デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第四十六話 最後のピース

 皆を助ける事、誰も犠牲にしない事。それを目指すのが最善である事は言うまでもない。だがどんなに目指しても、努力しても、上手くいくとは限らない。努力が報われない事も当たり前にある。…戦場を知るからこそ、真那はそれも理解していた。時には決断も必要だと、選ばなければいけない事もあるのだと、思い知らされてきた。だからこそ、最優先と決めたものは必ず守る、せめてそれだけは何があろうと譲らない…そう思って士道を優先しようとし、その最優先たる士道を信じて、可能性に賭ける事にした。

 そんな士道の…実の兄の手に輝く光。霊力の光。それが確かな形を持った事で、真那は目を見開いた。信じられない…されど確かにそこにある現実を目の前にして、数秒理解が出来なかった。

 

「…兄様…それは、その剣は……」

 

 真那は知っている。士道が手にした、巨大な剣の存在を。それが紛れもなく、天使…精霊が持つ、形を持った奇跡である事を。本来ならば精霊〈プリンセス〉…十香が有する筈のそれを、しかし確かに今、士道が…自身の兄が、我が刃が如く握っている。

 

「…俺も正直、上手く説明なんて出来ない。ただ、一つ確かに言えるのは…これが本物の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で、十香の力は今、俺の中にある…って事だ」

「あ……」

 

 その言葉で、真那は思い出す。士道の持つ、封印能力の事を。士道も琴里も、霊力を消失させるだとか、無力化するだとかではなく、封じるという表現をしていた事を。それを真那は、何となく精霊の身体の内に力を押し留めるイメージで考えていたが、もし封印というのがそういう事ではなく、キスを介して力の大部分が士道の側に移るという事であれば、士道が封印した精霊の力を振るえたとしても、それはおかしな事ではない。

 

「…兄様も大概、無茶苦茶でいやがりますね」

「俺もそう思うよ。けど、今は……」

「えぇ。今はそれより、アレを何とかしねーとです」

 

 訊きたい事は色々とある…が、それ等全てを真那は飲み込み、今も迫る人工衛星を見据える。質問ならば、後でも出来る。共にこの場を乗り切れれば、幾らでも訊ける。だからこそ今は、乗り切る事へ力の全てを注ぐのみ。

 両脚でしっかりと路面を踏み締め、左腕の〈ヴォルフファング〉を掲げる。士道もまた、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構える。そして真那は砲口を展開し、士道は剣を振り上げ…攻撃を、同時に放つ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「これでッ!」

 

 士道が振り抜いた刃から斬撃が飛翔すると共に、真那も魔力砲を撃ち込む。煌めく斬撃と、輝く砲撃が並んで人工衛星へ迫る。精霊の力を用いた一撃は元より、〈ヴォルフテイル〉による攻撃も強力無比。並みの魔術師(ウィザード)が展開する随意領域(テリトリー)程度なら、容易に突破出来るだけの威力を持つ。その二つの攻撃が、同時に人工衛星へと迫り…だが、弾かれる。斬撃も砲撃も、弾かれ空で儚く散る。

 

「ちッ、やっぱり人工衛星…それに空中艦からも遠隔で随意領域(テリトリー)が貼られてるみてーですね。あっさり弾かれるのは癪ですが、空中艦の収束魔力砲級も簡単には貫けねーってなら、こうなるのもまあ仕方のない話です」

 

 リコリスシリーズに搭載されていた機能を思えば、人工衛星自体に加えて、空中艦が離れた位置から防御しているというのも十分にあり得る事。時間に余裕がない中で失敗した訳だが、あくまで真那は冷静に捉え、ならばどうするかとすぐさま次のプランを考え編む。

 

「みたいだな…ならもう一回──ぐ…ッ!?」

「兄様!?」

 

 不意に聞こえた苦悶の声に振り向けば、そこにあったのは表情を歪め、片膝を突く士道の姿。突如苦しみだした兄に真那は驚き…続いて気付く。真那の随意領域(テリトリー)の範囲内にある士道の身体を包むようにして、全身に霊力反応が表れた事に。

 

「一体何が…いや、もしや……」

 

 全身を包む形の霊力については分からない。だが苦しみだした理由については容易に想像が付く。むしろ、人間である士道が精霊の力たる天使を使って無事でいられる筈がない。

 

「掴まって下さい兄様!今すぐ〈フラクシナス〉で治療を──」

「大丈夫、だ……」

「大丈夫な訳ねーじゃねーですか!今の自分の状態を客観視しろってんです!」

「はは、手厳しいな…けど、本当に大丈夫なんだ…。ちゃんと、治りつつあるから…な」

「な、治りつつある…?何を言って……」

 

 そんな馬鹿な、と思った真那だが、改めて士道を見て、随意領域(テリトリー)で調べてみて、気付く。確かに士道の身体の状態は、少しずつだが良くなっている事に。内側の傷が、治り始めている事に。

 そして、士道は歯を食い縛り立ち上がる。咄嗟に止めようとした真那を、逆に手で制す。

 

「時間が、ないんだ…俺達で、やるしかないんだ…だから、真那……ッ!」

「……っ…あーもう!琴里さんが兄様に口煩くなる気持ちがよーく分かっちまいますよ!」

 

 敬愛する兄に真剣な、ひたすらに真っ直ぐな瞳を向けられてしまえば、真那に断れる道理はない。だから真那はくしゃくしゃと荒っぽく頭を掻き…気持ちを、切り替える。

 

「…あれを力技で突破するのは至難の業です。他に手がねーならともかく、積極的にゴリ押ししようってのはお勧め出来ません。だから…まずは私がこれで削って、そこからこっちでぶち破ります。兄様は、その穴に全力の一撃を叩き込みやがって下さい」

「…破れるのか?」

「断言は出来ねーですが、やってみる価値はあるってもんです」

 

 〈ヴォルフテイル〉と〈ヴォルフファング〉を順に挙げ、それから真那は士道に答える。兄妹同士、頷き合い…路面を蹴ると共に、真那は一気に上昇を掛ける。

 真っ直ぐ上へ、最高速度で。幸い的は凄まじく大きいおかげで、肉薄に苦労する事はない。そして刃の間合いに入る直前、真那は右腕を後ろへ引き…人工衛星へ、それを保護する随意領域(テリトリー)へと、〈ヴォルフテイル〉を全力で突き出す。

 

「こッ…のぉおおおおおおぉぉッ!」

 

 チェーンソウの様に蠢動する無数の刃。その一つ一つに魔力を纏わせ、随意領域(テリトリー)を削りにかかる。推力全開で、〈ヴォルフテイル〉を真っ直ぐ押し込む。

 

(…そういえば、さっき兄様の身体を調べた時に、妙な反応が…。…いや、今はそんな事考えている場合じゃねーですね…!)

 

 神経を研ぎ澄ます中で、ふと脳裏に浮かんだ引っ掛かり。されど真那はすぐにそれを頭の隅へと追いやって、武器とスラスターの制御に意識の全てを注ぎ込む。

 人工衛星を包む随意領域(テリトリー)は濃密。ただの刺突なら、多少食い込ませるのが精一杯だったかもしれない。だが〈ヴォルフテイル〉は、削り斬る事に重きを置いたレイザーエッジ。真那の見立て通り、滑らかにとはいかないものの、少しずつながらも着実に随意領域(テリトリー)を裂いている。裂いた部分には自らの随意領域(テリトリー)で干渉する事で、修復する事を阻んでいる。

 

「まだ、足りねーです…もっと、もっと……ッ!」

 

 たったの一度であれだけ士道が苦しんでいた事を思えば、もう何度も同じ事をさせる訳にはいかない。次で決めるしかない。その思いで、真那は更に喰い込ませる。同時に〈ヴォルフファング〉へ魔力を充填し、最大の一発を放つ為の準備を進めていく。

 もう真那にも逃げるつもりはなかった。全身全霊で人工衛星を破壊すると決めていた。そしてそれは、士道の振るう精霊の力があれば、決して不可能ではない筈で……だが次の瞬間、真那の身体は大きく揺れる。何かが自身の随意領域(テリトリー)に直撃し、負荷が痛みとなって頭に響く。

 

「ぅぐ…ッ!?攻、撃…!?」

 

 対人工衛星に意識の全てを注いでいた分、防性のほぼない随意領域(テリトリー)で受けてしまった真那。何とか突破は免れたものの、制御を失い落下する。

 激しくブレる視界の中で、遠くに見えたのは人を模した形の機械。こちらにカメラアイを向ける、多数の〈バンダースナッチ〉の姿。機械人形は、掌底部に備えられた砲を真那の方へと向け…だが次の瞬間、自分を呼ぶ士道の声が耳に響いた事で、真那は状況を立て直す。姿勢制御をし、防御の為に身を固め…しかし砲撃を受ける直前、下方から放たれた斬撃が〈バンダースナッチ〉を複数体纏めて斬り飛ばす。

 

「無事か、真那…ッ!」

「に、兄様…そんな事しなくても、〈バンダースナッチ〉程度の攻撃でやられる私じゃねーですよ……」

「だとしても、やらずにはいられなかったんだよ…。…けど、すまん…」

「いや、謝らなくちゃいけねーのは私の方です。それに…なりふり構わず助けようとしてくれた事は、凄く嬉しいです」

 

 再び痛みに表情を歪ませる士道の側に降り立ち、魔力砲で残りの〈バンダースナッチ〉を薙ぎ払う。一先ずこれで、接近してきた機体は全て撃破出来た…が、状況は振り出し。ここまでの時間が無駄になった事と、恐らくは〈バンダースナッチ〉の発進元が空中艦である以上、第二波や第三波が来てもおかしくない事を思えば、振り出しどころか悪化していると言っても過言ではない。

 

「……っ…やっぱり…やっぱり駄目です、これじゃあもう打つ手がねーです…ッ!どうしたって、これじゃ…!」

「…真那……」

 

 やり切れない悔しさが、胸の奥から昇ってくる。一度は守ると決めたからこそ、無理だと判断する事の苦しさが込み上げてくる。…それでも真那は、決断するしかない。自分一人ならまだしも、大切な兄がここにいる以上、もう勝ち目などほぼない賭けをする事は出来ない。

 これが苦渋の、そしてどうしようもない現実があるからこその言葉なのだと、士道も分かっているのだろう。だからこそ、士道はこれまでと違って反対をする事なく…だが次の瞬間、士道の息を呑む音が聞こえてくる。そして更に、ひんやりとした感覚、冷気が吹いてきている事に気付く。

 

「──士道…さん、真那…さん…っ!」

「四糸乃!?なんでここに!?」

「くく、四糸乃だけではないぞ」

「不満。夕弦達の活躍も見てほしいです」

 

 次いで耳に届く、三人の声。見上げれば、刻々と迫っていた人工衛星が今は、吹き上げる猛烈な風と、厚い氷壁によってその侵攻を阻まれていた。四糸乃と耶倶矢、夕弦…精霊たる三人の力が、人工衛星の落下を防いでいた。

 

「シドー!」

「それに真那さーん!愛しの美九が助けに来ましたよー!」

「十香、美九まで……」

 

 更に聞こえた声と共に、二人が側へ降り立ってくる。全員が限定霊装…曰く、霊力の封印がされた状態で展開出来る、文字通り限定的な霊装を纏って、真那と士道を守るように立つ。

 

「皆さん、どうして……」

「琴里にシドーや真那、それに皆が危ないと聞いて、急いで転送してもらったのだ。間に合って良かったぞ」

 

 成る程、と真那は十香の返答に納得する。責任感の強い琴里が、保護対象である精霊達を危険な場に出すというのは、少しだけ引っ掛かった…が、明らかに今はそんな事を言っていられない状況。加えて第二執行部と対峙した際にも力を借りていた事を思えば、決してあり得ない事はない。

 同じように納得した士道は、十香達に感謝を伝える。それに対し、先に助けられたのは自分達だと、こんな事では返せない位の恩があるのだと十香は返し、四糸乃達もそれぞれに頷く。…兄がこんなにも感謝されている、それがなんだか真那には誇らしかった。誇らしかったし…十香達と、同じ気持ちだった。自分もまた、士道に助けられた一人だったから。士道がいなければ、侑理との絆は途切れてしまっていたかもしれないのだから。

 

「これなら……!」

 

 いける。真那はそう言おうとした。だが次の瞬間、四糸乃と八舞姉妹が表情を歪める。どうも人工衛星…それに合体し、スラスターや随意領域(テリトリー)の展開装置となっていた特殊仕様の〈バンダースナッチ〉が推力を上げたらしく、氷壁が軋みを上げ始める。

 不味い、向こうもまだ余力があったのか、と真那は士道と顔を見合わせる。しかし、誰よりも早く動いたのは美九。そうはさせません、という声と共に鍵盤とパイプオルガンを思わせる天使を展開し、叫びと共に曲を奏でる。荘厳な音色が鳴り響き……氷が、風が、再び人工衛星を押し留める。

 一体何が起こったのか。それは、身体に力が溢れてくる感覚を抱いた事で理解した。美九の天使〈破軍歌姫(ガブリエル)〉は、歌い奏でる曲によってその効果を変容させる。先日は対象を操る曲を奏でていたが、今回は聴く者に力を漲らせる曲を演奏しているという事だろう。

 

「皆、手伝ってくれ!あのデカブツを破壊する!皆の力があれば、きっと……」

「いや、駄目だ」

 

 拳を握り締めた士道の呼び掛け。されどそれに十香が難しい顔をし、駄目だと返す。琴里曰く、この人工衛星に組み込まれている爆破術式は破壊によっても作動してしまう可能性があるらしい。そして想定される爆破の規模は、今の高度ではもう地下に、シェルターに及んでしまうかもしれないとの事。

 仮に破壊出来ても、シェルターが巻き込まれてしまえば全くの無意味。その上士道が爆発に巻き込まれるとなれば、真那としては絶対に避けなくてはいけない。…では、どうするか。どうすればいいか。その答えは…至ってシンプルななものだった。

 

「くく、単純極まる道理であろう。此処で破壊する事が叶わぬならば、空に押し戻すしかあるまい」

「首肯。それしか方法はありません」

「なっ……そんな事出来るのか!?」

「く、くく…我等を誰と思うておる。万象薙ぎ伏ふ颶風の御子・八舞であるぞ」

「請負。夕弦達に任せて下さい。この程度のお荷物、ポイーです」

 

 出来るのか。その問いに顔を見合わせ、にっと笑って自信を覗かせる耶倶矢と夕弦。…だが、真那には…それに恐らくは士道にも伝わっていた。それが本当にポイーと軽く押し返せるものではなく、二人の言葉には強がりの側面もあると。

 されど、やるしかない。押し返す事が叶わなければ士道も天宮市も守る事は出来ず、この場における適任者は風の精霊たる二人以外にあり得ない。

 

「確かに、その通りでいやがりますね。──だからッ!」

 

 しっかりと一つ頷いた真那は、スラスターを噴かし再度空へと舞い上がる。上昇しながら随意領域(テリトリー)を拡大、皆を包むようにし……飛来したマイクロミサイルを、全て纏めて受け止める。炸裂による多数の衝撃を、歯を食い縛る事でぐっと堪え、直後に随意領域(テリトリー)凝縮と共に急加速。ミサイルの射手たる〈バンダースナッチ〉、やはり現れたDEMからの第二波へ肉薄を掛けて数機を素早く斬り飛ばす。

 

「そっちを…人工衛星と兄様を、頼みます!」

 

 痛烈な反撃を受けた〈バンダースナッチ〉部隊は周囲に散開。ぐるりと目の動きだけでそれを確認した真那は、わざと大胆に、必要以上に大きく動く。そうする事で、〈バンダースナッチ〉を…人工衛星の対処を阻む的を士道達から引き剥がす。あれだけの面々がいれば、きっと対処も出来る筈…士道と、それに十香達精霊を信じて。

 

(…ふっ、本当に数奇なもんでいやがりますね。まさか精霊を、仲間と信じて託すとは)

 

 今年の初夏の頃まで、真那にとって精霊は討滅の対象でしかなかった。世の為人の為に屠る相手であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。それが今や、同じ思いを抱き、同じ目的の為に協力する間柄なのだから、人生何があるか分からないもの。そしてそうなった今を、真那は悪くないと思っていた。

 斬り裂き、撃ち抜き、蹴り飛ばす中、八舞姉妹の叫びが聞こえたかと思えば、猛烈な竜巻が生まれて氷壁を、それとせめぎ合う人工衛星を押し上げ始める。

 

「個々の性能は大した事ねーのを、数で補う判断は妥当でいやがりますが…こんな程度で、私を倒せると思うんじゃねーですッ!」

 

 左へ右へ上へ下へと噴射の向きを機敏に変え、縦横無尽に飛び回る。〈バンダースナッチ〉を翻弄し、圧倒し、次から次へと叩き落とす。純粋な機械故に量産出来る、人ではない為使い捨てるような運用も可能というのが、〈バンダースナッチ〉の利点、強みなのだろうが、逆に言えば〈バンダースナッチ〉は人を殺してしまう心配をしなくていい相手。思う存分、手加減なしに戦っても大丈夫な敵。それでいて個々の強さは平均的な魔術師(ウィザード)に劣るのだから、多数である事を加味しても尚、真那からすればむしろ戦い易い存在。

 だから真那は、機械人形を屠っていく。美九の助勢を受けた四糸乃と八舞姉妹が人工衛星を押し上げ、士道と十香が撃破の為に力を溜める中、同じように曲のサポートを受けながら、〈バンダースナッチ〉の攻勢を押し留め続ける。

 

 

 

 

 余裕はない。後もない。だが戦況的には、戦力的には勝機が決してない訳ではない…真那はそう思っていた。実際、何とかなりそうな雰囲気もあった。少しずつではあるが人工衛星は押し返せていたし、〈バンダースナッチ〉も真那一人で対処出来ていた。突破させないように、殲滅よりも自身への引き付けを優先する事で己が役目を果たせていた。

 だが、楽観視は出来ない。むしろ〈バンダースナッチ〉を迎撃していくに連れ、真那は違和感を抱くようになっていた。

 

(妙でいやがりますね…どんなに愚かな指揮官でも、〈バンダースナッチ〉だけじゃどうにもならねー事はもう理解している筈…なのにどうして、魔術師(ウィザード)が出てこねーんでしょう…。まさか、こうまで邪魔されておきながら戦力の出し惜しみ?いや、それよりも……)

 

 思えばこの人工衛星落とし自体、妙な点が多い。真那は侑理と違って、もうDEMへの思い入れがある訳ではない…が、どうもこれはDEMらしくない、エレンやウェストコットのやり方らしくないような気がするのだ。エレンが巻き込まれかねない作戦である事も、直属故にウェストコットの意思一つで動かせる第二執行部が動いていない事も、考えれば考える程おかしなように思えてくる。

 その理由、真実の更に全ては、恐らく戦場で戦っているだけでは分からない。されど、違和感の最たる理由…相手の指揮官が何を考えているのかという事については、すぐに思い知る事となる。

 

「でぇいッ!次は……──ッ!?」

 

 〈ヴァナルガンド〉の脚部先端、正に狼の爪の様になった爪先部分で〈バンダースナッチ〉の頭部を蹴り砕く。更に爪先を肩部に引っ掛かる事で後方宙返りを掛け、味方諸共撃ち抜こうとしていたレイザーカノンをひらりと躱す。そしてすぐさま次の動きに移ろうとし…直後、真那は弾雨に襲われる。咄嗟に随意領域(テリトリー)の防性を高めて防いだものの、重い衝撃が全身を襲う。

 初め真那は、また増援かと思った。だが違う。周囲の〈バンダースナッチ〉への被害も気にせず放たれた機銃掃射は、増援などというちゃちなものではない。

 

「なッ…空中艦が、ここまで…!?」

 

 見上げた視界で捉えたのは、巨大な艦影。〈フラクシナス〉と交戦していた筈のDEMの空中艦が、気付けば高度を下げ、機銃の射程圏内に真那を捉えていた。

 まさか、琴里さん達がやられた…!?…と一瞬は思った真那だが、まだ空には〈フラクシナス〉の姿もある。ならば何故とも思ったが…自分達の位置とDEMの空中艦の位置、それぞれを認識した事で気付く。これはDEMの策だと。自分や士道達に接近する事で、下手に砲撃や撃墜をすれば、自分達を巻き込みかねない状況を作ったのだと。

 

「ちぃッ、姑息な手を…ッ!」

 

 卑怯だが、上手い。DEMの空中艦が取った手は、そう言わざるを得なかった。迫り来る機銃とミサイルを〈ヴァナルガンド〉の大推力で振り切り接近を仕掛けるが、人工衛星同様堅牢な防性随意領域(プロテクトテリトリー)で阻まれる。突破するには削り切るしかないが、突破するより先に〈バンダースナッチ〉に背後から撃たれる。そして〈バンダースナッチ〉に対処しようとすれば、今度はまた空中艦の砲火に晒される。単純ながらも厄介極まりない相互補完。それでもまだ、狙われるのが真那一人だけなら、何とか切り抜ける手もあったかもしれないが…最悪な事に、空中艦の砲火に晒されているのは真那だけではない。その全長が〈フラクシナス〉の倍はありそうなDEMの空中艦は士道等をも射程に捉え、巨体故の圧倒的な砲門数で以って、全員纏めて狙ってきている。

 

「そうまでして、一体何を…一体何が目的だって言いやがるんですか、DEM…ッ!」

 

 十香は勿論、士道も人工衛星を押し上げようとする四糸乃達を守る為に奮闘しているが、これでは撃破に至れない。今すぐにでもそちらに駆け付けたいと思うものの、真那が合流してしまえば、分散されていた攻撃が集中し、それこそ総崩れになりかねない。

 ここまでも無理だ、諦めるしかないと思う場面は数度あった。されど今は違う。その数度を乗り越え、光明が見えてきた中での『詰み』は、初めから諦めていた場合よりも遥かに重い。

 

「まだだ…まだ、諦めるもん…かよぉおおおおッ!」

 

 だが、士道は違った。士道とて、手の打ちようがない事は分かっている筈。それでも微かに聞こえてくる声は、叫びには、諦観の念など微塵もなかった。勿論それは、経験の差、戦場や戦況に対する理解度の開きが要因となっている部分もあるのだろうが…諦めんとする、その為に必死で踏み留まる士道の意思に、真那ははっとさせられる。

 そんな士道へ迫る、ミサイルの爆撃。十香と士道はそれぞれに剣を振るって斬撃を飛ばすが、十香は位置が悪く、士道も消耗で存分に力を発揮出来ないのか放たれた斬撃はこれまでより弱く、全てを落とす事は叶わない。

 迫るミサイル。今からではどうやっても間に合わない距離。全身にどうしようもない程の悪寒が走る中、近接信管の作動したミサイルは爆ぜ──ぼんっ!…と、何だか気の抜けるような音と共に、ギャグ漫画の様な煙が、煙だけが広がった。

 

「…あれは……」

 

 風が吹き、すぐに掻き消される煙。離れた距離からでも分かる程、ぽかんとした顔をしている士道。その士道の前には、何か小さいものがあり…一瞬光を放ったかと思えば、小さな物体は形を変える。小さかったそれが、霊装を纏った七罪の姿へ変身する。

 

「…あ……」

 

 驚いているのは、士道達も同じ事。遠いせいでやり取りは聞こえない…が、真那は知っている。士道が七罪を思って行動し続けていた事、必死に懸命に、ギリギリまで七罪を探し続けていた事を。だから、恐らく…伝わったのだろう。士道の思いが。士道の気持ちが。きっと七罪はそれを見ていて…真那や十香達と同じ思いを、士道に対して抱いたのだろう。

 手にした箒、箒の形をした天使を七罪が振り上げれば、人工衛星が巨大なぬいぐるみへと姿を変える。今し方ミサイルの爆発を変化させたように、人工衛星に対しても七罪が自身の力で変身をさせる。幼児化しても尚七罪を斬り伏せたエレンの件を考えれば、先のミサイルの様に完全無力感出来たとは思えないが…その威力が落ちている可能性は高い。今の高度でもう、撃墜しても大丈夫になったのかもしれない。

 

(…けど、まだ足りねーです…後一手、一手あれば……ッ!)

 

 しかしそれでも、〈バンダースナッチ〉と空中艦の脅威は消えていない。傷が完治していないせいで十全の力は発揮出来ないのか、それとも単に超巨大な対象を複数同時に変化させるのは七罪でも無理なのか、はてまた別の理由があるのかは分からないが、空中艦が無力化させられる気配はない。それどころか〈バンダースナッチ〉の追加を、次から次へと展開している。

 或いはそれは、DEM側としても乾坤一擲、今押し切らなければ勝てないと判断したが故なのかもしれない。実際空中艦の高度も、気付けばかなり下がっている。安全に、確実に人工衛星の爆発を見届けられる位置ではないのは火を見るよりも明らか。だからこそ、今を乗り切れば本当に何とかなるのかもしれないが…それが出来なければ、全て終わり。やっと七罪に通じたのかもしれない士道の思いも、その命と共に消えてしまう。

 真那は思う。何でもいい、誰でもいい、力になってほしいと。真那は考える。後一手、後一人、自分と共に戦ってくれる存在がいれば、士道達が人工衛星を撃破する隙を作れる筈だと。しかしそれはあまりにも都合の良い願い。ないものねだり。既に戦力は出尽くしているのだ。七罪すらも力を貸してくれて、その上で後一歩足りないのだ。そんな中でこれ以上のものなど、これ以上の奇跡など、どれだけ望もうとある筈がなく……

 

「……いいや。まだ、あるじゃねーですか。まだ、いるじゃねーですか。誰よりも、何よりも…心つえー、存在が」

 

──だから真那は、曖昧なもの、都合の良いたらればに頼るのを止める。士道の様に、最後まで諦めない事を選ぶ。そしてその為に…答えを、出す。

 

「──兄様!皆さん!ちょっとだけ、少しだけ耐えやがって下さい!私達で、皆で…大切なものを、守る為にッ!」

「真那…?……ああッ!」

 

 随意領域(テリトリー)の防御任せで弾幕を突っ切り、強引に真那はちゃんと士道達へ声の届く距離まで近付く。一瞬たりとも余計な時間は掛けられない。その判断の下、言うだけ言って真那は踵を返し……背中で士道の答えを受け取る。何も聞かずに理解し、力強く答えてくれた士道の声に後押しされながら、真那は高度を上げていく。上空、DEMの空中艦に対し攻めあぐねている〈フラクシナス〉へと向かって駆ける。

 ずっと考えていた。選ぶべき答えを、何が正解であるのかを。最も望まれているのは、何かという事を。もしかすると望まれていないかもしれない、後悔するかもしれない…そう思って、中々答えは出せなかった。出さずにいた。もう失いたくないと思うからこそ…『今』に変化が訪れるのが、怖かった。

 だがもう、それも終わり。他でもない、誰でもない、真那自身が終わらせる。出した答えが、心の中にある思いが、正解である保証はない。受け入れられるかも分からない。だから踏み出すのだ。踏み込むのだ。士道達を、自分の大切なものを守る為に。共に歩んでいく為に。その為に、真那は…叫ぶ。

 

「侑理ぃぃぃぃいいいいいいいいッ!!」

 

 そうして真那は、空に、戦場に、声の届く限り響かせた。響かせ、呼んだ。彼女の事を。自分にとって、かけがえのない親友の名を。真那にとって、最高の──相棒の、名前を。

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