暫く前から、俺もそういう事をよく思うようになったよ……」

「…お互い、大変でいやがりますね……」

 

 複雑そうな表情を浮かべる真那と二人、溜め息を漏らす。自分の事だから分からないが、第三者から見れば、兄妹らしい正に『息の合った』仕草となっていた事だろう。

…というやり取りを経て、真那はリビングを出ていく。同じく侑理も出ていく…が、そろそろ洗濯機が止まってる筈だから、干しに行くとの事。士道はそれを信じて見送る事にし、自分も家事を……と思った、その時だった。

 

「……ッ!」

 

 窓の外に見えた、一瞬の光。それはここ数日、何度か目にしている…七罪の力により、自身や周囲を変化させられてしまう時の光。不味い、と反射的に士道は身構えるが、見えた時点で既にどうしようもなく……変貌していく。目の前の光景が、家の内装が、十香達が、光に包まれ変わっていく。

 

「な……っ」

 

 もうその変化にも慣れたもの…などとは言えなかった。当然である。当たり前である。何せ十香達の格好は、見るからに扇情的なレオタードと、もう刺激的にも程がある網タイツに変わったのだから。しかも十香は犬の、琴里は猫の、四糸乃は兎、八舞姉妹は猿、美九は牛の耳と尻尾の飾りまでが着いていたのだから。

 そして、皆は今幼児化した姿。もう完全に、ヤバいとしか表しようがない。ならば普段の姿ならまだいいのかと言えばそんな事はなく、普段の姿なら普段の姿でそれはそれでヤバいというか、どっちにしろ士道の中の獣が覚醒してしまいそうだったのだが……幸か不幸か、七罪の天使の力により五河宅の壁はなくなり、ご近所さんや通行人に全て丸見えとなっていた。そのおかげで、士道の中では「これを見られてる事が一番ヤバい」という思考が最上位となってくれていた。…尤も、十香達は何が変化したのか分からない檻の中、しかも檻には『僕だけの動物園』というこれまたヤバい看板が付いていた為、全員揃って社会的に死にそうな状態だった訳だが。

 

「兄様!一体何が!?」

「士道にぃ!もしかして、また……」

「あ…駄目だ二人共!今来るのは……」

 

 全員愕然とする中、ばっと現れたのは真那と侑理。リビングにいなかった、七罪の視界から消えていたおかげか、二人の姿に変化はなかった…が、駆け寄るという事はつまり、七罪の視界に入るという事。それに気付いた士道は静止するも、時既に遅し。振り向いた直後に再び光が見え、二人の身体も皆同様淡く光り……彼女達もまた、幼児化してしまう。

 

「…ま、真那…侑理……」

 

 光が収まった時、そこにいたのはやはり小さくなった二人。侑理は真っ赤な顔で狼狽し、真那は響き渡る程の絶叫を上げる。

 遂に七罪の毒牙に掛けられた、幼児化してしまった二人もまた、今はバニーガールと化してていた。ぴっちりとしたレオタードと、脚の際立つ網タイツとなり、真那は十香に似た…しかし犬ではない、毛並みからして恐らくは狼の耳と尻尾を頭と腰の裏に装着していた。侑理も同様の格好だったが、こちらは頭に何も付けておらず、鱗の様な模様の見える長い尻尾…らしきもののみを装着していた。

 これだけでも、やっぱりヤバいのである。普段は士道を兄の様に慕ってくれる、だからか距離を縮めてくる事も多い侑理が、愛らしさの中にクォーターならではの美麗さを持ち合わせた彼女が士道の視線に、今の格好を見られている事に沸騰しそうな程顔を紅潮させているというのは、士道の中で色々とクるものがあり過ぎる。そして真那は、真那に至っては完全に実妹。実妹なのだが、兄の贔屓目を抜きにしても美少女なのは間違いなく、琴里に比べるとやはりどうしても真那に対する『妹』という感覚は薄い。そんな真那が、実妹が、扇情的過ぎる格好をしているのだから、士道の情動はもうパニック状態。更に駄目押しとばかりに、二人の首には鎖と繋がった首輪が、鎖の先には士道の手があり…というかいつの間にか持っていたのであり、どこからどう見てもこれは、新しく捕まえてきた…或いは買ってきた女の子二人を、檻に入れようとしている状況。……後少し士道の理性が弱かったら、完全に取り返しが付かなくなっていたかもしれなかった。

 

「…って、まな!?…あふぅ……」

「なにをがんぷくにあずかってやがるんですかぁああああッ!」

「だ、だってぇ……って、あれ…?…てりとりーじゃ、ふせげなかったの…?」

「…それはその…ちょうどでばいすのはいったうわぎをぬいだタイミングでへんかがおきて、あわててきたものだからうわぎをわすれて……」

 

 色々限界を迎えそうなのを何とか堪え、士道はインカムを使って令音へと連絡を取る。これまで令音達は、士道が狙われている事を逆手に取って、士道を中心とした網を張ってくれていた。だからこその連絡であり…期待通りの言葉が、返ってくる。遂に捉えた、七罪の場所を教えてくれる。

 

「しどう」

「ああ…行こう、皆!」

 

 全て察した様子の琴里に答え、士道は頷く。片や檻の外、片や檻の中のケモ耳バニー幼児という、訳の分からな過ぎる状態だったが、もう人目の事は頭の隅に全力で追いやり七罪の事だけに意識を向ける。

 そうして上着…の中にあるらしいデバイスを取りに行った(勿論鎖は手放した)、CR-ユニットを纏って戻ってきた真那に檻を両断してもらい、士道は皆と共に向かおうとする。するが…インカムから新たに入った情報で、思わず足を止めてしまう。

 

「こんわく。どうかしましたか?」

「しどうさん、やっぱりぐあいが…」

「ならばわれがせおって…って、こんなからだじゃできるわけないし…」

 

 何事か、と集まってくる皆へ、体調が悪い訳ではないと返す。それから二人を…真那と侑理の二人を見やる。

 先程は驚きと乱気流が如き感情のせいでよく見ていなかった…よく見れる訳がなかったのだが、改めて見ると、言葉では言い表せない何かが渦巻く。そういう趣味に目覚めてしまった…とかでは(多分)なく、もっと違う何かを心の中でじわりと感じる。ひょっとしたら、覚えていない過去に纏わる事なのか。真那の、実妹の幼い姿で何かが呼び起こされそうなのか。そんな思いに駆られる士道だったが、すぐに分かりそうな気配はなく…だから一度、渦巻くそれに蓋をする。今はそれよりも、と拳を握って割り切り……士道は令音からの情報を、二人へと言った。

 

「…真那、侑理。七罪の下に──DEMの魔術師(ウィザード)が、現れた」

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