デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第四十四話 無力

 五河宅。士道と琴里の家であり、精霊達にとっても安息の場であり、侑理にとっても…侑理と真那にとっても、士道達と共に複数回食事を交わし、泊まらせてもらった事もある、皆にとって意味のある場所。つい先日まで、幼児化した精霊達が大騒ぎしていた、それ以前もなんだかんだで賑やかになった事が何度もあるらしい…されどそれでも、安心の出来る空間。…それが今、崩れようとしていた。エレンによって…侑理が今も信じたいと心から思う存在によって、切り裂かれようとしていた。

 

「……っ!エレンさん、どうして…ッ!」

 

 突き付けられるレイザーエッジを見た瞬間、それを士道に向けられた瞬間、侑理は反射的に声を上げていた。状況的に、エレンを刺激するべきではない…という事など考えるまでもなく、声を上げ立ち上がろうとしていた。

 だが、身体が動かない。動こうとした次の瞬間、自分の周りの空気が全て固まったような、或いは自分の体表面を見えない何かで塗り固められたような感覚に包まれ、立ち上がる事が出来ない。

 

「どうして?…侑理、それは彼に対する行為の事を言っているのですか?」

「それ以外に、ある訳ないじゃないですか…!士道にぃは、精霊でも魔術師(ウィザード)でもないんですよ…!」

「…その相手にこうして脅しかけるのが、理解出来ないと?」

「だから、それ以外にある訳……」

 

 動けないのがエレンの随意領域(テリトリー)によるものだという事は、瞬時に分かった。その侑理に向けて、エレンは視線を送ってくる。完全に正面の士道からは視線を外しているが…十中八九、士道も今の侑理と同じ状況と見て間違いない。

 何故だと言葉をぶつける侑理に対し、エレンは二度訊く。意図を確かめるように二度問い…小さく息を吐く。

 

「呆れたものですね。確かに私は、悪戯に力を振るうつもりはありません。別段彼を傷付けたい訳でもありません」

「だったら──」

「ですが、必要な時に力を振るえないのであれば、それは愚鈍というもの。必要とあらば相手が誰であろうと、私は力を振るうのみです」

「……っ…!」

 

 はっきりと言い切るエレンに、侑理は黙る。黙らされる。エレンの行為、士道へ向けた刃が脅迫の為だけのものではなく、本当に突き刺すつもりなのだと…エレンはそこに躊躇いなど抱かないのだと、理解させられる。

 

「それに、喋らない事を選んだのは彼自身です。〈ウィッチ〉の所在を話すというのであれば、こんな事をする必要もありませんし…貴女が代わりに話してくれてもいいのですよ?」

「……!駄目だ侑理!」

 

 侑理が話しても、そう言った瞬間士道は声を上げる。言葉と共に、強い意思を秘めた瞳が侑理へと向けられる。そしてそんな士道の姿に、侑理は息を呑む。

 考えるまでもなく、今一番危険なのは士道。それは士道も十分に分かっている筈。にも関わらず、一瞬の躊躇もなく「駄目だ」と返すなど、並の神経で出来る事ではない。勿論七罪の居場所が分からない以上、実際には話しようがないのだが、仮に居場所を知っていたとしても、恐らく…いや間違いなく、士道は同じ事を言っていた。

 

「勇ましいですね。その威勢がいつまで持つか、見ものです」

「…そちらとしては、さっさと喋ってくれた方がいいんじゃないのか?」

「えぇ。ですが、己を貫く為の強い根性を持つ人間は、嫌いではありませんから」

 

 ここまでの言葉が虚勢ではない事を願う。そんな風にエレンは言い、士道へ刃を近付けていく。すぐに突き刺す、或いは斬り裂く事はしない。ゆっくりと、どこを狙うか品定めするように…じわじわと士道の心を追い詰めていくように、レイザーエッジが胸元から首、首から顔へと上がっていく。

……それを、侑理は見ている事しか出来ない。身体は動かず…エレンを止め得る言葉も、出てこない。

 

(…動いて、動いてようちの身体…!うちしかいないのに、今士道にぃを助けられるのはうちだけなのに…なのに、なんで……ッ!)

 

 分かっている。エレンの随意領域(テリトリー)の中で動くなど、自身も随意領域(テリトリー)を展開している場合であっても一筋縄ではいかないのだから、今の侑理に動ける道理などない事は、心の底から理解している。だがそういう事ではない。可能かどうか、などではない。

 不甲斐なかった。悔しかった。情けなかった。結局また自分は何も出来ないのかと、すぐ側にいる士道すら助けられないのかと、心が引き千切れそうになる。こんな事になるなら、自分が来なければ良かった、自分より真那が一緒に行くよう言っていれば良かったと、自責の念ばかりが胸に立ち込め……

 

「──侑理」

(…ぁ……)

 

 気付かなかった、いつの間にか伏せていた視線。その中で聞こえた士道の声に、侑理は顔を上げる。そうして気付く。柔らかく、優しげな…されどそれだけではない、士道の視線に。それを向ける、士道の双眸に。

 一見それは、侑理を安心させる為の視線。大丈夫だ、心配すんなと伝えるような瞳。実際エレンも、そのような意図だと思っている筈。だが、違う。何故と言われても困るが…分かる。これは、それだけの瞳ではないと。士道はまだ、この窮地を脱する事を諦めてはいないのだと。

 これだけの窮地で、普通なら諦めるか命乞いをするか以外頭に浮かぶ訳がない状況で、まだ士道は諦めていない。それだけ七罪を守りたいという事なのか、琴里達が気付いてくれる可能性に賭けているのか…或いは侑理を不安がらせまいと、自らを奮い立たせているのか。分からない、分からないが…侑理は自分が、一層情けなかった。戦闘経験、命のやり取りを重ねた回数ならば間違いなく自分の方が上である筈なのに、瞳の奥の光を絶やさない士道と違って、俯いていた自分が情けなくて仕方なかった。…だが…いやだからこそ、このままでは終われない。士道とエレン…この二人の前で、俯いて終わる事など侑理には出来ない。

 

「…エレンさん。ここで少し前まで一般人だった士道にぃを脅すなんて、あまりにも姑息じゃないですか?」

「…姑息?」

「だってそうでしょう?士道にぃ一人だけならまだしも、ここには魔術師(ウィザード)として鍛錬を積んできた人間だっているのに、士道にぃの方を標的にするなんて」

 

 ぴくり、と肩を揺らしたエレンへと、侑理は続ける。エレンは姑息や卑怯といった事を嫌うと知っているからこそ、何とか気丈に振る舞い見つめる。

 

「ほぅ。確かにそれは一理ありますね。ならば侑理、敢えて問いましょう。今ここには、彼以外に標的とするべき人間がいると?」

「なッ…ふざけんな、別に俺だっていいだろうが!侑理もそんな馬鹿な事──」

「大丈夫だよ、士道にぃ。大丈夫だし…馬鹿な事、なんかじゃない。…うちは、うちだって……」

 

 今度は自分の番だとばかりに、士道へ笑ってみせる侑理。それから再びエレンを見つめる。向けられている瞳を、見つめ返す。

 そんな侑理へと、エレンは一歩近付いてくる。先程はただただ冷たく見えた瞳、だが今は違う。先程までとは、違う何かが籠もっている。だがその意味、籠もる感情について考える余裕など侑理にはない。そして意思を示す侑理に対し、エレンも次なる行動を……取ろうとした、その時だった。士道から奪い、今はテーブルに置かれている携帯。それが突然、着信音を鳴らしたのは。

 

「……っ!」

 

 その瞬間、エレンの展開していた随意領域(テリトリー)が揺らぐ。それまで全身に感じていた圧力が、ふっと消える。

 随意領域(テリトリー)の展開と維持には高い集中力が求められる都合上、魔術師(ウィザード)にとって驚愕や激しく感情を揺さぶられるような出来事は天敵。勿論普遍の弱点ではなく、もしもエレンが万全の状態であったのなら、たとえ着信音に驚いたとしても多少随意領域(テリトリー)の精度が落ちる程度で済んでいたのだろうが…今のエレンはワイヤリングスーツを、随意領域(テリトリー)を使う為の装備を纏っていない。ワイヤリングスーツなしで広範囲且つ長時間の展開を出来ている時点で、やはり彼女は規格外なのだが…そんな彼女であっても、今は隙を晒してしまっていた。

 そしてそれは、千載一遇のチャンス。これを逃せばまたとない、最大の好気。だから侑理は、動く。エレンが立て直すまでに逃げる事など出来ないと分かっているからこそ、せめて士道だけでもと、エレンへ向けて跳ぶ。──だが。

 

「んなッ!?ゆ、侑理!?」

「へッ!?あ、ちょっ……」

「なッ、ちょっ……」

『ふぎゃっ!?』

 

 侑理の誤算。考えもしなかった、想定外の事態。侑理が動いた時、身を呈してエレンを止めようとした時、士道もまた動いており…士道が突き飛ばそうとしたエレン、その間に侑理が飛び込む形となった事で、エレンではなく侑理が突き飛ばされる。士道からのプッシュを受けて、目を見開くエレンを侑理はソファへ押し倒す。

 

「い、いったぁ…酷いよ、士道に──(…って、こ…これは……!)」

 

 半ばヘッドバットする形となった事で、額に走る鈍痛。予想外過ぎる展開に、一瞬侑理は状況を忘れ、普通に起き上がろうとする。だがそこで感じたのは、柔らかさ。柔らかく、服越しでも分かる…人の温もり。そうして意識に大分遅れる形で、侑理は気付く。自分がエレンを押し倒している事に。今も尚胸の中に憧れが残る、憧れている彼女を押し倒し、マウントを取っている…どころか、上から密着している事に。丁度手の下には、エレンの胸が…侑理より遥かに豊かで、正に大人な双丘がむにゅりと潰れている事に。

 触れているからこそ伝わってくる、エレンの鼓動。エレンの熱、密着して感じるエレン・ミラ・メイザースという存在。何度も抱き着いた事のある真那とは違う、自身と似たような体型の真那より遥かにスタイルの良い、されど真那と同じように温もりを感じるエレンが確かに側にいて……

 

「…なんかすっごい、落ち着くかも……」

「いや落ち着いてる場合じゃねぇんだけどッ!?」

 

 思いっきり士道に突っ込まれてしまった。…当たり前である。あまりに当たり前過ぎて、侑理には返す言葉がなかった。

 

「──えぇ、全くその通りですね。折角の機会を、不意にするとは」

 

 その直後、再び全身を襲う圧力。一度は自由を取り戻していた身体が、再度支配下に置かれ…エレンの冷ややかな声が、侑理の鼓膜を震わす。

 

『……っ…!』

「しかし、貴方も愚かなものですね。偶然の賜物とはいえ、この私を出し抜いたのですから、侑理に構わず逃げればいいものを」

「…悪いが、侑理は妹の大事な親友で、俺にとっても大事な相手の一人だからな。その侑理を置いていく選択肢なんて、最初からないんだよ」

「そうですか。ならば尚更、貴方は愚かです」

「何を……」

「貴方が無駄に意地を張らず、最初から喋っていれば、こうはならなかったという事ですよ」

「ぇ、あ…エレンさん…!?」

 

 ソファからエレンが身体を起こし、立ち上がった次の瞬間、侑理は浮遊感に包まれる。ふわりと侑理は浮き上がり…首と膝の裏に腕を回した抱き方、所謂『お姫様抱っこ』でエレンによって抱えられる。

 

「は、離して下さいエレンさん!うちはまだ…!」

「まだ、無力なままでいるつもりですか?」

「……──っ!」

 

 胸を貫く、エレンの言葉。エレンは分かっていたのだ。或いは侑理が前回のみならず、今回も魔術師(ウィザード)としての力を行使しようとしていないが為に、今の侑理に戦う力がない事を見抜いたのだ。

 その言葉からは感じる。それでいいのか、そうしている事が望みかのかという、侑理への問い掛けを。それと共に突き付けてくる。無力であるが故に、こうなっているのだという現実を。

 

「さて、では改めて問うとしましょう。──五河士道、〈ウィッチ〉の居場所を話して頂けますか?」

「…そ、れは……」

 

 言い淀む士道。そこに先程までの雰囲気はない。…エレンの腕の中に、侑理がいるから。エレンの手中に、侑理がいてしまっているから。

 そんな士道の姿が、歪む表情が、侑理の心を抉る。こうなった直接の原因は、不慮の事故。だがもし侑理に力があれば、ほんの少しでもエレンに対抗出来ていたら…渦巻く後悔はこびり付き、沈めるようにのしかかる。そして侑理を抱えたまま、エレンは再び口を開こうとし……しかしそこで、再び着信音が響く。されどそれは、士道の携帯…鳴り続けている彼の携帯からではない。

 

「──はい、私です。何かありましたか?」

 

 その携帯の所有者、エレンは侑理の状態を随意領域(テリトリー)で維持したまま、ポケットから取り出し電話に出る。答え、問い掛け……次の瞬間、ぴくりと肩を震わせる。

 

「…なんですって?」

 

 明らかにそれは、予想外の…尚且つ喜ばしくない何かが起こったのであろう反応。更にエレンは通話相手と数度のやり取りを交わし、電話を切る。それから侑理と士道を順に見やり……随意領域(テリトリー)を用いた拘束を解く。

 

「うわ……っ!」

「エレン、さん…?」

「…死にたくないのなら、逃げる事ですね。ラタトスクの有する空中艦であれば、どうとでもなるでしょう」

 

 身体への圧力がなくなった事で士道はつんのめり、侑理もするりとソファの上へ降ろされる。侑理も士道も理解が追い付かない中、エレンは家の外へと向かおうとする。

 だが、廊下へと出る直前、不意に止まるエレンの足。茫然と侑理が見つめる前で、足を止めたエレンはほんの僅かに振り返り……

 

「…落ち着く、ですか……」

 

 ぽつりと漏らすように、零すように言った。顔の大部分は見えないまま、見えている部分も髪に隠れて表情が読めないままのエレンは、その言葉を最後に家の中から出て行った。

 最後に聞こえた、微かな声。…その言葉には、とても一言や二言では言い表せないような思いが籠っているように思えた。

 

「…な、何だったんだ…?一体……」

「分からない…けど、逃げる事…って言ってたよね?まさか、七罪とは別の精霊を探知した…とか…?」

 

 まだ理解が追い付かない中で、侑理は士道と顔を見合わせる。それから士道は思い出したように携帯を、あれからずっと鳴りっ放しの電話を取り、どうやら琴里だったらしい着信の相手に向けて今し方起きた事を伝……えようとした瞬間、携帯から琴里の怒号が響き渡った。スピーカーにしていないにも関わらず、侑理にもはっきりしっかり聞こえる程の叱責が、開口一番士道の耳を貫いていた。

 幾ら何でも酷い…とは思うものの、ただの理不尽な怒りではない事は、琴里と会話をする士道の表情から伝わってきた。そうでなくとも、突然去ったエレン、逃げろという言葉、鳴り続けていた携帯、それに怒号と、ただならぬ事態が迫りつつある事を予想するには、十分過ぎる程の状況があった。そして、更に数度のやり取りを交わし……次の瞬間、空間震警報が鳴り響く。

 

「……っ!?やっぱり、精霊…!?」

 

 自分の予想が当たっていたのか、と反射的に侑理は声を上げる。だがそれが聞こえていた様子の士道は、携帯を耳に当てたまま首を横に振る。そうして少し待ってくれという言葉を…恐らくは通話相手である琴里へと言った士道は、一度携帯を耳から外し…侑理を、見る。

 

「…侑理。俺もまだ全部聞いた訳じゃない。はっきり言って、理解も追い付いてない。だから…事実だけを、先に言うぞ」

 

 険しい表情と共に、士道が口にする前置き。そして侑理が見つめる中…士道は、言った。

 

「今から数十分後、恐らくはDEMによって…この街に、人工衛星が落とされる」

 

 

 

 

 人工衛星の落下。精霊の出現よりも遥かにあり得ない事態。されどそれが冗談などではない事は、侑理にもすぐに分かった。

 通話をスピーカーに切り替えてもらい、侑理は状況を聞いていく。人工衛星の落下は〈フラクシナス〉で観測した、間違いのない事態である事。空間震警報は人工衛星落下の被害を空間震によるものだとしたいが為に、意図的に鳴らされた可能性が高い事。人工衛星には微細ながら魔力反応がある事。天宮市各地にあるシェルターは空間震を想定したものであるが故に、人工衛星の落下に耐えられるかは怪しい事。先程までエレンがいた事やその反応含め、DEMの仕業だとしたら目的を始め不可解な点が多い事。そして……これから〈フラクシナス〉は、被害を抑える為に主砲による人工衛星の破壊を試みる事。あまりに想定外過ぎる状況で、とても侑理の思考は追い付いていなかったが…それでも危機が間近に迫っている以上、全てを事実として飲み込むしかない。

 

「なんで、そんな…一体どうして、そこまでの事を……」

「それはこっちが訊きたい位よ。…侑理、目的について思い当たる事はない?ただの予想でも想像でもいいわ。思い付く事があれば言って」

 

 今正に困惑している侑理だが、DEMの事について、元社員に訊くのは当然の思考。それは侑理にも分かる事だから、頭を捻り…一つだけある、『引っ掛かり』を言う。

 

「…これって、本当にDEMが仕組んだ事なのかな…」

「…というと?」

「さっき士道にぃにも言ったけど、エレンさんは悪戯に人を傷付けるような事はしないし、社長…ウェストコットさんも、エレンさんがいる中で人工衛星を落とすなんて思えない。勿論エレンさんならギリギリでも退避出来るって考えた可能性もあるけど、だとしても魔術師(ウィザード)を大切にする社長が、不用意にエレンさんを危険に晒すなんて……」

「…俄かには信じ難いわね。あのDEMのトップが、魔術師(ウィザード)を大切に、だなんて」

「大切にしてるよ。…一人の人として、ではないけど」

「……そう」

 

 納得がいったような、されど面白くなさそうな声を、琴里は漏らす。侑理とて、真那やジェシカの事を思えば、この事実には複雑な思いを…否定的な感情を抱いている。だがそれはそれとして、やはりウェストコットが人工衛星を落とそうとするとは思えず…だからこそ、引っ掛かる。

 

「…琴里。DEMとラタトスク以外に、こういう事が出来そうな組織はないの?」

「別勢力の可能性か…ないと断言は出来ないけど、少なくとも私は知らないわ」

 

 実働部隊の司令官である琴里が知らないのであれば、ラタトスクとしてもそのような存在は確認していないのだろう。そう思い、侑理は意見を引っ込める。琴里もここでじっくり腰を据えて話し合う状況ではないという事なのか、一拍置いて次の言葉を口にする。

 

「色々気掛かりだけど、まずは目の前の危機を乗り越える事が先決よ。二人共、回収するから外に出て頂戴」

 

 その言葉に侑理達は(通話だが)頷き、すぐに外へ。家のすぐ側では屋根…特に庇が邪魔になるという事で、空間震警報によりすっかり人気がなくなった道路へと侑理は移り…しかしそこで、士道が玄関前から出てこない事に気付く。

 

「…士道にぃ?」

「…悪い、二人共。俺にはまだ…地上で、やる事がある」

 

 どうしたのだろうかと振り返った侑理が耳にしたのは、信じられない言葉。まだ通話の切れていなかった携帯からは再び怒号が聞こえ…されど次の言葉が、琴里に口を噤ませる。

 

「──七罪、だ。七罪は、まだ見つかってないんだろ……?」

 

 落ち着いて、はっきりとした意思の籠った声を発する士道。その手にあるのは、チュッパチャップスらしき物。

 まだ七罪が地上にいるかもしれない。理由はどうあれ暫く地下に閉じ込められていた彼女が、地下のシェルターに行くとも思えない。そんな士道の言葉に理解を示しつつも、電話越しで琴里は言い返す。もう遠くに逃げているかもしれない、そもそも精霊であれば人工衛星撃墜後の被害、爆散した破片の直撃程度なら死にはしないと強く言い…それでも、と士道は退かない。七罪がエレンから受けた傷が治りきっていない可能性を上げ、琴里へと頼み込む。無駄になるかもしれない、だとしても出来る限りの事をしたいと。このままただ退避する事は出来ない、と。

 そうして訪れる沈黙。侑理が見つめる中、数秒間の時間が流れ…次に聞こえたのは、嘆息の音。

 

「……分かったわ。っていうか、これ以上言っても聞かないでしょうし」

「琴里……!」

「但し、タイムリミットはこっちの迎撃準備が整うまでよ。それ以上の捜索は認めないわ。それと、すぐ連絡が付くように、インカムは付けておく事」

 

 呆れたような、だが不満なようには聞こえない琴里の声。その許可に士道は表情を明るくさせ、言葉を返す。そして最後に、琴里へと言う。ありがとうと、感謝を伝える。

 

(…やっぱり凄いな、士道にぃも、琴里も)

 

 人工衛星落下という前代未聞の危機の中でも、七罪を探そうとする、諦めまいとする士道の意思。最後にはそれを認め、出来る範囲での協力もすると伝え、その上でしっかりとタイムリミットを認めさせる…優しいだけでも厳しいだけでもない、琴里の在り方。兄からの感謝と、それに「頼んだわよ」と返した妹の思い。それはどちらも強く…眩しかった。

 

「…よし。じゃあ、侑理」

「あ……」

 

 ぼんやりと見つめてしまっていた侑理だったが、士道の声掛けで我に返る。そして七罪を探すつもりの士道へ向けて、反射的にある言葉を言おうとする。

 

「し、士道にぃ…!地上に残るなら、う──」

「…うん?」

 

 ぴたり、と声が止まる。声が出なくなる。何故?どうして?…そんなのは、決まっている。それはあまりにも、自分が愚かな事を言おうとしたから。

 

(今、うちは自分も…って言おうとした?…何も出来ない、うちが…?何の役にも立たない、期待に応えられない、足を引っ張るだけの…うちが……?)

 

 役に立ちたかった。期待に応えたかった。自分にも出来る事がある筈だと、そう思って侑理は付いてきた。だが、結果はこのざま。何も出来ず、ただ現実を目の当たりにしただけ。士道に不要な気遣いをさせてしまった事を思えば、無意味どころか最早マイナス。いても意味がない、むしろ迷惑を掛けてしまう自分が、尚も着いていこうとした事に、侑理は愕然とする。自分で自分が、信じられなくなる。

 完全に止まってしまった言葉。そんな侑理へ、士道は心配するように近付いてくる。

 

「大丈夫か?侑理。もしかして、さっき倒れ込んだ時にどこか怪我でも……」

「ち、違うよっ!何でもない、何でもないから大丈夫…っ!だから、士道にぃは行って…!うちは、本当に…何でもっ、ない…から……っ!」

「……っ…!?…何でも、ない訳ないだろ…!だって侑理、お前……!」

「…あ、あれ…?おかしいな、なんで……」

 

 ふるふると慌てて侑理は首を横に振り、大丈夫だと返す。これ以上気遣わせる訳にも、自分に時間を費やさせる訳にもいかないと、安心してもらうべく笑みを見せ……されど、頬に濡れた感覚が伝う。訳が分からない、分からないというのに…涙が、零れ落ちる。

 これでは駄目だと分かっている。更に気遣わせてしまう、心配させてしまう…そんな事は理解しているのに、涙は止まらない。ぽろぽろと、零れる涙は止まってくれない。

 

「ぁ、う、ぁっ…く、ぁ…ぅあぁぁ……っ!」

 

 拭っても、目を瞑っても、それでも流れ落ちる涙。それと共に心の中から溢れ出す、無力感と不甲斐なさ。自分に対する、やり切れない思い。

 そう、分かっている。分かっていた。何も出来ない自分が、嫌な事は。何とかしたくて、出来なくて、それがずっと辛いのだという事は。──だからこそ、止まらない。現実は現実、目の前にあるそれはどうしたって否定出来ないからこそ……涙を止める事は、出来なかった。

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