拭えない、目を逸らす事など出来よう筈もない無力感に打ち拉がれ、侑理は泣いた。そうしたところで何も解決はしない、泣いていられる状況ではないと頭では理解していても、心から染み出す不甲斐なさは、それがもたらす涙は止められなかった。
ひょっとすると、こうなる事を、侑理が心の内に抱えていたものをエレンは見抜き、無力なままでいるつもりなのかと言ったのかもしれない。少なくとも…侑理にとってそれは、その言葉は、現実と共に心は深く刺さっていた。
「もう、大丈夫か?」
「辛かったら、まだ泣いていても…いいんですからね…?」
「ぐすっ…ありがとう、二人共…でももう、大丈夫…大丈夫じゃないけど、大丈夫だから……」
あれから侑理は、琴里の判断で〈フラクシナス〉へと回収された。涙を流す侑理を前に、七罪を探しに行けなくなってしまった士道から躊躇う要因を取り除く為に、有無を言わさず回収した。それについて、怒りなどない。むしろ侑理からすれば、感謝と申し訳なさしかなかった。
そして回収された侑理は、今の今まで十香と四糸乃に慰められていた。大人数で囲うのは違うだろうという事で少し離れた場所にいるが、八舞姉妹と美九も侑理を気遣ってくれていた。…美九は真っ先に侑理を抱擁しようとしてきたが、流石に今回は他意などない…と思いたい。
「本当に、大丈夫ですか…?」
「泣いたっていいんだよー?今なら四糸乃とよしのん、それに皆が受け止めてあげるからさー」
「うむ。…それに、力のない辛さ、何も出来ない苦しさなら、私にも少しだけ分かる」
「四糸乃…十香さん……」
「あれ?よしのんはー?」
「…と、よしのん…」
二人(と一匹?)の優しさが、心に沁みる。感謝の思いと共に、士道や琴里のみならず、精霊達にまで気を遣わせてしまったという負い目が、傷口の様に沁みていく。
だからこそ、侑理はふるふると強く首を横に振る。まだ辛いが、胸の中の不甲斐なさはそのままだが、回収される前よりは大分落ち着いてきた。だからこれ以上気を遣わせまいと、頑張って表情を整える。
「本当に、もう大丈夫だから。それに…ずっと泣いてたら、真那にも呆れられちゃうしね」
「…そんな事、ないんじゃない?私もよく知ってる訳じゃないけど、真那ってそこまで厳しい性格してるとは思えないし」
「逆接。とはいえ、それを理由に気持ちを立て直せるなら、その思いも否定する必要はないかもしれません」
「ですねー。あ、顔を拭くなら袖じゃなくて、これをどうぞ。袖で拭くのは、袖にも顔にも良くないですよぉ」
「ありがとうございます、美九さん…。…んっ…このハンカチは、洗って返して……」
「えっ?」
「えっ?」
洗うの?そのまま返してくれないの?なんで?…とばかりの反応をする美九に、思わずぽかんとなってしまう。…いやまあ、意図は…下心は分かる。分かるのだが、あまりにも自然に「えっ?」…と言われた事で、一瞬理解が出来なかった侑理であった。
(…何、やってるんだろううち…。力がなくちゃ何も出来ないなんて、分かりきってる事なのに……)
少し落ち着いたのは事実。だからこそ冷静な思考で、自虐する。そうしたい訳でもないのに、自然と浮かぶのは自虐ばかり。
自分の選んだ道が間違っていたとは思わない。真那の、士道の…そして皆と共にいたいという思いも、今のままDEMに戻る事は出来ないという気持ちも、きっと本物。されど侑理は、分かっているつもりでも、今思えば理解していなかった。力のない事、その意味を。
或いは、理解を拒んでいたのかもしれない。狂三との遭遇以降、自分の力不足を感じる場面は何度もあったのに、今に至るまで心の底から悔やむ事がなかったのは…それがどうしようもない現実で、理解し認めてしまったら、自分の価値すらなくなってしまうような気がしたからなのかもしれない。
「…あの、侑理…さん。やっぱり、まだ大丈夫じゃないんじゃないですか…?」
「うぇ…?そ、そんな事……」
「あるわよ。だって顔に凄まじく落ち込んでます、って書いてあるじゃん」
「明白。侑理は耶倶矢と同じ位、感情が顔に出ています」
「ちょっ、そこで私の名前出す必要なくない!?ってか、私は顔に出易くないし!」
と、鬱屈とした思考に嵌まりつつあった侑理へと掛けられる、三人からの声。一人だけならともかく、こうも言われるとなると、自分は相当顔に出易いのかもしれない。そう思うと、なんだか恥ずかしくなる。
…が、恥ずかしがっている場合ではない。表情に出てしまうという事はつまり、更に皆に気を遣わせてしまう可能性があるという事。それは避けなくてはいけない、ともう一度侑理は表情を引き締め、一先ずはもう考えるのを止めようと自分の頬を両手で軽く叩いた……その時。
『……っ!』
突如感じた、激しい揺れ。言うまでもなく侑理が今いるのは航行中の空中艦内であり、地震である可能性はゼロ。何かと衝突したという可能性もほぼゼロであり、皆も驚いている事からして、侑理の体調がおかしくなったという線もない。
(…まさか……)
だがまだ、可能性は残っている。人工衛星の落下と、それを阻止する為に動いている〈フラクシナス〉。そして人工衛星の落下が恐らくDEMによるものという状況であれば…思い当たる最大の可能性は、外部からの『攻撃』に他ならない。
「今のは一体…」
「分かりません…けど、それについてここで話しても、やっぱり分かる訳ないですよねぇ。だから皆で、琴里さんの所に行ってみるのはどうですかー?」
ふっと表情を険しくさせた十香の言葉に美九が答え、その言葉には皆が頷く。
そうと決まれば話は早い、とばかりに早速動き出す精霊達。状況的に、琴里は今かなり切羽詰まっているのでは?…と考えていた侑理は動き出す精霊達に置いていかれる形となり……この流れで置いてけぼりは流石に居た堪れない。そんな思いで、慌てて十香達を追い掛けるのだった。
*
士道は探し続けていた。まだいるかもしれない七罪を。人工衛星の迫るこの街に、一人取り残されてしまったかもしれない彼女の事を。どこにいるかなど分からない。だから士道は叫んだ。声の限り、息の続く限り、逃げてくれと言い続けた。自分がどう思われているかなど、どうでもいい。霊力封印が出来ればベストだが、今はもう、七罪が無事にこの危機を乗り切ってくれればそれで十分。自身の声が届く事を願って、ひたすら士道は叫び続けた。
そんな中での、琴里からの通信。タイムリミットを告げる声。反射的に一度食い下がってしまったが、琴里からの「守ろうとする命の中に、ちゃんと自分を入れて頂戴」…という言葉で、自分の考えを改めた。それはもう、何度も言われてきた事。言われても尚、つい忘れてしまいがちな士道へ、呆れながらも見限る事なく言い続けてくれる琴里を、裏切る訳にはいかないのだから。
そして、足を止めた士道は〈フラクシナス〉からの回収を待とうとしたのだが…そこで状況は一変した。琴里から、〈フラクシナス〉から、予定が狂ったと…回収をしに行けなくなったと、緊張の滲む声で告げられる。
「人工衛星が加速した。どうやらただの人工衛星じゃないらしいわ」
「そ、っか…。…分かった。俺は近くのシェルターを探す。だからそっちは、頼む」
「えぇ。だけど、その必要はないわ。本当は、〈フラクシナス〉だけで処理しきれなかった場合の保険として出てもらったんだけど…士道に死なれちゃ困るもの。そうでしょう?」
「…琴里?」
まるで誰か別の相手へ言っているような、琴里の口振り。それに疑問を抱く士道だったが、訊くよりも先に通信が切れる。
自分はどうすればいいのか。ここで待つべきか、それともやはりシェルターを探すべきか…そんな思考が頭の中で回り始める。だがその答えが出るよりも先に、先の疑問に対する『回答』が現れた。
「お待たせしやがりました、兄様!」
「ま、真那!?」
輝く緑の光が見えたと思った直後、黒い点程度にしか見えなかったシルエットが人の形になっていく。それと共に聞き覚えのある声が聞こえ、急減速と共にシルエットが…飛んできた真那が、着地する。
「どうしてここに…って、もしや……」
「えぇ、琴里さんの言っていた保険とは、何を隠そうこの私でいやがります。万が一に備え、人工衛星を薙ぎ払うか斬り刻む準備をしていやがったんですが…兄様の危機に対して私の派遣を選ぶとは、琴里さんもよく分かってるってもんです」
「…頼りになるよな、琴里って」
「同感です。…さて兄様、掴まってくれねーですか?」
そう言って、真那は手を差し出してくる。その手を掴めば、浮遊感が士道を包み…次の瞬間には身体が浮く。
「…ほんとに凄いな、
「それをキスで霊力封印の出来る兄様が言いやがるんで?」
「いやまあ、それはそうなんだが…」
確かに言われてみると…いや言われるまでもなく、自分の力?…も大概ぶっ飛んでいる。方向性が違うとはいえ、希少性だけなら士道の方が上かもしれない。思えば随分と凄い事になったものだ、と士道は場違いな感慨を抱き…しかしすぐに、気を取り直す。
「真那、もし危なくなったら俺を離して逃げてくれ。あんまり想像したくはないが、俺なら多分……」
「何を言ってやがるんですか、兄様。兄様を置いて逃げるなんて選択肢、一生私にはねーですし…人工衛星程度でくたばる私でもねーです。むしろ兄様が望むのであれば、たかが人工衛星一つ、真那が押し出してやろうじゃねーですか」
「…はは、実妹は伊達じゃないんだな」
「勿論!」
清々しい位の調子で断った真那は、にっと笑う。その笑みに、真那に対してこんな事を言うのはナンセンスだったなと士道も思い、自身も軽く笑って返す。……正直、本当に出来るどうかはともかく、本気で望めば真那は試しそうな気がするのだが…何だか色々変な流れになりそうな感じがした為、士道はその方向で思考を巡らせるのを止めた。
「…まあ、駄弁るのはここまでにするとして…もうすぐ〈フラクシナス〉が砲撃をします。私の最優先事項は勿論兄様でいやがりますが、もし琴里さん達がしくじった場合、予定通りに私も出来る限り破砕を試みてーと思ってます。だから、兄様……」
「おう、思う存分やってくれ。俺は振り落とされないように、全力で掴んでるからさ」
士道の返しで、もう一度真那が見せる笑み。それから士道と真那は頷き合い…直後、更に『艦』が現れる。
それは正しく、光の奔流。収束魔力砲…その名の通りに収束された、濃密な魔力の光芒が、天に向かって解き放たれ……
『な……ッ!?』
──されど、砲撃は弾かれる。
「あれは……」
その中で新たに見えてくる、二つの巨大な鉄塊。一つは今正に破壊しようとしていた、もう士道の目にも見える高度にまで飛来してきた人工衛星。そしてもう一つは…〈フラクシナス〉よりも巨大な、空中艦。
「…どうやら、邪魔される事を見越してDEMの空中艦が出ていたみてーですね。それに人工衛星にも、改造されてるっぽい〈バンダースナッチ〉がくっ付いていやがります。考えたくはねーですが、〈バンダースナッチ〉が単に防御と加速用の追加装備ってだけじゃなく、墜落の被害を増大させるような機能…魔術的な術式も付与された仕様だったとしたら……」
「だったとしたら…?」
「…最悪、兄様を連れて離脱しなきゃならねーかもしれません。確実に兄様を守る為に…天宮市の事は、諦めて」
「……ッ!」
苦々しげに、真那は言う。その言葉に、心が締め付けられる。自分の住む街が、何年もの時を重ねてきた場所が、シェルターに避難したよだろう友や親しい相手が、炎と爆風に飲み込まれる…そんな光景が思い浮かび、背筋を悪寒が駆け上がる。
士道は言いたかった。自分はいいから、街を、と。だがそれは、真那の気持ちを蔑ろにするのと同義。それに、ここに残り、破壊を試みるという事はつまり、真那の身も危険に晒されるという事。…兄として、それは言えなかった。少なくとも、今も守られようとしている士道が軽々しく言える事ではなかった。
「申し訳ねーです、兄様。さっきまで威勢の良い事を言っておきながら、実際にはこのざまで」
「…謝る事じゃねぇよ。けど…くそっ、こうなったら一か八か……」
何も真那は悪くない。そう返した士道は、自分に出来る、自分に残る最後の手段を思い浮かべる。やれる保証はない、全くない。それでも試す前から諦めるものかと、士道は言葉を続けようとし…そこで、気付く。現れたDEMの空中艦と交戦していた〈フラクシナス〉。今も砲撃を受け、それを
「…まだ、手があるって事か…?」
「…かも、しれねーです。けど、さっき以上の攻撃なんて……」
まさか特攻か、とも思ったが、精霊も乗組員達もいる艦で琴里がそんな事をする筈がない、と士道は思い直す。されど今も襲ってきている敵艦に艦の腹を見せてまで向きを変えたのだから、きっと何かある。そう思って、そう信じて、士道は見つめる。
そして士道が見つめる中、隣の真那が微かな驚きの声を上げる。恐らくそれは、
「…は、はは……」
燃え盛り唸る、炎の柱。その一閃は瞬くよりも早く人工衛星への迫り…一瞬で、飲み込む。もしかすると、先と同じように防御を行ったのかもしれない。だがそんな事はまるで意に介さず、赤光は人工衛星を焼き払った。そうして後に残るのは…何もない。炎の柱が消え去った時、そこにあるのは見慣れた大空だけだった。
「凄まじいな…これがラタトスクの、琴里の力か……」
「…確かに、凄まじいとしか言いようがねーですね」
「…真那?」
赤い光、炎が放たれた事で、士道は理解した。これは琴里…炎の精霊の力を用いたものであると。感嘆にも似た声が、自然と士道の口から漏れ、真那も頷く。頷くが…その表情は、あまり明るいものではない。
「兄様、気が付きましたか?あれは、霊力を用いた攻撃…要は、精霊の力を使った攻撃でいやがる事に」
「…みたいだな。多分、琴里の力だ」
「でしょうね。直接見た事はねーですが、消去法で炎の精霊〈イフリート〉に当たる精霊なんて、琴里さんしかいねーですし。…皮肉なもんだと思わねーですか?」
「皮肉…?」
「だって、そうじゃねーですか。精霊を保護する事を目的にしているラタトスクが、精霊を前提にした…恐らくは霊力の強化、増幅を行う兵器を用意していただなんて。勿論使えるものはなんだって使った方がいいですし、力も無しに理想を唱えるなんて空虚なもんでいやがりますが…なんというか、現実ってものを見せ付けられた気がしちまいます」
静かに言葉を紡いだ真那は、小さく笑う。ほんの少し…本当にほんの少しだが、嘗て見た…狂三を殺す事に『慣れている』と答えた、あの時のように。
それは、士道にはなかった視点。ずっと精霊と戦ってきた、それしか道がないと思ってきた真那だからこその、ただの悲しみとは違う思い。士道はこの事実を、否定する事など出来ない。真那の言う通り、これが現実なのかもしれない。──だけど。
「…多分、だけどさ」
「…兄様?」
「あれはそういうものかもしれない。俺自身、精霊の皆に力を貸してもらってばっかりだ。けど…琴里は利用されてるなんて、思っちゃいない。琴里の事だから、状況を打破出来る…何かを、誰かを守れる力があって良かったって、きっと思ってる。それだけは、言える」
「……ほんと、妬けちまう程思われていやがりますね、琴里さんは。でも…確かにそうかもしれねーです。事実は変わらねーにしても、そういう捉え方の方が私も……」
ふっ…と表情が和らぐ、いつもの顔付きに戻る真那。その事に士道も安心し……されど次の瞬間、人工衛星の消滅によって抱いていた安堵が凍り付く。士道は自身の目を疑う。上空に見えた巨大な影に…今し方消し炭にされた筈の人工衛星が再び現れた事に、愕然とする。
「おい、冗談だろ……?」
「二機目…二の矢だとでも言いやがる気ですか、DEM…ッ!」
恐らくは切り札を用いて撃破した琴里達を嘲笑うように、雲を裂いて現れた二機目の人工衛星。一度しか撃てないのか、それとも何か事情があるのか、〈フラクシナス〉が再度先の砲撃を行う気配はない。インカムから聞こえる琴里の声も、敵艦と交戦中だからかノイズ混じりではっきりと聞き取る事が出来ない。
「くッ…兄様、やっぱり私は……」
「……待ってくれ、真那」
「待てねーです!私にとっては、兄様が──」
「まだ、手はある…かもしれないって言ったら?」
ぴくり、と肩を震わせる真那。一体何を…そんな視線が、士道へと向けられる。状況的に、当然の反応。だが士道は出任せを言っている訳ではない。そう言えるだけの根拠は、ちゃんとある。
「…本当で、いやがりますか?」
「本当だ。絶対出来るって断言が出来る訳じゃないが、可能性はある筈だ。…信じて、くれるか?」
「…このタイミングで言うって事は、真っ当な方法じゃねーんでしょうね。けど…兄様の言葉なんです、信じねー訳がねーですよ」
頷いてくれた真那に、士道は二機目の人工衛星の真下へ向かうよう頼む。真那の
今も〈フラクシナス〉は、DEMの空中艦と交戦中。ぱっと見ではあるが、互いに今は有効打を与えられていない状況。ならばやはり、士道が…自分達が、やるしかない。
「……っ…ほんとにとんでもないデカさだな…!」
「おかげで見失う事はねーですが、全く嬉しくないってもんです。それで兄様、何をする気でいやがりますか?私にも何か、協力出来る事は……」
「あぁ。力を貸してくれ、真那」
真下へ到達したところで、地上へと降ろしてもらう。その巨大さに心が圧倒されながらも、士道は人工衛星を真っ直ぐ見据える。
「……力って、なんだろうな」
「…突然何を?」
「いや…少し、思ってさ。十香達は…精霊はその力のせいで、ASTやDEMから狙われる。災害だなんて言われちまう。だけど今、この人工衛星を止められるのは…天宮市に住む人達を助けられるのは、力のある存在だけだ。さっきのだって、琴里の力と、ラタトスクの技術があったからこそ出来たもんだ。…普通じゃない力、あり得ない力ってのは、あった方が幸せなのか、ない方が幸せなのか…」
「…そりゃ、時と場合、それに個人個人に寄るんじゃねーですかね。ただ…私はこの力があって幸せだと思っていやがります。兄様を、誰かを守れる…この力が」
「そっか。そうだよな、結局人それぞれだよな。……なら、侑理にとっては…どっち、なんだろうな」
「……っ、兄様…それは……」
こんな事を話している場合ではないと思いつつも、士道は頭に浮かんだ少女の事を口にする。詳しい事情、思いの丈は聞いていない。聞けていない。だが侑理の流した涙は、そういう事なのだと…何も出来ない悔しさからくるものだという事は、士道にも分かった。
そして士道自身、力がある事が幸せかどうかなど分からない。分からないが…今は、力が必要なのだ。守りたいのだ。この場所を、皆を。
(頼む、力を貸してくれ…!)
腕を前に突き出し、心を落ち着かせる。余計な思考は全て捨て、願いを、イメージを…力を思い浮かべる。
それは刃。強く、鋭く、美しい…相対するものを悉く斬り伏せんばかりの剣。自らのものではない…強くも優しい、そして時に儚くも真っ直ぐな、少女の力。彼女が持つ、最強の矛。
守りたいもの、失いたくないもの、他の誰でもない、自分が守るのだという意思。それ等全てを思い浮かべ、自分の中に流れ込んでいる『力』へと手を伸ばし…掴む。掴み、叫ぶ。
「──〈
その瞬間、目の前が光り輝く。霊力が煌めき、確かな力が、感触が現れる。真那が目を見開く中、光は収束していき…淡い粒子となって消えた時、そこにあったのは一振りの剣。ただそこにあるだけでも威風を感じさせる、一本の大剣。
──天使〈