デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第四話 彼女等もまた組織の一人

 第二執行部所属の魔術師(ウィザード)は、半ばDEMの業務取締役の私兵ともなっている。それは第二執行部自体がDEMにとっての影の部隊である事に加えて、第二執行部の魔術師(ウィザード)の多くが業務取締役へ心酔しているが為に、その意向とあらば…と倫理や道徳を無視して従う、従ってしまう事が大きな要因。

 とはいえ、DEMという会社そのものの命令や指示を完全に無視出来る訳でもない。部長であるエレンも規律を軽んじるタイプではない為、時には全員揃って上からの指示に従うという事も当然ある。…たとえそれが、戦闘部隊には似つかわしくない、戦いとは無縁な仕事であったとしても。

 

「真那、着替えられた?」

「えぇ、何とか。…何とも動きづれーものですね、ドレスというものは……」

 

 侑理の呼び掛けに、真那はあまり気分が良さそうではない声を返す。それから更衣室のカーテンが開かれ…普段とは違う装いの真那が姿を現す。

 普段は動き易い服装をしている事の多い真那だが、今彼女の身を包んでいるのは煌びやかなパーティードレス。髪色に合わせた蒼のドレスに黒のハイヒール、それに髪を結ばすそのまま降ろしている今の真那は、普段とは全く違う雰囲気を醸しており…そんな真那に、侑理はうんうんと深く頷く。

 

「…えぇと、侑理?」

「どこに出しても恥ずかしくない、最高に可愛く美しい姿だよ真那。取り敢えず写真撮ろ?ツーショット撮ろ?」

「いやどの立場で言ってやがるんですか…」

 

 本当に何様だろうか、と侑理自身ちょっと思ったりする発言に呆れつつも、侑理が肩を寄せて携帯を掲げれば、真那もまた肩を寄せてツーショットに応じる。

 今隣にいる、写真でも自身の隣に写っている真那は、本当に普段とは違う印象。スクエアネックの首元から始まり、きゅっと締まった胸周りと胴に、腰から脚に掛けて広がるスカート。シンプルながらも品を感じるデザインと、髪色に合わせた蒼の色合いは、煌びやかさに加えてある種のクールさ、高貴な令嬢が如き空気感を真那へと纏わせており、同時に露出した肩やスカートから覗く脚が健康的な色香をそこに漂わせる。更に全体的には大人びた印象を持たせる格好ながらも、それを身に付けているのはまだその容姿に幼さ、少女らしさを残す真那なのであり、一件ミスマッチな容姿と装いも、むしろそれがギャップとして互いを引き立たせる形へと繋がった結果……侑理は惚れ惚れとしてしまった。自らが口にした通り、あまりに可愛く美しいものだから、真那の事が大好きな侑理の脳の処理能力がオーバーフローを起こし、逆に初めは普段通りとなっていた。撮った写真を見る辺りで漸く処理が追い付き、侑理は画面に映る真那の姿にうっとりとしてしまっていた。それも、写真を見るまでもなく、すぐ隣に真那本人がいるにも関わらず、である。

 

「全く、着替えるのに時間がかかり過ぎじゃないかしラ?」

「まぁ、そう言わないであげて下さいよ。ドレスなんて着慣れてないどころか、着る機会なんてほぼなかったんでしょう?」

「む…まぁ、多分そうでしょうね。昔の記憶がねーので、実際のところはどうか分からねーですが」

「えー?でも、日本人は皆こういう時、ドレスじゃなくて…キモノ?を着るのよねぇ?」

「いや、いつの時代の話をしてやがるんですか…そりゃ今も特別な式の時に着物を着る人はいるでしょうし、普段から着る人もいねー訳じゃねーと思いますが、間違いなくそれは誤解でいやがりますからね?」

 

 半眼で真那が侑理を見る中、先の真那以上に呆れた様子の声が発される。続けて擁護をするような…しかし同時に真那を子供扱いする声が、侑理と真那の耳に届く。

 それはジェシカ、それに同じ第二執行部の魔術師(ウィザード)の面々。日本と着物に対する誤解に真那が突っ込みを入れる中、ジェシカは侑理達の事をじろじろと見やり…再び口を開く。

 

「ふぅン…まぁ、あれネ。ユーリが前に言っていた、マゴにもなんとかってやつネ」

「…馬子にも衣装です?」

「ほーぅ…侑理は私をそう思っていた訳でいやがりますか、ほほーぅ…」

「えぇ!?い、いや誤解だよ!?誤解っていうか、うち今ジェシカさんの言葉に答えただけだよ!?」

「大丈夫よユーリ。マナだけじゃなくて、貴女も似たようなものだかラ」

「酷い!そして全然大丈夫じゃない!」

 

 わたわたと侑理が弁明をする中、柔らかな声音でジェシカは追撃を掛けてくる。そして侑理が踏んだり蹴ったりの展開に落ち込んでいると、ジェシカは他の面々共々その反応を見てくすくすと笑っていた。…要は、弄られた訳である。何なら今回は、真那も弄っていた訳である。

 

「うぅ…折角綺麗なドレスを着れて気分良かったのに……」

「よしよし、落ち込む事はねーですよ。何も悪くない侑理を馬鹿にするような面々の言葉なんて、間に受ける必要はねーんですからね」

「いや、初めにユーリをからかったのは貴女でしょうガ…」

 

 流石に不憫に思ったのか、真那は侑理の頭を撫でてくれる。それはそれでからかっているというか、ジェシカの言う通り今の流れは真那が発端になったようなものなのだが、当の本人はどこ吹く風。そして侑理自身も先程までの気落ちはどこへやら、真那が撫でてくれた事で気分は鰻登りだった。

 そんな侑理も、今はドレスに身を包んでいる。ホルダーネックの首元から始まる赤いパーティードレスと、髪より薄い色合いをしたハイヒール。肩に掛けない形で白のストールも選んだ、真那と同じように髪を降ろした今の自分の姿もまた、普段とはがらりと変わっていて…自分なりに、綺麗に着飾る事が出来たんじゃないか。そう思っていた侑理であった。

 

「ま、いいワ。準備が出来たのだから、行くとするわヨ。全員、DEMの品位を貶めるような言動は慎むようにしなさイ」

「へいへい、分かっていやがりますよ」

「…大丈夫かな…実を言うとうち、こういう事には全然慣れてなくて……」

「実はも何も、誰もユーリが慣れてるなんて思ってないわよ。まあ、大丈夫じゃない?私達はただ参加してるだけだし、何なら私も慣れてないしね」

「あ、私も。こういう場所での立ち振る舞いって難しそうなのよねぇ」

 

 エレン、真那に次ぐアダプタス3の立場を持ち、多忙なエレンやそもそも上に立つ気のない真那に代わってアデプタス・ナンバーの仕切り役を担う事の多いジェシカに続いて、侑理達は部屋を出ていく。廊下を進み、丁寧な装飾の施された扉を開き…大部屋へと、足を踏み入れる。

 

「…わぁ……」

「…流石に少し、圧倒されるってもんですね……」

 

 床のカーペットから天井のシャンデリアまで、テーブルやそこに敷かれたテーブルクロスから部屋の奥で存在感を放つグランドピアノまで、多種多様に並べられた食事から仄かに漂うワインの香りまで、全てが全て煌びやか。拡張高い衣服に身を包んだ男女が談笑を躱し、ウェイターが無駄のない動きで食事や飲み物を提供していき、ゆったりとした品のある曲が部屋の中の雰囲気を作る。ここは、DEM主催のパーティー会場。この日侑理達は、大企業の重役や政府の役人、それに貴族の人間等が集まるパーティーへの出席を求められていた。

 今着ているドレスと同じように、普段の自分の生活とはかけ離れた空間を前にして、侑理は感嘆の息を漏らす。隣の真那も、若干気圧されているような表情を見せ…横を通っていくウェイターの会釈に、思わずぺこんとしっかり頭を下げてしまった。その反応にジェシカ達からは生暖かい目で見られる侑理と真那だったが、これは言い返しようがなく、ただただ恥ずかしいばかりだった。

 

「…で、ここで真那達は何をすりゃいいんですか?私はその辺り、全然聞いてねーんですけど」

「うちも聞いてないけど…多分参加する事自体に意味があると思うし、愛想を振り撒いていればいいんじゃないかな?」

「言い方は良くないけど、そういう事ヨ。…と、いうか…マナには伝えた筈だし、ユーリにも伝えておくよう言った筈よねェ?」

「あー…そういえばそんな気もしやがりますね。いつもの調子で絡んできたのかと思って、適当に聞き流しちまいました。申し訳ねーです」

 

 既に多くの男女が会場にいるとはいえ、一度に十人以上もの若者…それも全員女性という集団が入ってくれば、少なからず目を引くもの。そんな中でジェシカが真那に詰め寄れば、真那は然程悪いとも思っていない様子で返し、よく見るそのやり取りに侑理は苦笑を一つ漏らす。そして、普段なら怒るジェシカだが、今は人の目があり場所も場所だからか、額に青筋を立てながらも言い返す事はせず……

 

「──やあ、待っていたよ諸君。うん、皆綺麗じゃないか」

 

 なんて事ない、ありふれた褒め言葉。特に驚く要素もない、落ち着いた声音。しかしこの場の空気感を一変させる声が、侑理達の耳に届く。

 

「「ウェストコット様…!」」

「…社長……」

 

 その声のした方へ振り向けば、そこにいたのは一組の男女。一人はエレンで…もう一人は、くすんだ銀の髪に、鋭い双眸が特徴的な…だがそれ以上に、穏やかな雰囲気ながら底知れない『何か』を感じさせる、一見すれば紳士的な男性。アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット……侑理達が所属するDEMインダストリー、それを一代で成した業務執行取締社長、正にその人。

 彼に呼び掛けられた事で、ジェシカ達は振り向くと共に佇まいを正し、畏敬を帯びた視線を向ける。侑理もぽつりと声を漏らし…真那もまた、ウェストコットの事をじっと見つめる。

 

「今日は付き合わせてしまって申し訳ないね。君達は飾りでもなければ客寄せの為の人員でもないというのに、君達の姿を見てみたいという者がどうにも多くて困ったものだよ」

「い、いエ!このような形でも、ウェストコット様のお役に立てるのであれバ…!」

「そう言ってくれると助かるよ。だがやはり、君達をただ着飾らせるだけというのは物足りないな。ここに精霊の一人や二人でも現れてくれれば、魔術師(ウィザード)が如何なる存在なのかを全員に知ってもらえるというのに……」

「貴方の個人的な感覚を通すには、DEMは大きくなり過ぎたという事です、アイク。それにこのような場に出席するなら、良くも悪くも『正規』な第一執行部より、第二執行部(我々)の方が何かと面倒がなくて良いとも言ったでしょう?……それに一人や二人では、彼女等が出るまでもなく私一人で片付けて終わりです。余興にもなりません」

「いや、そもそも精霊が現れたら私達以外の身が危ねーじゃねーですか…」

 

 やれやれ、と肩を竦めるウェストコットに対し、ジェシカは即座に否定で返す。するとウェストコットは第二執行部の面々を高く評価している事が伺える言葉を口にし、ただそれだけでもジェシカ達の表情には喜びが浮かぶ。

 だがその一方で、真那はウェストコット、そして彼を諌めるエレンの『精霊が現れる事による危険性』を軽んじているような…もっといえば人命を始めとする被害を大して気にしていないような口振りに、ぼそりと呟きを漏らしていた。侑理もそれには同意であり…しかし一方で、それも社長からすれば自分達への信頼によるもの、エレンさんからすれば絶対の自信からくるものなのかもしれないとも思い、同意はしつつも何もしないという選択をしていた。

 

「組織が大きくなるというのも厄介なものだね。まあ、自分で築いた結果なのだから、利点も欠点も両方受け入れる他ないという事かな。…さて、一先ずは君達を紹介させてもらうけど、その後は好きに過ごしてもらって構わないよ。どうか楽しんでくれ給え」

 

 口元を緩め、優しげな顔で…だがどこか、瞳は笑っていないような雰囲気を醸しながら、ウェストコットはダークスーツの裾を翻して歩いていく。その斜め後方に付く形で、秘書の様にしてエレンもそれに続いていく。

 そしてエレンもまた、今は侑理達と同じドレス姿。それも侑理や真那が選んだものより大胆さを感じさせる、黒のドレスを身に纏い、悠然と歩みを進める。その姿は気品ある姫、或いは威風漂う女王とでも言うべきもので…侑理はそんなエレンへ密かに憧れを抱いていたりもするのだが、それはまた別の話。

 

「楽しめと言われても…慣れねー場所でどう楽しんだらいいのやら…」

「…ご飯とか、これを機に人脈を広げるとか?」

「ジェシカ達ならともかく、私や侑理に好き好んで話し掛けてくるのなんて、大方ロリコンじゃねーですかね」

「あ、そういう事自分で言っちゃうんだ…」

 

 確かに三十半ば程に見えるウェストコットすら周りと比較すればかなり若く見える程、この場の平均年齢は高い。そんな中で、どこから見ても未成年な自分や真那に好んで接触してくるのは、物珍しさによる興味本位を除けば邪な輩だろう、という真那の考えは十分理解出来るもの。とはいえ自身をさらっとロリ扱いした真那の割り切りの良さには、呆れ笑いを禁じ得ない侑理であった。

 

 

 

 

「全く、マナは愛想ってものがなさ過ぎるのよ、愛想ってものガ。ユーリ位愛想があればこっちも『アデブタス2』として少しは接してあげてもいいのに、愛想はないし独断行動はしがちだし、その癖実力だけはあって私の上に立とうだなんテ…あーもう、ユーリももっとちゃんとマナの手綱を握りなさいよネ!」

「えぇー…手綱ってそんな、うちにそんな事言われても困るっていうか…あ、でも真那の手綱を握るのはなんか良いかも…逆に真那に手綱を握られるのも中々……」

「またユーリは変な事言って…でも、そういう事は求めないでおきましょうよー。ユーリが逆にマナに影響されちゃったら困るじゃないですかー」

「そうそう、ユーリは可愛げがある今のままの方がいいのよねー。マナと違って、ショッピングとかに誘えば普通に来るし。ところでユーリ、全然飲んでないんじゃない?折角なんだから飲めばいいのにー」

「いや、うちが飲んだら問題が…って言ってるのを無視してワイン注ごうとするのはどうかと思うんですけどー!?しかも飲みかけ、ジュース入ってるところに注ぐのはうちが飲めたとしても迷惑ですからね!?」

「あははっ、冗談よ冗談。けどま、ほんとにもう少しマナには愛想がほしいわよね。見た目は結構可愛いんだし」

「あ、それは同感です!うちすっごくどうか…ってあぁ!?だからワイン!ワインをうちのグラスに注ごうとするなぁぁぁぁっ!」

 

 侑理達がパーティー会場に訪れてからかなりの時間が経ち、今は雰囲気も成熟状態。あれからウェストコットに紹介される、或いは向こうから話し掛けられる形でそこそこの参加者と挨拶や軽い会話を交わした侑理達は、言われた通り現在はパーティーを楽しんでいた。

…と、表現すれば聞こえはいいが、実際はワインで酔った同僚の面々に、侑理は一方的に絡まれていた。酔っていても身内以外に迷惑を掛ける事はない辺り、最低限の自制心は残しているのかもしれないが…だとしても、絡まれる侑理としては堪ったものではなかった。そして真那はといえば、面倒な流れになる事を察してか早々に姿を眩ましていた。侑理、置いてけぼりである。

 

「…はぁ…疲れた、つっかれた……」

 

 その後、何とか酔った同僚から逃げ出した侑理は、逃走先である会場のバルコニーで大きく深く溜め息を吐く。

 侑理は別段、ジェシカ達同僚を嫌ってはいない。からかわれる事もあるし、馬鹿にされる事もあるが、同じ第二執行部の仲間…『身内』として接してくれていると、侑理は常々感じていた。…それはそれとして、酔いで愚痴を吐かれたり、子供扱いされたり、にも関わらず(冗談とはいえ)ワインをグラスに入れようとするのは普通に止めてほしいものだが。

 

「…あれ、先客がいたんだ。少しお邪魔してもいいかな?」

 

 いつ中に戻るべきか、というか親友の自分を置き去りにして逃げた真那は一体どこに行っているのか。バルコニーの手摺りに肘を掛けながら、そんな事を考えていた侑理だが、そこで背後から声を掛けられる。

 

「…貴女は?」

「いきなりごめんね。私はアルテミシア・ベル・アシュクロフト。…君と同じ、魔術師(ウィザード)だよ」

 

 振り向いた侑理が目にしたのは、鮮やかな金色の髪をした、二十かそれより少し若い位の女性。アルテミシアと名乗ったその女性は、侑理に自分も魔術師(ウィザード)だと言い、小さく笑う。

 

「…どうしてうちが、魔術師(ウィザード)だと?」

「だって、私以外でここにいる若い人なんて、DEMの魔術師(ウィザード)位だもの。…そういえば、DEMには私よりもっと若い外見なのに世界最高峰の一人に数えられている魔術師(ウィザード)がいるって聞いた事があるけど…もしかして、貴女がそうなのかな?」

 

 涼やかな水色のドレスを着たアルテミシアが纏うのは、穏やかな…されどウェストコットのそれとは違う雰囲気。エレンが荘厳な女王であれば、彼女は品位ある令嬢のよう。それでいてアルテミシアは、柔らかな表情で侑理へと問い掛け…しかし侑理は眉根を寄せる。

 

「…む、失礼な…」

「…って事は、違った?そっか、それはごめんなさ──」

「うちと真那とを間違えるなんて、真那に失礼でしょう!?可愛さ強さ格好良さ、その他諸々含めてうちより真那の方がずっと、遥か高みに…崇宮だけに凄まじく高い領域にいるっていうのに、その真那とうちとを間違えるだなんて…うちが真那に勝る事なんて、名前の文字数位ですからね!?」

「あ、怒るところそこなんだ…。…私は貴女も、十分可愛いと思うけどな…」

「へ?…あ…それは、どうも。えっと…アルテミシアさんも、凄く綺麗だと思います」

 

 聞き捨てならない、と侑理はアルテミシアに抗議をする。内容は勿論、真那はもっと可愛いんだぞ!もっと格好良いんだぞ!後強いし優しいし色々素敵なんだぞ!…という、断じて間違えてはいけない概念についての主張である。それはとても肝心な事なのである。

 侑理の猛抗議に、アルテミシアは目を丸くする。しかしそこから彼女は頬を掻くと共に小さく肩を竦め…この流れで可愛いと言われるなど思っていなかった侑理は、なんだかちょっと照れてしまった。

 

「ふふ、ありがとう。普段はこういう格好なんてしないから、似合ってるか少し不安だったけど…やっぱりそういう風に言ってもらえると安心するね」

「あぁ…うちも同じです。…ところでアルテミシアさんも、魔術師(ウィザード)って事ですけど……」

「うん。SSSのね。それじゃあ私からもまた一つ。貴女の名前を、訊かせてもらってもいいかな」

「あっ…っと、ごめんなさい。うちは侑理・フォグウィステリア。DEMの魔術師(ウィザード)です」

 

 SSS。その名を聞いて、侑理は思い出す。イギリスの対精霊部隊であるSSSにも、真那やエレンと同じ最上位クラスの魔術師(ウィザード)がいるらしい、という話を。その人物の名前は、確かにアルテミシア…そんな感じだった筈だと。

 意外な出会いに侑理が驚く中で、アルテミシアは名前を訊いてくる。そうか、まだ言っていなかったかと侑理が気付いて答えれば、「良い名前だね」とアルテミシアはまた笑う。

 

(…なんていうか…感じの良い人だな…)

 

 まだ出会って数分にも満たない関係ながら、それでも感じる人当たりの良さ。その佇まいに、侑理もなんだか気持ちが解れ、それから少しの間侑理はアルテミシアと言葉を交わす。どうやらアルテミシアもまた、パーティー会場の中から逃げてきた(どうにも雰囲気に馴染めないとの事。それもまた理解出来る侑理だった)らしく、どうにも自分は場違いなんじゃないかと思ってしまう、でも綺麗なドレスを着られたのは悪い気分じゃない…と、他愛のない会話を弾ませる。

 

「だから、うちとしてはこういう仕事も嫌じゃないですけど、社長も言っていた通り魔術師(ウィザード)はそういう為にいる訳じゃないっていうか…でも、それが大人とか社会ってものなのかな…」

「かもしれないね。…だけど大人も、皆が皆好き好んでこういう事をしている訳じゃない…んじゃないかな。だって、少なくとも私は君と同じ感覚だもん」

 

 軽く笑って肩を竦めるアルテミシアに、侑理も苦笑を浮かべて返す。そこから数秒程、沈黙が訪れ…ふっと真面目な表情に変わったアルテミシアは、侑理へ訊く。

 

「ねぇ、侑理。貴女から見てDEMは、どういうところ?貴女にとってDEMは…落ち着ける場所?」

「うちにとってのDEM、ですか?…うー、ん…」

 

 突然且つ予想外の問いに、侑理はぽかんとしてしまう。しかしアルテミシアの表情を見れば、真剣に訊いている事は明白。だから侑理は少し考え、普段はあまり考えた事のない『自分にとってのDEM』を言語化し…言った。

 

「うちにとってのDEMは、真那と一緒に働く場所!…というのは、勿論ありますけど…真那の事を抜きにしても、頑張りたいって思える場所かな、って思います。性格がちょっと…ちょっと?…キツい人達もいますけど、うちは仲間だと思ってますし、整備班の人とかお世話になってる相手もいますし、エレンさんや社長は凄い人だなって常々思いますし……うん。やっぱりDEMは、今のうちにとっての居場所だって…そう、思ってます」

「…そっか…うん、うん…実際にDEMに所属する魔術師(ウィザード)がそう言うなら…それは、そう感じられる人もいる場所って事だよね…」

「…アルテミシアさん?」

 

 もしこれを同僚に聞かれたら、恥ずかしいなんてものじゃない…と思いつつも、抱いた通りの気持ちを言葉にした侑理。するとアルテミシアは、侑理の言葉に数度頷き…ぶつぶつと一人で呟く彼女の姿を怪訝に思って侑理が呼び掛ければ、アルテミシアは顔を上げる。

 

「ありがとう、侑理。君の言葉は、参考になったよ」

「参考?」

「そう、参考。…さてと、あんまり姿を見せないままっていうのも良くないだろうし、私はそろそろ行くよ。SSSとDEM、それぞれ立場は違うけど…同じ魔術師(ウィザード)として、もし戦場で会う事があれば、その時は宜しくね」

「あ…はい。こちらこそ、宜しくお願いしますっ」

 

 差し出されたアルテミシアの手を、侑理は掴んで握手を交わす。最後にもう一度、アルテミシアは微笑み…彼女は会場内へと戻っていった。

 

「…うちも、そろそろ戻ろうかな…」

 

 流石に心配される事はないにしても、誰かしらが変に思うかもしれないし、ジェシカ辺りに「迷子になっているんじゃないかと思っていたワ」…とからかわれてしまうかもしれない。そう思い、侑理もまた会場内は戻……ろうとしたところで、先程アルテミシアが通った扉が開く。そこから、見慣れた少女が姿を現す。

 

「あぁ、ここにいやがったんですね、侑理」

「あ……うちを置いて自分だけ逃げた真那だ」

「うっ…もしかして、その事怒っていやがりますか…?」

「んーん、今のでお返し出来たからもう怒ってないよー」

 

 侑理のちょっとした意地悪にバツの悪い表情を、続けて頭を下げつつちょっぴり上目遣いになりながら怒っているか訊いてくる真那に対し、今のでもう清算出来たと侑理は返す。実際には清算出来たどころか、今の真那の仕草が可愛らしくて侑理的には得した気分だったのだが、それは勿論秘密である。

 

「それなら、まぁ…。…さっき、誰かとお話を?」

「え?あー、うん、ちょっとね。…どうして分かったの?」

「丁度、女性がバルコニーから出てくるのを見たもので。彼女は知り合いで?」

「ううん、さっき会ったばかりの人だけど…あ、もしかして真那、嫉妬?自分の知らない間にうちの交友関係が広がったんじゃないかって、わたわたしちゃってる?」

「そう見えたなら、侑理もまだまだ私への理解が不十分だったみてーですね」

「あぅ…とんだ藪蛇だった…言わなきゃよかった……」

 

 からかうつもりがキレ良く返され、むしろカウンターのダメージが侑理の心に突き刺さる。実際のところ、嫉妬なんてしていない事は分かっていた。だから理解が不十分という言葉も、別段気にする必要はないのだが…分かっていても真那からそう言われると、ダメージを受けてしまうのが侑理の乙女心なのである。…乙女関係ないな、とすぐに思い直したりもするのだが。

 

「…まぁ、それはともかくとして……」

「……?」

「…なんていうか、やっぱり戦力差…感じちゃうよね……」

 

 そこでふと、侑理は真那の胸元を見やる。何の事だ、と真那が首を傾げる中、侑理は自分の…真那と同じく現状は慎ましいと言わざるを得ない胸を見て、ちょっぴりとだが気を落とす。

 自身が密かに憧れる、正に美人というべきエレンは胸もまた立派な大人。ジェシカもエレン同様申し分ないだけの質量を胸元に持ち、先程のアルテミシアも中々のものを有していた。今後に期待、とは思っているものの、やはり現状に目を向けると、どうしても嫉妬の様な感情を抱いてしまう…万事大きければ良いという訳でもないと分かっていても、やはり羨ましく思ってしまう…そう思う気持ちは、今度こそ本当に乙女心。

 

「戦力差…あー、そういう事でいやがりますか。確かに胸がある方が、スタイル的には格好が付くのかもしれねーですけど…それはそれとして、大きいと邪魔になったりする事もあると、真那的には思いますけどね」

「…でもさ真那、お兄様は大きい方が好きな人かもしれないよ?もしそうだとしても、同じ事言える?」

「はっ、何を言い出すかと思えば…真那の兄様が、女性を胸の大小で判断するような男だとでも?もしそう思っているなら、まだまだ兄様への理解も足りねーですね。そして仮に兄様が胸の大きな女性を好んでいるとしても、そんな趣味嗜好は余裕で超えるのが妹というもの!その程度では微塵も揺らがねーのが、兄妹愛というもの!私の親友を名乗るなら、それ位は理解しておいてくれねーと困るってもんです!」

「…うちが言うのもアレだけど、真那ってお兄様が絡むと本当に見境がなくなるっていうか…凄まじいレベルのブラコンだよね…」

「ブラコン?ふっ…それは真那にとって、最高の褒め言葉でいやがりますよ」

(…拗らせてるなぁ……)

 

 無茶な事を言っているという自覚はないのか、腰に手を当てご満悦そうな顔をする真那に、流石に侑理も若干呆れる。そういうところも含めて侑理は真那が好きなのだが、それはそれとして呆れを禁じ得なかった。

 だが、一方で「真那のお兄様なら、実際胸の大小で判断する事はないか…」とも思ったりはする。真那自身さえ殆ど覚えていない相手に対し、何故そう思えるかと言えば…そう思える程に、幾度も「如何に兄様は素晴らしい方なのか」という『想像』を、真那から聞いていたからである。さぞや凄い人なんだろうな、と思ってしまう位には、侑理の中でも想像が膨らんでいるのである。

 

「…こほん。それでだけど…真那はうちを探しに来てくれたの?」

「えぇ、まあ。でももし一人でのんびりしたいって事なら、私はさっさと戻って……」

「うちが真那といる時間より一人の時間を優先するとでも?…それに、丁度うちも戻ろうと思っていたところだし、別に気にする必要は……あ」

 

 食い気味に返した侑理は、真那と共に戻ろうとする。だがそのタイミングで会場内から、これまでとは違う曲が…舞踏会を思わせる曲が流れ始める。続けてガラス張りの扉から、少ないながらも中でゆっくりと踊り始める男女の姿がちらほらと見え…くるりと侑理は真那に振り向く。

 

「…お嬢さん。一曲、如何かな?……なんて」

「へ?…如何も何も、私は踊れねーですよ?」

「大丈夫、うちも踊れないから」

「それは何も大丈夫じゃねーんですけど…まあ、お遊びとしては悪くねーかもしれねーですね」

 

 一体何が大丈夫なのか、と半眼を向ける真那だったが、まあいいかと侑理が差し出した手を握る。向かい合い、両手を繋ぎ…曲に合わせて、ステップを踏み始める。

 

「…こういう時、何か言った方がいいのかな?こう…スロー、スロー、クイッククイックスロー…とか」

「そんな友人は御免蒙りてーです…」

 

 左に、右にとステップを踏む。二人で息を合わせて動く。…とまあ、ここだけなら悪くはなかった二人のダンスだが、ここから進まない。どちらも踊れない、そもそも形がよく分かっていない為に進めようがなく、ただただ左右にステップを踏み続けるという、何とも奇妙なダンス擬きに。そしてそれは真那も理解しているようで、段々とその表情が強張っていく。

 

「あー…侑理?これは…楽しいと言えるもんでいやがりますか…?」

「んー…うちとしては、たったこれだけでも楽しいかな」

「そ、それなら良いんでいやがりますけど…」

「…ただまぁ…段々恥ずかしくなってはきたね、うん……」

 

 侑理が楽しいならまあいいか、と思った様子の真那だったが、誘った侑理もまた恥ずかしく思い始めてると分かり、何とも言えない表情に。所謂「やってはみたものの…」状態であり、お互いどんどん恥ずかしさが増していく。頬に熱を帯びてしまう。

 

「…よ、よし。この位にしよっか、真那」

「そ、そうでいやがりますね。ドレスを着てダンスっぽい事もした、それだけでも十分貴重な経験に──」

 

 どちらからともなくうんうんと頷き、止めようと決める侑理達。そして二人は握っていた手を離そうとし……

 

「何ヨ、ここにいたのね二人共。ウェストコット様がお呼びだから、さっさと来なさ……」

『あ……』

 

 がちゃり、と開かれたバルコニーの扉。そこから現れるジェシカ及び、数人の同僚。それは侑理と真那が手を離す寸前、おままごとの様なダンスの最後のステップを踏んだ瞬間であり……数分後、二人で少しばかり踊っていたらしいエレンとウェストコットの下にやってきた、笑いを堪えるジェシカ達に連れてこられた侑理と真那は、今にも燃え上がりそうな程顔を真っ赤にしていたのだった。

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